なか2656のblog

とある会社の社員が、法律などをできるだけわかりやすく書いたブログです

カテゴリ: 憲法

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1.はじめに
NHKの5月14日のニュースによると、帯広中央病院、済衆館病院、JA広島総合病院、福井赤十字病院、府中病院(大阪)の5か所の病院の眼科医5名が、米医療機器会社の日本法人「スター・ジャパン」社に対して、患者の白内障手術をスター・ジャパン社のカメラで撮影した画像データを3年間にわたり繰り返し第三者提供し現金(40万円~105万円)を受け取っていたことが発覚したとのことです。

・“手術動画”無断で外部提供か 病院側「再発防止に努めたい」|NHKニュース

本事件は、センシティブ情報の要配慮個人情報である医療データについて、①取得にあたり「本人の同意」は適正に取得されていたのか、②医療機器メーカーに販売するという利用目的での本人の同意は取得されていたのか、あるいは目的外利用に本人の同意はあったのか、③医療機器メーカーに販売するという第三者提供について本人の同意は得られていたのか、④各病院の安全管理措置、⑤医師の守秘義務などが主に問題になると思われます。

2.要配慮個人情報
白内障手術の画像データは、「医師等により心身の状態の改善のための指導又は診療」に該当する「診察情報」(個人情報保護法施行令2条3項)に該当するので、要配慮個人情報に該当します(個人情報保護法2条3項)。そして要配慮個人情報の収集にあたっては原則として「本人の同意」が必要となります(法20条2項)。(岡村久道『個人情報保護法 第4版』237頁、91頁。)

3.「医療・ 介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」における「本人の同意」
この「本人の同意」について、平成29年4月29日・個人情報保護委員会・厚生労働省「医療・ 介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」の「Ⅳ 医療・介護関係事業者の義務等」の「9.個人データの第三者提供(法第27条)」の「(3)本人の同意が得られていると考えられる場合」は、つぎのような場合は本人の同意は得られているとしています(黙示の同意)。

「(略)このため、第三者への情報の提供のうち、患者の傷病の回復等を含めた患者への医療の提供に必要であり、かつ、個人情報の利用目的として院内掲示等により明示されている場合は、原則として黙示による同意が得られているものと考えられる。(後略)」
病院の本人の同意
(個人情報保護委員会・厚生労働省「医療・ 介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」より)

つまり、①患者への医療の提供に必要であり、かつ、②個人情報の利用目的として院内掲示板等により明示されている場合、には、患者本人からの明確な本人同意がなくても黙示の同意が得られており、「本人の同意」は適法に取得されていると本ガイダンスはしています。

この点、例えば今回問題となった帯広協会病院は、同病院サイトでプライバシーポリシーのなかで利用目的を表示しています。

帯広病院1
帯広病院2
(帯広協会病院サイトより)

しかしこの帯広協会病院のプライバシーポリシーの利用目的には、「外部の医療機器メーカーなどの医療機器の研究開発に協力する」であるとか、「外部の医療機器メーカーなどに患者の医療データを販売(第三者提供)する」などの利用目的は記載されていません。(個人情報保護委員会等の本ガイダンスに記載されている利用目的の例をみると、他の4つの病院にも記載はないものと思われます。)

4.小括
(1)そのため、本事件において、5つの病院は本人の同意なしに要配慮個人情報の患者の白内障手術の画像データを取得している点で法20条2項違反であり、また本人の同意なしに患者の個人データを目的外利用し、またスター・ジャパン社に第三者提供しているので、法18条1項違反および法27条1項違反であると思われます。さらに、所属する眼科医がこのような違法な行為をしていたことを見逃していた帯広協会病院など5つの病院は、病院内の個人情報に関する安全管理措置に重大な落ち度があったといえると思われます(法23条、24条)。

(2)加えて、今回違法に提供された白内障手術の画像データの全部または一部をスター・ジャパン社に提供し、現金を受け取っていた5名の医師および病院は、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金の個人情報データベース等提供罪に該当する可能性があるのではないでしょうか(法174条)。同時にこの医師らは守秘義務違反として刑事責任を問われる可能性があります(刑法134条)。

5.被害にあった患者の方などについて
本事件では、白内障手術の画像データという個人データが本人の同意なしに目的外利用され、また第三者提供されているので、被害にあった患者の方は、各病院に対して、個人データの利用の停止または消去と、第三者提供の停止請求を行うことができます(法35条1項、3項)。また、被害にあった患者の方々は、各病院および各医師に対してプライバシー権の侵害として不法行為に基づく損害賠償責任を請求することができます(民法709条、715条)。

6.個人情報保護委員会など
本事件は個人情報漏洩事故といえるので、各病院は個人情報保護委員会および厚労省に対して報告をし、被害者に通知するとともに公表することが義務付けられています(法26条)。

一方、個人情報保護委員会および厚労省は、各病院に対して報告を徴求し立入検査を行い(法143条)、指導・助言や勧告・命令などの行政指導・行政処分を出すことができます(法144条、145条)。

7.まとめ
このように本事件は、センシティブ情報の要配慮個人情報である医療データについて、①取得にあたり「本人の同意」が適正に取得されておらず違法であり、②医療機器メーカーに販売するという利用目的での本人の同意は取得されておらず違法な目的外利用であり、③個人データの医療機器メーカーへの第三者提供について本人の同意は得られておらず違法であり、④各病院の安全管理措置は尽くされておらず、⑤医師の守秘義務違反による刑事責任やプライバシー侵害による不法行為に基づく損害賠償請求権が問題となる事案であると思われます。

