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とある会社の社員が、法律などをできるだけわかりやすく書いたブログです

カテゴリ: 行政法

キリスト教的視点に基づく講座「創造への道」
(調布市役所サイトより)

1.はじめに
調布市役所から週一ペースで配信されてくる市のメールマガジンの項目のなかに、「キリスト教的視点に基づく講座「創造への道」(白百合女子大学)(2019.04.08)」という項目がありぎょっとしました。調布市役所ウェブサイトにも宣伝の掲示があります。

・キリスト教的視点に基づく講座「創造への道」(白百合女子大学)|調布市サイト

もちろん私立大学である白百合女子大学がこのような宗教講座の公開講座を行うことは自由であり、民間企業のマスメディアなどがこれを宣伝・報道することも自由です。しかし、公権力である調布市がこの宗教講座である市民公開講座を市民に告知・宣伝することは、憲法20条、89条が規定する政教分離原則の観点から許されるのでしょうか?

2.政教分離原則
憲法20条1項後段は、「いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない」と規定し、同3項は、「国及びその他の機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない」と規定し、国から特権を受ける宗教を禁止し、国家の宗教的中立性を明示しています。そして、憲法89条は、財政的な観点から政教分離を規定しています。

憲法

第20条 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
2 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
3 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

第89条 公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。

このように国家と宗教の分離の原則を政教分離の原則と呼びますが、これは戦前の日本の国家神道のように、国家と宗教の一致による弊害を避けることや、国民個人のそれぞれの信教の自由を保障するための原則です。

3.裁判例
この憲法20条、89条の政教分離原則が争点となったリーディングケースである津地鎮祭事件において、最高裁は、国・自治体についてその「行為の目的が宗教的意義をもち、その効果が宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉等になるような行為」は憲法20条により禁止される宗教的行為であると判示し、いわゆる「目的・効果基準」を採用しました(津地鎮祭事件・最高裁昭和52年7月13日判決)。

また、その後の愛媛玉串料訴訟なども、この目的・効果基準を厳格に運用し、自治体の行為を違憲とする判断を示しています(愛媛玉串料事件・最高裁平成9年4月2日判決、芦部信喜『憲法 第7版』164頁)。

4.調布市役所の行為を考える
ここで調布市役所の今回の行為をみると、まず、白百合女子大学の当該講座は、調布市の告知のページにリンクが貼られた同大学サイトの説明によると、

「現代の日本でいちばん必要なことは、 このイエスのもたらした新しい創造、新しいいのちの経験です。イエスが教会に委ねた使命を、 私たちの一人ひとりが自分のこととして引き受け、自分の周りから始めることが必要です。そのためには、イエスの中にあった神のいのちをしっかりといただき直して、現代の日本に証しすることが不可欠でしょう。」

・宗教講座「創造への道」|白百合女子大学サイト

などと説明されており、これは一般市民向けの一般教養講座ではなく、完全にキリスト教の宗教教育講座です。

そのため、よくある地域の大学の一般教養講座ではなく、白百合女子大学の今回の宗教教育講座を市の公式ウェブサイトを使って宣伝し、市公式メールマガジンでも配信・宣伝している調布市役所の行為は「目的として宗教的意義を持つ」と言わざるを得ません。

また、この調布市サイトの告知・宣伝を見た多くの調布市民は、「調布市においては行政からキリスト教が優遇されているのか」と感じるでしょう。つまり調布市の行為は、「効果が特定の宗教に対する援助、助長、促進」にあたるといえます。

調布市の担当者の方々や、白百合大学の担当者の方々は「そんな大げさな」と言うかもしれません。しかし今回問題になっているのが、もしミッション系の私立大学のキリスト教に関する宗教教育講座ではなく、かりに例えば布田天神や日本青年会議所などが主催する「神道を学ぶ講座」「靖国神社を学ぶ講座」などであったらどう感じるのでしょうか?

したがって、調布市が白百合女子大学の宗教教育講座「キリスト教的視点に基づく講座「創造への道」について市公式ウェブサイトやメールマガジンなどで宣伝などを行っている行為は、憲法21条、89条の定める政教分離原則に照らして違法であるといえます。

もちろん、調布市が自治体として地元の各大学と相互友好協力協定を締結している趣旨はわかります。しかし、市は自由な活動が許される民間企業等ではないのですから、各大学の公開講座を宣伝する際にも、憲法や各種の法令に抵触しない範囲で宣伝などを行うべきと思われます。

もし調布市が憲法その他の法令を無視した行政運営を行うのであれば、それは地元住民からの住民監査請求、住民訴訟の提起などの法的リスクをはらむものになるでしょう(地方自治法242条、242条の2)。


