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とある会社の社員が、法律などをできるだけわかりやすく書いたブログです

カテゴリ: コンプライアンス

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1.はじめに
2019年12月16日付の新聞各紙によると、高齢者などの顧客に対して不正な保険販売(保険募集)を行い、空前の規模の不祥事(18万件以上)を起こしていたかんぽ生命とその保険代理店の日本郵便(郵便局)に対して、年内にも保険業法に基づく業務停止命令・業務改善命令をだす方針であるそうです(保険業法132条1項、同133条)。

■関連
・かんぽ生命・日本郵便の不正な乗換契約・「乗換潜脱」を保険業法的に考える

・かんぽ・日本郵便に保険販売で業務停止命令へ 金融庁|日経新聞

2.行政処分で想定される法令違反事項(保険業法)
かんぽ・郵便局の現場では、営業職員が保険契約の不正な乗換を行っていました。不利益となる事実(保険料が上がる、新しい保険に加入できないかもしれない等)を十分に説明しないまま行う契約乗換の保険募集は保険業法違反です(法300条1項4号)。

また、かんぽ等の営業職員は既に保険契約に加入している顧客に対して、「更新の時期です」などと虚偽のことを言って、新しい保険契約を締結させ、約半年間、「この期間は解約できません」と嘘をついて保険料の二重払いや無保険状態を発生させています。これは、「「保険契約者又は被保険者に対して、虚偽のことを告げる行為」なので保険業法違反です(法300条1項1号)。

さらに、平成28年の保険業法改正により新設された意向把握義務は、顧客本位の保険商品の購入を目指す制度ですが、かんぽ生命はひたすら営業職員都合・会社都合の商品をゴリ押ししているだけのようであり、この点も保険業法に違反しています(法294条の2)。

加えて、保険業法は法人としての保険会社、保険代理店に対して体制整備義務を課しています(法100条の2など)。保険業法施行規則53条以下は、保険会社たるかんぽや、募集代理店たる日本郵便は、全国のかんぽ支店や郵便局を定期的あるいは随時に臨検し、不正がないかどうかチェックが行われることを要求していますが、これをかんぽ生命・日本郵便はどの程度真面目に履行していたのでしょうか。

3.まとめ
平成17年には多くの生命保険・損害保険が、会社の利益を上げるなどの目的のために、顧客からの保険金請求について、保険約款の条文を不正に解釈したり、あるいは保険約款上の「詐欺無効」条項を濫用して保険金不払いを行ったことが、大きな社会問題となりました。この事件に対しては、最終的には平成17年10月28日付で金融庁が明治安田生命などに、重大な保険業法違反、コンプライアンス態勢およびガバナンス体制に根本的な問題があるとして、業務停止命令・業務改善命令が発出されました。

・明治安田生命保険相互会社等に対する行政処分について|金融庁

何万件、何十万件もの保険業法違反の保険募集による保険契約の事実が発覚した以上、かんぽ生命・日本郵便の違法は重大であり、社内にそれを防止するためのガバナンス体制・コンプライアンス態勢が整備されていなかったのですから、かんぽ・日本郵便・日本郵政などが厳しい行政処分を受けるのは当然のことと思われます。

*なお、政治的な事情からかんぽ生命の倒産等はないと思われますが、万が一かんぽ生命が倒産等しても、生命保険契約者保護機構により加入者の方々は保護されます。原則として、責任準備金の90%が保障の対象となります。

・生命保険契約者保護機構サイト


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保険業法の読み方 三訂版: 実務上の主要論点 一問一答

保険業務のコンプライアンス(第3版)

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1.はじめに
日本郵政グループのかんぽ生命保険は6月27日に、サンプル調査により顧客に不利益となる不正な生命保険の乗換契約が過去5年間に約2万3900件発覚したと発表しました。

・保障の見直し時等におけるお客さま本位の業務運営のさらなる向上について|かんぽ生命

かんぽ不祥事図
(かんぽ生命プレスリリースより)

続いて、7月上旬には、かんぽ生命および保険代理店業務を行っている日本郵便(郵便局)において、これも乗換契約について営業職員の手当やノルマのアップのために顧客に新契約・旧契約双方の保険料を不正に二重払いさせていた事例が2016年4月から約2万2000件発覚しました(日本郵政グループ内では「乗換潜脱」と呼ばれる)。

