1.はじめに
2026年3月13日、政府は国家情報会議・国家情報局に関する「国家情報会議設置法案」を閣議決定し、同法案は現在参議院で審議されています。一方、ドイツでは2020年の連邦憲法裁判所のBND法違憲判決を受けて、情報機関の監督制度が抜本的に強化され、「独立統制評議会」が新設されたことは日本に示唆に富むものといえます。
そこで本ブログ記事では、
①日本の国家情報会議設置法案・国家情報会議・国家情報局の概要
②ドイツの情報機関とその統制
③ドイツの2020年BND法違憲判決
④日本の情報機関の統制への示唆
について見てゆきたいと思います。
結論を先取りしてしまうと、日本もドイツ・イギリス・アメリカなどのように、情報機関を監視・監督する第三者機関を設置し、国民の基本的人権を守るべきであると考えます。
2.日本の国家情報会議設置法案
(1)国家情報会議設置法案
国家情報会議設置法案は、首相が議長を務める「国家情報会議」を新設し、内閣情報調査室(内調)を格上げした「国家情報局」が事務局を担うとしています。国家情報会議はインテリジェンス活動の司令塔として中長期の情報戦略などの策定にあたることになります。 また、国家情報局は、外務省・公安調査庁・警察庁・防衛省などの関係省庁の総合調整機能(外交・安保政策の判断に必要な情報を集約する総合調整の権限)を持つことになります。さらに、各官庁等は、国家情報会議に対して、資料または情報の提供および説明その他必要な協力を行わなければならないとされています(「資料提供等」)。一方、国家情報会議は、強制捜査や逮捕の権限は付与されていません。

(内閣官房「(概要)国家情報会議設置法案」)
(2)国家情報会議・国家情報局の統制
日本の内閣や中央官庁など行政を監督・チェックする機関としては、国会の両議院に設置された「情報監視審査会」があります。しかしこの審査会は、特定秘密保護法および重要経済安保情報保護活用法に基づいて特定秘密や経済安保について監視・監督を行うものであり、国家情報会議設置法案には、情報監視審査会が国家情報会議・国家情報局を監視するという仕組みは盛り込まれていません。
(同法案は衆議院において、”国民のプライバシーへの配慮や政治的中立性“に関する付帯決議がつけられましたが、これはあくまでも「行政へのお願い」であり、法的な監視・監督権限を何らかの機関に付与したものではありません。)
3.ドイツの情報機関とその統制
(1)ドイツの3つの情報機関
ドイツは戦後、ナチスのゲシュタポ(秘密警察)の反省から、情報機関の権力集中を避けるために、つぎのとおり機関を3機関に分けています。
憲法擁護庁(BfV):国内情報機関
連邦情報局(BND):対外情報機関
軍事防諜局(MAD):軍内情報機関
(2)ドイツの情報機関の統制
(ア)概要
ドイツの情報機関は、過去のナチスのゲシュタポへの反省から、世界的にみても非常に多層的で厳格な監視監督・統制の仕組みを設けています。この仕組みは、①議会による統制、②第三者機関による統制、に分けられます。
(イ)議会による統制
①議会統制委員会(PKGr)
議会統制委員会(PKGr)に対して、政府は情報機関の活動全般について報告する義務があります。委員の議会議員は守秘義務を負い、情報機関の活動内容のチェックを行います。
②G10委員会
ドイツ基本法10条(通信の秘密、信書の秘密)を制限する行政活動をチェックする機関。情報機関が通信傍受等を行うには、この機関の事前承認が必要となっています。
(ウ)第三者機関による統制
①連邦データ保護・情報自由担当官(BfDI)
個人データ保護と情報アクセス(情報公開)を監督する独立した連邦最高機関。EU一般データ保護規則(GDPR)およびドイツ連邦データ保護法(BDSG)に基づき、連邦レベルの機関や特定の民間部門を監督しています。
②独立統制評議会(Ukr)
2020年の連邦憲法裁判所の連邦情報局(BND)法違憲判決(後述)を受け、2021年のBND法改正により新設されました。
(a)2つの部門
独立統制評議会はつぎの2つの組織(司法的統制委員会・管理部門)に分かれています。
司法的統制委員会
6名の裁判官のメンバーにより構成されます。BNDの海外通信監視が法的に正しく行われているかをチェックします。
管理部門
司法統制委員会を支える実務部門です。ITの専門家や法務官により構成されており、BNDのITシステムを技術的に監視・解析等しています。