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憲法 第七版

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武雄市図書館
1.はじめに
佐賀県の武雄市がカルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社(CCC)に地方自治法の定める指定管理者制度により武雄市図書館を業務委託し開館した際に、蔵書購入で違法な支出があったとして、市民が当時の責任者だった樋渡啓祐前市長らに約1900万円を賠償請求するよう佐賀県武雄市に求めた住民訴訟において、佐賀地裁は昨年9月28日、住民側の請求を棄却する判決を出しました(佐賀地裁平成30年9月28日判決、法学セミナー770号117頁)。

2.事案の概要
2012年、武雄市は同市が設置する武雄市図書館のリニューアルを計画し、2013年4月から代官山蔦屋書店などを運営するCCCを指定管理者として同図書館を運営させることとした。2012年11月、武雄市とCCCは、新図書館サービス環境整備業務に関する業務委託契約(「本件契約」)および新図書館空間創出業務に関する業務委託契約(「本件別契約」)を締結した。本件契約は蔵書1万冊の納入などについて、本件別契約は什器・照明の設置などについて定めていた。2013年5月、副市長(当時)は本件契約に基づく委託料の支出命令を行った。

2015年、同図書館リニューアル時に金銭の調整が行われ、蔵書1万冊について、新刊ではなく中古本を購入することで蔵書購入価格が約756万円に抑えられ、約1200万円の金銭が館内の安全対策のための追加工事に流用されていたことが発覚した。また、リニューアル当時より、蔵書の選書の分野の集中や、複数冊の重複などの問題も指摘されていた。

これを受けて武雄市の住民であるXらは、本件契約に基づく蔵書の納入について、CCCによる最終見積りによれば約1958万円であったにもかかわらず、実際には約756万円しか執行されておらず、残りの金銭が本件別契約に関する追加工事に流用されていたことは違法である等と主張して住民監査請求を行ったが棄却された。そのためXらが提起したのが本件住民訴訟である(地方自治法242条の2)。

3.判旨
請求棄却(控訴)。
判旨1
 1958万円余で1万冊の書籍を購入するということは、最終的な見積りの金額を算出するための明細の一部にすぎない。本件契約においては、契約金額の内訳は明示されていないし、本件契約書に見積書が引用されていない。本件契約書と一体の本件仕様書には、「蔵書となるべき書籍の購入」「蔵書購入1万冊」といった記載はあるが、書籍の購入にかかる金額の記載はない。そうすると、見積書の記載をもって、CCCが、本件契約において、1万冊の蔵書を購入する費用として1958万円余を使う債務を負っていたとはいえない。』

判旨2
 武雄市図書館のリニューアル業務において最も重視されたのは、代官山蔦屋書店のコンセプトおよびノウハウを図書館に導入すること、リニューアルするに当たり、同店を運営するCCCが主導的役割を果たすことである。図書館への導入が想定されていたのは、書籍等を通じてライフスタイルを提案する場を作ること、同店と同じような空間を演出することなどであるから、その中には当然書籍の選定も含まれる。同店のコンセプトおよびノウハウを熟知しているのはCCCであるから、武雄市としても、具体的な書籍の種類、内容、構成などについては、広く同社に委ねるほかはない。

そうすると、本件契約上、CCCが書籍に関して追う債務は、代官山蔦屋書店のコンセプトおよびノウハウを図書館に導入するため、書籍等を通じてライフスタイルを提案する場を作り、同店と同じような空間を創出するのにふさわしい書籍1万冊を、広い裁量の下で自ら選び出し、納入することであったというべきである。』

4.検討
本判決に反対。

(1)公立図書館の趣旨・目的
本訴訟の対象となっているいわゆるツタヤ図書館は、代官山蔦屋書店のような民間施設ではなく、公立図書館であるため、その法的な趣旨・目的が問題となります。

この点、図書館法1条は、「この法律は、社会教育法の精神に基づき、図書館の設置及び運営に関して必要な事項を定め、その健全な発展を図り、もって国民の教育と文化の発展に寄与することを目的とする」と、「社会教育法の精神」を前提としていることから、公立図書館は、すべての国民の教育を受ける権利(憲法26条)の保障を基本的精神としています。

つぎに、公立図書館の設置・運営に関する事項は、地方自治体の自治事務ですが、図書館法は、図書館奉仕(=サービス)の例示(3条)、図書館評価の実施(7条の3)、図書館協議会の設置(14条)、公立図書館の無償制(17条)など、地方自治体と公立図書館に対して一定の制約を加えています。

このような図書館法の規制は、「図書館の健全な発展」と「国民の教育と文化の発展」つまり国民の教育を受ける権利を保障するために、個々の地方自治体の施策を越えて、「全国画一的保障=ナショナル・ミニマム確保の見地から、それぞれの図書館が提供する役務・サービスの最低限度の内容あるいはその利用手続き」について法律で定めたものと解されています(塩見昇・山口源治郎『新図書館法と現代の図書館』101頁)。

