なか2656のblog

とある会社の社員が、法律などをできるだけわかりやすく書いたブログです

2018年12月

1.はじめに
生命保険に関する裁判例のなかでも一般の個人年金保険に関するものはややマニアックですが、年金支払い開始日以降の保証期間中に年金受取人兼被保険者が死亡した場合の未払い年金原価の支払先に関するめずらしい裁判例が出されていました。本裁判は、未払い年金原価の支払先は、被保険者死亡時の被保険者の法定相続人であるとする保険約款を有効とする判断を示しています(東京地判平成27年・4・20棄却、東京高判平成27・11・12控訴棄却、上告不受理決定・【確定】)

2.事案の概要
男性Aは生命保険会社Y(第一生命保険)との間で、昭和60年および平成6年に合計2件の10年保証期間付終身年金保険契約を締結していた。保険契約者・被保険者・保険金受取人はAであった。基本年金額はそれぞれ60万円・65万円であった(以下、本件各契約とする)。

保証期間付終身年金とは、年金支給開始時点から一定の保証期間については被保険者の生死にかかわらず給付が保証され、保証期間終了後は生存している限り生涯にわたって支給される年金であり、被保険者が保証期間内に死亡した場合は、保証期間のうち残りの期間について遺族に年金が支給されるものです。

この点、本件各契約の普通保険約款4条は、「被保険者が年金支払開始日以後、保証期間中の最後の年金支払日前に死亡したとき」は未払い年金原価の「死亡給付金」を支払うと規定し、同5条2項は、「前条の規定により、未払年金の原価を支払う場合には、被保険者の死亡時の法定相続人に支払います。」と規定していました(本件約款)。

Aは平成23年より本件各契約の年金の支払いが開始されたところ、約2年後の平成25年に死亡した。Aは公正証書遺言を作成していたが、それはAの相続開始時にAが有するすべての財産をAの妻Xに相続させるというものであった(本件遺言)。A死亡時の法定相続人は、X、Aの姉であるB、Bの子C・Dの4人であった。

XはYに対して本件遺言をもとに本件各契約に基づく未払年金原価の全額(約756万円)を支払うよう請求したが、Yは本件約款4条、5条2項を根拠にその支払を拒み、未払い年金原価の全額を法務局に供託したためXが提起したのが本件訴訟である。

3.地裁判決の判旨(東京地判平成27年・4・20・請求棄却)
『本件各契約における年金受取人が被保険者である場合の未払年金原価の請求権は、年金受取人である被保険者の死亡により発生することから、更にその受取人を定める必要があるところ、本件各契約約款5条2項は、年金受取人の財産を法定相続人が相続することが一般的であることから、未払年金原価の受取人を被保険者の死亡時の法定相続人としたものであって、その内容は合理性を有するというべきである。

この点に関し、同項の定めによれば、未払年金原価の請求権はX以外のAの法定相続人にも帰属することになり、このことは、夫婦の老後の生活保障のために本件各契約を締結したAの生前の意向に沿わないものとみられ(証拠略)、子のいない保険契約者の場合には類似の事態が生ずることも考えられるものの、そうであるからといって、未払年金原価の受取人を法定相続人と定めることが不合理であるとか、不意打ちとなるということはできない』

このように判示し、東京地裁がXの請求を棄却したためXが控訴。

4.高裁判決の判旨(東京高判平成27・11・12控訴棄却、上告不受理決定・【確定】)
『本件各契約における年金請求権は、年金支払開始日以後、被保険者が生存していることを事由として発生する生存保険であるのに対し、未払年金原価の請求権は、本件各契約における最後の年金支払日前に被保険者が死亡したことを事由として発生する死亡保険であるから、年金請求権と未払年金原価の請求権とは保険事故を異にする別個の請求権ということになり、年金受給中に年金受取人が死亡したときには年金請求権が消滅し、年金請求権とは法的性質を異にする未払年金原価の請求権が新たに発生することになるというべきである。』