■追記(5月17日)
NHKのニュースによると、本事件について、厚労省はスター・ジャパン社に聞き取りをするなどの調査を開始したとのことです。また、業界団体の「医療機器業公正取引協議会」も調査を開始したとのことです。今後の展開が気になるところです。

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■参考文献
・岡村久道『個人情報保護法 第4版』237頁、91頁、400頁、405頁
・平成29年4月29日・個人情報保護委員会・厚生労働省「医療・ 介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」

■関連する記事
・健康保険証のマイナンバーカードへの一体化でカルテや処方箋等の医療データがマイナンバーに連結されることを考えた
・デジタル庁「教育データ利活用ロードマップ」は個人情報保護法・憲法的に大丈夫なのか?
・スーパーシティ構想・デジタル田園都市構想はマイナンバー法・個人情報保護法や憲法から大丈夫なのか?-デジタル・ファシズム













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2022年にはいってから、個人情報保護委員会(PPC)で「防犯予防や安全確保のためのカメラ画像利用に関する有識者検討会」が開催されています。そこで、PPCサイトで公表されている同検討会の資料を読み、気がついたところを簡単にまとめてみました。

・犯罪予防や安全確保のためのカメラ画像利用に関する有識者検討会(第1回)
・犯罪予防や安全確保のためのカメラ画像利用に関する有識者検討会(第2回)
・犯罪予防や安全確保のためのカメラ画像利用に関する有識者検討会(第3回)

Ⅰ.資料2「顔識別機能付き防犯カメラの利用に関する法的整理と検討課題」について
1.2頁の3.カメラ画像の提供の(3)共同利用について
(1)防犯カメラの個人データが際限なくどんどん広範囲に共同利用されてしまうおそれへの歯止めが必要ではないか。学者の先生方の教科書をみると、共同利用の限界は「書店業界」など「〇〇業界」のなかが限界(外延)であるように読めるが(園部逸夫・藤原静雄『個人情報保護法の解説 第二次改訂版』187頁)、もし防犯カメラの個人データが「日本の小売業全体」で共同利用されてしまったら、それは範囲が広すぎではないか。立法などで歯止めをかけるべきではないか。

(2)また第三者提供の例外である委託、事業承継、共同利用のなかで、共同利用は一番抽象的で事業者にいかようにも利用されてしまうリスクが高い。(例、TポイントのCCCの個人データの管理が当初、共同利用とされていたことなど)この点は、今後の個人情報保護法の改正などで明確化を図るべきではないか。

2.2頁の開示等請求について
(1)いわゆる「防犯カメラの冤罪被害者」の方々がスーパーや警備会社などに開示等請求をしても、一番多い対象は「うちはそういうことはやってない」「そういうデータは保存していない」と対応を断られることである。この場合、個人情報保護法上は開示等請求の民事訴訟を提起するしか対応方法がないが、これは一般市民にはハードルが高すぎる。例えば個人情報保護委員会(PPC)への相談、申告などの手続きを経て、PPCから事業者に対して助言・指導を行わせるなど、PPCが関与して紛争解決をするための手続きがあったほうがよいのではないか。

3.3頁の(1)利用目的の特定について
(1)PPCの個人情報保護法QA1-12は、ただの防犯カメラは個人情報保護法21条4項4号との関係で事業者は「防犯カメラ作動中」との掲示・表示さえすればよしとされているが、顔識別機能付き防犯カメラの場合は「防犯のために顔識別技術を用いた顔識別データの取扱が行われていること」を示す掲示・表示が必要としているが、現状ではほとんどの事業者が後者を遵守していない。遵守させるために、ガイドラインやQAだけでなく立法が必要なのではないか。

4.12頁のカメラ画像の提供の(3)共同利用、個人情報保護法ガイドラインQA7-50について
(1)共同利用する個人データは「真に必要な範囲に限定」、「データベースへの登録条件を整備」とあるが、特にいわゆる「防犯カメラの冤罪被害者」の人々が被る権利利益の侵害、個人の尊重と基本的人権(プライバシー権など)の侵害は重大であるため、この部分を事業者や認定個人情報保護団体のブラックボックスとさせないように、登録条件・基準や保存期間、開示等請求の手続き、問合せ窓口などを事業者に制定させ公開させ遵守を義務付けるための立法が必要なのではないか。ガイドラインやQAなどでは足りないのではないか。個人情報保護法は事業者による個人情報の利用と国民の権利利益の保護や人権保障のバランスをとる法律であることを考えると、PPCは国民の個人の尊重と基本的人権を守るための行政活動や立法活動がより必要なのではないか(個人情報保護法1条、3条)。

5.13頁の開示等請求の施行令5条各号について
(1)一般論としては、事業者側の対犯罪対応、反社対策、警察などの対テロ対応、安全保障対策のためにこのような除外規定があることは理解できるが、しかしいわゆる「防犯カメラの冤罪被害者」のように間違ってデータベースに登録された人々の権利救済のためには、施行令5条にも、本人が異議申し立てをできる場合を明記するような方向で、個人情報保護法を改正すべきではないか。施行令5条が事業者の免罪符になっている現状は問題である。(例えば施行令5条に該当する場合でも、冤罪被害のおそれが高い場合には、PPCや裁判所の関与のもとにインカメラ手続きなどを利用して本人の権利救済を図るなど。)

