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タグ:アクセス警告方式

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Ⅰ.はじめに
「漫画村」などの海賊版サイトへの対策のため、現在、文化庁がパブリックコメント(意見公募手続)を実施しています(2019年10月30日まで)。

・侵害コンテンツのダウンロード違法化等に関するパブリックコメント|文化庁

私も一般人ながら、少し意見を提出しました。

(以下、①ダウンロード違法化の範囲拡大における要件について、②リーチサイト規制について、③海賊版サイトのブロッキングについて、④アクセス警告方式について、の4点について本パブコメの記述式の提出意見として提出したものです。趣旨・内容は、これまでのブログ記事とだいたい同じです。)

(なお、本パブコメが募集している論点は、①②についてですが、文化庁の検討委員会などの資料をみると、政府は数年内に①②③④をできるのもから随時実施する方針のようであり、つぎのパブコメがあるかも不明であるため、③④も提出しました。)

Ⅱ.提出意見
A.ダウンロード違法化の範囲拡大における要件について

〇著作権法30条1項3号の条文の、「著作権を侵害する自動公衆送信」の後に、「(原作のまま公衆送信されるものに限る。)」との文言を追記すべきである。

〇「著作権者の利益が不当に害される場合」という文言も追加すべきである。

(一般財団法人情報法制研究所「ダウンロード違法化の全著作物への拡大に対する懸念表明と提言」(平成31年2月8日)より)

B.リーチサイト規制について
1.リンクをはる行為の法的性質
ウェブサイトの作成・運営において、ハイパーリンク(リンク)をはる(設定する)行為は、リンク元からそのまますぐにリンク先のウェブサイトに移行し当該ウェブサイトを閲覧できるなど、従来の紙媒体にはない大きな利便性のある機能を有しており、リンクをはる行為は国内外の官民・個人のウェブサイト等において、広く日常的に行われている。

つまり、リンクをはる行為ないし機能は、ウェブサイト等を作成し公表する個人・法人の表現行為に資するものであり、表現の自由(憲法21条1項)の保障の下にある。(また、リンクをはって、ウェブサイト等を作成等する個人・法人が営利・営業を目的として表現行為を行うのであれば、それは表現の自由だけでなく、これも憲法の保障の下にもあることになる(憲法22条、29条)。さらに、ウェブサイト等を閲覧等する個人・法人の側からみれば、これは国民の知る権利に資するものであり、これも表現の自由の保障の下にある。

表現の自由は、個人の自己実現の価値と国民の自己統治の価値の二つの面を有するが、とくに後者はわが国の政治体制である民主主義の土台をなすものであり、この意味で、表現の自由は基本的人権のなかでも極めて重要な基本権である。そのため、表現の自由の一つである、リンクをはる行為への法律等による規制・制約は厳格に検討する必要がある。

2.違法サイトにリンクをはった時点でリーチサイトは違法となるのではないか?
(1)リンクをはる行為と名誉棄損など
従来、リンクをはる行為は、裁判例上、著作権法侵害とならないとされてきた(ロケットニュース24事件判決・大阪地裁平成25年6月29日)。 しかし近年、リンクをはる行為による名誉棄損が争われた裁判例においては、リンクをはる行為の違法性を名誉棄損などから認める事案が現れている(2ちゃんねる事件・東京高裁平成24年4月18日判決、プロバイダ責任制限法実務研究会『最新プロバイダ責任制限法判例集』125頁)

そして同様の趣旨の裁判例として、東京地裁平成16年6月18日判決、東京地裁平成27年12月21日判決、東京地裁平成27年1月29日判決などが存在する(プロバイダ責任制限法実務研究会・前掲126頁、また最高裁平成24年7月9日参照)。

これらの裁判例は、リンク先の記事・投稿をリンクをはった記事・投稿が「取り込んだ」「引用した」として、リンク先の投稿内容がリンク元の投稿の一部となり、リンク元がリンク先の違法を承継して取得するといったニュアンスが読み取れる。

また、昨年4月の知財高裁は、ツイッターのリツイート(いわゆる公式リツイート)について、著作者人格権(氏名表示権、同一性保持権)の侵害を認定する判断を示している(知財高裁平成30年4月25日)。

