なか2656のblog

とある会社の社員が、法律などをできるだけわかりやすく書いたブログです

カテゴリ: 保険法

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1.はじめに

金融法務事情2223号(2023年12月10日号)64頁に、損害保険会社の法人向けの傷害総合保険契約に関して、入院保険金等は会社ではなく従業員に支払われるべきとされた興味深い裁判例(大阪高判令5.4.14、控訴棄却・確定)が掲載されていました。これは損保業界の実務に影響がありそうな裁判例なので見てみたいと思います。

2.事案の概要

(1)Y(砕石業の会社)は平成27年5月に損害保険会社との間で全役員および従業員を被保険者とする傷害総合保険契約(本件保険契約)を締結した。本件保険契約においては入院保険金・通院保険金・手術保険金等の保険金請求権者は被保険者もしくはその父母、配偶者または子と保険約款に規定されていた。Yは入院給付金等はYが受け取る趣旨の法人契約特約が本件保険契約には付加されていたと主張しているが、この点については本件訴訟で争われている。

(2)Xは従業員としてY社で働いていた。平成27年9月、YはXに80万円を貸し付けて、Xがこの貸金の分割返済を怠ったときは強制執行を行う旨の公正証書を作成した。Xは平成27年9月25日、就労中に労災事故により受傷し、入院して手術を受けるなどした。そしてYは平成28年9月に損害保険会社から本件保険契約に基づき、入院保険金19万円、休業保険金90万円、手術保険金5万円など合計114万円の保険金(本件保険金)を受取り、またXはその旨を損害保険会社から通知を受けた。

(3)その後、Xは上記貸金をYに返済しないまま他社に転職したため、Yは令和3年4月に上記公正証書に基づき、Xの転職先の会社から支払われる給与を差押えた。それに対してXは、社簡易裁判所に請求異議の訴えを提起し、本件保険金はXが取得すべきものであるにもかかわらずYが保持しているため、XはYに対して引渡請求権または不当利得返還請求権を有しており、これを自働債権として上記貸金債権と相殺したと主張して、上記公正証書に基づく強制執行は認められないとの判決を求めた。社簡易裁判所は本件訴訟を神戸地裁社支部に移送した。神戸地裁社支部(神戸地裁社支部令4.10.11)はXの主張を認めたためYが控訴したのが本件訴訟である。

3.高裁判決の判旨(控訴棄却・確定)

「そうである以上、Yが保険会社から本件保険契約に基づき本件保険金を受け取った場合、当該受取行為は、被保険者である被控訴人からの委託に基づくものでなくとも、同人のためにするものとして、事務管理に該当し、受け取った本件保険金は、特段の事情がない限り、同人に引き渡さなければならず(民法701条、646条1項)、Yがこれを引き渡さない場合には、本件保険金は不当利得になると解される。」

「Yは、当審においても、本件保険契約には法人契約特約(法人を保険契約者とし、その役員、従業員を被保険者とする保険契約において、死亡保険金受取人を保険契約者である法人とした場合に、後遺障害保険金、入院保険金、手術保険金、通院保険金についても死亡保険金受取人に支払う特約)が付されており、したがって、本件保険金の受給権者はYであるから、Yに不当利得が生じる余地はない旨主張する。  しかし、本件保険契約に係る「傷害総合保険契約更改申込書」(乙3)を子細にみても、本件保険契約について、事業者費用補償特約は付されているものの、Yが主張する、法人契約特約が付されていることを明確に示す記載は見当たらない。(略)」

「結局、本件保険契約においては、Yが主張する法人契約特約が付されていたとまでは認めることができない。なお、仮に、本件保険契約において法人契約特約が付されていたとしても、同特約は、本件保険契約の内容や、本件保険金がXの労災事故に起因して給付された入院保険金、通院保険金等であることからしても、保険法8条の規定に反する特約で被保険者であるXに不利なものとして、同法12条により無効であるというべきである。

4.検討

(1)本判決は、とくに「なお、仮に、本件保険契約において法人契約特約が付されていたとしても、同特約は、本件保険契約の内容や、本件保険金がXの労災事故に起因して給付された入院保険金、通院保険金等であることからしても、保険法8条の規定に反する特約で被保険者であるXに不利なものとして、同法12条により無効であるというべきである。」と判示している部分が重要であると思われます。

