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2021年08月

面接
1.朝日新聞の「ウェブ面接で「部屋着見せて」 就活セクハラ、対策は」
2021年8月22日付の朝日新聞の「ウェブ面接で「部屋着見せて」 就活セクハラ、対策は」という記事がネット上で話題となっています。
・ウェブ面接で「部屋着見せて」就活セクハラ、対策は|朝日新聞

■追記(2021年12月22日)
朝日新聞の2021年12月12日付の記事「(フォーラム)裏アカ調査、どう考える」が、河合塁・岩手大学准教授(労働法)「企業側や委託を受けた調査会社が就活生のSNSの「裏アカ」などを調査することは、職業安定法違反のおそれがある」との趣旨のコメントを掲載したことを、このブログの下部に追記しました。

この記事によると、コロナ禍における就活のウェブ面接において、採用選考を行う企業の人事部やリクルーターなどが、就活生に対して「部屋着を見せて」「部屋の様子も見せて」などとセクハラ・パワハラ的な要求を行う事例が発生しているとのことです。

またツイッター上では、この問題に関連して、ウェブ面接において本棚の本などに関して企業の面接担当より「そのような本は当社にあなたが入社した際に何の役にたつの?」などと、採用選考と関係のない嫌がらせのような質問をされたなどの事例も投稿されています。

このような企業の人事部やリクルーターなどのウェブ面接での行為は、セクハラ・パワハラに該当するおそれがあり、また企業による就活生・求職者などに対するプライバシー権侵害として、そのような行為を行った企業は不法行為に基づく損害賠償責任を負う可能性もあります(民法709条、憲法13条)。

2.職業安定法5条の4・労働省告示平成11年第141号が禁止する個人情報の収集
大昔の最高裁の判決には、日本は民事上「私的自治の原則」があり、企業側には「採用の自由」があるので、企業側が求職者等の思想・信条に関する情報を収集することは違法ではないとする判決も存在します(最高裁昭和48年12月12日判決・三菱樹脂事件)。

しかしこの判決は当時においても求職者のプライバシーを軽視しすぎであるとの社会的批判を受け、就活生や求職者の採用選考に関する職業安定法は、立法により求人を行う企業などによる就活生や求職者の個人情報の収集に法規制を設けています。

つまり、職業安定法5条の4(求職者等の個人情報の保護)は、求人を行う企業、人材紹介会社、ハローワークなどは、就活生・求職者等の個人情報に関して、「個人情報を収集し、保管し、又は使用するに当たつては、その業務の目的の達成に必要な範囲内で求職者等の個人情報を収集し、並びに当該収集の目的の範囲内でこれを保管し、及び使用しなければならない。」と規定しています。

つまり、求人を行う企業や人材紹介会社などは、就活生・求職者などから無制限に個人情報を収集することは許されず、当該求人を行う企業の「業務の目的の達成に必要な範囲内」でのみ求職者等の個人情報を収集し保存・利用することが許されています。

そして求人を行う企業や人材紹介会社などは、個人情報保護法15条に基づき、就活生などから個人情報を収集する際の個人情報の利用目的を特定し、同法18条に基づきその利用目的などをあらかじめ就活生などに対して通知・公表しなければなりません。

また、この職業安定法5条の4に関連して厚労省は、労働省告示平成11年第141号(以下「労働省告示」という)という通達を出しています。
・職業紹介事業者、労働者の募集を行う者、募集受託者、労働者供給事業者等が均等待遇、労働条件等の明示、求職者等の個人情報の取扱い、職業紹介事業者の責務、募集内容の的確な表示等に関して適切に対処するための指針(平成11年労働省告示第141号)|厚労省

この労働省告示は「第4 法第5条の4に関する事項(求職者等の個人情報の取扱い)」において、つぎのように、①人種、民族、社会的身分、門地、本籍、出身地その他社会的差別の原因のおそれのある事実②思想および信条③労働組合への加入状況などの個人情報の収集を禁止しています。

そして厚労省の「公正な採用選考の基本」は、求職者等の個人情報の収集に関して「(3)採用選考時に配慮すべき事項」においてさらに詳しい説明を行っています。
・公正な採用選考の基本|厚労省

厚労省「公正な採用選考の基本」
(3)採用選考時に配慮すべき事項
次のaやbのような適性と能力に関係がない事項を応募用紙等に記載させたり面接で尋ねて把握することや、cを実施することは、就職差別につながるおそれがあります。

<a.本人に責任のない事項の把握>
本籍・出生地に関すること (注:「戸籍謄(抄)本」や本籍が記載された「住民票(写し)」を提出させることはこれに該当します)
家族に関すること(職業、続柄、健康、病歴、地位、学歴、収入、資産など)(注:家族の仕事の有無・職種・勤務先などや家族構成はこれに該当します)
住宅状況に関すること(間取り、部屋数、住宅の種類、近郊の施設など
生活環境・家庭環境などに関すること

<b.本来自由であるべき事項(思想信条にかかわること)の把握>
宗教に関すること
支持政党に関すること
人生観、生活信条に関すること
尊敬する人物に関すること
思想に関すること
労働組合に関する情報(加入状況や活動歴など)、学生運動など社会運動に関すること
購読新聞・雑誌・愛読書などに関すること

<c.採用選考の方法>
身元調査などの実施 (注:「現住所の略図」は生活環境などを把握したり身元調査につながる可能性があります)
・合理的・客観的に必要性が認められない採用選考時の健康診断の実施


したがって、朝日の記事にあった、「部屋着を見せて」などの企業側の要求は、この「採用選考の基本」が禁止する「生活環境・家庭環境に関する情報の収集」に抵触する違法な要求と思われますし、「部屋のなかをよくみせて」などの要求も「住宅状況に関する情報の収集」や「生活信条に関すること」などの規定に抵触する違法なものと思われます。また、冒頭であげた、部屋のなかの本・雑誌・CDなどに関する企業側の質問なども、「採用選考の基本」が禁止する「購読新聞・雑誌・愛読書など」、「人生観、生活信条」、「思想」、「尊敬する人物」などに関する情報収集に該当し違法です。

