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カテゴリ: 刑法・刑事法

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1.台湾の政府要人のLINEアカウントがハッキング攻撃を受ける
台湾政府要人がイスラエル企業のマルウェア・スパイウェア「Pegasus」(ペガサス)により通信アプリLINEのアカウントにハッキング攻撃を受けていた事件が報道されています。「Pegasus」は、標的のスマートフォンなどのデータへのアクセスや、スマホのカメラやマイクの機能を強制的にオンにして情報を収集するとされています。

それらの報道のなかで、7月29日付の産経新聞「スパイウエア取り締まり困難 政府要人は自衛を」という記事が、神戸大学森井昌克教授(電気通信工学)の「こうした監視ツールは昔からある。法的に禁止することは難しい」等のコメントを掲載していますが、この森井教授のコメントにはネット上でさまざまな疑問の声が寄せられています。またこの産経新聞記事は、「スパイウエアは…国際社会でも使用を禁止する動きはない。」としている点もよくわかりません。
・スパイウエア取り締まり困難 政府要人は自衛を|産経新聞

2.不正指令電磁的記録作成罪(ウイルス作成罪)
神戸大学の森井教授は「法的に禁止することは難しい」とコメントを寄せれおられますが、しかし、2011年(平成23年)にはわが国の国会では、「情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律」が制定され、コンピュータ・ウイルスに関する罪の不正指令電磁的記録作成等罪(いわゆるウイルス作成罪)が刑法に新設されました(刑法168条の2、168条の3)。

刑法
(不正指令電磁的記録作成等)
第168条の2 正当な理由がないのに、人の電子計算機における実行の用に供する目的で、次に掲げる電磁的記録その他の記録を作成し、又は提供した者は、三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
 人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録
 前号に掲げるもののほか、同号の不正な指令を記述した電磁的記録その他の記録
 正当な理由がないのに、前項第一号に掲げる電磁的記録を人の電子計算機における実行の用に供した者も、同項と同様とする。

つまり、新設された不正指令電磁的記録作成等の罪である刑法168条の2第1項1号は、コンピュータやスマホなどのユーザーに対して「正当な理由がないのに」「意図に反する動作」をさせる「不正な指令」を与えるプログラムを作成したり提供したり、他人のコンピュータ等で実行させることを犯罪として3年以下の懲役または50万円以下の罰金という罰則の対象としています。

法務省「いわゆるコンピュータ・ウイルスに関する罪について」は、この「意図」について、「当該プログラムの機能の内容や機能に関する説明内容、想定される利用方法等を総合的に考慮して、その機能につき一般に認識すべきと考えられるところを基準として判断する」としており、スマホ内のデータへアクセスし、またスマホのカメラやマイクの機能を強制的にオンにしてデータを収集する「Pegasus」などのスパイウェアの挙動は「意図に反する動作」に該当します。

また、法務省の同文書は、「不正な指令」について、「その機能を踏まえ、社会的に許容し得るものであるか否かという観点から判断する」とし、例えばコンピュータのストレージのデータを消去するためのプログラムがストレージ内のデータを消去することは「不正な指令」に該当しないが、例えば官庁の通知・通達などの文書ファイルを偽装した実はストレージ内のデータを消去させるファイル等は「不正な指令」に該当するとしています。そのため、「Pegasus」などのスパイウェアは社会的許容性もなく「不正な指令」に該当します。

さらに、「正当な理由がないのに」とは、例えばウイルス対策ソフトの研究開発のためにウイルス対策ソフト会社がコンピュータウイルスを作成などする行為に本罪が成立しないことを明確化するために国会審議で追加されたものです(西田典之・橋爪隆補訂『刑法各論 第7版』412頁)。「Pegasus」などのスパイウェアが一般人や政府要人のスマホ等に導入され動作することはこれに該当しないので、「Pegasus」などは「正当な理由がないのに」に該当します。

したがって、「Pegasus」などのスパイウェアについては、もしこれが日本の一般国民や政府要人などのスマホ等にインストールされ動作した場合、不正指令電磁的記録作成等の罪が成立するといえるので、「法的に禁止することは難しい」としている森井教授や産経新聞は正しくないと考えられます。

そもそもこの不正指令電磁的記録作成等の罪・ウイルス作成罪などは、2004年に日米欧など約50か国が批准し成立したサイバー犯罪条約への対応として制定されたものです。日本だけでなく、例えばイギリスでは「コンピュータ不正利用法」の3A条にウイルス作成罪が設けられ、イタリアの刑法615条の5もウイルスに関する罪を規定しています。さらにロシア中国などの刑法にもウイルス罪の規定は設けられています(財団法人社会安全研究財団「諸外国における不正アクセスの助長行為等を規制する関連法令に係る調査報告書」(平成23年10月)5頁より)。
・諸外国における不正アクセスの助長行為等を規制する関連法令に係る調査報告書(平成23年10月)|財団法人社会安全研究財団

また、ドイツでは最近、国や州が疑わしい国民のパソコンやスマホなどにスパイウェアを導入して監視を行うための法律案が準備中であるそうですが、同様の内容の法律が2008年にドイツ連邦憲法裁判所で国民の「コンピュータ基本権」という「新しい人権」に抵触する違憲なものであり無効とする判決(オンライン監視事件・2008年2月27日連邦裁判所第一法定判決 BVerfGE 120.274.Urteil v.27.2.2008)が出されたことは、このブログでも取り上げたとおりです。
・ドイツで警察が国民のPC等をマルウェア等で監視するためにIT企業に協力させる法案が準備中-欧州の情報自己決定権と日米の自己情報コントロール権-なか2656のblog

そのため、「スパイウエアは(略)、国際社会でも使用を禁止する動きはない。」としている産経新聞記事のこの部分も正しくありません

3.個人情報保護法から
さらに、この産経新聞記事は、森井教授の「(スパイウェアを)法的に禁止することは難しい」というコメントの理由として、「個人情報を監視するソフトの定義が明確でないのが一因。もし、利用者のデータ収集を禁じれば、ネット通販交流サイト(SNS)などのアプリも規制を受けることになってしまうからだ。」と記述しています。