これを受けてかんぽ生命および日本郵便は7月10日に謝罪の記者会見を行い、顧客に不利益が生じた保険契約は少なくとも約10万件を超える等と説明しました。

・契約乗換に係る今後の取り組みについて|かんぽ生命
・かんぽ生命、ノルマ偏重を見直しへ 植平社長が謝罪|日経新聞

2.不正な乗換契約に対する法規制
保険業法は、営業職員等による保険募集における禁止行為の一つとして不正な乗換契約を規制しています(保険業法300条1項4号)。

保険業法300条1項4号
「保険契約者又は被保険者に対して、不利益となるべき事実を告げずに、既に成立している保険契約を消滅させて新たな保険契約の申込みをさせ、又は新たな保険契約の申込みをさせて既に成立している保険契約を消滅させる行為」

つまり、現在の保険契約を中途で解約させて新しい保険契約に加入させる乗換契約(乗換募集)は、顧客である保険契約者等にとって生活の変化等に応じて保障内容を見直すことができるメリットがある一方で、新しい保険契約に加入することによる予定利率の低下(保険料の上昇)や、被保険者の年齢が上がることによる保険料の増加、被保険者の健康状態によっては新しい保険契約に加入できないおそれなどの大きなデメリットが存在します。

そのため、保険業法は、これらのデメリットすなわち「不利益となるべき事実」を営業職員等が保険契約者等に十分に説明することを求めているのです。

この営業職員等が説明すべき「不利益となるべき事実」に関しては、金融庁のガイドラインである監督指針が例示していますが、そのなかには「被保険者の健康状態の悪化等のため新たな保険契約を締結できないこととなる場合があること」が含まれています(監督指針Ⅱ-4-2-2(7))。

そして営業職員等は、保険契約者等に「不利益となるべき事実」を説明し、顧客が不利益となる事実を理解したことを十分確認しなければならないとされており(監督指針Ⅱ-4-2-2(7))、民間生命保険各社の実務は、契約申込の際に交付する注意喚起情報に不利益となる事実を記載し、証拠として顧客から確認印をいただくことが通常です。

そしてこの保険業法300条1項4号に違反した場合、営業職員等は保険募集人の資格の取消などの行政処分を受ける可能性があります(保険業法307条1項3号)。

この点、6月27日付のかんぽ生命等のプレスリリース「保障の見直し時等におけるお客さま本位の業務運営のさらなる向上について」においては、

「この契約乗換により新しい契約にご加入いただく際は、「新旧比較表」を活用して既契 約と新規契約の保障内容や保険料額、予定利率などを比較説明するとともに、「ご留意事 項」、「注意喚起情報」などの書面により、解約等にともなう不利益事項についてもお客 さまに丁寧にご説明し、十分にご理解いただいた上で、お申し込みいただくこととして おります。」


と説明され、一見、「不利益となるべき事実」がしっかりと営業職員等から説明されていたようにみえます。しかし、民間の一般生命保険会社各社が実務取扱いで行っている確認印の取り付けの記述がないことは、かんぽ生命および代理店の日本郵便の営業職員の実務取扱いにおいては、「新旧比較表」、「ご留意事項」、「注意喚起情報」などの書面を漫然と顧客に手渡しているだけなのではないかとの疑問が生じます。

3.乗換契約の保険料の二重払い(「乗換潜脱」)
つぎに7月上旬には、かんぽ生命および日本郵便において、これも乗換契約について顧客に6か月間、新契約・旧契約双方の保険料を不正に二重払いさせていた事例が2016年4月から約2万2000件発覚しました(「乗換潜脱」)。

この不正な取り扱いは、営業職員の営業手当アップやノルマ達成のために行われたものであって、営業職員は顧客に対して、「新契約の申込後6か月間は、旧契約を解約できない」と虚偽の説明を行っていたそうです(「かんぽ保険料、二重払い2.2万件 手当金や営業実績目当て 解約時期遅らせる 不適切販売問題」西日本新聞2019年7月8日付)。

