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デジタル庁のマイナンバー法の「規制緩和」法案は、マイナンバー法9条および別表1・2の趣旨・目的から非常に疑問であり、また現在全国で係争中のマイナンバー訴訟の裁判所の判断に抵触しているおそれがあり、さらに「法律による行政の原則」や法治主義、民主主義の観点からも疑問である。デジタル庁など国は本法案の見直しを行うべきである。
1.マイナンバー法が規制緩和?
2023年1月22日付の朝日新聞の「マイナンバー、法規定緩和へ 用途拡大、法改正不要に デジ庁法案 漏洩リスク、識者「説明を」」によると、デジタル庁はマイナンバーの利用用途を拡大する際に法改正を不要とするための法改正のための法案を本年の通常国会に提出する方針であるそうです。
マイナンバー法は①税、②社会保障、③災害対応、の3つのみに利用目的を限定しており、そのことはマイナンバー法9条および別表1・別表2に限定列挙で規定されています。つまり別表1でマイナンバーを利用できる行政機関とその業務を限定列挙し、別表2でマイナンバーを使って情報連携できる行政機関やその業務を規定しています。
本記事によると、デジタル庁の今回の法案は、別表1に規定された業務に「準ずる事務」であれば法律に規定がなくてもマイナンバーを利用できるようにし、また別表2を法律から政省令に格下げするとのことです。デジタル庁は新型コロナなど新たな事態が起きた際にマイナンバー制度を柔軟に運営できるようにするためと法案の趣旨を説明しているとのことです。しかしこのようなマイナンバー法の「規制緩和」は法的に許容されうるものなのでしょうか?
マイナンバー法
(利用範囲)
第9条 別表第一の上欄に掲げる行政機関、地方公共団体、独立行政法人等その他の行政事務を処理する者(法令の規定により同表の下欄に掲げる事務の全部又は一部を行うこととされている者がある場合にあっては、その者を含む。第四項において同じ。)は、同表の下欄に掲げる事務の処理に関して保有する特定個人情報ファイルにおいて個人情報を効率的に検索し、及び管理するために必要な限度で個人番号を利用することができる。当該事務の全部又は一部の委託を受けた者も、同様とする。
(略)
2.マイナンバー法9条の趣旨・目的から考える
なぜマイナンバー法9条が厳格に利用を制限しているかについて、マイナンバー法の立案担当者の水町雅子先生の『逐条解説マイナンバー法』140頁はつぎのように解説しています。
『個人番号が悪用された場合には、この機能(=幅広い機関が保有する個人情報を名寄せ・突合し、情報検索・情報管理・情報連携を行うことができる機能)ゆえに、行政機関や地方公共団体、民間事業者等を始めとする幅広い機関が保有する大量多種の個人情報が名寄せ・突合され、国家が個人を管理したり、国家に限らずさまざまな機関が個人情報を集約・追跡したり、個人を分析し個人の人格像を勝手に作り上げたりするなど、さまざまな危険が考えられる。』『一般法(=個人情報保護法)では、個人情報を利用できる範囲を限定していないが、本条は、個人番号を利用できる範囲を限定しており、…本条は一般法に規定のない義務であり、個人番号の悪用の危険性に鑑み設けられた規定である。』
(水町雅子『逐条解説マイナンバー法』140頁より)
つまりマイナンバーは官民の幅広い機関が保有する個人情報を名寄せ・突合し、情報検索・情報管理・情報連携を行うことができる機能を有するため、個人番号が悪用された場合、行政や民間が保有する幅広い個人情報が名寄せされ、国・民間企業等が個人を監視したり、追跡を行ったり、個人を分析・プロファイリングして人物像を勝手に作り選別・差別を行う危険があります。そのためマイナンバー法はマイナンバーを利用できる用途や利用できる機関を限定列挙で規定するという厳格な法規制を置いているのです。
このようにマイナンバー法9条および別表1・2はマイナンバー制度の「肝」の部分であるのに、この部分を緩和してしまおうというデジタル庁の方針には、マイナンバーの危険性の防止の観点から非常に疑問を感じます。
また、本記事によるとデジタル庁の本法案は、マイナンバー法9条の別表1に「準じるもの」も利用可能としたり、別表2は法律でなく政省令に格下げしてしまう内容であるそうですが、これではデジタル庁など国の勝手にマイナンバー法9条が改変できるようになってしまい、これは公法の大原則の一つである「法律による行政の原則」(実質的法治主義)がないがしろになってしまうのではないでしょうか。
つまり主権者である国民から選抜された国会議員の国会での審議により法律を作り、行政(政府)にその法律に従わせることにより行政を民主的にコントロールし、もって国民の人権保障を確保しようという国民主権国家の大原則をないがしろにしてしまうのではないでしょうか。これは日本の国民主権・民主主義を軽んじているのではないかと非常に疑問です。
3.住基ネット訴訟・マイナンバー訴訟から考える
住民基本台帳ネットワークが適法であるかが争われた住基ネット訴訟の最高裁平成20年3月6日判決は、その適法性の審査方法として、一つは住基ネットによる個人情報の利用は行政目的として違法とはいえないこと、もう一つとして住基ネットは①システムの技術上の安全性、②十分な法的手当の存在などにより住基ネット制度を合法としています(構造審査)。
住基ネット訴訟最高裁判決(最高裁平成20年3月6日判決)
『また,前記確定事実によれば,住基ネットによる本人確認情報の管理,利用等は,法令等の根拠に基づき,住民サービスの向上及び行政事務の効率化という正当な行政目的の範囲内で行われているものということができる。住基ネットのシステム上の欠陥等により外部から不当にアクセスされるなどして本人確認情報が容易に漏えいする具体的な危険はないこと,受領者による本人確認情報の目的外利用又は本人確認情報に関する秘密の漏えい等は,懲戒処分又は刑罰をもって禁止されていること,住基法は,都道府県に本人確認情報の保護に関する審議会を,指定情報処理機関に本人確認情報保護委員会を設置することとして,本人確認情報の適切な取扱いを担保するための制度的措置を講じていることなどに照らせば,住基ネットにシステム技術上又は法制度上の不備があり,そのために本人確認情報が法令等の根拠に基づかずに又は正当な行政目的の範囲を逸脱して第三者に開示又は公表される具体的な危険が生じているということもできない。』
そして、現在、全国の裁判所で係争中のマイナンバー訴訟では、裁判所はこの住基ネット訴訟の構造審査を援用して、マイナンバー制度を合法であるとしています(仙台高判令3・5・27、大阪高判令4・12・15など)。
そのため、もしデジタル庁など国がマイナンバー法の法規制を緩和する方向で法改正を行った場合、それは裁判所の住基ネット訴訟やマイナンバー訴訟で使われている構造審査に抵触し、裁判所からマイナンバー制度は違法という判断が出されてしまう可能性があるのではないでしょうか。この点もデジタル庁など国の考え方は非常に疑問です。
4.まとめ
このようにデジタル庁のマイナンバー法の「規制緩和」法案は、マイナンバー法9条および別表1・2の趣旨・目的から非常に疑問であり、また現在全国で係争中のマイナンバー訴訟の裁判所の判断に抵触しているおそれがあり、さらに「法律による行政の原則」や法治主義、民主主義の観点からも疑問です。デジタル庁など国は本法案の見直しを行うべきです。
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■参考文献
・水町雅子『逐条解説マイナンバー法』140頁
・山本龍彦「住基ネットの合憲性」『憲法判例百選Ⅰ 第7版』
・櫻井敬子・橋本博之『行政法 第6版』12頁
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