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1.はじめに
2023年1月号のジュリストに、自動車保険契約などのモラルリスク事案に関する遠山聡先生の判例評釈が掲載されていました。

2.事案の概要
平成26年9月18日、Y損害保険会社(被告)と訴外Aは、保険契約者を訴外B代表A、被保険者および死亡保険金以外の保険金の受取人をX(原告)とする団体保険契約(団体総合生活補償保険契約)を締結した。また、Xは平成27年7月16日にYとの間で、Xが所有する自家用軽貨物自動車(本件車両)につき、記名被保険者をX、人身傷害保険を無制限とする個人総合自動車保険契約を締結した。さらにXは同年同月22日、車両保険金額を30万円とする車両保険を追加して契約した。

Yの個人総合自動車保険普通保険約款には、①保険契約者、被保険者または保険金を受け取るべき者が、Yに保険金を支払わせる目的で損害または傷害を発生させ、または発生させようとしたこと、②被保険者または保険金を受け取るべき者が保険金の請求について詐欺を行い、または行おうとしたこと等を、Yにおいて保険契約を解除しうる重大事由としていた。また、本件団体保険契約の普通保険約款には、被保険者の故意または重大な過失により生じた損害についてはYは保険金を支払わない旨の規定があった。

平成27年7月24日、Xは、本件車両がAが所有しXが居住する建物に接触し、本件車両および本件建物が損傷したとして、Yに対して保険金請求を行った(本件先行事故)。

また平成27年8月30日、X運転の本件車両が対向車線を走行中であった普通自動車と正面衝突する交通事故により、Xは頚椎症性脊髄炎、右膝骸骨骨折などと診断され入院したとしてYに保険金請求を行った(本件事故)。

平成28年10月7日、YはXに対して、Xに重大事由があるとして本件普通保険約款に基づいて本件保険契約を解除する旨の意思表示を行い、保険金の支払いを拒んだ。これに対してXが訴訟を提起したのが本件訴訟である。

原審の広島地裁令和2年10月8日判決(金判1618号28頁)は、Yの主張を認めXの請求を退けた。これに対してXが控訴。

3.本件高裁判決の判旨
控訴棄却(確定)
(1)Xが主張する先行事故に至る経緯や様態に関するXの供述ないし陳述は信用することができず、他に先行事故が発生したことを認めるに足る証拠はないこと、本件保険契約が締結された時期と先行事故の時期が近接していること等は、不自然という他ない。「以上認定の事情を総合すると、Xは、本件先行事故が発生していないにもかかわらず、これが発生したかのように装って、Yに対し…本件先行事故に係る保険金の支払を請求したというべきであり、これは、重大事由(被保険者が保険金の請求について詐欺を行い、又は行おうとしたこと)に当たるというほかない。
 したがって、Yは本件保険契約を重大事由により有効に解除したといえる(。)」

(2)「本件事故は、Xが幹線道路に準じ、自動車の進行方向には2車線が設けられ、見通しのよい直線道路において、自車を対向車線上に進出させて対向車と衝突させたものであるところ、そのような危険な運転をした事情に関するXの弁解が不自然であること、警察官は事故様態から飲酒運転を疑ったものの、Xの呼気からのアルコールも検知されていないこと、そのほかにも、保険金目的でなければ上記のような危険な運転をする理由がうかがわれないこと、Xの経済事情等に照らし、Xの故意によって発生したものと推認するのが相当である。」

「また、…Xは、本件事故の直前、時速40~54㎞で、減速することなく、約2~3秒という長い時間、補助席足元の床に落ちていたライターを拾おうと、全く前を見ず、右手で握ったハンドルの動きについて全く意に介さないまま、身体を大きく左に傾けたというのであって、ほとんど故意に等しい注意欠如の状態であったといえ、その過失の態様及び程度に照らせば、Xには、本件事故の発生につき、重大な過失があったというべきである。」

「したがって、本件事故によるXの損害は、被保険者であるXの故意又は重大な過失によって生じたものといえるから、Yは、Xに対し、本件保険契約および本件団体保険契約に基づく保険金の支払義務を免れるものというべきである。」