(2)結論
このように、一般論としてはリンクをはる行為は違法ではないとしても、リンク先のウェブサイトが違法であり、リンクをはった者がそれを認識していた場合は、当該リンクをはる行為は違法と近時の裁判所に判断される可能性が高いと思われる。

違法なリーチサイトに対しては、影響の大きい著作権法改正ではなく、漫画家や出版社などの権利者が損害賠償請求などの訴訟を提起すべきなのではないかと思われる。

3.著作権者などはリーチサイトに対して差止請求を行うことが可能なのではないか?
著作権法112条は、著作権者などは著作権を侵害する者または侵害するおそれのある者に対して差止めを請求することができると規定している。この差止請求の対象となる者は直接の侵害主体(違法アップロードサイト、海賊版サイトなど)に限られるのか、あるいは幇助者などの間接侵害者をも含むのかについては論点として争いがある。

この点、裁判例は、肯定する裁判例も複数存在している(ヒットワン事件・大阪地裁平成15年2月13日、選撮見撮事件・大阪地裁平成17年10月24日、『エンターテインメント法務Q&A』258頁)。

4.まとめ
以上のように、現行法下においても、①違法サイトにリンクをはった時点でリーチサイトは違法となり、②著作権者などはリーチサイトに対して差止請求を行うことが可能であると考えられる。

そのため、表現の自由や知る権利の制約となるおそれのある影響の大きな著作権法改正に対して、政府・国会は慎重であるべきと考える。

C.海賊版サイトのブロッキングについて
1.海賊版サイトのブロッキングと児童ポルノのブロッキング
今回の海賊版サイトの議論に先行する事例として、インターネット上の児童ポルノのブロッキングがある。この児童ポルノのブロッキングに関する、安心ネットづくり促進協議会は、2010年に「法的問題検討サブワーキング 報告書」を公表しているが、その中で、同協議会は、「マンガ等の違法な海賊版サイトによる著作権侵害とそのブロッキングについても、児童ポルノのブロッキングの考え方が妥当し得るか」という論点を検討し、結論として次のように、これを否定している(同報告書20頁)。

・「法的問題検討サブワーキング 報告書」|安心ネットづくり促進協議会

『【児童ポルノ以外の違法情報についても妥当し得るか】
インターネット上には、児童ポルノのほか、成人のわいせつ画像、著作権侵害情報、誹謗中傷やプライバシー侵害等様々な違法情報が存在する。これら児童ポルノ以外の違法情報についても同様に緊急避難としてブロッキングすることができるかどうかが問題となる。

(略)

著作権侵害との関係では、著作権という財産に対する現在の危難が認められる可能性はあるものの、児童ポルノと同様に当該サイトを閲覧され得る状態に置かれることによって直ちに重大かつ深刻な人格権侵害の蓋然性を生じるとは言い難いこと、補充性との関係でも、基本的に削除(差止め請求)や検挙の可能性があり、削除までの間に生じる損害も損害賠償によって填補可能であること、法益権衡の要件との関係でも財産権であり被害回復の可能性のある著作権を一度インターネット上で流通すれば被害回復が不可能となる児童の権利等と同様に考えることはできないことなどから、本構成を応用することは不可能である。

ブロッキングは、適切な内容を含む通信全般を監視し、不適当な内容の通信を遮断するというものであり、事実上の私的検閲行為であり、その実施対象については、児童ポルノに限定し、他に拡大することがあってはならないと考える。』
(安心ネットづくり促進協議会 「法的問題検討サブワーキング報告書」20頁より)

この 「法的問題検討サブワーキング報告書」20頁が述べるように、児童ポルノがインターネット上のアップロードされると、被害者の児童にとって直ちに重大かつ深刻な人格権侵害が発生するのに対して、マンガ等が海賊版サイトにアップロードされることは、著作権という財産権の現在の危難が認められるにとどまる。

そのため、著作権侵害という財産権侵害にとどまる海賊版サイトについては、ネット上の児童ポルノに対するブロッキングを支えている考え方は応用・援用できないと考えるべきである。

すなわち、人格権の侵害は被害者(児童)において事後的には回復困難な重大な被害を発生させるのに対して、財産権の侵害は、それが金銭で計算できる以上、事後に金銭的に回復できる損害であるからである。

