1.改正個人情報保護法
『週刊東洋経済』2021年3月6日号64頁に、2020年に改正のあった個人情報保護法についての解説記事(「22年施行 情報の「利用」を重視する 個人情報保護の規制強化」)が掲載されていたので読んでみたところ、いくつか気になる点がありました。
本記事は、新卒の就活生の採用において、リクルートキャリア社が分析し販売した就活生の「内定辞退予測データ」をトヨタなどの採用企業が購入して利用していたことが2019年に発覚し、大きな社会問題となったいわゆる「リクナビ事件」やDMP(Data Management Platform)業務を中心的な題材として改正個人情報保護法の解説を行っています。
2.個人関連情報
本記事は、DMPベンダー企業(C社)のサーバーに、A社、B社などさまざまな企業のサイトを閲覧したユーザー・顧客の閲覧履歴が顧客のcookieなどの顧客IDごとに蓄積されてゆき、DMPベンダー企業C社がこの蓄積された閲覧履歴のデータを分析してゆくと、それぞれの顧客がその顧客IDごとに、例えば「40代であり、男性で、自動車に興味がある」などと推測・プロファイリングすることができるとしています(分析結果データ)。
(「週刊東洋経済」2021年3月6日号65頁より)
そして、C社からこれらの分析結果データを購入したB社は、B社のサーバーに蓄積されたCookieなどの顧客IDや自社の顧客DBなとと情報を突合・名寄せを行い、顧客の実名等を割り出し、マーケティング活動などを行うとしています。
その上で、本記事は、(顧客IDが)「1234のユーザーが40代男性で自動車に興味があるという情報は、まさに個人関連情報だ」としています。
ところで、今回の法改正で新設された、個人関連情報とは、「生存する個人に関する情報であって個人情報、匿名加工情報および仮名加工情報のいずれにも該当しないもの」と定義されています(改正個人情報保護法26条の2第1項かっこ書き)。解説書は、個人関連情報について、「氏名等と結びついていないインターネットの閲覧履歴、位置情報、Cookieなど」が個人関連情報の具体例であるとしています(佐脇紀代志『一問一答令和2年改正個人情報保護法』62頁)。
この点、本記事の説明における、DMPベンダー企業のC社のサーバーに収集された、ユーザーのCookieなどの顧客IDやサイト閲覧履歴などのデータは、まさに個人関連情報ですが、それらの情報・データをC社が分析した結果である、「1234のユーザーが40代男性で自動車に興味があるという情報・データ」は、個人関連情報ではなく、個人情報(個人情報保護法2条1項1号)なのではないでしょうか。
つまり、個人情報とは、「生存する個人に関する情報」であって、「特定の個人を識別することができるもの」です(法2条1項1号)。ここでいう「特定の個人を識別することができる」とは、「生存する具体的な人物と情報との間に同一性を認めることができること」(個人情報保護委員会・個人情報ガイドラインQ&A1-1)であり、特定の個人の「実名」等を識別できることまでは要件とされていません。すなわち、例えば防犯カメラの映像データにおいて、映っている人物の顔や身体的特徴などの「識別のための情報」によって、特定の個人がいわば「この人」であると識別できる場合には、当該個人の実名等が不明であっても、その情報は個人情報となります(岡本久道『個人情報保護法 第3版』72頁)。また、事実そのものを示す情報(事実情報)だけでなく、人事考課のような判断・評価を表す情報(評価情報)も個人情報に該当します(岡本・前掲69頁)。
そのため、DMPベンダー企業C社において、Cookieなどの顧客IDによって特定の個人を「この人」と識別できるうえに、閲覧履歴などを評価・分析した評価情報である「顧客ID1234のユーザーが40代男性で自動車に興味があるという情報・データ」はやはり個人情報であると考えられます。したがって、これらの分析結果の情報を個人関連情報としている本記事は不正確ではないかと思われます。
なお、本記事65頁は、Cookieについて「ブラウザに保存されるテキスト形式の情報のことであり、顧客IDなどを保存するのに使われる」と解説していますが、Cookieが保存されるのは正確にはブラウザではなくパソコンやスマホのストレージ(記憶装置)であると思われます。