個人情報保護法施行令5条
(個人情報保護法施行令5条。PPCの資料2より)

6.企業の特定分野を対象とする団体を認定する認定個人情報保護団体の創設について
(1)この法改正により、あまりにも広い範囲で個人データの共同利用がなされてしまった場合、本人の合理的な予測ができず、本人の権利利益の侵害となってしまうのではないか。(例えば業界をまたぐ個人データの共同利用などは認めるべきではないのでは。)認定個人情報保護団体や事業者の利便性とは別に、本人・国民の側の権利利益の保護も図られるべきではないか。

7.17頁の事業者の自主的な取り組みについて
(1)これらの事業者の自主的な取り組みを事業者に実施させるために、自主的な取り組みの制定・公表を事業者や認定個人情報保護団体に義務付け、遵守させるために、枠組み立法が必要なのではないか。

Ⅱ.資料3「顔識別機能付き防犯カメラの利用に関する国内外動向」について
(1)EUのGDPR22条だけでなく、同22条のプロファイリング拒否権やAI規制法案も検討すべきではないか。また、GDPR22条については、日本の2000年の旧労働省の「労働者の個人情報保護のための行動指針」第2第6(6)もプロファイリング拒否権を明記していたことをもっと注目すべきではないか。

(2)ドイツは憲法擁護庁など諜報機関の防犯カメラなどの統制のために「テロ対策データベース法」などを制定して諜報機関の防犯カメラなどの運用を第三者機関などがチェックしているそうなので、日本も同法を検討してはどうか(日弁連『監視社会をどうする』95頁以下に概要あり。)。また、米オレゴン州ポートランドは2020年9月に、民間企業も公共空間での防犯カメラの利用を禁止する法律を制定し、2020年8月にはアメリカの連邦裁判所が警察による防犯カメラの利用に違憲判決を出しているので、個人情報保護委員会は本検討会でこれらの法律や判決を検討すべきではないか。

Ⅲ.第1回議事録について
1.5頁開示請求について
(1)万引き犯などのブラックリストは施行令5条により保有個人データに該当しないとなると、事業者側は一切開示等請求に応じなくてよいことになってしまい、いわゆる防犯カメラの冤罪被害者の人権侵害を救済できない。施行令5条で一律に保有個人データに該当しないのではなく、ブラックリストに載せられた人を救済できるための何らかの手当が必要ではないか。

2.5頁GDPRについて
(1)DGPR9条だけでなく、同22条やAI規制法案も検討すべき。また、例えばドイツの憲法擁護庁など諜報機関に関する対テロ法など、諜報機関の情報管理を第三者がチェックするための法律なども検討すべき。本検討会の射程に収まるかは別として、PPCはプロファイリング拒否権やAI規制法を日本にも導入するために検討をすべきではないか。また、欧米は2000年代に制定した遺伝子差別禁止法なども日本も早く立法化すべきではないか。

Ⅳ.第2回議事録について
1.2頁目の真ん中の〇の部分
(1)「制定当初の個人情報保護法は…個人情報の中に機微性における区別はなかった」は、事実誤認である。制定当初の個人情報保護法に基づいて制定された、金融庁の金融分野における個人情報保護ガイドラインなどは、センシティブ情報に関する規定を置いている。また、2000年の旧労働省の「労働者の個人情報保護の行動指針」もプロファイリング拒否権の条文を置いている。

(2)3頁目の3番目の〇の「立法者意思説でなく法律意思説でいくべき」について 賛成である。立法者の意思も重要であるが、現在の社会情勢や判例・学説の動向を勘案の上、機動的に個人情報保護(個人データ保護)、個人の尊重や基本的人権の確立のための行政活動・立法活動を行うべきである。

2.6頁の顔識別機能付きカメラについて
(1)顔識別機能付きカメラにより個人のプロファイリングがなされてしまうとの問題意識に賛成である。この点をさらに深堀りし、国民の個人の尊重と基本的人権を守る方向で議論をすすめていただきたい。

3.7頁目の「検討すべき事項」について
(1)経産省・総務省の商用カメラに関する「カメラ画像利活用ガイドブック」と個人情報保護法や同ガイドラインの防犯カメラに関する部分との統一化が必要ではないか。カメラを利用し個人の顔識別やプロファイリングなどを行う面では同じ問題なのであるから。また、国民の個人の尊重と基本的人権の保護のために、これらを規制する枠組み立法が必要である。

(2)8頁目の「カメラ画像の第三者提供や共同利用」を広げていく議論に関しては、慎重な議論が必要である。個人情報保護法17条(利用目的の特定)の背後にある、「必要最低限の原則」に180度反する可能性が高いので、慎重な議論が必要である。同様に、デジタル庁等が現在推進している、「学習データ利活用ロードマップ」や「行政の保有する子供の個人データの共有化」「スーパーシティ構想・デジタル田園都市構想」などの政策も、この「必要最低限の原則」に180度反しているので、PPCは個人情報保護法の所管官庁として、しかるべき対応をすべきではないか。