3.調査会社による就活生などのSNSの「裏アカウント」の書き込み等の調査
さらに労働省告示は、求人を行う企業や人材紹介会社などは、就活生・求職者から個人情報を収集する場合には、本人から直接収集するか、または本人の同意の下で本人以外の者から収集しなければならないなど、個人情報の収集の方法も適切かつ公平な手段で行われなければならないと規定しています。

加えて厚労省の「公正な採用選考の基本」は、「身元調査」も望ましくないとしています。

そのため、求人企業の人事部が安易に調査会社・探偵会社等に委託して、TwitterなどSNSのアカウントや裏アカウント(「裏アカ」)を割り出してその書き込みの調査を行うなどのネット上の身元調査・素行調査を行う調査会社・探偵会社(「KCC 企業調査センター」(東京都千代田区飯田橋)や「ソルナ」(東京都中央区)など)の違法・不当なサービスを利用するであるとか、GithubやSNSなどネット上の個人情報を勝手に収集して違法・不当な人材紹介ビジネスを行っている、HackerBase JobsLAPRASなどのネット系・AI系人材紹介会社などを利用することは望ましくないと考えられます。

企業調査センター
(KCC企業調査センターのサイトより)

ソルナネットの履歴書
(ソルナのサイトより)

LAPRAS
(LAPRASのサイトより)

(2019年には就活生内定辞退予測データの売買を行っていたことが発覚した「リクナビ事件」が大きな社会的非難を受けました。この事件においては、個人情報保護委員会は、リクルートキャリアだけでなく、リクナビを利用していた求人企業のトヨタなどに対しても、「新しい事業を行うにあたって、社内で組織的に個人情報保護法などの法令を十分に検討していなかった」ことを理由の一つとして行政指導を行っています(個人情報保護委員会「株式会社リクルートキャリアに対する勧告等について」(令和元年12月4日))。)
・「株式会社リクルートキャリアに対する勧告等について」(令和元年12月4日)|個人情報保護委員会
・リクルートなどの就活生の内定辞退予測データの販売を個人情報保護法・職安法的に考える

なお、労働省告示は、上であげた個人情報の収集の制限に関して、「ただし、特別な職業上の必要性が存在することその他業務の目的の達成に必要不可欠であって、収集目的を示して本人から収集する場合はこの限りでない」とのただし書きを置いています。しかし労働法の実務書は、一般企業においてこのただし書きが適用される場合は少ないとしています(大矢息生・岩出誠・外井浩志『会社と社員の法律相談』53頁)。

加えて、求人を行う企業や人材紹介会社などは、収集した個人情報については滅失・毀損・漏えいなどが発生しないように安全管理措置を講じることが要求されます。加えて求人を行う企業や人材紹介会社などが就活生等の秘密に係る個人情報を知った場合はこれを厳重に管理しなければならないと規定されています。(そのため、2019年の就活生の内定辞退予測データの授受を行っていたリクナビ事件の、リクルートキャリアやトヨタなどはこの点にも違反しています。)

4.職業安定法5条の4・労働省告示平成11年第141号に違反があった場合
求人を行う企業や人材紹介会社等が、上でみたような職業安定法5条の4や労働省告示に違反があった場合、当該企業などは厚労省から改善命令を受ける場合があります(職業安定法48条の3)。また、当該企業が改善命令に違反した場合は、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金の罰則を科せられる場合があり、これは両罰規定となっています(法65条7号、法67条)。

さらに、求人を行う企業や人材紹介会社などから上のような行為を行われた就活生や求職者などは、ハローワークや都道府県労働局、労基署などを通じて厚生労働大臣に申告を行い、厚生労働大臣に必要な調査や措置を行わせることができます(法48条の4)。

加えて、このような企業などによる違法な個人情報の収集などが行われた場合は、当該企業は不法行為に基づく損害賠償責任を負う法的リスクがあります(東京地裁平成15年5月28日判決・東京都警察学校・警察病院HIV検査事件など)。

5.まとめ
いずれにせよ、就活生や求職者に対して採用選考の場面で上のようなセクハラ・パワハラ的な行為、プライバシー侵害やSNSにおける「裏アカ」の調査など、違法な個人情報の収集、調査などを行うような企業は、もし就活生などが採用されたとしても、職場でセクハラ・パワハラや労働法違反、各種の法令違反などが横行しているコンプライアンス意識が欠けたブラック企業である可能性が高いのではないでしょうか。就活生や求職者の方々は、ウェブ面接などやSNS上の書き込みなどに関して上のような違法・不当な被害を受けた場合は、その企業への就職は辞退したほうがよいかもしれません。

■追記(9月25日)
朝日新聞が9月に企業の就活生のSNSの「裏アカ」の調査の問題を特集して取り上げていました。そのなかの、「「取り違えないといえるか」「社会の萎縮心配」 裏アカ調査に識者は」との記事は、個人情報保護法や知的財産権法などの専門家の岡村久道先生などのコメントが大変参考になります。
・「就活生の裏アカ特定、企業に報告…ネットから見える「ホントの姿」」|朝日新聞
・「取り違えないといえるか」「社会の萎縮心配」 裏アカ調査に識者は|朝日新聞

■追記(2021年12月22日)
朝日新聞の12月12日付の記事「(フォーラム)裏アカ調査、どう考える」のなかで、朝日新聞は労働法の河合塁・岩手大学准教授に取材し、おおむねつぎのような河合先生のコメントを掲載しています。
・(フォーラム)裏アカ調査、どう考える|朝日新聞

河合塁・岩手大学准教授(労働法)のコメント(概要)
『1999年に改正され新設された職業安定法5条の4とそれに関連する厚労省の通達(労働省告示平成11年第141号)は、採用選考で企業側が収集してはならない個人情報(出身地域、人種、民族、思想・信条、労働組合活動の有無、親の借金など)を列挙しているおり、厚労省の「公正な採用選考の基本」などのガイドラインは「身元調査」「望ましくない」としている。採用企業や調査会社がSNSの裏アカなどを調べていて、意図せずにそうした収集してはならない個人情報に接して、その情報をもとに不採用とするケースがあった場合、それは身元調査と変わらず、職業差別(職業安定法3条)に該当し違法であるおそれがある。現在の企業側の「SNSの裏アカ調査をやったもの勝ち」の現状を是正するために、厚労省はまずは指針・ガイドラインで企業側に努力義務などを規定すべきだ。』

