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とある会社の社員が、法律などをできるだけわかりやすく書いたブログです

2019年02月

武雄市図書館
1.はじめに
佐賀県の武雄市がカルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社(CCC)に地方自治法の定める指定管理者制度により武雄市図書館を業務委託し開館した際に、蔵書購入で違法な支出があったとして、市民が当時の責任者だった樋渡啓祐前市長らに約1900万円を賠償請求するよう佐賀県武雄市に求めた住民訴訟において、佐賀地裁は昨年9月28日、住民側の請求を棄却する判決を出しました(佐賀地裁平成30年9月28日判決、法学セミナー770号117頁)。

2.事案の概要
2012年、武雄市は同市が設置する武雄市図書館のリニューアルを計画し、2013年4月から代官山蔦屋書店などを運営するCCCを指定管理者として同図書館を運営させることとした。2012年11月、武雄市とCCCは、新図書館サービス環境整備業務に関する業務委託契約(「本件契約」)および新図書館空間創出業務に関する業務委託契約(「本件別契約」)を締結した。本件契約は蔵書1万冊の納入などについて、本件別契約は什器・照明の設置などについて定めていた。2013年5月、副市長(当時)は本件契約に基づく委託料の支出命令を行った。

2015年、同図書館リニューアル時に金銭の調整が行われ、蔵書1万冊について、新刊ではなく中古本を購入することで蔵書購入価格が約756万円に抑えられ、約1200万円の金銭が館内の安全対策のための追加工事に流用されていたことが発覚した。また、リニューアル当時より、蔵書の選書の分野の集中や、複数冊の重複などの問題も指摘されていた。

これを受けて武雄市の住民であるXらは、本件契約に基づく蔵書の納入について、CCCによる最終見積りによれば約1958万円であったにもかかわらず、実際には約756万円しか執行されておらず、残りの金銭が本件別契約に関する追加工事に流用されていたことは違法である等と主張して住民監査請求を行ったが棄却された。そのためXらが提起したのが本件住民訴訟である(地方自治法242条の2)。

3.判旨
請求棄却(控訴)。
判旨1
 1958万円余で1万冊の書籍を購入するということは、最終的な見積りの金額を算出するための明細の一部にすぎない。本件契約においては、契約金額の内訳は明示されていないし、本件契約書に見積書が引用されていない。本件契約書と一体の本件仕様書には、「蔵書となるべき書籍の購入」「蔵書購入1万冊」といった記載はあるが、書籍の購入にかかる金額の記載はない。そうすると、見積書の記載をもって、CCCが、本件契約において、1万冊の蔵書を購入する費用として1958万円余を使う債務を負っていたとはいえない。』

判旨2
 武雄市図書館のリニューアル業務において最も重視されたのは、代官山蔦屋書店のコンセプトおよびノウハウを図書館に導入すること、リニューアルするに当たり、同店を運営するCCCが主導的役割を果たすことである。図書館への導入が想定されていたのは、書籍等を通じてライフスタイルを提案する場を作ること、同店と同じような空間を演出することなどであるから、その中には当然書籍の選定も含まれる。同店のコンセプトおよびノウハウを熟知しているのはCCCであるから、武雄市としても、具体的な書籍の種類、内容、構成などについては、広く同社に委ねるほかはない。

そうすると、本件契約上、CCCが書籍に関して追う債務は、代官山蔦屋書店のコンセプトおよびノウハウを図書館に導入するため、書籍等を通じてライフスタイルを提案する場を作り、同店と同じような空間を創出するのにふさわしい書籍1万冊を、広い裁量の下で自ら選び出し、納入することであったというべきである。』

4.検討
本判決に反対。

(1)公立図書館の趣旨・目的
本訴訟の対象となっているいわゆるツタヤ図書館は、代官山蔦屋書店のような民間施設ではなく、公立図書館であるため、その法的な趣旨・目的が問題となります。

この点、図書館法1条は、「この法律は、社会教育法の精神に基づき、図書館の設置及び運営に関して必要な事項を定め、その健全な発展を図り、もって国民の教育と文化の発展に寄与することを目的とする」と、「社会教育法の精神」を前提としていることから、公立図書館は、すべての国民の教育を受ける権利(憲法26条)の保障を基本的精神としています。

つぎに、公立図書館の設置・運営に関する事項は、地方自治体の自治事務ですが、図書館法は、図書館奉仕(=サービス)の例示(3条)、図書館評価の実施(7条の3)、図書館協議会の設置(14条)、公立図書館の無償制(17条)など、地方自治体と公立図書館に対して一定の制約を加えています。

