『ジュリスト』1590号(2023年11月号)130頁に小野寺千世先生の「銀行による外貨建て変額保険勧誘の違法性が否定された事例」(東京地判令2.1.31・請求棄却・控訴)が掲載されていたので、変額保険訴訟について考えてみました。
1.事案の概要
本件は被告銀行Y1の従業員Y2の勧誘により訴外生命保険会社Aとの間で変額保険契約を締結した原告Xが、上記勧誘には書面交付義務違反、説明義務違反ないし適合性原則違反等があったと主張して、Y1およびY2に対して不法行為および使用者責任に基づく損害賠償約303万円の支払いを求めた事案である(民法709条、715条、会社法350条)。
本件でXが勧誘された保険(以下「本件保険」)は、通貨選択一般勘定移行型変額終身保険すなわち外貨建ての変額保険であり、移行日までの運用期間、外貨建てで振り込まれた一時払保険料の全額が特別勘定で運用され、その運用成果により死亡保険金および解約返戻金が変動するものである。そのため移行日前に保険契約を解約した場合、その運用成績によっては解約返戻金額が一時払保険料の金額を下回るリスク(元本割れのリスク)があるが、移行日までに解約をしなかった場合には一時払保険料の額が解約返戻金の最低金額として保証されるものであった。また死亡保険金も最低死亡保険金額が保障されるものであった。
Xは昭和29年生まれで不動産管理会社Bの代表取締役であり、およそ3400万円の資産を有していた。Xは平成27年8月26日、生命保険会社Aとの間で、保険契約者および被保険者をX、契約通貨を米ドル、移行日までの運用期間を20年として本件保険を内容とする保険契約(以下「本件保険契約」)を締結し、一時払保険料8万1000米ドル(当時の為替レートで約1004万円)を支払った。
その後の約3年後、Xは本件保険契約を平成30年9月現在で解約した場合の解約返戻金額は約833万円であり、一時払保険料約1004万円との差額である約171万円に相当する損害を被り、100万円相当の精神的苦痛を受けたとして、弁護士費用約32万円を加えた合計約303万円の損害を被ったとして、Y1およびY2には説明義務違反、適合性原則違反などがあったとして損害賠償を求めて訴訟を提起したのが本件訴訟である。
2.本判決の判旨(請求棄却・控訴)
「判旨1 契約締結前の書面交付義務違反ないし説明義務違反について
ア Xは、本件勧誘の際、Y2がXに対して本件パンフレットを交付するにとどまり、クーリング・オフを含め、本件保険の内容について具体的な説明をしなかった旨主張し、X本人もこれに沿う供述等をする…。これに対し、Yらは、Y2がXに対して本件パンフレット、保険設計書、契約締結前交付書面…等を交付し、当該各書面に基づき具体例も交えて本件保険の内容及びリスク等を説明した旨主張し、Y2本人もこれに沿う供述等をする…。
イ (ア)そこで、X本人及びY2本人の前記供述等の信用性について検討するに、X本人の前記供述等は、そもそも…契約締結前交付書面等によって本件保険について説明を受け、その内容を確認し理解した旨や『契約締結前交付書面(契約概要/注意喚起情報)』、『ご契約のしおり・約款』及び『特別勘定のしおり』を受領したことを認める旨の記載がある書面にXが署名又は署名及び押印をしていること…と明らかに矛盾する。
(略)
ウ そうすると、Y2は、本件保険契約締結以前の段階で、Xに対し、契約締結前交付書面等の各書面を交付するとともに、当該各書面に基づき、本件保険について元本割れのリスクや為替リスクなどがあること…など、本件保険の内容等について具体的に説明したものと認めるのが相当であるから、本件勧誘に契約締結前の書面交付義務違反ないし説明義務違反があったということはできない。」
「判旨2 適合性原則違反について
ア 保険の勧誘が適合性の原則から著しく逸脱していることを理由とする不法行為の成否に関し、顧客の適合性を判断するに当たっては、当該保険の特性を踏まえて、これとの相関関係において、顧客の投資に関する経験や知識、投資意向、財産状態等の諸要素を総合的に考慮する必要があるというべきである。
イ 本件保険は、解約返戻金が一時払保険料の額を下回る危険性を有し、為替相場の変動も受けるから、当該保険契約の締結により損失が生ずるおそれがある商品であるということができる。しかしながら、本件商品においては、死亡保険金として支払いを受ける場合及び移行日以後に解約返戻金として支払いを受ける場合には、米ドル建てで支払った一時払保険料の額が最低でも保証されている。…契約内容は、投資に関する知識が豊富でない者でも容易に理解できるというべきである(略)。