(3)その他、就活生のSNSの「裏アカウント」を採用企業や調査会社などが調査し分析している問題や、ネット系人材紹介会社が本人の承諾なしに勝手にSNSやGithubなどの個人データを収集・分析して人材紹介ビジネスを行っている問題など、労働法(職安法など)と個人情報保護法が交錯する分野についても、PPCは厚労省と共担でしかるべき対応を行うべきではないか。また、最近、警察庁が国民のSNSをAIで捜査するシステムを導入したとのことであるが、これらについてもPPCは個人情報保護法(個人データ保護法)の担当所管としてしかるべき対応をすべきではないか。

(参考)
・JR東日本が防犯カメラ・顔認証技術により駅構内等の出所者や不審者等を監視することを個人情報保護法などから考えた(追記あり)
・防犯カメラ・顔認証システムと改正個人情報保護法/日置巴美弁護士の論文を読んで
・ジュンク堂書店が防犯カメラで来店者の顔認証データを撮っていることについて
・コロナ下のテレワーク等におけるPCなどを利用した従業員のモニタリング・監視を考えた(追記あり)-個人情報・プライバシー・労働法・GDPR・プロファイリング
・デジタル庁「教育データ利活用ロードマップ」は個人情報保護法・憲法的に大丈夫なのか?
・Github利用規約や労働法、個人情報保護法などからSNSなどをAI分析するネット系人材紹介会社を考えた
・警察庁のSNSをAI解析して人物相関図を作成する捜査システムを法的に考えた-プライバシー・表現の自由・GPS捜査・データによる人の選別
・遺伝子検査と個人情報・差別・生命保険/米遺伝子情報差別禁止法(GINA)
・日銀『プライバシーの経済学入門』の「プロファイリングによって取得した情報は「個人情報」には該当しない」を個人情報保護法的に考えた(追記あり)













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Twitterのロゴ
1.マスク氏がTwitter社を買収
マスメディア各社の報道によると、「Twitterの言論の自由」を掲げるイーロン・マスク氏が4月25日、Twitter社を約5.6兆円(440億ドル)で買収したとのことです。そして今後はTwitter社は非公開会社になるとのことです。ここで気になるのは、今後のTwitterで言論の自由など表現の自由がどうなるか、ユーザーの個人データの取扱がどうなるか等でしょう。
・Twitter、マスク氏による買収に合意 440億ドル(約5.6兆円)で非公開企業に|ITmediaNEWS

少し前まで、Twitter社の言論の自由には問題が多いと主張するマスク氏はTwitter社の大株主となり取締役として同社の経営に参画し、同社の改革を行う姿勢を示していました。しかしマスク氏はそれを撤回し、Twitter社を丸ごと買収するとともに同社を非公開化することとしてしまいました。

これではオーナーとなったマスク氏が、その地位をよいことにそれまでいた株主や、Twitterのユーザーなどの声を聞かず、自分自身の理念の「言論の自由」を振り回してワンマン経営を行うリスクがあります。

現実に、マスク氏のテスラ社では人種差別やセクハラが横行し訴訟が提起されており、また、同じくマスク氏のスペースX社のブロードバンド事業「スターリンク」は、既に1800機もの人工衛星システムを軌道上に構築し、多くの天文学者から「光害問題」を批判されているにもかかわらず、さらに同システムを拡大する方針のようです。
・テスラ、セクハラ問題で女性6人が提訴--SpaceXにもセクハラ批判|CNET Japan
・スペースXのスターリンクが成長を続ける一方、光害問題も深刻化しかねない|WIRED

このようにマスク氏はITベンチャー企業の典型的な経営者であり、自己の野心や正義のために驀進するタイプの人物で、必ずしも清廉潔白な人物、あるいはコンプライアンス意識の高い人物というわけではありません。そのため、今後のTwitterにおける表現の自由や、ユーザーの個人データの取扱などがますます気になります。

2.「思想の自由市場論」vs「闘う民主主義」
マスク氏の主張する「言論の自由」とは、おそらくアメリカや日本の憲法学の背景にある「思想の自由市場論」に近いものであると思われます。これは、多くの表現や意見が自由に表明され議論されれば、よりよい結論や真理に到達できるであろうとする考え方であり、18世紀のフランス革命やアメリカ独立戦争などの市民革命を経た近代社会の表現の自由に関する近代憲法の前提となる考え方です。これに対して、第二次世界大戦におけるナチズムの反省に立つ欧州では、さらに一歩進んで「自由主義・民主主義に反する者には基本的人権を与えない」という、いわゆる「闘う民主主義」とのポスト近代憲法(脱近代憲法)の考え方をとっています。

もしマスク氏が「Twitterの言論の自由を改革する」とワンマン・オーナーぶりを発揮したら、マスク氏の好む言論や表現の許される範囲は拡大するかもしれませんが、その一方で、テスラ社やスペースX社への批判や、マスク氏などへの批判などは規制されるようになってしまうかもしれません。

表現への規制には公権力や国民の多数派による濫用の危険がつきまといます。例えば2014年には、当時の自民党は「ヘイトスピーチとセットで国会デモを法規制すること」を提言し、議論を巻き起こしました。

あるいは、仮にマスク氏が欧州の「闘う民主主義」的な規制の多い表現空間ではなく、アメリカ・日本などの「思想の自由市場論」的な規制の少ない表現空間を目指すとしたら、表現の自由との関係でそれは一般論としては望ましいものの、例えば、2021年1月のアメリカ議会襲撃事件をネット上で扇動したとされるドナルド・トランプ氏の現在「凍結」されているアカウントをどうするのか?という困難な問題が浮上することになると思われます。