(内閣官房サイバー安全保障体制整備準備室「先進主要国における通信情報利用の実施過程とその制限・監督」サイバー安全保障分野での対応能力の向上に向けた有識者会議 通信情報の利用に関するテーマ別会合(第2回)(2024)より)
4.2020年独連邦憲法裁判所BND法違憲判決(BVerfGE 154,152)
(1)背景
2020年5月19日、ドイツ連邦憲法裁判所は、連邦情報局(BND)法を違憲とする判決をだしました(BVerfGE 154,152)。 当時、連邦情報局(BND)は、BND法に基づいてドイツ国外の外国人と外国人との通信などを大規模に傍受・分析していました。これに対してジャーナリストや弁護士などが、通信の自由や表現の自由の侵害であるとして憲法異議を申し立てました。

(小西葉子「「通信の秘密」の日独比較」内閣官房:サイバー安全保障分野での対応能力の向上に向けた有識者会議(第3回)(2024)より)
(2)判決の概要
①基本権の国外への適用
判決は、ドイツ基本法(憲法)10条(通信の秘密)や同5条(報道の自由)は、ドイツの公権力がおよぶすべての活動を拘束するとして、ドイツ国外での諜報活動もドイツ基本法の制約を受けると判断しました。
②無差別な監視への厳しい条件
判決は、BNDによる戦略的情報収集辞退は国家安全保障や外交のために認められるとしつつも、(a)目的の明確化、(b)比例原則、(c)情報共有の厳格なルール、の要件を満たさない限り違憲であるとしました。
③監視体制の不備
判決は、BNDを外部からチェックする仕組みが極めて不十分であることを特に問題視しました。上記の議会統制委員会などでは膨大なデータ処理を監視するには不十分であると判断されました。
(3)本判決の影響
本判決を受け、ドイツは2021年にBND法を大幅に改正しました。そしてこの改正により、BNDに対する独立した第三者機関として前述の独立統制評議会(UKr)が新設されました。また、この判決は、スノーデン事件以降の監視社会に対する自由主義・民主主義国家としての一つの先駆的な判決となりました。この判決は、アメリカのNSAやイギリスのGCHQなどの活動についても改革を行わせる契機となりました。
5.ドイツの動きの日本への示唆
(1)問題の所在――「統制なき情報機関」の危うさ
ここまで見てきたように、日本の国家情報会議設置法案は、国家情報局に対し各省庁を横断する強力な情報集約・総合調整権限を付与しています。一方で、これを実効的に監視・統制する独立した外部機関の設置は、現時点では法案に盛り込まれていません。
国会の情報監視審査会は特定秘密保護法・重要経済安保情報保護活用法の枠内での監視機関であり、国家情報会議・国家情報局への直接の監視権限は持ちません。衆議院での付帯決議も、あくまで「行政へのお願い」にとどまり、法的な拘束力はありません。これはドイツがBND法違憲判決で厳しく問題視した「監視体制の不備」と、構造的に非常に近い状況です。
(2)ドイツの判決の問いかけ
2020年のドイツ連邦憲法裁判所判決が示した最も重要なメッセージは、情報機関の活動は「国家安全保障のためだから許される」という一般論では済まないという点です。判決は、たとえ正当な目的があったとしても、①目的の明確化、②比例原則の遵守、③情報共有の厳格なルール、という具体的要件を満たさなければ違憲であると踏み込みました。
さらに判決を受けてドイツは、専門的な技術的知見(IT技術者)と独立した法的判断(裁判官)を組み合わせた独立統制評議会(UKr)という全く新しいタイプの第三者機関を創設しました。
日本に引き直して考えると、情報機関を議会が「政治的に」チェックするだけでなく、技術的・法的専門性を持つ独立機関が「実質的に」チェックする二層構造こそが現代の情報機関統制の国際スタンダードになりつつある、といえます。
(3)日本が学ぶべきポイント
ドイツの経験から、日本の国家情報会議・国家情報局の設計にあたって参考にすべき点として、少なくとも以下の3点が挙げられます。
第一に、独立した第三者統制機関の法定設置です。国家情報局の活動を監視する機関は、行政からも国会からも独立していることが不可欠です。ドイツの独立統制評議会がBND法の下で明確な法的根拠を与えられ、組織・権限・手続が法律で規定されているように、日本でも設置法案の中に、あるいは別途の法律として、実効的な統制機関を明文で規定することが求められます。
