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1.はじめに
2020年(令和2年)4月に、国の新型コロナ緊急事態宣言をうけ、代表取締役が招集通知後に取締役会決議を経ずに株主総会の日時場所を変更したことが違法でないとされた興味深い裁判例が出されています(大阪地裁令和2年4月22日決定・積水ハウス株主総会事件)。

2.事案の概要
訴外A社(積水ハウス株式会社)は、住宅建設などを行う建設会社であり、会社法上の公開会社かつ大会社であり監査役設置会社である。YはA社の代表取締役であり、XはA社の取締役であり、A社の株式を6か月以上前から保有している。訴外Bは、A社の前代表取締役である。

XおよびBは、2020年2月14日付で、A社に対し、X、Bなど9名を取締役に選任するための提案権を行使した。同年3月5日、A社の取締役会は定時株主総会招集決議を行った(本件定時株主総会決議)。同年4月1日、A社は本件定時株主総会決議に基づき、定時株主総会(本件定時株主総会)の招集通知を同社のウェブサイトに公表し、同年4月6日、Yは株主に対して招集通知の書面を発送した。

招集通知においては本件定時株主総会は、日時は2020年4月23日午後10時より、場所は大阪市のCホテル2階のホテル大宴会場と記載されていた。

同年4月7日、国は新型インフルエンザ等対策特別措置法(特措法)32条に基づき、新型コロナウイルス感染症に係る緊急事態宣言を発出し、同日、大阪府知事は、特措法24条9項に基づき府内の一定施設に対して、同年4月14日から同年5月6日までの休業等の要請を行った。

この緊急事態宣言を受けた大阪府知事の休業要請により、Cホテルのホテル大宴会場が利用不能となったため、Yは同年4月15日、本件定時株主総会の開催場所を大阪市のCホテルに隣接するDビルの35階フロアとし、開始時刻を30分遅らせて午前10時30分と変更し(本件変更)、「定時株主総会 開催場所・開始時刻変更等について」との情報を、A社ウェブサイトで公表した。

これに対してXは、Yの本件変更は、招集手続きに関する法令(会社法298条1項1号、4項、299条)に違反したYの違法行為であり、本件決定を前提に本件定時株主総会を開催することは、YのA社に対する善管注意義務違反であると主張し、差止請求権を被保全権利として、本件定時株主総会の開催禁止を求める仮処分命令を申し立てたのが本件訴訟である(同360条3項、1項)。

3.裁判所の決定の要旨
「会社法上、株主総会を招集するにあたり、取締役会で定めた会社法298条1項所定の事項を変更しようとする場合の要件や手続きにつき、明文の規定はない。(略)もっとも、(略)本件定時株主総会招集決議の権限の範囲は、本件定時株主総会招集決定の合理的解釈によって画定されるものというべきである。招集通知(略)の最初の頁には、新型コロナウイルス感染症への対応として、『本定時株主総会運営に変更が生じた場合には、以下のウェブサイトに掲載いたしますので、ご出席の際にはご確認ください。』という一文が明記され、参照先のURLが記載されていたのであるから、本件定時株主総会招集決定は、新型コロナウイルス感染症の動向いかんによっては定時株主総会の運営に変更があり得ることを前提としていたことは明らかであり、変更をおよそ許容しない趣旨と解することはできない。」

Y限りで株主総会の日時及び場所を変更することの可否等も、本件定時株主総会招集決議の解釈により決せられることになる。もとより、本件定時株主総会招集決議を執行するにあたり、株主の議決権行使が妨げられることとなるような恣意的な変更を許容する趣旨と解することはできないが、少なくとも本件のように、Yが、当初予定していたホテル大宴会場の使用が事実上不可能となったことに伴い、代替会場として、隣接する高層ビルの35階をフロアごと確保し、これに伴い、35階空きフロアへの移動時間を考慮して開始時刻を30分繰り下げる範囲で本件定時株主総会の開始時刻及び場所を変更するにとどまる本件変更は、本件定時株主総会決議の執行の域を逸脱するものとまではいえない。」

「Xは、Yが自己の保身等のために本件定時株主総会開催を強行しようとするものであるかのように主張する。(略)しかし、A社取締役会も、取締役候補者選任をめぐっては鋭く対立しているものの、緊急事態宣言前後を通じて、本件定時株主総会を開催する方向で異論なく準備を進めてきたと認められるのであり、それまでのYの認識と前提を全く異にする義務を肯定することは困難である。(略) よって、本件仮処分命令申立は、被保全権利の疎明を欠くものとして、理由がない。」