保険法
(第三者のためにする損害保険契約)
第8条 被保険者が損害保険契約の当事者以外の者であるときは、当該被保険者は、当然に当該損害保険契約の利益を享受する。

(強行規定)
第12条 第八条の規定に反する特約で被保険者に不利なもの及び第九条本文又は前二条の規定に反する特約で保険契約者に不利なものは、無効とする。
すなわち、保険法8条は、損害保険契約において被保険者が保険契約者と別人である場合には、当該被保険者は保険金を受け取ると規定しており、同法12条は同法8条に反する特約で被保険者に不利なものは無効となると規定しています。これらの条文を受けて、本判決は、法人契約特約は、「本件保険契約の内容や、本件保険金がXの労災事故に起因して給付された入院保険金、通院保険金等であることからしても、保険法8条の規定に反する特約で被保険者であるXに不利なものとして、同法12条により無効である」と判示しているのです。

(2)損害保険会社各社から法人向けの傷害総合保険が販売されているところ、その保険金について、これを受け取った企業が社内の補償規程に基づいて従業員に支払えば問題は起きませんが、補償規程がないとか、企業が被った損害にこの金銭を充当するなどして従業員に保険金を支払わずトラブルとなるケースがあるとされています。

この点に関しては生命保険会社各社の団体定期保険(全員加入型のいわゆる「Aグループ」の団体定期保険)においても約30年前に同様の法的トラブルが多発し、最高裁判決(最判平18.4.11民集60巻4号1387頁)などが出され、生命保険会社各社は主契約の保険金は従業員の遺族に、ヒューマンバリュー特約の保険金は法人に支払うとする「総合福祉団体定期保険」を創設するなどの実務対応を行いました。

これに対して、本件判決は損害保険分野における法人向け傷害総合保険の入院給付金等を会社が受け取るべきなのか、従業員が受け取るべきなのかについて訴訟となり、保険法8条、12条に基づいて従業員が受け取るべきと裁判所が判示しためずらしい裁判例であると思われます(金融法務事情2223号66頁コメント部分)。

(3)この大阪高裁判決を受けて、損害保険会社各社は、とくに法人契約特約などの保険約款の保険金を受け取るべき者の規定について見直しを行うなどの対応が必要になると思われます。

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■参考文献
・金融法務事情2223号(2023年12月10日号)64頁
・山下友信『保険法(上)』345頁
・山下友信・竹濱修・洲崎博史・山本哲生『有斐閣アルマ保険法 第3版補訂版』236頁
・出口正義・平澤宗夫『生命保険の法律相談』(学陽書房)314頁

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『ジュリスト』1590号(2023年11月号)130頁に小野寺千世先生の「銀行による外貨建て変額保険勧誘の違法性が否定された事例」(東京地判令2.1.31・請求棄却・控訴)が掲載されていたので、変額保険訴訟について考えてみました。

1.事案の概要
本件は被告銀行Y1の従業員Y2の勧誘により訴外生命保険会社Aとの間で変額保険契約を締結した原告Xが、上記勧誘には書面交付義務違反、説明義務違反ないし適合性原則違反等があったと主張して、Y1およびY2に対して不法行為および使用者責任に基づく損害賠償約303万円の支払いを求めた事案である(民法709条、715条、会社法350条)。

本件でXが勧誘された保険(以下「本件保険」)は、通貨選択一般勘定移行型変額終身保険すなわち外貨建ての変額保険であり、移行日までの運用期間、外貨建てで振り込まれた一時払保険料の全額が特別勘定で運用され、その運用成果により死亡保険金および解約返戻金が変動するものである。そのため移行日前に保険契約を解約した場合、その運用成績によっては解約返戻金額が一時払保険料の金額を下回るリスク(元本割れのリスク)があるが、移行日までに解約をしなかった場合には一時払保険料の額が解約返戻金の最低金額として保証されるものであった。また死亡保険金も最低死亡保険金額が保障されるものであった。