採用選考おいて企業側が就活生本人の同意なくSNSやSNSの「裏アカ」を調査する問題については、日経新聞などは「企業側は就活生等の「本音」や「日常の普通の様子」が知りたいのだからしかたない」などと開き直る企業側の姿勢を支持・応援するかのような記事を書いたり、朝日新聞なども就活生や企業側の意識のアンケート調査など、ピントのずれた記事ばかり掲載しているのが現状ですが、この朝日の記事が労働法の学者の先生に取材し、「職業安定法や厚労省の関連通達等に照らして違法のおそれがある」と明確なコメントを記事にしているのは、新聞記事にはめずらしいクリーンヒットな記事であると思われます。

採用選考おいて企業側が本人の同意なくSNSやSNSの「裏アカ」を調査することは、企業の人事部側の「お気持ち」や「ご意向」、あるいは就活生や企業側の「アンケート調査」などで決すべき社会学や人文科学的な問題ではなく、職業安定法5条の4(求職者の個人情報保護)同法3条(雇用における差別の禁止)に違反する違法な行為である、つまりSNSの「裏アカ」調査の問題は、法律の問題コンプライアンスガバナンスの問題であることを、就活生などを採用選考する企業の人事部や経営陣などは、まずは明確に認識する必要があります。

就活生等を募集する企業に、職業安定法違反があった場合、ハローワークや労働基準監督署、都道府県労働局、厚労省などは企業に対して報告徴求や立入検査を実施し、行政指導や行政処分を行う権限を持っています。

これは労働法の専門家の河合准教授が指摘するとおり、法律違反の行為であり、企業側の人事部や経営陣が就活生の「本音」や「日常のすがた」が知りたいと思っているから許されるという問題ではないのです。

■参考文献
・菅野和夫『労働法 第12版』69頁
・浜辺陽一郎『労働法実務相談シリーズ10 個人情報・営業秘密・公益通報』98頁、100頁
・大矢息生・岩出誠・外井浩志『会社と社員の法律相談』53頁
・労務行政研究所『新・労働法実務相談 第2版』45頁
・公正な採用選考の基本|厚労省

■関連する記事
・人事は就活生のSNSを見ているのか?-就活と個人情報・SNS
・Github利用規約や厚労省通達などからSNSなどをAI分析するネット系人材紹介会社を考えた
・コロナ下のテレワーク等におけるPCなどを利用した従業員のモニタリング・監視を考えた(追記あり)-個人情報・プライバシー・労働法・GDPR・プロファイリング
・リクルートなどの就活生の内定辞退予測データの販売を個人情報保護法・職安法的に考える
・令和2年改正個人情報保護法ガイドラインのパブコメ結果を読んでみた(追記あり)-貸出履歴・閲覧履歴・プロファイリング・内閣府の意見
・欧州の情報自己決定権・コンピュータ基本権と日米の自己情報コントロール権
・JR東日本が防犯カメラ・顔認証技術により駅構内等の出所者や不審者等を監視することを個人情報保護法などから考えた

























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法務省1
法務省が最近、「Myじんけん宣言」という政策(?)を実施しているようです。
・Myじんけん宣言|法務省

この「Myじんけん宣言」ページの説明を読むと、つぎのようになっています。

「人権は、誰にとっても身近で大切なものです。「人権」を難しく考えずに、「Myじんけん宣言」をして、誰もが人権を尊重し合う社会を、一緒に実現していきましょう。」

「「人権」を難しく考えずに」という、まるで怪しい金融商品の薄っぺらい営業トークのような言い回しがいきなり気になりますが、とにかくこの法務省の「Myじんけん宣言」とは、法人・団体・個人が「難しいことを考えずに」、「自らが取り組む人権課題を宣言」するもののようです。

ところで、この「Myじんけん宣言」ページの法人向けのページをみると、「宣言の内容は自由ですが、世界人権宣言や、「ビジネスと人権に関する国内行動計画」を参考に、宣言を行ってください。」と説明がされており、なぜか日本国憲法については言及されていないことが謎です。

法務省2
そして、この法人向けページの下のほうには世界人権宣言、「ビジネスと人権に関する国内行動計画」、「心のバリアフリー」の3つのページへのリンクが貼られていますが、ここにも日本国憲法へのリンクが貼られていません。法務省としては、「Myじんけん宣言」政策において、日本の法人・団体・個人に日本の最高法規たる日本国憲法の存在を何とか忘れてほしいのでしょうか?

法務省3

さらに、「Myじんけん宣言」ページをみると、上川陽子法務大臣のつぎの「Myじんけん宣言」も掲載されています。

「誰もが人権を尊重し合い、SDGsが掲げる「誰一人取り残さない」社会を実現するためには、 一人一人が人権尊重の意識を持ち、行動する必要があります。」

「多様性を認め、包摂性のある「誰一人取り残さない社会」を目指し、力を合わせて取り組んでまいりましょう。法務大臣 上川陽子」

法務省4
法務省5

この上川大臣の「Myじんけん宣言」も、人権宣言をするはずなのに、日本国憲法は登場せず、そのかわりに「SDGsの掲げる「誰一人取り残さない」社会の実現」というまるで経産省、金融庁、デジタル庁かのような言い回しが登場しています。

法務省が「Myじんけん宣言」政策にあたり、国民の基本的人権を定めた日本国憲法を無視して、SDGsや世界人権宣言、「ビジネスと人権に関する国内行動計画」などを全面に押し出しているのは何故なのでしょうか。

フランス革命・アメリカ独立戦争などの18世紀以降の西側自由主義諸国の「近代」における近代憲法は、国民の基本的人権の条項、国家(統治機構)のしくみに関する条項、そして「国家権力を憲法・法律によって歯止めをかけることにより国民の人権や権利利益を守る」という立憲主義の考え方が取り入れられていることに特色があります。わが国の日本国憲法もこの近代憲法の一つです。

しかし、法務省や政府与党は、このような憲法の基本的人権や立憲主義などの「難しいこと」を国民・法人に忘れてもらって、SDGsなどの経済政策の一環として、ふんわりとした耳触りの良い「じんけん」を、「人間はお互いゆずりあって幸せに生きましょう」的な、マナー道徳的なものにすり替えて日本社会に普及させようとしているのではないでしょうか。