第二に、技術的・法的専門性の確保です。現代の情報収集・分析活動は、膨大なデジタルデータのAI処理や高度な通信傍受技術を伴います。政治家だけでは技術的な監視は困難であり、ドイツの独立統制評議会がITの専門家および裁判官を配置しているように、ITおよび法律の専門家の参画が必要です。
第三に、基本的人権保護の視点の明確化です。判決は、情報機関の活動がプライバシー権・通信の秘密や報道・表現の自由を侵害しうることを正面から認め、これを「外交・安全保障の必要性」と天秤にかける枠組みを示しました。日本でも、憲法21条(通信の秘密・表現の自由)や13条(プライバシー権)との整合性を制度設計の段階から組み込むことが、長期的な民主的正統性を確保する上で不可欠です。
6.まとめ
国家安全保障を担う情報機関は、その性質上、活動の多くが秘密のベールに包まれます。だからこそ、国民の基本的人権の確立のため民主主義国家においては、秘密性と統制可能性をいかにして両立させるかが根本的な問いとなります。
ドイツはナチスのゲシュタポという歴史的苦い経験を踏まえ、情報機関の権力集中を防ぐ制度設計を戦後一貫して追求してきました。2020年の違憲判決と独立統制評議会の設置は、その延長線上にある最新の到達点です。日本も戦前・戦中には治安維持法や特別高等警察(特高)が国民を苦しめました。日本もその反省にたった情報機関の統制を行うべきです。
日本では、国家情報会議設置法案の審議が進む中、情報機関の強化だけが先行し、統制の仕組みの整備が後回しになる懸念があります。しかし、機能する民主主義において「強い情報機関」と「強い統制機関」はセットであるべきです。ドイツの経験は、日本がこれから制度設計を行う上で、非常に示唆に富んだ先例といえるでしょう。
7.補足:イギリス・アメリカの情報機関とその統制
イギリスは、MI6(秘密情報部)・MI5(保安部)・GCHQ(政府通信本部)の3機関を中心とするインテリジェンス体制を持ちます。通信情報の収集・利用については2016年制定の調査権限法(IPA)が規律しており、情報機関が「不特定型」の通信情報を収集するには、国務長官(大臣)による事前の許可証発行が必要とされる。さらに、独立機関である「調査権限コミッショナー事務局」(IPCO)が許可証を事前に審査・承認した上で、実施後も継続的な監視・監督を行っています。IPCOは年次報告書を公表しており、透明性の確保にも努めています。
(内閣官房サイバー安全保障体制整備準備室「先進主要国における通信情報利用の実施過程とその制限・監督」サイバー安全保障分野での対応能力の向上に向けた有識者会議 通信情報の利用に関するテーマ別会合(第2回)(2024)より)
アメリカは、CIA・NSA・FBIなど多数の情報機関を国家情報長官(DNI)のもとに束ねる体制をとっています。外国人を主な対象とする通信情報の収集については外国情報監視法(FISA)702条が根拠となり、収集の開始には司法長官と情報機関長官が外国情報監視裁判所(FISC)に申請し、同裁判所による事前の審査・承認を経なければならない仕組みとなっています。FISCは必要に応じ修正指示を行う権限も持っています。
(内閣官房サイバー安全保障体制整備準備室「先進主要国における通信情報利用の実施過程とその制限・監督」サイバー安全保障分野での対応能力の向上に向けた有識者会議 通信情報の利用に関するテーマ別会合(第2回)(2024)より)
このようにドイツだけでなく、イギリス・アメリカも、情報機関に対し、独立した機関による事前審査という強力な歯止めを制度化している点が共通しており、日本もそのような独立した第三者監督機関の設置が望まれます。
■参考文献
・石村修「ドイツ憲法判例研究(244)連邦情報局法による「国外の外国人」通信監視と基本権」自治研究97巻9号(2021)151頁
・小西葉子「国家の情報収集活動を統制する第三者機関の展開」法学館憲法研究所(2025)
・小西葉子「「通信の秘密」の日独比較」内閣官房:サイバー安全保障分野での対応能力の向上に向けた有識者会議(第3回)(2024)
・内閣官房サイバー安全保障体制整備準備室「先進主要国における通信情報利用の実施過程とその制限・監督」サイバー安全保障分野での対応能力の向上に向けた有識者会議 通信情報の利用に関するテーマ別会合(第2回)(2024)
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・自民党の憲法改正案の「緊急事態対応」について