また、著作権侵害に対しては、被害者は加害者側に対して差止請求や損害賠償請求などの法的手段を行使することで、問題を解決することが可能である。少し前まで出版社・漫画家側は、「海賊版サイトの運営者やそのサーバーは海外に存在するのが通常であり、日本の警察・裁判所が対応できない」と主張してきた。しかし、2019年9月24日には「漫画村」の運営者が逮捕されたことを忘れてはならない。

このように各論点を検討すると、海賊版サイト対策としてブロッキングを行うことは法的に違法・不当である。

2.海賊版サイトのブロッキングと緊急避難
ブロッキングは、表現の自由(憲法21条1項)、知る権利(同21条1項)との関係で問題となるが、とくに通信の秘密(同21条2項)との関係で問題となる。つまり、ブロッキングは、プロバイダがあらかじめ用意したブロックするサイトのリストに基づき、利用者・国民がインターネット上でどのようなサイトにアクセスするかすべての挙動を24時間365日監視し、リストに該当するサイトに利用者がアクセスしようとしたら、それを遮断(ブロック)する手法であるからである(曽我部真裕・林秀弥・栗田昌裕『情報法概説 第2版』56頁)。

通信の秘密は、憲法に規定があるだけでなく、プロバイダなどを規制する電気通信事業法も規定を置いている。すなわち、同法4条は通信の秘密の不可侵を定め、同4条違反には罰則があり(同179条・通信の秘密侵害罪)、また、総務省による業務改善命令の規定も置かれている(同29条1項1号)。

ここで、通信の秘密侵害について考えると、ブロッキングは利用者・国民のアクセス先を「知得」し、アクセスを遮断する目的でアクセスのデータを「窃用」しているので、通信の秘密侵害罪の構成要件に該当する。その上で、ブロッキングは違法性阻却事由との関係で、緊急避難(刑法37条1項)に該当するとされている。

緊急避難は、①現在の危険の存在、②補充性(「やむを得ずにした行為」)、③法益均衡、の3要件を満たしてはじめて該当する。

ここで、海賊版サイトのブロッキングを考えると、上でみたように海外にサーバーなどがあったとしても、漫画村の運営者を逮捕することは可能であった。つまり警察・裁判所などは漫画村に対して有効な防御であった。(受益者負担の原則からは、出版社・漫画家等はこれまで以上に海賊版サイトに対して差止請求・損害賠償請求、警察への相談・協力などを国任せでなく自己の問題として行うことが期待される。)すなわち、出版社・漫画家などには問題解決のための有効な法的手段が数多く存在するのであるから、②補充性の要件は満たされていないと考えるべきである。

また、これも上でみたとおり、海賊版サイトで侵害されているのはあくまでも著作権、つまり財産権にすぎないのであるから、これは後日、金銭的に解決可能であるので、①現在の危機の存在、の要件も満たしていない。

さらに、ブロッキングは表現の自由・知る権利や通信の秘密など、人権のなかでもとくに重要な基本的人権と衝突するものである。出版社・漫画家等の著作権上の経済的な損害と、わが国の多数のインターネットを利用する国民の知る権利・表現の自由・通信の秘密という極めて重要な精神的自由(人権)とを比較考量(法益均衡)し、慎重にも慎重な検討が必要であるが、精神的人権が一度破壊されてしまうと民主制の過程で回復が困難であること等を考えると、出版社・漫画家等の経済的人権よりも、多くの国民の精神的人権のほうが重要であると考えられる。

したがって、③法益均衡、の要件も満たされていない。そのため、海賊版のブロッキングという手法は、緊急避難に該当せず、違法性は阻却されない。つまり、海賊版サイトに対するブロッキングには、通信の秘密侵害罪(電気通信事業法4条、179条、憲法21条2項)が成立することになる。

このように、海賊版サイトにブロッキングを行うことは違法であるので、政府・国会(あるいは政府から要請を受けたプロバイダ等)はこれを行うべきではない。

D.アクセス警告方式について
1.アクセス警告方式
通信の秘密は基本的人権ではあるものの無制約ではなく、その規制の適法性は「必要最小限度」の制約であるか否かにより判断される(長谷部恭男『註釈日本国憲法(2)』435頁〔阪口正二郎〕)。

