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1.はじめに
親会社が自社および子会社を含むグループ会社においてコンプライアンス(法令遵守)のための相談窓口制度を整備した場合、一定の場合には当該親会社が子会社の従業員など、労働契約関係にない者にも適切に対応すべき信義則上の義務を負うとする注目すべき初の最高裁判決が平成30年2月に出されました(最高裁平成30年2月15日第一小法廷判決・イビデン事件)。

2.事案の概要
Y社(イビデン株式会社)はA社、B社など子会社をグループ会社とする親会社であり、自社およびグループ会社に対して、コンプライアンス(法令遵守)のための体制(本件法令順守体制)を整備し従業員に対するコンプライアンス相談窓口制度(本件相談窓口)を設置していた。

XはA社の契約社員として雇用され、Y社の事業所内にある工場(本件工場)においてA社がY社から請け負っている業務に従事していた。

Xは平成21年11月頃から、B社の管理職Cと交際をはじめたが、しだいに関係が疎遠となり、平成22年7月頃にはXはCに対して別れたい旨の手紙を手交するなどした。しかし、同年8月以降、本件工場において、Cは就業時間中にXに対して復縁を求める発言を複数回行い、またCはXの自宅に押しかける等の行為を行った(本件行為1)。

このようなCの言動を受け、Xは体調を崩し、本件行為1について直属の上司に相談したが、直属上司は事実確認などの対応を行わなかった。そのため平成22年10月にXはA社を退職した。その後、同年同月、Xは派遣会社を介してY社の別の事業所内における業務に従事するようになった。

ところが、CはXのA社退職後から再就職までの期間や、平成23年1月頃にもXの自宅付近で複数回、Cの自動車を停止させるなどの行為を行った(本件行為2)。

Xの元同僚であるDは、XからCの本件行為2を聞き、平成23年10月、Xのために本件相談窓口に対してCがXの自宅近くに来ているようなので、Xに対する事実確認等の対応をしてほしい旨の申出を行った(本件申出)。

本件申出を受けたY社は、A社およびB社に依頼してCその他の関係者に対して聞き取り調査などを行った。しかしA社およびB社から、本件申出に係る事実は存在しない旨の報告があったため、Y社はXに対する事実確認は行わず、平成23年11月、Dに対して本件申出に係る事実は確認できなかったと回答した。

これに対して、XがY社に対して、Y社はグループ会社に対するコンプライアンス体制を整備していたのであるから、同体制を整備したことによる相応の措置を講じるなどの信義則上の義務に違反したとして、債務不履行または不法行為による損害賠償を求めたのが本件訴訟である。

3.判旨
判旨1
Yは、本件当時、(略)本件法令遵守体制を整備していたものの、Xに対しその指揮監督権を行使する立場にあったとか、Xから実質的に労務の提供を受ける関係にあったとみるべき事情はないというべきである。また、Yにおいて整備した本件法令順守体制の仕組みの具体的内容が、勤務先会社が使用者として負うべき雇用契約上の付随義務をY自らが履行し又はYの直接間接の指揮監督の下で勤務先企業に履行させるものであったとみるべき事情はうかがわれない。以上によれば、(略)YのXに対する信義則上の義務違反があったものとすることはできない。』

判旨2
(ア)もっとも、Yは、(略)本件相談窓口を設け、(略)周知してその利用を促し、現に本件相談窓口における相談への対応を行っていたものである。(略)これらのことに照らすと、本件グループ会社の事業場内で就労した際に、法令等違反行為によって被害を受けた従業員等が、本件相談窓口に対しその旨の相談の申出をすれば、Yは、相応の対応をするよう努めることが想定されていたものといえ、上記申出の具体的状況いかんによっては、当該申出をした者に対し、当該申出を受け、体制として整備された仕組みの内容、当該申出に係る相談の内容等に応じて適切に対応すべき信義則上の義務を負う場合があると解される。

(イ)これを本件についてみると、Xが本件行為1について本件相談窓口に対する相談の申出をしたなどの事情がうかがわれないことに照らすと、Yは、(略)上記アの義務を負うものではない。

(ウ)また、Yは(略)DからXのためとして本件行為2に関する相談の申出を受け(たが)、(略)本件法令順守体制の仕組みの具体的内容が、Yにおいて本件相談窓口に対する相談の申出をした者の求める対応をすべきとするものであったとはうかがわれない。本件申出に係る相談の内容も、Xが退職した後に本件グループ会社の事業場外で行われた行為に関するものであり、Cの職務執行に直接関係するものとはうかがわれない。しかも、本件申出の当時、Xは、既にCと同じ職場では就労しておらず、本件行為2が行われてから8か月以上経過していた。』

このように判示して、本判決はXのYに対する請求を斥けました。
(なお、高裁段階でXのCに対する損害賠償請求は認容されています。)

