1.はじめに
2月27日付の日経新聞に、「人事は見ている?就活生のSNS」という興味深い記事が掲載されていました。
・人事は見ている? 就活生のSNS|日経新聞
同記事によると、日経新聞記者の取材に対して、大半の大手企業の採用担当は、就活生のSNSは見ていないとはっきり否定したそうです。ただしあるベンチャー企業は、「日常の「素」の姿が見たいので、SNSは必ずチェックする」と回答したそうです。さらに、同記事は、ある金融機関のリクルーターとの面談の際に、そのリクルーターから、自分がSNSで書き込んでいたあるミュージシャンの話題をふられたという元就活生の生々しい事例を取り上げています。
結論を先取りすると、就活生のSNSなどを企業の人事部が勝手に見て就活生の情報を取得することは、職業安定法およびそれに関連する厚労省の通達に違反する違法なものです。
(関連)
・コロナ禍の就活のウェブ面接での「部屋着を見せて」などの要求や、SNSの「裏アカ」の調査などを労働法・個人情報保護法から考えた
2.職安法・指針・厚労省サイトなど
この点、職業安定法5条の4(求職者等の個人情報の取り扱い)は、1項で、求人者、公共職業安定所、職業紹介事業者などは、『求職者等(略)の個人情報を収集し、保管し、又は使用するに当たつては、その業務の目的の達成に必要な範囲内で求職者等の個人情報を収集し、並びに当該収集の目的の範囲内でこれを保管し、及び使用しなければならない。』と規定し、同2項は、求人者等は、『求職者等の個人情報を適正に管理するために必要な措置を講じなければならない。』と規定しています。
そして、厚労省の指針(平成11年労働省告示第141号)は、この職安法5条の4についてさらにつぎのとおり詳細を規定しています。
・指針(平成11年労働省告示第141号)|厚生労働省
さらに厚労省の企業の採用について解説するサイトの「公正な採用選考の基本」の「(3)採用選考時に配慮すべき事項」はつぎのように注意をうながしています。
・公正な採用選考の基本|厚生労働省
3.本記事の事例などの検討
(1)企業の採用担当は就活生等のSNSを見ることができるか
うえでみたように、平成11年労働省告示第141号の第4の1(2)は、企業等が就活生等から個人情報を取得する際には、就活生から直接取得または就活生の同意が必要であるとしています。また厚労省サイト「公正な採用選考の基本」の「(3)採用選考時に配慮すべき事項」の「c」は、「身元調査など」を行うべきでない採用選考の方法としています。
したがって、企業の採用担当者等が、就活生本人の同意を得ないで当該就活生のSNSを見て個人情報を取得することは、平成11年労働省告示第141号の第4の1(2)に反し、つまり職業安定法5条の4違反となります。この場合、企業等は職業安定法に基づく改善命令を受ける場合があります(法48条の3)。また、当該企業が改善命令に違反した場合は、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金の罰則を科せられる場合があります(法65条7号)。加えて法人たる企業も罰則を科される場合があります(法67条)。
さらに、就活生など求職者は、面接などで違法な事柄があった場合は、厚生労働大臣に申告を行い、厚生労働大臣に必要な調査や措置を行わせることができます(法48条の4)。
なお、少し前に、AIを使いSNSなどネット上の情報を勝手に収集しスカウトを行う人材紹介会社であるスカウティ社がネット上で話題となりましたが、職業安定法5条の4およびその指針との関係で、この人材紹介会社の業務も違法のおそれが強いと思われます。
(2)リクルーターからSNSに書き込んでいたミュージシャンの話題をふられた
うえでみたように、企業の採用担当者等は、就活生本人から直接取得する場合、あるいは本人の同意を得た場合にしか個人情報を取得できず、そうでなければ就活生のSNSをみて個人情報を取得することができません。
そしてさらに、職業安定法5条の4は、企業の採用の「業務の目的の達成に必要な範囲内で」しか、企業は求職者の個人情報を取得できないとしています。あるミュージシャンを好きか否かが、一般企業の採用業務の目的達成に必要とは通常考えられません。