このように言論の自由、表現の自由の規制の問題は非常に困難が多いものですが、とくにTwitterなどのSNSは、国・自治体ではなく一民間企業にすぎないTwitter社が同社のシステム上の言論や表現、あるいは個人データの取扱を管理・運営しているため、ますます難解なものとなります。

(なお、憲法は原則として国を規制するための法ですが、Twitter社などの民間企業に対しても、憲法は法律の一般条項(民法1条2項、90条など)を通じて間接的に適用されるとするのが判例であり憲法学の通説的な見解です。)

3.「デジタル荘園」
この点、2020年1月の日本経済新聞の山本龍彦・慶大教授(憲法・情報法)の「プラットフォーマーと消費者(下) 「デジタル封建制」統制を」とのインタビュー記事などが参考になると思われます。(山本教授は講演会などでも「デジタル荘園」の考え方を講義されておられます。)
・プラットフォーマーと消費者(下) 「デジタル封建制」統制を|日本経済新聞

「デジタル荘園」とは元々経済学者の提唱した概念のようですが、TwitterやFacebook、Googleなどの巨大IT企業のGAFAは、まるで中世の「荘園」のように、ユーザーを自社のプラットフォームに「領民」・「農奴」として囲い込み、各種のサービスを提供・管理・運営し、マルウェアなどからユーザーを守る代わりに、「年貢」としてユーザーから個人データ等を徴収するということを表した考え方です。

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(中世ヨーロッパの荘園。Wikipediaより)

この「デジタル荘園」としてのTwitter等は、民主主義国家ではなく、あくまでも民間企業のサービスであり、われわれユーザーは国民ではなく消費者つまり「領民」や「農奴」に過ぎません。そのため、われわれユーザーは、仮にTwitter社のサービスや、「領主」のマスク氏や経営陣の経営に問題があるとしても、選挙権や被選挙権、リコール制度などは存在しないため、国民が民主主義国家の政府・議会に対してできることに比べて、Twitter社やマスク氏へ異議申し出や是正の要求を行うことが極めて困難になってしまいます。

18世紀の市民革命は荘園や教会などの「中間団体」を排除し、国家を国民と直接つなぎ、国民自身が国家に参画して自らを統治する近代民主主義国家が生まれたはずなのに、21世紀の現在、デジタル・プラットフォームであるGAFAなどの巨大IT企業が、再び中間団体としての「デジタル荘園」として、国民と国家とを分断しつつある状況です。

4.まとめ
このような「デジタル荘園」や、もしマスク氏がTwitter社をワンマン経営した場合のリスクに対しては、最近は日本・欧州などはデジタル・プラットフォーマー規制法(日本)・デジタルサービス法(EU)などを相次いで立法化していますが、そのような法的手当をより強化し、GAFAなど巨大IT企業を、国民の信託を受けた国会の立法による民主的なコントロールを行うことが必要なのかもしれません。

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■関連する記事
・メルケル独首相のツイッター社等のトランプ氏追放への「苦言」を考える-表現の自由
・「表現の不自由展かんさい」実行委員会の会場の利用承認の取消処分の提訴とその後を憲法的に考えた-泉佐野市民会館事件・思想の自由市場論・近代立憲主義

■参考文献
・水谷瑛嗣郎「AIと民主主義」『AIと憲法』(山本龍彦編)285頁
・野中俊彦・中村睦男・高橋和之・高見勝利『憲法1 第5版』312頁、352頁











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このブログ記事の概要
東北大学大学院工学研究科が教授職について「女性限定」で募集・採用を行うことは、それがポジティブ・アクションのための取組であるとしても、憲法および男女雇用機会均等法との関係で違法・不当と評価されるおそれがある。東北大学当局は再検討を行うべきではないか。

1.東北大学が女性限定の教授公募を開始
4月23日の朝日新聞の記事によると、東北大学大学院工学研究科が女性限定の教授職(任期無し)の公募を開始したとのことです。記事によると、東北大学は多様性、公正性、包摂性を理念に掲げた「ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DEI)推進宣言」を4月5日に発表したとのことで、この教授職の女性限定公募はその目玉策であるそうです。また東北大学は、「東北大学工学系女性研究者育成支援推進室(ALicE)」を設置し、同推進室は、「工学系分野において女性が安心してキャリアを継続できる真に豊かな社会の実現を目指し活動」しているとのことです。

もちろん職場や学問の場におけるダイバーシティ(多様性)の重要性は当然です。しかし、雇用・採用・募集を女性に限定することは、労働法や憲法との関係で違法のおそれがあるように思われます。
・東北大が女性限定の教授公募を開始 SNSでは否定的な声も|朝日新聞
・「東北大学ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DEI)推進宣言」について|東北大学
・女性が工学分野で、生き生きと活躍できる社会を目指して。|東北大学工学系女性研究者育成支援推進室(ALicE)