この点、保険業法は営業職員等の保険募集上の禁止行為の一つとして、虚偽説明の禁止を規定しています(保険業法300条1項1号前段)。すなわち、営業職員等が、「保険契約者又は被保険者に対して、虚偽のことを告げる行為」が禁止されています。

この保険業法300条1項1号違反の者に対しては、1年以下の懲役もしくは100万円以下の罰金が科されます(保険業法317条の2第7号)。また、当該違反者は、保険募集人の登録の取消などの行政処分が科されます。さらに、この違反は不祥事件に該当するので、かんぽ生命および日本郵便は総務省および金融庁に対して不祥事件報告書を会社が事実を知ったときから30日以内に提出しなければなりません(保険業法127条)。

4.意向把握義務
現在の一部改正された保険業法は平成28年4月から施行されました。そして、この改正は、金融庁「保険商品・サービスの提供等の在り方に関するワーキング・グループ」での議論を踏まえて作成された報告書「新しい保険商品・サービス及び募集ルールのあり方について」をベースとしています。

同報告書は、「国民が自身のニーズに合った保険を選択し、それぞれが備えるべきリスクに的確に対応することができるためには、保険会社・保険募集人が顧客のニーズを的確に把握し、そのニーズに合った保険商品を勧めるとともに、その保険商品の内容等を適切に説明し顧客が内容について理解・納得をした上で当該保険に加入することが望ましい。」としています。

つまり、従来からの保険会社や営業職員などによる顧客への保険の押し売り販売ではなく、保険に加入しようとしている顧客の意思やニーズを主役とした保険商品の販売という基本的な方針が掲げられているのです。この方針に基づいて、平成28年の保険業法改正においては、営業職員等が顧客に初めてアクセスした段階から、営業職員に顧客のニーズなどを把握させる意向把握義務などが新設されました(保険業法294条の2)。

ひるがえってかんぽ生命・日本郵便の今回の不祥事をみると、乗換契約はゼロからの新規契約に比べて楽だからその分野で営業ノルマ達成や募集手当アップを図るという営業職員側の都合により、既存契約を持つ顧客の意向などどうでもよいと、強引に転換契約が繰り返されたように思われます。これは押し付け営業ではなく顧客のニーズを主役としようとする平成28年の保険業法改正の趣旨に明らかに反しています。

挙句に営業職員の手当の出方がよいからと乗換契約をさせられた顧客に対して6か月分も二重で保険料を支払わせる行為などは、金銭を扱う金融機関としてはあってはならないモラルハザードです。

とくに、強引に顧客に乗換契約をさせたのに新契約の引受審査で健康上の理由で新契約が謝絶となってしまうというケースは、顧客あるいはその遺族に万が一の際の保障を提供することを社会的使命とする生命保険会社としては最悪の、あってはならない不祥事です。そのようなケースが少なくとも1万8千件も発生していることには、正直怒りを感じます。2万2千件も「無保険状態」を発生させていたことも同様です。

このような不自然な数字を前に、かんぽ生命の引受審査部門・保険金支払査定部門や事務企画部門は、経営陣に疑問の声などを上げることはできなかったのでしょうか。かんぽ生命や日本郵便などの社内には内部告発制度(公益通報者保護制度)などは存在しないのでしょうか。

かんぽ生命および日本郵便の経営陣や募集管理統括部門、法務・コンプライアンス部門、内部監査部門は、今一度、平成28年の保険業法改正の趣旨を一から勉強すべきなのではないでしょうか。

5.保険会社の体制整備義務・保険代理店の体制整備義務
(1)保険会社の体制整備義務
上でみたように、保険業法は300条、307条などにおいて、主に営業職員等が保険募集上行ってはならない行為を禁止規範として規定しています。しかしそれだけでなく、同法は100条の2において、保険会社が保険募集において遵守すべき規範を規定しています。これが保険会社全体の体制整備義務(業務運営に関する措置)です。

この保険会社の体制義務は、主に、つぎの3点を確保するための措置です。
①業務に係る重要事項の顧客への説明
②業務に関して取得した顧客に関する情報の適正な取扱
③業務を第三者に委託する場合における当該業務の的確な遂行

