なか2656のblog

とある会社の社員が、法律などをできるだけわかりやすく書いたブログです

カテゴリ: 保険法

ビッグモーター
1.ビッグモーターの保険代理店登録が取消へ
11月14日の日経新聞などの報道によると、鈴木俊一金融相は14日の閣議後会見で、中古車販売大手ビッグモーターの保険金不正請求問題を巡り、同社の保険代理店登録を11月末に取り消す方針を明らかにしたとのことです。鈴木大臣は「(立ち入り検査を通じて)適正な保険募集を確保するための体制整備が行われていないことが確認された」と述べたとのことです。

・ビッグモーター、11月末で代理店登録取り消し 金融相|日経新聞

2.保険業法
「ほけんの窓口」など大型の乗合代理店の登場など保険業界の多様化を受けて、保険業法は平成28年(2016年)に大きな改正が行われました。その改正の大きな柱の一つとして、保険代理店に対して保険募集に関する体制整備義務が新設されました(保険業法294条の3第1項)。

この体制整備義務を充足するために、保険代理店は法令遵守規程、保険募集管理規程、顧客情報管理規程、顧客サポート等管理規程、外部委託管理規程、内部監査規程などを整備し、PDCAサイクルを有効に実施する必要があります(保険業法施行規則227条の7、監督指針Ⅱ‐4-2-9(8))。

ところが報道によると、ビッグモーターはわざと顧客の自動車を壊して損害保険会社に保険金の過大な不正請求を行う取扱いが横行していたとのことであり、法令遵守規程などがまったく形骸化していたと思われ、金融庁はこれを保険代理店の体制整備義務違反(法294条の3第1項)と認定したものと思われます。

そして保険代理店の体制整備義務の状況に問題があると認められた場合には、金融庁は必要に応じて報告徴求や立入検査を行い(保険業法305条)、重大な問題が認められるときには行政処分を行うことになります(同法306条、307条)。

すなわち行政処分としては、①業務改善命令、②業務停止命令(以上同法306条)、③登録の取消し(同法307条1項)の3種類があるところ、金融庁はビックモーターについて、「その他保険募集に関し著しく不適当な行為をしたと認められるとき」(同法307条1項3号)に該当するとして、一番重い保険代理店の登録の取消の行政処分が相当であると判断したものと思われます。

■追記(2023年11月24日)
金融庁は11月24日にビッグモーターに対して、保険業法307条1項3号に基づいて保険代理店の登録の取消しの行政処分を行ったとのことです。
・株式会社ビッグモーター、株式会社ビーエムホールディングス及び株式会社ビーエムハナテンに対する行政処分について|金融庁

■参考文献
・吉田桂公『一問一答改正保険業法早わかり』48頁、52頁、56頁
・錦野裕宗・稲田行祐『銀行等代理店のための改正保険業法ハンドブック』74頁

■関連する記事
・ビッグモーターの虚偽の自動車保険契約の疑い等を保険業法的に考えた

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(ビッグモーター社サイトより)

1.ビッグモーターの虚偽の自動車保険契約の疑いについて
不祥事が発覚したビッグモーターで、虚偽の自動車保険契約をでっちあげて保険契約の件数の積み増しを狙った疑いが報道されています。

ビッグモーターで虚偽の自動車保険契約の疑い…従業員が負担、件数積み増し狙ったか|読売新聞

すなわち、ビッグモーターの福井県内の店舗が、虚偽の自動車保険契約を複数結んでいた疑いがあることがわかったとのことです。関係者によると、虚偽契約には車検証がある展示車両などが使われた可能性があるとのことです。保険料は従業員が負担していたとみられ、契約件数の積み上げを狙った可能性があるとのことです。

このように、保険代理店などが営業成績のかさ上げを狙って保険契約をでっちあげることは、保険業界では作成契約または架空契約などと呼ばれています。

保険業法
(登録の取消)
第三百七条 内閣総理大臣は、特定保険募集人又は保険仲立人が次の各号のいずれかに該当するときは、第二百七十六条若しくは第二百八十六条の登録を取り消し、又は六月以内の期間を定めて業務の全部若しくは一部の停止を命ずることができる。
(略)
 この法律又はこの法律に基づく内閣総理大臣の処分に違反したとき、その他保険募集に関し著しく不適当な行為をしたと認められるとき。
(後略)
この点、保険業法307条1項3号は「保険募集に関し著しく不適当な行為」を禁止しており、作成契約・架空契約はこの「保険募集に関し著しく不適当な行為」に該当するとされています。この行為があった場合、金融庁は当該保険代理店(保険募集人)の登録の取消しや業務停止命令などを出す可能性があります。また保険代理店のビックモーターに委託をしている保険会社(この場合は損保ジャパン等)も、保険募集上の事故があったとして、金融庁に対して不祥事件届出を行い、金融庁から行政処分・行政指導などが行われる可能性があります(中原健夫『保険業務のコンプライアンス 第4版』229頁)。