Xは昭和29年生まれで不動産管理会社Bの代表取締役であり、およそ3400万円の資産を有していた。Xは平成27年8月26日、生命保険会社Aとの間で、保険契約者および被保険者をX、契約通貨を米ドル、移行日までの運用期間を20年として本件保険を内容とする保険契約(以下「本件保険契約」)を締結し、一時払保険料8万1000米ドル(当時の為替レートで約1004万円)を支払った。

その後の約3年後、Xは本件保険契約を平成30年9月現在で解約した場合の解約返戻金額は約833万円であり、一時払保険料約1004万円との差額である約171万円に相当する損害を被り、100万円相当の精神的苦痛を受けたとして、弁護士費用約32万円を加えた合計約303万円の損害を被ったとして、Y1およびY2には説明義務違反、適合性原則違反などがあったとして損害賠償を求めて訴訟を提起したのが本件訴訟である。

2.本判決の判旨(請求棄却・控訴)
判旨1 契約締結前の書面交付義務違反ないし説明義務違反について
ア Xは、本件勧誘の際、Y2がXに対して本件パンフレットを交付するにとどまり、クーリング・オフを含め、本件保険の内容について具体的な説明をしなかった旨主張し、X本人もこれに沿う供述等をする…。これに対し、Yらは、Y2がXに対して本件パンフレット、保険設計書、契約締結前交付書面…等を交付し、当該各書面に基づき具体例も交えて本件保険の内容及びリスク等を説明した旨主張し、Y2本人もこれに沿う供述等をする…。

イ (ア)そこで、X本人及びY2本人の前記供述等の信用性について検討するに、X本人の前記供述等は、そもそも…契約締結前交付書面等によって本件保険について説明を受け、その内容を確認し理解した旨や『契約締結前交付書面(契約概要/注意喚起情報)』、『ご契約のしおり・約款』及び『特別勘定のしおり』を受領したことを認める旨の記載がある書面にXが署名又は署名及び押印をしていること…と明らかに矛盾する。
(略)

ウ そうすると、Y2は、本件保険契約締結以前の段階で、Xに対し、契約締結前交付書面等の各書面を交付するとともに、当該各書面に基づき、本件保険について元本割れのリスクや為替リスクなどがあること…など、本件保険の内容等について具体的に説明したものと認めるのが相当であるから、本件勧誘に契約締結前の書面交付義務違反ないし説明義務違反があったということはできない。」

判旨2 適合性原則違反について
ア 保険の勧誘が適合性の原則から著しく逸脱していることを理由とする不法行為の成否に関し、顧客の適合性を判断するに当たっては、当該保険の特性を踏まえて、これとの相関関係において、顧客の投資に関する経験や知識、投資意向、財産状態等の諸要素を総合的に考慮する必要があるというべきである。

イ 本件保険は、解約返戻金が一時払保険料の額を下回る危険性を有し、為替相場の変動も受けるから、当該保険契約の締結により損失が生ずるおそれがある商品であるということができる。しかしながら、本件商品においては、死亡保険金として支払いを受ける場合及び移行日以後に解約返戻金として支払いを受ける場合には、米ドル建てで支払った一時払保険料の額が最低でも保証されている。…契約内容は、投資に関する知識が豊富でない者でも容易に理解できるというべきである(略)。

ウ Xに係る諸事情についてみると、…Xは、…投資等の経験を有していなかったものの、B社の代表取締役としてその事業についての経営判断等も常日頃からしており、米国及び欧州の為替についての知識も有していたこと、値上がり益を追求し、比較的積極的な運用をする意向を有していたこと及び少なくとも3400万円程度の金融資産を有していたことがそれぞれ認められる。 以上を総合すると、Xが前記イの各リスクを理解するための知識や認識に欠けていたということはできず、本件保険がXの投資意向に反していたともXの財産状態に照らして著しく不相当であったとも認められない。」


3.検討
(1)本判決について
(ア)説明義務
本件においてXは、Y2が本件パンフレットを交付するにとどまり、クーリング・オフを含め本件保険の内容について具体的な説明を行わなかった旨を主張するのに対して、Yらは、Xに対して本件パンフレットのほか、保険設計書、契約締結前交付書面、ご契約のしおり・約款及び特別勘定のしおりを交付し、当該各書面に基づき具体例も交えて本件保険の内容およびリスク等を説明した旨を主張しています。