そして保険業法施行規則53条の7などがより詳細な規定を置いていますが、今回のかんぽ生命の事件では、情報提供義務に関する体制整備義務につき詳細を規定した監督指針Ⅱ-4-2-2(2)⑩、および、意向把握義務に関する体制整備義務につき詳細を規定した監督指針Ⅱ-4-2-2(3)④のそれぞれが問題となると思われます。

また、「業務を第三者に委託する場合における当該業務の的確な遂行」については、保険業法施行規則53条の11が詳細な規定を置いていますが、そのなかには、「当該業務の委託を受けた者における当該業務の実施状況を、定期的に又は必要に応じて確認すること等により、受託者が当該業務を的確に遂行しているかを検証し、必要に応じて改善させる等、受託者に対する必要かつ適切な監督等を行うための措置」が含まれています(施行規則53条の11第2号)。

(2)保険代理店の体制整備義務
大型乗合代理店の出現などにより、平成28年の保険業法改正において、保険代理店に対しても保険会社と同様の体制整備義務が課せられました(保険業法294条の3)。この保険代理店の体制整備義務は上の①から③までは同様です。

(3)不祥事の規模
この点、今回のかんぽ生命および日本郵便の不祥事においては、不正な乗換契約が過去5年間に約2万3900件発覚し、乗換契約で保険料を不正に二重払いさせていた事例が2016年4月から約2万2000件発覚し、顧客に不利益を与えた契約が約10万件にのぼるというのです。

不正な乗換契約を年ベースにすると、1年間におよそ5000件の新契約が不正な乗換契約により水増しされていたことになります。

1年におよそ5000件の乗換契約に関する不祥事が一つの生命保険会社とその傘下の代理店で発生してきたということは、大変な異常事態です。

かんぽ生命のディスクロージャー資料によると、同社の1年間の新契約の件数の合計は約173万件(18年3月期)であり、およそ1000件に2件の新契約が不正であったことになります。

また、顧客に不利益を与えた契約が約10万件とのことですが、これもディスクロージャー資料によると、かんぽ生命の保有契約件数は約2900万件とのことであり、かんぽ生命の全保有契約のうち、およそ1000件に3件の不正があったことになります。

近年の生命保険業界における不祥事を振り返ると、平成17年頃に大きな社会問題となった、「保険金の不払い問題」においては、明治安田生命が保険金支払において保険約款の「詐欺無効」条項を濫用し、1053件の不正な保険金不払を行ったとして金融庁から業務停止命令・業務改善命令の発出を受けています。過去の保険業界の不祥事の規模と比較しても、かんぽ生命および日本郵便の今回の不祥事は大規模であり悪質です。

このように、全国2万5千か所の日本郵便の郵便局では、少なくとも過去5年以上にわたり顧客への意向把握義務が尽くされておらず、情報提供義務も果たされておらず、本社部門による全国の郵便局の監督は不十分であり、日本郵便の保険代理店の体制整備義務は尽くされていませんでした。

そして、日本郵便に保険募集を委託しているかんぽ生命は、日本郵便の全国の郵便局を監督し、必要に応じて臨検するなどの措置を講じておらず、かんぽ生命も保険会社の体制整備義務を尽くしていません。

今回の日本郵政の不祥事は、上でみた「保険金の不払い問題」を上回る大規模・悪質な不祥事であるように思われます。金融庁および総務省からかんぽ生命・日本郵便に対して、業務停止命令・業務改善命令(保険業法132条)などの厳しい処分が発出されるのではないかと予想されます。

■追記
7月30日の日経新聞などの報道によると、かんぽ生命は顧客に不利益を与えた過去5年間の保険契約の件数を約10万件から18万3千件に修正したとのことです。

・かんぽ、不適切契約の疑い18.3万件に倍増 過去5年分|日経新聞

うえでもふれたとおり、10万件、18万件の不正という数字は、食品や自動車などのメーカー業界のものとしてはままあると思われますが、保険業界、金融業界の不祥事としては空前の、最悪レベルの事故であると思われます。かんぽ生命、日本郵便、日本郵政の経営陣の経営責任が厳しく追及されることは必至です。

あるいは、金融庁および総務省は、従来より郵政民営化により日本郵政グループにおける銀行・保険の業務範囲を徐々に「規制緩和」しつつありましたが、今回発覚したこの不祥事により、その流れは逆転するかもしれません。