4.検討
(1)セクハラ・安全配慮義務
X側は本件訴訟において、使用者は従業員に対して安全配慮義務を負うのであるから、男女雇用機会均等法上、安全配慮義務の一内容として、セクハラ行為に対する措置義務を負うと主張していました。

使用者がセクハラ(セクシュアル・ハラスメント)に関して適切な対応を怠った場合について裁判例は、労働契約上の職場環境配慮義務違反であるとして使用者の債務不履行責任あるいは使用者責任を認めるものがあり(三重県厚生農協連合会事件・津地裁平成9年11月5日、株式会社丙企画事件・福岡地裁平成4年4月16日など)、学説もこれを支持しています(菅野和夫『労働法 第11版補正版』263頁、土田道夫『労働契約法 第2版』132頁)。

しかし上記の裁判例は、被害者の従業員が使用者に直接雇用されていた事案であり、本件の事例のように直接雇用されていない場合が問題となります。

この点、最高裁は、直接の労働契約関係にない当事者間において安全配慮義務が認められるかについて、“両者間に労務提供の場における指揮監督・使用従属の関係が存在するかという実態”に着目し、「雇用契約に準ずる法律関係上の債務不履行」として認める考え方をとっています(最高裁昭和55年12月18日、最高裁平成3年4月11日)。そして学説も、労務の管理支配性・実質的指揮監督関係があること等、労働契約と同視できるような関係がある場合には安全配慮義務を認める考え方をとっています(土田・前掲550頁)。

(なお、男女雇用機会均等法は使用者に対するセクハラ防止規定などを設けていますが、これらの規定は被害者の従業員に対して作為・不作為の請求権や損害賠償請求権を与えるような私法上の効力はないと解されています(菅野・前掲262頁)。そのため被害者の労働者は従来どおり、加害者や使用者に対して債務不履行または不法行為による損害賠償責任を争うことになります。)

このような判例・学説をもとに本件事案を考えると、XはA社の契約社員であり、Y社の事業所内にある本件工場においてA社がY社から請け負っている業務に従事し、その後、Xは派遣会社を介してY社の別の事業所内における業務にしており、裁判所が認定した事実による限り、Yは「Xに対しその指揮監督権を行使する立場」になく、またYは「Xから実質的に労務の提供を受ける関係」にもなく、さらにYには「Yにおいて整備した本件法令順守体制の仕組みの具体的内容が、勤務先会社が使用者として負うべき雇用契約上の付随義務をY自らが履行し又はYの直接間接の指揮監督の下で勤務先企業に履行させるものであったとみるべき事情」もなかったようであり、最高裁の判旨1はやむを得ないように思われます。

(2)親会社がグループ会社に労働者に対する法令遵守に関する相談体制を整備した場合、信義則上の対応義務を負うのか
つぎに、本最高裁判決は、判旨2において、Yは本件相談窓口制度を設け、周知、対応等しており、その趣旨がグループ会社の業務に関する法令等違反行為の予防、対処にあることに照らして、「本件グループ会社の事業場内で就労した際に、法令等違反行為によって被害を受けた従業員等が、本件相談窓口に対しその旨の相談の申出をすれば、Yは相応の対応をするよう努めることが想定されて」いたとし、一定の場合には、Yのような立場にある主体がグループ子会社の従業員等、労働契約関係にない者の相談に適切に対応すべき信義則上の義務を負うと判示しており、注目されます(竹内(奥野)寿「グループ会社の就労者に対する相談体制と信義則上の対応義務」『ジュリスト』1517号4頁)。

そして同じく判旨2は、その一定の場合とは、「①上記申出の具体的状況いかん」、「②体制として整備された仕組みの内容」、「③当該申出に係る相談の内容等」の3点の観点から判断されるとしています。

その上で、最高裁は、本件事案はこの①~③の観点からみて、Yが信義則上、対応を行う義務を負う場面ではなかったとして、結論としてXのYへの請求を退けています。

とはいえ、本最高裁判決は、親会社がグループ会社全体に対してコンプライアンス体制を整備し相談窓口制度を設置した場合、一定の場合には直接の労働契約関係にない者の相談にも適切に対応すべき信義則上の義務を負うと判断を示したものであり、従来の判断をよりも親会社等が負う相談制度における対応義務の範囲を広げていると考えられます。傘下にグループ企業を持つ親会社の管理部門、法務・コンプライアンス部門は、グループ企業における相談体制の対応に漏れや抜けがないか今一度確認が必要であろうと思われます。

■参考文献
・『判例時報』2383号15頁
・竹内(奥野)寿「グループ会社の就労者に対する相談体制と信義則上の対応義務」『ジュリスト』1517号4頁
・菅野和夫『労働法 第11版補正版』263頁
・土田道夫『労働契約法 第2版』132頁
・竹林竜太郎・津田洋一郎「イビデン判決で見直すグループ内通報」『NBL』1119号20頁

労働法 第11版補正版 (法律学講座双書)

労働契約法 第2版