また、平成11年労働省告示第141号は、「思想・信条」に関する個人情報の取得を禁止しており、厚労省サイト「公正な採用選考の基本」の「(3)採用選考時に配慮すべき事項」の「b」は、「購読新聞・雑誌・愛読書・尊敬する人物・人生観・生活信条」などの情報を企業が就活生から取得することを禁止しています。
音楽をどの程度愛好するかは人により異なると思われますが、しかしある人にとってはある音楽が、人生観・生活信条や尊敬する人物に関連することもあり得ると思われ、本記事に掲載されている、音楽の話題を出してきたリクルーターは、勝手に本人のSNSをみているだけでなく、思想・信条に関連しうるセンシティブな話題をリクルーター面接の場に出しているという点で、二重に法的に問題であると思われます。
(3)デモなどへの参加の有無を面接等で問うこと
なお、この季節になるとしばしばネット上で話題になるのが、デモなどへの参加の有無を面接等で問うことの当否です。
これも、平成11年労働省告示第141号および厚労省サイト「公正な採用選考の基本」の「(3)採用選考時に配慮すべき事項」の「b」が、「労働組合への加入状況、学生運動、社会運動など」に関する個人情報の取得を禁止していることから許されません。
■関連するブログ記事
・コロナ禍の就活のウェブ面接での「部屋着を見せて」などの要求や、SNSの「裏アカ」の調査などを労働法・個人情報保護法から考えた(追記あり)
・Github利用規約や労働法、個人情報保護法などからSNSなどをAI分析するネット系人材紹介会社を考えた
・コロナ下のテレワーク等におけるPCなどを利用した従業員のモニタリング・監視を考えた(追記あり)-個人情報・プライバシー・労働法・GDPR・プロファイリング
・SNSなどネットで個人情報を収集する”AIスカウト”人材紹介会社について考える
■参考文献
・菅野和夫『労働法 第9版』161頁
・大矢息生・岩出誠・外井浩志『会社と社員の法律相談』53頁
・安西愈『トップ・ミドルのための 採用から退職までの法律知識〔十四訂〕』18頁
2月27日付の日経新聞に、「人事は見ている?就活生のSNS」という興味深い記事が掲載されていました。
・人事は見ている? 就活生のSNS|日経新聞
同記事によると、日経新聞記者の取材に対して、大半の大手企業の採用担当は、就活生のSNSは見ていないとはっきり否定したそうです。ただしあるベンチャー企業は、「日常の「素」の姿が見たいので、SNSは必ずチェックする」と回答したそうです。さらに、同記事は、ある金融機関のリクルーターとの面談の際に、そのリクルーターから、自分がSNSで書き込んでいたあるミュージシャンの話題をふられたという元就活生の生々しい事例を取り上げています。
結論を先取りすると、就活生のSNSなどを企業の人事部が勝手に見て就活生の情報を取得することは、職業安定法およびそれに関連する厚労省の通達に違反する違法なものです。
(関連)
・コロナ禍の就活のウェブ面接での「部屋着を見せて」などの要求や、SNSの「裏アカ」の調査などを労働法・個人情報保護法から考えた
2.職安法・指針・厚労省サイトなど
この点、職業安定法5条の4(求職者等の個人情報の取り扱い)は、1項で、求人者、公共職業安定所、職業紹介事業者などは、『求職者等(略)の個人情報を収集し、保管し、又は使用するに当たつては、その業務の目的の達成に必要な範囲内で求職者等の個人情報を収集し、並びに当該収集の目的の範囲内でこれを保管し、及び使用しなければならない。』と規定し、同2項は、求人者等は、『求職者等の個人情報を適正に管理するために必要な措置を講じなければならない。』と規定しています。
そして、厚労省の指針(平成11年労働省告示第141号)は、この職安法5条の4についてさらにつぎのとおり詳細を規定しています。
・指針(平成11年労働省告示第141号)|厚生労働省
さらに厚労省の企業の採用について解説するサイトの「公正な採用選考の基本」の「(3)採用選考時に配慮すべき事項」はつぎのように注意をうながしています。
