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1.はじめに
喧嘩による受傷・後遺症について、自動車保険の闘争行為免責が認められためずらしい裁判例が神戸地裁で出されていました(神戸地裁平成30年5月10日判決、金融・商事判例1556号32頁)。

2.事案の概要
(1)事案
平成25年7月10日午後5時ごろ、神戸市のAパチンコ店(本件パチンコ店)の駐車場(本件駐車場)の出入り口付近において、Y1(被告)は、X(原告)の運転する自動車がY1の自動車(Y1車)と衝突しそうになったことに立腹し、Xの運転する自動車の前にY1車を停止させ、X・Y1はそれぞれその場で自動車を降りて口論となった。

その後、Y1は「もうええわ」とその場を立ち去ろうとY1車に乗り発進させようとしたところ、XはY1を追いかけて解放された状態のY1車の運転席ドアの内側に入り、エンジンキーを取ろうとしてY1とXはもみあい状態となった。さらにその後、Xの知人Bが本件駐車場に来てXの加勢をしようとY1車に近づいてきたのをみたY1は、XがY1の左肩の襟の辺りをつかみ、Y1を助手席に押し込もうとしていたところ、その場を逃走したいと考え、Y1車の前に別の自動車が停止していたため、Y1車を後方に発進させた。

このY1車の後方発進により、Xは約5m引きずられ、顔面、右肩、左胸、両手、右膝、右足を負傷する本件事故が発生した。Xは整形外科で頸椎捻挫、右腋穿挫傷と診断され、通院治療を受け、後遺症を負った。

(2)保険契約の状況
Y1の妻Bは、損害保険会社Y2との間で、対象となる車をY1車、被保険者をY2とする任意自動車保険契約を締結していた。当該自動車保険の普通保険約款には、保険契約者、被保険者またはこれらの者の法定代理人の故意によって生じた損害に対しては保険金を支払わない旨の免責条項(故意免責条項)が規定されていた。

また、Xは損害保険会社Y3との間で、被保険者をXの妻Cとする自動車保険契約を締結していたところ、同保険契約には無保険車傷害特約が付加されていた。同特約の約款条項には、被保険者等の闘争行為によって生じた損害に対しては保険金を支払わない旨の免責条項(闘争免責条項)が規定されていた。

(3)訴訟提起
XはY1に対して不法行為に基づく損害賠償として約1345万円の支払いを、Y2損害保険会社に対しては約1345万円の支払いを、Y3損害保険会社に対しては約1079万円の支払いを求めて提訴した。

(4)主な争点
争点①
対人・対物賠償保険における故意免責の適否
争点②
無保険車傷害特約における闘争行為免責の適否

3.判旨(一部認容・一部棄却、控訴後取下げ)
判決はY1に対する約130万円の支払いを命じたものの、Y2およびY3に対する請求は棄却。

(1)争点① 対人・対物賠償保険における故意免責の適否
『そうすると、Y1は、Xと至近距離にあり、現にXに身体を掴まれていたのであるから、Y1車を後退させる際、Xが運転席ドアの内側におり、Y1を掴んでいたことを認識していたと認めるのが相当であり、そのような認識である以上、Y1は、そのような状態でY1車を後退させれば、重量がある金属製のY1車と生身のXが接触し、これによりXが転倒するなどして負傷するという結果を認識・認容していたとみるのが自然であるから、Y1に傷害の確定的故意を認めるのが相当である。
(略)

したがって、被保険者であるY1は、Y1車の後退からXの傷害が発生することを認識しながら、Y1車を後退させ、Xを負傷させたと認めるのが相当であるから、対物の関係も含めて、Y2に故意による免責が認められ、Y2は、Xに対し、対人・対物賠償保険金の支払義務を負わないと認めるのが相当である。』


(2)争点② 無保険車傷害特約における闘争行為免責の適否
『保険約款における闘争行為とは、被保険者の任意の意思をもってする闘争を意味し、車内での被保険者相互のけんかや、自動車同士のぶつかり合い等がこれにあたるが、正当防衛の範囲内の行為は含まれないと解される(証拠略)。
(略)

以上に(略)照らすと、被保険者であるXは、任意の意思をもって、Y1に暴行(有形力の行使)を加えるなど一連の闘争を行い、その結果、その場から逃げようとしたY1によるY1車の後退を誘発し、これにより負傷したことが認められる一方、XにY1車の後退から身を守るための正当防衛や正当行為を認めることはできないから、Xは、任意の意思をもって、闘争を行い、これにより本件事故が発生し、Xが負傷したと認めるのが相当である。

したがって、Y3に闘争行為による免責が認められ、Y3は、Xに対し、無保険車傷害特約に基づく保険金の支払義務を負わないと認めるのが相当である。』


4.闘争行為免責条項について
保険約款がけんかなどの闘争行為を免責とする趣旨について、学説は、「闘争行為…は、傷害の発生の危険を著しく高める行為であるし、また、…被保険者の故意による傷害の惹起に準ずる非難可能性のつよい行為であるということにより保険会社免責とする趣旨である」とする見解(西島梅治『註釈自動車保険約款』228頁)、「保険の倫理性ないし信義則」に求める見解(梅津昭彦「闘争行為免責」『損害保険判例百選 第2版』176頁)、「受傷自体が偶然性を欠くこと、及び自らの意思で受傷の機会を作り出しておきながら保険金請求をすることが信義則に反すること」とする見解(大澤康孝「傷害保険約款中の闘争行為免責の適用事例」『ジュリスト』997号98頁)としています。

裁判例は闘争行為免責の趣旨について、「被保険者にとって、闘争という第三者とお互いに有形力を行使して争う過程に身を置く以上、相手方の攻撃により自分が受傷することは当然予測できるから、受傷自体が偶然性を欠くといえるし、また、被保険者が、自らの意思で闘争行為を開始して受傷の機会を作り出しておきながら、その結果として生じた受傷につき保険金の請求をすることが、信義誠実の原則に反するからである」と判示するものがあります(大阪高裁昭和62年4月30日判決、判例時報1243号、梅津・前掲176頁)。

本件事件のパチンコ店の駐車場におけるXとY1との一連の喧嘩の状況をみると、「闘争という第三者とお互いに有形力を行使して争う過程」に該当するうえに、正当防衛・正当行為と評価することは難しく、本判決が保険会社を闘争行為免責条項により保険金支払義務なしと判断したことはやむを得ないのではないかと思われます。

本件訴訟に類似する事例としては、損害保険のものとして、東京地裁平成12年7月26日判決(ウエストロー・ジャパン2000WLJPCA07260009)、大阪地裁平成26年6月10日判決(ウエストロー・ジャパン2014WLJPCA06106001)が存在します。

また、生命保険の故意・重過失に関するものとして、大阪高裁平成2年1月17日判決(判例タイムズ721号227頁)、大阪地裁平成元年3月15日判決(判例タイムズ712号237頁)が存在します(長谷川仁彦・潘阿憲ほか『生命保険・傷害疾病定額保険契約法 実務判例集成(下)』150頁)。

■参考文献
・『金融・商事判例』1556号32頁
・『判例時報』1243号120頁
・鴻常夫『註釈自動車保険約款』〔西島梅治〕228頁
・梅津昭彦「闘争行為免責」『損害保険判例百選 第2版』176頁
・大澤康孝「傷害保険約款中の闘争行為免責の適用事例」『ジュリスト』997号98頁
・長谷川仁彦・潘阿憲ほか『生命保険・傷害疾病定額保険契約法 実務判例集成(下)』150頁