■参考文献
・中原健夫・山本啓太・関秀忠・岡本大毅『保険業務のコンプライアンス  第3版』156頁、160頁
・錦野裕宗・稲田行祐『三訂版 保険業法の読み方』65頁


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保険業務のコンプライアンス(第3版)

保険業法の読み方 三訂版: 実務上の主要論点 一問一答

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1.はじめに
名古屋地裁で商品先物取引業の会社の代表取締役らについて内部統制システムの確立・整備義務違反があったとして損害賠償責任を認めた興味深い判決が出されています(名古屋地裁平成30年11月8日判決・一部認容・控訴、金融・商事判例1559号19頁・コムテックス事件)。

2.事案の概要
それまで商品先物取引を含む投資経験のなかった会社役員の30歳台の原告Xは、商品先物取引業を営む被告会社Y1の営業職員Y4らの勧誘により平成24年7月から11月にかけて124日間、金を対象とする商品先物取引を行ったが、約1700万円の損害が発生したとして、Y1、Y4および、取引期間中のY1の代表取締役であったY2およびY3に対して、不招請勧誘禁止違反、適合性原則違反、新規委託者保護義務違反などを理由として損害賠償請求訴訟を提起したのが本件訴訟である。

本件訴訟において、XはY2およびY3に対しては、Y1社における内部統制システム整備義務違反による会社法429条に基づく損害賠償責任を主張した。なお、Y1社は平成20年1月に商品先物取引法に基づき、農林水産省および経済産業省(主務省)より35日の業務停止処分および業務改善命令を受けていた(本件行政処分)。

3.判旨
請求一部認容。控訴。

判決はXの過失を4割と認定し、Y2およびY3に対してつぎのように判示して、Y1、Y2、Y3、Y4らに対して連帯して約1020万円の損害賠償の支払いを命じる判決をだしています。

『前記4(2)ア及びウ認定事実によれば、本件行政処分以後、Y1社においては、営業外務員に対する懲罰規程(略)、受託業務管理規則に係る勧誘規程(略)、社内監査規程(略)等の各種規程が改正策定され、従業員に対する研修や社内監査などを実施してきたこと、Y1社は、本件行政処分以後は行政処分を受けていないこと、平成23年1月に法第193条1項3号に基づく許可を受けていることなど、Y1社では、前記各規程等に沿い、法令等遵守体制や内部管理体制を構築しようとしてきたことが認められる。

 しかしながら、前記認定事実4(2)によれば、Y1社が、本件行政処分以前の平成13年頃から平成18年頃にかけて、顧客との間で多数の紛争を抱え、多数の訴訟を提起され、適合性原則違反、新規委託者保護義務違反、両建てによる特定売買などの違法行為を認める判決が出されていたこと、主務省から受託業務停止処分(35営業日)及び業務改善命令という極めて重い本件行政処分を受け、前記第2の2(2)のとおり、同処分の中で、本件の違法事由と同様に、商品取引市場における取引等につき、特定の上場商品構成物品等の売付け又は買付けその他これに準ずる取引等と対当する取引等であってこれらの取引と数量又は期限を同一にしないものの委託を、その取引等を理解していない顧客から受けていたことが指摘されていること、その後Y1社では、前記各種規程を改正策定していたが、その後も依然として顧客との間で多数の苦情、紛争、訴訟が発生し続けていたこと、実際に前記2認定説示のとおり、従前の訴訟や本件処分で指摘された事項と同様あるいは類似の事項について違法性が認められる。

そうすると、Y2及びY3においては、Y1らが主張する前記各種規程及び諸施策の実効性に疑問を持つべきであり、Y4らが本件のような違法な勧誘行為を行うことは予見可能というべきであるから、内部管理体制を確立・整備を怠ったことについて、重過失が認められるというべきである。
(略)

 したがって、Y2及びY3は、Xに対し、連帯して、会社法429条1項に基づく損害賠償責任を負うものというべきである(同法430条)。』

4.検討
(1)内部統制システム
内部統制システムまたはリスク管理体制とは、一定以上の規模の会社において、会社の計算および業務執行が適正かつ効率的に行われることを確保するため、取締役および各部署の長が業務執行の手順を設定するとともに、不祥事の兆候を早期に発見し是正できるように人的組織を組み立てることを指します(伊藤靖史ほか『LEGALQUEST会社法 第4版』181頁)。