(DMPの事業については、従来、Cookieなどは個人ではなくブラウザに付番された情報であるので個人情報ではないという説明がなされてきたようです。しかし、共用のパソコンなどであればともかく、個人のスマートフォンなどは「一人一端末」であることがほとんでであると思われ、その場合、Cookie等の情報は限りなく個人情報そのものと考えられます。)
3.仮名加工情報
本記事66頁は、仮名加工情報とは、「個人情報から、①氏名等、②個人識別符号(生体認証情報やマイナンバー等)、③クレジットカード番号や銀行口座番号など、を削除した情報である」と解説しています。
この点、仮名加工情報について、改正法2条9項は
改正個人情報保護法
2条9項
この法律において「仮名加工情報」とは、次の各号に掲げる個人情報の区分に応じて当該各号に定める措置を講じて他の情報と照合しない限り特定の個人を識別することができないように個人情報を加工して得られる個人に関する情報をいう
一 第一項第一号に該当する個人情報 当該個人情報に含まれる記述等の一部を削除すること(後略)
二 第一項第二号に該当する個人情報 当該個人情報に含まれる個人識別符号の全部を削除すること(後略)
と規定しています。つまり、個人情報については個人情報の記述の一部を削除し、個人識別符号に該当する個人情報については個人識別符号の全部を削除したもので他の情報と照合しない限り特定の個人を識別できないよう加工されたものが仮名加工情報です。「クレジットカード番号や銀行口座番号など」は、個人情報(個人識別符号)の一部として明確化がなされるように前回(平成27年)の個人情報保護法改正の際に盛り込まれようとしたものの、経済界の一部の強い反対によりお蔵入りとなったものです。そのため、「個人情報から、③クレジットカード番号や銀行口座番号などを削除した情報」としている本記事は、③の部分については正確でないように思われます。(この点は今後制定される、個人情報保護委員会の施行令・施行規則で明らかになると思われます。)
また、本記事66頁は、「仮名加工情報に加工しておけば、(略)本人からの開示や利用停止等の請求の対象にならない」ことが「企業にとって前向きな改正」と解説しています。
この点、本記事の筆者である影島広泰弁護士は、「本人による開示請求、利用停止・消去請求への対応」『ビジネス法務』2020年8月号38頁においても、「仮名加工情報については、15条2項(利用目的の変更)、22条の2(漏えい等の報告)、27条から34条まで(開示・利用停止等の保有個人データに関する本人の権利)の規定は適用されないとされている(改正法35条の2第9項)。したがって、本稿で述べてきた開示請求や利用停止等の請求への対応が難しいデータについては、仮名加工情報に加工して保有・利用するというのが、有力な解決策の1つとなると考えられる。」と解説しておられます。
しかし、仮名加工情報は、例えば製薬会社などの製薬の研究開発のため、企業内部におけるデータ利用などを想定し、企業などの個人情報取扱事業者としての義務を緩和するものです。そのため、仮名加工情報を利用する際に当該企業が他の情報と照合するなどして本人を識別するは禁止されますし(識別行為禁止義務)、第三者提供も禁止されています(改正法35条の2第7項)。また、仮名加工情報のなかの連絡先などの情報を利用することも禁止されています(改正法35条の2第8項)。
もし影島氏が、企業からみて好ましくない顧客のリスト表などの個人情報・個人データを匿名加工情報にすべきだと考えておられるのであれば、しかしそのような個人情報は匿名加工情報に加工しても、個人を特定する用途には利用できませんし、第三者提供もできませんし、さらに連絡先を利用することも禁止されているので、結局、このような各種の用途には利用できず無意味なデータとなってしまうのではないでしょうか。
あるいは、「顧客から隠すために保有個人データを匿名加工情報に加工する」という行為は、今回新設された不適正利用の禁止規定(改正法16条の2)に抵触するのではないでしょうか。
4.閲覧履歴などを採用選考に利用できるのか?