この点、2018年8月に総務省の検討委員会において、海賊版サイト対策にアクセス警告方式の転用を提案された宍戸常寿教授が、その前提条件の一つとして「静止画ダウンロードが違法化されること」をあげているのは、この必要最小限度の要件をクリアするためであろうと思われる。

宍戸教授は、2018年8月30日付「アクセス警告方式(補足)」において、この静止画ダウンロード違法化がなされないままアクセス警告方式が行われることの問題をつぎのように説明している。

・「アクセス警告方式(補足)」|宍戸常寿教授

「一般的・類型的に見て通常の利用者による許諾を想定できるといえる典型的な状況が利用者本人にとっての不利益を回避する場合であり、利用者に違法行為をさせないという点で明確である。仮に、海賊版サイトの閲覧行為が利用者本人にとって法的に消極的に評価されることを明確化できないのであれば、海賊版サイトの閲覧行為がマルウェア感染等別の形で利用者本人の不利益になるおそれが一般的にあるかどうかによることになる(あるいは、そのようなおそれのある海賊版サイトに警告表示を限定する等の工夫が必要になる)。特段そのような事情がないにもかかわらず警告方式を用いようとすることは、約款による同意が通信の秘密の放棄と評価できないおそれがあるとともに、利用者に対する警告の感銘力も低下し、対策の実効性も低下する点にも注意が必要である。」

このように、アクセス警告方式の提案者ご本人である宍戸教授ですら、静止画ダウンロード違法がなされないままのアクセス警告方式の導入は困難としているのであるから、現段階でのアクセス警告方式の導入は通信の秘密に対する必要最小限度の制約を超えたものであり、法的に無理であるといえる。

また、かりに海賊版サイト対策のためにアクセス警告方式を導入すると、プロバイダ(ISP)はすべてのユーザー・国民のすべてのウェブサイトのアクセス先を24時間365日チェックし続けることになるが、これも「必要最小限度」の度合いを明らかに超えており、通信の秘密の侵害となる。

総務省は、通信の秘密のうちアクセス先・URLなどの通信データ・メタデータを取得しているだけだから通信の秘密侵害にならないと主張するようだが、アクセス先・URLなどの通信データ・メタデータなどの外形的事項も通信の秘密の保障の範囲内であることは、憲法・情報法の判例・通説・実務がこれまで認めてきたところである( 大阪高裁昭和41年2月26日判決、長谷部恭男『註釈日本国憲法(2)』435頁〔阪口正二郎〕、曽我部真裕・林秀弥・栗田昌裕『情報法概説』51頁)。

同時に、電気通信事業法3条は、電気通信事業者による検閲を禁止しているが、ISPによる24時間365日のユーザーのネット上の挙動のモニタリングは、この検閲に抵触しないのかも問題になるであろう。

2.約款論
さらに、宍戸教授および総務省は、「アクセス警告方式は、つぎの3要件を満たせば、通常の利用者であれば許諾すると想定されるので、約款に基づく事前の包括的同意であっても有効である」と主張している。これは民法・商法の分野で議論されてきた、約款という制度を説明するための民法学者のとる意思推定理論にたっているものと思われる。

意思推定理論とは、「約款の開示とその内容に合理性があるならば、契約としての意思の合致を擬制してもよい」という理論である(近江幸治『民法講義Ⅴ契約法[第3版]』24頁)。

この点、意思推定理論によると、約款には「合理性」が必要となる。しかし、静止画ダウンロードが違法化されていない現時点においては、海賊版サイトへのアクセスが別に違法でもなんでもないにもかかわらず、ISPが24時間365日、ユーザー・国民のネット上の挙動をモニタリングしつづけるという「約款」は、あまりにも国民の通信の秘密を侵害しており、当該約款には合理性が無く違法ということになるのではないか。

むしろ海賊版サイト対策のためにISPが24時間365日、ユーザー・国民のネット上の挙動をモニタリングしつづけることは、ユーザー・国民の法令上の権利を不当に制限する「不当条項」に該当するとして、消費者契約法10条、改正民法548条の2第2項に照らして無効と裁判所等に判断される可能性がある。