そして、この内部統制システムは取締役会で決定しなければなりません(会社法362条4項6号、会社法施行規則100条)。そのため、業務執行権限を有する代表取締役などの取締役は、内部統制システム構築義務を負い、また、各取締役は代表取締役等が内部統制システムを構築して運用する義務を履行しているか監視する義務を負います(神田秀樹『会社法 第21版』232頁)。

さらに、この内部統制システム構築義務に代表取締役等が違反した場合には、代表取締役は会社に対する任務懈怠責任(会社法423条)が問題となり、当該代表取締役は第三者に対する損害賠償責任(同429条)を負うことになります(野村修也「内部統制システム」『会社法判例百選 第3版』108頁)。

企業がどのような内部統制システムを構築するかについて、学説は、構築すべき最低水準のシステムを前提とした上で、その具体的な手段の選択と最低水準を超えてどこまで充実させるかは経営判断の原則に基づくとしています(野村・前掲108頁)。

この点、内部統制システムについて最高裁は、システム開発会社内の架空売上による不正経理の事案において、「通常想定される架空売上の計上等の不正行為を防止し得る程度の管理体制は整えられていた」とした上で、同社の代表取締役の責任を否定しています(最高裁平成21年7月9日判決・日本システム技術事件、判例時報2055号147頁)。

(2)本名古屋地裁判決について
本名古屋地裁判決は、Y1社は平成20年の行政処分以降、営業職員に対する懲戒規定、勧誘規定、社内監査規定など各種の社内規定の整備を行い、これらの社内規定に沿って内部統制システムを構築しようとしてきたと認定しつつも、その後も本件と同様の違法な取引が行われ、「依然として顧客との間で多数の苦情、紛争、訴訟が発生し続けていた」と認定し、結論としてY2およびY2は内部統制システムの確立・整備の義務に違反していたとして、会社法429条に基づく損害賠償責任を認定しています。

この本判決の考え方は、企業がどのような内部統制システムを構築するかについて、構築すべき最低水準のシステムを前提とした上で、その具体的な手段の選択と最低水準を超えてどこまで充実させるかは経営判断の原則に基づくとする学説・判例の考え方に沿うものであると考えられます。

■参考文献
・『金融・商事判例』1559号19頁
・神田秀樹『会社法 第21版』232頁
・伊藤靖史ほか『LEGAL QUEST 会社法 第4版』181頁
・野村修也「内部統制システム」『会社法判例百選 第3版』108頁

会社法 第21版 (法律学講座双書)

会社法 第4版 (LEGAL QUEST)

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1.はじめに
親会社が自社および子会社を含むグループ会社においてコンプライアンス(法令遵守)のための相談窓口制度を整備した場合、一定の場合には当該親会社が子会社の従業員など、労働契約関係にない者にも適切に対応すべき信義則上の義務を負うとする注目すべき初の最高裁判決が平成30年2月に出されました(最高裁平成30年2月15日第一小法廷判決・イビデン事件)。

2.事案の概要
Y社(イビデン株式会社)はA社、B社など子会社をグループ会社とする親会社であり、自社およびグループ会社に対して、コンプライアンス(法令遵守)のための体制(本件法令順守体制)を整備し従業員に対するコンプライアンス相談窓口制度(本件相談窓口)を設置していた。

XはA社の契約社員として雇用され、Y社の事業所内にある工場(本件工場)においてA社がY社から請け負っている業務に従事していた。

Xは平成21年11月頃から、B社の管理職Cと交際をはじめたが、しだいに関係が疎遠となり、平成22年7月頃にはXはCに対して別れたい旨の手紙を手交するなどした。しかし、同年8月以降、本件工場において、Cは就業時間中にXに対して復縁を求める発言を複数回行い、またCはXの自宅に押しかける等の行為を行った(本件行為1)。

このようなCの言動を受け、Xは体調を崩し、本件行為1について直属の上司に相談したが、直属上司は事実確認などの対応を行わなかった。そのため平成22年10月にXはA社を退職した。その後、同年同月、Xは派遣会社を介してY社の別の事業所内における業務に従事するようになった。

