1.はじめに
少し前ですが、『判例タイムズ』1425号(2016年8月号)318頁に、新宿区のあるアパート(と思われる)のある住人が、その共有部分の屋根の支柱などにカメラを設置したところ、近隣住民からそのカメラの撤去等を求める訴訟が提起され、その一部を認容する興味深い裁判例(東京地裁平成27年11月5日判決)が掲載されていました。

2.事案の概要
本事件は、新宿区のある町の住民である原告X1ら4名が、同じく住民である被告が共有する区分所有建物(アパートと思われる)の共用部分の屋根の支柱などにカメラ4台(以下「本件カメラ」という)を設置し、原告らのプライバシー権を侵害しているとして、不法行為に基づき被告に対して、①本件カメラ4台すべての撤去および、②損害賠償を請求した事件です。

裁判所は、判決において、肖像権に関する京都府学連事件などの判例を引用した上で、本件カメラ1から4の設置状況や、これらのカメラにより原告らの居宅や生活道路などがどのように撮影されているかを個別に検討しています。その上で、本件カメラ1は、原告らの玄関・勝手口や生活道路を通行する様子が常時撮影され、原告らの日常生活が被告に常に把握されており、原告らの社会生活上受忍すべき限度を超えるとして、プライバシー侵害を認定し、①本件カメラ1の撤去と、②損害賠償の支払い、を命じる判決を出しています。(本件カメラ2から4までの撤去の請求は認めなかった。)

3.判旨(東京地裁平成27年11月5日判決・控訴)
『1 争点1(本件全カメラの設置に伴う原告らのプライバシー侵害の有無)について
(1)肖像権について
 人は、みだりに自己の容ぼう等を撮影されないということについて法律上保護されるべき人格的利益を有する(最高裁昭和40年(あ)第1187号同44年12月24日大法廷判決・刑集23巻12号1625頁、最高裁平成15年(受)第281号同17年11月10日第一小法廷・民集59巻9号2428頁参照)。もっとも、ある者の容ぼう等をその承諾なく撮影することが不法行為法上違法となるかどうかは,撮影の場所,撮影の範囲,撮影の態様,撮影の目的、撮影の必要性、撮影された画像の管理方法等諸般の事情を総合考慮して、被撮影者の上記人格的利益の侵害が社会生活上受忍すべき限度を超えるものといえるかどうかを判断して決すべきであると解する。


(2)本件カメラ1による原告らのプライバシー侵害の有無について
ア (略)
 しかるところ, 原告らが本件カメラ1の上記仕様と同等の撮影素子が「1/4インチ SHARP製CCD」、水平解像度 「420TV本」、レンズが「3.6mm」の小型カラーカメラ(以下「実験用カメラ」 という。)を用いて、本件カメラ1の設置位置と類似する場所(原告X3宅玄関入口まで、約11.6m、原告X2宅通用口まで約22.3mの距離の地点)から上記の本件カメラ1の撮影方向に向けて撮影実験を行った結果(証拠略)によると、①被告所有建物の1階居室南側窓及び同窓付近が映ること、②原告X3宅玄関入口付近に立っている人は、顔を識別できるほどではないもののかなり鮮明に映ること(証拠略)、③原告X4が原告X4宅玄関入口付近に立っている人は、顔を識別できるほどではないものの本件カメラ1に人の出入りがはっきりと分かる程度に映ること(証拠略)、④原告X2宅通用口の前付近においても 上記②及び③ほどは鮮明ではないものの、少なくとも人が通過していることは映像上認識することが可能であること(証拠略)、⑤本件道路を通行している人については、終始撮影されていること(証拠略)が認められる。
 以上のような事情からすると、本件カメラ1は、少なくとも本件訴状送達までの間は、本件道路のほか、原告X3宅玄関入口、原告X4宅の玄関付近及び原告2宅通用口付近を撮影していたものと推認することができる。』
(略)

『日常生活において、原告X1、原告X4、原告X3は、本件道路を、それぞれの居宅から公道に至る通路として使用しており、また、原告X2は、原告X2宅通用口から出入りするときに使用していると認められる(証拠略)。』

『以上の各事実によれば、上記アのとおり、本件カメラ1の撮影場所は屋外であるものの、撮影の範囲は、本件道路のほか、原告X3宅玄関入口付近、原告X4宅の玄関付近及び原告X2宅通用口付近にまで及んでいる。このような場所は、日常生活を営む上で必要不可欠な場所ということができるところ、本件カメラ1は、原告X3、原告X4及び原告X2が日常生活においてこれらの場所を利用する際に常に撮影対象となるものであって、上記原告らの外出や帰宅等という生活状況が把握されることとなっているものであり、結果として、少なくとも原告X3、原告X4及び原告X2については、この範囲を撮影されることによるプライバシー侵害の程度は大きいというべきである。』
(略)

