金融庁プレート

1.明治安田生命保険の遺伝子検査に関する見解の新聞報道
Fintech(フィンテック)という言葉がもてはやされるようになった2016年4月に、大手生命保険会社の一つである明治安田生命保険が、人の遺伝子の情報を保険サービスに活用する検討に入ったことが新聞報道されました。

・明治安田生命 遺伝情報、保険に活用検討 病気リスクで料金に差も|毎日新聞

しかしこれは、顧客が生命保険契約に加入する際に、遺伝子情報の内容により、保険料が割高となったり、あるいは保険金額が削減されたり、最悪の場合、顧客が保険加入を断られるリスクが発生する危険があります。そもそも保険とは多数の顧客が加入することにより、広くリスクを分散する、相互扶助の制度であるにもかかわらずにです。

平成27年に改正された個人情報保護法は、「要配慮個人情報」に関する条文を新設し(法2条3項)、病歴などのセンシティブ情報(機微情報)に該当する個人情報は特に厳格な取り扱いが必要と定めました。この要配慮個人情報には遺伝子検査の結果も含まれています(個人情報保護委員会「個人情報保護ガイドライン(通則編)」2-3(8))。また、最近、IT企業などが実施している消費者直版型遺伝子検査(DTC)の結果もこれに含まれます(個人情報保護委員会Q&A1-26、岡村久道『個人情報保護法 第3版』91頁)。

また、アメリカやドイツなどでは、遺伝子情報に基づく進学・就職・保険への加入などにおける差別を禁止する遺伝子差別禁止法が制定されていますが、日本にはそのような法律は未だ存在していないのが現状です。

■関連するブログ記事
・遺伝子検査と個人情報・差別・生命保険/米遺伝子情報差別禁止法(GINA)
・明治安田生命保険が保険の引受け審査に遺伝子情報の利用を表明/ドイツ遺伝子診断法

2.保険法学界の反応
このような一部の生命保険会社の前のめりな姿勢に対して、学説はつぎのような批判的な見解をとっています。

『保険加入のために(加入者の側が)遺伝子検査を受けることを強制されることは自己決定権を侵害することになる。既に遺伝子検査を受けており何らかの異常があることが判明している場合に、自分自身では如何ともしがたい遺伝子情報を理由に保険への加入を拒絶されることは不当な差別である。また生存に不可欠な保険に加入する権利を脅かすものである』(山下友信『保険法(上)』(2018年6月)418頁以下)。


3.金融庁の反応
そして、監督官庁である金融庁も2018年2月のプレスリリースのなかで、このような一部生命保険会社のスタンスをつぎのように牽制しています。

4.「遺伝」情報の取扱いについて
○ 先日、全ての生保会社および損保会社を対象に、約款および事業方法書等に「遺伝」関連の文言が残っていないかの調査を行ったところ、約款に4社、事業方法書等に 33 社、「遺伝」関連の文言が確認された。(略)

○ 各社におかれては、これまでも遺伝的特徴に基づく不当な差別的取扱いの排除に努めているものと承知しているが、今後とも、役職員に対する教育を徹底するなど、引き続き適切に対応してほしい。

・生命保険協会(平成30年2月16日)(PDF:75KB)|金融検査・監督の考え方と進め方|金融庁

4.まとめ
このように、学界や監督官庁から、遺伝子検査の結果などを生命保険の引き受け審査に利用することは、顧客への差別などにつながるので許容されないとの見解が出されている以上、明治安田生命をはじめ、一部の前のめりな生命保険各社は、遺伝子検査情報に関するスタンスを今一度確認する必要があります。

一部の医療機関でない民間IT企業などによる安易な通販型の遺伝子検査(消費者直版型遺伝子検査(DTC))がすでに行われる一方で、わが国においては未だ遺伝子検査・遺伝子情報の取扱について社会的議論が深まっているとはいえない状況にあり、米独などのような遺伝子差別禁止法も制定されていません。

このような社会情勢のなか、生命保険会社が急性に遺伝子検査情報を保険の引き受け査定などに利用することは、社会からの生命保険業界全体への厳しい批判や信頼低下を招くおそれがあります。

また、消費者も占いでも楽しむように安易な感覚で民間企業の遺伝子検査を受けることは避けるべきです。軽い気持ちで検査を受けて、入学、就職、保険への加入など人生における重要な事柄を台無しにしてしまいかねません。

■参考文献
・山下友信『保険法(上)』(2018年6月)418頁以下
・岡村久道『個人情報保護法 第3版』91頁