1.「精神疾患や発達障害を採用でふるい落とす「不適正検査スカウター」」!?
最近、Twitter(現X)などSNS上で、「人材採用で失敗しないための不適正検査」として「不適正検査スカウター」という採用選考の適性試験の企業向けの宣伝を見かけます。SNS上では、この不適正検査スカウターに対して「精神疾患や発達障害を採用でふるい落とす差別的なもの」との批判も見かけます。このような検査は法的に許されるのでしょうか?(Twitter上の不適性検査スカウターの宣伝より)
2.不適性検査スカウターとは
不適性検査スカウターについて調べてみると、たとえば「就活の教科書」サイトの「【例題あり】不適性検査スカウターtracsの問題と対策 | NR,SS,答えも」がつぎのように詳しい解説を行っています。「不適性検査スカウター(tracs)とは、一言で言うと企業が「人材採用で失敗しないための不適性検査」です。」「他のWebテストと比較して適性検査の割合が多いことが特徴で、不適性検査スカウター(tracs)では能力検査が1種類、適性検査が3種類となっています。」そして適性検査は「検査SS(資質検査)、検査SB(精神分析)、検査TT(定着検査)」の3つとなっています。
その上で、「精神状態の傾向」においては、「「うつ傾向」「非定型うつ傾向」「仮面うつ傾向」「演技傾向」「強迫傾向」など、問題行動やトラブルの引き金にもなり得る精神状態の傾向を測定する」ものであると解説されています。
この点、不適性検査スカウターのウェブサイトを見てみると、この検査はシンガポールの「SCOUTER TECHNOLOGY PTE. LTD.」という会社が開発・運営しているようです。
そして同社サイトの説明を見ると、たしかに「精神分析検査は、6カテゴリー21項目におよぶ多面評価尺度(検査項目)を備えています。 心理分析と統計学に基づき、面接だけでは見極めにくいメンタル面の潜在的な負の傾向を測定します。 会社や職場に対する強い不満、精神的な弱さ、集中力・注意力不足による事故(ヒューマンエラー)等、問題行動やトラブルの原因となる性質や心理傾向を発見します。 いわば採用前に実施する心の健康診断の役割を果たし、採用の失敗を超強力に減らします。」と解説されています。
そして、同ウェブサイト上の「精神分析の詳細」の部分の「検査結果レポート(人事用)」の図表をみると、「精神状態の傾向」の部分で「うつ傾向、非定型うつ傾向、仮面うつ傾向、境界傾向、自己愛傾向、強迫傾向」などの度合いがチェックされ、「負因性質」の部分では「注意散漫性向、非社会性向、精神的脆弱性」などの度合いがチェックされるようになっています。
(不適性検査スカウターのウェブサイトより)
これは確かに、適性検査、性格検査というよりは、うつ病や発達障害などの精神疾患をあぶりだし、そのような傾向のある人を採用選考で不採用とするための検査であるように思われますが、このような検査は法的に許されるものなのでしょうか?