繰り返しになりますが、日本の現行憲法を含む西側自由主義諸国の近代憲法(あるいはポスト近代憲法)は、「国家権力の暴走を法で防止し、もって国民の権利利益を守る」という立憲主義を原則としています。

つまり近代憲法における基本的人権とは、例えば表現の自由などの精神的自由がそうであるように、まずは国家権力の検閲などの規制により国民の表現の自由・権利が違法・不当に制限されないこと、つまり「国家からの自由」が最も重要です。そして、生存権、教育を受ける権利などの社会権も、国家により国民の社会権がきちんと守られることが重要です。

つまり憲法とは「国家」を名宛人とした法であり、国家に国民の人権を守れと命令する法です。日本国憲法99条は、大臣、国会議員などの公務員に対して憲法尊重擁護義務を課していますが、国民に対してはこの義務を課していないことは、端的にこのことを表しています。
日本国憲法
第99条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

にもかかわらず、法務省の「Myじんけん宣言」は、政府・国会・自治体などが守るべき人権の宣言ではなく、個人・法人に対して「自らが取り組むべき人権の課題」を宣言させる仕組みとなっているのは、国家が国民の人権を守るべきところを、人権の問題を国民同士の問題にすり替えており、これは近代憲法や立憲主義、基本的人権などの基本的な理解を完全に間違っています。

つまり、法務省など政府は、このような国民の憲法や基本的人権の理解を間違った方向にミスリードする「Myじんけん宣言」政策を実施するのではなく、まずは中央官庁が、例えば法務省ならば、「法務省は憲法や法律を遵守し、入管行政や人権擁護行政において、国民や外国人の生命・身体の安全などの基本的人権を守ることを誓います」等と「自省の人権宣言」を制定し公表すべきではないでしょうか。

最近の法務省は入管行政において、収監している外国人の人々を非人道的に扱い、死者も出ていることが国内外からの大きな社会的批判を招いています。上川大臣をはじめとする法務省の役職員達は、「Myじんけん宣言」の前に、まずは日本国憲法の初歩を勉強するべきなのではないでしょうか。

なお最後に、上川大臣の「「多様性を認め、包摂性のある「誰一人取り残さない社会」を目指し、力を合わせて取り組んでまいりましょう。」との「Myじんけん宣言」は、国家が国民の人権を守るのではなく、人権の問題を国民同士の問題にすり替えていることが大問題であるだけでなく、「「誰一人取り残さない社会」へ力を合わせて取り組んでいきましょう」と、日本をはじめとする西側自由主義諸国の近代憲法の原則の一つである「個人主義」でなく、まるで「国家の基礎単位は家族である」とする2012年に公表された自民党憲法改正草案のような集団主義・全体主義・国家主義のような国家観を前提にしているようなことも大いに気になるところです。

■関連する記事
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・「幸福追求権は基本的人権ではない」/香川県ゲーム規制条例訴訟の香川県側の主張が憲法的にひどいことを考えた
・自民党憲法改正草案の緊急事態条項について考える













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リヴァイアサン
1. コロナ禍で緊急事態宣言がでても国民の私権を制限できないのは憲法に緊急事態条項がないからか?
新型コロナの感染拡大が続くなか、最近、一部の論者から、「日本が欧米のようなロックダウンを実施できないのは憲法にその根拠となる緊急事態条項がないからである。だから日本も早急に憲法改正を行い、緊急事態条項を設置すべきだ」という意見が主張されているのをみかけます。例えば、菅内閣の元内閣官房参与で経済学者の高橋洋一・嘉悦大学教授は、5月のインタビューでつぎのようにコメントしています。

緊急事態宣言をして私権制限できないのは日本くらいです。」「憲法上の戒厳令や非常事態宣言などという規定がないから、私権制限ができないのです。」(「コロナ禍で痛感した「憲法改正の必要性」」2021年5月12日ニッポン放送)
・コロナ禍で痛感した「憲法改正の必要性」|ニッポン放送

しかし、結論を先取りしてしまうと、高橋教授などのこの主張は憲法や法律的に正しくありません。

2.憲法上の基本的人権の制約根拠としての「公共の福祉」
日本を含む西側自由主義諸国の18世紀以降の近代憲法は、国民の個人の尊重と基本的人権の確立を国家の目的としています(日本国憲法11条、97条)。

そのため国民の基本的人権は極めて重要なものです。とはいえ国民の基本的人権も無制限なものではありません。国民・人間は社会で生活するものであるので、ある国民の人権と他の国民の人権がぶつかりあうときに、それぞれの人権の調整が必要となります。この、ぶつかりあう人権を制限して調整するための根拠が「公共の福祉」です。

この点、国民の基本的人権が制約される根拠としての「公共の福祉」を、わが国の憲法は、基本的人権に関する条文に置いています。具体的には、憲法12条、13条、22条1項、29条2項に、人権の制約の根拠である「公共の福祉」の文言が置かれています。
日本国憲法
第12条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

第13条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

第22条 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
2 何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。

第29条 財産権は、これを侵してはならない。
2 財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。
3 私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。

このように、わが国の憲法には、ある国民と別の国民との人権がぶつかりあい、矛盾・衝突することを調整するために、国民の人権(私権)を制限する根拠として「公共の福祉」が置かれています。さらに今日の憲法学の通説では、この「公共の福祉」は、憲法12条、13条、22条、29条だけでなく、すべての人権に内在していると考えられています(一元的内在制約説、最高裁41年10月26日判決など)。

そのため、コロナ対応のためにロックダウン(外出禁止令)などを実施して、国・自治体が飲食店やホテル、鉄道などの営業の自由(憲法22条1項、29条1項)を制限することや、同じく国・自治体が一般の国民の移動の自由(22条1項)などを制限するための「公共の福祉」の制度は、日本の現行憲法にすでに存在し、憲法上の問題はクリアされています。