『受取人条項では、年金受取人が被保険者であり未払年金原価を支払う場合には、被保険者の死亡時の法定相続人に支払うと定められており、それ以外の者を未払年金原価の受取人とすることはできないのであるから、保険契約者が被保険者以外の者を未払年金原価の受取人とするとの遺言をしたとしても、遺言の効力はなく、その者を未払年金原価の受取人とすることはできないというべきである。』

『受取人条項は、年金受取人が被保険者であり未払年金原価を支払う場合には、被保険者の死亡時の法定相続人が受取人となると定めているが、原判決が「事実及び理由」(略)で説示するとおり、未払年金原価の受取人を被保険者の死亡時の法定相続人と定める受取人条項の内容は合理性を有するというべきであるから、受取人条項は、保険契約者が受取人を明確に指定していない場合に限定的、補充的に適用されるものと解釈して初めて合理性が認められ、その場合には遺言が優先されるとのXの上記主張も採用することはできない。』

このように判示し、東京高裁判決もXの主張を斥けています。

5.検討
学説は、つぎのように解説して、本判決および生命保険実務に賛成しています。

「年金支払原価は保険契約者が年金支払開始日までに支払われた保険料総額を原資とするものであるが、それを単に死亡した年金受取人の相続財産として返却するものであれば、それは保険ではなく貯蓄という性質のものになってしまう。そのため、別途、約款上の手当により、保証期間中に被保険者兼年金受取人が死亡した場合には、未払年金原価請求権を、死亡保険金として、年金受取人の法定相続人が原始取得できるようにしたものと考えられる。

 そうなると、本件判旨が述べるとおり、約款上は給付事由が異なり、それぞれの法的性質は異なると解釈するしかない。年金保険は、年金受取人の老後の生活保障において公的年金を補完する役割とともに年金受取人の親族の生活保障を補完する役割も有すると考えられる。そうであれば、未払年金原価請求権を年金受取人の法定相続人を受取人とする第三者のためにする死亡保険契約と解し、当該法定相続人が自己固有の権利として未払年金原価請求権を取得することは一定の合理性があると考えられる。」(山下典孝・判批『法律のひろば』2018年12月号62頁)

また、山下教授は前掲の論文において、近年、第一生命などの一部保険会社が年金支払開始後の死亡保険金の遺言などによる受取人変更を認める保険約款を作成している例があることから、今後、生命保険各社が改正民法の定型約款の改正条項を用いて同様の約款改正を行うことを提言しておられます。

■参考文献
・『金融法務事情』2033号86頁
・山下友信『保険法(上)』40頁
・山下典孝・判批『法律のひろば』2018年12月号62頁

保険法(上)

法律のひろば 2018年 12 月号 [雑誌]

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爆発事故現場
(毎日新聞2018年12月17日付より)

新聞報道などによると、昨日(12月16日)夜に札幌市豊平区3条8丁目の複数の店舗の入った2階建ての建物で大規模な爆発・炎上が発生し、40人を超える方々がケガを負ったとのことです。

ところで、その事故原因は、

「不動産仲介会社の従業員2人は16日、店内の片付けをしていて、室内で100本以上の除菌消臭スプレーを放出した後、手を洗おうとして湯沸かし器をつけた際に爆発した」(朝日新聞2018年12月17日付)

ということで、驚きというか呆れてしまいます。
・100本以上スプレー放出、湯沸かし器つけ爆発か 札幌|朝日新聞

ネットのニュースなどをみていると、どうもこの不動産仲介業者は業界大手のアパ〇ンショップの豊平支店だそうですが、ア〇マンショップは従業員に対して一体どういう社内教育をやっているのでしょうか?

