金融庁プレート

1.はじめに
平成29年9月に東京高裁で、ノンバンクからの債権買取に関する日本振興銀行の取締役会決議に賛成した取締役の善管注意義務違反を認める判決がだされました(東京高裁平成29年9月27日判決・上告中)。本判決は、近年の判例にしたがい、一般の株式会社の取締役よりも銀行の取締役の善管注意義務のレベルは高いとした点が注目されます。

2.事案の概要
(1)概要
本件は、破綻した日本振興銀行の取締役に対する損害賠償請求等に関する事案である。日本振興銀行(以下「A銀行」という)は、中小企業向け融資と預金の受け入れを主な事業とする銀行であったが、平成22年9月13日付で民事再生法に基づく再生手続開始決定を受けて破綻した。

株式会社債権回収機構(原告、以下「X」という)は、A銀行から取締役に対する善管注意義務を理由とする損害賠償請求権を譲り受けた。YはA銀行の取締役であった。XはYに対して、A銀行の取締役会で、のちに破綻したノンバンクのSFCG(旧・商工ファンド)から中小企業向けローン債権の買い取りを承認したことが取締役の善管注意義務違反に該当するとして、会社法423条1項の損害賠償請求権に基づき、注意義務違反によりA銀行に生じた損害の一部である50億円の支払いを求めた。(なお、本事件ではYがその妻らに金銭を贈与したことが通謀虚偽表示にあたるか否かも争点となっているが省略する。)

(2)事実関係
A銀行は、Yを含む取締役全員の賛成により、平成20年10月28日および同年11月17日の取締役会において、SFCGから合計上限460億円のローン債権を買取ることを承諾する旨の取締役会決議を行った。そして同年10月29日および11月21日にSFCGからA銀行への合計約460億円分のローン債権の債権譲渡が行われた。

なお、本件各ローン債権買取契約は、当該各債権の弁済可能性にかかわりなくすべて額面金額で買い取るものであり、SFCGは、本件ローン債務をすべて連帯保証し、また、SFCGは時価約23億円の不動産に抵当権を設定し担保とした。

その後、SFCGは、過払金請求の増加や金融危機の影響などにより、遅くとも平成20年10月末には支払不能の状態に陥り、平成21年2月24日に再生手続開始決定を受け、さらに同年4月21日に破産開始決定を受けて倒産した。

そして、A銀行は、平成22年5月に、同年3月期の決算において赤字に転落したことを発表し、金融庁から業務停止命令を受けた。その後、A銀行は同年9月10日、再生手続開始の申立てを行い、それを受けて金融庁は預金保険機構を金融管財人に選任し、同月13日にA銀行は再生手続開始決定を受けた。

A銀行は、平成23年4月に、Xに対して取締役らに対する損害賠償請求権を譲渡した。XがYに対して、取締役としての善管注意義務違反によりA銀行に生じた損害の一部である50億円の支払いを求めたのが本件訴訟である。

第1審(東京地裁平成28年9月29日判決)は、Xの請求を一部認容したため、Yが控訴。

3.判旨(東京高裁平成29年9月27日判決・上告中)
(1)経営判断の原則について
本高裁判決は、銀行の取締役の経営判断の原則に関するYの主張について、つぎのように判示しました。

「銀行の取締役に対しても、一般の株式会社の取締役と同様、いわゆる経営判断の原則が通用される余地はあるが、銀行業が広く預金者から資金を集め、これを原資として企業等に融資することを本質とする免許事業であること、銀行の取締役は金融取引の専門家であり、その知識経験を活用して融資業務を行うことが期待されていること、万一、銀行経営が破綻し、あるいは危機に瀕した場合には、預金者及び融資先を始めとして社会一般に広範かつ深刻な混乱を生じさせることなどを考慮すると、融資業務に際して要求される銀行の取締役の注意義務の程度は、一般の株式会社の取締役の場合に比べ、相当程度高い水準のものであると解するのが相当であり、銀行の取締役のいわゆる経営判断の原則が適用されると解されるとしても、その余地はその分だけ限定的なものにとどまるものというべきである」。