3.労働法から考える
(1)適性検査・性格検査企業や人材会社などの採用選考などに関しては職業安定法が規律しており、職安法5条の5(個人情報の取扱い)などの部分については平成11年労働省告示第141号(職安指針)という通達が出されています。それらを基に、厚労省はウェブサイト上で「公正な採用選考の基本」との解説ページを設けています。
この「公正な採用選考の基本」は、「(1)採用選考の基本的な考え方」として、「ア 採用選考は、①応募者の基本的人権を尊重すること、②応募者の適性・能力に基づいた基準により行うこと、の2点を基本的な考え方として実施することが大切です。」と解説しています。
この②の「応募者の適性・能力に基づいた基準により」から、求人を行う企業等が採用選考で応募者の適性・能力を判断するために適性検査や性格検査などを行うこと自体は、一般論としては法的に問題がないと言えると思われます。
(2)不適性検査スカウターについて
一方、不適性検査スカウターは求職者のうつ病や発達障害、パーソナリティ障害などの精神疾患の度合いをチェックするものですが、平成11年労働省告示第141号は、職安法5の5に関連する「第4 求職者等の個人情報の取扱い」の1.(1)イは、「人種、民族、社会的身分、門地、本籍、出生地その他社会的差別の原因となるおそれのある事項」に関する個人情報については、求職企業等は原則として収集を禁止しています。
そのため、精神疾患などの病歴や健康情報が「その他社会的差別の原因のおそれのある事項」に該当するかが問題となります。
この点、厚労省の「公正な採用選考をめざして」9頁の「採用選考時の健康診断/健康診断書の提出」においては、採用選考時における健康診断において、「合理的かつ客観的に必要である場合を除いて実施しないようお願いします」とし、「真に必要な場合であっても、応募者に対して検査内容とその必要性についてあらかじめ十分な説明を行ったうえで実施することが求められます」としており、厚労省は、病歴等の情報が平成11年労働省告示第141号が定める原則として収集が禁止される個人情報に該当するとの見解をとっています(倉重公太朗・白石紘一『実務詳解 職業安定法』306頁)。
したがって、不適性検査スカウターは就活生・転職者等の求職者のうつ病や発達障害などの精神疾患の傾向をチェックするツールであり、うつ病や発達障害などの精神疾患の傾向の個人情報は「その他社会的差別の原因のおそれのある事項」に該当するので、不適性検査スカウターは、平成11年労働省告示第141号第41.(1)イ、職安法5条の5および就職差別を禁止する職安法3条に抵触し違法のおそれがあるのではないでしょうか。
4.個人情報保護法から考える
(1)不正の手段による取得の禁止・本人同意なしの要配慮個人情報の取得禁止また、もし求人企業が就活生・転職者等の求職者に対して、あらかじめ精神疾患などの傾向に関する個人情報を収集する目的であることを通知・公表せず、本人の同意を取得せずに不適性検査スカウターで求職者の検査を実施することは、「偽りその他不正の手段」による個人情報の収集を禁止した個人情報保護法20条1項違反のおそれがあり、また本人同意なしの病歴などの要配慮個人情報の収集を禁止した同法同項2項違反のおそれがあると思われます。(なお職業安定法5条の5は、不正の手段による個人情報の収集も禁止しています。)
(2)不適正利用の禁止
さらに、不適性検査スカウターのように、求職者を検査し、それによりうつ病や発達障害などの精神疾患・精神障害をあぶりだし、当該求職者を採用選考で精神疾患・精神障害を理由として不採用とすることは、「違法又は不当な行為を助長し、又は誘発するおそれがある方法により個人情報を利用」することを禁止した個情法19条に抵触するおそれがあるのではないでしょうか。
この点、個人情報保護委員会の個人情報保護法ガイドライン(通則編)3-2(法19条関係)は、不適正利用禁止規定(法19条)に該当する事例として、「事例5)採用選考を通じて個人情報を取得した事業者が、性別、国籍等の特定の属性のみにより、正当な理由なく本人に対する違法な差別的取扱いを行うために、個人情報を利用する場合」をあげています。
この個情法ガイドライン(通則編)3-2の事例5に照らすと、不適性検査スカウターは、採用選考を通じて個人情報を取得した求人企業が精神疾患・精神障害等の特定の属性のみにより不採用との違法な差別的取扱いを行うためのツールであるといえるので、不適性検査スカウターは個人情報保護法19条(不適正利用の禁止)に抵触していると判断されるおそれがあるのではないでしょうか。
5.まとめ
このように検討してみると、不適性検査スカウターは、平成11年労働省告示第141号第41.(1)イ、職安法5条の5、同法3条および個人情報保護法19条、20条1項、同条2項に抵触しているおそれがあります。また、不適性検査スカウターを採用し利用している求人企業も同様に上述の法令に抵触しているおそれがあるのではないでしょうか。(なお、本ブログ記事の労働法に関する部分については、東京労働局需給調整事業部の担当者の方に確認させていただきました。どうもありがとうございました。)
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■参考文献
・倉重公太朗・白石紘一『実務詳解 職業安定法』306頁
・岡村久道『個人情報保護法 第4版』91頁、235頁
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