すなわち、図書館法3条各号の図書館奉仕の規定などは、国民の教育を受ける権利を保障する観点から、図書館の最低条件(ナショナル・ミニマム)を確保するためのものです。そのため、地方自治体および公立図書館はこうした図書館の最低条件を達成したうえで、「土地の事情および一般公衆の希望」(3条)に沿った創意工夫に富む図書館サービスを展開すべきと解されています。

(2)図書館の蔵書の収集
この点、本訴訟ではCCCによる武雄市図書館の蔵書の収集の妥当性が大きな争点となっていますが、図書館法3条1号は、図書館奉仕の一つとして「図書、記録、視聴覚教育の資料その他必要な資料(略)を収集し、一般公衆の利用に供すること」と規定しているところ、CCCは蔵書の収集にあたり、新刊ではなく中古の図書を収集しており、また、蔵書の選書の分野の集中や、複数冊の重複などの問題も発生していました。

そのため、武雄市図書館を指定管理者として運営するCCCは、図書の収集にあたり図書館の最低条件たる図書館法3条1号を満たしておらず、その運営は違法・不当です。

(3)「武雄市図書館のリニューアル業務において最も重視されたのは、CCCが主導的役割を果たすこと」の妥当性
本件判決において一番驚くべきことは、裁判所が武雄市図書館について、判旨のとおり「武雄市図書館のリニューアル業務において最も重視されたのは、代官山蔦屋書店のコンセプトおよびノウハウを図書館に導入すること、リニューアルするに当たり、同店を運営するCCCが主導的役割を果たすことである」とし、その上で「同店のコンセプトおよびノウハウを熟知しているのはCCCであるから、武雄市としても、具体的な書籍の種類、内容、構成などについては、広く同社に委ねるほかはない。」と言い切って平然としている点です。

しかし”代官山蔦屋書店をそのまま武雄市に持ってくる”ことをコンセプトとして図書館を集客施設とし、それにより「町おこし」や「街のにぎわいの創出」を目的として公立図書館をリニューアルすることが「土地の事情および一般公衆の希望」(図書館法3条)に照らし、地方自治の一環として仮に許容されるとしても、上でみたとおり、そのリニューアルは公立図書館の「図書館の最低条件(ナショナル・ミニマム)」を達成したうえで実現されなければ違法となります。

そもそも公立図書館などの「公の施設」を指定管理者制度により「民営化」することが許される要件は、「公の施設の設置の目的を効果的に達成するため必要があると認めるとき」です(地方自治法244条の2第3項)。

すなわち、図書館の開館時間の長期化、開館日数の増加などだけでなく、図書館法3条各号が例示する、レファレンスの充実、図書・蔵書の充実などが「効果的に達成」されることが求められるのです(鑓水三千男『図書館と法』84頁)。

この点、武雄市および本判決は、武雄市図書館のリニューアルは、蔵書の品質などはどうでもよいことであって、「代官山蔦屋書店のコンセプトおよびノウハウを図書館に導入すること」により町おこしをする目的であると開き直っていますが、これらは図書館法の定める公立図書館の目的外のものであって、図書館法の趣旨および地方自治法244条の2第3項の解釈・適用を誤った違法なものです。

(4)武雄市教育委員会はCCCに白地委任をすることが許されるのか
さらに本判決は、「同店のコンセプトおよびノウハウを熟知しているのはCCCであるから、武雄市としても、具体的な書籍の種類、内容、構成などについては、広く同社に委ねるほかはない。」とも述べていますが、地方自治体(教育委員会)が公の施設たる図書館の設置・運営に関し、民間企業たる指定管理者に白地委任ともいうべき全面的な委任をすることが許容されるのでしょうか。

この点、公立図書館は社会教育施設として自律的に運営されるべきであり、国・自治体からの不当な介入は許されないという制度設計がなされている一方で、各自治体の社会教育を所轄する教育委員会が公立図書館を指揮監督する構造となっています(社会教育法9条の3、11条、12条、地方教育行政の組織及び運営に関する法律19条、21条、鑓水・前掲78頁)。

地方自治法も、地方自治体に指定管理者に対する報告徴求、実地調査、指示、指定の取消などの規定を置いており、地方自治体が指定管理者を管理監督する制度となっています(地方自治法244条の2第10項、11項)。

したがって、武雄市の教育委員会がCCCに武雄図書館のリニューアル・運営を丸投げしている状況と、それを追認してしまっている本判決は、社会教育法などの関連法規の観点からも違法・不当といえます。

本件住民訴訟は控訴がされているそうであり、上級審で適切な判断がなされることが望まれます。

■関連するブログ記事
・海老名市ツタヤ図書館に関する住民訴訟判決について

■参考文献
・児玉弘「CCCを指定管理者とする武雄市図書館に関する住民訴訟」『法学セミナー』770号117頁
・塩見昇・山口源治郎『新図書館法と現代の図書館』101頁
・鑓水三千男『図書館と法』78頁、84頁

法学セミナー 2019年 03 月号 [雑誌]

