日本版DBS(こども性暴力防止法案)の導入の議論が国会で始まりました。この制度については刑法上の論点(刑法34条の2との整合性等)、憲法上の論点(職業選択の自由・営業の自由(憲法22条、29条)、プライバシー権(13条)等)などがありますが、このブログ記事では、個人情報保護法上の論点について見てみたいと思います。
まず犯罪歴は社会的な差別のおそれがあるため要配慮個人情報(個情法2条3項)の一つに分類されており、犯罪歴や前科などの情報の収集には原則として本人の同意が要求される等、厳格な取扱いが求められています(個情法20条2項)。
そして、個情法124条1項は行政機関等に対する本人からの個人情報の開示請求につき、犯罪歴等を対象外と規定しています。
個人情報保護法
(適用除外等)
第124条 第四節の規定は、刑事事件若しくは少年の保護事件に係る裁判、検察官、検察事務官若しくは司法警察職員が行う処分、刑若しくは保護処分の執行、更生緊急保護又は恩赦に係る保有個人情報(当該裁判、処分若しくは執行を受けた者、更生緊急保護の申出をした者又は恩赦の上申があった者に係るものに限る。)については、適用しない。
この条文は、雇用主が採用予定者の前科の有無等をチェックする目的で、本人に開示請求をさせる等の、本人の社会復帰や更生の阻害を避ける趣旨であるとされており、旧・行政機関個人情報保護法45条1項を承継するものです(岡村久道『個人情報保護法 第4版』554頁、宇賀克也『新・個人情報保護法の逐条解説』715頁)。つまり、個情法124条1項はまさに日本版DBS制度のようなことが行われることを防止している条文なのです。
このように、個人情報保護法には、犯罪歴等のある従業員等の更生のために、雇用主による従業員等の前科等のチェックが行われることを防止する条文が存在します(法124条1項)。その観点からも、政府や国会は、日本版DBSについて慎重な検討を行うべきです。
(なお、同様のことは、これも国会で法案が成立した、セキュリティ・クリアランス制度についても言えるのではないかと思われます。)
いうまでもなく子どもに対する性犯罪は許しがたい犯罪です。子どもに対する性犯罪の防止は重要です。しかし、政府が政策を実施するためには、日本が近代立憲主義の法治国家である以上、犯罪防止や被害者の権利利益の保護と、過去に性犯罪を犯した者の権利利益とのバランスが必要となります。
政府与党は「被害者がかわいそう」と感情的に思考停止するのではなく、日本版DBS制度が過去に性犯罪を犯した者の社会復帰や更生にどのような影響を与えるのか、その影響にどのような歯止めをかけるのか(比例原則に応じた犯罪歴の保存期間・照会可能期間の限定、犯罪歴を参照できる事業者等の制限、本人からの開示・訂正・削除請求など本人関与の仕組み、目的外利用の禁止、安全管理措置)等について、もう少し慎重に議論をすべきではないでしょうか。国会でもこの点を十分に議論してほしいと思います。情報法・行政法・憲法などの学者の先生方も社会に情報発信していただきたいと思います。
■参考文献
・高平奇恵「日本版DBSの課題と展望」『法学セミナー』2024年3月号52頁
・岡村久道『個人情報保護法 第4版』554頁
・宇賀克也『新・個人情報保護法の逐条解説』715頁
・「日本版DBS」についてぜひ考えてほしいこと|園田寿
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