このような図書館法の規制は、「図書館の健全な発展」と「国民の教育と文化の発展」つまり国民の教育を受ける権利を保障するために、個々の地方自治体の施策を越えて、「全国画一的保障=ナショナル・ミニマム確保の見地から、それぞれの図書館が提供する役務・サービスの最低限度の内容あるいはその利用手続き」について法律で定めたものと解されています(塩見昇・山口源治郎『新図書館法と現代の図書館』101頁)。

すなわち、図書館法3条各号の図書館奉仕の規定などは、国民の教育を受ける権利を保障する観点から、図書館の最低条件(ナショナル・ミニマム)を確保するためのものです。そのため、地方自治体および公立図書館はこうした図書館の最低条件を達成したうえで、「土地の事情および一般公衆の希望」(3条)に沿った創意工夫に富む図書館サービスを展開すべきと解されています。

(2)図書館の蔵書の収集
この点、本訴訟ではCCCによる武雄市図書館の蔵書の収集の妥当性が大きな争点となっていますが、図書館法3条1号は、図書館奉仕の一つとして「図書、記録、視聴覚教育の資料その他必要な資料(略)を収集し、一般公衆の利用に供すること」と規定しているところ、CCCは蔵書の収集にあたり、新刊ではなく中古の図書を収集しており、また、蔵書の選書の分野の集中や、複数冊の重複などの問題も発生していました。

そのため、武雄市図書館を指定管理者として運営するCCCは、図書の収集にあたり図書館の最低条件たる図書館法3条1号を満たしておらず、その運営は違法・不当です。

(3)「武雄市図書館のリニューアル業務において最も重視されたのは、CCCが主導的役割を果たすこと」の妥当性
本件判決において一番驚くべきことは、裁判所が武雄市図書館について、判旨のとおり「武雄市図書館のリニューアル業務において最も重視されたのは、代官山蔦屋書店のコンセプトおよびノウハウを図書館に導入すること、リニューアルするに当たり、同店を運営するCCCが主導的役割を果たすことである」とし、その上で「同店のコンセプトおよびノウハウを熟知しているのはCCCであるから、武雄市としても、具体的な書籍の種類、内容、構成などについては、広く同社に委ねるほかはない。」と言い切って平然としている点です。

しかし”代官山蔦屋書店をそのまま武雄市に持ってくる”ことをコンセプトとして図書館を集客施設とし、それにより「町おこし」や「街のにぎわいの創出」を目的として公立図書館をリニューアルすることが「土地の事情および一般公衆の希望」(図書館法3条)に照らし、地方自治の一環として仮に許容されるとしても、上でみたとおり、そのリニューアルは公立図書館の「図書館の最低条件(ナショナル・ミニマム)」を達成したうえで実現されなければ違法となります。

そもそも公立図書館などの「公の施設」を指定管理者制度により「民営化」することが許される要件は、「公の施設の設置の目的を効果的に達成するため必要があると認めるとき」です(地方自治法244条の2第3項)。

すなわち、図書館の開館時間の長期化、開館日数の増加などだけでなく、図書館法3条各号が例示する、レファレンスの充実、図書・蔵書の充実などが「効果的に達成」されることが求められるのです(鑓水三千男『図書館と法』84頁)。

この点、武雄市および本判決は、武雄市図書館のリニューアルは、蔵書の品質などはどうでもよいことであって、「代官山蔦屋書店のコンセプトおよびノウハウを図書館に導入すること」により町おこしをする目的であると開き直っていますが、これらは図書館法の定める公立図書館の目的外のものであって、図書館法の趣旨および地方自治法244条の2第3項の解釈・適用を誤った違法なものです。

(4)武雄市教育委員会はCCCに白地委任をすることが許されるのか
さらに本判決は、「同店のコンセプトおよびノウハウを熟知しているのはCCCであるから、武雄市としても、具体的な書籍の種類、内容、構成などについては、広く同社に委ねるほかはない。」とも述べていますが、地方自治体(教育委員会)が公の施設たる図書館の設置・運営に関し、民間企業たる指定管理者に白地委任ともいうべき全面的な委任をすることが許容されるのでしょうか。

この点、公立図書館は社会教育施設として自律的に運営されるべきであり、国・自治体からの不当な介入は許されないという制度設計がなされている一方で、各自治体の社会教育を所轄する教育委員会が公立図書館を指揮監督する構造となっています(社会教育法9条の3、11条、12条、地方教育行政の組織及び運営に関する法律19条、21条、鑓水・前掲78頁)。