この説明が、森井教授か産経新聞記者のどちらの見解なのかは不明ですが、しかし、SNSやネット通販サイトなどは、一応は、個人情報保護法に基づき、それぞれの運営会社において、プライバシーポリシーで個人データの利用目的や個人データの第三者提供先、委託先、個人データの開示・訂正・削除・利用停止などの手続きなどを規定し、会社サイトなどで公表するなどして、個人情報・個人データの収集・管理などが(一応は)法律に則り実施されているのが一般的です。

したがって、「もし、利用者のデータ収集を禁じれば、ネット通販やSNSなどのアプリも規制を受けることになってしまう」ので「スパイウェアなどを法的に禁止できない」という説明は無茶苦茶であり、この点は個人情報保護法からもまったく正しくありません

4.まとめ
このように、この産経新聞の記事は、刑法や個人情報保護法などの観点から正しくない点が多く存在します。産経新聞は多くの国民が記事などを読むマスメディアなのですから、スパイウェアなどについて報道するにあたり、もう少し刑法や個人情報保護法、情報法などに関する法的知識情報リテラシーを持った上で取材や報道を行うべきではないでしょうか。

■関連する記事
・「内閣府健康・医療戦略推進事務局次世代医療基盤法担当」のPPC・令和2年改正個人情報保護法ガイドラインへのパブコメ意見がいろいろとひどい件
・デジタル庁の事務方トップに伊藤穣一氏とのニュースを考えた
・コインハイブ事件高裁判決がいろいろとひどい件―東京高裁令和2・2・7 coinhive事件
・ドイツで警察が国民のPC等をマルウェア等で監視するためにIT企業に協力させる法案が準備中-欧州の情報自己決定権と日米の自己情報コントロール権
・「法の支配」と「法治主義」-ぱうぜ先生と池田信夫先生の論争(?)について考えた
・「幸福追求権は基本的人権ではない」/香川県ゲーム規制条例訴訟の香川県側の主張が憲法的にひどいことを考えた
・LINEの個人情報・通信の秘密の中国・韓国への漏洩事故を個人情報保護法・電気通信事業法から考えた
・個人情報保護法ガイドラインは図書館の貸出履歴なども一定の場合、個人情報や要配慮個人情報となる場合があることを認めた!?
・コロナ下のテレワーク等におけるPCなどを利用した従業員のモニタリング・監視を考えた-個人情報・プライバシー・労働法・GDPR

■参考文献
・西田典之・橋爪隆補訂『刑法各論 第7版』412頁
・いわゆるコンピュータ・ウイルスに関する罪について|法務省
・諸外国における不正アクセスの助長行為等を規制する関連法令に係る調査報告書(平成23年10月)|財団法人社会安全研究財団
・イスラエル企業開発のスパイウェア 世界中の記者や活動家を監視か|NewsWeek
・懸念されていた濫用がついに始まった刑法19章の2「不正指令電磁的記録に関する罪」|高木浩光@自宅の日記















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1.京アニ放火事件の犯人を治療した医師のインタビュー記事
2019年7月18日に京都アニメーションの放火事件が起きました。これを受けて、7月17日の朝日新聞は、京アニ放火事件の犯人である青葉真司・被告人の治療を行った医師の上田敬博氏のインタビュー記事を掲載しています。
・手術12回で救った主治医 京アニ事件、被告が流した涙|朝日新聞

この記事を読むと、上田医師が朝日新聞の取材に対して、犯人の病状や手術や治療の内容、治療時の患者である犯人の発言の内容などをかなり詳しくインタビューで答えていることが気になります。刑法は医師の秘密漏示罪(刑法134条)を規定し、個人情報保護法も個人情報について、本人の同意のない目的外利用や第三者提供を禁止していますが(個人情報保護法16条、23条)、刑法や個人情報保護法などの関係で、上田医師がマスメディアの取材に回答を行っていることが妥当なのか気になります。

2.医師の守秘義務・秘密漏示罪
医師などの医療関係者には職業倫理として患者のプライバシーについて守秘義務があるだけでなく、刑法は、医師や薬剤師などに対して、「正当な理由」がないのに、その業務上知り得た人の秘密を漏らしてはならないと秘密漏示罪を規定し、刑法上の守秘義務を課しています。

刑法
(秘密漏示)
第134条 医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産師、弁護士、弁護人、公証人又はこれらの職にあった者が、正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときは、六月以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。

対象となる「秘密」については、「一般に知られていない非公知の事実」なので、患者の病状、病歴、治療の内容、患者の氏名・住所・家族の情報、職業、処方箋の内容など、カルテや処方箋などに書かれる情報など医師が業務上取扱った患者の情報すべてが対象となります。

「正当な理由」がないのに患者の秘密を洩らしたことが秘密漏示罪となるので、①法令に規定がある場合(例えば、伝染病予防法3条により医師が保健所等に患者を届け出る場合)、②他人の利益を保護するために本人の秘密を漏示した場合は比較考量により他人の利益が上回る場合、③本人が承諾した場合などは「正当な理由」があるとされ、違法性が阻却されるので本罪は成立しないとされています(大塚仁『刑法概説(各論)第3版補訂版』128頁)。

この点、医師などの守秘義務を負う者の守秘義務(秘密漏示罪)と、医師などに取材を行い報道をするマスメディアの取材の自由、報道の自由との関係が問題となります。

「報道機関の報道は、民主主義社会において、国民が国政に関与するにつき、重要な判断の資料を提供し、国民の「知る権利」に奉仕するもの」(最高裁昭和44年11月26日・博多駅テレビフィルム提出命令事件)であるので、国民が民主主義の政治に参加するための判断の資料を提供する、つまり国民の「知る権利」に奉仕する重要な機能を持っているので、表現の自由(憲法21条1項)の保障のもとにあるとされています。

また、外務省秘密電文漏洩事件において最高裁は、「報道機関が公務員に対し秘密を漏示するようにそそのかしたからといって、直ちに当該行為の違法性が推定されるものではなく、それが真に報道の目的からでたものであり、その手段・方法が法秩序全体の精神に照らし相当なものとして社会観念上是認されるものである限りは、実質的に違法性を欠き正当な業務行為である。」と判示しています(最高裁昭和53年5月31日判決)。

つまり、最高裁は、「真に報道目的」であり、取材や報道の手段・方法が社会通念に照らして相当であれば、取材・報道の対象者と取材・報道をしたマスメディアについては正当業務行為(刑法35条)として違法性が阻却されるとしています(西田典之『刑法各論 第7版』118頁)。