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・自民党の憲法改正案の「教育充実」について
2026年3月13日、政府は国家情報会議・国家情報局に関する「国家情報会議設置法案」を閣議決定し、同法案は現在参議院で審議されています。一方、ドイツでは2020年の連邦憲法裁判所のBND法違憲判決を受けて、情報機関の監督制度が抜本的に強化され、「独立統制評議会」が新設されたことは日本に示唆に富むものといえます。
そこで本ブログ記事では、
①日本の国家情報会議設置法案・国家情報会議・国家情報局の概要
②ドイツの情報機関とその統制
③ドイツの2020年BND法違憲判決
④日本の情報機関の統制への示唆
について見てゆきたいと思います。
結論を先取りしてしまうと、日本もドイツ・イギリス・アメリカなどのように、情報機関を監視・監督する第三者機関を設置し、国民の基本的人権を守るべきであると考えます。
2.日本の国家情報会議設置法案
(1)国家情報会議設置法案
国家情報会議設置法案は、首相が議長を務める「国家情報会議」を新設し、内閣情報調査室(内調)を格上げした「国家情報局」が事務局を担うとしています。国家情報会議はインテリジェンス活動の司令塔として中長期の情報戦略などの策定にあたることになります。 また、国家情報局は、外務省・公安調査庁・警察庁・防衛省などの関係省庁の総合調整機能(外交・安保政策の判断に必要な情報を集約する総合調整の権限)を持つことになります。さらに、各官庁等は、国家情報会議に対して、資料または情報の提供および説明その他必要な協力を行わなければならないとされています(「資料提供等」)。一方、国家情報会議は、強制捜査や逮捕の権限は付与されていません。

(内閣官房「(概要)国家情報会議設置法案」)
(2)国家情報会議・国家情報局の統制
日本の内閣や中央官庁など行政を監督・チェックする機関としては、国会の両議院に設置された「情報監視審査会」があります。しかしこの審査会は、特定秘密保護法および重要経済安保情報保護活用法に基づいて特定秘密や経済安保について監視・監督を行うものであり、国家情報会議設置法案には、情報監視審査会が国家情報会議・国家情報局を監視するという仕組みは盛り込まれていません。
(同法案は衆議院において、”国民のプライバシーへの配慮や政治的中立性“に関する付帯決議がつけられましたが、これはあくまでも「行政へのお願い」であり、法的な監視・監督権限を何らかの機関に付与したものではありません。)
3.ドイツの情報機関とその統制
(1)ドイツの3つの情報機関
ドイツは戦後、ナチスのゲシュタポ(秘密警察)の反省から、情報機関の権力集中を避けるために、つぎのとおり機関を3機関に分けています。
憲法擁護庁(BfV):国内情報機関
連邦情報局(BND):対外情報機関
軍事防諜局(MAD):軍内情報機関
(2)ドイツの情報機関の統制
(ア)概要
ドイツの情報機関は、過去のナチスのゲシュタポへの反省から、世界的にみても非常に多層的で厳格な監視監督・統制の仕組みを設けています。この仕組みは、①議会による統制、②第三者機関による統制、に分けられます。
(イ)議会による統制
①議会統制委員会(PKGr)
議会統制委員会(PKGr)に対して、政府は情報機関の活動全般について報告する義務があります。委員の議会議員は守秘義務を負い、情報機関の活動内容のチェックを行います。
②G10委員会
ドイツ基本法10条(通信の秘密、信書の秘密)を制限する行政活動をチェックする機関。情報機関が通信傍受等を行うには、この機関の事前承認が必要となっています。
(ウ)第三者機関による統制
①連邦データ保護・情報自由担当官(BfDI)
個人データ保護と情報アクセス(情報公開)を監督する独立した連邦最高機関。EU一般データ保護規則(GDPR)およびドイツ連邦データ保護法(BDSG)に基づき、連邦レベルの機関や特定の民間部門を監督しています。
②独立統制評議会(Ukr)
2020年の連邦憲法裁判所の連邦情報局(BND)法違憲判決(後述)を受け、2021年のBND法改正により新設されました。
(a)2つの部門
独立統制評議会はつぎの2つの組織(司法的統制委員会・管理部門)に分かれています。
司法的統制委員会
6名の裁判官のメンバーにより構成されます。BNDの海外通信監視が法的に正しく行われているかをチェックします。
管理部門
司法統制委員会を支える実務部門です。ITの専門家や法務官により構成されており、BNDのITシステムを技術的に監視・解析等しています。