地方自治法も、地方自治体に指定管理者に対する報告徴求、実地調査、指示、指定の取消などの規定を置いており、地方自治体が指定管理者を管理監督する制度となっています(地方自治法244条の2第10項、11項)。

したがって、武雄市の教育委員会がCCCに武雄図書館のリニューアル・運営を丸投げしている状況と、それを追認してしまっている本判決は、社会教育法などの関連法規の観点からも違法・不当といえます。

本件住民訴訟は控訴がされているそうであり、上級審で適切な判断がなされることが望まれます。

■関連するブログ記事
・海老名市ツタヤ図書館に関する住民訴訟判決について

■参考文献
・児玉弘「CCCを指定管理者とする武雄市図書館に関する住民訴訟」『法学セミナー』770号117頁
・塩見昇・山口源治郎『新図書館法と現代の図書館』101頁
・鑓水三千男『図書館と法』78頁、84頁















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1.医師の守秘義務
民事上、医師・医療機関と治療を受ける患者との間との関係は診療契約であるとされており、この診療契約から付随して、医師は守秘義務を負うと解されています。そのため、医師が守秘義務違反を侵した場合は、患者に対して債務不履行に基づく損害賠償責任(民法415条)または不法行為に基づく損害賠償責任(同709条)を負うことになります。また、医療機関は使用者責任を負う可能性があります(同715条)。

ただし、「正当な理由」がある場合には、医師等は守秘義務の責任を免責されます。この正当な理由は、①本人の承諾がある場合、②法令上、医師が秘密事項を告知する義務を負う場合、③第三者の利益を保護する必要がある場合、です。

2.秘密漏示罪
また、刑法などは医師の秘密漏示罪を規定しています。すなわち、刑法134条1項は、「医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産師、(略)又はこれらの職にあった者が、正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときは、六月以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。」と規定しています。

この条文における「秘密」とは、一般に知られていない事実であって、これを他人に知られないことが本人の利益と認められるものをいい、一般的にみて何人も他人に知られることを欲しない事項とされており、カルテなど診療情報、傷病情報はこれに該当します。また、この条文における「正当な理由」も、①本人の承諾がある場合、②法令上、医師が秘密事項を告知する義務を負う場合、③第三者の利益を保護する必要がある場合、と解されています。

加えて、刑法の特別法も医師の秘密漏示罪を定めています。例えばハンセン病やエイズ等に関する感染症予防法73条1項は、「一年以下の懲役又は百万円以下の罰金」の罰則を定め、また、精神保健福祉法53条も「一年以下の懲役又は百万円以下の罰金」の罰則を定めています。

なお、秘密漏示罪は医師に故意があった場合に成立しますが、民事上の守秘義務違反は故意だけでなく過失の場合にも成立します。

3.個人情報保護法
個人情報保護法上、患者の病歴などの診療記録は個人情報のなかでもとりわけ厳格な取り扱いが必要とされる「要配慮個人情報」に該当します(個人情報保護法2条3項)。そして、個人情報保護法は、事業者は個人情報の利用目的を定め、その利用目的の範囲内で個人情報を利用することを求め(同16条1項)、また、個人情報を第三者に提供する際は、原則として本人の同意を要すると定めています(同23条1項)。ただし、同法16条および23条は、「法令に基づく場合」などの例外規定を置いています。

4.患者の診療情報などに関する第三者からの照会への対応
(1)はじめに
病院などが患者の診療履歴などの個人情報を第三者に提供するにあたっては、上でみたとおり、民事上の守秘義務の観点、刑事上の秘密漏示罪の観点、個人情報保護法の観点という3つの観点から判断を行う必要があります。

(2)警察・検察からの照会
(a)強制捜査
警察・検察が裁判所から捜索・差押令状などの令状(刑事訴訟法218条など)を得ている強制捜査による患者の診療情報などの提供の照会の場合、個人情報保護法23条1項1号の「法令に基づく場合」に該当するので、提供を行うことは個人情報保護法上は問題ありません(個人情報保護委員会「個人情報保護ガイドライン(通則編)」29頁)。

しかし、刑事上・民事上の守秘義務との関係では、強制捜査であるからといって無制限に正当な理由があるとなるわけではないので、個別の事案において正当な理由の有無について、医師の良識に基づいて個別具体的な、適正な判断が求められます。また、後日のトラブル回避の観点からは、回答した内容と対応を記録に残すことが望まれます。

