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1.はじめに
ネット上のウェブサイト(Googleの口コミ)への投稿記事を第三者が本人に「なりすまし」て行ったものであると認定し、当該ウェブサイトの管理・運営者(Google)への当該投稿記事の削除請求を認めた興味深い裁判例(大阪地裁令和2年9月18日判決)が、『判例時報』2505号(2022年3月1日号)69頁に掲載されていました。

2.事案の概要
被告Y(Google)は、Googleアカウントを有する者であれば誰でも自由に店舗、施設等についての感想や評価等の口コミを投稿できる機能(Googleの口コミ)を提供・運営している。アカウント名はアカウントを有する者(ユーザー)が自由に設定でき、本件サイトではアカウント名が口コミの投稿者として表示される。

原告Xは、本件整骨院に通院している患者であり、河野花子という名前の患者は本件記事が投稿された前後の時期においてXのみである。本件投稿は遅くとも平成30年12月13日になされた。その後、Xは、本件投稿を閲覧した近隣住民から、「本件整骨院の悪口を書き込んでいるのではないか」と言われ本件投稿を知った。Xは自宅を一歩でれば近所の住民から何を言われるかと恐れながら生活する状況に陥り精神的苦痛を受けた。

Xは平成31年2月8日に本件投稿記事についてYに対して発信者情報開示の仮処分命令申立てを行った(別件保全事件)。これに対して東京地裁は令和元年5月7日、発信者情報を仮に開示することを命じる仮処分決定を行った。しかしYは同年同月29日にXに対して「開示を命じられた発信者情報が確認できない」との回答を行った。これに対してXは別件保全事件を取り下げ、本件投稿記事の削除と損害賠償の請求をYに対して求めて提訴したのが本件訴訟である。

3.判旨
本判決は、つぎのように判示して、本件投稿記事の削除請求を認める一方で、損害賠償責任は認めなかった。

(1)争点1(人格権に基づく本件投稿記事の削除請求権が認められるか)
『氏名は、社会的にみれば、個人を他人から識別し特定する権利を有するものであるが、同時に、その個人からみれば、人が個人として尊重される基礎であり、その個人の人格の象徴であって、人格権の一内容を構成するものというべきであるから、人は、その氏名を他人に冒用されない権利を有するところ、かかる権利は、不法行為上、強固なものとして保護されると解される(最高裁判所昭和63年2月16日第三小法廷判決・民集42巻2号27頁参照)。』(略)

『以上によれば、Xは、他人に氏名を冒用されない権利を違法に侵害されたといえるから、利用規約により本件サイトに投稿された記事につき一定の削除権限を有するYに対し、人格権に基づき本件投稿記事の削除を請求できる。』

(2)争点2(Yは不法行為に基づく損害賠償責任を負うか)
『Yが、別件申立てにより、本件投稿記事の存在を認識し、Xが氏名を冒用されない権利を侵害されている可能性を認識しえたとしても、本件投稿記事がXのなりすましによるものであることをYにおいて最終的に判断し得る情報が提供されたとまでは言えないから、その時点でXが他人に氏名を冒用されて本件投稿記事が投稿されたことを認識できたとはいえない。』『Yが…本件投稿記事を削除する条理上の義務を負っていたと認めることはでき(ない)。』

4.検討
氏名を他人に冒用されない権利は人格権(憲法13条)の一つであり、この権利に基づいて侵害行為の排除請求権が認められると本判決が引用している最高裁昭和63年2月16日判決はしています。また最高裁平成18年1月20日判決は、侵害行為の差止請求も認めています。

ところで、人格権としての氏名を他人に冒用されない権利が侵害された場合に、どのような判断基準で削除請求権などを認めるかについては、裁判例は、①氏名を他人に冒用されない権利は強固な権利であるので、氏名を冒用されたことを直ちに認めて、侵害行為の排除等を認める考え方と、②プライバシーに関する事項や名誉棄損に関する事項などと同様に、比較衡量で判断する考え方(最高裁平成29年1月31日判決・判例時報2328号10頁)の二つに分かれるようです。そして本判決は①をとっています。

この点、民法の通説は、人格権を理由とする差止等について、「人格権は生命・身体とともにきわめて重大な保護法益であり、物権の場合と同様に排他性を有する権利である」として、例えば看板の撤去、図書販売の差止めなどの排除などを命じる救済が認められるとしています(潮見佳男『基本講義 債権各論Ⅱ不法行為法 第3版』216頁)。つまり民法の通説は①を採用しているようです。(なおこの差止などの請求権が表現の自由などと衝突する場合には、その調整が必要となりますが、保護法益がプライバシー権などの場合には、現在の判例・多数説はプライバシー権を軽視しすぎであると潮見教授は指摘しています(潮見・前掲)。)

なお、ネット上の「なりすまし」による投稿の問題は、Googleの口コミだけでなく、TwitterやFacebookなどのSNSや、食べログなどの飲食店の情報サイトや人材会社の転職サイトなどでも同様に発生し得る問題であると思われます。これらのSNSなどにおいても、「氏名を冒用」されるような投稿が行われた場合、裁判所に当該投稿の削除等が認められる可能性があるものと思われます。

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■参考文献
・『判例時報』2505号(2022年3月1日号)69頁
・潮見佳男『基本講義 債権各論Ⅱ不法行為法 第3版』216頁