なお、欧米などの世界の主要国も、コロナ対応に関して、自国の憲法に緊急事態条項があればそれを自動的に発動しているかというとそうではありません。憲法に緊急事態条項が存在し、かつコロナ対策に発動している国としては、イタリア、スイス、スペインなどがある一方で、憲法に緊急事態条項があるが、コロナ対策には発動せず法律で対応している国としては、アメリカ、フランス、ドイツ、韓国、中国、インドなどがあげられます。憲法に緊急事態条項の規定が存在せず、法律の規定でコロナ対応を行っている国はイギリス、カナダ、日本などがあげられています(国立国会図書館「COVID-19と緊急事態宣言・行動規制措置―各国の法制を中心に―」『調査と情報』1100号(2020年6月)より)。

したがって、「憲法に戒厳令や非常事態宣言などの規定がないから、私権制限ができない」、「憲法に緊急事態条項がないのは日本くらい」という高橋教授らの主張は正しくありません。

(なお、憲法25条2項は、「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」と規定し、「公衆衛生」を国の任務に明記し、それを受けて厚生労働省設置法3条1項、4条4号、19号などが「公衆衛生」「感染症の発生及びまん延の防止」を厚労省の任務に掲げています。そのため、公衆衛生やコロナ対策を国の任務に加える目的での憲法改正も不要です。)

3.災害対策基本法、国民保護法、警察法などの法律
そしてこのように憲法上は人権制約の問題はクリアされているのですから、あとは国会でコロナ対策のための法改正や立法などを迅速に行い、政府・自治体などはそれらの法律に基づいて行政を実施すればよいのです。

この点、例えば伊勢湾台風の災害を受けて1961年に制定された災害対策基本法は、災害時や災害のおそれがあるときは、市町村長は住民に対して「避難のための立退きを指示」することや、住民に「屋内での待避」を指示することができるとされています(法60条1項、3項)。また災害時や災害のおそれがあるときには、自治体の長は、消防機関や警察などに出動を要請し(法58条)、「犯罪の予防、交通の規制その他災害地における社会秩序の維持に関する事項」や、「緊急輸送の確保に関する事項」などを行わせることができると規定されています。

また、戦争やテロが発生した場合に備えて2004年に制定された国民保護法(武力攻撃国民保護法)や、警察法の第6章の「緊急事態の特別措置」の部分も、戦争やテロなどが発生した際に、自治体の長や警察などは、国民に避難の指示を出したり、治安維持のための活動を行うことができると規定しています(国民保護法11条1項、警察法71条1項など)。

もし「憲法に戒厳令や非常事態宣言などの規定がないから、私権制限ができない」という高橋教授らの主張が正しいのであれば、この災害時や戦争・テロなどの緊急事態の際に、国民のさまざまな人権を制限する規定が設けられている災害対策基本法、国民保護法、警察法などは憲法違反であるとして無効となってしまうのではないでしょうか?

4.感染症法、新型インフルエンザ特別措置法など
現在のコロナ対策のための緊急事態宣言などは、新型コロナに対応した新型インフルエンザ等対策特別措置法(特措法)などに基づいて実施されています。具体的には、特措法32条1項に基づき国が緊急事態宣言を発出し、それを受けて都道府県の長は、同法24条9号に基づいて民間企業や公的機関、個人などに要請を行うことができると規定されています。

しかしこの特措法24条9項の条文はつぎのようになっており、非常におおざっぱです。

新型インフルエンザ等対策特別措置法
第24条
第9項 都道府県対策本部長は、当該都道府県の区域に係る新型インフルエンザ等対策を的確かつ迅速に実施するため必要があると認めるときは、公私の団体又は個人に対し、その区域に係る新型インフルエンザ等対策の実施に関し必要な協力の要請をすることができる。
この条文には、自治体の長は、新型インフルエンザ等対策のために「公私の団体又は個人に対し」、「必要な協力の要請をすることができる」と非常にばくぜんとしたことしか規定されていません。

7月上旬には、西村大臣らが、酒類販売事業者や金融機関に対して、休業要請に応じない飲食店に酒を提供するなとか、金融機関から国・自治体の要請に従わない飲食店に対して融資をストップするなどして国・自治体の要請に従えと指導せよ、等の法治主義から乖離した無茶苦茶な要請の方針が出され、大きな社会的非難を受けて西村大臣らはこの方針をあっという間に撤回しました。

7月の西村大臣らのこの無茶苦茶な要請は、特措法などの根拠となる法律の規定が非常に漠然としていることに原因の一つがあります。つまり、法治主義や「法律による行政の原則」(憲法41条、65条など)は、主権者である国民の選挙で選ばれた国会議員により国会で法律が作成され、政府・国などの行政は法律にしたがって行政を行うことにより、行政を民主的に国民がコントロールし、もって国民の人権保障を行おうという原則です。しかし行政の行為の根拠となる法律があいまいでは、法治主義や「法律による行政の原則」は達成されません。

そのため、国会は特措法などを、コロナ対策のために国・自治体が何をすべきなのか等を個別具体的に明示するように法改正を行うべきです。そして国・自治体などは法治主義や法律による行政の原則の観点から、それらの法律を順守した行政を行うべきです。

5.まとめ
このように見てみると、日本の国・自治体のコロナ対応に必要なのは憲法改正を実施して緊急事態条項を新設することではなく、国会でコロナ対策を必要十分に実施できるように特措法や感染症法などの法律を改正したり新たな立法を行ったり、必要な予算を準備することです。

したがって、「日本の憲法には緊急事態条項などの規定がないから、私権制限ができない」「コロナ対策のために憲法改正が必要」という高橋教授らの主張は、憲法や法律的に正しくありません。

緊急事態条項とは、非常に強大な力を持つ国家権力の暴走を抑えるための憲法や法律などの制限を、災害などの緊急事態の場合に一時的にはずすものであり、国家権力の暴走を許してしまう危険性があります。憲法に緊急事態条項を新設するかどうかは、慎重に慎重な議論が必要です。

今回のコロナ禍においては、政府与党は、国民の生命・健康のためのコロナ対応ではなく、国策である東京オリンピック・パラリンピック開催を優先して暴走しました。

このことは、国民の人権保障のために国・自治体などはサービス機関として存在するという、18世紀以降の西側自由主義諸国の近代立憲主義憲法の基本理念が、日本の政府与党にはまったく根付いていないことをまざまざと示しています。