4.検討
(1)本判決は、原審と同様に、本件先行事故および本件事故が不自然であること等からYの重大事由解除および重過失免責を認めています。

(2)保険法30条2号は、被保険者が当該損害保険契約に基づく保険給付について詐欺を行い、または行おうとしたことを保険者の重大事由解除の要件の一つとしています。Yの普通保険約款の規定もこれに従うものです。この規定は、保険者と保険契約者等との信頼関係破綻を理由に保険者による保険契約の解除を認めるものです(山下友信『保険法(下)』515頁、萩本修『一問一答保険法』97頁)。

また、重過失の意義については裁判例および学説において対立があるところですが、本判決は、「ほとんど故意に近い著しい注意の欠如した状態」とし、近時の下級審判決と同様の見解を採用しています(東京高裁平成19年12月26日判決・判タ1269号273頁、大阪高裁平成元年12月26日金判839号18頁など)。

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■参考文献
・遠山聡「保険契約の重大事由解除と故意・重過失免責」『ジュリスト』1579号(2023年1月号)130頁
・『金融・商事判例』1618号21頁
・山下友信『保険法(下)』515頁
・萩本修『一問一答保険法』97頁



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1.はじめに
腰痛などで通算500日以上入院した患者による医療保険の入院給付金請求という典型的なモラルリスク事案に関する判決が出されていました。裁判所は患者側の請求を棄却しています(鹿児島地裁平成29年9月19日判決・請求棄却・確定、判例タイムズ1456号236頁)。

2.事案の概要
Xは平成17年10月に、損害保険会社Y(損保ジャパン日本興亜)との間で、ケガ・疾病による入院・手術などを保障する医療保険である、「新・長期医療保険」(Dr.ジャパン)の保険契約を締結した。入院給付金日額は1万円であった。

本件保険契約の約款上、入院給付金の支払事由としての「入院」とは、医師による治療が必要な場合であって、かつ、自宅等での治療が困難なため病院または診療所に入り、常に医師の管理下において治療に専念することをいうと規定されていた。

Xは平成23年2月ごろより腰痛を訴え整形外科病院に16日間入院をしたことを皮切りに、腰痛による入院や、不安感を訴え精神科病院への入院などを平成27年までに合計9回繰り返し、その入院日数は合計500日を超えた。

これらの入院に基づいてXがYに対して約462万円の入院給付金の支払いを請求したところ、Yが拒んだためXが提起したのが本件訴訟である。

3.判旨
本件保険契約における入院給付金の支払事由としての「入院」に該当するか否かの判断は、契約上の要件の該当性の判断であり、前提事実(略)のとおりの本件保険契約における「入院」の定義(医師による治療が必要であり、かつ自宅等での治療が困難なため、病院又は診療所に入り、常に医師の管理下において治療に専念すること)からしても、単に当該入院が医師の判断によるということにとどまらず、同判断に客観的な合理性があるか、すなわち、患者の症状等に照らし、病院に入り常に医師の管理下において治療に専念しなければならないほどの医師による治療の必要性や自宅等での治療の困難性が客観的に認められるかという観点から判断されるべきものと解される。
 なお、担当医師による判断の具体的な内容やその医学的な根拠は、上記の「入院」該当性の判断に際して一つの重要な事情とはなるものの、通常、医師の判断によらない入院を想定できないことからしても、医師による判断の存在という外形的な事情のみからは、直ちに「入院」該当性が推認されるとまではいえないというべきである。』

『ア 本件入院1
 入院時の検査所見は、入院の必要性を基礎付けるものであるとはいえず(略)、入院日である平成23年2月1日において、Xは、腰を押さえながらも独歩は可能だったのであり、翌2日にも喫煙のため独歩で移動し、同月11日にはほぼ終日外出し、その後も頻繁に外出・外泊していることからすれば、Xの症状が自宅等での治療が困難であるほどの重いものであったとはいえない。(略)これらのXの症状やその後の治療内容等に照らせば、本件入院1においては、(略)客観的な契約上の要件である「入院」該当性の根拠とすることはできないというべきである。』

