武雄市図書館
1.はじめに
佐賀県の武雄市がカルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社(CCC)に地方自治法の定める指定管理者制度により武雄市図書館を業務委託し開館した際に、蔵書購入で違法な支出があったとして、市民が当時の責任者だった樋渡啓祐前市長らに約1900万円を賠償請求するよう佐賀県武雄市に求めた住民訴訟において、佐賀地裁は昨年9月28日、住民側の請求を棄却する判決を出しました(佐賀地裁平成30年9月28日判決、法学セミナー770号117頁)。

2.事案の概要
2012年、武雄市は同市が設置する武雄市図書館のリニューアルを計画し、2013年4月から代官山蔦屋書店などを運営するCCCを指定管理者として同図書館を運営させることとした。2012年11月、武雄市とCCCは、新図書館サービス環境整備業務に関する業務委託契約(「本件契約」)および新図書館空間創出業務に関する業務委託契約(「本件別契約」)を締結した。本件契約は蔵書1万冊の納入などについて、本件別契約は什器・照明の設置などについて定めていた。2013年5月、副市長(当時)は本件契約に基づく委託料の支出命令を行った。

2015年、同図書館リニューアル時に金銭の調整が行われ、蔵書1万冊について、新刊ではなく中古本を購入することで蔵書購入価格が約756万円に抑えられ、約1200万円の金銭が館内の安全対策のための追加工事に流用されていたことが発覚した。また、リニューアル当時より、蔵書の選書の分野の集中や、複数冊の重複などの問題も指摘されていた。

これを受けて武雄市の住民であるXらは、本件契約に基づく蔵書の納入について、CCCによる最終見積りによれば約1958万円であったにもかかわらず、実際には約756万円しか執行されておらず、残りの金銭が本件別契約に関する追加工事に流用されていたことは違法である等と主張して住民監査請求を行ったが棄却された。そのためXらが提起したのが本件住民訴訟である(地方自治法242条の2)。

3.判旨
請求棄却(控訴)。
判旨1
 1958万円余で1万冊の書籍を購入するということは、最終的な見積りの金額を算出するための明細の一部にすぎない。本件契約においては、契約金額の内訳は明示されていないし、本件契約書に見積書が引用されていない。本件契約書と一体の本件仕様書には、「蔵書となるべき書籍の購入」「蔵書購入1万冊」といった記載はあるが、書籍の購入にかかる金額の記載はない。そうすると、見積書の記載をもって、CCCが、本件契約において、1万冊の蔵書を購入する費用として1958万円余を使う債務を負っていたとはいえない。』

判旨2
 武雄市図書館のリニューアル業務において最も重視されたのは、代官山蔦屋書店のコンセプトおよびノウハウを図書館に導入すること、リニューアルするに当たり、同店を運営するCCCが主導的役割を果たすことである。図書館への導入が想定されていたのは、書籍等を通じてライフスタイルを提案する場を作ること、同店と同じような空間を演出することなどであるから、その中には当然書籍の選定も含まれる。同店のコンセプトおよびノウハウを熟知しているのはCCCであるから、武雄市としても、具体的な書籍の種類、内容、構成などについては、広く同社に委ねるほかはない。

そうすると、本件契約上、CCCが書籍に関して追う債務は、代官山蔦屋書店のコンセプトおよびノウハウを図書館に導入するため、書籍等を通じてライフスタイルを提案する場を作り、同店と同じような空間を創出するのにふさわしい書籍1万冊を、広い裁量の下で自ら選び出し、納入することであったというべきである。』

4.検討
本判決に反対。

(1)公立図書館の趣旨・目的
本訴訟の対象となっているいわゆるツタヤ図書館は、代官山蔦屋書店のような民間施設ではなく、公立図書館であるため、その法的な趣旨・目的が問題となります。

この点、図書館法1条は、「この法律は、社会教育法の精神に基づき、図書館の設置及び運営に関して必要な事項を定め、その健全な発展を図り、もって国民の教育と文化の発展に寄与することを目的とする」と、「社会教育法の精神」を前提としていることから、公立図書館は、すべての国民の教育を受ける権利(憲法26条)の保障を基本的精神としています。

つぎに、公立図書館の設置・運営に関する事項は、地方自治体の自治事務ですが、図書館法は、図書館奉仕(=サービス)の例示(3条)、図書館評価の実施(7条の3)、図書館協議会の設置(14条)、公立図書館の無償制(17条)など、地方自治体と公立図書館に対して一定の制約を加えています。

このような図書館法の規制は、「図書館の健全な発展」と「国民の教育と文化の発展」つまり国民の教育を受ける権利を保障するために、個々の地方自治体の施策を越えて、「全国画一的保障=ナショナル・ミニマム確保の見地から、それぞれの図書館が提供する役務・サービスの最低限度の内容あるいはその利用手続き」について法律で定めたものと解されています(塩見昇・山口源治郎『新図書館法と現代の図書館』101頁)。