2.保険金の水増し請求について
なお、このビックモーターの事件においては、ビックモーターが顧客の自動車をわざと壊す等して自動車保険の水増し請求を損保ジャパンに行っていたとの疑惑が発覚しています。しかも損保ジャパン側もその事情を承知していたとの報道もなされているところです。

このビックモーター事件で思い出されるのは、2007年に発覚して大きな社会問題となった生損保の保険会社の保険金不払い問題です。保険金不払い問題においては本来支払うべきであった保険金を保険会社が顧客に支払っていなかったものであり、今回のビックモーターの不正請求事件はその「逆」パターンといえるのではないでしょうか。

損害保険会社10社に対する行政処分について|金融庁

2007年の保険金不払い問題については、金融庁は保険会社が許認可を受けた基礎書類(事業方法書・約款など)に準拠した支払いをしていなかったことが保険業法4条2項などの違反であるとして業務停止命令・業務改善命令などの行政処分が出されました。そのため、今回のビックモーターの事件も、損保ジャパンなどの保険会社は保険業法4条2項などの違反として業務停止命令・業務改善命令などの行政処分が出される可能性があります。

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1.はじめに
2023年3月29日付のライフネット生命のプレスリリース「ライフネット生命保険 JMDCとともに、引受査定業務の効率化に向けた実証実験を開始-AIシステムを用いた引受リスク予測を検証し、将来的にはマイナポータルとの連携も目指す」によると、ライフネット生命は保険の引受審査AIの実証実験を開始するとのことです。AIの引受審査システムにより同社の保険の引受審査部門の事務コスト等が軽減されることや、適正な引受審査がなされること自体は素晴らしいことだと思われますが、この取り組みにはAIによる「データによる人間の選別・差別」の危険がないかが懸念されます。

・ライフネット生命保険 JMDCとともに、引受査定業務の効率化に向けた実証実験を開始(PDF)|ライフネット生命保険株式会社

ライフネット生命の引受審査AIのイメージ図
(ライフネット生命の引受審査AIのイメージ図。ライフネット生命のプレスリリースより)

2.引受審査AIの概要
本プレスリリースを読み、またライフネット生命に電話にて問い合わせたところ、この引受審査AIは、JMDC社が保有する約1200万人の匿名医療データ(検診データ、審査報酬明細データ、入院データ)と、これらの約1200万人の匿名医療データから疑似的に再現したマイナポータル上の「仮想マイナポータルデータ」(検診データ、薬剤データ、医療費データ)とを機械学習させ、生命保険の引受リスクを予測するAIシステムを開発する実証実験であるようです。

また同社は、将来的にはマイナポータル・マイナンバーカードとの連携も目指し、顧客が保険に加入する際の告知において健康診断書の写し等をライフネット生命に提出することに代えてマイナポータルから自動的に「マイナポータルデータ」(検診データ、薬剤データ、医療費データ)を収集し引受審査を行う予定であるようです。なお電話にて確認したところ、同社のこのスキームは金融庁等の許認可を受けたものであるそうです。

3.生命保険の引受
保険は大量の保険加入者の保険料の拠出により万が一の際の保障を行う相互扶助の制度です。そのため生命保険は一定の死亡率や保険事故発生率を基礎として成り立ちます(大数の法則)。そのため保険会社は保険加入者の危険をあらかじめ測定し、その人それぞれが有する危険の程度に応じた保険料の支払いを求め、場合によっては保険の引受を断ったり、保険料の増額や保険金の削減などの条件を付す必要があります。そこで生命保険会社は保険契約の締結にあたり、被保険者となろうとしている人に「告知」を求め、医学的、環境的、道徳的見地から危険選択を行います。これが引受審査です(長谷川仁彦・竹山拓・岡田洋介『生命・傷害疾病保険法の基礎知識』59頁)。つまり、ライフネット生命のこの引受審査AIは、保険会社の医学的な引受審査の機能をAIにより強化・拡大するものであるといえます。