この点、裁判所の本判決の判旨1は、契約締結前交付書面等によって本件保険について説明を受け、その内容を確認し理解した旨や当該各書面を受領した旨の記載がある書面にXは署名または署名および押印していることなどを事実認定し、Y2からXに契約締結前交付書面等が交付され、本件保険の契約内容やリスクなどについて説明がなされたと認定し、Yらの説明義務および書面交付義務は尽くされていたとしています。この判旨は妥当であると思われます。

(イ)適合性原則
適合性原則について本判決の判旨2は、従来の裁判例(東京地裁平成25・8・28判タ1406号316頁など)を踏襲し、「当該保険の特性を踏まえて、これとの相関関係において、顧客の投資に関する経験や知識、投資意向、財産状態等の諸要素を総合的に考慮する必要がある」との判断枠組みを示した上で判断を行っています。

判旨2は、本件保険はリスクのある商品ではあるが、投資に関する知識が豊富でない者であっても理解でき、必ずしも元本割れリスクが大きいものとはいえないと判示しています。また、Xは会社の取締役であり日常で経営判断などを行っていること、米国や欧州の為替について知識を有していること、3400万円程度の資産を有していること等を認定し、Yらの説明に適合性原則違反はなかったと判示しています。そして結論として本判決は、Xの請求を棄却しています。本判決は妥当であると思われます。

(2)説明義務に関する学説
学説は、保険契約の重要な内容については保険会社および保険募集人は説明義務を負い、この義務に違反した場合には不法行為として損害賠償責任を負うということは判例法理として確立しているとします。

説明義務において説明すべき事項については、一般論は必ずしも明らかではないものの、保険会社、保険募集人の責任が認められている事案から見れば、当該事項の説明があったとすれば当該保険契約は締結しなかったか、または当該保険契約の内容のままでは締結しなかったであろうといえる場合であるといえるような事項であるということができるとしています。

保険業法その他の法令では、2014年保険業法改正前でも情報提供規制は整備されていたものであって(保険業法300条1項1号、同100条の2)、その規律を遵守していたとすれば保険契約者一般にとって重要な事項は各種文書の交付等により情報提供されていたはずであり、説明義務違反が生じることはあまり考えられないとしています(山下友信『保険法(上)』274頁、275頁)。

(3)保険実務上の留意点
本判決を含む裁判例は保険会社および保険募集人の説明義務について、保険契約締結までに「ご契約のしおり・約款」や契約締結前交付書面などの各書面が交付されていたかを非常に重視しています。そのため保険会社等はこれらの各書面の交付を必ず行い、申込書の各書面の受領を確認した旨の署名・押印欄に必ず署名・押印をいただくことが求められます。

また、2014年保険業法改正以降は、保険会社等には従来の意向確認義務だけでなく意向把握義務も課せられるため(保険業法294条の2)、保険会社等は、この意向把握において、顧客が自らの保険ニーズをどのように述べたか、保険募集人はどのように説明したか等を折衝記録として残すことが求められると思われます。

■参考文献
・小野寺千世「銀行による外貨建て変額保険勧誘の違法性が否定された事例」『ジュリスト』1590号(2023年11月号)130頁
・『金融法務事情』2155号(2021年2月10日号)77頁
・山下友信『保険法(上)』274頁、275頁
・松本恒雄「変額保険の勧誘と説明義務」『金融法務事情』1407号20頁
・大高満範『生命保険の法律相談(青林法律相談23)』240頁

■関連するブログ記事
・変額個人年金等の勧誘の際における金融機関の説明義務

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ビッグモーター
1.ビッグモーターの保険代理店登録が取消へ
11月14日の日経新聞などの報道によると、鈴木俊一金融相は14日の閣議後会見で、中古車販売大手ビッグモーターの保険金不正請求問題を巡り、同社の保険代理店登録を11月末に取り消す方針を明らかにしたとのことです。鈴木大臣は「(立ち入り検査を通じて)適正な保険募集を確保するための体制整備が行われていないことが確認された」と述べたとのことです。

・ビッグモーター、11月末で代理店登録取り消し 金融相|日経新聞

2.保険業法
「ほけんの窓口」など大型の乗合代理店の登場など保険業界の多様化を受けて、保険業法は平成28年(2016年)に大きな改正が行われました。その改正の大きな柱の一つとして、保険代理店に対して保険募集に関する体制整備義務が新設されました(保険業法294条の3第1項)。