このような日本においては、憲法改正を行い緊急事態条項を設置した場合、それが政府与党によって「国家の暴走」のために利用されてしまう危険が非常に大きいのではないでしょうか。そのため、憲法改正により緊急事態条項を新設することは慎重に考えるべきと思われます。


(このブログ記事の冒頭の図は16世紀の思想家ホッブスの『リヴァイアサン』より。リヴァイアサンは旧約聖書に登場する海の怪物です。ホッブスは、国家が存在しない「自然状態」は、「万人の万人に対する闘争」の状態にあるとして、この闘争を終わらせるために市民各人の契約(社会契約)に基づく、統治のための強い権力を持つ国家(リヴァイアサン)が必要であるとしました。これに対して18世紀の思想家ルソーの『社会契約論』は、人間社会はほっておくと強者が弱者を支配する弱肉強食の社会になってしまうとし、人間各人が「一般意思」(=利己的な意思でなく、市民の共通の利益を求める意思)に基づき、市民が等しく権利・自由を享受できる民主主義の「共和国」を社会契約に基づき設立すべきであるとしました。そしてルソーは、市民はこの共和国が利己的な意思に陥り暴走しないようにチェックを怠ってはならないとしました。)

■関連する記事
・赤羽一嘉国交大臣の「内閣には臨時国会を開く権限はない」ツイートとその後の釈明ツイートがひどい件
・西村大臣の酒類販売事業者や金融機関に酒類提供を続ける飲食店との取引停止を求める方針を憲法・法律的に考えた
・自民党憲法改正草案の緊急事態条項について考える
・広島大学の進化政治学の伊藤隆太特任助教の外国人差別や優生思想のツイートがひどい件
・令和2年改正個人情報保護法ガイドラインのパブコメ結果を読んでみた(追記あり)-貸出履歴・閲覧履歴・プロファイリング・内閣府の意見
・欧州の情報自己決定権と日米の自己情報コントロール権
・コロナ下のテレワーク等におけるPCなどを利用した従業員のモニタリング・監視を考えた(追記あり)-個人情報・プライバシー・労働法・GDPR・プロファイリング

■参考文献
・芦部信喜・高橋和之補訂『憲法 第7版』99頁
・野中俊彦・中村睦男・高橋和之・高見勝利『憲法Ⅰ 第5版』256頁
・樋口陽一・小林節『「憲法改正」の真実』101頁
・国立国会図書館「COVID-19と緊急事態宣言・行動規制措置―各国の法制を中心に―」『調査と情報』1100号(2020年6月)















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1.赤羽一嘉国交大臣の「内閣には臨時国会を開く権限はない」ツイートが炎上
8月16日午前9時の公明党赤羽一嘉国交大臣(@AKBhyogo2ku)のつぎのツイートがTwitter上で炎上しました。

『臨時国会の開催については、国会が決めることでして、内閣には何の権限もございません。但し、閉会中の今も、毎週、委員会は開催しており、今週も、(水)(木)に内閣委員会が開かれます!』
赤羽ツイート1
(赤羽大臣のTwitterより)
https://twitter.com/AKBhyogo2ku/status/1427064920818917376

炎上したのは、憲法53条には臨時国会(臨時会)を召集し開催することは内閣の権限であることが規定されているにもかかわらず、現職の大臣の赤羽氏が、まるで憲法53条の条文を読んだことすらないようなツイートをしているからです。(なお、赤羽氏がツイートしている、「国会閉会中の委員会」は閉会中審査(衆議院)、継続審査(参議院)と呼ばれる国会法47条2項に基づく会議であり、国会ではありません。)

憲法
第53条

内閣は、国会の臨時会の召集を決定することができる。いづれかの議院の総議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない。

2.赤羽大臣の釈明ツイートがさらにひどい
このツイートに対しては大きな批判が寄せられ、16日夜にはTwitter上でもトレンド欄「憲法53条」「臨時国会」が表示される事態となりました。

これを受けて、赤羽大臣は同日23時につぎの釈明ツイートを行っていますが、これも非常にひどい内容です。

私のツイートでお騒がせし、スミマセン
私の申上げたかったことは、「内閣は、臨時国会の召集を決定することができる」のは憲法53条にある通りですが、実際は、臨時国会の開催時期やその期間などについては、与野党の国対委員長間で話し合いが行われ、実施されてきたのが慣例でしたということです。


赤羽ツイート2
(赤羽大臣のTwitterより)
https://twitter.com/AKBhyogo2ku/status/1427282139901427714

赤羽大臣はこの釈明ツイートで、「臨時国会の開催時期などについては与野党の国対委員の話し合いで決定し実施される」という国会の実務を紹介し、同日9時頃の「臨時国会を開催する権限は内閣にはない」という自身のツイートは間違いではないと主張しています。

3.憲法53条後段に基づく少数議員の要求による内閣の臨時国会の召集
しかし、現在の日本政治で大問題となっているのは、赤羽大臣のツイートにある「内閣は、臨時国会の召集を決定することができる」との憲法53条前段の話ではなく、同53条後段の「いづれかの議院の総議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない。」の話です。

つまり、7月16日には野党各党が憲法53条後段に基づき、議員の四分の一以上の議員の要求として、臨時国会(臨時会)の招集を内閣に求めているにもかかわらず、菅内閣が1か月を経過しても臨時国会を召集していないことが憲法違反だと社会的非難を受けているのに、赤羽大臣がまるでこれを理解できていない釈明ツイートをしているのは、ひどいとしか言いようがありません。

そもそも内閣が憲法53条後段に基づくいずれかの議院の四分の一以上の議員からの臨時国会を召集せよとの要求があったにもかかわらず、内閣がこれを拒否することは、2015年の安倍晋三内閣にはじまり、その後も漫然と行われて、憲法違反であると社会的批判を受けています。

この点、憲法の解説書によると、憲法53条後段の「法定要件を満たす招集の要求があった場合、内閣は相当の期間内に臨時会を招集する義務を負う。とされています(野中俊彦・中村睦男・高橋和之・高見勝利『憲法Ⅱ 第5版』115頁)。

この憲法53条後段の趣旨・目的は、議院内閣制においては国会の多数派の意思は内閣により実現されやすいが、国会の少数派の意思は実現されにくいため、この少数派の意思を守るためであるとされています(芹沢斉・市川正人・坂口正二郎『別冊法学セミナーNo210 新基本法コンメンタール憲法』334頁)。