3.医師のインタビュー記事を考える
今回の京アニ放火事件の犯人の治療にあたった医師の新聞社のインタビュー記事は、京アニ放火事件が、国内外から人気の高いアニメスタジオの建物に対して精神疾患を有する犯人がガソリンを放って放火を行い、36人もの死者・35人の負傷者が出たという、非常に社会的に注目される重大な事件であることから、日本における建物の防災・防犯や精神疾患を有する者への死刑制度のあり方などを考える上で重要な資料であり、マスメディアがこの事件を取材し報道を行うことは、「報道目的」があることは間違いないように思われます。

しかし、それが視聴率稼ぎのための、バラエティー番組やワイドショー的なイエロージャーナリズム的なものが目的であった場合にはそれが「真の報道目的」に該当するかは疑問の余地があります。

今回の朝日新聞の上田医師へのインタビュー記事を読むと、「重大な犯罪を侵した犯人に対しても治療を行う医師の姿」や、「犯人に命の大切さを知ってほしいと願う医師の姿」など、「人間の生命や健康」の重要性を報道することがこの記事の意図であると思われます。

この記事の意図は報道として一般論としては重要とは思われますが、しかし、その記事の意図を表現するために、犯人の治療を行った医師にインタビューを行い、当該犯人の火傷の状況や、手術が12回におよんだこと、患部の皮膚を再生させるための治療の内容、治療の際に犯人が発言した発言内容などを詳細に、職業倫理や刑法が守秘義務を定める医師に質問し回答を得ているこのインタビュー記事の手段・方法は社会通念に照らして相当であるといえるかは疑問が残ります。

4.リアルな報道・「実名報道」
この京アニ放火事件に関しては、新聞社・TV局などマスメディアが「実名報道」にこだわり、遺族の方の多くの反対や、多くの国民のネット上などにおける反対にもかかわらず、マスメディアが被害者の死者・負傷者の実名を報道したことも大きな社会問題となりました。

この点、マスメディア側は、「重大な事件の重みを社会に伝えるため」には被害者等の実名報道がどうしても必要であると主張しています。

しかし、やや分野は違いますが、モデル小説の作家の表現の自由とモデルとされた者の名誉権やプライバシー権との関係が問題となった「石に泳ぐ魚」事件において、最高裁は「本件小説の出版等がされれば、被上告人(=モデルとされた人物)の精神的苦痛が倍加され、被上告人が平穏な日常生活や社会生活を送ることが困難となるおそれがある。そして,本件小説を読む者が新たに加わるごとに、被上告人の精神的苦痛が増加し、被上告人の平穏な日常生活が害される可能性も増大する」として、このモデル小説の出版等の差止と慰謝料の支払いを命じています。

このようにモデル小説の「石に泳ぐ魚」事件において、「文学」という芸術に関する表現行為においても、モデルとなった人物本人を特定できるように、モデル本人の顔の腫瘍などをリアルに赤裸々に詳細な表現を行うことは違法であると日本の最高裁は判断していますが、同じ表現行為であるマスメディアの報道・取材においても、事件に巻き込まれた被害者の方々・遺族の方々に関して執拗な取材を行い、被害者の実名報道を行うことや、また、守秘義務を負っている医師に詳細なインタビューを実施し、その内容を詳細に報道することは、仮に裁判となった場合、裁判所に違法と評価される可能性があるのではないでしょうか。

マスメディアにとって、「重大な犯罪の重みを社会に伝えること」が仮に重要な使命であるとしても、マスメディアが刑法上守秘義務を負っている医師に犯人の病状などを詳細に聞き出し、れを事細かに報道することや、犯罪について被害者や遺族などに対して執拗な取材をし、実名報道やあまりにも詳細な報道を行うことは、国民の「知る権利」に奉仕するものではなく、権利の濫用ともいうべきものであって、社会的に是認されないのではないでしょうか。

5.患者の委縮
また、刑法の医師等の秘密漏示罪は、患者などの本人のプライバシー保護が保護法益とされています。しかし、医師が安易に患者の病状などをマスメディアの取材に応じて答えることは、医師や病院などの医療に対する国民・患者の信頼を大きく損ねてしまうのではないでしょうか。

つまり、病院や医師の治療が適切に行われるためには、患者が自分の病状や自分の置かれている状況などの極めてプライベートでセンシティブな事柄を正直に医師等に申告することが必要になります。 簡単な風邪などならともかく、ガンやHIV、精神疾患など、公にされれば社会的差別の対象となる傷病・疾病は現在も多く存在します。

にもかかわらず、今回の京アニ事件の医師のインタビュー記事のように、医師が安易にマスメディアに患者の病状などを詳細に話してしまい、メディアもそれを詳細に報道してしまうことは、日本社会の多くの患者に、自分の病状等を医師などに正直に申告することを躊躇させてしまうのではないでしょうか。

6.まとめ
このような点で、仮に刑法などの法的な問題を形式的にはクリアできたとしても、この京アニ事件の医師のインタビュー記事は、医師にも新聞社にもさまざまな問題があるように思われます。

■補足・個人情報保護法について
なお、個人情報保護法は、①法令に基づく場合、②人の生命・身体・財産の保護のために必要で、本人の同意を得ることが困難な場合、③公衆衛生の向上や児童の健全な発達のためで、本人の同意を得ることが困難な場合、④国などの機関の事務に協力する場合、などについては、本人の同意なしに個人情報の目的外利用や第三者提供を認めていますが、この京アニ放火事件の犯人に関する医師のインタビュー記事は、この①から④のいずれにも該当しません(法16条3項、23条1項)。

また、患者の病歴・カルテ情報・処方箋情報などの医療情報は、要配慮個人情報として、とりわけ慎重な収集・利用・提供が要求されるセンシティブな個人情報です(法2条3項、17条2項、23条2項かっこ書)。

さらに、報道機関などは報道の目的のためには個人情報取扱事業者としての義務が適用されないことになっていますが、しかし個人情報に関する安全管理措置を講じること、透明性を確保すること、苦情に対応すること等の個人情報保護法上の責務を自ら講じることが求められています(法76条)。













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1.警察庁がSNSをAI解析して人物相関図を作成する捜査システムを導入
2021年5月29日の共同通信などの報道によると、警察庁がSNSをAI解析して人物相関図を作成する捜査システムを導入することを決定したとのことです。年内に警察庁と警視庁などの5都府県警で運用を始め、全国の警察に広げる方針とのことです。SNSを利用して行われる特殊詐欺などの犯罪を捜査するためのAIシステムの導入と警察関係者は説明しているようです。

・警察庁SNS解析システム導入へ AI捜査で人物相関図作成|共同通信・ヤフージャパン

しかしこのような捜査は、特殊詐欺の捜査のためという必要性が肯定されるとしても、国民のプライバシーやSNSなどにおける国民の表現の自由などとの関係、あるいは、憲法や刑事訴訟法の定める令状主義や強制処分法定主義との関係で、法的に許容されるものなのでしょうか?

