1.はじめに
朝日新聞などの報道によると、郵便局(日本郵便)が「お客さま感謝デー」と銘打ったイベントなどで、ゆうちょ銀行の保有する顧客の個人データを顧客の同意なしにかんぽ生命の保険営業に流用していたことがわかったとのことです。かんぽ生命は9月20日、保険業法違反の恐れがあるとして金融庁に報告。日本郵便は同日、全国の郵便局に対し、銀行データを使ったイベントは企画中のものも含めてすぐに中止するよう指示を出したとのことです。日本郵便は、「銀行システムで貯金残高や年齢が条件に合う顧客を検索・リスト化し、一時払い終身保険などを売るために来局を促す」等の行為をしていたとのことです。(「ゆうちょ顧客データ、かんぽ営業に不正流用 郵便局で保険業法違反か」朝日新聞2024年9月21日付)。このブログ記事では、この事件を保険業法の観点からみてみたいと思います。
2.非公開金融情報保護措置
郵便局(日本郵便)は、ゆうちょ銀行から銀行業の一部の委託を受けている銀行等代理店です。その銀行等代理店は、保険募集を行う際には、銀行の業務において取扱う顧客に関する情報(個人情報)の利用について、事前に書面その他の適切な方法により、当該顧客の同意を得なければならないとされており、そのための措置は非公開金融情報保護措置と呼ばれています(保険業法施行規則212条2項1号、212条の2第2項1号)。
保険業法施行規則「非公開金融情報」とは、銀行等が職務上知り得た顧客の預金、為替取引または資金の借入に関する情報その他の顧客の金融取引または資産に関する公開されていない情報と規定されています(ただし、氏名・住所・電話番号・性別・生年月日・職業の属性情報は除く。保険業法施行規則212条2項1号イ)。
第212条
2 生命保険募集人である銀行等又はその役員若しくは使用人が前項各号に掲げる保険契約の締結の代理又は媒介を行うときは、当該銀行等は、次に掲げる要件を満たさなければならない。
一 銀行等が、顧客に関する情報の利用について、次に掲げる措置を講じていること。
イ その業務(保険募集に係るものを除く。)において取り扱う顧客に関する非公開金融情報(その役員又は使用人が職務上知り得た顧客の預金、為替取引又は資金の借入れに関する情報その他の顧客の金融取引又は資産に関する公表されていない情報(第五十三条の九に規定する情報及び第五十三条の十に規定する特別の非公開情報を除く。)をいう。次条第二項第一号、第二百十二条の四第二項第一号、第二百十二条の五第二項第一号及び第二百三十四条第一項第十八号において同じ。)が、事前に書面その他の適切な方法により当該顧客の同意を得ることなく保険募集に係る業務(顧客が次項に規定する銀行等生命保険募集制限先に該当するかどうかを確認する業務を除く。)に利用されないことを確保するための措置
この点、冒頭の新聞記事によると、郵便局は、「銀行システムで貯金残高や年齢が条件に合う顧客を検索・リスト化し、一時払い終身保険などを売るために来局を促す」ためにイベント等を開催していたとのことであり、貯金残高などの情報は非公開金融情報に該当します。
つぎに、非公開金融情報保護措置とは、保険募集に係る業務において銀行等の非公開金融情報が事前の顧客の同意なしに利用されることを防止するための措置であるところ、どのような業務が「保険募集に係る業務」に該当するのかが問題となりますが、金融庁のパブリックコメント回答は、「もっぱら保険募集のために一定金額以上の預金を有する者の選定を行う準備作業」、「もっぱら保険募集のために顧客のリストを作成する行為等」も「保険募集に係る業務」に該当するとして、事前の顧客の同意が必要としています(中原健夫・山本啓太・関秀忠・岡本大毅『保険業務のコンプライアンス 第4版』273頁)。
この点、冒頭の新聞記事によると、「日本郵便は…顧客が来局したあとに同意を得れば問題ないと認識していた」とあります。
しかし日本郵便が行っていたのは、「銀行システムで貯金残高や年齢が条件に合う顧客を検索・リスト化し、一時払い終身保険などを売るために来局を促す」ものであったのですから、これは金融庁のパブコメ回答の「もっぱら保険募集のために一定金額以上の預金を有する者の選定を行う準備作業」や「もっぱら保険募集のために顧客のリストを作成する行為等」類似の行為であり、「保険募集に係る業務」に該当するといえるので事前に顧客の同意を得ていなければ、非公開金融情報保護措置違反になると考えられます(保険業法施行規則212条2項1号、212条の2第2項1号の違反)。
3.まとめ
このように郵便局・日本郵便が「お客さま感謝デー」と銘打ったイベントなどで、ゆうちょ銀行の保有する顧客の個人データを事前の顧客の同意なしにかんぽ生命の保険営業に流用していたことは、非公開金融情報保護措置違反であり、保険業法に抵触すると考えられます。日本郵便、かんぽ生命は2019年には組織ぐるみの大規模な生命保険の乗換契約の不正により大きな社会的批判を浴びましたが、コンプライアンス軽視の社内風土は改善されていないようです。
今回の不祥事も、金融庁に報告書を提出し、新聞報道などがなされる状況になっても、日本郵便やかんぽ生命のウェブサイトをみてもプレスリリースが出されていないことも、日本郵政グループの透明性の低さや、内向きな姿勢を感じます。
■参考文献
・中原健夫・山本啓太・関秀忠・岡本大毅『保険業務のコンプライアンス 第4版』271頁、273頁
■追記(2024年9月27日)
日本郵政の増田寬也社長は9月27日、この不祥事について記者会見で謝罪したとのことです。また、日本郵政は本事件についてプレスリリースをようやく公表しました。
・非公開金融情報の不適切な利用について|日本郵政
・郵便局のゆうちょ情報流用で郵政社長「おわび」来月上旬に再発防止策|朝日新聞
また、9月27日の総務省の記者会見で、松本・総務大臣は本事件について、つぎのようにコメントしています。
ご承知のとおり、金融の仕組み、かつて40年ほど前は、保険も証券も銀行も全部分かれているときがありましたが、金融ビッグバンである程度フィナンシャルグループという形も認められるようになった中でありますが、顧客情報管理も含めてファイアウォールなど制度が組み立てられていますので、グループが連携して活動することは大事ですが、今申しましたように、顧客情報の管理も含めて法律、ルールは守っていただかなければいけないので、コンプライアンスの徹底を改めてお願いしたいと思います。
■関連するブログ記事
・かんぽ生命・日本郵便の不正な乗換契約・「乗換潜脱」を保険業法的に考える
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