新図書館法と現代の図書館

図書館と法―図書館の諸問題への法的アプローチ (JLA図書館実践シリーズ 12)

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1.はじめに
『判例地方自治』平成30年7月号55頁に、海老名市のいわゆるツタヤ図書館に関する住民訴訟の地裁判決が掲載されていました。結論として住民側敗訴の残念な内容の判決です。なお本判決は、公立図書館の指定管理者に関する住民訴訟の判決としては、公開された判決として初のものと思われ、先例的な意義があります。

2.横浜地裁平成29年1月30日判決(一部却下・一部棄却・控訴(控訴棄却))
(1)事案の概要
海老名市は、 市立中央図書館の管理・運営について、地方自治法244条の2 第3項の指定管理者制度を導人し、その指定管理者として、A共同事業体(カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)と図書館流通センターの共同事業体、以下「本件事業体」という。なお図書館流通センターは後に本件共同事業体から撤退した)を指定し、本件事業体との間で基本協定(以下「本件基本協定」という)を締結し、本件事業体に市立中央図書館の管理を委ねるとともに、市立中央図書館の大規模改修工事(以下「本件改修工事」という 。)を行った上で、本件事業体を構成するB社(CCC)に対し、市立中央図書館の一部を書籍等の販売及び喫茶の営業のために使用することを許可した(以下「本件許可」という)。

本件住民訴訟は、海老名市の住民である原告ら(X)が、市の執行機関である被告(海老名市長、以下Yとする)に対し、①本件基本協定は、市立図書館の指定管理者としての適格がない本件事業体との間で締結されたもので違法である旨主張して、本件基本協定を解約することを求め (請求1 )、 ②YがB社に対してした本件使用許可は、市立中央図書館の機能を著しく阻害し、かつ、権限なくされたものであるから違法である旨主張して本件使用許可を取り消すことを求めるとともに(請求2)、本件使用許可をした当時の市長であるCに対して本件使用許可により市が被った損害の賠償請求をすることを求め(請求3)、③市が指定管理者である本件事業体に市立中央図書館の図書購入を委託してその支払を代行させることは違法である旨主張してこれを禁止することを求め(請求4)、④市が本件事業体に対して支出した平成26年度の指定管理料は杜撰な積算のため余剰を生じ、また、本件改修工事にはB社の営業を支援するために行われた必要性のない工事が含まれていたと主張して、上記指定管理料の支出及び本件改修工事に係る請負契約(以下「本件請負契約」という。)締結の当時の市長であるCに対し、当該支出及び本件請負契約締結により市が被った損害の賠償請求(請求5 )をすることを求めた訴訟である。

(2)裁判所の判断
横浜地裁は、Xの請求1、請求2、請求4について、地方自治法242条の2第1項各号の定める住民訴訟の各類型のいずれにも該当しない、あるいはXには訴えの利益がない等の理由により却下しました。

その上で、横浜地裁はXの請求3について次のように判示しています。

『地自法242条の2第1項が定める住民訴訟は、地方財務行政の適正な運営を確保することを目的とし、その対象とされる事項は同法242条第1項の定める事項、すなわち、公金の支出、財産の取得、管理若しくは処分、契約の締結若しくは履行若しくは徴収、管理若しくは債務その他の義務の負担、又は、公金の賦課若しくは徴収若しくは財産の管理を怠る事実に限られるのであり、これらの事項はいずれも財務会計上の行為又は事実としての性質を有するものである。

したがって、 請求3に係る訴えが適法といえるためには、Yがした本件使用許可が、中央図書館の財産的価値に着目し、その価値の維持、保全を図る財務的処理を直接の日的とする財務会計上の行為としての財産管理行為に当たるものでなければならないと解するのが相当である (最高裁平成2年4月12日第一小法廷判決、民集44第31頁参照)。

地教法21条2項所定の教育財産である中央図書館の目的外利用についての使用許可(地自法238条の4 第7項)は、本来、市の教育財産の管理権限を有している市教委(地教法21条2号)が、その管理行為の一環として行うべきものである。

そして、地教法は、教育財産について、その取得及び処分を地方公共団体の長の権限とする一方で(22条4 号)、その管理を教育委員会の権限としていること(21 条2号)、 地自法238条の4第7項の許可を受けてする行政財産の使用については借地借家法の適用がなく(同条8項)、当該使用を許可した場合において、公用若しくは公共用に供するため必要が生じたとき等は、普通地方公共団体の長又は委員会はその許可を取り消すことができるとされており(同条9項)、使用料の額の決定及び減免については別途の処分が予定されていること (同法225条、 228条1項前段参照) に照らせば、 市の教育財産である図書館の目的外使用の許否処分それ自体は、教育行政を所掌する教育財産の管理である市教委が、 教育上及び公共上の政策的な見地から、図書館施設の管理に係る教育行政上の処理を直接の目的としてその許否を決すべき処分というべきであって、当該図書館施設の財産的価値に着目し、その価値の維持、保全を図る財務的処理を直接の目的とする財務会計上の行為としての財産管理行為には当たらないと解するのが相当である。