このように判示し、本判決はXのすべての入院は医療保険契約上の「入院」に該当しないとしてXの請求を退けています。

4.検討
医療保険、入院特約などにおける入院給付金の支払い要件の一つである「入院」の該当性について、実務書は、医師の判断とあわせて、「保険制度の基本である収支相当の原則および給付反対給付均等の原則からみて、その支払要件を合理的・画一的・公平に規制する必要があり、それに合致した保険事故に対してのみ給付されるのが当然の前提とされていること、入院当時の一般的な医学上の水準によるべき」と解説しています(長谷川仁彦など『生命・傷害疾病保険法の基礎知識』249頁)。

裁判例も、「本件保険特約が設けられている趣旨およびその内容に鑑みると、本件入院要件の有無の判断は、通常は医師の判断を尊重して決定されるであろうが、いかなる場合においても、一旦なされた医師の判断を無条件に尊重して決定されなければならないというものではなく、(略)客観的、合理的に行われるべきである。このように解することは、保険契約が有する射幸性による弊害を防止し、保険契約者一般の公平を守るという点に照らしても妥当である。」と判示するものがあります(札幌高裁平成13年6月13日判決・生命保険判例集13巻499頁)。

本判決はこのような保険会社の実務・裁判例に沿う考え方をとった妥当な判決であると思われます。

なお、最近の本判決に類似した事案として、ケガを理由とする不必要な通院給付金請求というモラルリスク事案が争われたつぎの裁判例が存在します(東京地裁平成29年4月24日判決)。

・総合格闘技選手の練習によるケガは傷害共済の「不慮の事故」に該当するか?(東京地裁平成29・4・24)-モラルリスク・不必要な通院

生命・傷害疾病保険法の基礎知識

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1.はじめに
生損保の保険会社各社は保険約款に暴力団排除条項(暴排条項)を設けていますが、この暴排条項を根拠として法人契約を解除した保険会社の対応は正当とする興味深い判決が出されていました(広島高裁岡山支部平成30年3月22日判決)。

本判決は下級審判決ではあるものの、保険約款上の暴排条項の適用を有効と認定した初の公開事例です。また、暴排条項の一つの「その他反社会的勢力と社会的に非難されるべき関係を有していると認められること」について具体的な例示を行っている点で、保険訴訟以外の分野においても参考になる事例であると思われます。

2.広島高裁岡山支部平成30年3月22日判決(控訴棄却・確定)
(1)事案の概要
(a)保険契約など
平成26年8月、塗装工事・土木工事等を業とするX株式会社は、Y1生命保険およびY2損害保険との間で、保険契約者をX、被保険者をXの代表取締役Qとする生命保険と損害保険のセット商品である経営者大型総合保障制度保険契約を締結した。

Y1らの普通保険約款の「重大事由による解除」の条項にはつぎのような暴排条項が規定されていた。

第 18 条(重大事由による保険契約の解除および保険金の不支払等)
当会社は、次の(1)から(6)のどれかに該当する事由が発生した場合には、この保険契約を将来に向って解除することができます。
(1)~(4) (略)
(5) 保険契約者、被保険者または保険金の受取人が、次の(ア)から(オ)のどれかに該当する場合
 (ア) 反社会的勢力に該当すると認められること
 (イ) 反社会的勢力に対して資金等を提供し、または便宜を供与するなどの関与をしていると認められること
 (ウ) 反社会的勢力を不当に利用していると認められること
 (エ) (略)
 (オ) その他反社会的勢力と社会的に非難されるべき関係を有していると認められること
  (後略)
(大同生命保険「無配当年満期定期保険(無解約払戻金型)」より)

(b)経緯
Qは暴力団組長Rの犯した傷害事件の被害者であるSに被害申告をしないよう約束させRに対して便宜を供与したり、その後、被害申告をしたSに対してRが逮捕されたことに因縁をつけ、X社の工事代金支払い債務を免れようとする等した。