さらに、本記事は、就活生からの本人の同意さえ取れば、リクナビ事件のようなネット閲覧履歴等も企業が採用選考に利用できることを前提として書かれているようです。
しかし、就活生本人から同意を取得すれば、たしかに個人情報保護法はクリアできるかもしれませんが、「採用選考に思想信条や内心等に関連する情報の取得はしてはならない」「社会的差別のもととなる情報を取得してはならない」「本人の仕事をする能力についてのみ採用選考をすること」等としている職業安定法などの労働法に抵触し、やはりネット閲覧履歴等を採用選考に企業などが利用することは許されないのではないでしょうか(職安法5条の4、同法3条、厚労省指針通達労働省平成11年第141号第4、厚労省「公正な採用選考の基本」、浜辺陽一郎『労働法実務相談シリーズ10 個人情報・営業秘密・公益通報』98頁、100頁)。
・厚労省指針通達(平成11年労働省告示第141号)|厚労省
・公正な採用選考の基本|厚労省
厚労省指針通達平成11年労働省第141号
第4 法第5条の4に関する事項(求職者等の個人情報の取扱い)
1 個人情報の収集、保管及び使用
(1) 職業紹介事業者等は、その業務の目的の範囲内で求職者等の個人情報(以下単に「個人情報」という。)を収集することとし、次に掲げる個人情報を収集してはならないこと。ただし、特別な職業上の必要性が存在することその他業務の目的の達成に必要不可欠であって、収集目的を示して本人から収集する場合はこの限りでないこと。
イ 人種、民族、社会的身分、門地、本籍、出生地その他社会的差別の原因となるおそれのある事項
ロ 思想及び信条
ハ 労働組合への加入状況
(2) 職業紹介事業者等は、個人情報を収集する際には、本人から直接収集し、又は本人の同意の下で本人以外の者から収集する等適法かつ公正な手段によらなければならないこと。
(以下略)
つまり、DMP事業者は数千、数万のサイトから情報を収集し、分析したデータをターゲティング広告などに利用しています。そして収集されたネットの閲覧履歴などは、就活生の就職活動に関するデータだけでなく、就活生の趣味嗜好や思想信条、政治的傾向、愛読書や好きなアーティスト等などの情報や、あるいは本人の人種、性別、出身地などのさまざまな情報が含まれます。
しかし、企業等が採用選考にあたり、「思想信条、趣味嗜好、政治的傾向、労働組合歴、愛読書、尊敬する人物」などの情報や、「人種、性別、肌の色、出身地、親の職業・資産状況」などの情報で選考してはならないと職業安定法などが規定しているのは、日本が「個人の尊重」(憲法13条)や内心の自由(19条)や平等原則(14条)などの基本的人権の確立(11条、97条)を掲げる自由主義、民主主義の国家だからです。企業などは、個別の国民から本人同意を取得することはできても、国会による改正などを経ない限り、職業安定法や憲法あるいはわが国の国家のあり方を変えることはできないからです。
そのため、採用側の企業が就活生などから本人の同意を取得することで、かりに個人情報保護法をクリアすることができたとしても、閲覧履歴などの個人の内心に関する情報や社会的差別の原因となるおそれのある情報を、企業が採用選考のために収集し利用することはやはり許されないことになります。
(そのことは、ネット上の情報を収集して業務を行っている、LAPRASなどのネット系人材紹介会社にも同様にあてはまると思われます。)
■参考文献
・佐脇紀代志『一問一答令和2年改正個人情報保護法』62頁
・岡村久道『個人情報保護法 第3版』72頁、69頁
・浜辺陽一郎『労働法実務相談シリーズ10 個人情報・営業秘密・公益通報』98頁、100頁
・高木浩光「個人データ保護とは何だったのか」『世界』2019年11月号55頁
・影島広泰「情報の「利用」を重視する 個人情報保護の規制強化」『週刊東洋経済』2021年3月6日号64頁
・影島広泰「本人による開示請求、利用停止・消去請求への対応」『ビジネス法務』2020年8月号34頁
・厚労省指針通達(平成11年労働省告示第141号)|厚労省
・公正な採用選考の基本|厚労省
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