1.はじめに
生命保険に関する裁判例のなかでも一般の個人年金保険に関するものはややマニアックですが、年金支払い開始日以降の保証期間中に年金受取人兼被保険者が死亡した場合の未払い年金原価の支払先に関するめずらしい裁判例が出されていました。本裁判は、未払い年金原価の支払先は、被保険者死亡時の被保険者の法定相続人であるとする保険約款を有効とする判断を示しています(東京地判平成27年・4・20棄却、東京高判平成27・11・12控訴棄却、上告不受理決定・【確定】)

2.事案の概要
男性Aは生命保険会社Y(第一生命保険)との間で、昭和60年および平成6年に合計2件の10年保証期間付終身年金保険契約を締結していた。保険契約者・被保険者・保険金受取人はAであった。基本年金額はそれぞれ60万円・65万円であった(以下、本件各契約とする)。

保証期間付終身年金とは、年金支給開始時点から一定の保証期間については被保険者の生死にかかわらず給付が保証され、保証期間終了後は生存している限り生涯にわたって支給される年金であり、被保険者が保証期間内に死亡した場合は、保証期間のうち残りの期間について遺族に年金が支給されるものです。

この点、本件各契約の普通保険約款4条は、「被保険者が年金支払開始日以後、保証期間中の最後の年金支払日前に死亡したとき」は未払い年金原価の「死亡給付金」を支払うと規定し、同5条2項は、「前条の規定により、未払年金の原価を支払う場合には、被保険者の死亡時の法定相続人に支払います。」と規定していました(本件約款)。

Aは平成23年より本件各契約の年金の支払いが開始されたところ、約2年後の平成25年に死亡した。Aは公正証書遺言を作成していたが、それはAの相続開始時にAが有するすべての財産をAの妻Xに相続させるというものであった(本件遺言)。A死亡時の法定相続人は、X、Aの姉であるB、Bの子C・Dの4人であった。

XはYに対して本件遺言をもとに本件各契約に基づく未払年金原価の全額(約756万円)を支払うよう請求したが、Yは本件約款4条、5条2項を根拠にその支払を拒み、未払い年金原価の全額を法務局に供託したためXが提起したのが本件訴訟である。

3.地裁判決の判旨(東京地判平成27年・4・20・請求棄却)
『本件各契約における年金受取人が被保険者である場合の未払年金原価の請求権は、年金受取人である被保険者の死亡により発生することから、更にその受取人を定める必要があるところ、本件各契約約款5条2項は、年金受取人の財産を法定相続人が相続することが一般的であることから、未払年金原価の受取人を被保険者の死亡時の法定相続人としたものであって、その内容は合理性を有するというべきである。

この点に関し、同項の定めによれば、未払年金原価の請求権はX以外のAの法定相続人にも帰属することになり、このことは、夫婦の老後の生活保障のために本件各契約を締結したAの生前の意向に沿わないものとみられ(証拠略)、子のいない保険契約者の場合には類似の事態が生ずることも考えられるものの、そうであるからといって、未払年金原価の受取人を法定相続人と定めることが不合理であるとか、不意打ちとなるということはできない』

このように判示し、東京地裁がXの請求を棄却したためXが控訴。

4.高裁判決の判旨(東京高判平成27・11・12控訴棄却、上告不受理決定・【確定】)
『本件各契約における年金請求権は、年金支払開始日以後、被保険者が生存していることを事由として発生する生存保険であるのに対し、未払年金原価の請求権は、本件各契約における最後の年金支払日前に被保険者が死亡したことを事由として発生する死亡保険であるから、年金請求権と未払年金原価の請求権とは保険事故を異にする別個の請求権ということになり、年金受給中に年金受取人が死亡したときには年金請求権が消滅し、年金請求権とは法的性質を異にする未払年金原価の請求権が新たに発生することになるというべきである。』

『受取人条項では、年金受取人が被保険者であり未払年金原価を支払う場合には、被保険者の死亡時の法定相続人に支払うと定められており、それ以外の者を未払年金原価の受取人とすることはできないのであるから、保険契約者が被保険者以外の者を未払年金原価の受取人とするとの遺言をしたとしても、遺言の効力はなく、その者を未払年金原価の受取人とすることはできないというべきである。』

『受取人条項は、年金受取人が被保険者であり未払年金原価を支払う場合には、被保険者の死亡時の法定相続人が受取人となると定めているが、原判決が「事実及び理由」(略)で説示するとおり、未払年金原価の受取人を被保険者の死亡時の法定相続人と定める受取人条項の内容は合理性を有するというべきであるから、受取人条項は、保険契約者が受取人を明確に指定していない場合に限定的、補充的に適用されるものと解釈して初めて合理性が認められ、その場合には遺言が優先されるとのXの上記主張も採用することはできない。』

このように判示し、東京高裁判決もXの主張を斥けています。

5.検討
学説は、つぎのように解説して、本判決および生命保険実務に賛成しています。

「年金支払原価は保険契約者が年金支払開始日までに支払われた保険料総額を原資とするものであるが、それを単に死亡した年金受取人の相続財産として返却するものであれば、それは保険ではなく貯蓄という性質のものになってしまう。そのため、別途、約款上の手当により、保証期間中に被保険者兼年金受取人が死亡した場合には、未払年金原価請求権を、死亡保険金として、年金受取人の法定相続人が原始取得できるようにしたものと考えられる。

 そうなると、本件判旨が述べるとおり、約款上は給付事由が異なり、それぞれの法的性質は異なると解釈するしかない。年金保険は、年金受取人の老後の生活保障において公的年金を補完する役割とともに年金受取人の親族の生活保障を補完する役割も有すると考えられる。そうであれば、未払年金原価請求権を年金受取人の法定相続人を受取人とする第三者のためにする死亡保険契約と解し、当該法定相続人が自己固有の権利として未払年金原価請求権を取得することは一定の合理性があると考えられる。」(山下典孝・判批『法律のひろば』2018年12月号62頁)

また、山下教授は前掲の論文において、近年、第一生命などの一部保険会社が年金支払開始後の死亡保険金の遺言などによる受取人変更を認める保険約款を作成している例があることから、今後、生命保険各社が改正民法の定型約款の改正条項を用いて同様の約款改正を行うことを提言しておられます。

■参考文献
・『金融法務事情』2033号86頁
・山下友信『保険法(上)』40頁
・山下典孝・判批『法律のひろば』2018年12月号62頁

保険法(上)

法律のひろば 2018年 12 月号 [雑誌]