そこで、県は平成26年9月1日付で、同日から平成28年8月31日までの間、X社を入札指名業者から排除する旨の措置を行った。

これを受け、Y1およびY2は、平成27年11月13日付の各通知により、各普通保険約款の暴排条項に基づき、本件各保険契約を解除する旨の意思表示を行った。

これに対して、Xが本件各保険契約の保険契約者の地位を確認する訴訟を提起したのが本件訴訟である。

原審(岡山地裁平成29年8月31日判決)では、X側は、本件暴排条項は、保険金不正請求を招来する高い蓋然性がある場合に限り適用されるように限定解釈すべき規定であると主張したが、裁判所は限定解釈すべきではなく、また、あいまいかつ広範ということもできないとしてY1らの保険契約解除は正当としてX側の主張を退けた。Xが控訴。

(2)判旨
『Xは、本件排除条項が、暴力団していると単に噂されたり、暴力団員と幼な間柄という関係のみで交際したりしているだけでは適用されないと解釈できるというだけでは、どのような場合に「社会的に非難されるべき関係」と評価されるのか明らかではないと主張する。

 しかし、本件排除条項の趣旨が、反社会的勢力を社会から排除していくことが社会の秩序や安全性を確保する上で極めて重要な課題であることに鑑み、保険会社として公共の信頼を維持し、 業務及び健全性を確保することにあると解されることは、 前記1で引用した原判決が説示するとおりである。

 また、本件排除条項は、被保険者等が、①反社会的勢力に該当すると認められること、②反社会的勢力に対して資金等を提供し、または便宜を供するなどの関与をしていると認められること、③反社会的勢力を不当に利用していると認められること等に加えて、「その他反社会的勢力と社会的に非難されるべき関係を有していると認められること」と規定するものである(甲7、8 )。

 そうすると、本件排除条項の「社会的に非難されるべき関係」とは、前記①ないし③に準じるものであって、反社会的勢力を社会から排除していくことの妨げになる、反社会的勢力の不当な活動に積極的に協力するものや、反社会的勢力の不当な活動を積極的に支援するものや、反社会的勢力との関係を積極的に誇示するもの等をいうことは容易に認められる。

 よって、本件排除条項が、控訴人が主張するような意味において不明確ということはできず、上記の観点からその適用すべき場合の限界を画されているといえるから、控訴人の前記主張は採用できない。』

このように本高裁判決は判示し、QのSに対する行為は「反社会的勢力の不当な活動を積極的に支援するものや、反社会的勢力との関係を積極的に誇示するもの」に該当するとし、Y1・Y2の保険契約解除は正当であるとしてXの主張を退けました。

3.検討・解説
(1)暴排条項導入の経緯
政府の平成19年の「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」の策定と、金融庁の平成20年3月の「保険会社向けの総合的な監督指針」の一部改訂等(監督指針II -4-9「反社会的勢力による被害の防止」)により、保険会社は反社会的勢力との一切の関係遮断が求められることになりました。それを受けて、平成23年、生命保険協会および日本損害保険協会はそれぞれ暴排条項の約款例を策定・公表し、平成24年4月以降、生損保の各保険会社の保険約款に暴排条項が順次導入されてゆきました(長谷川仁彦・竹山拓・岡田洋介『生命・傷害疾病保険法の基礎知識』200頁)。

(2)重大事由による解除条項と暴排条項の構造
平成20年に成立した保険法は、「保険者の保険契約者、被保険者又は保険金受取人に対する信頼を損ない、当該生命保険契約の存続を困難とする重大な事由」があるときは、保険会社(保険者)は、「生命保険契約を解除することができる」とする、いわゆる「重大事由による解除」の規定を新設しました(保険法30条3号、57条3号、86条3号)。これは故意による事故招致による不正な保険金請求などのモラルリスクを排除するためです(萩本修『一問一答保険法』97頁)。

保険法

(重大事由による解除)
第五十七条 保険者は、次に掲げる事由がある場合には、生命保険契約(第一号の場合にあっては、死亡保険契約に限る。)を解除することができる。
 一 保険契約者又は保険金受取人が、保険者に保険給付を行わせることを目的として故意に被保険者を死亡させ、又は死亡させようとしたこと。
 二 保険金受取人が、当該生命保険契約に基づく保険給付の請求について詐欺を行い、又は行おうとしたこと。
 三 前二号に掲げるもののほか、保険者の保険契約者、被保険者又は保険金受取人に対する信頼を損ない、当該生命保険契約の存続を困難とする重大な事由