・アパマンショップ親会社の株価急落 従業員の「スプレー缶穴開け」が札幌爆発事故の原因か|ITmedia

今回、被害にあった居酒屋店や整骨店は、おそらく火災保険の一種である店舗総合保険に加入しているものと思われます。火災保険は火災だけでなく、「破裂・爆発」による損害も保障の対象としているので、建物の被害にあった居酒屋店や整骨院はその損害賠償を損害保険会社に請求することができます。あるいは、居酒屋店や整骨院は直接、アパ〇ンショップに対して損害賠償請求を行うことができます(民法709条、715条)。

また、今回の事故でケガを負った40名以上の方々は、生損保の身体に関する保険(傷害保険・医療保険など)に加入していれば、今回の事故は不慮の事故を原因とするものとして、入院や手術をした場合、給付金の支払い対象となるでしょう。同様に、被害にあった方々は直接、アパ〇ンショップに対して損害賠償請求を行うことができます。

こういったアパ〇ンショップに対する損害賠償の合計金額は、場合によっては何十億円単位くらいのレベルになるのではないでしょうか。レピュテーション上の損害はその何十倍、何百倍もあるでしょう。

一方、アパ〇ンショップ豊平支店の従業員2名は、店舗のなかで100本を超える消臭スプレーを放出し、湯沸かし器を点火したところ引火して爆発したとのことで、これは火災保険の保険約款の免責条項のなかの「保険契約者の重過失」に該当するものと思われます。アパ〇ンショップ豊平支店も火災保険に加入しているものと思われますが、約款の免責条項により損害保険金は支払われないでしょう。

同様に、爆発事故を起こした従業員2名も、「被保険者の重過失」の約款の免責条項により、傷害保険や医療保険の給付金は支払われないものと思われます。

同時に、このような常軌を逸した大失態の爆発事故を起こした2名の従業員と支店長のクビも雇用契約的に吹っ飛ぶのではないでしょうか。爆発・炎上事故だけに。アパ〇ンショップの運営会社の株価は本日、この事故を受けて急落したようですし。

なお、事件から約1日たった17日夜になっても、アパ〇ンショップ本社が記者会見やプレスリリースの発表などを行わないことは、コンプライアンスや会社の危機管理の観点からいかがなものかと思われます。

■追記
アパマンショップの運営会社APAMANは、18日に謝罪の記者会見をするとともにプレスリリースを発表しました。

・札幌市豊平区の爆発事故に関するお詫びとお知らせ|APAMAN

損害保険の法務と実務(第2版)

実例解説 企業不祥事対応: これだけは知っておきたい法律実務

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パソコン

1.はじめに
最近、電子メールによる取締役会招集通知には法的に瑕疵があるとした興味深い裁判例が法律雑誌に掲載されていました。

2.東京地裁平成29年4月13日判決(棄却・控訴棄却)
(1)事案の概要
Y社(株式会社ロッテホールディングス)の創業者であるXはYの高齢の代表取締役であった。Xの息子AはY社の取締役であったが、総会決議により解任されて以来、Yの経営陣と対立していた。

2015年7月27日、AらはXとともにY社を訪れ、法令上の手続きを経ずにXを除くY社の取締役をすべて同日付で解任する人事発令をY社の社内ネットに掲載した。

これを受けて、Xを除く取締役は対応を協議し、同日午後11時23分に、全取締役および監査役の社内メールアドレス宛てに、同月28日午前9時30分から臨時取締役会を開催する旨の電子メールを送信した。

Y社の定款には、取締役会の招集期間を3日間とし、「緊急の必要があるときはこの期間を短縮することができる」旨の規定があった。

28日に開催された臨時取締役会においては、Xを代表取締役から解任する決議が取締役6名のうち5名の賛成により成立した。この解任決議の無効を確認する訴えをXが提起したのが本件訴訟である。

(2)判旨
『取締役会の招集通知は、各取締役に到達することを要すると解されるところ、招集通知が各取締役に到達したというためには、当該通知が当該取締役に実際に了知されることまでは要しないものの、当該取締役の了知可能な状態に置かれること(いわゆる支配圏内に置かれること)は要するものと解される(最高裁平成10年6月11日判決、最高裁昭和43年12月17日判決、最高裁昭和36年4月20日判決)。』