・公正な採用選考の基本|厚生労働省
3.本記事の事例などの検討
(1)企業の採用担当は就活生等のSNSを見ることができるか
うえでみたように、平成11年労働省告示第141号の第4の1(2)は、企業等が就活生等から個人情報を取得する際には、就活生から直接取得または就活生の同意が必要であるとしています。また厚労省サイト「公正な採用選考の基本」の「(3)採用選考時に配慮すべき事項」の「c」は、「身元調査など」を行うべきでない採用選考の方法としています。
したがって、企業の採用担当者等が、就活生本人の同意を得ないで当該就活生のSNSを見て個人情報を取得することは、平成11年労働省告示第141号の第4の1(2)に反し、つまり職業安定法5条の4違反となります。この場合、企業等は職業安定法に基づく改善命令を受ける場合があります(法48条の3)。また、当該企業が改善命令に違反した場合は、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金の罰則を科せられる場合があります(法65条7号)。加えて法人たる企業も罰則を科される場合があります(法67条)。
さらに、就活生など求職者は、面接などで違法な事柄があった場合は、厚生労働大臣に申告を行い、厚生労働大臣に必要な調査や措置を行わせることができます(法48条の4)。
なお、少し前に、AIを使いSNSなどネット上の情報を勝手に収集しスカウトを行う人材紹介会社であるスカウティ社がネット上で話題となりましたが、職業安定法5条の4およびその指針との関係で、この人材紹介会社の業務も違法のおそれが強いと思われます。
(2)リクルーターからSNSに書き込んでいたミュージシャンの話題をふられた
うえでみたように、企業の採用担当者等は、就活生本人から直接取得する場合、あるいは本人の同意を得た場合にしか個人情報を取得できず、そうでなければ就活生のSNSをみて個人情報を取得することができません。
そしてさらに、職業安定法5条の4は、企業の採用の「業務の目的の達成に必要な範囲内で」しか、企業は求職者の個人情報を取得できないとしています。あるミュージシャンを好きか否かが、一般企業の採用業務の目的達成に必要とは通常考えられません。
また、平成11年労働省告示第141号は、「思想・信条」に関する個人情報の取得を禁止しており、厚労省サイト「公正な採用選考の基本」の「(3)採用選考時に配慮すべき事項」の「b」は、「購読新聞・雑誌・愛読書・尊敬する人物・人生観・生活信条」などの情報を企業が就活生から取得することを禁止しています。
音楽をどの程度愛好するかは人により異なると思われますが、しかしある人にとってはある音楽が、人生観・生活信条や尊敬する人物に関連することもあり得ると思われ、本記事に掲載されている、音楽の話題を出してきたリクルーターは、勝手に本人のSNSをみているだけでなく、思想・信条に関連しうるセンシティブな話題をリクルーター面接の場に出しているという点で、二重に法的に問題であると思われます。
(3)デモなどへの参加の有無を面接等で問うこと
なお、この季節になるとしばしばネット上で話題になるのが、デモなどへの参加の有無を面接等で問うことの当否です。
これも、平成11年労働省告示第141号および厚労省サイト「公正な採用選考の基本」の「(3)採用選考時に配慮すべき事項」の「b」が、「労働組合への加入状況、学生運動、社会運動など」に関する個人情報の取得を禁止していることから許されません。
■関連するブログ記事
・コロナ禍の就活のウェブ面接での「部屋着を見せて」などの要求や、SNSの「裏アカ」の調査などを労働法・個人情報保護法から考えた(追記あり)
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■参考文献
・菅野和夫『労働法 第9版』161頁
・大矢息生・岩出誠・外井浩志『会社と社員の法律相談』53頁
・安西愈『トップ・ミドルのための 採用から退職までの法律知識〔十四訂〕』18頁