この体制整備義務を充足するために、保険代理店は法令遵守規程、保険募集管理規程、顧客情報管理規程、顧客サポート等管理規程、外部委託管理規程、内部監査規程などを整備し、PDCAサイクルを有効に実施する必要があります(保険業法施行規則227条の7、監督指針Ⅱ‐4-2-9(8))。

ところが報道によると、ビッグモーターはわざと顧客の自動車を壊して損害保険会社に保険金の過大な不正請求を行う取扱いが横行していたとのことであり、法令遵守規程などがまったく形骸化していたと思われ、金融庁はこれを保険代理店の体制整備義務違反(法294条の3第1項)と認定したものと思われます。

そして保険代理店の体制整備義務の状況に問題があると認められた場合には、金融庁は必要に応じて報告徴求や立入検査を行い(保険業法305条)、重大な問題が認められるときには行政処分を行うことになります(同法306条、307条)。

すなわち行政処分としては、①業務改善命令、②業務停止命令(以上同法306条)、③登録の取消し(同法307条1項)の3種類があるところ、金融庁はビックモーターについて、「その他保険募集に関し著しく不適当な行為をしたと認められるとき」(同法307条1項3号)に該当するとして、一番重い保険代理店の登録の取消の行政処分が相当であると判断したものと思われます。

■追記(2023年11月24日)
金融庁は11月24日にビッグモーターに対して、保険業法307条1項3号に基づいて保険代理店の登録の取消しの行政処分を行ったとのことです。
・株式会社ビッグモーター、株式会社ビーエムホールディングス及び株式会社ビーエムハナテンに対する行政処分について|金融庁

■参考文献
・吉田桂公『一問一答改正保険業法早わかり』48頁、52頁、56頁
・錦野裕宗・稲田行祐『銀行等代理店のための改正保険業法ハンドブック』74頁

■関連する記事
・ビッグモーターの虚偽の自動車保険契約の疑い等を保険業法的に考えた

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(ビッグモーター社サイトより)

1.ビッグモーターの虚偽の自動車保険契約の疑いについて
不祥事が発覚したビッグモーターで、虚偽の自動車保険契約をでっちあげて保険契約の件数の積み増しを狙った疑いが報道されています。

ビッグモーターで虚偽の自動車保険契約の疑い…従業員が負担、件数積み増し狙ったか|読売新聞

すなわち、ビッグモーターの福井県内の店舗が、虚偽の自動車保険契約を複数結んでいた疑いがあることがわかったとのことです。関係者によると、虚偽契約には車検証がある展示車両などが使われた可能性があるとのことです。保険料は従業員が負担していたとみられ、契約件数の積み上げを狙った可能性があるとのことです。

このように、保険代理店などが営業成績のかさ上げを狙って保険契約をでっちあげることは、保険業界では作成契約または架空契約などと呼ばれています。

保険業法
(登録の取消)
第三百七条 内閣総理大臣は、特定保険募集人又は保険仲立人が次の各号のいずれかに該当するときは、第二百七十六条若しくは第二百八十六条の登録を取り消し、又は六月以内の期間を定めて業務の全部若しくは一部の停止を命ずることができる。
(略)
 この法律又はこの法律に基づく内閣総理大臣の処分に違反したとき、その他保険募集に関し著しく不適当な行為をしたと認められるとき。
(後略)
この点、保険業法307条1項3号は「保険募集に関し著しく不適当な行為」を禁止しており、作成契約・架空契約はこの「保険募集に関し著しく不適当な行為」に該当するとされています。この行為があった場合、金融庁は当該保険代理店(保険募集人)の登録の取消しや業務停止命令などを出す可能性があります。また保険代理店のビックモーターに委託をしている保険会社(この場合は損保ジャパン等)も、保険募集上の事故があったとして、金融庁に対して不祥事件届出を行い、金融庁から行政処分・行政指導などが行われる可能性があります(中原健夫『保険業務のコンプライアンス 第4版』229頁)。