(内閣官房サイバー安全保障体制整備準備室「先進主要国における通信情報利用の実施過程とその制限・監督」サイバー安全保障分野での対応能力の向上に向けた有識者会議 通信情報の利用に関するテーマ別会合(第2回)(2024)より)
4.2020年独連邦憲法裁判所BND法違憲判決(BVerfGE 154,152)
(1)背景
2020年5月19日、ドイツ連邦憲法裁判所は、連邦情報局(BND)法を違憲とする判決をだしました(BVerfGE 154,152)。 当時、連邦情報局(BND)は、BND法に基づいてドイツ国外の外国人と外国人との通信などを大規模に傍受・分析していました。これに対してジャーナリストや弁護士などが、通信の自由や表現の自由の侵害であるとして憲法異議を申し立てました。

(小西葉子「「通信の秘密」の日独比較」内閣官房:サイバー安全保障分野での対応能力の向上に向けた有識者会議(第3回)(2024)より)
(2)判決の概要
①基本権の国外への適用
判決は、ドイツ基本法(憲法)10条(通信の秘密)や同5条(報道の自由)は、ドイツの公権力がおよぶすべての活動を拘束するとして、ドイツ国外での諜報活動もドイツ基本法の制約を受けると判断しました。
②無差別な監視への厳しい条件
判決は、BNDによる戦略的情報収集辞退は国家安全保障や外交のために認められるとしつつも、(a)目的の明確化、(b)比例原則、(c)情報共有の厳格なルール、の要件を満たさない限り違憲であるとしました。
③監視体制の不備
判決は、BNDを外部からチェックする仕組みが極めて不十分であることを特に問題視しました。上記の議会統制委員会などでは膨大なデータ処理を監視するには不十分であると判断されました。
(3)本判決の影響
本判決を受け、ドイツは2021年にBND法を大幅に改正しました。そしてこの改正により、BNDに対する独立した第三者機関として前述の独立統制評議会(UKr)が新設されました。また、この判決は、スノーデン事件以降の監視社会に対する自由主義・民主主義国家としての一つの先駆的な判決となりました。この判決は、アメリカのNSAやイギリスのGCHQなどの活動についても改革を行わせる契機となりました。
5.ドイツの動きの日本への示唆
(1)問題の所在――「統制なき情報機関」の危うさ
ここまで見てきたように、日本の国家情報会議設置法案は、国家情報局に対し各省庁を横断する強力な情報集約・総合調整権限を付与しています。一方で、これを実効的に監視・統制する独立した外部機関の設置は、現時点では法案に盛り込まれていません。
国会の情報監視審査会は特定秘密保護法・重要経済安保情報保護活用法の枠内での監視機関であり、国家情報会議・国家情報局への直接の監視権限は持ちません。衆議院での付帯決議も、あくまで「行政へのお願い」にとどまり、法的な拘束力はありません。これはドイツがBND法違憲判決で厳しく問題視した「監視体制の不備」と、構造的に非常に近い状況です。
(2)ドイツの判決の問いかけ
2020年のドイツ連邦憲法裁判所判決が示した最も重要なメッセージは、情報機関の活動は「国家安全保障のためだから許される」という一般論では済まないという点です。判決は、たとえ正当な目的があったとしても、①目的の明確化、②比例原則の遵守、③情報共有の厳格なルール、という具体的要件を満たさなければ違憲であると踏み込みました。
さらに判決を受けてドイツは、専門的な技術的知見(IT技術者)と独立した法的判断(裁判官)を組み合わせた独立統制評議会(UKr)という全く新しいタイプの第三者機関を創設しました。
日本に引き直して考えると、情報機関を議会が「政治的に」チェックするだけでなく、技術的・法的専門性を持つ独立機関が「実質的に」チェックする二層構造こそが現代の情報機関統制の国際スタンダードになりつつある、といえます。
(3)日本が学ぶべきポイント
ドイツの経験から、日本の国家情報会議・国家情報局の設計にあたって参考にすべき点として、少なくとも以下の3点が挙げられます。
第一に、独立した第三者統制機関の法定設置です。国家情報局の活動を監視する機関は、行政からも国会からも独立していることが不可欠です。ドイツの独立統制評議会がBND法の下で明確な法的根拠を与えられ、組織・権限・手続が法律で規定されているように、日本でも設置法案の中に、あるいは別途の法律として、実効的な統制機関を明文で規定することが求められます。