ウ Xに係る諸事情についてみると、…Xは、…投資等の経験を有していなかったものの、B社の代表取締役としてその事業についての経営判断等も常日頃からしており、米国及び欧州の為替についての知識も有していたこと、値上がり益を追求し、比較的積極的な運用をする意向を有していたこと及び少なくとも3400万円程度の金融資産を有していたことがそれぞれ認められる。 以上を総合すると、Xが前記イの各リスクを理解するための知識や認識に欠けていたということはできず、本件保険がXの投資意向に反していたともXの財産状態に照らして著しく不相当であったとも認められない。」
3.検討
(1)本判決について
(ア)説明義務
本件においてXは、Y2が本件パンフレットを交付するにとどまり、クーリング・オフを含め本件保険の内容について具体的な説明を行わなかった旨を主張するのに対して、Yらは、Xに対して本件パンフレットのほか、保険設計書、契約締結前交付書面、ご契約のしおり・約款及び特別勘定のしおりを交付し、当該各書面に基づき具体例も交えて本件保険の内容およびリスク等を説明した旨を主張しています。
この点、裁判所の本判決の判旨1は、契約締結前交付書面等によって本件保険について説明を受け、その内容を確認し理解した旨や当該各書面を受領した旨の記載がある書面にXは署名または署名および押印していることなどを事実認定し、Y2からXに契約締結前交付書面等が交付され、本件保険の契約内容やリスクなどについて説明がなされたと認定し、Yらの説明義務および書面交付義務は尽くされていたとしています。この判旨は妥当であると思われます。
(イ)適合性原則
適合性原則について本判決の判旨2は、従来の裁判例(東京地裁平成25・8・28判タ1406号316頁など)を踏襲し、「当該保険の特性を踏まえて、これとの相関関係において、顧客の投資に関する経験や知識、投資意向、財産状態等の諸要素を総合的に考慮する必要がある」との判断枠組みを示した上で判断を行っています。
判旨2は、本件保険はリスクのある商品ではあるが、投資に関する知識が豊富でない者であっても理解でき、必ずしも元本割れリスクが大きいものとはいえないと判示しています。また、Xは会社の取締役であり日常で経営判断などを行っていること、米国や欧州の為替について知識を有していること、3400万円程度の資産を有していること等を認定し、Yらの説明に適合性原則違反はなかったと判示しています。そして結論として本判決は、Xの請求を棄却しています。本判決は妥当であると思われます。
(2)説明義務に関する学説
学説は、保険契約の重要な内容については保険会社および保険募集人は説明義務を負い、この義務に違反した場合には不法行為として損害賠償責任を負うということは判例法理として確立しているとします。
説明義務において説明すべき事項については、一般論は必ずしも明らかではないものの、保険会社、保険募集人の責任が認められている事案から見れば、当該事項の説明があったとすれば当該保険契約は締結しなかったか、または当該保険契約の内容のままでは締結しなかったであろうといえる場合であるといえるような事項であるということができるとしています。
保険業法その他の法令では、2014年保険業法改正前でも情報提供規制は整備されていたものであって(保険業法300条1項1号、同100条の2)、その規律を遵守していたとすれば保険契約者一般にとって重要な事項は各種文書の交付等により情報提供されていたはずであり、説明義務違反が生じることはあまり考えられないとしています(山下友信『保険法(上)』274頁、275頁)。
(3)保険実務上の留意点
本判決を含む裁判例は保険会社および保険募集人の説明義務について、保険契約締結までに「ご契約のしおり・約款」や契約締結前交付書面などの各書面が交付されていたかを非常に重視しています。そのため保険会社等はこれらの各書面の交付を必ず行い、申込書の各書面の受領を確認した旨の署名・押印欄に必ず署名・押印をいただくことが求められます。
また、2014年保険業法改正以降は、保険会社等には従来の意向確認義務だけでなく意向把握義務も課せられるため(保険業法294条の2)、保険会社等は、この意向把握において、顧客が自らの保険ニーズをどのように述べたか、保険募集人はどのように説明したか等を折衝記録として残すことが求められると思われます。
■参考文献
・小野寺千世「銀行による外貨建て変額保険勧誘の違法性が否定された事例」『ジュリスト』1590号(2023年11月号)130頁
・『金融法務事情』2155号(2021年2月10日号)77頁
・山下友信『保険法(上)』274頁、275頁
・松本恒雄「変額保険の勧誘と説明義務」『金融法務事情』1407号20頁
・大高満範『生命保険の法律相談(青林法律相談23)』240頁
■関連するブログ記事
・変額個人年金等の勧誘の際における金融機関の説明義務
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