2.労働法から考える
(1)男女雇用機会均等法
1985年に制定された男女雇用機会均等法(雇用機会均等法)は当初は、「女性への差別」を努力義務として禁止する法律でした。その後、1997年に、雇用機会均等法は採用・募集・配置・昇進において「女性への差別的取扱」を法的義務として禁止する方向で法改正が行われました。しかしこれは「女性への差別的取扱の禁止」であり(片面的差別禁止)、「あらゆる性的な差別禁止」(両面的差別禁止)ではなかったため、「男性のみ募集」との趣旨の求人は違法でしたが「女性のみ募集」との求人は当時の雇用機会均等法との関係では違法ではありませんでした。

しかし2006年以降の法改正で雇用機会均等法は男女両方のあらゆる性的な差別を禁止するもの(両面的差別禁止)となりました(雇均法2条1項、5条、6条など)。

男女雇用機会均等法

(基本的理念)
第二条 この法律においては、労働者が性別により差別されることなく、また、女性労働者にあつては母性を尊重されつつ、充実した職業生活を営むことができるようにすることをその基本的理念とする。

(性別を理由とする差別の禁止)
第五条 事業主は、労働者の募集及び採用について、その性別にかかわりなく均等な機会を与えなければならない。

第六条 事業主は、次に掲げる事項について、労働者の性別を理由として、差別的取扱いをしてはならない。
 労働者の配置(業務の配分及び権限の付与を含む。)、昇進、降格及び教育訓練
 住宅資金の貸付けその他これに準ずる福利厚生の措置であつて厚生労働省令で定めるもの
 労働者の職種及び雇用形態の変更
 退職の勧奨、定年及び解雇並びに労働契約の更新

(2)ポジティブ・アクション
ここで、企業などの行う男女の格差是正のためのポジティブ・アクション(アファーマティブ・アクション、積極的格差是正措置)と「あらゆる性的差別禁止」との関係が問題となりますが、雇用機会均等法8条は「前三条の規定は、事業主が、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保の支障となつている事情を改善することを目的として女性労働者に関して行う措置を講ずることを妨げるものではない。」と規定しています。

この点、厚労省は平成18年に「労働者に対する性別を理由とした差別の禁止等に関する規定に定める事項に関し、事業主が適切に対処するための指針」(「性差別禁止等に関する指針」平18.10.11厚労告614号)を定めています。

この指針の「14 違反とならない場合」は、例えば、つぎのような場合はポジティブ・アクションに該当し、性的差別に該当しないとしています。

女性労働者が男性労働者と比較して相当程度少ない雇用管理区分における募集若しくは採用又は役職についての募集又は採用に当たって、当該募集又は採用に係る情報の提供について女性に有利な取扱いをすること、採用の基準を満たす者の中から男性より女性を優先して採用することその他男性と比較して女性に有利な取扱いをすること。

しかし同指針は、「2 募集及び採用」で、つぎのような行為は違法であるとしています。

イ 募集又は採用に当たって、その対象から男女のいずれかを排除すること。
(排除していると認められる例)
①一定の職種(いわゆる「総合職」、「一般職」等を含む。)や一定の雇用形態(いわゆる「正社員」、「パートタイム労働者」等を含む。)について、募集又は採用の対象を男女のいずれかのみとすること。

・労働者に対する性別を理由とする差別の禁止等に関する規定に定める事項に関し、事業主が適切に対処するための指針(平成18年10月11日厚生労働省告示第614号)|厚生労働省

(3)まとめ
そのため、雇用機会均等法および厚労省「性差別禁止等に関する指針」(平18.10.11厚労告614号)からは、「女性労働者が男性労働者に比べて相当程度少ない職場などにおいて、採用の基準を満たす者の中から男性より女性を優先して採用すること等」は、ポジティブ・アクションとして違法ではないことになりますが、「一定の職種について、募集又は採用の対象を男女のいずれかのみとすること」は違法のおそれがあるということになります(菅野和夫『労働法 第12版』275頁、278頁)。

この点、朝日新聞の記事を読むと、東北大学の事例は大学院工学研究科の教授職(任期無し)の公募を「女性限定」で行うとなっており、これはポジティブ・アクションであるとしても雇用機会均等法5条や厚労省「性差別禁止等に関する指針」(平18.10.11厚労告614号)「2 募集及び採用」との関係で違法である可能性があるのではないでしょうか。

3.憲法から考える
また、日本は西側世界の近代立憲主義憲法を持つ国の一つとして、自由主義をとりますが、自由主義においては、結果の平等(実質的平等)よりも機会の平等(形式的平等)がまずは重視されます。そのため、「例えば国立大学への入学につき、一定の社会的弱者に優先枠を設けることは、仮に実質的平等の要請にかなうものであるとしても、受験機会の平等という形式的平等の要請に明らかに反する」ことになり、違法・不当ということになります(野中俊彦・中村睦男・高橋和之・高見勝利『憲法1 第5版』283頁)。

そのため、東北大学の教授の「女性限定」の募集は、憲法14条1項との関係でも違法・不当と評価されるおそれがあります。

(なお、東北大学は現在、国立大学法人の一つであり、憲法が直接適用される行政機関ではありませんが、行政機関でない法人・団体に対しても、憲法は法令の一般条項(民法1条2項、同90条など)を通じて間接的に適用されると判例・通説上解されています(間接適用説・最高裁昭和48年12月12日判決・三菱樹脂事件など)。)

4.結論
このように、東北大学大学院工学研究科が教授職について「女性限定」で募集を行うことは、それがポジティブ・アクションのための取組であるとしても、憲法および男女雇用機会均等法との関係で違法・不当と評価されるおそれがあります。東北大学当局は今一度再検討を行うべきではないでしょうか。