つまり、内閣が少数議員からの臨時国会の召集要求を拒むことは、少数議員に付託している日本国民の少数意見を内閣(行政)が無視することであって、これは少数意見にも配慮した熟議を行わななければならないという議会制民主主義の否定です。

なお、臨時国会を召集せよと要求する議員が招集期日の指定をすることが通常ですが、この招集期日の指定に内閣が拘束されるかは憲法上の論点とされています。

この点、2015年の安倍政権より前の政府の公式見解は、「諸般の状況を勘案して合理的に判断して最も適当と認める招集時期を決定する」として議員側の招集期日の指定に拘束されないとの見解をとっています(芹沢ら前掲334頁)。しかしこの従来の政府の公式見解も、「臨時国会の召集の要求が議員から内閣にあったのに、内閣は臨時国会を召集する義務を負わない」とはしていないのです。

つまり、2015年の安倍内閣以来、ずるずると議員からの臨時国会の召集の要求があったにもかかわらず臨時国会の召集を拒否している安倍内閣・菅内閣の対応は、憲法53条の文言に違反している憲法違反なだけでなく、従来の政府の公式見解にも違背しています。

4.まとめ
このような最近の内閣の憲法違反の行為を、現職大臣の赤羽氏がまったく理解できていないかのツイートを繰り返していることは大問題であるといえます。内閣の憲法違反の大問題や、憲法53条の条文上の知識すら理解していない赤羽大臣は、国務大臣としての資質に重大な問題があるのではないでしょうか。

■関連する記事
・コロナ対策のために患者の入院制限を行う菅内閣の新方針について考えた
・自民の横浜市議の山本たかし氏が住民に「他に引っ越せ」とツイートして炎上してる件
・西村大臣の酒類販売事業者や金融機関に酒類提供を続ける飲食店との取引停止を求める方針を憲法・法律的に考えた
・デジタル庁の事務方トップに伊藤穣一氏との人事を考えた(追記あり)
・「法の支配」と「法治主義」-ぱうぜ先生と池田信夫先生の論争(?)について考えた

■参考文献
・野中俊彦・中村睦男・高橋和之・高見勝利『憲法Ⅱ 第5版』115頁
・芹沢斉・市川正人・坂口正二郎『別冊法学セミナーNo210 新基本法コンメンタール憲法』334頁
・安倍政権が臨時国会を開かないのは憲法違反である|南野森













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健康医療戦略本部トップ画面
(政府の健康・医療戦略推進本部サイトより)

1.「内閣府健康・医療戦略推進事務局次世代医療基盤法担当」から個人情報保護委員会へのパブコメ意見!?
このブログで少し前に、個人情報保護委員会(PPC)の、本年5月から6月にかけて実施された、令和2年改正の個人情報保護法ガイドラインのパブコメの結果について取り上げました。
・令和2年改正個人情報保護法ガイドラインのパブコメ結果を読んでみた(追記あり)-貸出履歴・閲覧履歴・プロファイリング

・「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編、外国にある第三者への提供編、第三者提供時の確認・記録義務編及び匿名加工情報編)の一部を改正する告示」等に関する意見募集の結果について|個人情報保護委員会・e-GOV

このブログ記事の最後にも追記したのですが、このこのパブコメ結果でひときわ異様なのは、法人・個人や各種団体などからの意見にまじって、「内閣府健康・医療戦略推進事務局次世代医療基盤法担当」からのパブコメ意見が大量に提出されていることです。PDFファイル上で検索するとなんと31件もあるようです。

しかも、他の個人・法人のほとんどが、PPCのパブコメ要綱を遵守して「意見」・「理由」を分けて丁寧な文言で意見や質問などを提出しているのに、この内閣府健康・医療戦略推進事務局の担当者は、意見・理由を分けずに、上から目線のあまり上品でないだらだらとした言葉使いで31件もの意見を提出しています。

さらにパブコメ結果を読んで驚くことは、この内閣府健康・医療戦略推進事務局の担当者は、個人情報保護法の法律の条文の文言上の理解すらまともにできておらず、おそらく個人情報の取扱を実務上も経験したことがないような、官僚というよりまるで大学の法学部1年生か何かのような素人質問をPPCに対して、まるで顧客が企業の無料ヘルプデスクに電話で質問するかのように、カジュアルに投げつけていることです。
内閣府5
ガイドライン(通則編)のパブコメ結果275。内閣府の担当者は法23条2項のオプトアウトによる第三者提供に関して「いちいち事業者が本人に対して通知を行わねばならないことは面倒である」という趣旨の意見を述べていますが、PPCも回答しているように、法23条2項は「通知または公表」と規定しており、事業者に「通知」を義務付けていません。)

内閣府1
ガイドライン(通則編)のパブコメ結果15。内閣府の担当者は、「6か月未満で消去する情報は個人情報でないのに、ガイドライン案が個人情報としているのは何故か?」との趣旨の質問をしていますが、これは令和2年の個人情報保護法の改正法の条文をまったく読まずに個情法ガイドラインのパブコメ意見を書いているとしか思えません。こんないいかげんな仕事ぶりでも内閣府の官僚は務まるのでしょうか?)

加えて一番驚くべきことは、この内閣府の担当者の質問の多くが、「現場の負担の軽減のために」などを理由に、ひたすらに個人情報取扱事業者サイドに立って、事業者側の義務の削減を要求する内容であることです。
内閣府4
ガイドライン(通則編)のパブコメ結果260個人情報漏洩が発生・発覚した場合の事業者の本人への通知(=漏洩の事実の報告や謝罪など)について、内閣府の担当者は、「現場の負担の軽減のため」として、事業者側に金銭的余裕がない場合などは、本人への通知をしなくてよいようにせよ等と驚くべき要求をしています。事業者が本人から個人情報を収集しておきならが漏洩事故を発生させたのに、「現場の負担の軽減のため」に、被害を受けた本人に漏洩した事実の報告や謝罪などをしなくてもよいようにせよとは、内閣府は国民を国・大企業のために個人情報を生成する家畜か何かだと思っているのでしょうか?

