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1.NTT社長、海賊版サイトへのブロッキング実施について「無法地帯放置しない」
最近の日経新聞によると、NTT持株会社の鵜浦博夫社長は、2017年度決算説明会で漫画の海賊版ブロッキングの実施について記者からの質問に答えたそうです。

それによると、2017年秋に世論を喚起することを目的とし、ある出版社からNTTを被告とする民事訴訟を起こしてよいか?との相談を受け、社内でブロッキングの検討を始めたそうです。

また、鵜浦社長は、「ネット社会の自由やオープン性を守り、ネットの無法地帯を放置しないとの強い思いがあった」「(海賊版サイトが)サイトを閉じたから不法行為が清算できたわけではない。今後、同じ行為が繰り返されるのを防止するため(にブロックングを実施した)」等と語ったそうです。

・NTT社長「無法地帯放置しない」 ブロッキング決断 :日本経済新聞

つまり、鵜浦社長は、「ネット社会の自由やオープン性を守る」という崇高な理想を掲げた悪と戦う正義のヒーローのようです。

しかし、通信事業者であるNTTコミュニケーションズ、NTTドコモなどのNTTグループは、そのような行動を行うことは法的に許されるのでしょうか。

2.NTT脅迫電報事件(大阪地裁平成16年7月7日判決)
この点、つぎの、NTT西日本・東日本がヤミ金融業者らの送信した脅迫的内容の電報を配信したことが違法であると、受信者の多重債務者らが求めた損害賠償の請求訴訟が棄却された裁判例(大阪地裁平成16年7月7日判決、『判例時報』1882号87頁)が参考になると思われます。本地裁判決はおおむねつぎのように判示しました。

■判旨(大阪地裁平成16年7月7日判決)
(1)原告ら(=多重債務者ら、以下「X」とする)の主張は、(電文の内容が)公序良俗(民法90条)に反することや、電気通信事業という公共事業に携わる被告ら(= NTT西日本およびNTT東日本、以下「Y」とする)には一般人にもまして他人に対する権利侵害を防止すべき条理上の注意義務があることを根拠として、Yらに電報の受付ないし配達を差し止めるべき作為義務があるというものである。

(2)(しかし)民法90条は、そもそも公序良俗違反の法律行為を無効とする規定に止まるのであり、それを超えて何らかの法的作為義務を根拠づけるものと解することはできない。

また、Xらが条理として主張するところは、他者に対して危害を加えてはならないという観念的、抽象的なものに過ぎず、(略)法的作為義務の発生原因とはなしえないものというべきである。(略)

(3)(略)Xらの求める行為の内容は、通信事業者に求めることが適当でないのみならず、かえって公共的通信事業者としての職務の性質からして許されない。(略)その理由は、以下のとおりである。

ア (XらがYに求めている行為は)、Yらが受付ないし配達を行おうとする電報の電文が脅迫を内容とすることを覚知した場合に、当該電報の受付ないし配達を差し止めるべきものとするものであるが、仮にそのような作為義務を認めるとすれば、Yらがそのような電報全てにつき、事前にその内容を個別的に審査せざるを得ないことになる。(略)

イ ところで、(略)電気通信事業者は、利用者間で通信が行われるに際し、あくまでも物理的な通信伝達の媒介ないし手段として、発信者から発信された通信内容をそのまま受信者に伝達することが、その提供する役務の内容として予定されているものである。

そうすると、電気通信事業者ないしその従業者が電気通信役務を提供するに際し、その取扱いの過程において通信内容を事実上覚知することがありえるとしても、その通信に係る情報の内容面については全く関知せず、受信者にそのまま伝達することが当然に求められているものである。(略)

ウ しかるに、Xらが主張するような作為義務を電気通信事業者であるYらに課すとすれば、Yらとしては、前示アのとおり、取り扱う全ての電報についてその内容を個別的に把握し、審査しなければならないことになるところ、このことによる社会的な悪影響は極めて重大であり、ひいては電報、葉書といった社会的に有用な通信手段の存立を危うくするものとすらいい得るものである。

なぜなら、(略)人が通信を利用して社会的生活を営むに際し、通信の内容が逐一吟味されるものとすると、これら通信による情報伝達の委縮効果をもたらし、自由な表現活動ないし情報の流通が阻害されることになるからである(憲法が保障する基本的人権としての通信の秘密の保護の核心は、通信内容が第三者に把握ないし審査されない点にあるのであり、結果として通信がそのまま受信者に伝達されればそれで良いというものではないことは当然である)。

このことは、憲法21条が通信の秘密を保障し、これを受けた電気通信事業法3条、4条が電気通信事業者の取扱中に係る通信につき検閲及び通信の秘密の侵害を禁止する趣旨に鑑みても明らかである。(略)