そして、冒頭の2.(1)(a)でみたように、この重大事由による解除の規定をより具体化するために、生命保険各社の保険約款には重大事由による解除の条項が規定されています。この保険約款における重大事由による解除の条項の一つに暴排条項は規定されています。

この点、暴排条項に該当することが、保険法57条3項などの要件である「保険契約者等に対する信頼を損ない、当該保険契約の存続を困難とするものである」といえるか否かが問題となりますが、反社会的勢力等が保険金詐取等の犯罪行為に関与する蓋然性は通常人に比べて相当に高いと考えられ、また、反社会的勢力等に属すること自体から保険金不正請求を招来する高い蓋然性があることから、「信頼関係が破壊され、契約継続が困難」であると考えられるので、保険約款の暴排条項は保険法57条3項等の重大事由による解除の規定の趣旨に沿い、その一つの条項であるといえるとするのが学説・保険実務のおおむねの理解です(日本生命保険『生命保険の法務と実務 第3版』316頁、山下友信・永沢徹『論点体系 保険法2』214頁)。

なお、 保険法の重大事由による解除は、片面的強行規定 (保険法33条2項、65条2号、 94条2号)であることから、保険法に比して保険契約関係者にとって不利な約款規定は無効となる点も問題となります。しかし、モラルリスク事案等の保険制度の健全性を害する行為の排除を目的とした重大事由による解除の保険法の趣旨は、暴排条項の規定目的と合致すること、暴排条項がもたらす保険契約の解除という効果も、重大事由による解除の予定する範囲であることから、片面的強行規定に反することにはならないと解されています(日本生命保険・前掲215頁、山下・永沢・前掲215頁)。

(3)本高裁判決における暴排条項
本高裁判決は、本件の保険約款の暴排条項が保険法上の重大事由による解除として位置づけられるのか否か、そして、本件暴排条項が保険法上の片面的強行規定に抵触しないのか否かについては明確には述べていません。

しかし、2.(2)でみたように、本高裁判決は、Xの本件暴排条項が不明確であるとの主張に対して、「本件暴排条項の趣旨が…保険会社として公共の信頼を維持し、業務の適切性及び健全性を確保することにある」ことは「原判決が説示するとおりである」と述べ、本件暴排条項の効力とその行使を否定していません。そのため、本高裁判決は、学説・保険実務の立場に近い考え方をしているように思われます。

加えて、本高裁判決は、本件暴排条項の「反社会的勢力と社会的に非難されるべき関係」の意味と、当該条項の具体的事案へのあてはめを行っている点も注目されます。

つまり、本高裁判決は、「反社会的勢力と社会的に非難されるべき関係」とは、「(被保険者等が、①反社会的勢力に該当すると認められること、②反社会的勢力に対して資金等を提供し、または便宜を供するなどの関与をしていると認められること、③反社会的勢力を不当に利用していると認められること)に準じるものであって、反社会的勢力を社会から排除していくことの妨げになる、(a)反社会的勢力の不当な活動に積極的に協力するものや、(b)反社会的勢力の不当な活動を積極的に支援するものや、(c)反社会的勢力との関係を積極的に誇示するもの、と(a)~(c)の3類型を具体的に例示して判示しています。

そのうえで本高裁判決は、本件のQがSに対して行った一連の行為は、(b)(c)に該当するとして、「反社会的勢力と社会的に非難されるべき関係を有していると認められる」とあてはめを行い、結論としてY1らの本件各保険契約の解除を肯定しています。

このように本判決は、下級審判決ではあるものの、保険訴訟における保険約款上の暴排条項の適用を肯定した初の公表事例として、また、暴排条項中の「反社会的勢力と社会的に非難されるべき関係」の意味や具体的例示を行った判決として保険実務および企業法務全般において意義のあるものといえます。

■参考文献
・『金融法務事情』2090号70頁
・『銀行法務21』830号65頁
・山下友信・永沢徹『論点体系 保険法2』214頁
・日本生命保険『生命保険の法務と実務 第3版』316頁
・長谷川仁彦・竹山拓・岡田洋介『生命・傷害疾病保険法の基礎知識』200頁
・萩本修『一問一答保険法』97頁
・潘阿憲『保険法概説 第2版』275頁、280頁