そして、 中央図書館の本件目的外使用につきYがした本件使用許可は、 許可権限のないYが誤って行ったものであるが、 そうであるからといって、教育上及び公共上の政策的見地から図書館施設の管理に係る教育行政上の処理を直接の目的としてその許否を決すべき処分である図書館の使用許可の性質が変わるものではないから、Yがした本件使用許可も、財務会計上の行為としての財産管理行為に当たらないというべきである。

そうすると、Yがした本件使用許可は、地自法242条1項が定める住民訴訟の対象となる行為であるということはできない』。

このように裁判所は判示し、請求3について却下しています。また、請求5についても裁判所は形式的な審査を行い「本件改修工事はB社の営業支援のために行われたとはいえない」と棄却しています。そして結論として、住民Xらの主張をすべてしりぞけています。

3.検討・解説
(1)住民訴訟の対象
住民訴訟の対象となる事項(地方自治法242条の2第1項)は財務会計行為に限るとされていますが(最判平成2・4・12)、何が財務会計行為かが本件訴訟のように問題となることが少なくありません。

(2)指定管理者制度
指定管理者の指定(地方自治法244条の2第3項)については、市立駐車場の運営に指定管理者を指定した事案において、指定管理者の指定は、当該公共要物の財産的価値の維持、保全を図る財務処理を直接の目的とする財務会計上の行為にあたらないとする裁判例が存在します(大阪地判平成18・9・14、判例タイムズ1236号201号)。このように、裁判例においては、財務会計行為該当性を判断するにあたり、財務会計処分を直接の目的としているかを重視する傾向がみられます(宇賀克也『地方自治法概説 第7版』357頁)。

このような裁判例に対しては、「公物の公物管理権は、当該公物の所有権から派生する権能であると解すれば、公の施設=公物を所有している自治体は、所有権に内包されている管理権限の1つとして管理者を指定する権能を行使することが地自法により認められているのである。それ故に管理者を指定する権能は当然にして財産的側面を有しているのである。それゆえ、住民訴訟の対象性が認められるべきである。すなわち、公の施設=公物の管理に関して、財産的管理と公物の機能管理を截然と区分(することはできない。)」(寺田友子「公の施設の管理外部化にみる住民訴訟」『桃山法学』7号31頁)との批判がなされています。

また、指定管理者の指定の問題は本件訴訟も否定するとおり、取消訴訟などの訴訟類型では争えないものです。そのため、住民としては指定管理者による公の施設の運営などに違法・不当の疑義がある際に住民訴訟で争えないとなれば、指定管理者制度による公の施設の運営は、司法審査が及ばないブラックボックスとなってしまい、これは妥当とは思われません。

(3)先行行為・後行行為論
なお、住民訴訟の場面においても、先行行為に違法があった場合にはその違法性は後行行為である財務会計行為に承継され、当該財務会計行為は住民訴訟の対象となるとするのが判例です(最判昭和60・9・12、宇賀・前掲375頁)。本件訴訟は、海老名市の予算執行部門による指定管理費の支給を後行行為として住民訴訟を提起する道もあったかもしれません。

(4)ツタヤ図書館
ツタヤ図書館は、「町おこし」「街のにぎわいの創出」を目的として、海老名市立中央図書館のおよそ半分の面積を目的外利用で本屋や喫茶店、各種のグッズ売り場とし、大音響のBGMを館内で流し、ツタヤの営業部分が主で図書館機能は従の関係になっています。そして図書館機能をみても、利用者にわかりにくい図書の「独自分類」を採用し図書を配架・分類しており、また、肝心の図書も1990年代、00年代の本が多く並んでいる状態です。

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(WindowsXPの図書が大量に並んでいる海老名市立中央図書館。2015年当時。)

図書館法1条は、図書館の目的を「社会教育法の精神に基づき、図書館の設置及び運営に関して必要な事項を定め、その健全な発達を図り、もって国民の教育と文化の発展に寄与することを目的とする」と規定しています。

解説書によれば、「社会教育法の精神」とは、「教育を受ける権利」(憲法26条)であり、同法は、「国民の教育と文化の発展に寄与する」ために、個々の地方自治体の施策を超えて、「全国画一的保障=ナショナル・ミニマム確保の見地から、それぞれの図書館施設が提供する役務・サービスの最低限度の内容あるいはその利用手続き」を規定したものであるとされています(塩見昇・山口源治郎『新図書館法と現代の図書館』98頁、101頁)。