(5)なお、(本件の脅迫的内容の電報は、)少なからざる恐怖感、不快感を与え、精神史的苦痛を与えたものと推測するに難くな(い)。しかしながら、これにより本件各電報を発信した者(略)の不法行為責任を追及するのであれば別格、公共的通信事業を担うYらを非難し、その不法行為責任を追及するのはおよそ筋違いといわざるを得ない。(略)

3.検討
(1)本判決について
以上のように判示して、本地裁判決は、X側の電気通信事業者は通信全てを個別に審査・検閲し、その通信内容が公序良俗違反であるときは条理上、当該通信を差し止め(ブロック)すべきであるとの主張を退けました。

また、違法・不当とXらが主張する通信に関し、当該通信を発信した者に対して損害賠償責任を追及する訴訟を提起するなら別格、そのまま通信の媒介を行っている電気通信事業者たるYらを訴えることは「筋違い」であるともこの判決は述べています。

なお、本地裁判決はXらにより控訴されましたが、高裁でも棄却され確定しています(大阪高裁平成17年6月3日判決)。

このように、本地裁判決は、①ある電報が違法・不当な内容であるか否かを把握するためには、全電報を審査の対象としなければならず、結局、多くの電報利用者の通信の秘密を侵害することになり、このことによる社会的な悪影響はきわめて重大である、②通信の内容が逐一吟味されるものとすると、萎縮効果をもたらし、自由な表現活動ないし情報の流通が阻害されること、をとくに重視しているものと思われます。

(2)NTTグループによる海賊版サイトのブロッキング実施を考える
このNTT脅迫電報事件を今回のNTTグループのブロッキングにあてはめて考えると、やはりNTTグループはブロッキングを実施したことは違法となりそうです。

ユーザーが違法な海賊版サイトを閲覧することをISPがブロッキングするためには、あらかじめブロックするサイトのリストを作成しておき、あるユーザーが海賊版サイトのURLに接続しようとしたら、リストの情報に基づいて、その接続を遮断(ブロック)することになります。

つまり、ブロッキングを実施するためには、NTTグループは常時、全ユーザーのPCやスマホなどの電子媒体における挙動を監視・監督していることになります。ISPがすべてのユーザーのネット上の動向や、どんな通信を誰といつ行っているかを常時監視しているということは、NTTの多くのユーザーにとって、通信や表現の自由を侵害し、大きな委縮効果をもたらすでしょう。

なお、NTTなどISPが監視しているのはヘッダー情報などであり、それは通信内容そのものではないから、NTTのブロッキングには問題がないという主張があります。

しかし、憲法21条2項、電気通信事業法4条における「通信の秘密」とは、通信内容そのものだけでなく、ヘッダー情報、アドレス、住所、通信日時、通信個数など、通信の外形的事項も含むとされています。これは、誰といつ通信をしたかという情報が漏洩しただけで、本人の通信の内容が推知されてしまうおそれがあるからです(曽我部真裕・林秀弥・栗田昌裕『情報法概説』51頁)。裁判例も同様に考えています(東京地裁平成14年4月30 日判決)。そのため、この主張は正しくありません。

やはり、現行法下においては、違法な海賊版サイトを法律の根拠なくNTTなどのISPがブロッキングすることは、「電気通信事業者に求めることが適当でないのみならず、かえって公共的通信事業者としての職務の性質からして許されない」と考えるべきです。

多くの専門家の方々が指摘されているとおり、国会における議論をして、通信傍受法などのような立法の是非を検討すべきです。

鵜浦社長自身は崇高な理想と使命感に基づいて「ネット社会の無法地帯を許さない」と考え、ご自身をハリウッド映画にでてくるヒーローと考えているのかもしれませんが、実際には、法律なんかどうでもいいと公言する西部劇にでてくる無法者の賞金稼ぎ程度にしか見えません。個人事業主程度ならそれも許されるのかもしれませんが、鵜浦社長は日本を代表するIT企業の社長であり、法令をはじめ、さまざまな面に考察が必要なはずです。

なお、さらに最近の日経新聞記事によると、NTTの鵜浦社長に「世論を喚起するために訴えていいか」ともちかけたのは、カドカワの川上社長だそうですが、ユーザー・国民不在で、こういう談合のようなやり口で、裁判所を使いっ走りのように使おうというNTTとカドカワの傲慢不遜でモラルのない態度・コンプライアンス意識のなさには、呆れるというか、驚いてしまいます。

■関連するブログ記事
・漫画の海賊版サイトのブロッキングに関する福井弁護士の論考を読んでー通信の秘密

■参考文献
・『判例時報』1882号87頁
・曽我部真裕・林秀弥・栗田昌裕『情報法概説』51頁

情報法概説