1.広島大学の伊藤隆太特任助教がTwitter上で差別ツイート
2021年8月11日付の朝日新聞などの報道によると、広島大学大学院人間社会科学研究科の政治学者の伊藤隆太特任助教(@RyutaIto4)が、7月30日にTwitter上で「道徳的に劣っている中国人をまともに相手にする必要はない」などと差別的なツイートを行い、ネット上では反差別団体が伊藤氏の解雇を求めるネット署名活動などを行っています。
・広島大助教が差別的投稿 大学は問題視「許されない」|朝日新聞

伊藤隆太ツイート01
(伊藤隆太氏のツイート、Cange.orgより)
・「道徳的に劣っている中国人をまともに相手にする必要はない」と発言した大学教員の解雇と再発防止を求めます。|Cange.org

また、ネット上では、7月26日の伊藤氏の「生まれと育ち」に関する、「良い遺伝子を持つ人は良い家柄である可能性が統計学的に高いし、これが世代を経て強化されていくので、「生まれ」と「育ち」は正の相関をすることになる。」とのツイートも注目され、多くの批判が寄せられています。

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つまり、伊藤氏の主張は「統計学」を援用していますが、そのような統計学的あるいは科学的なエビデンスが本当に存在するのか、また、伊藤氏の主張は「アーリア人の優越」を主張しユダヤ人や障害者などを収容所に送り込んだ、ナチスドイツの優生思想と同じなのではないか、などの批判が寄せられています。

このような社会的批判を受けて、伊藤隆太氏は上の外国人への差別ツイートを削除するとともに8月10日付で謝罪のツイートをしているようです。そして、広島大学は8月11日付でプレスリリースを大学サイト上で公表しています。このリリースによると、広島大学は8月11日に臨時役員会を開催し、学外有識者も加えた調査会を設置することを決定したとのことです。この調査会の調査や報告を受けて、今後、伊藤氏への懲戒処分などを決定するものと思われます。

広島大学プレスリリース
(広島大学サイトより)
・【お詫び】本学教員による不適切なツイッター投稿について|広島大学

2.進化論など自然科学や心理学を重視した「進化政治学」
researchmapの伊藤隆太氏のページをみると、伊藤氏は2009年に慶應義塾大学法学部政治学科を卒業し、同年、同大学大学院の法学研究科政治学選考に進学し、2017年に法学博士の学位を取得しているようです。
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(researchmapの伊藤隆太氏のページより)
・伊藤 隆太|researchmap

また同サイトをみると、伊藤氏は広島大学だけでなく、慶應義塾大学海上自衛隊幹部学校跡見学園女子大学東洋英和女学院大学東京都市大学などでも非常勤講師として教鞭をとっているようです。

ところで、同サイトの基本情報の伊藤氏のプロフィールをみると「思想・哲学(科学哲学、道徳哲学等)自然科学(進化論、心理学、脳科学、生物学等も研究し、学際的研究に従事。自然科学をベースにした社会科学理論研究思想研究を行っている。」と記載されていることが目につきます。

広島大学サイトの研究者紹介の伊藤氏のページの教育内容・研究内容の部分にはこの点がより詳しく説明されています。

伊藤隆太教育研究内容
(広島大学サイトより)
・助教 伊藤 隆太(ITO Ryuta)|広島大学

つまり、この広島大学の教員紹介ページによると、伊藤隆太氏の研究する「進化政治学」とは、従来の政治学と異なり、「人の心のあり方の分析」自然科学とくに進化論を重視するものであるそうです。

そして、伊藤氏によると、戦争人間本来の悲惨さに由来するもので、平和とはそれが環境的要因(教育、リテラシー等)により相殺されることで起きる現象」であるとされています。

さらに、伊藤氏が研究する新しい国際政治学とは、「人間の心理、感情、バイアスなど」を重視し、「科学的実在論」に基づき、「シニカルな相対主義」を否定し、「理論とは近似的真理に漸進的に接近するもの」であるという「リベラル啓蒙主義」の立場をとるものであるそうです。

もちろん、「人の心のあり方」や「人間の真理、感情、バイアス」や、進化論、脳科学などの自然科学や心理学などを重視した政治学の研究を行うこと大いに結構なことだと思われますが、しかし伊藤氏の、進化論、脳科学などの自然科学の知識や理解が本当に正しいものなのか疑問です。

また、「戦争は人間本来の悲惨さに由来するもので、平和とはそれが環境的要因により相殺されるもの」との伊藤氏の主張は、19世紀のイタリアの、人間の遺伝外見などを過度に重視し、"犯罪は遺伝によるものであり、犯罪者の遺伝子を持つ人間は社会的に排除・隔離を行うべき"と主張した、ロンブローゾ―刑法学を連想させます(大塚仁『刑法概説(総論) 第4版』24頁)。