このように、本件カメラ1の撮影が、常に行われており、原告らの外出や帰宅等という日常生活が常に把握されるという原告らのプライバシー侵害としては看過できない結果となっていること、(略)その他上記の種々の事情を考慮すると、本件カメラ1の設置及びこれによる撮影に伴う原告らのプライバシーの侵害は社会生活上受忍すべき限度を超えているというべきである。
 以上から、本件カメラ1の設置及びこれによる撮影は、原告らのプライバシーを違法に侵害するものといえる。


このように裁判所は判示し、被告に対し、①本件カメラ1の撤去、②原告X1ら4名に対してそれぞれ10万円の損害賠償の支払いを命じる、原告一部勝訴の判決を出しました。

4.検討
(1)肖像権
本地裁判決が引用している京都府学連事件(最高裁昭和44年12月24日判決)は肖像権を認めた判決ですが、肖像権を「個人の私生活上の自由の一つとして、何人も、その承諾なしに、みだりにその容貌・姿態を撮影されない自由」とし、この自由は憲法13条により保障されるとしています。そしてこの肖像権は、プライバシー権の一つとされます(芦部信喜『憲法 第6版』120頁)。

(2)プライバシー権
プライバシー権も人格権の一環として憲法13条により保障されますが、かつては、「ひとりでいさせてもらう権利」あるいは、「私生活をみだりに公開されないという法的保障ないし権利」(「宴のあと」事件・東京地裁昭和39年9月28日)ととらえられてきました。

しかしその後、ITなどの急速な発達による情報化社会の時代になると、むしろ公権力や大組織が個人に関する情報を収集・保管することこそが、保護されるべき個人の秘密にとって脅威となるとの認識が高まっています。

そこで、現在では、プライバシーの権利は、「自己に関する情報をコントロールする権利」として積極的にとらえる見解が通説的となっています。もともと個人の尊重の原理から要求されるものは、個人の自律的な社会関係の形成を尊重することです。そして、自律的に形成される領域は、本来公権力や第三者によって干渉されてはならない領域であるから、それらがその領域の情報に立ち入ることを許さないということになります。

すなわち、プライバシーの権利とは、①個人として秘密にしておきたいという主観的感情の保護を自由権的・消極的に要求するにとどまるものではなく、②個人が自律領域の保護を請求権的・積極的に要求するものでもあるということになります。(野中俊彦・中村睦男・高橋和之・高見勝利『憲法Ⅰ 第5版』275頁)

(3)プライバシー権・肖像権と個人情報保護法等との関係
そして、プライバシーの権利を自己情報コントロール権ととらえると、個人が自律領域の保護を公権力に対して請求権的・積極的に要求するためには、それらは、憲法上はいまだ抽象的な権利といえるので、まずは個人情報保護法などの法律や条例等に基づくことになります。

一方、個人として秘密にしておきたいという面の保護を自由権的・消極的に主張するには、それらは前述の京都府学連事件などの判例により、憲法13条から導き出される具体的権利として判例・通説上認められているため、個人情報保護法など法律に個別の条文がなくても、不法行為(民法709条)に基づく損害賠償請求や差止請求・撤去請求などの請求ができることになります。今回取り上げた東京地裁の事案はまさにこの後者に該当します。

本東京地裁判決を読むと、防犯カメラを設置した被告側は、①「防犯カメラ作動中」というプラスチックのステッカーを表示していたこと、②当該防犯カメラは2週間の使用でデータが上書きされるので取得している情報は少ない、などの個人情報保護法を意識した反論を行っていますが、東京地裁は結論として、常時、原告らの日常生活の状況が被告により把握されてしまっているとして、本件カメラ1による近隣住民である原告らのプライバシー権侵害の程度は社会生活上受忍すべき限度を超えて違法と判断して、本件カメラ1の撤去と損害賠償の支払いを命じる判決を出しています。

なお、本事件に類似し、近隣住民側が勝訴となった事案として、東京地裁平成21年5月11日判決(判例時報2055号85頁)などがあるようです。

■追記
本事例のような防犯カメラで取得された個人情報やプライバシーなどの問題に関しては、憲法学者の石村修・専修大学名誉教授のつぎの論文が大変参考になります。
・石村修「コンビニ店舗内で撮影されたビデオ記録の警察への提供とプライバシー : 損害賠償請求控訴事件」『専修ロージャーナル』3号19頁|専修大学

■参考文献
・『判例タイムズ』1425号(2016年8月号)318頁
・芦部信喜『憲法 第6版』120頁
・野中俊彦・中村睦男・高橋和之・高見勝利『憲法Ⅰ 第5版』275頁
・棟居快行「講演会参加者リストの提出とプライバシー侵害」『憲法判例百選Ⅰ 第6版』44頁