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1.はじめに
7月6日にオウム真理教の松本死刑囚ら7人の死刑が執行されました。これに対して、ネット上では死刑制度を廃止すべきとの意見が思いのほか出されているように思います。私自身は死刑制度を存置すべきと考えていますが、最近、廃止すべきとのお考えの方とやりとりをしたので、簡単に要点をまとめてみたいと思います。

2.憲法から考える
憲法36条は、「公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる」と規定しています。そこで、死刑が憲法36条の禁止する「残虐な刑罰」に該当するか否かが問題となります。

この点、判例は、「残虐な刑罰」とは「不必要な精神的、肉体的苦痛を内容とする人道上残酷と認められる刑罰」であるとし、また、憲法には刑罰として死刑の存在を是認する条文があること(憲法13条後段「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」、憲法31条「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない」)ことを指摘しています。

そして、刑の執行方法が火あぶり、はりつけなど「その時代と環境において人道上の見地から一般に残虐性を有するものと認められる場合」はさておき、現行の絞首刑による死刑そのものは残虐な刑罰に該当せず合憲としています。

加えて、この判例は、「死刑の威力によって一般予防をなし、死刑の執行によって特殊な社会悪の根源を断ち、これをもって社会を防衛せんとしたもの」という死刑の機能を重視しています(最高裁昭和23年3月12日大法廷判決)。(なお、「一般予防」とは社会の一般人が犯罪を侵すことを思いとどまらせる刑法の機能のことであり、「特別予防」とは犯罪を侵した者が再び犯罪を侵さないようにする機能のことです。)

このように、判例は死刑制度を肯定しています。

3.刑法から考える
(1)反対派・存置派のそれぞれの見解
刑法からは、死刑制度存置への賛否の見解はつぎのように分かれます。

死刑制度存廃の論点整理

(2)争点①国が犯人を殺してよいのかについて
たしかに現行憲法は他の自由主義国同様に国民の基本的人権の尊重を究極の目的とし、国家はそれを実現するための手段であるという構造をとっており、国民の生命・身体や人権は最大限尊重されるべきです(憲法11条、13条、97条など参照)。しかし、国民の人権は無制限ではなく、公共の福祉という制約に服します(憲法12条、13条など)。

また、現代の刑法は、刑罰の本質を「目には目を歯には歯を」の応報刑(正義)とする古典学派と、目的刑(一般予防・特別予防)を刑罰の本質とする近代学派の折衷であり、他人の生命を奪うという殺人などを侵した犯人には応報刑として死刑が科せられるべきです。

しかし、犯罪被害者・遺族や一般国民が正義を求めて犯人を勝手に殺害することは、自力救済の禁止という近代の法治国家の大原則に反するだけでなく、遺族や一般国民が今度は加害者として罪を問われる事態になってしまいます。

そのため、国民の人権や福祉に奉仕すべき存在である国が、遺族や一般国民に代わって死刑を執行すべきであると考えられます。

(3)争点②死刑の効果について
たしかに死刑の一般予防(=一般国民への抑止効果)については効果がない・効果が薄いと批判が多いところです。

しかし死刑の特別予防(=犯人本人への抑止効果)として、当該犯人を死刑により殺害し、わが国の社会から排除することにより、社会の安全を保つ効果はあるといえます。例えば、犯人が最初に母親を殺害したものの少年法により死刑にならず、その後、他人の女性2名を殺害した大阪姉妹殺害事件・山口母親殺害事件(大阪地裁平成18年12月13日判決)などは、最初の犯罪の時点で犯人を死刑にできていれば、後の2名の人命は害されずに済んだ典型例であると思われます。

また、死刑存置派が指摘するとおり、わが国の世論調査においては、死刑存置の意見は増加しつつあり、平成26年の内閣府の世論調査においては、「死刑はやむを得ない」と考える国民は80.3%に達し、「死刑は廃止すべき」という国民は9.7%に過ぎません。

内閣府死刑存廃世論調査平成23年
(内閣府サイトより)

・死刑制度に関する意識|内閣府

わが国が国民主権国家である以上は、主権者たる国民の8割以上が死刑制度の存置を望んでいることを軽視すべきではないでしょう。

(4)争点④誤判の問題
これも死刑存置派の主張が正しいように思われます。国民の生命・身体・財産に対して重大な侵害を伴う判断・処分を国・自治体などは日々行っています。そして神でない人間が行うそのような処分は間違いがどうしても発生します。例えば、ある国民に対して生活保護の支給を開始する、あるいは停止する、ある国民に障害年金の支給を開始する、あるいは停止する、ある地方の村を潰して大規模なダムを造る、等々、国民の生命や人生に重大な影響を与える判断や処分を日々、国家権力は行っています。そして間違いも発生してしまっています。

にもかかわらず、もし死刑廃止派のいうように、ある国民の生命に重大な影響を与える判断や処分をやめろというのなら、現代の福祉国家のわが国社会において、国・自治体などがストップすることにより、わが国の社会は近代以前の原始時代に戻ってしまうのではないでしょうか。死刑廃止派の主張は現実的とは思えません。

4.まとめ
このように、死刑制度の存廃に関しては、私は存置すべきと考えます。私もかつては漠然と死刑制度廃止派だったのですが、約20年前の一連のオウム真理教の事件で考えを改めました。

なお、死刑存置の考え方にたつとしても、死刑執行の方法については、時代の時流に応じて改正すべきと考えます。廃止派が主張するとおり、残虐な刑罰は憲法が禁止するところですので、例えば薬物を死刑囚に投与するなど、より苦痛の少ない方法で死刑を執行する手法は検討されるべきと思われます。

また、死刑判決が出た死刑囚を5年も10年も重度の精神的苦痛を強いながら拘置所で生き永らえさせることはまさに「残虐な刑罰」に該当してしまうので、裁判で死刑が確定した場合、法務省は速やかに当該死刑囚に死刑を執行すべきです。何年間もかけて「明日死刑執行かもしれない」と重度の精神的苦痛を与えることは刑法の定める死刑の趣旨ではありません。

さらに、冤罪が発生してはならないことは当然なので、警察・検察の業務のレベルアップや取り調べの可視化、GPS捜査など科学的捜査の手続きの法制化などの推進が望まれます。

■追記
先日、この話題につきある医者の方と会話をする機会がありました。アメリカの処刑方法は注射により筋弛緩剤を死刑囚に投与するものであり、処刑時には死刑囚は心臓と肺が停止し激しい苦痛を感じるのに対して、日本のような絞首刑は、頸椎を引き抜くのでそれほど苦痛はないとのことでした。死後の遺体が痙攣する等して、一見、日本の処刑方法が”残虐”なようですが、死刑囚の苦痛という点では、アメリカの方式のほうが”残虐”であるそうです。

■参考文献
・大塚裕史・十河太朗など『基本刑法Ⅰ総論 第2版』424頁
・大塚仁『刑法概説(総論) 第4版』519頁
・芦部信喜『憲法 第6版』254頁
・中村英『憲法判例百選Ⅱ 第6版』260頁

基本刑法I―総論[第2版]

憲法 第六版

死刑廃止論