当時は、産業革命などにより多数の貧困層が発生するなど、新しい社会問題に対して、自然科学的なアプローチをとる社会科学が非常に盛んになっていました。しかし、ロンブローゾ―の刑法学は、当時の他の刑法学者達だけでなく、科学者達からも「科学的でない」と批判されていました。

さらに、「科学的実在論」にたち、「理論は真理に漸進的に接近する」とする進歩主義の伊藤氏の「リベラル啓蒙主義」は、これも18世紀の欧米の啓蒙主義思想を連想させます。

3.18世紀の啓蒙主義思想に先祖返り?
人間の理性や良心や自然科学などを重視する18世紀の啓蒙主義思想は、フランス革命やアメリカ独立戦争などの理論的支柱となり、自由主義・平等主義・立憲主義などに基づく近代民主主義社会を生み出しました。

しかし啓蒙主義思想による、自由主義に基づく経済発展至上主義や、理性や良心、自然科学を重視し、「未開社会は西洋社会に比べて劣っている」という進歩主義の価値観は、西欧や日本などの列強諸国のアジア・アフリカの植民地支配などの帝国主義を許し、第一次世界大戦・第二次世界大戦やその後の冷戦の世界を招いてしまいました。

これに対しては、1970年代、80年代以降、レヴィ・ストロースらの構造主義などの学者達が、西洋中心的な考え方を批判し、相対主義や寛容さの重要性が世の中に広まりつつあったと思われます。最近の世界のコロナ禍や地球温暖化なども、経済発展至上主義、科学技術至上主義などの行き過ぎた西欧的な価値観の招いた問題ではないかと批判がなされているところです。

ところが、現代の日本の名門大学の慶応義塾大学で、政治学だけでなく自然科学、哲学、心理学、脳科学などの研究に打ち込んできたはずの現代日本の知識人の伊藤隆太氏が、外国人に対して差別発言を行ったり、正しいと思えない自然科学や統計学などを持ち出して「遺伝と育ち」に関する優生思想的な主張を行っていることは、まるで18世紀や19世紀ごろの科学主義的な社会科学の思想に「先祖返り」してしまっているようで、非常に奇異なものを感じます。

さらに伊藤氏はTwitterで外国人差別や優生思想的な主張をしていますが、これは自由主義平等主義民主主義、個人の尊重基本的人権の確立を掲げる近代憲法の基本原則に反しており、つまり伊藤氏の主張や学問は、18世紀の近代どころか、中世以前に逆戻りしているのではないでしょうか。

日本の現行憲法も、国民の個人の尊重と基本的人権の確立を国家の目的として掲げる近代憲法(近代立憲主義憲法)の一つです(憲法11条、97条)。国民個人はこの世に生まれただけで一人一人人間として尊いのであり、国民はそれぞれ違う個性を持った人間としてその個性を尊重されます(個人の尊重・基本的人権の確立・憲法13条)。そして、国籍や人種、肌の色などによるあらゆる差別は禁止されます(平等原則・憲法14条1項)。教育基本法4条1項も教育上の差別を禁止しています。

もちろん、学問の自由大学の自治は憲法上保障される重要なものです(憲法23条)。しかしだからこそ、学者や研究者の方々や大学関係者の方々は、自らの学問や研究、教育などが上でみたような近代憲法の基本原則に抵触していないかどうか、自律して自ら検証を行う必要があるのではないでしょうか。

なお、若手学者の差別発言に関しては、2020年1月に東京大大学院情報学環・学際情報学府のAI学者の大澤昇平特任准教授が、「私の会社では中国人は採用しない」などの差別的な発言をTwitter上で繰り返し、東京大学から懲戒解雇となったことが社会的注目を集めたばかりです。

また、一見科学的・学問的なものを盲目的に信じる幼稚な「優生思想」は、最近の日本社会で、「人工透析患者はそのまま殺せ!」と主張したアナウンサーで元日本維新の会の長谷川豊氏、「健康な人の健康保険料を優遇すべき」との「健康ゴールド免許」制度を2016年に主張した小泉進次郎・環境大臣や、2020年7月に「大谷翔平選手や藤井聡太棋士や芦田愛菜さんみたいなお化け遺伝子を持つ人たちの配偶者はもう国家プロジェクトとして国が専門家を集めて選定するべき」とTwitterに投稿した音楽グループRADWIMPSの野田洋次郎氏など、与党側の政治家や有名人、芸能人など、社会的に大きく成功した人々などの発言にしばしば見受けられます。
RAD野田ツイート
(野田洋次郎氏のTwitterより)

経済発展や科学技術の発展、「社会の進歩」ばかりを重視する日本の学識者や与党・与党よりの政治家の方々、経済界の方々や、有名人、芸能人など社会的に成功したセレブの方々などは、今一度、自分の考え方が18世紀、19世紀の思想に先祖返りしていないか、一見科学的なものや学問的なものを信じて、反知性主義に陥っていないか等について再検討が必要なのではないでしょうか。

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