そもそも次世代医療基盤法とは、国民個人のカルテや処方箋、各種検査結果などのセンシティブな個人情報である医療データを国が一元的に収集し、当該医療データをIT企業(NTTデータ等)や製薬企業などに第三者提供し、AI分析などで研究開発等を行わせて、日本の経済発展の起爆剤にしようという内容の法律です。(なお、次世代医療基盤法は、センシティブ情報である患者の医療データの収集や第三者提供を行うものなのに、患者本人の同意は「黙示の同意」でよいとしているなど、さまざまな問題をはらんでいます。)

次世代医療基盤法の全体像2
(次世代医療基盤法の概要図、内閣府サイトより)

■関連する記事
・健康保険証のマイナンバーカードへの一体化でカルテや処方箋等の医療データがマイナンバーに連結されることを考えた

しかし、国民個人のセンシティブな個人情報である医療データを利活用する以上、個人情報の取扱に関しては厳格なスタンスが要求されるはずですが、その監督部署である内閣府健康・医療戦略推進事務局次世代医療基盤法担当の担当者が個人情報保護法の素人レベルで、かつ非常にIT企業や製薬会社などの事業者寄りの姿勢丸出しであることは、本当に大丈夫なのでしょうか?

このようないい加減な国の体制で、次世代医療基盤法などへの国民・患者の信頼は確保できるのでしょうか?大いに心配です。

2.内閣府が個人情報保護委員会のパブコメにカジュアルに意見を提出してよいのか?
また、そもそも内閣府がPPCのパブコメにカジュアルに意見を提出してよいのだろうか?とも疑問になります。

この点、国など行政機関のパブコメ制度(意見公募手続の制度)について規定する行政手続法39条1項は、規則案などに対して、広く一般の意見を求めなければならない」と規定しており、この「広く一般の意見」とは、「意見を提出できるのは、国民一般に限らず、外国人や外国政府なども含まれる」(櫻井敬子・橋本博之『行政法 第6版』209頁)とされており、法律上は内閣府などが意見を提出することも許されるようです。

しかし、首相直下の大きな権力を握る内閣府が大量に意見を提出することは、パブコメを行う官庁への不当な介入となってしまい、当該パブコメの公平性・中立性が阻害されるのではないでしょうか。それはひいては、国の個人情報保護行政や、デジタル行政などの公平性・中立性を害するのではないでしょうか。

3.法治主義・「法律による行政の原則」
現にこのパブコメ結果を見ると、内閣府の担当者は個人情報取扱事業者ばかりに有利になるような質問・意見を大量に寄せていますが、これは個人情報に関して、個人の権利利益・人権保障と利用する事業者とのバランスを取ろうとする個人情報保護法の趣旨・目的(法1条、3条)に反しているばかりでなく、事業者の利益だけでなく国民個人の権利利益や人権保障をも重視しなければならないという、内閣府などの国・行政・公務員の中立性・公平性(国家公務員法96条1項、憲法15条2項「公務員は全体の奉仕者であり一部の奉仕者ではない」)が損なわれている憲法・法令上、危険な状態なのではないでしょうか?

このように、この令和2年改正の個人情報保護法ガイドラインのパブコメ結果にあるような、内閣府健康・医療戦略推進事務局次世代医療基盤法担当の行動は、憲法や、国家公務員法などの行政法の趣旨を不当に軽視するものであり、法治主義や「法律による行政の原則」(憲法41条、65条など)などの観点から非常に危ういものであり、大いに疑問です。

7月上旬には新型コロナ対応に関連して、西村康稔経済担当大臣酒類販売事業者や金融機関などに対して特措法などの法令を逸脱した無茶苦茶な要請を行い、「法の支配」法治主義「法律による行政の原則」(憲法41条、65条など)などの近代民主主義国家の大原則を軽視するものだと大きな社会的批判を浴び、西村大臣ら政府は要請の撤回に追い込まれたばかりです。(また最近、菅首相らは、コロナ患者の入院制限の方針を公表しましたが、これも国民の生存権の保障や公衆衛生などを国の任務とする、憲法25条や厚労省設置法、特措法などに抵触する違法・不当なものであり、法治主義の原則に反すると思われます。)

同様に、内閣府の担当者達も、自分達は国家権力の中枢にいるのだから、憲法や法律はどうとでもできるといった、戦前の日本やドイツなどのような、国家主義・全体主義的な形式的法治主義・外見的法治主義の考えに陥ってしまっているのではないでしょうか。第二次世界大戦が招いた国内外の甚大な犠牲をみるように、政府の中枢がそのような状態に陥っていることは、国民や国家にとって非常に危険な状態です。

■追記(2021年8月27日)
本ブログ記事で取り上げた、個人情報保護委員会の令和2年個人情報保護法ガイドライン改正のパブコメへの「内閣府健康・医療戦略推進事務局次世代医療基盤法担当」から大量のパブコメ意見が提出されている件については、8月27日午後に、私より内閣府健康・医療戦略推進事務局に電話で照会し、同事務局より、「内閣府健康・医療戦略推進事務局次世代医療基盤法担当より個人情報保護委員会のパブコメに意見を提出したことは間違いない」との回答を得ています。

■関連する記事
・令和2年改正個人情報保護法ガイドラインのパブコメ結果を読んでみた(追記あり)-貸出履歴・閲覧履歴・プロファイリング
・「法の支配」と「法治主義」-ぱうぜ先生と池田信夫先生の論争(?)について考えた
・西村大臣の酒類販売事業者や金融機関に酒類提供を続ける飲食店との取引停止を求める方針を憲法・法律的に考えた
・コロナ対策のために患者の入院制限を行う菅内閣の新方針について考えた
・個人情報保護法ガイドラインは図書館の貸出履歴なども一定の場合、個人情報や要配慮個人情報となる場合があることを認めた!?
・2020年の個人情報保護法改正に関するガイドライン改正に関するパブコメについて意見を書いてみた-FLoC・プロファイリング・貸出履歴・推知情報・データによる人の選別
・CCCがT会員規約やプライバシーポリシーを改定-他社データと組み合わせた個人情報の利用・「混ぜるな危険の問題」
ドイツで警察が国民のPC等をマルウェア等で監視するためにIT企業に協力させる法案が準備中-欧州の情報自己決定権と日米の自己情報コントロール権















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