3.サイバー攻撃対策のアクセス警告方式を海賊版サイト対策に持ってくることの違和感
最後に、そもそも宍戸教授や総務省などが、サイバー攻撃対策のためのACTIVEのアクセス警告方式を海賊版サイト対策に持ってくることに、強い違和感あるいは法的バランスの悪さを感じる。

ACTIVEのアクセス警告方式も24時間365日すべてのユーザーのすべてのネット上の挙動をモニタリングするという通信の秘密という基本的人権を侵害する制度なのだから、本来は通信傍受法などのように、国会での審議を経て立法手当をした上で行うべきである。

ただし、ACTIVEのアクセス警告方式は、サイバー攻撃から日本の個人・法人・国など社会全体のサイバーセキュリティを守るためという、刑法的にいえば社会的保護法益を守るという趣旨の制度であるがゆえに、かろうじて「アクセス警告方式=民間企業の約款」制度が不問にふされているだけであろうと思われる。

一方、今回問題となっている、海賊版サイトの件は、はっきり言ってしまえば、たかだか出版社と漫画家達の個人的・個社的な財産的法益の侵害が問題となっているに過ぎない。社会全体のサイバーセキュリティの保護という社会的法益に比べれば非常に軽い保護法益である。

そもそもこの財産的な損失は、受益者負担の原則の観点から、出版社などが民事訴訟を海賊版サイトに提起するなどして自助努力、自己責任で何とかすべき筋の話である。国がこうも出版業界のために手取り足取りと様々な政策案を検討してあげているのも、国民からみて何らかの薄ら暗いものを感じさせる。国が出版社・漫画家等という特定の業界の援助にばかり時間・予算・人材を割くことは、公務員および国・行政は「全体の奉仕者であって一部の奉仕者ではない」(憲法15条2項、国家公務員法96条1項等)という国の大原則にすら抵触しているように考えられる。

秤にかけられている対立利益が国民の重要な精神的利益である通信の秘密・プライバシー権であることをも考えると、ACTIVEのアクセス警告方式をそのままマンガ海賊版サイト対策にもってくることは法的に無理筋すぎと考えられる。

4.まとめ
このように、海賊版サイト対策でアクセス警告方式を導入することは違法・不当であると考えられる。政府・国会は海賊版サイト対策でアクセス警告方式を導入することを止めるべきである。


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アクセス警告方式の図
(ACTIVEのアクセス警告方式のイメージ図。総務省サイトより。)

1.はじめに
出版業界からの強いロビー活動により、政府与党はネット上のマンガの海賊版対策を相次いで検討しているところですが、いわゆる「ブロッキング」、また著作権法の一部改正による「ダウンロード違法化対象拡大」などの案は、それぞれの問題点の大きさから頓挫してきました。そのようななか、政府は4月19日より総務省の検討委員会において、マンガの海賊版対策として、「アクセス警告方式」の検討を始めました。しかし、マンガの海賊版対策としてアクセス警告方式は妥当なものといえるのでしょうか?

2.アクセス警告方式
「アクセス警告方式」とは、「ユーザー(国民)の同意に基づき、インターネット接続サービスプロバイダ(ISP)において、ユーザーのネット上での全てのアクセス先をチェックし、特定の海賊版サイトへのアクセスを検知した場合、「本当に海賊版サイトにアクセスしますか? はい/いいえ」等の警告画面を表示させる仕組み」とされています(「総務省 資料1-5 アクセス抑止方策に係る検討の論点(案)」2頁より)。

・インターネット上の海賊版サイトへのアクセス抑止方策に関する検討会(第1回)配布資料|総務省

このアクセス警告方式は、サイバー攻撃に対応するためのACTIVE(Advanced Cyber Threats response InitiatiVE)という取り組みにおいて採用されているものを、2018年8月のブロッキングの是非が検討された「インターネット上の海賊版対策に関する検討会議5回」において、憲法の宍戸常寿・東大教授がブロッキングに代わる案として提案したものです(2018年8月24日宍戸常寿「アクセス警告方式について」、2018年8月30日宍戸常寿「アクセス警告方式について(補足)」)。