4.検討
(1)株主総会の日時・場所の変更について
監査役設置会社などの取締役会設置会社が株主総会を開催する場合には、株主総会の日時・場所など所定の事項を取締役会で決議し(会社法298条1項、4項)、株主総会の日の二週間前までに書面またはウェブサイト等で株主に通知しなければなりません(299条1項、2項、3項)。

しかし、会社法は株主総会の日時・場所などを変更する場合の要件や手続きなどの規定がないため、本事例のような場合に、株主総会の日時・場所などを変更できるのか、できるとしてどのような手続きをとるべきなのかが問題となります。

この点、学説・裁判例は、招集通知を通知後に株主総会の日時・場所を変更することも、正当な理由があり、かつ変更について株主に対する適切な周知方法がとられていれば、そのような変更は許されるとしています(広島地裁高松支部昭和36年3月20日判決)。

ただし、理由なく変更が行われた場合には、決議不存在事由になりうるとする裁判例も存在し(大阪高裁昭和58年6月14日判決)、開始時間を長時間遅らせることは決議取消事由となるとする裁判例も存在します(水戸地裁下妻支部昭和35年9月30日判決、江頭憲治郎『株式会社法 第7版』327頁)。

本判決の決定は、上の広島地裁高松支部の判決と異なり、招集通知送付後に取締役会決議を経ずに代表取締役限りで株主総会の日時・場所を変更することは、「本件定時株主総会招集決定決議の合理的解釈により決せられる」と判示しており、この点に意義のある裁判例です。

そして本裁判の決定は、招集通知に「本定時株主総会運営に変更が生じた場合には、以下のウェブサイトに掲載いたしますので、ご出席の際にはご確認ください」と明記されていることから、新型コロナの動向によっては定時株主総会の運営に変更がありうることを前提として取締役会決議がなされたことは明らかであり、変更を許容しない趣旨とは言えないとしています。この点は、招集通知からうかがわれる本件株主総会決議の内容として合理的な解釈であるといえるので、妥当なものであると思われます。

(2)取締役会決議を経ないで株主総会の日時・場所を変更することの可否
本裁判の決定は、取締役会決議を経ないで株主総会の日時・場所を変更することの可否について、「代表取締役限りで本件変更をすることの可否は、本件定時株主総会収集決議の解釈による」、そしてその解釈にあたっては、「株主の議決権行使が妨げられるような恣意的な変更は許されない」としています。

そのうえで、本裁判の決定は、①Cホテルのホテル大宴会場が事実上使用不可能となったこと、②代替会場として、隣接するDビルの35階フロアを確保したこと、③Dビルの35階フロアへの移動時間を考慮して開始時刻を30分遅らせて午前10時30分からとしたこと、の3点から、本件変更は本件定時株主総会招集決議の解釈の限度内にとどまると判示しています。これは妥当な判断であると考えられます。

(3)Yの善管注意義務違反の有無
Xは、Yが自己保身のために本件定時株主総会の開催を強行しており、それは取締役の善管注意義務(会社法330条、民法644条)の違反に該当すると主張しています。

これについて本裁判の決定は、「本件定時株主総会招集決議の趣旨は、流会等の措置を講じることではなく、新型コロナの動向に照らし、Yが本件変更を前提として本件定時総会を開催することにある」として、その趣旨に沿って開催のために事務を行う以上は、Yに善管注意義務は認められないと判示しています。上でみたように本件変更は妥当であると考えられますので、それを実現するためのYの行為は善管注意義務違反にならないとの判断は妥当であると思われます。

(4)その他、新型コロナと株主総会について
法務省は、新型コロナに関連して、定款で定めた時期に定時株主総会を開催できない場合には、その状況が解消された後、合理的な期間内に定時株主総会を開催すれば足りるとしています。また、定款に定めた基準日から3か月以内に定時株主総会を開催できない場合は、新たに議決権行使のための基準日を定め、当該基準日の2週間前までに当該基準日および基準日株主が行使することができる権利の内容を公告した上で、定款に定めた基準日から3か月以上を経過した日に株主総会を開催することができるとしています(法務省「定時株主総会の開催について」2020年4月2日更新)。

また、新型コロナの動向により、招集通知送付後に予定していた株主総会の会場が使用できなくなった場合は、予定していた株主総会の会場のできるだけ近隣の施設や社内などを利用し、代替会場の手配を行い、開催場所・時間の変更を行うべきとされています。旧会場からの移動のために、開催時間の繰り下げや、株主を案内するためのスタッフの用意などが必要になります。そして株主総会の変更を会社のウェブサイト等で株主に周知する必要があります(須磨美月「総会準備と当日の運営」『新型コロナウイルス影響下の法務対応』44頁、52頁)。

