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1.はじめに
2023年3月29日付のライフネット生命のプレスリリース「ライフネット生命保険 JMDCとともに、引受査定業務の効率化に向けた実証実験を開始-AIシステムを用いた引受リスク予測を検証し、将来的にはマイナポータルとの連携も目指す」によると、ライフネット生命は保険の引受審査AIの実証実験を開始するとのことです。AIの引受審査システムにより同社の保険の引受審査部門の事務コスト等が軽減されることや、適正な引受審査がなされること自体は素晴らしいことだと思われますが、この取り組みにはAIによる「データによる人間の選別・差別」の危険がないかが懸念されます。

・ライフネット生命保険 JMDCとともに、引受査定業務の効率化に向けた実証実験を開始(PDF)|ライフネット生命保険株式会社

ライフネット生命の引受審査AIのイメージ図
(ライフネット生命の引受審査AIのイメージ図。ライフネット生命のプレスリリースより)

2.引受審査AIの概要
本プレスリリースを読み、またライフネット生命に電話にて問い合わせたところ、この引受審査AIは、JMDC社が保有する約1200万人の匿名医療データ(検診データ、審査報酬明細データ、入院データ)と、これらの約1200万人の匿名医療データから疑似的に再現したマイナポータル上の「仮想マイナポータルデータ」(検診データ、薬剤データ、医療費データ)とを機械学習させ、生命保険の引受リスクを予測するAIシステムを開発する実証実験であるようです。

また同社は、将来的にはマイナポータル・マイナンバーカードとの連携も目指し、顧客が保険に加入する際の告知において健康診断書の写し等をライフネット生命に提出することに代えてマイナポータルから自動的に「マイナポータルデータ」(検診データ、薬剤データ、医療費データ)を収集し引受審査を行う予定であるようです。なお電話にて確認したところ、同社のこのスキームは金融庁等の許認可を受けたものであるそうです。

3.生命保険の引受
保険は大量の保険加入者の保険料の拠出により万が一の際の保障を行う相互扶助の制度です。そのため生命保険は一定の死亡率や保険事故発生率を基礎として成り立ちます(大数の法則)。そのため保険会社は保険加入者の危険をあらかじめ測定し、その人それぞれが有する危険の程度に応じた保険料の支払いを求め、場合によっては保険の引受を断ったり、保険料の増額や保険金の削減などの条件を付す必要があります。そこで生命保険会社は保険契約の締結にあたり、被保険者となろうとしている人に「告知」を求め、医学的、環境的、道徳的見地から危険選択を行います。これが引受審査です(長谷川仁彦・竹山拓・岡田洋介『生命・傷害疾病保険法の基礎知識』59頁)。つまり、ライフネット生命のこの引受審査AIは、保険会社の医学的な引受審査の機能をAIにより強化・拡大するものであるといえます。

4.AIの「データによる人間の選別・差別」の危険
ところでAIは大量のデータを学習することにより、さまざまな事象の相関関係から対象となる人間を集団(セグメント)に分類するものです。またAIは良心のある人間であれば当然しない判断をする危険性があります。そのため、AIには「データによる人間の選別・差別」を行う危険性があります。さらに機械学習が進んだAIのアルゴリズムは人間が判読することはできないとされており、AIによる判断がなされたあとに、その判断について事業者の人間が理由を説明できない問題があります(山本龍彦『AIと憲法』18頁)。

5.保険法から考える
保険法的にみると、上でみた保険契約締結時の被保険者となろうとする者の告知の義務である告知義務は、あらゆる事柄について保険加入者側が回答義務を負うものではなく、保険会社側が質問した重要な事項に関してだけに保険加入者側が回答すればよい義務とされています(質問応答義務、保険法37条、山下友信・竹濱修など『保険法 第4版』260頁)。

そのため、現行の各生命保険会社の実務では、医学的な告知に関しては、保険会社は被保険者となろうとしている者に対して健康状態に関する質問表に質問していただき、さらに医師や生命保険面接士の診査を受けてもらうあるいは勤務先等の健康診断結果の写しを提出していただくなどの実務が行われています。そして保険会社の引受審査部門は、保険加入者側から提出された告知書や医師の診査結果、健康診断書の写しなどを元に、自社の引受基準と照らし合わせて引受審査を行っています。

ところがライフネット生命が実証実験を行おうとしている引受審査AIは、被保険者となろうとしている者のマイナンバーカード・マイナポータルに紐付けられたこれまでの人生の検診データ・薬剤データ(処方箋データ)・医療費データを突合・分析して引受審査を行うものであり、現行の告知義務を保険会社側有利に拡張・拡大してしまうおそれがあるのではないでしょうか。

つまり、機械学習を行った引受審査AIの集団化・セグメント化により、人間による分析では「引受できない」・「保険料増額または保険金減額などの条件付き」とならなかった人々が、AIの力により生命保険に加入できなかったり、あるいは加入できても保険料が増額される又は保険金額が減額される等の条件付きとなるリスクがあります。これはAIによる「データによる人間の選別・差別」となってしまうのではないでしょうか。

(しかも保険の引受を断られた顧客から「なぜ私は保険に入れなかったのか?」と問い合わせを受けても、ライフネット生命としては「当社のAIがそう判断した以外のことは当社職員にも分かりません」と回答せざるを得ない。)

6.マイナポータルと連携することの問題
さらに、本プレスリリースによると、将来的にはライフネット生命は、マイナポータルから自動的に被保険者となろうとする者について「マイナポータルデータ」(検診データ、薬剤データ、医療費データ)を収集し引受審査を行う予定であるようであり、マイナンバーカードを取得し、ライフネット生命の生命保険に加入しようとする国民は、事実上強制的にマイナンバーカード・マイナポータルに紐付けられたこれまでの全人生の検診データ・薬剤データ・医療費データをライフネット生命に収集されてしまうことになりますが、果たしてそれが妥当なのかという問題もあります。

たしかに最近、マイナンバー訴訟について最高裁はマイナンバー制度は合憲とする判決を出しましたが(最高裁令和5.3.9判決)、同判決はマイナンバーについて検討したのみで、マイナンバーカードやマイナポータルについてはまったく検討していません。

7.保険業法から考える
なお、保険業法は保険商品の許認可の審査基準において、保険の差別禁止や公序良俗違反の禁止などを規定しています(保険業法5条1項3号ロ、ハ)。上でみたとおり、ライフネット生命によると、この引受審査AIの実証実験は金融庁の許認可を受けたものであるとのことですが、金融庁や個人情報保護委員会などにおいて、この引受審査AIが保険業法5条1項3号などの規定に照らして問題ないと十分に検討されたのか疑問が残ります。

8.レピュテーション・リスク
加えて、ライフネット生命においては、引受審査AIを導入する、しかもその医学的データはマイナポータルから自動的・強制的に収集する予定と今回発表したわけですが、このようなリリースが、依然としてマイナンバー制度やAIに心理的抵抗感がないとはいえない日本社会において、レピュテーション・リスク(風評リスク)を発生させてしまう危険を、経営陣や管理部門等は十分に検討したのかについても疑問が残ります。

■参考文献
・山下友信・竹濱修・洲崎博史・山本哲生『保険法 第4版』260頁
・長谷川仁彦・竹山拓・岡田洋介『生命・傷害疾病保険法の基礎知識』59頁
・山下龍彦『AIと憲法』18頁



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