2.保険金の水増し請求について
なお、このビックモーターの事件においては、ビックモーターが顧客の自動車をわざと壊す等して自動車保険の水増し請求を損保ジャパンに行っていたとの疑惑が発覚しています。しかも損保ジャパン側もその事情を承知していたとの報道もなされているところです。

このビックモーター事件で思い出されるのは、2007年に発覚して大きな社会問題となった生損保の保険会社の保険金不払い問題です。保険金不払い問題においては本来支払うべきであった保険金を保険会社が顧客に支払っていなかったものであり、今回のビックモーターの不正請求事件はその「逆」パターンといえるのではないでしょうか。

損害保険会社10社に対する行政処分について|金融庁

2007年の保険金不払い問題については、金融庁は保険会社が許認可を受けた基礎書類(事業方法書・約款など)に準拠した支払いをしていなかったことが保険業法4条2項などの違反であるとして業務停止命令・業務改善命令などの行政処分が出されました。そのため、今回のビックモーターの事件も、損保ジャパンなどの保険会社は保険業法4条2項などの違反として業務停止命令・業務改善命令などの行政処分が出される可能性があります。

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1.はじめに
2023年3月29日付のライフネット生命のプレスリリース「ライフネット生命保険 JMDCとともに、引受査定業務の効率化に向けた実証実験を開始-AIシステムを用いた引受リスク予測を検証し、将来的にはマイナポータルとの連携も目指す」によると、ライフネット生命は保険の引受審査AIの実証実験を開始するとのことです。AIの引受審査システムにより同社の保険の引受審査部門の事務コスト等が軽減されることや、適正な引受審査がなされること自体は素晴らしいことだと思われますが、この取り組みにはAIによる「データによる人間の選別・差別」の危険がないかが懸念されます。

・ライフネット生命保険 JMDCとともに、引受査定業務の効率化に向けた実証実験を開始(PDF)|ライフネット生命保険株式会社

ライフネット生命の引受審査AIのイメージ図
(ライフネット生命の引受審査AIのイメージ図。ライフネット生命のプレスリリースより)

2.引受審査AIの概要
本プレスリリースを読み、またライフネット生命に電話にて問い合わせたところ、この引受審査AIは、JMDC社が保有する約1200万人の匿名医療データ(検診データ、審査報酬明細データ、入院データ)と、これらの約1200万人の匿名医療データから疑似的に再現したマイナポータル上の「仮想マイナポータルデータ」(検診データ、薬剤データ、医療費データ)とを機械学習させ、生命保険の引受リスクを予測するAIシステムを開発する実証実験であるようです。

また同社は、将来的にはマイナポータル・マイナンバーカードとの連携も目指し、顧客が保険に加入する際の告知において健康診断書の写し等をライフネット生命に提出することに代えてマイナポータルから自動的に「マイナポータルデータ」(検診データ、薬剤データ、医療費データ)を収集し引受審査を行う予定であるようです。なお電話にて確認したところ、同社のこのスキームは金融庁等の許認可を受けたものであるそうです。

3.生命保険の引受
保険は大量の保険加入者の保険料の拠出により万が一の際の保障を行う相互扶助の制度です。そのため生命保険は一定の死亡率や保険事故発生率を基礎として成り立ちます(大数の法則)。そのため保険会社は保険加入者の危険をあらかじめ測定し、その人それぞれが有する危険の程度に応じた保険料の支払いを求め、場合によっては保険の引受を断ったり、保険料の増額や保険金の削減などの条件を付す必要があります。そこで生命保険会社は保険契約の締結にあたり、被保険者となろうとしている人に「告知」を求め、医学的、環境的、道徳的見地から危険選択を行います。これが引受審査です(長谷川仁彦・竹山拓・岡田洋介『生命・傷害疾病保険法の基礎知識』59頁)。つまり、ライフネット生命のこの引受審査AIは、保険会社の医学的な引受審査の機能をAIにより強化・拡大するものであるといえます。

4.AIの「データによる人間の選別・差別」の危険
ところでAIは大量のデータを学習することにより、さまざまな事象の相関関係から対象となる人間を集団(セグメント)に分類するものです。またAIは良心のある人間であれば当然しない判断をする危険性があります。そのため、AIには「データによる人間の選別・差別」を行う危険性があります。さらに機械学習が進んだAIのアルゴリズムは人間が判読することはできないとされており、AIによる判断がなされたあとに、その判断について事業者の人間が理由を説明できない問題があります(山本龍彦『AIと憲法』18頁)。