■参考文献
・尾形祥「株主総会の開催場所の変更等を理由とする違法行為差止めの可否」TKCローライブラリー新・判例解説 商法136
・江頭憲治郎『株式会社法 第7版』327頁
・須磨美月「総会準備と当日の運営」『新型コロナウイルス影響下の法務対応』44頁、52頁
・東京弁護士会会社法部編『新・株主総会ガイドライン 第2版』6頁
・法務省「定時株主総会の開催について」2021年1月29日更新
・経産省・法務省「株主総会運営に係るQ&A」2020年4月2日
・経産省「「ハイブリッド型バーチャル株主総会の実施ガイド(別冊)実施事例集」を策定しました」2021年2月3日













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金融庁プレート

1.はじめに
平成29年9月に東京高裁で、ノンバンクからの債権買取に関する日本振興銀行の取締役会決議に賛成した取締役の善管注意義務違反を認める判決がだされました(東京高裁平成29年9月27日判決・上告中)。本判決は、近年の判例にしたがい、一般の株式会社の取締役よりも銀行の取締役の善管注意義務のレベルは高いとした点が注目されます。

2.事案の概要
(1)概要
本件は、破綻した日本振興銀行の取締役に対する損害賠償請求等に関する事案である。日本振興銀行(以下「A銀行」という)は、中小企業向け融資と預金の受け入れを主な事業とする銀行であったが、平成22年9月13日付で民事再生法に基づく再生手続開始決定を受けて破綻した。

株式会社債権回収機構(原告、以下「X」という)は、A銀行から取締役に対する善管注意義務を理由とする損害賠償請求権を譲り受けた。YはA銀行の取締役であった。XはYに対して、A銀行の取締役会で、のちに破綻したノンバンクのSFCG(旧・商工ファンド)から中小企業向けローン債権の買い取りを承認したことが取締役の善管注意義務違反に該当するとして、会社法423条1項の損害賠償請求権に基づき、注意義務違反によりA銀行に生じた損害の一部である50億円の支払いを求めた。(なお、本事件ではYがその妻らに金銭を贈与したことが通謀虚偽表示にあたるか否かも争点となっているが省略する。)

(2)事実関係
A銀行は、Yを含む取締役全員の賛成により、平成20年10月28日および同年11月17日の取締役会において、SFCGから合計上限460億円のローン債権を買取ることを承諾する旨の取締役会決議を行った。そして同年10月29日および11月21日にSFCGからA銀行への合計約460億円分のローン債権の債権譲渡が行われた。

なお、本件各ローン債権買取契約は、当該各債権の弁済可能性にかかわりなくすべて額面金額で買い取るものであり、SFCGは、本件ローン債務をすべて連帯保証し、また、SFCGは時価約23億円の不動産に抵当権を設定し担保とした。

その後、SFCGは、過払金請求の増加や金融危機の影響などにより、遅くとも平成20年10月末には支払不能の状態に陥り、平成21年2月24日に再生手続開始決定を受け、さらに同年4月21日に破産開始決定を受けて倒産した。

そして、A銀行は、平成22年5月に、同年3月期の決算において赤字に転落したことを発表し、金融庁から業務停止命令を受けた。その後、A銀行は同年9月10日、再生手続開始の申立てを行い、それを受けて金融庁は預金保険機構を金融管財人に選任し、同月13日にA銀行は再生手続開始決定を受けた。

A銀行は、平成23年4月に、Xに対して取締役らに対する損害賠償請求権を譲渡した。XがYに対して、取締役としての善管注意義務違反によりA銀行に生じた損害の一部である50億円の支払いを求めたのが本件訴訟である。

第1審(東京地裁平成28年9月29日判決)は、Xの請求を一部認容したため、Yが控訴。

3.判旨(東京高裁平成29年9月27日判決・上告中)
(1)経営判断の原則について
本高裁判決は、銀行の取締役の経営判断の原則に関するYの主張について、つぎのように判示しました。

「銀行の取締役に対しても、一般の株式会社の取締役と同様、いわゆる経営判断の原則が通用される余地はあるが、銀行業が広く預金者から資金を集め、これを原資として企業等に融資することを本質とする免許事業であること、銀行の取締役は金融取引の専門家であり、その知識経験を活用して融資業務を行うことが期待されていること、万一、銀行経営が破綻し、あるいは危機に瀕した場合には、預金者及び融資先を始めとして社会一般に広範かつ深刻な混乱を生じさせることなどを考慮すると、融資業務に際して要求される銀行の取締役の注意義務の程度は、一般の株式会社の取締役の場合に比べ、相当程度高い水準のものであると解するのが相当であり、銀行の取締役のいわゆる経営判断の原則が適用されると解されるとしても、その余地はその分だけ限定的なものにとどまるものというべきである」。