(b)任意捜査-捜査関係事項照会
警察・検察の捜査関係事項照会書(刑事訴訟法197条2項)による任意捜査の照会は、照会された側には回答する法的義務があるものの、この義務違反には罰則がなく強制力もない照会です。

この点、個人情報保護委員会の「個人情報保護ガイドライン(通則編)」29頁は個人情報保護法23条1項1号の「法令に基づく場合」に捜査関係事項照会が含まれると規定しているので、回答を行うことは個人情報保護法上は問題ないことになります。

しかし、強制捜査の場合以上に、刑事上・民事上の守秘義務との関係では、回答に正当な理由が認められるか否かが問題となります。この場合においても、医師の良識に基づく適正な判断が必要となります。照会が、たとえば○月に受診した患者すべてのカルテ情報の提供を求める、あるいはある特定の疾病にり患した患者すべてのカルテ情報など、網羅的・全面的なものでないかも注意が必要です。

また、回答するにあたっては、警察・検察による正式な捜査であることの確認をとるために、捜査関係事項照会書などの書面で照会を行うよう捜査当局に依頼すべきです。さらに、回答の内容は照会された事項に限定し、後日のトラブル防止のために回答した内容と対応を記録すべきです。

(3)犯罪が疑われる場合
医療機関が患者の尿検査を行ったところ、麻薬または覚せい剤の陽性反応が検出された場合など、診察により患者の犯罪が疑われるときに、医療機関はこれを捜査機関に通報すべきかどうか問題になります。

まず個人情報保護法について検討すると、麻薬に関しては、第三者提供の例外の「法令に基づく場合」に関する厚生労働省の「医療・介護事業者における個人情報ガイダンス」「別表3」の「法令上、医療機関等(医療従事者を含む)が行うべき義務として明記されているもの」に、「医師が麻薬中毒者と診断した場合における都道府県知事への届出(麻薬及び向精神薬取締法58条の2)」が明記されているので、個人情報保護法上は捜査機関への通報は適法となります。

また、覚せい剤に関しては、覚せい剤取締法にはこのような届出義務は明記されていませんが、覚せい剤の患者本人の健康への悪影響の重大さや、社会に覚せい剤を蔓延させる危険から、これらを防止するために捜査機関に通報を行うことは、個人情報保護法23条1項2号の「人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき」または同3号の「公衆衛生の向上又は児童の健全な育成の推進のために特に必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき」に該当し、適法であると考えられます。

しかし、刑事上・民事上の守秘義務との観点では正当な理由の有無がここでも問題となります。犯罪が疑われるとしても、捜査機関への通報が無制限に許容されるわけではないので、ここでも医師の良識に基づいた判断が必要となります。なお、覚せい剤の陽性反応があったため捜査機関への通報を行った医師の行為につき、当該医師の行為は正当行為に該当し守秘義務違反とならないとした判例が存在します(最高裁平成17年7月19日決定)。ただし、後日のトラブル防止のために回答した内容と対応を記録すべきです。

(4)裁判所からの照会-文書送付嘱託・調査嘱託
裁判所からも病院などに対して、文書送付嘱託(民事訴訟法226条)または調査嘱託(同186条)が行われる場合があります。文書送付嘱託とは、民事訴訟において当事者の一方が裁判の証拠とするために書類を提出させてほしいと裁判所に申立てを行い、裁判所が発出するものです。また、調査嘱託とは、裁判所が裁判において客観的事実につき必要と認めた場合に発出するものです。

これら文書送付嘱託または調査嘱託に関しては、民事訴訟法に根拠規定があるので、個人情報保護法23条1項1号の「法令に基づく場合」に該当するので、これらの照会に対して回答することは、個人情報保護法の観点からは適法といえます。

しかし、刑事上・民事上の守秘義務との関係では、無制限に正当な理由があるとは言えません。これらの照会が患者本人またはその相続人の同意を得ているものかどうかが問題となります。すなわち、患者本人やその相続人が訴訟の当事者となっている場合は同意ありとして回答することは適法となりますが、そうでない場合には裁判所に対して患者本人の同意書の取り付け・送付を依頼することなどが必要です。

(5)弁護士会からの照会-弁護士会照会
弁護士会から照会が行われる場合があります。弁護士会照会と呼ばれるものです(弁護士法23条の2)。これは弁護士が受任した訴訟などに関して証拠を収集する等の場合に、当該弁護士が所属する弁護士会に依頼し、当該弁護士会が団体等に照会を行うものです。