論点体系 保険法2

生命保険の法務と実務 【第3版】

生命・傷害疾病保険法の基礎知識

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1.はじめに
プロの総合格闘技選手が激しい練習により捻挫などを受傷したとして約2年間で合計393日分もの過大な通院給付金の支払いを求めたというなかなかマニアックな裁判例が最近出されていました。これは典型的なモラルリスク事案であるといえます(保険金の不正請求事案)。結論として判決は「不慮の事故」に該当しないとして、選手側の通院給付金の支払いの主張を退けています(東京地裁平成29年4月24日判決、『自保ジャーナル』2000号140頁、土岐孝宏『法学セミナー』2018年7月号119頁)。

2.東京地裁平成29年4月24日判決(棄却)
(1)事案の概要
(a)共済契約の内容・約款条項
プロの総合格闘技選手のXは30歳台の男性であり、平成8年にY1共済との間で生命共済契約を締結し、また、Y2生活協同組合との間でも生命共済契約を締結した。

この2件の共済契約は、契約内容の変更などを経つつ本件各事故の当時まで保険期間を1年として毎年自動更新されていた。本件各事故当時、2つの生命共済契約はいずれも保険料が月4000円であり、「不慮の事故」によるケガを対象とする日額3000円の傷害通院共済金の特約が付加されていた。これらの通院共済金は、事故から90日以内の通院を対象とし、かつ通算90日間までを対象とするものであった。

Y1・Y2の生命共済契約の普通共済約款においては、傷害通院共済金の支払い事由となる「不慮の事故」等はつぎのように定義されていた。

ウ 不慮の事故
「不慮の事故」とは、急激かつ偶発的な外来の事故(略)で、かつ、昭和53年12月15日行政管理庁告示第73号に定められた分類項目中下配のものとし、分類項目の内容については「厚生省大臣官房統計情報部編、疾病、傷害および死因統計分類提要、昭和54年版」によるものとする。

そして、本件に関連する分類項目は

「16.その他の不慮の事故」

であり、かつ、

努力過度および激しい運動(略)中の過度の肉体行使、レクリエーション、その他の活動における過度の運動

は支払い事由から除外することが規定されていた。
加えて、通院共済金の支払い事由における通院先については、つぎのように定義されていた。

エ 「病院、診療所等」
「病院、診療所等」とは、次に掲げるものをいう。
(ア)医療法に定める日本国内にある病院または診療所(略)
(イ)柔道整復師法に定める日本国内にある施術所
(後略)

(b)事案の経緯
①本件事故1
平成25年5月8日、Xは自宅において椅子から立ち上がろうとした際に右大腿部に痛みが生じ、右大腿部挫傷の傷害を負い、Xは同日から同年8月13日まで、B接骨院に合計47日間通院した。

②本件事故2
平成25年9月17日、Xは格闘技の練習を行っているCジムにおいて、練習中、足を踏み込んだ際に左股関節に痛みが生じ、左股関節捻挫の傷害を負い、XはB整骨院に合計80日通院した。

③本件事故3
平成26年4月7日、XはCジムにおいて、走った際につまずき、右足間接捻挫の傷害を負い、B整骨院に合計61日間通院した。

④本件事故4
平成26年7月1日、XはCジムにおいてランニング中、滑って転倒し、右手を床についた際に右手関節捻挫を負い、B接骨院に合計90日間通院した。

⑤本件事故5
平成26年9月24日、XはCジムにおいて格闘技の投げの練習中に転倒し、右肩鎖関節脱臼の傷害を負った。そしてD整形外科に4日通院し、その後、B接骨院に合計26日通院した。

⑥本件事故6
平成26年12月1日、XはCジムにおいて格闘技の練習中、左ひざをひねり、左膝内側側副靭帯損傷の傷害を負った。そしてD整形外科に2日間通院し、その後B整骨院に89日通院した。