また、図書館は利用者・国民の「知る権利」(憲法21条1項)に奉仕する公の施設であり、その機能は民主主義の土台でもあります。

図書館法3条は、それぞれの自治体・図書館が「土地の事情及び一般公衆の希望」に沿った創意工夫を行うことも規定していますが、しかしそれは同法3条各号が掲げる、図書・郷土資料等の収集・一般公衆への提供(1号)、図書の分類配置・目録の整備(2号)、レファレンス(3号)などのナショナル・ミニマムの役務・サービスを達成した上で行なわれるべきものです。

利用者・国民の「教育を受ける権利」や「知る権利」・民主主義ではなく、「町おこし」「街のにぎわいの創出」を目的としたCCCを指定管理者とした全国のツタヤ図書館の導入・運営は、図書館法1条に抵触する違法なものであると思われます。

民間により行政が担ってきた公的事業の代替が認められるためには、いやしくも民間化によって、それまで行政により確保されてきた国民の憲法が保障する社会権・生存権がないがしろにされてはならないのです(晴山一穂『現代国家と行政法学の課題』161頁)。

4.まとめ
本件訴訟は住民側敗訴という残念な結果に終わりました。しかしそれは住民訴訟という訴訟類型に住民側の訴えが適合していなかったという形式的な理由に止まるのであり、裁判所はツタヤ図書館に積極的なお墨付きを与えたわけではありません。

ボールは海老名市議会や市当局、海老名市の住民の方々に戻されたものと思われます。海老名市議会にはツタヤ図書館問題の追及を続けておられる理性的な議員の方もおられます。そのような方々のより一層の奮闘が望まれます。

■関連するブログ記事
・海老名市立中央“ツタヤ”図書館に行ってみた

■参考文献
・『判例地方自治』平成30年7月号55頁
・宇賀克也『地方自治法概説 第7版』357頁
・寺田友子「公の施設の管理外部化にみる住民訴訟」『桃山法学』7号31頁
・塩見昇・山口源治郎『新図書館法と現代の図書館』98頁、101頁
・晴山一穂『現代国家と行政法学の課題』161頁

地方自治法概説 第7版

新図書館法と現代の図書館

現代国家と行政法学の課題―新自由主義・国家・法

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東京医科大学

1.東京医科大学の一般入試で女性差別が発覚
本日の読売新聞などによると、東京医科大学が2011年頃より医学部医学科の一般入試で、女子受験者の得点を一律に減点し、女子の合格者数を抑えていたことが関係者の話でわかったとのことです。これには「いつの時代だよ!?」と驚いてしまいました。

・東京医大、女子受験生を一律減点…合格者数抑制|読売新聞

記事によると、大学関係者は、「医師の国家試験に合格した同大出身者の大半は、系列の病院で働くことになる。」「同大出身の女性医師が結婚や出産で離職すれば、系列病院の医師が不足する恐れがあることが背景にあった」と説明しているようです。

しかしこのような東京医科大学の一般入試における男女差別は、わが国の近年の社会の各分野における女性への不平等の是正、男女雇用機会均等法の制定・数次の改正、最近は国会における「政治分野における男女共同参画推進法」の成立などの一部分野におけるアファーマティブ・アクションなどの社会の動きに真っ向から逆行しています。

2.法の下の平等
憲法14条1項は、性別による差別を明文をもって禁止しています。また、同26条1項は教育の機会均等を定めています。

憲法
第14条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

第26条 すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。

そして、教育分野について定める教育基本法は2条3号で教育の目標の一つに「男女平等」を掲げ、同法4条1項は男女差別を禁止しています。

教育基本法
第4条 すべて国民は、ひとしく、その能力に応じた教育を受ける機会を与えられなければならず、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によって、教育上差別されない。

3.平等の意味
このように憲法や法律には何重にも平等原則が規定されていますが、一般に、平等には形式的平等と実施的平等の二種類があるとされています。人の現実のさまざまな差異を一切捨象して一律平等に扱うこと、つまり機会均等を形式的平等と呼びます。一方、人の現実の差異に注目してその格差是正を行うこと、つまり配分・結果の均等を実質的平等と呼びます。

そして、近代立憲主義(自由主義)によるわが国の憲法は、自由の理念と調和する平等の理念に基づいているため、憲法14条の規定はまずは形式的平等を保障したものであり、実質的平等は憲法13条、25条などの観点により国会の立法により達成されるべきであると考えられています。

今回問題となっている東京医科大学の件は大学入試、しかも一般入試にかかわるものです。大学入試とは試験問題に対する受験生の回答により採点を行い、その結果により合否を決する、つまり人の差異を一切捨象して点数のみで一律平等に合否を決める(受験機会の平等)、形式的平等の適用されるべき典型的な場面です。

そのような大学入試の場面に、かりに将来の大学の系列病院の運営など他の要請のために、女性受験生にのみ一律に点数を減点するということは、大学入試の受験機会の平等という形式的平等の要請に明らかに反しています。