すなわち、図書館法3条各号の図書館奉仕の規定などは、国民の教育を受ける権利を保障する観点から、図書館の最低条件(ナショナル・ミニマム)を確保するためのものです。そのため、地方自治体および公立図書館はこうした図書館の最低条件を達成したうえで、「土地の事情および一般公衆の希望」(3条)に沿った創意工夫に富む図書館サービスを展開すべきと解されています。

(2)図書館の蔵書の収集
この点、本訴訟ではCCCによる武雄市図書館の蔵書の収集の妥当性が大きな争点となっていますが、図書館法3条1号は、図書館奉仕の一つとして「図書、記録、視聴覚教育の資料その他必要な資料(略)を収集し、一般公衆の利用に供すること」と規定しているところ、CCCは蔵書の収集にあたり、新刊ではなく中古の図書を収集しており、また、蔵書の選書の分野の集中や、複数冊の重複などの問題も発生していました。

そのため、武雄市図書館を指定管理者として運営するCCCは、図書の収集にあたり図書館の最低条件たる図書館法3条1号を満たしておらず、その運営は違法・不当です。

(3)「武雄市図書館のリニューアル業務において最も重視されたのは、CCCが主導的役割を果たすこと」の妥当性
本件判決において一番驚くべきことは、裁判所が武雄市図書館について、判旨のとおり「武雄市図書館のリニューアル業務において最も重視されたのは、代官山蔦屋書店のコンセプトおよびノウハウを図書館に導入すること、リニューアルするに当たり、同店を運営するCCCが主導的役割を果たすことである」とし、その上で「同店のコンセプトおよびノウハウを熟知しているのはCCCであるから、武雄市としても、具体的な書籍の種類、内容、構成などについては、広く同社に委ねるほかはない。」と言い切って平然としている点です。

しかし”代官山蔦屋書店をそのまま武雄市に持ってくる”ことをコンセプトとして図書館を集客施設とし、それにより「町おこし」や「街のにぎわいの創出」を目的として公立図書館をリニューアルすることが「土地の事情および一般公衆の希望」(図書館法3条)に照らし、地方自治の一環として仮に許容されるとしても、上でみたとおり、そのリニューアルは公立図書館の「図書館の最低条件(ナショナル・ミニマム)」を達成したうえで実現されなければ違法となります。

そもそも公立図書館などの「公の施設」を指定管理者制度により「民営化」することが許される要件は、「公の施設の設置の目的を効果的に達成するため必要があると認めるとき」です(地方自治法244条の2第3項)。

すなわち、図書館の開館時間の長期化、開館日数の増加などだけでなく、図書館法3条各号が例示する、レファレンスの充実、図書・蔵書の充実などが「効果的に達成」されることが求められるのです(鑓水三千男『図書館と法』84頁)。

この点、武雄市および本判決は、武雄市図書館のリニューアルは、蔵書の品質などはどうでもよいことであって、「代官山蔦屋書店のコンセプトおよびノウハウを図書館に導入すること」により町おこしをする目的であると開き直っていますが、これらは図書館法の定める公立図書館の目的外のものであって、図書館法の趣旨および地方自治法244条の2第3項の解釈・適用を誤った違法なものです。

(4)武雄市教育委員会はCCCに白地委任をすることが許されるのか
さらに本判決は、「同店のコンセプトおよびノウハウを熟知しているのはCCCであるから、武雄市としても、具体的な書籍の種類、内容、構成などについては、広く同社に委ねるほかはない。」とも述べていますが、地方自治体(教育委員会)が公の施設たる図書館の設置・運営に関し、民間企業たる指定管理者に白地委任ともいうべき全面的な委任をすることが許容されるのでしょうか。

この点、公立図書館は社会教育施設として自律的に運営されるべきであり、国・自治体からの不当な介入は許されないという制度設計がなされている一方で、各自治体の社会教育を所轄する教育委員会が公立図書館を指揮監督する構造となっています(社会教育法9条の3、11条、12条、地方教育行政の組織及び運営に関する法律19条、21条、鑓水・前掲78頁)。

地方自治法も、地方自治体に指定管理者に対する報告徴求、実地調査、指示、指定の取消などの規定を置いており、地方自治体が指定管理者を管理監督する制度となっています(地方自治法244条の2第10項、11項)。

したがって、武雄市の教育委員会がCCCに武雄図書館のリニューアル・運営を丸投げしている状況と、それを追認してしまっている本判決は、社会教育法などの関連法規の観点からも違法・不当といえます。

本件住民訴訟は控訴がされているそうであり、上級審で適切な判断がなされることが望まれます。

■関連するブログ記事
・海老名市ツタヤ図書館に関する住民訴訟判決について

■参考文献
・児玉弘「CCCを指定管理者とする武雄市図書館に関する住民訴訟」『法学セミナー』770号117頁
・塩見昇・山口源治郎『新図書館法と現代の図書館』101頁
・鑓水三千男『図書館と法』78頁、84頁