この照会も弁護士法に根拠規定があるため、個人情報保護法23条との関係では、回答を行っても違法とはなりません。

しかし刑事・民事上の守秘義務との関係では、弁護士会照会は罰則規定のない、言ってみれば“法的効力の弱い照会”であることから、無制限に回答を行うことには慎重であるべきです。

弁護士会照会に対して漫然と回答を行ったことを違法とした判例も存在します(最高裁昭和56年4月14日判決・前科照会事件)。

この点、厚生労働省の「医療・介護関係事業者における個人情報ガイダンスQ&A」のQ4-4の解説は、弁護士会照会への対応について、回答することは個人情報保護法23条に抵触しないとしつつも、回答するか否かは「個別の事例ごとに判断が必要」と明記しています。

そのため、医療機関などは、よせられた弁護士会照会が患者本人またはその家族から申し立てられたものでない限り、弁護士会に対して、本人またはその相続人の同意書の取り付け・送付を依頼し、本人またはその相続人の同意を確認したうえで回答を行うことが無難です。この場合にも、後日のトラブル防止のために回答した内容と対応を記録すべきです。

■参考文献
・田辺総合法律事務所『病院・診療所経営の法律相談』179頁、201頁
・岡村久道『個人情報保護法 第3版』183頁
・個人情報保護ガイドライン(通則編)29頁|個人情報保護委員会
・医療・介護関係事業者における個人情報ガイダンス「別表3」|厚生労働省
・医療・介護関係事業者における個人情報ガイダンスQ&A4-4|厚生労働省







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1.はじめに
生命保険契約の災害死亡保険金の支払いをめぐる裁判において、事実の確認(調査)があった場合の保険金支払時期を明確化する保険約款の変更の効力が争点となり、当該保険約款の変更を有効とする興味深い裁判例が出されていました(東京地裁平成29年10月23日・請求一部認容・控訴後和解)。

2.事案の概要
(1)保険契約・免責条項など
Aは平成6年7月にY生命保険会社(メットライフ生命保険)との間で生命保険契約を締結した。当該保険契約は、主契約として普通死亡保険金5000万円と、災害死亡給付特約による災害死亡保険金5000万円を保障するものであった。

災害死亡給付特約による災害死亡保険金は、不慮の事故による傷害を直接の原因として死亡したことを支払事由としており、免責条項として、被保険者の故意または重大な過失を免責とする条項を規定していた。

また、Y社は、本件普通保険約款において、保険金支払の際の事実の確認(調査)があった場合の保険金支払時期について、従来は「事実の確認その他の事由のため特に日時を要する場合のほかは、必要書類が会社の日本における主たる店舗に到達してから5日以内に支払う」旨を規定していた。

ところでY社は、平成22年の保険法施行にあわせて、既契約の保険約款条項の変更特約を付加する旨の通知をAを含む保険契約者に発送していた(本件変更特約)。本件変更特約は、保険金支払の際に事実の確認があった場合で、「医療機関または医師に対する照会のうち、書面の方法に限定される照会」のときの保険金支払時期は、必要書類がY社に到達した日の翌日から60日と規定していた。

(2)事故の状況など
A(事故当時61歳)は、10階建てマンションの8階のフロアに居住していたが、平成27年11月23日の午前9時頃、同マンション8階から吹き抜け部分の中2階に転落し死亡した。本件フロアの玄関ドア前ポーチ部分の北側の専有部分には、高さ1.12メートル程度のコンクリート製の壁の上部に1メートル四方の空洞部分があり、Aは本件空洞部分にラティス(フェンス)と突っ張り棒を設置していたところ、管理人が発見した際には、このラティスが壁に立てかけられており、本件専有部分に脚立が置かれていたことから、Aは本件空洞部分において、脚立を用いてラティスを外す等の作業を行う最中に転落したものと考えられた。

本件保険契約における保険金受取人のXら(Aの子供ら)は、Y社に対して保険金請求を行ったところ、Y社は普通死亡保険金5000万円は支払ったものの、災害死亡保険金については、本件転落事故はAの重過失によるものであるとして免責を主張し、災害死亡保険金の支払を拒む等したためXらが提訴したのが本件訴訟である。

3.判旨
(1)本件転落事故はAの重過失であるといえるか
本判決は、『当時のAの年齢や身体能力等を考慮しても、危険性が著しく高いとまではいえ(ない)』などと判示して、Aの重過失を否定し、Y社の免責の主張を退けています。

