1.佐川氏が国会の証人喚問でほぼすべての証言を拒否
森友学園に関し財務省が決済文書などの公文書を多数改ざんしていたことが発覚した問題について、3月27日に元理財局長だった佐川宣寿氏の証人喚問が衆参両院の予算委員会で合計約4時間行われました。
しかし、国会議員からの質問に対し、佐川氏は「刑事訴追のおそれがあるので証言を控えさせていただく」として実に合計約50回も証言拒否を行い、自身の関与など改ざんの経緯についてほぼすべての証言を拒否しました。
・改ざん、証言拒む 経緯・目的、不明のまま 佐川氏喚問|朝日新聞
2.国政調査権‐議院証言法
憲法は、「両議院は、各々国政に関する調査を行ひ、これに関して、証人の出頭及び証言並びに記録の提出を要求することができる」と規定しています(国政調査権、62条)。
この憲法の条文を受け、国会法104条1項は、「各議院又は各議院の委員会から審査又は調査のため、内閣、官公署その他に対し、必要な報告又は記録の提出を求めたときは、その求めに応じなければならない」とし、衆参それぞれの議院またはその委員会は、内閣・行政庁に対して報告または記録の提出を求めることができるとしています。また、同106条は「審査又は調査のため、証人又は参考人」に出頭を求めることができるとしています。
そしてさらに証人の証言については、議院証言法(「議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律」)が用意されており、証人の出頭・証言および書類等の提出を要求する手続きと要求を拒否した証人に対する罰則が規定されています。
3.国政調査権の限界
このように国政調査権は衆参両院が有する強力な調査権ですが、限界もあります。まず、その目的は、国政つまり立法・予算審議・行政監督の3分野となります。財務省の文書改ざん問題はまさに行政監督が目的ですから、司法への調査などと異なり、財務省や内閣への衆参両院の調査権は原則として全面的なものとなるとされています。
しかしたとえ国政調査であっても証人等の基本的人権を侵害することが許されないのは当然です。そのため、証人本人の思想・信条を問う質問や、黙秘権(憲法38条)を侵害する質問は許されないことになります。
この後者を具体化したのが、議院証言法4条です。
この条文は、「証人は、自己(略)が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受けるおそれのあるときは、宣誓、証言又は書類の提出を拒むことができる」と規定するのみで、どのような内容の刑事訴追またはどのような有罪判決のおそれがある場合に証言拒否等を許可するといった歯止めをまったく規定していないので、条文上、証人がごくわずかでも刑事訴追のおそれがあると考えた場合、この条文を根拠に一切の証言を拒否できてしまいます。
つまり、今回の証人喚問における佐川氏のように、「刑事訴追のおそれがあるので回答をひかえる」とさえ言えば、事実上いかなる証言拒否も可能となってしまい、それは少なくとも現行の議院証言法上は合法なのです。
議院証言法自身は、6条に証人が虚偽の陳述をした場合に10年以下の懲役に処する罰則(偽証罪)と、7条に証人が正当な理由がなく証言を拒んだ場合に10万円以下の罰金とする罰則(証言拒否権)を定めています。しかし、佐川氏のように、4条の「刑事訴追のおそれ」という理由さえ示せば、これら偽証罪や証言拒否権などさえクリアできてしまいます。
4.まとめ
今回の佐川氏の証人喚問で事実がほとんど解明されなかったように、現行の議院証言法はとくに4条が証人を免責とする範囲があまりにも広すぎであり、法改正を含めた見直しが必要であると思われます。
もちろん証人等の人権の保障は重要です。しかし、証人喚問などを含む国政調査権は、強大な内閣・行政権を主権者たる国民から選ばれた国会がチェックしコントロールを行うための重要な権限です。内閣・行政権の腐敗や権力の私物化などを国会がチェックできないということになっては、わが国の議会制民主主義の根幹が損なわれかねません。
■参考文献
・芦部信喜『憲法 第6版』317頁
・野中俊彦・中村睦男・高橋和之・高見勝利『憲法Ⅱ 第5版』152頁
・大山礼子『国会学入門』196頁
■関連するブログ記事
・財務省の公文書改ざんについて内閣や大臣は責任を負わないのか憲法的に考える
森友学園に関し財務省が決済文書などの公文書を多数改ざんしていたことが発覚した問題について、3月27日に元理財局長だった佐川宣寿氏の証人喚問が衆参両院の予算委員会で合計約4時間行われました。