以下、①プライバシー権、②表現の自由、③刑事訴訟法(とくにGPS捜査)、④個人情報保護法制における「自動処理決定拒否権」などの観点から検討してみてみたいと思います。

2.プライバシー権
警察庁のSNSをAI解析して人物相関図を作成する捜査システムにおいて、警察当局がもっとも取得しようと考えているのは、SNSの利用者・ユーザーの人物相関図であるようです。つまり、利用者のSNS上における友人関係(あるいは友人でない関係、ブロックしている関係など)、SNS上の社会関係のようです。

この「個人の自律的な社会関係」は、憲法上、プライバシー権あるいは自己情報コントロール権(憲法13条)の保障のもとにあります。

つまり、憲法の基本原理のひとつである、「すべての国民は(それぞれ個性を持った人間として)個人として尊重される」という「個人の尊重」原理(憲法13条)から、国や企業、第三者などに対して個人の自律的な社会関係は、尊重することが要求されてるものです。

すなわち、国民個人が自律的に形成する社会関係などの私的な領域は、個人の尊重原理に基づいて、国などの公権力や企業、第三者などによって干渉されてはならない領域であるため、国民個人の自律的な社会関係などの私的領域の情報については、国などは立入が許されないということになります。これが現代の情報化社会におけるプライバシー権であり、あるいは「自己に関する情報をコントロールする権利」(自己情報コントロール権)として憲法の学説上、通説として説明されるものです(野中俊彦・中村睦男・高橋和之・高見勝利『憲法Ⅰ 第5版』275頁)。

日本の裁判例も、1964年の「宴のあと」事件判決が「私生活をみだりに公開されない権利」として認めたことを始まりとして(東京地裁昭和39年9月28日)、プライバシーの権利が判例により認められています(最高裁平成15年9月12日・早大講演会名簿提出事件など)。

3.表現の自由などの問題
また、国民のSNSなどのインターネット上の書き込みなどの情報発信などの表現行為も、憲法の表現の自由(憲法21条1項)の保障のもとにあります。また、国民がSNSなどのインターネットによりさまざまな情報を受け取る自由も、国民の「知る権利」として表現の自由の保障のもとにあります(芦部信喜・高橋和之補訂『憲法 第7版』194頁)。

4.精神的自由と刑事法との関係
このように、SNSなどネット上の国民個人の社会関係・人間関係・人物相関図は、プライバシー権あるいは自己情報コントロール権(憲法13条)による保障のもとにあり、また、SNSなどネット上の国民の情報の発信や情報の授受なども表現の自由(21条1項)の保障のもとにあるわけですが、これらの精神的自由(人権)と、警察当局や刑罰法規がぶつかり合う場合に、それをどう解決するかが問題となります。

この点、裁判例は、国民の表現行為を規制・侵害する刑罰法規が「通常の判断能力を有する一般人の理解」において、具体的場合に当該表現行為がその刑罰法規の適用を受けるかどうかの基準が読み取れないような場合には、その刑罰法規は漠然とした不明確な法令であり違憲・無効となるとしています(「明確性の基準」「適正手続きの原則」(憲法31条)・最高裁昭和50年9月10日判決・徳島市公安条例事件)。

今回問題となっている、警察庁のSNSをAI解析して人物相関図を作成する捜査システムは、報道をみるかぎり、従来、捜査員が目や手をもとに行っていた捜査手法をAIシステムに置き換えるだけであると警察庁は考えているようであって、警察庁の内部規則があるとしても、そもそも法律上の根拠なしに警察当局が導入し使用を開始するようです。

つまり、この明確性の基準を適用する法律すら存在しないようなので、そのような捜査システムを使用して国民のプライバシー権や表現の自由などを侵害することは、それだけで違憲・無効となると思われます(13条、21条1項、31条)。

5.刑事訴訟法
防犯カメラ、電話の盗聴、GPS捜査など、新しい科学技術を用いた警察の捜査は、刑事訴訟法の分野で裁判で争われてきました。つまり、そのような新しい捜査手法により収集した証拠などが、刑事裁判において有効な証拠となるかが争われてきました(違法収集証拠排除の原則)。

このなかで、従来、警察の捜査員が見張りや尾行などを行っていたところ、それに代えて、警察が令状をとらずに被疑者・容疑者の自動車などにひそかにGPS機器を取り付け、その被疑者の位置情報・移動履歴を収集する手法が裁判で争われ、最高裁はそのような捜査手法は令状主義や強制処分法定主義(憲法35条、刑事訴訟法197条1項)に違反するものであり、また、GPS捜査については国会で立法を行うべきであると判示しています(最高裁平成29年3月15日判決、宍戸常寿『新・判例ハンドブック情報法』231頁)。

すなわち、最高裁は、GPS捜査は①公道上だけでなくプライバシーが保護されるべき場所・空間をも捜査対象としており、②個人の行動を継続的・網羅的把握しプライバシーを侵害すること、③個人に秘密で機器を着けて行う点で公道上の見張りや尾行などと異なるため、令状が不要な任意捜査の限界を超えており、強制捜査というべきであり、違法な捜査であるとしています。

また、最高裁は、現行の刑事訴訟法上の検証などの令状でGPS捜査を適切に限定することは困難であり、また、裁判官が多様な選択肢のなかから実施条件を選んで令状を交付することは強制処分法定主義に反するとして、GPS捜査について、国会立法を行うべきであると判示しています。

■GPS捜査事件最高裁判決について詳しくはこちら
・【最高裁】令状なしのGPS捜査は違法で立法的措置が必要とされた判決(最大判平成29年3月15日)