(2)本件変更特約による普通保険約款の変更は有効といえるか
『Yは、Aに対し、本件変更特約とその内容の具体的説明及び異議を述べることができることとその連絡先を記載した文書を送付し、ホームページ上にも文書を掲載した。Aは、遅くとも、平成22年1月25日までに、それらの文書を受領したが、その後、異議を述べずに、Yに対する保険料の支払を続けた。

 前提事実(略)のとおり、本件変更特約は、本件約款では単に「事実の確認その他の事由のため特に日時を要する場合」となっていた要件について、事実確認のために必要となる調査事由及び調査先の対応ごとに具体的に災害死亡保険金の支払期限を定めたものである。保険金の支払に際し、適切な調査の上、支払事由の有無の確認が必要とされるのは当然であるところ、調査事由及び調査先の対応ごとに具体的な支払期限を定め、明確化することは、契約者であるAにとっても利益があるといえる。

 上記のとおり、Aが本件変更約款付加についての異議を述べず、保険料の支払を続けていることに加え、本件変更特約新設の目的、本件変更特約の内容からして、変更の必要性、相当性が認められること及び適切な方法により周知が図られていることからすれば、YとAとの間には、本件変更特約により災害死亡保険金の支払期限を変更することについて、黙示の合意があったものと認めるのが相当である。』


このように本判決は判示し、災害死亡保険金の支払時期は、必要書類がY社に到達した翌日から起算して60日を経過する日と認定しています。

4.検討
(1)保険金支払の期限
保険金の支払期限について、平成22年に施行された保険法は第52条で、「保険給付を行う期限を定めた場合であっても、当該期限が、保険事故、保険者が免責される事由その他の保険給付を行うために確認をすることが生命保険契約上必要とされる事項の確認をするための相当の期間を経過する日後の日であるときは、当該期間を経過する日をもって保険給付を行う期限とする。」と規定しています。

この規定を受けて、生命保険各社は、本判決が述べるように、「約款の明確化」のために、「事実確認のために必要となる調査事由及び調査先の対応ごとに具体的に災害死亡保険金の支払期限を定め」ています。

(2)約款の変更
2020年4月から施行予定の改正民法(債権法)は定型約款の条文を新設しました(第548条の2~第548条の4)。そして同548条の4は、事業者は①定型約款の変更が相手方の一般の利益に適合するとき、②定型約款の変更が、契約をした目的に反せず、かつ変更の必要性、相当性、合理性があるとき、のいずれかに該当する場合は、相手方との個別の合意なしに、変更後の定型約款の条項について合意があったものとみなすことができると規定しています。

(定型約款の変更)
第548条の4
定型約款準備者は、次に掲げる場合には、定型約款の変更をすることにより、変更後の定型約款の条項について合意があったものとみなし、個別に相手方と合意をすることなく契約の内容を変更することができる。
一 定型約款の変更が、相手方の一般の利益に適合するとき。
二 定型約款の変更が、契約をした目的に反せず、かつ、変更の必要性、変更後の内容の相当性、この条の規定により定型約款の変更をすることがある旨の定めの有無及びその内容その他の変更に係る事情に照らして合理的なものであるとき。

本判決は改正民法施行前のものですが、「保険金の支払に際し、適切な調査の上、支払事由の有無の確認が必要とされるのは当然であるところ、調査事由及び調査先の対応ごとに具体的な支払期限を定め、明確化することは、契約者であるAにとっても利益があるといえる。」と判示し、本件保険約款変更は①の類型に該当するとし、保険会社側があらかじめ約款変更の内容を通知する書面を保険契約者に送付していたこと、当該書面によれば保険契約者側は異議を述べることができたこと、一方、Aは異議を述べず保険料を支払い続けたこと、などの各事項を認定し、本件保険約款の変更は有効であると認定しています。

このように、本判決は保険会社にとって実務上参考になるだけでなく、商取引において普通約款を用いて事業を行っている民間企業の今後の約款変更に参考になるものと思われます。

■関連するブログ記事
・改正民法(債権法)における「定型約款」条項と生命保険の普通保険約款(追記有り)

■参考文献
・『判例タイムズ』1454号227頁
・山下友信『保険法(上)』184頁
・筒井健夫・村松秀樹『一問一答 民法(債権法)改正』241頁
・法曹信和会『改正民法(債権法)の要点解説』108頁
・嶋寺基『最新保険事情』57頁

保険法(上)

一問一答 民法(債権関係)改正 (一問一答シリーズ)