宍戸教授はその提案書において、「通信の秘密の利益の放棄に係る「真性の同意」の条件につき、ACTIVEの整理を参考にすれば、一般的・類型的に見て通常の利用者による許諾が想定でき、オプトアウトを条件としつつ、以下の条件を満たせば、海賊版サイトについてもアクセス警告方式を導入することは可能ではないか」として、その条件を、「①静止画ダウンロードが違法化されること、②警告画面の対象となる海賊版サイトの基準が合理的かつ必要最小限度の範囲であること、③海賊版サイト該当性が公正に判断されていること」の3点としています。

すなわち、宍戸教授のアクセス警告方式をマンガ海賊版サイトに転用するという提案は、国会での審議を経た立法手当ではなく、民間企業たるISPにおける規約・約款的な措置で海賊版サイトへの対応を行ってしまおうというものです。

3.通信の秘密
この点、法令をみると、憲法21条2項が通信の秘密について定め、業法である電気通信事業法4条1項も通信の秘密を事業者に義務づけ、同179条は通信の秘密侵害に対する罰則を置いています。

憲法
第21条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
  検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

電気通信事業法
第4条 電気通信事業者の取扱中に係る通信の秘密は、侵してはならない。

憲法21条2項後段が国民の基本的人権として、「通信の秘密」を保障しているのは、通信が表現行為の一つであるからだけでなく、通信の秘密が私生活の保護、すなわち憲法13条に基づくプライバシーの権利を保障の根本としているとされています(芦部信喜『憲法 第7版』230頁)。

そのため、通信の秘密の対象は、手紙やメールの本文、電話の通話内容などの通信の内容が含まれることは当然として、通信の宛先・住所、電話番号、メールアドレスなどの通信データ・メタデータなどの通信の外形的事項も含まれると判例・学説・実務上理解されています(曽我部真裕・林秀弥・栗田昌裕『情報法概説』51頁)。

ところで、通信の秘密も基本的人権ではあるものの無制約ではなく、その規制の適法性は「必要最小限度」の制約であるか否かにより判断されます(長谷部恭男『註釈日本国憲法(2)』435頁〔阪口正二郎〕)。

この点、昨年8月に海賊版サイト対策にアクセス警告方式の転用を提案した宍戸教授が、その前提条件の一つとして「静止画ダウンロードが違法化されること」をあげているのは、この必要最小限度の要件をクリアするためであろうと思われます。

宍戸教授は、上であげた2018年8月30日付の「アクセス警告方式(補足)」において、この静止画ダウンロード違法化がなされないままアクセス警告方式が行われることの問題をつぎのように説明しています。

一般的・類型的に見て通常の利用者による許諾を想定できるといえる典型的な状況が利用者本人にとっての不利益を回避する場合であり、利用者に違法行為をさせないという点で明確である。仮に、海賊版サイトの閲覧行為が利用者本人にとって法的に消極的に評価されることを明確化できないのであれば、海賊版サイトの閲覧行為がマルウェア感染等別の形で利用者本人の不利益になるおそれが一般的にあるかどうかによることになる(あるいは、そのようなおそれのある海賊版サイトに警告表示を限定する等の工夫が必要になる)。特段そのような事情がないにもかかわらず警告方式を用いようとすることは、約款による同意が通信の秘密の放棄と評価できないおそれがあるとともに、利用者に対する警告の感銘力も低下し、対策の実効性も低下する点にも注意が必要である。


このように、アクセス警告方式の提案者本人である宍戸教授ですら、静止画ダウンロード違法がなされないままのアクセス警告方式の導入は困難としているのですから、現段階でのアクセス警告方式の導入は通信の秘密に対する必要最小限度の制約を超えたものであり、法的に無理であるといえます。

また、かりに海賊版サイト対策のためにアクセス警告方式を導入すると、ISPはすべてのユーザー・国民のすべてのウェブサイトのアクセス先を24時間365日チェックし続けることになるわけですが、これも「必要最小限度」の度合いを超えており、通信の秘密の侵害となるのではないでしょうか。

総務省は、通信の秘密のうちアクセス先・URLなどの通信データ・メタデータを取得しているだけだから通信の秘密侵害にならないと主張するようですが、アクセス先・URLなどの通信データ・メタデータなどの外形的事項も通信の秘密の保障の範囲内であることは、憲法・情報法の判例・通説・実務がこれまで認めてきたところです(長谷部恭男『註釈日本国憲法(2)』435頁〔阪口正二郎〕、曽我部真裕・林秀弥・栗田昌裕『情報法概説』51頁、大阪高裁昭和41年2月26日判決)。