この判決を警察庁のSNSをAI解析して人物相関図を作成する捜査システムについてあてはめると、 上でみたように、SNS上の友好関係・社会関係などの人物相関図などは、利用者個人のプライバシーあるいは自己情報コントロール権による保障の対象であるので、①のプライバシーが保護されるべき空間などに該当します。また、AIによる分析というその捜査手法の性質上、利用者個人のSNS上の表現・行動などを継続的・網羅的に把握し、大量の個人データ・プライバシーに関する情報を迅速に収集してしまうことから、②のように継続的・網羅的に利用者のプライバシーに関する膨大な情報を収集してしまうことに該当します。

加えて、SNSの利用者には秘密裡にAI捜査が行われると思われ、さらに、AIによる人物相関図の分析という捜査の性質上、その捜査対象がSNSの利用者全員におよぶおそれがあり、たとえば日本のTwitterの利用者が約4500万人、LINEの利用者が約8600万人、Facebookの利用者が約2600万人などとされていることから(echoes「2021年2月更新 データからみるTwitterユーザー実態まとめ」)、単純に計算しても日本の国民の大多数が警察庁のAI捜査システムの捜査対象となってしまう危険性があるため、③のように令状なしに警察等が実施できる任意捜査の限界を大きく超えています。

AIやコンピュータなどによるこのようなネット上の網羅的・継続的な捜査により収集された大量の個人データなどによれば、友好関係だけでなく、利用者・個人の思想・信条、政治的見解、趣味・嗜好、性的嗜好、病歴、犯罪歴などを把握することにより、「国家の前で国民が丸裸になる」状況が生み出されてしまいます。

これは国家による国民の監視・モニタリングであり、しかも上でみたように、その警察によるモニタリング・監視の対象が国民の大多数におよぶ危険があることから、これは国民の個人の尊重や基本的人権の確立という目的のために国などの統治機構は手段として存在する(憲法11条、97条)というわが国の近代立憲主義憲法の根幹すら揺るがしなけない、極めて深刻な状況であるといえます。

したがって、GPS捜査事件について最高裁判決が判示するように、警察庁のSNSをAI解析システムについては、国会で慎重な議論を行い、そのような捜査手法が本当に許容されるのか、許容されるとしてどのような基準をもとに警察が実施・運用するのか等を検討し、本当に必要であれば立法を行うべきです。

6.AI・コンピュータの自動処理による人間の選別
1960年代からのコンピュータの発展による人権侵害のおそれを受けて、世界で個人情報保護法(個人データ保護法)が検討されてきています。

さまざまな目的で収集されたさまざまな個人データが国などに収集され、それがコンピュータなどにより迅速に機械的に処理されるようになると、それぞれの個人データがある目的のためには適切であるとしても、別の目的のためには利用することが適切でない個人データが名寄せにより連結され、コンピュータが極端な結果や間違った結果を生み出してしまうおそれがあります。

また、データの誤りの混入によっても間違った結論が出されてしまうおそれがあります。これらの極端な結論や間違った結論について、人間がチェックすればその結論に疑問を持ち再確認が行えるはずなのに、コンピュータであるとその間違い等に気が付けないリスクが存在します。

さらに近年急速に発展しているAIは、大量のデータを自ら学習することにより自らを高度化させてゆきますが、その機械学習が進んでいくと、AIの専門家ですら、AIがどのような理由でそのような結論を導き出したか説明できないとされています(ブラックボックス化)。しかも人間は、人間よりも機械やコンピュータなどを過信してしまう傾向があります(自動化バイアス)。(山本龍彦『AIと憲法』63頁。)

このような問題意識をもとに、とくに西側自由主義諸国(近代立憲主義的憲法をもつ諸国)の個人情報保護法(個人データ保護法)においては、プライバシー権、自己情報コントロール権と並んで、「コンピュータ・AIによる人間の選別・差別を拒否する権利」(自動処理決定拒否権)がその重要な立法目的とされてきています。

つまり、「コンピュータ・AIによる人間の選別・差別を拒否する権利」(自動処理決定拒否権)とは、上でみたようなさまざまなリスクのあるコンピュータ・AIによる個人データの自動処理のみによる法的決定・重要な決定を個人・国民が拒否する権利であり、言ってみれば人間について、工場などのベルトコンベアーに載せられたモノではなく、人間による人間らしい対応を求める権利であり、つまり、個人の尊重人格権に基づく権利であるといえます(憲法13条、山本・前掲101頁)。

この「コンピュータ・AIによる人間の選別・差別を拒否する権利」は、1996年のILO「労働者の労働者の個人情報保護に関する行動準則」で明文化され、欧州では1995年のEUデータ保護指令15条から2018年のGDPR22条に受け継がれています。そして、EUでは本年4月に「AI規制法案」が公表されました。

この自動処理決定拒否権は、日本でも2000年の労働省「労働者に関する個人情報の保護に関する行動指針」第2(個人情報の収集)6(6)に、「使用者は、原則として、個人情報のコンピュータ等による自動処理又はビデオ等によるモニタリングの結果のみに基づいて労働者に対する評価又は雇用上の決定を行ってはならない。」と明文規定があるとおり、日本の個人情報保護・個人データ保護法制にも存在する考え方です。

そして、EUのAI規制法案は、AIの人間に対する危険度から①禁止②高リスク③限定的なリスク④最小限のリスクと、4つのカテゴリに分類しています。

このうち、①禁止のカテゴリには、AIによる信用スコア事業や、公共の場所における警察などによる防犯カメラの顔認証などによる国民の常時監視・モニタリングが該当するとされ、また、②高リスクのカテゴリには、AIを利用した運輸・ガス・水道などのインフラ、教育、医療、企業などの採用・人事考査、公的部門の移民・難民の審査、司法、社会保障など公共機関におけるAIの利用などが該当するとされています。

そのため、今回報道された警察庁のAIを利用したSNSの捜査システムは、「司法」に準じた警察・検察の行政作用であるという点で少なくとも②高リスクに該当しそうですし、AIによる国民の常時監視・モニタリングという行為を考えると、①禁止のカテゴリに該当してしまいそうです。