■追記(4月28日)
この東北大学の事例について、私が大学院時代にお世話になった憲法学者の先生から次のようなコメントをいただくことができました。

『国の総合科学技術会議では、自然科学系の研究者の25%以上を女性にしたいとの目標を作成している。第三者機関による大学評価では、教員の年齢構成、出身大学、男女比などを判断し、これが偏らないようにあることを厳しく評価される。そのため、例えば仮に工学研究科の求人が6名であれば、2名を女性とする求人をすることが望ましいのではないか。』


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■参考文献
・菅野和夫『労働法 第12版』275頁、278頁
・野中俊彦・中村睦男・高橋和之・高見勝利『憲法1 第5版』283頁

■関連するブログ記事
・コロナ禍の就活のウェブ面接での「部屋着を見せて」などの要求や、SNSの「裏アカ」の調査などを労働法・個人情報保護法から考えた(追記あり)
・コロナ下のテレワーク等におけるPCなどを利用した従業員のモニタリング・監視を考えた(追記あり)-個人情報・プライバシー・労働法・GDPR・プロファイリング
・「月曜日のたわわ」の日経新聞の広告と「見たくないものを見ない自由」を法的に考えた-「とらわれの聴衆」事件判決
・東京医科大学の一般入試で不正な女性差別が発覚-憲法14条、26条、日産自動車事件

















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(日本経済新聞の「月曜日のたわわ」の宣伝広告)

1.日経新聞のマンガ「月曜日のたわわ」宣伝広告が炎上
4月4日(月)の日本経済新聞のマンガ「月曜日のたわわ」の宣伝広告が、Twitterなどのネット上で、「「公共の場所」としての新聞広告にこのような表現はけしからん」とフェミニスト・社会学者などの方々から大きな批判が起き、賛否両論の「炎上」となっています。

ところで、電車の中の宣伝アナウンス(車内広告)が、そのような宣伝を聞きたくない乗客の自由(権利)を侵害するものか否かが争われた著名な憲法訴訟の「とらわれの聴衆」事件判決に照らしても、この日経の「日曜日のたわわ」の宣伝広告を批判している人々の主張は法律論としては、あまり正しくないように思われます。

2.「とらわれの聴衆」事件判決
「とらわれの聴衆」事件判決(最高裁昭和63年12月20日判決)は、大阪市の市営地下鉄の電車内の「次は〇〇前です」「〇〇へお越しの方は次でお降りください」という商業宣伝広告が、そのような商業宣伝広告を聞きたくない個人の人格権の侵害であるとして争われたものです。最高裁は、市営地下鉄の宣伝広告は不法行為または債務不履行との関係で違法とはいえないとしてこの訴えを退けています。

・最高裁判所第三小法廷昭和63年12月20日判決(昭和58(オ)1022 商業宣伝放送差止等請求事件)|裁判所

本判決にはパブリック・フォーラム論などで有名な伊藤正己裁判官の補足意見がつけられていますが、この補足意見によると、最高裁はいわゆる受忍限度論(「社会生活を営む上で我慢するべき限度」が受忍限度(我慢すべき限度)であり、これを超えると加害者側が違法となるが、これを超えない場合、被害者側は受忍をしなければならないとする考え方)で本件訴えを退けたようです。

そしてこの伊藤裁判官の補足意見は、「日常生活において、見たくないものを見ず、聞きたくないものを聞かない自由(権利)」について論じていることが、今回の日経の新聞広告との関係で参考になります。

3.伊藤正己裁判官の補足意見
「とらわれの聴衆」事件判決の伊藤正己裁判官の補足意見(概要)
『人は日常生活において見たくないものを見ず、聞きたくないものを聞かない自由を有している。これは、個人が他者から自己の欲しない刺激によって心の静謐を乱されない法的な利益であり、広い意味でのプライバシー権であり、人格的利益として幸福追求権(憲法13条)に含まれる。

『しかし、他者から自己の欲しない刺激によって心の静謐を乱されない権利も、社会に存在する他の利益との調整が図られなければならず、対立する利益(そこには経済的自由権も当然含まれる)との比較考量により、その侵害を受忍しなければならないこともありうる。

『すでにみたように、他者から自己の欲しない刺激によって心の静謐を乱されない権利は広義のプライバシーの権利と考えられるが、プライバシーは個人の居宅などと異なり、公共の場所においてはその保護が希薄とならざるを得ず、受忍すべき範囲が広くなることを免れない。したがって、一般の公共の場所にあっては、本件のような放送はプライバシーの侵害の問題を生じるとはいえない。』

このように伊藤裁判官の補足意見は、「日常生活において見たくないものを見ず、聞きたくないものを聞かない自由」は、「個人が他者から自己の欲しない刺激によって心の静謐を乱されない法的な権利(自由)」であり、「広い意味でのプライバシー権」であって、「人格的利益」として幸福追求権(憲法13条)に含まれるとしています。

しかし同補足意見は、この他者から自己の欲しない刺激によって心の静謐を乱されない権利も社会の対立する他の利益(権利)との比較衡量による調整が図られなければならないとし、この権利がプライバシー権の一種であることから、個人の居宅などと異なり、公共の場所ではその保護が希薄とならざるを得ず、受忍すべき範囲は広くなるとしています。