第二に、技術的・法的専門性の確保です。現代の情報収集・分析活動は、膨大なデジタルデータのAI処理や高度な通信傍受技術を伴います。政治家だけでは技術的な監視は困難であり、ドイツの独立統制評議会がITの専門家および裁判官を配置しているように、ITおよび法律の専門家の参画が必要です。
第三に、基本的人権保護の視点の明確化です。判決は、情報機関の活動がプライバシー権・通信の秘密や報道・表現の自由を侵害しうることを正面から認め、これを「外交・安全保障の必要性」と天秤にかける枠組みを示しました。日本でも、憲法21条(通信の秘密・表現の自由)や13条(プライバシー権)との整合性を制度設計の段階から組み込むことが、長期的な民主的正統性を確保する上で不可欠です。
6.まとめ
国家安全保障を担う情報機関は、その性質上、活動の多くが秘密のベールに包まれます。だからこそ、国民の基本的人権の確立のため民主主義国家においては、秘密性と統制可能性をいかにして両立させるかが根本的な問いとなります。
ドイツはナチスのゲシュタポという歴史的苦い経験を踏まえ、情報機関の権力集中を防ぐ制度設計を戦後一貫して追求してきました。2020年の違憲判決と独立統制評議会の設置は、その延長線上にある最新の到達点です。日本も戦前・戦中には治安維持法や特別高等警察(特高)が国民を苦しめました。日本もその反省にたった情報機関の統制を行うべきです。
日本では、国家情報会議設置法案の審議が進む中、情報機関の強化だけが先行し、統制の仕組みの整備が後回しになる懸念があります。しかし、機能する民主主義において「強い情報機関」と「強い統制機関」はセットであるべきです。ドイツの経験は、日本がこれから制度設計を行う上で、非常に示唆に富んだ先例といえるでしょう。
7.補足:イギリス・アメリカの情報機関とその統制
イギリスは、MI6(秘密情報部)・MI5(保安部)・GCHQ(政府通信本部)の3機関を中心とするインテリジェンス体制を持ちます。通信情報の収集・利用については2016年制定の調査権限法(IPA)が規律しており、情報機関が「不特定型」の通信情報を収集するには、国務長官(大臣)による事前の許可証発行が必要とされる。さらに、独立機関である「調査権限コミッショナー事務局」(IPCO)が許可証を事前に審査・承認した上で、実施後も継続的な監視・監督を行っています。IPCOは年次報告書を公表しており、透明性の確保にも努めています。

(内閣官房サイバー安全保障体制整備準備室「先進主要国における通信情報利用の実施過程とその制限・監督」サイバー安全保障分野での対応能力の向上に向けた有識者会議 通信情報の利用に関するテーマ別会合(第2回)(2024)より)
アメリカは、CIA・NSA・FBIなど多数の情報機関を国家情報長官(DNI)のもとに束ねる体制をとっています。外国人を主な対象とする通信情報の収集については外国情報監視法(FISA)702条が根拠となり、収集の開始には司法長官と情報機関長官が外国情報監視裁判所(FISC)に申請し、同裁判所による事前の審査・承認を経なければならない仕組みとなっています。FISCは必要に応じ修正指示を行う権限も持っています。

(内閣官房サイバー安全保障体制整備準備室「先進主要国における通信情報利用の実施過程とその制限・監督」サイバー安全保障分野での対応能力の向上に向けた有識者会議 通信情報の利用に関するテーマ別会合(第2回)(2024)より)
このようにドイツだけでなく、イギリス・アメリカも、情報機関に対し、独立した機関による事前審査という強力な歯止めを制度化している点が共通しており、日本もそのような独立した第三者監督機関の設置が望まれます。
■参考文献
・石村修「ドイツ憲法判例研究(244)連邦情報局法による「国外の外国人」通信監視と基本権」自治研究97巻9号(2021)151頁
・小西葉子「国家の情報収集活動を統制する第三者機関の展開」法学館憲法研究所(2025)
・小西葉子「「通信の秘密」の日独比較」内閣官房:サイバー安全保障分野での対応能力の向上に向けた有識者会議(第3回)(2024)
・内閣官房サイバー安全保障体制整備準備室「先進主要国における通信情報利用の実施過程とその制限・監督」サイバー安全保障分野での対応能力の向上に向けた有識者会議 通信情報の利用に関するテーマ別会合(第2回)(2024)
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