私立である東京医科大学は民間法人ですが、民間部門において判例は昭和56年(1981年)に、男子55歳、女子50歳を定年とする企業の就業規則の規定は合理性のない差別的取り扱いであり無効とする判断を出しています(日産自動車事件・最高裁昭和56年3月24日判決)。

4.まとめ
したがって、日産自動車事件判決に照らしても、今回発覚した東京医大の大学入試における女性のみ点数を一律に引き下げて合格者を減らす取扱いは、不合理な差別的取り扱いであり、憲法や教育基本法などの各法令に違反し、無効な取り扱いであると考えられます。

なお、東京医科大学の経営陣は、それでは系列病院の運営がなりたたないと主張するかもしれません。しかしそれは個々の系列病院の経営陣がそもそも人事・労務管理の問題として、女性の医師に働きやすい環境を調整する義務を負っている事柄であって(安全配慮義務、職場環境調整義務)、教育機関である大学の入試とは別の問題です。

東京医科大学の明治時代に戻ってしまったかのような時代錯誤な社会認識や実務は、男女雇用機会均等法など労働法の趣旨をも潜脱しているように思われます。少なくとも同大学の校是である「正義・友愛・奉仕」の精神に反していることは間違いありません。

■参考文献
・野中俊彦・中村睦男・高橋和之・高見勝利『憲法Ⅰ 第5版』282頁、295頁
・芦部信喜『憲法 第6版』127頁


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1.はじめに
2014年6月に、さいたま市立三橋公民館が、憲法9条のデモを詠んだ住民の俳句を公民館だよりに掲載拒否した事件は、当時の各新聞紙において大きく取り上げられました。この事件にかかわる判決(さいたま地裁平成29年10月13日判決)が『法学セミナー』757号、758号などで取り上げられていました。

■追記
2018年5月18日の新聞各紙の報道によると、この事件の二審の同日の東京高裁も、原審を支持し、住民側勝訴の判決を出したとのことです。

・「九条守れ」の俳句掲載拒否、市に賠償命令 東京高裁|朝日新聞

2.さいたま地裁平成29年10月13日判決
(1)事案の概要
原告Xが所属する句会(俳句サークル、以下「本件句会」という)は、さいたま市立三橋公民館(以下「本件公民館」という)で活動を行い、本件公民館の主幹との合意により、2010年11月から3年以上にわたり、本件句会が秀句として提出した俳句を「公民館だより」(以下「本件たより」とする)に掲載してきた。

しかし、2014年6月にXが詠んだ「梅雨空に『九条守れ』の女性デモ」の俳句が秀句として本件公民館に提出されたところ、館長は、「世論を二分するテーマであり、中立であるべき公民館の刊行物にふさわしくない」として掲載を拒否した。

そこで、本件句会は、以後、秀句の提出を取りやめた。そして、Xは、さいたま市(Y)を被告とし、①本件俳句の本件たよりへの掲載請求、②掲載拒否による学習権・表現の自由・人格権等の侵害を理由とする国家賠償法に基づく損害賠償(慰謝料)請求の訴訟を提起した。

さいたま地裁は、①については棄却したが、②について5万円の損害賠償を認めた。

(2)争点
公民館だよりへの俳句掲載拒否が、Xの①学習権、②表現の自由、③人格権侵害を構成するか。

(3)判旨
一部認容。
① 「大人についても、憲法上、学習権が保障される」。しかし「学習成果の発表の自由は、学習権の一部として」ではなく「表現の自由として保障されるものと解するのが相当である」。

② Xには「本件たより」における俳句の掲載請求権はなく、「本件たより」がパプリック・フォーラムに該当するともいえない。「本件たより」が、句会会員らに表現の場を提供する助成であったということもできない。以上によれば、本件俳句の不掲載がXの表現の自由を侵害したとはいえない。

③ 会での秀句が継続して「本件たより」に掲載されてきたことからすると、Xの俳句も掲載されると期待するのは当然である。この「期待は、著作者の思想の自由、表現の自由が憲法により保障された基本的人権であることにもかんがみると、法的保護に値する人格的利益であると解するのが相当であり、公務員である・・・公民館の職員らが、著作者である原告の思想や信条を理由とするなど不公正な取扱いをした場合、同取扱いは、国家賠償法上違法となる」(船橋市立図書館事件最一小判平成17・7・14民集59巻6号1569頁参照)。

④ 「本件たより」に掲載される俳句に句会の名称・作者名が明示されることからすれば、本件俳句の掲載が公民館の中立性、公平性・公正性を直ちに害するとはいえず、むしろ、本件不掲載により公民館が集団的自衛権許容の立場と捉えられる可能性もあるが、これについて公民館職員らは何ら検討していない。「九条守れ」の文言が直ちに世論をニ分するものといえるかにも疑問の余地があり、公民館職員らがこの点を検討した形跡はない。以上によれば、本件不掲載に正当な理由はなく、公民館職員らは、Xが「憲法9条は集団的自衛権の行使を許容するものと解釈すべきでないという思想や信条を有しているものと認識し、これを理由として不公平な取扱いをしたというべきである。」