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1.はじめに
少し前、くら寿司のあるアルバイトが店舗で悪ふざけを行い、その様子をSNSに投稿したところ、その投稿が「炎上」したことが大きく社会の耳目を集めました。くら寿司本社は、当該アルバイトを懲戒解雇するだけでなく、当該社員に対して民事上・刑事上の責任も追及する厳しい方針で臨むとのことです。同時期に、ファミリーマートなどでも同様の事件が発生しました。

ところでこのような事件の契機はSNSへの投稿という従業員の私的な行為であるところ、当該従業員に対して懲戒解雇の処分を課してよいのか、そして刑事上・民事上の責任を追及することが許されるのかどうかが問題となります。

2.就業規則の規定はあるか
使用者が懲戒処分を行い、それが有効となるためには、まずは労働契約法15条の「使用者が労働者を懲戒することができる場合」に該当しなくてはなりません。つまり、就業規則に懲戒事由、懲戒の種類・程度が明記されている必要があります。

この点、懲戒事由については、多くの会社の就業規則には、「不名誉な行為をして会社の体面を汚したとき」等という条項(体面汚損条項)があるのが普通であり、この条項を根拠に懲戒処分が行われることになります。

3.従業員の私生活上の行為
しかし、労働契約に基づく服務規律は、労働者の私生活に対して一般的な支配をおよぼすものではなく、会社の業務活動を円滑に遂行するのに必要かつ合理性がある範囲でのみおよぶとするのが判例の考え方です(国鉄中国支社事件・最高裁昭和49年2月28日判決)。そのため、懲戒処分が裁判で争われた場合、就業規則の規定などは限定的に解釈されることになります。

4.客観的・合理的な理由はあるか
つぎに、懲戒処分が有効となるためには、労働契約法15条の「客観的に合理的な理由」があることが必要です。つまり、客観的・合理的な理由として、労働者に非行があることが必要です。

5.あてはめ
そこで今回の事案を検討する前に、かりに炎上したのが、従業員の個人的なSNSやブログなどであり、その内容も職場とは無関係なものであった場合は、その炎上により職場の業務運営に支障がでたとしても、それをもって安易に非行にあたるとして懲戒処分を行うべきではないと考えられています。なぜなら労働者が業務時間外に私的な表現行為を行うことは、労働者の私生活上の自由(憲法13条)、とりわけ表現の自由(憲法21条)に属する事柄であり、会社が安易に懲戒処分をもって介入すべきではないからです(労働行政研究所『新・労働法実務相談 第2版』194頁)。

その一方、職場の業務内容に関することであったり、その表現内容が非常に悪質な場合、あるいは勤務先などを明らかにして表現行為を行うことにより、会社の社会的信用が棄損されるような場合には、体面汚損条項により懲戒処分を課す場合もあると考えられます(労働行政研究所・前掲)。

この点、今回のくら寿司のアルバイトの投稿は、私的な投稿ではありますが、当該アルバイトが職場の制服を着て、職場内で撮影したものであり、その表現内容も顧客に食の安全性に不安を持たせるかなり悪質なものです。この投稿により、くら寿司の社会的信用は大きく棄損されたものと思われ、したがって、体面汚損条項により懲戒処分を課すことも許容されると思われます。

6.民事上・刑事上の責任追及
会社が非行により民事上の損害賠償を労働者に請求することはできるのでしょうか(民法709条)。この点、原則として、私的なSNS等の投稿の炎上が、勤務先の職場におよび、苦情などが職場の業務運営に影響を与えるということは、通常は予見できないため、損害賠償請求は認められないことが一般的ではないかと思われます。

損害賠償請求が認められるのは、投稿した表現内容が著しく不適切で、職場の業務運営を困難にさせることが容易に予見できる場合に限られるものと考えられます(労働行政研究所・前掲)。

しかし、今回のくら寿司の事件は、アルバイトの投稿した表現内容が著しく不適切で、会社の業務運営を著しく困難にすることが容易に予見できる場合にあたるといえるので、民事上の損害賠償請求を行うことは可能であると考えられます。

また、くら寿司は刑事告訴も行う方針とのことですが、この場合、くら寿司は信用棄損罪(刑法233条)または業務妨害罪(同234条)を検討することになると思われます。

7.会社側が取り組むべきこと
なお、このような不祥事を未然に防止するために、会社はSNS規定、SNSガイドラインなどの制定を行い、就業規則にもSNSに関する事項を条文化し、さらに社内において定期的に社員教育を行うことなどが必要です(東京弁護士会インターネット法律研究部『Q&Aインターネットの法的論点と実務対応 第2版』198頁)。