Xが本件事故1から6までに関する通院共済金の支払いをY1・Y2に行ったところ、Y1らは本件各事故の頻度や通院の状況などから、事故の偶然性や通院の必要性に疑問があるとして通院共済金の支払いを拒んだため、XがY1・Y2を提訴。

(2)判旨
(a)本件事故1~本件事故4について
本件事故1について
『また、本件事故1の発生日時について、 原告が作成した事故状況報告書とB整骨院において作成された施術記録及び施術録の記載に齟齬があり、また、Bが作成した診断書の 「受傷日」 欄が平成25年5月 8日から同月7日に訂正されていることに関し、原告は、B整骨院の施術記録は、治療内容や負傷日の記載が実際と異なると感じるところがあるが、自分もはっきり覚えていない旨供述する。
 さらに、前提事実(7)ウのとおり、原告は、本件事故1の発生日として主張している平成25年5 月8日に、本件ジムにおいてランニングマシンを使用中、右膝を打撲したとして、E株式会社に対して保険金の支払を請求している。この点、原告は、同日のB整骨院での診察において、右膝の打撲については伝えていないが、他の機関等での治療を受けておらず、保険金を請求する際にどのような資料を添付したかは覚えていないと供述し、また、本件事故1 の受傷部位である右大腿部の受傷も、ランニングマシンの使用中に生じたものであると思うなどと、事故発生状況について自らの主張と矛盾する供述をしている。
(略)

   これらの事情に照らすと、B整骨院において作成された診断書、施術記録及び施術録に記載された、原告の怪我の症状、発生原因、治療内容等について信用性を認めることはできず、それは原告本人の供述も同様である。
 よって、上記各書面の記載及び原告本人の供述によっても、本件事故1が発生したと認めることはできない。
 したがって、本件事故1が発生したとは認められないから、 本件事故1に係る共済金支払請求は認められない。

本地裁判決はこのように判示し、本件事故1について、接骨院の診断書およびXの供述は信用できないとして、Xの請求を退けています。そして同様の理由で、本件事故2~本件事故4までのXの請求も退けています。

(b)本件事故5・本件事故6について
本件事故5について
『Xが、 平成26年9月24日、本件ジムの格闘技スタジオにおいて、数人の仲間とスパーリングをしており、一緒に練習していた者と組み合った状態で投げられ、右肩から落ちて床に強打したことにより、右肩鎖関節脱臼の傷害を負ったことが認められる余地がある。
 しかしながら、 原告の主張する事故態様が認められたとしても、Xは、総合格闘家であるところ、本件事故5の際、 Xは仲間とともに、実戦同様、実際に相手を投げるという、 程度の強い練習をしており、本件事故5は、「激しい運動中の過度の肉体の行使」に当たり、「不慮の事故」 に当たらないと解される。
 すなわち、「激しい運動中の過度の肉体の行使」から生じた負傷が、共済金給付の対象である 「不慮の事故」から除外されるのは、肉体を酷使する場面は、そもそも負傷が生じやすい運動であるとの質的な側面、あるいはその強度等により負傷が生じやすいとの量的な側面から、負傷事故が発生しやすく、一般的な共済契約加入者の日常的な生活においては通常想定されない場面であることから、「不慮の事故」の要素たる偶発性を欠くものと考えられるためであると解される。そのうえで、原告のような職業格闘家の、かつ (通常人でも行うであろう基礎トレーニングなどではなく)実戦形式の練習は、格闘技がその性質上、選手同士が体を酷使する面を伴うことが必須であることからしても、負傷する可能性が高いのであり、質的な面で正しく「不慮の事故」から除外すべき、つまり、負傷が偶発的でない場面であるといえる。(略)
 したがって、本件事故5は、「不慮の事故」に当たらないから、本件事故5に係る共済金支払請求は認められない。』

このように本地裁判決は判示し、本件事故5についてXの主張を退けました。同様の趣旨で裁判所は本件事故6についてもXの主張を退け、結局、Xの請求すべてを棄却しています。