したがって、日本を含む西側自由主義諸国(近代立憲主義憲法を持つ諸国)の個人データ保護の基本的な考え方の一つの「コンピュータ・AIによる人間の選別・差別を拒否する権利」からは、警察庁のAIを利用したSNSの捜査システムは、①禁止、あるいは②高リスクのカテゴリに該当するとして、平成11年の通信傍受法などのように、警察の捜査システムとして本当に必要であるのか、必要であるとしてどのような基準で実施すべきなのか等を国会で慎重に審議して、必要であれば新しい法律を制定した上で実施すべきなのではないでしょうか(法律による行政の原則)。

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・コロナ下のテレワーク等におけるPCなどを利用した従業員のモニタリング・監視を考えた-個人情報・プライバシー・労働法・GDPR
・【最高裁】令状なしのGPS捜査は違法で立法的措置が必要とされた判決(最大判平成29年3月15日)
・デジタル庁のプライバシーポリシーが個人情報保護法的にいろいろとひどい件-個人情報・公務の民間化

■参考文献
・野中俊彦・中村睦男・高橋和之・高見勝利『憲法Ⅰ 第5版』275頁
・芦部信喜・高橋和之補訂『憲法 第7版』194頁
・宍戸常寿『新・判例ハンドブック情報法』231頁
・山本龍彦『AIと憲法』63頁
・田口守一『刑事訴訟法 第4版補正版』46頁
・小向太郎・石井夏生利『概説GDPR』94頁
・高木浩光「個人情報保護から個人データ保護へ―民間部門と公的部門の規定統合に向けた検討」『情報法制研究』2巻75頁
・EUのAI規制案、リスク4段階に分類 産業界は負担増警戒|日経新聞














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1.はじめに
あるウェブデザイナーの方が自身のウェブサイトに仮想通貨採掘アプリ「coinhive」を設置していたことが、不正指令電磁的記録等罪(いわゆるウイルス罪・刑法168条の2以下)に問われ、当該ウェブデザイナー(以下「被告人」という)が刑事裁判にかけられましたが、横浜地裁平成30年3月27日判決は、不正指令電磁的記録等罪の構成要件における、「反意図性」は認めたものの、「不正性」は認められるとはいえないとして、被告人を無罪としました。

ところが、控訴審の東京高裁令和2年2月7日判決(栃木力裁判長)は、「反意図性」および「不正性」が成立するとして、被告人を罰金10万円の有罪とし、ネット上では高裁判決に対して、多くの批判が沸き起こっています。

2.不正指令電磁的記録等罪(いわゆるウイルス罪・刑法168条の2以下)の概要
不正指令電磁的記録等罪の条文はつぎのようになっています。

(不正指令電磁的記録作成等)
刑法168条の2
正当な理由がないのに、人の電子計算機における実行の用に供する目的で、次に掲げる電磁的記録その他の記録を作成し、又は提供した者は、三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
一 人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録
(後略)

この条文を読むと、不正指令電気的記録等作成の犯罪が成立するための構成要件は、つぎの4点です。
①「正当な理由がないのに」(正当な理由の不存在)
②「人の電子計算機における実行の用に供する目的で」(目的)
③「人が電子計算機を使用するに際して、その意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令をあたえる電磁的記録(客体・「反意図性」・「不正性」
④「成立し、又は提供した」(行為)の4つであり、これらがあった場合に不正指令電磁的記録等罪が成立します。

そして、coinhiveについて不正指令電磁的記録作成等罪の成立の有無が争われた本件においては、とくに客体の部分の「反意図性」および「不正性」についてが大きな争点となりました。

3.反意図性について
「反意図性」について、東京高裁判決はつぎのように判示しています。
『一般的に、ウェブサイト閲覧者は、ウェブサイトを閲覧する際に、閲覧のために必要なプログラムを実行することは承認していると考えられるが、本件プログラムコード(=coinhive)で実施されるマイニングは、ウェブサイトの閲覧のために必要なものではなく、このような観点から反意図性を否定できる案件ではない。その上、本件プログラムコードの実行によって行われるマイニングは、閲覧者の電子計算機に関し報酬が発生した場合にも閲覧中の画面等には表示されず、閲覧者に、マイニングによって電子計算機の機能が提供されていることを知る機会やマイニングの実行を拒否する機会も保障されていない。
 このような本件プログラムコードは、プログラム使用者に利益をもたらさないものである上、プログラム使用者に無断で電子計算機の機能を提供させて利益を得ようとするものであり、このようなプログラムの使用を一般的なプログラム使用者として想定される者が許容しないことは明らかといえるから、反意図性を肯定した原判決の結論に誤りはない。
ところで、この反意図性は、コンピュータプログラムを利用するユーザー(国民)の個別具体的な判断や理解によるものではなく、「一般的・類型的な使用者の意図」により、つまり「規範的に」判断されるものと解されています(西田典之・橋爪隆『刑法各論 第7版』413頁)。

またこの点について、産業技術総合研究所情報セキュリティ研究センターの高木浩光氏のサイトの平成15年5月の法務省の法制審議会(第3回)の議事録では、国側がつぎのように説明しています。

すなわち,かかる判断は,電子計算機の使用者におけるプログラムの具体的な機能に対する現実の認識を基準とするのではなくて,使用者として認識すべきと考えられるところを基準とすべきであると考えております。
 したがいまして,例えば,通常市販されているアプリケーションソフトの場合,電子計算機の使用者は,プログラムの指令により電子計算機が行う基本的な動作については当然認識しているものと考えられます上,それ以外のプログラムの詳細な機能につきましても,プログラムソフトの使用説明書等に記載されるなどして,通常,使用者が認識し得るようになっているのですから,そのような場合,仮に使用者がかかる機能を現実に認識していなくても,それに基づく電子計算機の動作は,「使用者の意図に反する動作」には当たらないことになると考えております。
・懸念されていた濫用がついに始まった刑法19章の2「不正指令電磁的記録に関する罪」|高木浩光@自宅の日記

今回の事件の被告人の方のcoinhiveに関するウェブサイトなどを読むと、2017年9月ごろにはネットのニュース記事などにおいて、coinhiveを紹介するものがあり、またcoinhiveをサイト開設者が自らのサイトに設置してサイト閲覧者のPC等でマイニングを実行させることについては賛否両論の意見がネット上にあったようです。

