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1.はじめに
本日の新聞報道などによると、仮想通貨「モネロ」の採掘(マイニング)のために他人のパソコンを無断で作動させるプログラム「コインハイブ」(Coinhive)をウェブサイト上に保管したなどとして、不正指令電磁的記録保管罪に問われたウェブデザイナーの男性の刑事事件の判決が本日、3月27日に横浜地裁で出され、同判決は、「不正な指令を与えるプログラムに該当すると判断するには、合理的な疑いが残る」として無罪を言い渡したとのことです。(求刑罰金10万円。)これはナイスな司法判断です。

2.横浜地裁判決の概要
本日の朝日新聞によると、横浜地裁判決の判旨はおおむねつぎのようであったそうです。

『判決は、コインハイブが閲覧者の同意を得ていないことなどから、「人の意図に反する動作をさせるプログラムだ」と認定した。一方で、①閲覧者のPCに与える消費電力の増加は広告と大きく変わらない②当時、コインハイブに対する意見が分かれており、捜査当局から注意喚起や警告もなかった――などと指摘。「社会的に許容されていなかったと断定できない」として、ウイルスには当たらないと結論づけた。』
(「コインハイブ裁判 無罪の男性「一安心という気持ち」朝日新聞2019年3月27日付より)

3.不正指令電磁的記録作成等罪
今回の事件で問題となった、不正指令電磁的記録作成等罪(刑法168条の2、168条の3)は、平成23年に新設された比較的新しい罪です。

(不正指令電磁的記録作成等)
第168条の2 正当な理由がないのに、人の電子計算機における実行の用に供する目的で、次に掲げる電磁的記録その他の記録を作成し、又は提供した者は、三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
一 人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録
二 (略)
(略)

(不正指令電磁的記録取得等)
第168条の3 正当な理由がないのに、前条第一項の目的で、同項各号に掲げる電磁的記録その他の記録を取得し、又は保管した者は、二年以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する

不正指令電磁的記録作成等罪が成立するためには、電子計算機(パソコン、携帯電話など)について、「意図に反する」(168条の2第1項1号)動作をさせる「不正な指令」(1項1号)を与える電磁的記録(コンピュータウイルス)を作成・提供・供用し(1項・2項)、あるいは取得・保管したこと(168条の3)が必要となります。

この点、「意図に反する」とは、当該コンピュータプログラムの機能が一般的・類型的な使用者の意図に反するものをいうとされています。

この「意図に反する」について、本横浜地裁判決は、「「コインハイブが閲覧者の同意を得ていないことなどから、「人の意図に反する動作をさせるプログラムだ」と認定した」点は、まあ常識的な判断かと思われます。

つぎに、この「不正な指令」にプログラムが該当するか否かについては、「そのプログラムの機能を考慮した場合に社会的に許容しうるものであるかという点が判断基準となる」と解されています。「たとえば、使用者のサイト閲覧の履歴から使用者の嗜好に応じたバナー広告を表示させるアドウェアなどは「不正な指令」からは除かれるが、詐欺目的のワンクリックウェアなどはこれに含まれる」とされています(西田典之『刑法各論 第7版』413頁)。

今回のコインハイブ事件は、コインハイブというプログラムが、「不正な指令」との関係で適法とされる「使用者のサイト閲覧の履歴から使用者の嗜好に応じたバナー広告を表示させるアドウェア」とどこが違うのかという点が大きな争点となりました。

この点、本横浜地裁判決は、「①閲覧者のPCに与える消費電力の増加は広告と大きく変わらない②当時、コインハイブに対する意見が分かれており、捜査当局から注意喚起や警告もなかった」と判断した上で、「「社会的に許容されていなかったと断定できない」として、ウイルスには当たらない」との無罪判決を出したことは極めて妥当な司法判断であったと思われます。

そもそも、この不正指令電磁的記録作成等罪については、構成要件の一つが「不正な指令」すなわち、「社会的に許容しうるものであるか」という非常に漠然としたものになっている点が罪刑法定主義の観点から学説より批判されています。

また、刑事法の大原則は、「疑わしきは被告人の利益に」であって、「疑わしきは警察・検察の利益に」ではありません。コインハイブの事例に関しては、警察・検察当局は、グレーな問題であるから立件して処罰してしまえという非常に前のめりなスタンスをとっています。しかしグレーな分野は大原則に立ち戻って、「疑わしきは被告人の利益に」と考えるべきです。

そして国会は今回の横浜地裁判決を受けて、不正指令電磁的記録作成等罪の構成要件の明確化などの刑法の一部改正の活動をすみやかに行うべきです。

■関連するブログ記事
・サイト等にCoinhive等の仮想通貨マイニングのプログラムを設置するとウイルス作成罪(不正指令電磁的記録作成罪)が成立するのか?
・ウェブサイトに仮想通貨のマイニングのソフトウェアやコードを埋め込む行為は犯罪か?

■参考文献
・西田典之『刑法各論 第7版』413頁
・渡邊卓也『ネットワーク犯罪と刑法理論』263頁
・鎮目征樹「サイバー犯罪」『法学教室』2018年12月号109頁


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