4.AIの「データによる人間の選別・差別」の危険
ところでAIは大量のデータを学習することにより、さまざまな事象の相関関係から対象となる人間を集団(セグメント)に分類するものです。またAIは良心のある人間であれば当然しない判断をする危険性があります。そのため、AIには「データによる人間の選別・差別」を行う危険性があります。さらに機械学習が進んだAIのアルゴリズムは人間が判読することはできないとされており、AIによる判断がなされたあとに、その判断について事業者の人間が理由を説明できない問題があります(山本龍彦『AIと憲法』18頁)。

5.保険法から考える
保険法的にみると、上でみた保険契約締結時の被保険者となろうとする者の告知の義務である告知義務は、あらゆる事柄について保険加入者側が回答義務を負うものではなく、保険会社側が質問した重要な事項に関してだけに保険加入者側が回答すればよい義務とされています(質問応答義務、保険法37条、山下友信・竹濱修など『保険法 第4版』260頁)。

そのため、現行の各生命保険会社の実務では、医学的な告知に関しては、保険会社は被保険者となろうとしている者に対して健康状態に関する質問表に質問していただき、さらに医師や生命保険面接士の診査を受けてもらうあるいは勤務先等の健康診断結果の写しを提出していただくなどの実務が行われています。そして保険会社の引受審査部門は、保険加入者側から提出された告知書や医師の診査結果、健康診断書の写しなどを元に、自社の引受基準と照らし合わせて引受審査を行っています。

ところがライフネット生命が実証実験を行おうとしている引受審査AIは、被保険者となろうとしている者のマイナンバーカード・マイナポータルに紐付けられたこれまでの人生の検診データ・薬剤データ(処方箋データ)・医療費データを突合・分析して引受審査を行うものであり、現行の告知義務を保険会社側有利に拡張・拡大してしまうおそれがあるのではないでしょうか。

つまり、機械学習を行った引受審査AIの集団化・セグメント化により、人間による分析では「引受できない」・「保険料増額または保険金減額などの条件付き」とならなかった人々が、AIの力により生命保険に加入できなかったり、あるいは加入できても保険料が増額される又は保険金額が減額される等の条件付きとなるリスクがあります。これはAIによる「データによる人間の選別・差別」となってしまうのではないでしょうか。

(しかも保険の引受を断られた顧客から「なぜ私は保険に入れなかったのか?」と問い合わせを受けても、ライフネット生命としては「当社のAIがそう判断した以外のことは当社職員にも分かりません」と回答せざるを得ない。)

6.マイナポータルと連携することの問題
さらに、本プレスリリースによると、将来的にはライフネット生命は、マイナポータルから自動的に被保険者となろうとする者について「マイナポータルデータ」(検診データ、薬剤データ、医療費データ)を収集し引受審査を行う予定であるようであり、マイナンバーカードを取得し、ライフネット生命の生命保険に加入しようとする国民は、事実上強制的にマイナンバーカード・マイナポータルに紐付けられたこれまでの全人生の検診データ・薬剤データ・医療費データをライフネット生命に収集されてしまうことになりますが、果たしてそれが妥当なのかという問題もあります。

たしかに最近、マイナンバー訴訟について最高裁はマイナンバー制度は合憲とする判決を出しましたが(最高裁令和5.3.9判決)、同判決はマイナンバーについて検討したのみで、マイナンバーカードやマイナポータルについてはまったく検討していません。

7.保険業法から考える
なお、保険業法は保険商品の許認可の審査基準において、保険の差別禁止や公序良俗違反の禁止などを規定しています(保険業法5条1項3号ロ、ハ)。上でみたとおり、ライフネット生命によると、この引受審査AIの実証実験は金融庁の許認可を受けたものであるとのことですが、金融庁や個人情報保護委員会などにおいて、この引受審査AIが保険業法5条1項3号などの規定に照らして問題ないと十分に検討されたのか疑問が残ります。

8.レピュテーション・リスク
加えて、ライフネット生命においては、引受審査AIを導入する、しかもその医学的データはマイナポータルから自動的・強制的に収集する予定と今回発表したわけですが、このようなリリースが、依然としてマイナンバー制度やAIに心理的抵抗感がないとはいえない日本社会において、レピュテーション・リスク(風評リスク)を発生させてしまう危険を、経営陣や管理部門等は十分に検討したのかについても疑問が残ります。