すると少なくとも2017年9月ごろには、coinhiveを設置してもよいのではないかとのネット上の記事などがあり、規範的な、一般的・類型的な使用者(サイト閲覧者)の意図としては、「世の中のウェブサイトは、ターゲティング広告で自分の個人情報を収集し広告を出稿して閲覧者から金を稼ぐサイトがあるだけでなく、coinhiveなどの採掘アプリで自分の気が付かないところで金銭を稼ぐサイトがあるかもしれない」という理解であったのではないでしょうか。

このように、2017年頃にはcoinhive設置に前向きなネットニュースもあり、警察当局や法務省などからのガイドライン等の公表もなく、coinhiveに対する社会の評価は分かれている状況でした。

本高裁判決は、「肯定的な評価と否定的な評価が分かれる状況であったのだから、被告人側は否定的な評価を採用すべきであった」との趣旨の説示を行っていますが、刑事罰の謙抑性・遡及処罰の禁止・罪刑法定主義(憲法31条)などの刑事法の大原則に照らすと、むしろ180度逆に考えるべきなのではないでしょうか。

全国の学校で生徒へのプログラミング教育や、PC一人一台の取り組みが開始され、官民あげて社会全体を“Society5.0”という情報化社会を目指そうという時代のなか、本高裁判決が示した、コンピュータ・プログラムに関する「一般的・類型的な使用者の意図」は、あまりにもレベルが低く、ITリテラシーの非常に低いごく一部の方々の見解・感覚にとどまるように思われます。

もしコンピュータプログラムに関するわが国の社会の「一般的・類型的な使用者の意図」がこのような低レベルなものであるとする司法判断が確定してしまうと、法人・個人のコンピュータ・プログラムの研究開発などに大きな委縮効果が発生してしまい、わが国の社会・経済・学術などにおける発展が阻害されてしまうのではないでしょうか。

4.不当性について
不当性(社会的許容性)の判断の判決部分においても、東京高裁の結論ありきな説示に驚いてしまいます(11頁以下)。

本件プログラムコードは、(略)、その使用によって、プログラム使用者(閲覧者)に利益を生じさせない一方で、知らないうちに電子計算機の機能を提供させるものであり、一定の不利益を与える類型のプログラムといえる上、その生じる不利益に関する表示等もされないのであるから、(略)、プログラムに対する信頼保護という観点から社会的に許容すべき点は見当たらない。


との文章をコピペで使いまくって、弁護人側の主張をろくな理由も付けづけに「首肯できない」と退けてしまっています。

①ウェブサービスの質の維持向上、②電子計算機への影響の程度、③広告プログラムとの比較、④他人が運営するウェブサイトを改ざんした場合との比較、⑤同様のプログラムへの賛否、⑥捜査当局による事前の注意喚起がなかったこと、等々が、本プログラムコードはIT知識の乏しい裁判長の私の考えでは社会的許容性ゼロだから、論ずるまでもなく首肯できない。と退けられています。

しかし、冒頭で刑法168条の2の条文の文言を確認したとおり、不正指令電磁気的記録等罪の客体に関する構成要件は、「その意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録」です。

すなわち、coinhiveなどを検討するにあたり、「意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせる」(反意図性)を重視するけれど、「不正な指令」(不正性・社会的許容性)を無視してよい、骨抜きにしてよいとは刑法の条文の文言からは読み取れません。

ところが、本東京高裁判決は、coinhiveが「知らないうちに電子計算機の機能を提供させるもの」であり、「閲覧者にあらかじめ知らせていない」ことを強調し、反意図性を強調していますが、それに対する弁護側の、閲覧者のコンピュータ等への影響や消費される電力などが軽微であることなどの不正性に関する反論については、「本件は主として反意図性が問題なのであり不正性は論じるに値しない」との趣旨の判示を行い、弁護人側の主張をシャットダウンしていますが、これは議論のすり替えではないかと思われます。

東京高裁は、反意図性の構成要件にのみこだわり、弁護人側からの不正性の構成要件は該当しないとの主張・立証をレトリック的なやり方でごく形式的にブロックしてしまっていますが、このような判決の出し方は不正なのではないでしょうか。

5.先例となる裁判例・可罰的違法性・行動ターゲティング広告など
さらに、判決文13頁中段では、「本件は意図に反し電子計算機の機能が使用されるプログラムが主な問題であるから、消費電力や処理速度の低下等が使用者が気が付かない程度であったとしても、(略)違法性を左右するものではない」とも言い切っています。

しかしこの点は、本来は煙草一厘事件(大審院明治43年6月20日)などのように、可罰的違法性の問題、つまり違法性阻却の問題として、もっと真剣に検討されるべきだったのではないでしょうか。

また、不正指令電磁的記録等罪の事例を調べてみると、これまで有罪となった事件のほとんどは、いわゆるランサムウェアに関連して、被害者のPCに脅しの画像を表示させるようなプログラムが対象となっている、悪質な事例が多いようです(京都地裁平成24年7月3日など、高橋郁夫など『デジタル法務の実務Q&A』400頁)。

本件は被告人のサイトなどによると、coinhiveを約1週間稼働させ、数百円レベルの採掘しかできなかったようであり、しかもプログラムの仕様上、5000円未満は支払対象外となっていたとのことで、極めて軽微な事案です。

ランサムウェアの事例などと同様に本件を有罪とすることは、非常にバランスが悪いと感じます。

あるいは、最近の個人情報保護法改正の焦点の一つとなっている、ネット上の行動ターゲティング広告やcookieなどの問題に対して、本件裁判長らは、「広告表示プログラムは、使用者のウェブサイトの閲覧に付随して実行され、また、実行結果も表示されている」から問題ないと、司法府としてお墨付きを与えてしまっています(13頁上段)。しかしこの見解は、技術者の方や個人情報保護法、情報法などに接したことのある人間からすると、非常に表面的で知識のない見解に思われます。

本件裁判長らは、本判決において、刑法の条文や事実を主観的に解釈し、また、考慮すべきことを考慮せず、自分のパソコンやITなどへの主観的な嫌悪感を考慮して判決を行っているのではないかと強く疑われます。

このように本東京高裁判決はつっこみどころ満載です。わが国社会の発展に不当な委縮効果が発生しないように、最高裁で少しでもまともな判断が示されることが望まれます。

■追記(2021年10月14日)
本日の報道等によると、このcoinhive事件について、最高裁は12月に弁論を開くことを決定したとのことで、この無茶苦茶な東京高裁判決が見直される可能性があります。これは今後の展開が注目されます。