ところが、CはXのA社退職後から再就職までの期間や、平成23年1月頃にもXの自宅付近で複数回、Cの自動車を停止させるなどの行為を行った(本件行為2)。

Xの元同僚であるDは、XからCの本件行為2を聞き、平成23年10月、Xのために本件相談窓口に対してCがXの自宅近くに来ているようなので、Xに対する事実確認等の対応をしてほしい旨の申出を行った(本件申出)。

本件申出を受けたY社は、A社およびB社に依頼してCその他の関係者に対して聞き取り調査などを行った。しかしA社およびB社から、本件申出に係る事実は存在しない旨の報告があったため、Y社はXに対する事実確認は行わず、平成23年11月、Dに対して本件申出に係る事実は確認できなかったと回答した。

これに対して、XがY社に対して、Y社はグループ会社に対するコンプライアンス体制を整備していたのであるから、同体制を整備したことによる相応の措置を講じるなどの信義則上の義務に違反したとして、債務不履行または不法行為による損害賠償を求めたのが本件訴訟である。

3.判旨
判旨1
Yは、本件当時、(略)本件法令遵守体制を整備していたものの、Xに対しその指揮監督権を行使する立場にあったとか、Xから実質的に労務の提供を受ける関係にあったとみるべき事情はないというべきである。また、Yにおいて整備した本件法令順守体制の仕組みの具体的内容が、勤務先会社が使用者として負うべき雇用契約上の付随義務をY自らが履行し又はYの直接間接の指揮監督の下で勤務先企業に履行させるものであったとみるべき事情はうかがわれない。以上によれば、(略)YのXに対する信義則上の義務違反があったものとすることはできない。』

判旨2
(ア)もっとも、Yは、(略)本件相談窓口を設け、(略)周知してその利用を促し、現に本件相談窓口における相談への対応を行っていたものである。(略)これらのことに照らすと、本件グループ会社の事業場内で就労した際に、法令等違反行為によって被害を受けた従業員等が、本件相談窓口に対しその旨の相談の申出をすれば、Yは、相応の対応をするよう努めることが想定されていたものといえ、上記申出の具体的状況いかんによっては、当該申出をした者に対し、当該申出を受け、体制として整備された仕組みの内容、当該申出に係る相談の内容等に応じて適切に対応すべき信義則上の義務を負う場合があると解される。

(イ)これを本件についてみると、Xが本件行為1について本件相談窓口に対する相談の申出をしたなどの事情がうかがわれないことに照らすと、Yは、(略)上記アの義務を負うものではない。

(ウ)また、Yは(略)DからXのためとして本件行為2に関する相談の申出を受け(たが)、(略)本件法令順守体制の仕組みの具体的内容が、Yにおいて本件相談窓口に対する相談の申出をした者の求める対応をすべきとするものであったとはうかがわれない。本件申出に係る相談の内容も、Xが退職した後に本件グループ会社の事業場外で行われた行為に関するものであり、Cの職務執行に直接関係するものとはうかがわれない。しかも、本件申出の当時、Xは、既にCと同じ職場では就労しておらず、本件行為2が行われてから8か月以上経過していた。』

このように判示して、本判決はXのYに対する請求を斥けました。
(なお、高裁段階でXのCに対する損害賠償請求は認容されています。)

4.検討
(1)セクハラ・安全配慮義務
X側は本件訴訟において、使用者は従業員に対して安全配慮義務を負うのであるから、男女雇用機会均等法上、安全配慮義務の一内容として、セクハラ行為に対する措置義務を負うと主張していました。

使用者がセクハラ(セクシュアル・ハラスメント)に関して適切な対応を怠った場合について裁判例は、労働契約上の職場環境配慮義務違反であるとして使用者の債務不履行責任あるいは使用者責任を認めるものがあり(三重県厚生農協連合会事件・津地裁平成9年11月5日、株式会社丙企画事件・福岡地裁平成4年4月16日など)、学説もこれを支持しています(菅野和夫『労働法 第11版補正版』263頁、土田道夫『労働契約法 第2版』132頁)。