■参考文献
・労働行政研究所『新・労働法実務相談 第2版』193頁
・東京弁護士会インターネット法律研究部『Q&Aインターネットの法的論点と実務対応 第2版』198頁、217頁
・高井・岡芹法律事務所『SNSをめぐるトラブルと労務管理』43頁

新版 新・労働法実務相談(第2版) (労政時報選書)

Q&A インターネットの法的論点と実務対応 第2版

SNSをめぐるトラブルと労務管理―事前予防と事後対策・書式付き

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1.はじめに
SKE48の松村香織さんが過去にアルバイトとして働いていたメイドカフェが、松村さんが約12年前に履歴書に書いた内容の一部をTwitterに投稿し、ネット上で物議をかもしています。

松村さんの抗議に対して、メイドカフェ側は、「芸能人については引退するまでは、プライバシー権については、ほぼ存在しない 文句を言うのは自由だけど、何も悪いことをしていないし、法律にも違反していないよ」などと反論したそうですが、これらの主張は正しいのでしょうか?

2.個人情報保護法制から考える
雇用分野に関する個人情報保護法制については、職業安定法5条の4が条文を置いており、そして同条を受けて、厚生労働省は事業者が守るべき通達を発出しています(平成11年労働省告示141号、最終改正 平成29年厚労省232号)。

第4 法第5条の4に関する事項(求職者等の個人情報の取扱い)
1 個人情報の収集、保管及び使用
(1)~(3)略
(4) 個人情報の保管又は使用は、収集目的の範囲に限られること。ただし、他の保管若しくは使用の目的を示して本人の同意を得た場合又は他の法律に定めのある場合はこの限りでないこと。

2 個人情報の適正な管理
(1)  職業紹介事業者等は、その保管又は使用に係る個人情報に関し、次の事項に係る措置を講ずるとともに、求職者等からの求めに応じ、当該措置の内容を説明しなければならないこと。
イ 個人情報を目的に応じ必要な範囲において正確かつ最新のものに保つための措置
ロ 個人情報の紛失、破壊、改ざんを防止するための措置
ハ 正当な権限を有しない者による個人情報へのアクセスを防止するための措置
ニ 収集目的に照らして保管する必要がなくなった個人情報を破棄又は削除するための措置

このように、第4以下は、事業者は、求職者から個人情報を収集するにあたっては、その収集や利用は取得目的の範囲に限られると規定しています。取得目的は事業を運営するための目的ですが、ツイッターに履歴情報をツイートすることは、事業目的から明らかにはずれており、本件メイドカフェは厚労省の通達に違反しています。

また、「2 個人情報の適正な管理」の(1)以下は、事業者が従業員などの個人情報を安全に管理するため行うべき措置を列記していますが、そのなかの二は、「収集目的に照らして保管する必要がなくなった個人情報を破棄又は削除するための措置」を定めています。

12年前のアルバイトの採用の際の履歴書はこの二の条文に照らして、廃棄すべきであったはずです。この点でも本件メイドカフェは、厚労省の通達に違反、すなわち職業安定法および個人情報保護法に違反しています。

したがって、「法律に違反していない」というこのメイドカフェの反論は正しくありません。

3.プライバシー権から考える
つぎに、メイドカフェ側の「芸能人については引退するまでは、プライバシー権については、ほぼ存在しない」という主張はただしいのでしょうか?

この点、当時の著名な政治家をモデル小説とした「宴のあと」が当該政治家のプライバシーを侵害するか争われた訴訟において、裁判所は、「私生活をみだりに公開されない自由」を個人の尊厳(憲法13条)から導き出し、プライバシー侵害を認めています(「宴のあと事件」、東京地裁昭和39年9月28日判決)。

また、より近年のものとして、芸能人(女優)の私生活について大手週刊誌が報道したことが名誉棄損やプライバシー権侵害にあたるとして争われた訴訟においては、裁判所は、不法行為を認定し、約1000万円の慰謝料の支払いを週刊誌側に命じています(東京高裁平成13年7月5日判決、宍戸常寿『新・判例ハンドブック情報法』78頁)。

この芸能人とプライバシーに関しても、裁判例に照らし、本件メイドカフェ側の主張は正しくありません。

4.まとめ
このように、採用の際に求職者から提供された履歴書などの個人情報を事業者が勝手にネットに公開することは、やはりとんでもない法令違反であり、また、芸能人にはプライバシー権もないという主張も正しくありません。

新・判例ハンドブック 情報法 (新・判例ハンドブックシリーズ)

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