1.セクハラ被害者は加害者との会話をこっそり録音してよいのか?
4月18日にセクハラ問題の福田・財務省事務次官が辞任しました。ところでネット上をみていると、18日夜ごろから、「セクハラ被害者であっても、相手との会話をこっそりICレコーダー等で録音してよいのか?」という話題がわき起こり、ツイッターでも一時トレンド入りしているのが興味深い状況です。

2.プライバシー権から
プライバシーとは、「私生活をみだりに公表されないという法的保障ないし権利」(東京地裁昭和39年9月28日・「宴のあと」事件)、あるいは「自己に関する情報をコントロールする権利」(自己情報コントロール権)と一般的に定義されます。

そして、自らの発言や会話などは、ときと場合によっては、「私生活をみだりに公表されない」という意味でプライバシーに含まれる可能性があります。

このプライバシー権は、憲法13条に基づく人格権の一つと解されているので、プライバシー侵害は、人格権侵害として、不法行為責任(民法709条)の問題となり得ます。

ところで、民法720条1項はつぎのような条文を置いています。

民法

(正当防衛及び緊急避難)
第720条 他人の不法行為に対し、自己又は第三者の権利又は法律上保護される利益を防衛するため、やむを得ず加害行為をした者は、損害賠償の責任を負わない。ただし、被害者から不法行為をした者に対する損害賠償の請求を妨げない。

つまり、他人から不法行為をされ、自己または第三者の権利等を防衛するため、やむを得ず加害行為(正当防衛)をした者は、不法行為責任を免除されるのです。

この点、裁判例においては、使用者側が従業員の不正行為を調査した事案ですが、調査の必要性を欠いていたり、あるいは、調査の方法が社会的相当性を超えていなければ、本人に調査を行っていることを通知・公表せずに個人情報を取得しても不法行為に該当しないとするものがあります(日経クイック情報事件・東京地裁平成14年2月26日判決、浜辺陽一郎『個人情報・営業秘密・公益通報Q&A』58頁)。

したがって、この裁判例や民法720条に照らして、セクハラ被害者が自分の精神的・身体的安全を図り目的で証拠を保全するために加害者との会話を加害者に内密にICレコーダー等で録音することは、必要性があり、手段として社会的相当性があるのなら、不法行為に該当せず、違法ではないということになります。

3.個人情報保護法から
個人情報保護法2条1項1号は、「生存する個人であって、(略)当該情報に含まれる氏名、生年月日、(略)音声(略)その他一切の事項により特定の個人が識別できるもの」を個人情報と定義し、同法2条2項1号も、電子データ化された音声(声帯データ)は個人識別符号に含まれ、つまり個人情報に該当するとしています。そのため、会話における相手方の音声は、個人情報に該当します。

ところで、個人情報保護法18条1項は、個人情報取扱事業者は、原則として個人情報を取得する際には、利用目的を通知・公表しなければならないと規定しています。しかし、同法18条2項ただし書は、「ただし、人の生命、身体又は財産の保護のために緊急に必要がある場合は、この限りではない」と規定しています。そのため、セクハラ等により現在、まさに被害を受けているような際に、自らを保護するために、証拠を保全するためにICレコーダー等で相手のセクハラ発言を録音することは法18条2項ただし書により許容されることになります。

加えて、個人情報保護法第4章が利用目的の特定、通知・公表など各種の規定を義務付けているのは個人情報取扱事業者であり、つまり「個人情報データベース等を事業の用に供している者」であり、「民間部門の事業者」をさすと解されているので、一般的な従業員はこれに該当しないと思われます。

したがって、個人情報保護法の観点からも、セクハラ加害者の発言を被害者が内密にICレコーダー等で録音することは違法ではありません。

4.セクハラ・パワハラの証拠の集め方
このように、セクハラにおいて被害者側が加害者側の音声を内密に録音することは違法でないことを確認しました。セクハラ・パワハラは証拠が残りにくいため、とくに非正規職員の方など職場において立場の弱い方は、ICレコーダーやスマホの録音アプリなどで、万一の際は証拠を保全すべきです。これらの音声データは、民事訴訟などで法廷に提出された場合、高い証拠能力を持ちます。

また、パワハラで暴力を振るわれケガをした、精神疾患に罹患した、というような場合は、医師に診断書を書いてもらうべきです。あるいは、会社のパソコンにメールで上司等から暴言を書かれたというような場合は、その画面をプリントアウトして保管すべきです。このような客観的なものも高い証拠能力を持ちます。さらに、近年は、職場の同僚の証言なども証拠能力が上がってきているようです。

なお、日々つけているビジネス手帳なども、日時とともにいつどのようなセクハラ・パワハラを受けたかを日々書いてゆけば、これも相当程度の証拠能力を持ちます。パソコン等で作成するより、手書きのほうが証拠能力は高いとされています。(古川啄也『ブラック企業完全対策マニュアル』124頁)。

■参考文献
・岡村久道『個人情報保護法 第3版』103頁、82頁
・浜辺陽一郎『個人情報・営業秘密・公益通報Q&A』58頁
・西村あさひ法律事務所『実例解説 企業不祥事対応』126頁
・野中俊彦・中村睦男・高橋和之・高見勝利『憲法Ⅰ 第5版』275頁
・古川啄也『ブラック企業完全対策マニュアル』124頁