『これを本件についてみると、前期認定事実によれば、Xは、自らパソコンを操作することがなく、Y社内においてXのパソコンは、Xの秘書室において管理されていた(略)。YにおいてXに割り当てられたメールアドレスに電子メールが送信されたことがなく、秘書室においても、同アドレスの受信状況を確認していなかった(略)。

以上のような諸事情を総合考慮すると、本件において、本件メールが上記アドレスに係るメールサーバーに記録されたことをもって、Xの了知可能な状態に置かれた(支配圏内に置かれた)ということはできない(略)』

『加えて、本件メールの送信から本件取締役会までの間隔が非常に短く、かつ、深夜のメール送信であって、(略)実質的にみてもXに対し本件取締役会の招集通知がなされたと評価することは困難である。』

『したがって、本件取締役会についてXに対する招集通知がされたということはできず、(略)その招集手続には法令上の瑕疵があるというべきである。』

『取締役会の開催にあたり、取締役の一部の者に対する招集通知を欠くことにより、その招集通知に瑕疵があるときは、特段の事情のないかぎり、上記瑕疵のある招集通知に基づいて開かれた取締役会の決議は無効となると解すべきであるが、この場合においても、その取締役が出席してもなお決議の結果に影響がないと認めるべき特段の事情があるときは、上記瑕疵は決議の効力に影響がないものとして、決議は有効になると解するのが相当である(最高裁昭和44年12月2日判決)。』

(本件においては)『前期(略)の瑕疵は決議の効力に影響がないものとして、本件決議は有効になるというべきである。』

3.検討
会社法368条1項は、取締役会の招集についてつぎのように規定しています。

第368条 取締役会を招集する者は、取締役会の日の1週間(これを下回る期間を定款で定めた場合にあっては、その期間)前までに、各取締役(監査役設置会社にあっては、各取締役及び各監査役)に対してその通知を発しなければならない。


このように、会社法においては取締役会の招集の方法に規制はなく、また、招集期間も定款の定めにより短縮することができることになっています。

ところで、会社法に関する解説書においては、”民法上、隔地者に対する意思表示はその通知が相手方に到達したときからその効力を生ずるものとされるところ(民法97条1項)、取締役会の招集通知についても、民法の一般原則に従う”と解説されています(落合誠一『会社法コンメンタール8』274頁)。

この点、本判決も同様の考え方を採用しています。また、学説も、「物質の移動をともなわない電子メールによる通知の場合には、招集通知が取締役に了知可能な状況におかれたかどうかを判断するにあたり、到達した通知がおかれる物質的な環境が重要であるのではなく、株主総会の招集通知を電磁的方法により発するためには株主の承諾を得ること(だけ)が要求される(会社法299条3項、会社法施行令2条1項2号、会社法施行規則230条)のと同様に、そのメールアドレスに招集通知が送信される可能性について取締役の承諾(あるいは認識)があることが重要(または必要)である」と解説しています(鳥山恭一・判批『法学セミナー』2018年12月号767頁)。

そのため、社長以下の経営陣もバリバリとパソコンを使って業務を行っていることが公知となっているようなベンチャー系IT企業などでは、取締役会の招集通知を社内メールアドレスに電子メールで送信しても、当該通知が法令上の瑕疵をおびることはないと思われる一方で、「会長が初めて電子メールを送信した」ことが組織内で絶賛され社会的に大きな話題となる経団連のトップのような方々が経営陣を務めている伝統的で古めかしい大企業においては、電子メールによる招集通知は本件訴訟のように法令上の瑕疵があると判断されるおそれがあります。

■参考文献
・鳥山恭一「代表取締役への電子メールによる取締役会の招集通知およびその解職決議の効力」『法学セミナー』2018年12月号767頁
・『金融・商事判例』1535号56頁
・落合誠一『会社法コンメンタール8』274頁
・江頭憲治郎『株式会社法 第7版』418頁
・奥島孝康・落合誠一・浜田道代『新基本法コンメンタール会社法2 第2版』205頁







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