3.日経新聞の「月曜日のたわわ」の新聞広告を考える
この最高裁にかんがみると、日経新聞の「月曜日のたわわ」の新聞広告については、フェミニストや社会学者などの人々が、そのような新聞広告を見たくないと考え、そのような新聞広告は自らの人格権の侵害であるとすることは、「日常生活において見たくないものを見ず、聞きたくないものを聞かない権利」の一つに含まれ、「個人が他者から自己の欲しない刺激によって心の静謐を乱されない法的な権利(自由)」であり、「広い意味でのプライバシー権」であって、「人格的利益」として幸福追求権(憲法13条)に含まれると解される余地があります。

しかし、この「日常生活において見たくないものを見ず、聞きたくないものを聞かない権利」(憲法13条)も無制限なものではなく、社会に存在する他の権利との比較衡量による調整が必要となります。

「とらわれの聴衆」事件は市営地下鉄という公的機関による宣伝広告でしたが、日経新聞の件は、日経新聞は民間企業であり日経新聞を購読するか否かは個人の判断に委ねられており、マンガ「月曜日のたわわ」の漫画家も出版社も民間人であり民間企業であるので、これらの民間人・民間企業の営業の自由(憲法22条、29条)や表現の自由(営利的な表現の自由、憲法21条1項)もより重要な人権(経済的自由権・精神的自由権)となります。(なおそのため、フェミニスト等の人々の日経新聞の宣伝広告は「公共の場所」であるとの議論の前提にもやや疑問が残ります。)

また、「とらわれの聴衆」事件で問題となったのは、電車内の車内アナウンスから逃れられない「とらわれの聴衆」の乗客でしたが、日経新聞の件では、読者はもしその宣伝広告が不快であると感じたのなら、その紙面の該当部分を閉じて見なければよいだけの話です。(あるいは日経新聞の購読を止めるなど。)

4.まとめ
したがって、日経新聞の「月曜日のたわわ」の新聞広告を「公共の場所である新聞広告にふさわしくない」と批判しているフェミニストや社会学者などの方々には「日常生活において見たくないものを見ず、聞きたくないものを聞かない権利」(憲法13条)があるとしても、日経新聞や「月曜日のたわわ」の漫画家や出版社などの権利との比較衡量をすると、受忍限度の範囲内にとどまり、「月曜日のたわわ」の新聞広告は不法行為および債務不履行との関係で違法でないということになると思われます。

■追記-マンガ・アニメ等の表現の自由と「見たくないものを見ない自由」・SDGs
なお近年、とくにフェミニストや社会学者の人々が、女性の「見たくないものを見たくない権利」を主張し、街の宣伝広告やポスターなどを規制する条項を東京都の条例などに盛り込むべきであるとの議論がなされているとの話もあります。

あるいは2010年頃にはマンガ・アニメ等の表現規制のために、東京都の青少年保護条例に「非実在少年」の条項を盛り込もうという議論も行われ、2021年の衆院選挙においては、日本共産党が「非実在児童ポルノ」という概念を持ち出して、マンガ・アニメなどの表現の自由規制を行うことを公約に掲げ議論を巻き起こしました。さらに近年、コンビニで成年向けの雑誌などがコンビニの「自主規制」により撤去されている問題も発生しています。

このような問題に関しては、表現の自由(憲法21条1項)だけでなく、この「とらわれの聴衆」事件最高裁判決の「見たくないものを見ない自由」の伊藤正己裁判官の補足意見も大いに参考になるものと思われます。フェミニズムの人々は女性の「見たくないものを見ない自由」を声高に主張しますが、それは法的権利(憲法13条)であるとしても絶対無制限なものではなく、例えば漫画家や出版社、読者などの表現の自由や情報を受け取る自由(21条1項)、営業の自由(22条、29条)などとの調整が重要なのです。(これはフェミニズムや社会学者の人々が主張する平等(憲法14条1項)についても同様です。)

なお、フェミニズムや社会学者の方々は、しばしばSDGs(Sustainable Development Goals)を根拠としてジェンダー平等などの主張を行いますが、SDGsは2015年に国連総会で採択された2035年までの国際的な「目標」であり法的義務を持つものではありません。仮にSDGsが国際条約的な意味を持つとしても、国際条約は憲法(日本国憲法など)より下位の法規範です(憲法98条1項、2項)。そのため、SDGsの掲げるジェンダー平等等が憲法の定める表現の自由や営業の自由などの基本的人権より優越する価値理念だという考え方は間違っています。また、SDGsの目標16(平和と公平)のなかのターゲット16-3には「法令遵守」が盛り込まれています。そのためジェンダー平等などの理念のためには表現の自由や営業の自由、平等などの憲法の定める基本的人権は制限されるとのフェミニズムや社会学者等の方々の主張はやはり正しくありません。

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■参考文献
・渡辺康行・宍戸常寿・松本和彦・工藤達朗『憲法1基本権』278頁
・野中俊彦・中村睦男・高橋和之・高見勝利『憲法1 第5版』273頁
・紙谷雅子「車内広告放送と「とらわれの聴衆」」『憲法判例百選1 第7版』44頁
・最高裁判所第三小法廷昭和63年12月20日判決(昭和58(オ)1022 商業宣伝放送差止等請求事件)|裁判所
・SDGsとは?|外務省

■関連する記事
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