同時に、電気通信事業法3条は、電気通信事業者による検閲を禁止していますが、ISPによる24時間365日のユーザーのネット上の挙動のモニタリングは、この検閲に抵触しないのかも問題になると思われます。

4.約款論
さらに、宍戸教授および総務省は、「アクセス警告方式は、つぎの3要件を満たせば、通常緒の利用者であれば許諾すると想定されるので、約款に基づく事前の包括的同意であっても有効である」と主張しています。これは民法・商法の分野で議論されてきた、約款という制度を説明するための民法学者のとる意思推定理論にたっているものと思われます。

意思推定理論とは、「約款の開示とその内容に合理性があるならば、契約としての意思の合致を擬制してもよい」というものです(近江幸治『民法講義Ⅴ契約法[第3版]』24頁)。

この点、意思推定理論によると、約款には「合理性」が必要となります。しかし、静止画ダウンロードが違法化されていない現時点においては、海賊版サイトへのアクセスが別に違法でもなんでもないにもかかわらず、ISPが24時間365日、ユーザー・国民のネット上の挙動をモニタリングしつづけるという「約款」は、あまりにも国民の通信の秘密を侵害しており、当該約款には合理性が無く違法ということになるのではないでしょうか。

むしろ海賊版サイト対策のためにISPが24時間365日、ユーザー・国民のネット上の挙動をモニタリングしつづけることは、ユーザー・国民の法令上の権利を不当に制限する「不当条項」に該当するとして、消費者契約法10条、改正民法548条の2第2項に照らして無効と裁判所等に判断される可能性があるのではないでしょうか。

5.サイバー攻撃対策のアクセス警告方式を海賊版サイト対策に持ってくることの違和感
最後に、そもそも宍戸教授や総務省などが、サイバー攻撃対策のためのACTIVEのアクセス警告方式を海賊版サイト対策に持ってくることに、強い違和感というか、法的バランスの悪さを感じます。

ACTIVEのアクセス警告方式も24時間365日すべてのユーザーのすべてのネット上の挙動をモニタリングするという通信の秘密という基本的人権を侵害する制度なのですから、本来は通信傍受法などのように、国会での審議を経て立法手当をした上で行うべきです。

ただし、ACTIVEのアクセス警告方式は、サイバー攻撃から日本の個人・法人・国など社会全体のサイバーセキュリティを守るためという、刑法的にいえば社会的保護法益を守るという趣旨の制度であるがゆえに、かろうじて「アクセス警告方式=民間企業の約款」制度が不問にふされているだけであろうと思われます。

一方、今回問題となっている、マンガの海賊版サイトの件は、はっきり言ってしまえば、たかだか出版社と漫画家達の個人的・個社的な利益である財産的法益の侵害が問題となっているに過ぎません(漫画家の先生方には申し訳ございませんが)。社会全体のサイバーセキュリティの保護という社会的法益に比べれば非常に軽い保護法益です。

そもそもこの財産的な損失は、出版社などが民事訴訟を海賊版サイトに提起するなどして自己責任で何とかすべき筋の話です。国がこうも出版業界のために様々な政策案を検討してあげているのも、何らかの薄ら暗いものを感じさせます。

秤にかけられている対立利益が国民の重要な精神的利益である通信の秘密・プライバシー権であることをも考えると、ACTIVEのアクセス警告方式をそのままマンガ海賊版サイト対策にもってくることは法的に無理筋すぎると感じます。

例えるならば、出版社などの財産的利益の侵害という「はえ」を倒すのに、ブロッキングと同レベルに国民の通信の秘密を侵害するアクセス警告方式という「大なた」を立法手当もないままに振り回す行為は、日本の個人にも国家にもよいことがないと思われます。

■関連するブログ記事
・漫画の海賊版サイトのブロッキングに関する福井弁護士の論考を読んでー通信の秘密

■参考文献
・芦部信喜『憲法 第7版』230頁
・長谷部恭男『註釈日本国憲法(2)』435頁〔阪口正二郎〕
・曽我部真裕・林秀弥・栗田昌裕『情報法概説』51頁
・近江幸治『民法講義Ⅴ契約法[第3版]』24頁


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