しかし、国会議員からの質問に対し、佐川氏は「刑事訴追のおそれがあるので証言を控えさせていただく」として実に合計約50回も証言拒否を行い、自身の関与など改ざんの経緯についてほぼすべての証言を拒否しました。
・改ざん、証言拒む 経緯・目的、不明のまま 佐川氏喚問|朝日新聞
2.国政調査権‐議院証言法
憲法は、「両議院は、各々国政に関する調査を行ひ、これに関して、証人の出頭及び証言並びに記録の提出を要求することができる」と規定しています(国政調査権、62条)。
この憲法の条文を受け、国会法104条1項は、「各議院又は各議院の委員会から審査又は調査のため、内閣、官公署その他に対し、必要な報告又は記録の提出を求めたときは、その求めに応じなければならない」とし、衆参それぞれの議院またはその委員会は、内閣・行政庁に対して報告または記録の提出を求めることができるとしています。また、同106条は「審査又は調査のため、証人又は参考人」に出頭を求めることができるとしています。
そしてさらに証人の証言については、議院証言法(「議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律」)が用意されており、証人の出頭・証言および書類等の提出を要求する手続きと要求を拒否した証人に対する罰則が規定されています。
3.国政調査権の限界
このように国政調査権は衆参両院が有する強力な調査権ですが、限界もあります。まず、その目的は、国政つまり立法・予算審議・行政監督の3分野となります。財務省の文書改ざん問題はまさに行政監督が目的ですから、司法への調査などと異なり、財務省や内閣への衆参両院の調査権は原則として全面的なものとなるとされています。
しかしたとえ国政調査であっても証人等の基本的人権を侵害することが許されないのは当然です。そのため、証人本人の思想・信条を問う質問や、黙秘権(憲法38条)を侵害する質問は許されないことになります。
この後者を具体化したのが、議院証言法4条です。
議院証言法
第四条 証人は、自己又は次に掲げる者が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受けるおそれのあるときは、宣誓、証言又は書類の提出を拒むことができる。
一 自己の配偶者、三親等内の血族若しくは二親等内の姻族又は自己とこれらの親族関係があつた者
(後略)
この条文は、「証人は、自己(略)が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受けるおそれのあるときは、宣誓、証言又は書類の提出を拒むことができる」と規定するのみで、どのような内容の刑事訴追またはどのような有罪判決のおそれがある場合に証言拒否等を許可するといった歯止めをまったく規定していないので、条文上、証人がごくわずかでも刑事訴追のおそれがあると考えた場合、この条文を根拠に一切の証言を拒否できてしまいます。
つまり、今回の証人喚問における佐川氏のように、「刑事訴追のおそれがあるので回答をひかえる」とさえ言えば、事実上いかなる証言拒否も可能となってしまい、それは少なくとも現行の議院証言法上は合法なのです。
議院証言法自身は、6条に証人が虚偽の陳述をした場合に10年以下の懲役に処する罰則(偽証罪)と、7条に証人が正当な理由がなく証言を拒んだ場合に10万円以下の罰金とする罰則(証言拒否権)を定めています。しかし、佐川氏のように、4条の「刑事訴追のおそれ」という理由さえ示せば、これら偽証罪や証言拒否権などさえクリアできてしまいます。
4.まとめ
今回の佐川氏の証人喚問で事実がほとんど解明されなかったように、現行の議院証言法はとくに4条が証人を免責とする範囲があまりにも広すぎであり、法改正を含めた見直しが必要であると思われます。
もちろん証人等の人権の保障は重要です。しかし、証人喚問などを含む国政調査権は、強大な内閣・行政権を主権者たる国民から選ばれた国会がチェックしコントロールを行うための重要な権限です。内閣・行政権の腐敗や権力の私物化などを国会がチェックできないということになっては、わが国の議会制民主主義の根幹が損なわれかねません。
■参考文献
・芦部信喜『憲法 第6版』317頁
・野中俊彦・中村睦男・高橋和之・高見勝利『憲法Ⅱ 第5版』152頁
・大山礼子『国会学入門』196頁
■関連するブログ記事
・財務省の公文書改ざんについて内閣や大臣は責任を負わないのか憲法的に考える