5.検討・解説
(1)本地裁判決
本地裁判決は、Xの請求について、本件事故1~4について、B接骨院およびXの供述はあいまいで信用できないとして棄却しています。また、本件事故5・6については、実戦形式の激しいトレーニングであり、「激しい運動中の過度の肉体の行使」に該当し、偶然性を欠くとして「不慮の事故」に該当しないとして請求を棄却しています。これら本地裁判決の判断はおおむね妥当であると思われます。

(2)「激しい運動中の過度の肉体の行使」
生命保険などにおける災害給付金・傷害給付金等の支払事由から「激しい運動中の過度の肉体の行使」が対象外とされている理由としては、「身体の自然な衰弱化の経過によるものであり、外来性・急激性・偶発性を充足しないため」と解説されています(日本生命保険『生命保険の法務と実務 第3版』243頁)。この点、本地裁判決は実戦形式による激しい格闘技のトレーニングは不慮の事故の偶発性を欠くとしており、この点も妥当であると思われます。

(3)「激しい運動中の過度の肉体の行使」はプロ選手・若年層に不公平なのか?
ところで、『法学セミナー』2018年7月号119頁の本地裁判決の判例評釈において、土岐孝宏教授は、「激しい運動中の過度の肉体の行使」要件について、激しい運動によりケガを起こしやすいプロ選手・若年層に不利で、高齢者に有利ではないかとの問題提起を行っておられます。

しかし、保険が成り立つためには、保険者(保険会社)が引き受ける危険の程度が数量化でき、合理的尺度で測定できなくてはなりません。つまり、同一保険料で同一の保障を受ける被保険者集団は同質の危険度を有するものの集団でなければなりません(危険均一性の原則)。たとえば標準の危険の集団に、より高い危険を有するものが混入した場合、集団の利益を損ねることになります(生命保険協会『生命保険講座 生命保険総論』17頁、長谷川仁彦『生命・傷害疾病保険法の基礎知識』59頁)。

たとえば生命保険実務においては、保険の引き受けにおいて、被保険者の健康状態等だけでなく、被保険者の職業も審査の対象となります。保険各社は「審査基準」というリストにより健康状態や職業等を審査しますが、プロボクサーやパイロットなどは保険金額の上限が普通の被保険者より低く条件付けされる等の基準が設定されているのが通常です。

つまり、保険各社の一般的な個人向け生命保険商品は、一般的な職業の国民をメインの被保険者と想定しており、総合格闘家やプロボクサーなど危険な職業はメインの顧客ではないのです。「激しい運動」などによるケガなどは、一般の生命保険が引き受けるべきリスクとして想定されていないので、支払対象外の規定が置かれているのです。

(4)モラルリスク・不必要通院
ところで本件は、被保険者(給付金請求者)が捻挫など患者の主観面の要素が強い傷病により、1事故につき40日から90日もの通常ではありえない日数の通院を行っており、しかもその通院先は接骨院となっています。元保険金・給付金支払査定担当の人間からすると、これは給付金の不正請求が強く疑われるモラルリスク事案であると考えられます。

保険会社各社の約款には、「重大事由による解除」の約款条項が置かれており、そのなかには「保険金請求者による詐欺」も含まれています。この重大事由による解除は保険法57条、86条にも盛り込まれています(長谷川・前掲187頁)。本件は事案の悪質性に鑑み、Y1・Y2の各共済は、通院給付金の不払いを主張するだけでなく、重大事由による解除を適用する余地もあったのではないかと思われます。

(5)保険会社の調査と被保険者のプライバシー
なお本件においては、Xは保険会社の調査員による調査(事実の確認)は被保険者のプライバシーの侵害であるという争点も争っています。この点、本地裁判決は、「合理的な範囲を超えない調査はプライバシーの侵害にあたらない」との判断を示している点も注目されます。(なお、保険実務においては、保険会社の調査員が調査を開始するにあたり、被保険者の書面による同意を得たうえで調査に着手します。)

■参考文献
・『自保ジャーナル』2000号140頁
・土岐孝宏『法学セミナー』2018年7月号119頁
・生命保険協会『生命保険講座 生命保険総論』17頁
・長谷川仁彦『生命・傷害疾病保険法の基礎知識』59頁
・日本生命保険『生命保険の法務と実務 第3版』243頁





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