5.保険法から考える
保険法的にみると、上でみた保険契約締結時の被保険者となろうとする者の告知の義務である告知義務は、あらゆる事柄について保険加入者側が回答義務を負うものではなく、保険会社側が質問した重要な事項に関してだけに保険加入者側が回答すればよい義務とされています(質問応答義務、保険法37条、山下友信・竹濱修など『保険法 第4版』260頁)。

そのため、現行の各生命保険会社の実務では、医学的な告知に関しては、保険会社は被保険者となろうとしている者に対して健康状態に関する質問表に質問していただき、さらに医師や生命保険面接士の診査を受けてもらうあるいは勤務先等の健康診断結果の写しを提出していただくなどの実務が行われています。そして保険会社の引受審査部門は、保険加入者側から提出された告知書や医師の診査結果、健康診断書の写しなどを元に、自社の引受基準と照らし合わせて引受審査を行っています。

ところがライフネット生命が実証実験を行おうとしている引受審査AIは、被保険者となろうとしている者のマイナンバーカード・マイナポータルに紐付けられたこれまでの人生の検診データ・薬剤データ(処方箋データ)・医療費データを突合・分析して引受審査を行うものであり、現行の告知義務を保険会社側有利に拡張・拡大してしまうおそれがあるのではないでしょうか。

つまり、機械学習を行った引受審査AIの集団化・セグメント化により、人間による分析では「引受できない」・「保険料増額または保険金減額などの条件付き」とならなかった人々が、AIの力により生命保険に加入できなかったり、あるいは加入できても保険料が増額される又は保険金額が減額される等の条件付きとなるリスクがあります。これはAIによる「データによる人間の選別・差別」となってしまうのではないでしょうか。

(しかも保険の引受を断られた顧客から「なぜ私は保険に入れなかったのか?」と問い合わせを受けても、ライフネット生命としては「当社のAIがそう判断した以外のことは当社職員にも分かりません」と回答せざるを得ない。)

6.マイナポータルと連携することの問題
さらに、本プレスリリースによると、将来的にはライフネット生命は、マイナポータルから自動的に被保険者となろうとする者について「マイナポータルデータ」(検診データ、薬剤データ、医療費データ)を収集し引受審査を行う予定であるようであり、マイナンバーカードを取得し、ライフネット生命の生命保険に加入しようとする国民は、事実上強制的にマイナンバーカード・マイナポータルに紐付けられたこれまでの全人生の検診データ・薬剤データ・医療費データをライフネット生命に収集されてしまうことになりますが、果たしてそれが妥当なのかという問題もあります。

たしかに最近、マイナンバー訴訟について最高裁はマイナンバー制度は合憲とする判決を出しましたが(最高裁令和5.3.9判決)、同判決はマイナンバーについて検討したのみで、マイナンバーカードやマイナポータルについてはまったく検討していません。

7.保険業法から考える
なお、保険業法は保険商品の許認可の審査基準において、保険の差別禁止や公序良俗違反の禁止などを規定しています(保険業法5条1項3号ロ、ハ)。上でみたとおり、ライフネット生命によると、この引受審査AIの実証実験は金融庁の許認可を受けたものであるとのことですが、金融庁や個人情報保護委員会などにおいて、この引受審査AIが保険業法5条1項3号などの規定に照らして問題ないと十分に検討されたのか疑問が残ります。

8.レピュテーション・リスク
加えて、ライフネット生命においては、引受審査AIを導入する、しかもその医学的データはマイナポータルから自動的・強制的に収集する予定と今回発表したわけですが、このようなリリースが、依然としてマイナンバー制度やAIに心理的抵抗感がないとはいえない日本社会において、レピュテーション・リスク(風評リスク)を発生させてしまう危険を、経営陣や管理部門等は十分に検討したのかについても疑問が残ります。

■参考文献
・山下友信・竹濱修・洲崎博史・山本哲生『保険法 第4版』260頁
・長谷川仁彦・竹山拓・岡田洋介『生命・傷害疾病保険法の基礎知識』59頁
・山下龍彦『AIと憲法』18頁



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