「本件各債権買取りは、直接的には融資業務に当たらないとしても、広く預金者から集めた資金を投じた上で、本件買取債権の債務者又はSFCGからその回収を図る必要があるものであるから、Yが本件各債権買取りの可否・当否を決定するに当たっては、一般の株式会社の取締役の場合に比べ相当程度高い水準の注意義務が課せられていたと解するのが相当である」。(そのため)「本件各債権買取りの背景に顧客基盤の拡充というA銀行の経営戦略があったとしても、そのことから直ちに、取締役に広汎な裁量が認められたり、求められる注意義務の程度が軽減されたりするものとは解されない」


(2)善管注意義務について
本高裁判決は、取締役の善管注意義務について、つぎのように判示しています。

「Yに善管注意義務違反が認められるか否かは、(ⅰ)本件買取債権自体(本件買取債権の債務者の経営状況や資産状態等)を調査するとともに、その信用力に依拠するSFCGの経営状況等をも調査し、その安全性を確認して本件各債権買取りを決定したか否か、(ⅱ)確実な担保を徴求するなど、相当の措置が講じられたか否かを踏まえ、銀行の取締役として求められる水準に照らし、Yが本件取締役会決議において本件各債権買取りを承認したことが合理性を有するものであったか否かにより判断すべきである」。

(その上で、)「本件買取債権はその回収可能性に相当程度疑念を生じさせる状況にあったにもかかわらす、A銀行のしたデューデリジェンスは名ばかりで、本件買取債権の調査は甚だ不十分であり、同債権を買い取ると決断するに当たっての安全性の確認も十分とはいえないこと、その信用力に依拠することを企図したSFCGの経営状態は極めて危険な状態にあり、Yはそのことを十分認識していたこと、それにもかかわらず、A銀行がSFCGから徴求した担保は甚だ不十分であるというほかなく、A銀行が相当な措置を講じていたという ことは到底できないこと、Yはこうした状況の下にありながら、 短期的な収益の確保ないし危殆状況下における投下資金の回収等のために本件各債権買取りの承認決議に賛同したというべきであることが認められるから、YにはA銀行の取締役としての善管注意義務違反があったというべきである」


4.検討
(1)取締役の善管注意義務
取締役はその職務を善良な管理者の注意をもって行わなければなりません(善管注意義務・会社法330条、民法644条)。また、取締役は法令・定款ならびに株主総会決議を順守し、会社のために忠実にその職務を行わなければなりません(忠実義務・会社法355条)。判例上、この忠実義務は、善管注意義務を敷衍して一層明確化したものであるとされています(最高裁昭和45年6月24日判決)。(伊藤靖史・大杉謙一・田中亘・松井秀征『LEGAL QUEST会社法 第3版』217頁、神田秀樹『会社法 第18版』197頁)

判例において、銀行の取締役の融資判断に関する善管注意義務違反を認めたものとして、①最高裁平成21年11月27日判決(四国銀行事件)、②最高裁平成20年1月28日判決(北海道拓殖銀行事件)、③最高裁平成21年11月9日判決(拓銀刑事事件)などが存在しますが、最高裁は銀行の取締役の融資実行判断が著しく合理性を欠くものであったか否かを検討していますが、その合理性をゆるやかには判断していません。

(2)経営判断の原則
裁判で取締役の善管注意義務が争点となるとき、経営判断の原則が問題となることがあります。つまり、企業の経営判断については、取締役等に裁量が認められ、判断の過程・内容に著しく不合理な点がない限り善管注意義務違反とならないとする原則です。どの程度の情報収集や意思決定の慎重さが求められるのか、また、取締役等に認められる裁量の幅は、取締役等が判断を求められる事柄の性質により異なるとされています(伊藤・大杉・田中・松井・前掲232頁、神田・前掲197頁)。

この点、本高裁判決は、銀行業務の公共性や、万一銀行が破綻した際に社会に与える影響の大きさなどから、「融資業務に際して要求される銀行の取締役の注意義務の程度は、一般の株式会社の取締役の場合に比べ、相当程度高い水準のものであると解するのが相当であり、銀行の取締役のいわゆる経営判断の原則が適用されると解されるとしても、その余地はその分だけ限定的なものにとどまるものというべきである」。と判示している点が注目されます。

■参考文献
・『金融・商事判例』1528号8頁
・須藤克己「銀行の取締役に課せられた善管注意義務と経営判断原則-東京高判平29.9.27を題材として-」『金融法務事情』2083号16頁
・伊藤靖史・大杉謙一・田中亘・松井秀征『LEGAL QUEST会社法 第3版』217頁、232頁
・神田秀樹『会社法 第18版』197頁

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