・コインハイブ事件、最高裁で12月弁論 逆転有罪の二審判断見直しか|弁護士ドットコムニュース

スドー弁護士のツイート
( 平野敬弁護士(@stdaux)のTwitterより)
https://twitter.com/stdaux/status/1448534321283751939

また、この事件の被告人であるモロ氏も、サイトを更新しています。

モロさん
(モロ氏のサイトより)
・最高裁弁論のご報告|モロ・note

■参考文献
・西田典之・橋爪隆『刑法各論 第7版』412頁
・プロバイダ責任制限法実務研究会『プロバイダ責任制限法判例集』55頁
・高橋郁夫など『デジタル法務の実務Q&A』400頁
・高木浩光「コインハイブ事件で否定された不正指令電磁的記録該当性とその論点」『Law&Technology』85号20頁
・高木浩光「コインハイブ控訴審判決逆転判決で残された論点」『Law&Technology』91号46頁
・懸念されていた濫用がついに始まった刑法19章の2「不正指令電磁的記録に関する罪」|高木浩光@自宅の日記
・いわゆるコンピュータ・ウイルスに関する罪について|法務省



























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1.はじめに
本日の新聞報道などによると、仮想通貨「モネロ」の採掘(マイニング)のために他人のパソコンを無断で作動させるプログラム「コインハイブ」(Coinhive)をウェブサイト上に保管したなどとして、不正指令電磁的記録保管罪に問われたウェブデザイナーの男性の刑事事件の判決が本日、3月27日に横浜地裁で出され、同判決は、「不正な指令を与えるプログラムに該当すると判断するには、合理的な疑いが残る」として無罪を言い渡したとのことです。(求刑罰金10万円。)これはナイスな司法判断です。

2.横浜地裁判決の概要
本日の朝日新聞によると、横浜地裁判決の判旨はおおむねつぎのようであったそうです。

『判決は、コインハイブが閲覧者の同意を得ていないことなどから、「人の意図に反する動作をさせるプログラムだ」と認定した。一方で、①閲覧者のPCに与える消費電力の増加は広告と大きく変わらない②当時、コインハイブに対する意見が分かれており、捜査当局から注意喚起や警告もなかった――などと指摘。「社会的に許容されていなかったと断定できない」として、ウイルスには当たらないと結論づけた。』
(「コインハイブ裁判 無罪の男性「一安心という気持ち」朝日新聞2019年3月27日付より)

3.不正指令電磁的記録作成等罪
今回の事件で問題となった、不正指令電磁的記録作成等罪(刑法168条の2、168条の3)は、平成23年に新設された比較的新しい罪です。

(不正指令電磁的記録作成等)
第168条の2 正当な理由がないのに、人の電子計算機における実行の用に供する目的で、次に掲げる電磁的記録その他の記録を作成し、又は提供した者は、三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
一 人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録
二 (略)
(略)

(不正指令電磁的記録取得等)
第168条の3 正当な理由がないのに、前条第一項の目的で、同項各号に掲げる電磁的記録その他の記録を取得し、又は保管した者は、二年以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する

不正指令電磁的記録作成等罪が成立するためには、電子計算機(パソコン、携帯電話など)について、「意図に反する」(168条の2第1項1号)動作をさせる「不正な指令」(1項1号)を与える電磁的記録(コンピュータウイルス)を作成・提供・供用し(1項・2項)、あるいは取得・保管したこと(168条の3)が必要となります。

この点、「意図に反する」とは、当該コンピュータプログラムの機能が一般的・類型的な使用者の意図に反するものをいうとされています。

この「意図に反する」について、本横浜地裁判決は、「「コインハイブが閲覧者の同意を得ていないことなどから、「人の意図に反する動作をさせるプログラムだ」と認定した」点は、まあ常識的な判断かと思われます。

つぎに、この「不正な指令」にプログラムが該当するか否かについては、「そのプログラムの機能を考慮した場合に社会的に許容しうるものであるかという点が判断基準となる」と解されています。「たとえば、使用者のサイト閲覧の履歴から使用者の嗜好に応じたバナー広告を表示させるアドウェアなどは「不正な指令」からは除かれるが、詐欺目的のワンクリックウェアなどはこれに含まれる」とされています(西田典之『刑法各論 第7版』413頁)。

今回のコインハイブ事件は、コインハイブというプログラムが、「不正な指令」との関係で適法とされる「使用者のサイト閲覧の履歴から使用者の嗜好に応じたバナー広告を表示させるアドウェア」とどこが違うのかという点が大きな争点となりました。

この点、本横浜地裁判決は、「①閲覧者のPCに与える消費電力の増加は広告と大きく変わらない②当時、コインハイブに対する意見が分かれており、捜査当局から注意喚起や警告もなかった」と判断した上で、「「社会的に許容されていなかったと断定できない」として、ウイルスには当たらない」との無罪判決を出したことは極めて妥当な司法判断であったと思われます。

そもそも、この不正指令電磁的記録作成等罪については、構成要件の一つが「不正な指令」すなわち、「社会的に許容しうるものであるか」という非常に漠然としたものになっている点が罪刑法定主義の観点から学説より批判されています。

また、刑事法の大原則は、「疑わしきは被告人の利益に」であって、「疑わしきは警察・検察の利益に」ではありません。コインハイブの事例に関しては、警察・検察当局は、グレーな問題であるから立件して処罰してしまえという非常に前のめりなスタンスをとっています。しかしグレーな分野は大原則に立ち戻って、「疑わしきは被告人の利益に」と考えるべきです。

そして国会は今回の横浜地裁判決を受けて、不正指令電磁的記録作成等罪の構成要件の明確化などの刑法の一部改正の活動をすみやかに行うべきです。

■関連するブログ記事
・サイト等にCoinhive等の仮想通貨マイニングのプログラムを設置するとウイルス作成罪(不正指令電磁的記録作成罪)が成立するのか?
・ウェブサイトに仮想通貨のマイニングのソフトウェアやコードを埋め込む行為は犯罪か?

■参考文献
・西田典之『刑法各論 第7版』413頁
・渡邊卓也『ネットワーク犯罪と刑法理論』263頁
・鎮目征樹「サイバー犯罪」『法学教室』2018年12月号109頁


法律・法学ランキング

刑法各論 <第7版> (法律学講座双書)

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