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(「ゲリマンダー」Wikipediaより)

1.「合区解消」のための公選法改正が成立
参院の“合区問題”解消のための公選法改正法が本年7月18日に衆議院で成立しました。この改正は、比例代表の定員を96から100にして、比例代表には拘束名簿式の「特定枠」を新設するものです。特定枠は政党が決めた順位に従って当選者が決まる拘束名簿式を一部に導入できるようにしたものであり、自民党は特定枠の新設で、隣接県を1つの選挙区にした「合区」の対象県から出馬できない候補者を救済することを目的としています。 (「参院6増法が成立 来夏から適用 比例代表に「特定枠」」日経新聞2018年7月19日付)

今回の制度改正については、「あまりに党利党略」という批判が野党だけでなく与党の一部や有識者から出されています。このように選挙制度を与党が自党に有利に設定することは、歴史的・政治学的にも「ゲリマンダー」との呼称で批判されているところでありますが、憲法学的にはどのように考えるべきでしょうか。

2.選挙権の要件
国民の国政選挙の選挙権については、つぎの5つの要件を満たす必要があります。すなわち、①普通選挙(憲法15条3項)、②平等選挙(同14条1項、44条)、④秘密選挙(同15条4項)、の4つです。また、衆議院・参議院の国会議員はともに「全国民の代表」(同43条1項)です。

この4つの要件のなかで、今回の「合区解消」については、とくに平等選挙(同14条1項、44条)の要件とともに、参議院議員も「全国民の代表」(同43条)であることが問題となると思われます。

3.平等原則
わが国の憲法が自由を認め、経済的自由主義と民主主義によって立つ近代憲法の一つであることは、平等をその枠のなかでとらえることを要請するものです。そのため、自由主義諸国における近代立憲主義の平等が、特権の廃止、身分による差別の禁止、市民社会への自由で平等な立場からの参加を考えるものであったことから、その基本は、まずは形式的平等(=機会の平等)であり、実質的平等(=結果の平等)ではないとされています(上野妙実子・石村修など『基本法コンメンタール憲法 第5版』92頁)。選挙における平等は、この憲法14条が要請する形式的平等の典型例であるため、選挙における平等原則は憲法上強く要請されるものです。

この点、学説からは、参議院と衆議院との二院制を採用しながら、この両院に際立った違いが憲法上設定されていないのに、参議院に対しては投票価値(=一票の価値)の平等の要請が甘いということは、国会議員選挙が唯一の国政の方向性を定めるという観点から納得しがたいとの批判がなされています(上野・前掲97頁)。

4.参議院選挙に関する最高裁判決の変遷
この点、初期の最高裁は、参議院選挙について、その半数改選制(同46条)および地域代表的性質などに「特殊性」を見出し、「投票価値の平等の要求は、人口比例主義を基本とする選挙制度の場合と比較して一定の譲歩を免れない」と判断しました(最高裁昭和58年4月27日判決)。

しかしその後、最高裁は、2010年7月に行われた参議院議員選挙(最大格差5.0)について、“違憲の問題が生ずる程度の投票価値の著しい不平等状態が生じていた”とし、また、“都道府県を単位として各選挙区の定員を設定する現行の方式をしかるべき形で改めるべき”などと現行の選挙制度の立法的対応を求める判決を出すに至りました(最高裁平成24年10月17日判決、最高裁平成26年11月26日判決)。

このような最高裁判決を受けて、国会は平成27年に公職選挙法の一部改正を行い、4県の2つの選挙区の合区(島根県+鳥取県、徳島県+高知県)の改正を行いました(長谷部恭男『憲法 第7版』179頁)。

ところが本年7月に、国会は学説や最高裁判決の時代の流れに逆行する合区解消の公選法改正を行ってしまいました。

5.本年7月の合区解消のための公選法改正について考える
本年7月の合区解消のための公選法改正においては、比例代表選挙の部分において「特定枠」が設けられました。参院選挙前に各政党は特定枠に登録する候補を自由に設定できます。そして、比例選挙部分において、特定枠に登録された候補者は優先的に当選となるという仕組みです。政府・与党はこの特定枠に合区で立候補できなかった候補者を登録する方針とのことです。

しかしこのように制度改正を行ってしまうと、例えば自民党の比例区の候補者の中においても、特定枠と非特定枠の候補者との間で、当選しやすさの点で平等原則が破られています。特定枠の候補者を擁する地区の国民・住民とそうでない地区の国民・住民との間でも平等原則が破られます。また、現在のように自民党が圧倒的に優位であるわが国で、このように技巧的な選挙制度を設定することは、極めて「ゲリマンダー」なやり口であると考えられます。憲法14条、44条との関係で違憲のおそれのある法改正であると思われます。

また、憲法43条は国会議員は「全国民の代表」と定めるところ、参議院議員も地域の利益の代表者ではなく、いったん国会議員となったからには、国民全体・国全体のことを考える代表(社会学的代表)となると考えられます。平成24年・26年の最高裁判決もこの考え方に立ち、選挙制度の立法的措置を求めていると思われ、この点も今回の公選法改正は違憲のおそれがあります。政府・与党は都道府県による選挙区割りにこだわらない選挙制度を検討すべきです。

なお、自民党はこの合区解消を憲法的に合憲とするために、憲法47条を改正する意向のようです。しかし、上でみたように憲法14条の平等原則の形式的平等に抵触するような憲法改正は、仮に成立したとしても、「憲法改正の限界」の問題に衝突するものと思われます。

■参考文献
・上野妙実子・石村修など『基本法コンメンタール憲法 第5版』92頁、96頁、97頁、270頁
・長谷部恭男『憲法 第7版』179頁
・野中俊彦・中村睦男・高橋和之・高見勝利『憲法Ⅰ 第5版』303頁

憲法 (新法学ライブラリ)

憲法1 第5版

新基本法コンメンタール憲法―平成22年までの法改正に対応 (別冊法学セミナー no. 210)