このように判示し、裁判所は本件俳句の「本件たより」への掲載は認めませんでしたが、Xの慰謝料請求(5万円)を認めました。

3.検討
(1)船橋市立図書館事件最高裁判決
本判決は、船橋市立図書館事件の最高裁判決(最高裁平成17年7月14日判決)を参照し、公民館だよりへの俳句掲載の期待を著作者の「人格的利益」ととらえ、本件公民館による本件俳句の掲載拒否を国賠法上の違法と判断しました。

この結論を出すにあたり、本判決は、本件公民館の判断過程において、Xの思想・信条を理由として俳句掲載の可否につき十分な検討が行われていなかったと認定し、これが不公平な取り扱いに該当するとしました(判旨③)。

しかし、船橋市立図書館事件は、すでに全国で販売され、船橋市立図書館を含む全国の公立図書館ですでに閲覧に供されていた図書を、図書館職員が自分の信条に合わないと勝手に廃棄していた事案であり、本判決のようにこれから本件たよりに掲載され、世に出ようとする表現物を公権力が掲載拒否した事案に援用してよいのかという疑問が残ります。

本事件は、端的に憲法19条(思想・信条の自由)、14条(平等原則)が公権力により侵害された事案として判断されるべきであったとも思われます(濱口晶子「公民館だよりへの俳句掲載拒否と学習権・表現の自由」『法学セミナー』757号118頁)。

あるいは、公民館などが館内での特定の集会や表現行為の使用を拒否した事案に関する泉佐野市民会館事件(最高裁平成7年3月7日判決)、上尾市福祉会館事件(最高裁平成8年3月15日判決)、プリンスホテル事件(東京高裁平成22年11月25日判決)などのような、集会の自由・表現の自由の観点から本事件を検討することも可能だったのではないかと思われます。

(2)公民館など公の施設における「政治的に中立でない」集会や表現行為
また、本判決が、「公務員である(略)公民館の職員らが、著作者である原告の思想や信条を理由とするなど不公正な取扱いをした場合、同取扱いは、国家賠償法上違法となる」と判示したことは非常に重要であると思われます。つまり、近年、日本の多くの自治体で「政治的に中立でない集会や表現は、公民館など自治体の公の施設の「中立性」を侵害するので、そのような集会や表現は拒否する」という実務が急速に広まっていますが、そのような自治体・公の施設の実務は国賠法上違法であり、国・自治体は損害賠償責任を負うことを本判決は明らかにしたものです。

(なおこの点、川崎市などは、ヘイトスピーチの問題に関し、ヘイトスピーチ団体による川崎市の公民館などの公の施設の使用をより拒否しやすくするため、泉佐野市民会館事件の基準より大幅にレベルを下げたガイドラインを策定しているようですが、本判決は川崎市などの一部自治体の行為に警鐘を鳴らしていると思われます。)

(3)社会教育法20条、22条、12条
また、公民館は、「住民のために、実際生活に即する教育、学術及び文化に関する各種の事業を行」う施設であり(社会教育法20条)、その事業の一環として、「討論会、講習会、講演会、実習会、展示会等を開催すること」が規定されています(同22条2号)。本件句会の活動は、「教育、学術及び文化」に関する活動であり、本件たよりが、その成果として の意味を持つなら、法令に反しない限り、本件のXの掲載請求は認められるべきだったのではないかと思われます。本判決は、本件俳句が違法ではないと判断しておりますので。

さらに、本判決ではあまり争われていないものの、本件公民館が本件俳句を掲載拒否したことは、本件句会に対する、社会教育法12条が禁止する「社会教育関係団体に対する」「不当(な)統制的支配」又は「その事業に干渉を加えてはならない」にも抵触しており、これも国賠法上違法と思われます(人見剛「憲法9条やデモに関する俳句の公民館だよりへの掲載拒否が違法とされた事例」『法学セミナー』758号95頁)。そして、公民館・自治体が本件俳句を政治的であることを理由に掲載拒否を行うことは、本件句会およびXに対する、事実上の表現の自由の侵害に該当すると思われます(濱口・前掲118頁)。

■参考文献
・濱口晶子「公民館だよりへの俳句掲載拒否と学習権・表現の自由」『法学セミナー』757号118頁
・人見剛「憲法9条やデモに関する俳句の公民館だよりへの掲載拒否が違法とされた事例」『法学セミナー』758号95頁
・野中俊彦・中村睦男・高橋和之・高見勝利『憲法1 第5版』354頁
・中村暁生『憲法判例百選Ⅰ 第6版』158頁
・荒牧重人・小川正人・窪田眞二・西原博史『新基本法コンメンタール教育関係法』378頁、384頁

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新基本法コンメンタール 教育関係法 (別冊法学セミナー)

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