「本件各債権買取りは、直接的には融資業務に当たらないとしても、広く預金者から集めた資金を投じた上で、本件買取債権の債務者又はSFCGからその回収を図る必要があるものであるから、Yが本件各債権買取りの可否・当否を決定するに当たっては、一般の株式会社の取締役の場合に比べ相当程度高い水準の注意義務が課せられていたと解するのが相当である」。(そのため)「本件各債権買取りの背景に顧客基盤の拡充というA銀行の経営戦略があったとしても、そのことから直ちに、取締役に広汎な裁量が認められたり、求められる注意義務の程度が軽減されたりするものとは解されない」


(2)善管注意義務について
本高裁判決は、取締役の善管注意義務について、つぎのように判示しています。

「Yに善管注意義務違反が認められるか否かは、(ⅰ)本件買取債権自体(本件買取債権の債務者の経営状況や資産状態等)を調査するとともに、その信用力に依拠するSFCGの経営状況等をも調査し、その安全性を確認して本件各債権買取りを決定したか否か、(ⅱ)確実な担保を徴求するなど、相当の措置が講じられたか否かを踏まえ、銀行の取締役として求められる水準に照らし、Yが本件取締役会決議において本件各債権買取りを承認したことが合理性を有するものであったか否かにより判断すべきである」。

(その上で、)「本件買取債権はその回収可能性に相当程度疑念を生じさせる状況にあったにもかかわらす、A銀行のしたデューデリジェンスは名ばかりで、本件買取債権の調査は甚だ不十分であり、同債権を買い取ると決断するに当たっての安全性の確認も十分とはいえないこと、その信用力に依拠することを企図したSFCGの経営状態は極めて危険な状態にあり、Yはそのことを十分認識していたこと、それにもかかわらず、A銀行がSFCGから徴求した担保は甚だ不十分であるというほかなく、A銀行が相当な措置を講じていたという ことは到底できないこと、Yはこうした状況の下にありながら、 短期的な収益の確保ないし危殆状況下における投下資金の回収等のために本件各債権買取りの承認決議に賛同したというべきであることが認められるから、YにはA銀行の取締役としての善管注意義務違反があったというべきである」


4.検討
(1)取締役の善管注意義務
取締役はその職務を善良な管理者の注意をもって行わなければなりません(善管注意義務・会社法330条、民法644条)。また、取締役は法令・定款ならびに株主総会決議を順守し、会社のために忠実にその職務を行わなければなりません(忠実義務・会社法355条)。判例上、この忠実義務は、善管注意義務を敷衍して一層明確化したものであるとされています(最高裁昭和45年6月24日判決)。(伊藤靖史・大杉謙一・田中亘・松井秀征『LEGAL QUEST会社法 第3版』217頁、神田秀樹『会社法 第18版』197頁)

判例において、銀行の取締役の融資判断に関する善管注意義務違反を認めたものとして、①最高裁平成21年11月27日判決(四国銀行事件)、②最高裁平成20年1月28日判決(北海道拓殖銀行事件)、③最高裁平成21年11月9日判決(拓銀刑事事件)などが存在しますが、最高裁は銀行の取締役の融資実行判断が著しく合理性を欠くものであったか否かを検討していますが、その合理性をゆるやかには判断していません。

(2)経営判断の原則
裁判で取締役の善管注意義務が争点となるとき、経営判断の原則が問題となることがあります。つまり、企業の経営判断については、取締役等に裁量が認められ、判断の過程・内容に著しく不合理な点がない限り善管注意義務違反とならないとする原則です。どの程度の情報収集や意思決定の慎重さが求められるのか、また、取締役等に認められる裁量の幅は、取締役等が判断を求められる事柄の性質により異なるとされています(伊藤・大杉・田中・松井・前掲232頁、神田・前掲197頁)。

この点、本高裁判決は、銀行業務の公共性や、万一銀行が破綻した際に社会に与える影響の大きさなどから、「融資業務に際して要求される銀行の取締役の注意義務の程度は、一般の株式会社の取締役の場合に比べ、相当程度高い水準のものであると解するのが相当であり、銀行の取締役のいわゆる経営判断の原則が適用されると解されるとしても、その余地はその分だけ限定的なものにとどまるものというべきである」。と判示している点が注目されます。

■参考文献
・『金融・商事判例』1528号8頁
・須藤克己「銀行の取締役に課せられた善管注意義務と経営判断原則-東京高判平29.9.27を題材として-」『金融法務事情』2083号16頁
・伊藤靖史・大杉謙一・田中亘・松井秀征『LEGAL QUEST会社法 第3版』217頁、232頁
・神田秀樹『会社法 第18版』197頁