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1.はじめに
最近の各社の新聞報道によると、人材紹介業のリクルート(リクナビ)、マイナビが、就活生の「内定辞退予測データ」をAI・コンピュータにより作成し、ホンダ、トヨタなどの採用企業に販売していたことが明らかとなり大きな問題となっています。

また、その後の報道によると、この内定辞退予測については、①まず委託契約を締結した採用企業からリクルート等に対して、昨年以前の就活生の自社サイト上の行動履歴・エントリーシートなどの個人データが提供され、②リクルートは提供された個人データと自社が保有している個人データとを紐付け・照合し、これらのデータを分析・加工し、③それぞれの採用企業ごとの内定辞退予測データを作成し、それぞれの採用企業に提供・納品していたとのことです。

個人情報保護委員会・厚労省はリクルート等に対してだけでなく、トヨタなど採用企業側の調査を行っているとのことです。

2.個人データの安全管理措置・保存期限
個人情報保護法19条、20条はつぎのようになっています。

(データ内容の正確性の確保等)
第19条 個人情報取扱事業者は、利用目的の達成に必要な範囲内において、個人データを正確かつ最新の内容に保つとともに、利用する必要がなくなったときは、当該個人データを遅滞なく消去するよう努めなければならない。

(安全管理措置)
第20条 個人情報取扱事業者は、その取り扱う個人データの漏えい、滅失又はき損の防止その他の個人データの安全管理のために必要かつ適切な措置を講じなければならない。

つまり、顧客など個人から個人情報(個人データ)を取得した事業主は、その個人データが漏洩、滅失または毀損することを防止するための措置を講じなければならないとされています(安全管理措置、20条)。そして同じ趣旨から、事業者は自社が社内で取り扱う様々な個人データの類型ごとにあらかじめそれぞれの保存期限を定めておき、それぞれの保存期限がきた個人データは削除・廃棄などをすることが求められています(19条)。

すなわち、トヨタ、ホンダなどの事業者は、採用という結果になった就活生以外の就活生の個人データについては、その結果になった時点ですみやかに社内のサーバーなどに保管されたエントリーシートなどの個人データは廃棄・消去しなければ違法となります(19条、20条)。

にもかかわらず、内定辞退予測データを分析・加工させるために、トヨタ、ホンダなどの採用企業が昨年より前の就活生のエントリーシートなどの個人情報を社内で保存しておき、リクルート、マイナビなどに渡すことは個人情報保護法上違法です(19条、20条)。

報道によると、内定辞退予測データの作成にあたっては、採用企業から提供された個人データしか使用していないので法令違反はないとマイナビは主張しているようですが、その前提に問題があるように思われます。

3.トヨタ等からリクルート等への就活生の個人データの提供
また内定辞退予測データの作成のために、トヨタなど採用企業は委託契約を締結し、リクルート等に就活生のエントリーシートデータ・自社サイトの閲覧履歴などの個人データを提供しています。それを受けて、リクルート等は自社サイトの閲覧履歴などリクルートが保有する個人データのビッグデータを名寄せ・紐付けし分析して、就活生一人一人の内定辞退予測データを作成し、トヨタなどに提供していたそうです。

個人情報保護法上、「委託」は第三者提供の例外と位置づけられているため(23条5項1号)、このスキームは合法であるとリクルートやトヨタは考えているのかもしれません。しかし、個人情報保護法上、委託というスキームは、委託元の持つ個人データの「全部又は一部」を委託先に処理などを依頼するものであって、委託先でさらに委託先などが持つさらなる個人データを追加し加工することを許すスキームではありません。そのため、リクルートやトヨタなどが行ったこの内定辞退予測データの作成は、個人情報保護法の委託・第三者提供の法的枠組みを踏み越えるものであり違法です(23条)。

なお、労働分野・雇用分野の個人情報保護については、職業安定法5条の4に条文があり、さらにこの5条の4について厚労省から指針通達(平成11年141号)が出されています。リクルートやトヨタ等の採用企業は職業安定法5条の4とその指針通達にも抵触しています。
・厚労省の指針通達(平成11年141号)
https://www.mhlw.go.jp/www2/topics/topics/saiyo/dl/160802-01.pdf

また、労働分野における個人情報保護に関して、平成27年に厚労省が「雇用分野における個人情報保護に関するガイドライン」を制定しています。
・厚労省 雇用分野における個人情報保護に関するガイドライン
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11600000-Shokugyouanteikyoku/0000134231.pdf


4.職業紹介事業者などの守秘義務
さらに、職業安定法は、リクルートなどの職業紹介事業者等に対して、「その業務上取り扱つたことについて知り得た人の秘密を漏らしてはならない。」と守秘義務を課しています(51条)。この守秘義務違反には罰則があり、法人の両罰規定も設けられています(66号9号、67条)。

ある就活生がある企業に入社する意向を固め、逆にある企業を内定辞退しようとしているという情報は、その就活生の内心に係る極めて機微な情報です。また、職業紹介事業者は一方は就活生・求職者、もう一方は採用企業の両方を顧客とする業態ですが、職業紹介事業者が就活生の内定辞退予測データを採用企業に提供することは、顧客である就活生の信頼を完全に損なうものであり、社会通念上の信義則に反しています(民法1条2項)。リクルートなどの行為は職業安定法上の守秘義務に反するとともに、民事上の信義則に違反していると思われます。

5.プライバシーポリシーと約款の合理的解釈・不意打ち条項
なお、リクルートなどのプライバシーポリシーの個人情報の利用目的のところをみると、「本サービスの改善・新規サービスの開発およびマーケティング」などの項目が列挙されており、形式的には内定辞退予測データの作成・提供などもこれに含まれるように思えます。同様の規定は採用企業側サイトにもあるようです。

リクルート プライバシーポリシー
(リクナビのプライバシーポリシーの「個人情報の利用目的」の部分)

しかし、プライバシーポリシーなどを含む約款は、事業者が作成すればそれがすべて顧客・利用者を拘束するものではありません。この点について裁判例は古くから、「当事者の合理的解釈」をもとに判断を行っています(最高裁平成13年4月20日など)。

そのため、もし訴訟となれば、1年以上前の就活生の個人データを保存しておいてリクルートなどに提供することや、それらの個人データをもとに、多くの就活生にとって利益相反の内定辞退予測データを作成してリクルートなどが採用企業に提供することは、「当事者(=就活生)の合理的意思に反する」として、違法・無効なものと判断される可能性があります。

あるいは、かりに内定辞退予測データの授受がプライバシーポリシーなどに明記されていたとしても、それは「不意打ち条項」「不当条項」として無効と判断される可能性があります(消費者契約法10条、改正民法548条の2第2項)。

■追記1
今回のリクナビ事件を受けて、個人情報保護委員会は8月26日に、厚生労働省は9月6日に文書を発表しました。
・個人情報の保護に関する法律第 42 条第1項の規定に基づく勧告等について|個人情報保護委員会
・募集情報等提供事業等の適正な運営について|厚生労働省

■追記2
2019年12月4日に、個人情報保護委員会はリクルートキャリアや内定辞退予測データを購入したトヨタなどの各社に対して行政指導を行い、文書の発表を行いました。
・「個人情報の保護に関する法律に基づく行政上の対応について」を公表しました。|個人情報保護委員会