しかし上記の裁判例は、被害者の従業員が使用者に直接雇用されていた事案であり、本件の事例のように直接雇用されていない場合が問題となります。

この点、最高裁は、直接の労働契約関係にない当事者間において安全配慮義務が認められるかについて、“両者間に労務提供の場における指揮監督・使用従属の関係が存在するかという実態”に着目し、「雇用契約に準ずる法律関係上の債務不履行」として認める考え方をとっています(最高裁昭和55年12月18日、最高裁平成3年4月11日)。そして学説も、労務の管理支配性・実質的指揮監督関係があること等、労働契約と同視できるような関係がある場合には安全配慮義務を認める考え方をとっています(土田・前掲550頁)。

(なお、男女雇用機会均等法は使用者に対するセクハラ防止規定などを設けていますが、これらの規定は被害者の従業員に対して作為・不作為の請求権や損害賠償請求権を与えるような私法上の効力はないと解されています(菅野・前掲262頁)。そのため被害者の労働者は従来どおり、加害者や使用者に対して債務不履行または不法行為による損害賠償責任を争うことになります。)

このような判例・学説をもとに本件事案を考えると、XはA社の契約社員であり、Y社の事業所内にある本件工場においてA社がY社から請け負っている業務に従事し、その後、Xは派遣会社を介してY社の別の事業所内における業務にしており、裁判所が認定した事実による限り、Yは「Xに対しその指揮監督権を行使する立場」になく、またYは「Xから実質的に労務の提供を受ける関係」にもなく、さらにYには「Yにおいて整備した本件法令順守体制の仕組みの具体的内容が、勤務先会社が使用者として負うべき雇用契約上の付随義務をY自らが履行し又はYの直接間接の指揮監督の下で勤務先企業に履行させるものであったとみるべき事情」もなかったようであり、最高裁の判旨1はやむを得ないように思われます。

(2)親会社がグループ会社に労働者に対する法令遵守に関する相談体制を整備した場合、信義則上の対応義務を負うのか
つぎに、本最高裁判決は、判旨2において、Yは本件相談窓口制度を設け、周知、対応等しており、その趣旨がグループ会社の業務に関する法令等違反行為の予防、対処にあることに照らして、「本件グループ会社の事業場内で就労した際に、法令等違反行為によって被害を受けた従業員等が、本件相談窓口に対しその旨の相談の申出をすれば、Yは相応の対応をするよう努めることが想定されて」いたとし、一定の場合には、Yのような立場にある主体がグループ子会社の従業員等、労働契約関係にない者の相談に適切に対応すべき信義則上の義務を負うと判示しており、注目されます(竹内(奥野)寿「グループ会社の就労者に対する相談体制と信義則上の対応義務」『ジュリスト』1517号4頁)。

そして同じく判旨2は、その一定の場合とは、「①上記申出の具体的状況いかん」、「②体制として整備された仕組みの内容」、「③当該申出に係る相談の内容等」の3点の観点から判断されるとしています。

その上で、最高裁は、本件事案はこの①~③の観点からみて、Yが信義則上、対応を行う義務を負う場面ではなかったとして、結論としてXのYへの請求を退けています。

とはいえ、本最高裁判決は、親会社がグループ会社全体に対してコンプライアンス体制を整備し相談窓口制度を設置した場合、一定の場合には直接の労働契約関係にない者の相談にも適切に対応すべき信義則上の義務を負うと判断を示したものであり、従来の判断をよりも親会社等が負う相談制度における対応義務の範囲を広げていると考えられます。傘下にグループ企業を持つ親会社の管理部門、法務・コンプライアンス部門は、グループ企業における相談体制の対応に漏れや抜けがないか今一度確認が必要であろうと思われます。

■参考文献
・『判例時報』2383号15頁
・竹内(奥野)寿「グループ会社の就労者に対する相談体制と信義則上の対応義務」『ジュリスト』1517号4頁
・菅野和夫『労働法 第11版補正版』263頁
・土田道夫『労働契約法 第2版』132頁
・竹林竜太郎・津田洋一郎「イビデン判決で見直すグループ内通報」『NBL』1119号20頁

労働法 第11版補正版 (法律学講座双書)

労働契約法 第2版

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