1.はじめに
2025年10月30日に、最高裁第一小法廷で人身傷害保険の死亡保険金の帰属に関する非常に興味深い判決が出されたので見てみたいと思います。
・最高裁判所第一小法廷令和7年10月30日判決|裁判所

2.事案の概要
(1)平成31年、AはY損害保険会社(三井住友海上)との間で本件人身傷害保険条項のある自動車保険契約を締結した。本件人身傷害保険にはつぎのような特約条項があった。

「保険金請求権者は、人身傷害事故によって損害を被った次のいずれかに該当する者とする。
(ア)被保険者。ただし、被保険者が死亡した場合はその法定相続人とする。(本件条項1))
(後略)」

(2)Aは、令和2年1月、上記保険契約の被保険車両を運転中に自損事故を起こし、これにより死亡した。Aの子らはいずれもAの相続について相続放棄をし、Aの母であるBがAの遺産を単独で相続した。Bは本件人身傷害保険に基づく死亡保険金請求権を相続により取得したとして、Yに対して本件人身傷害保険に基づく死亡保険金の支払いを求めて提訴した。Bは第一審継続中に死亡し、Bの子であるXが本件訴訟を承継した。

3.判旨
(Y社の上告棄却)
「本件人身傷害条項によれば、人身傷害保険金は人身傷害事故により生ずる損害に対して支払われるものとされ、本件条項1の柱書きは、保険金請求権者を「人身傷害事故により損害を被った」者とする旨を定めている。

…そして、損害を填補する性質の金員の支払等がされた場合は、当該金員の額を控除するなどして人身傷害保険金を支払うものとされている。これらの点からすれば、本件人身傷害条項において、人身傷害保険金は、人身傷害事故により損害を被った者に対し、その損害を填補することを目的として支払われるものとされているとみることができる。

…そして、本件人身傷害条項では、人身傷害事故により被保険者が死亡した場合においても、精神的損害につき被保険者「本人」等が受けた精神的苦痛による損害とする旨の文言があり、(略)死亡保険金により填補されるべき損害が、被保険者自身に生ずるものであることが前提にされているといえる。 以上のような本件条項1の文言、本件人身傷害条項の他の条項の文言や構造等に加え、保険契約者の通常の理解を踏まえると、本件条項1は、人身傷害事故により被保険者が死亡した場合を含め、被保険者に生じた損害を填補するための人身傷害保険金の請求権が、被保険者自身に発生する旨を定めているものと解すべきである。本件条項1のただし書は、死亡保険金の請求権について、被保険者の相続財産に属することを前提として、通常は法定相続人が相続によりこれを取得することになる旨を注意的に規定したものにすぎないというべきである。

したがって、死亡保険金の請求権は、被保険者の相続財産に属するものと解するのが相当である。」


4.分析
(1)損保の保険実務上は、人身傷害保険の死亡保険金の帰属につき、約款の解釈として法定相続人が原始取得する考え方(原始取得説)をとっている保険会社が多数のようである。一方、学説は、被相続人より相続により取得するという考え方(承継取得説)が多数となっているようである。

(2)承継取得説は、実損てん補型の傷害保険契約であるので、傷害疾病損害保険であり、被保険者死亡の場合の保険金請求権は法定相続人に相続により承継取得されるとする見解である(洲崎、山下友信、山下典孝など)。一方、原始取得説は、被保険者死亡の場合の保険金請求権は、法定相続人によって原始取得されるとする見解である(佐野、大塚など)。(後掲の坂本貴生論文35頁参照)

(3)損保の保険実務の多くが原始取得説を採用しているのは人身傷害保険の策定時当時、約款策定者は「取扱いの内容は、既存の無保険車傷害保険に準じる」としており、つまり、自動車保険において加害運転者(とその遺族)の補償をカバーしようという商品の趣旨から、被保険者が死亡した場合の保険金受取人を相続人としての固有財産として、そのことを保険会社が約款に規定したものと考えられている。(後掲の松本裕夫論文129頁以下参照)

(4)この点、本最高裁判決は、「以上のような本件条項1の文言、本件人身傷害条項の他の条項の文言や構造等に加え、保険契約者の通常の理解を踏まえると、本件条項1は、人身傷害事故により被保険者が死亡した場合を含め、被保険者に生じた損害を填補するための人身傷害保険金の請求権が、被保険者自身に発生する旨を定めているものと解すべきである。本件条項1のただし書は、死亡保険金の請求権について、被保険者の相続財産に属することを前提として、通常は法定相続人が相続によりこれを取得することになる旨を注意的に規定したものにすぎないというべきである。」と判示して、承継取得説に立つことを明らかにしている。

(5)損保の人身傷害保険に関する実務は原始取得説を採用している保険会社が多いとされており、本最高裁判決の影響は大きいと考えられる。生命保険会社においては、生命保険の死亡保険金請求権は保険金受取人の固有の財産であることが判例・通説(最決平成16.10.29)であるところ、これが今後、裁判例等において変更されないか引き続き注視することが必要であると考えられる。

■参考文献
・坂本貴生「人身傷害保険の被保険者死亡における保険金請求権の帰属」『共済と保険』2021年12月号32頁
・松本裕夫「人身傷害保険における現在の約款の問題と課題の一考察」『Kobe University Repository:Kernnel

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