■参考文献
・山下友信・竹濱修・洲崎博史・山本哲生『保険法 第4版』260頁
・長谷川仁彦・竹山拓・岡田洋介『生命・傷害疾病保険法の基礎知識』59頁
・山下龍彦『AIと憲法』18頁



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1.はじめに
遺産分割の裁判において、被相続人を保険契約者兼被保険者、被相続人の妻を保険金受取人とする生命保険契約(定期保険特約付き終身保険およびがん保険)の死亡保険金について民法903条の類推適用による特別受益の持戻しを否定した裁判例(広島高決令和4・2・25(棄却・確定))が判例時報2536号(2023年1月1日号)59頁に掲載されていました。

2.事案の概要
(1)経緯など
抗告人Xは被相続人(訴外A)の母(80代)であり、相手方Yは被相続人の妻(50代)である。XはAの遺産の相続について遺産分割の調停を申し立て、当該遺産分割調停事件は審判に移行した。

本件の争点は、Aを保険契約者兼被保険者、Yを保険金受取人として締結していた定期保険特約付き終身保険(死亡保険金額2000万円、保険料月額1万2000円、本件保険1)およびがん保険(死亡保険金額100万円、保険料月額2000円、本件保険2)に基づく死亡保険金合計2100万円を民法903条の類推適用による特別受益に準じて持戻しの対象とすべきか否かであった。

本件で遺産分割の対象となった財産は預貯金等合計約459万円であるが、それ以外の遺産(預貯金等合計約313万円)については預金が引き出されるなどして現存していなかった。

(2)家族関係など
XはAとは長らく別居し生計も別にしており、夫(Aの父)の死亡後は同夫の自宅不動産をXと長女(Aの姉)が相続して同不動産にX、同長女および次女(Aの妹)の3人で暮らしていた。一方、Y(Aの妻)はAと約10年間同居した後結婚し、Aが死亡するまでの約20年間専業主婦であり、専らAの収入により生計を維持してきた。AとYは子がなく借家住まいであった。

(3)原審判の概要
原審判(広島家審令和3・12・17)は、保険死亡保険金の遺産総額に対する割合は大きいものの、AとYの婚姻期間および同居期間、AとYの生計の状況などを検討し、YとXとの間に不公平が民法903条の趣旨に照らして到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情があるとは認められないとして、本件死亡保険金について民法903条の類推適用による特別受益の持戻しを否定した。これに対してXが抗告。

3.広島高裁令和4年2月25日決定(棄却・確定)の判旨
被相続人を保険契約者及び被保険者とし、共同相続人の1人又は一部の者を保険金受取人とする保険契約に基づき保険金受取人とされた相続人が取得する死亡保険金請求権は、民法903条1項に規定する遺贈又は贈与に係る財産には当たらないが、保険金の額、この額の遺産の総額に対する比率、保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係、各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して、保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には、同条の類推適用により、特別受益に準じて持戻しの対象となると解される(平成16年最決参照)。

『これを本決定についてみると、まず、本件死亡保険金の合計額は2100万円であり、Aの相続開始時の遺産の評価額(772万3699円)の約2.7倍、本件遺産分割の対象財産(遺産目録記載の財産)の評価額(459万0665円)の約4.6倍に達しており、その遺産総額に対する割合は非常に大きいと言わざるを得ない。

しかしながら、まず、本件死亡保険金の額は、一般的な夫婦における夫を被保険者とする生命保険の額と比較して、さほど高額なものとはいえない。次に、前記の本件死亡保険金の額のほか、AとYは、婚姻期間約20年、婚姻前を含めた同居期間約30年の夫婦であり、その間、Yは一貫して専業主婦で、子がなく、Aの収入以外に収入を得る手段を得ていなかったことや、本件死亡保険金の大部分を占める本件保険1について、Yとの婚姻を機に死亡保険金の受取人がYに変更されるとともに死亡保険金の金額を減額変更し、Aの手取り月額20万円ないし40万円の給与収入から保険料として過大でない額(本件保険1及び本件保険2の合計で約1万4000円)を毎月払い込んでいったことからすると、本件死亡保険金は、Aの死後、妻であるYの生活を保障する趣旨のものであったと認められるところ、Yは現在54歳の借家住まいであり、本件死亡保険金による生活を保障すべき期間が相当長期間にわたることが見込まれる。これに対し、Xは、Aと長年別居し、生計を別にする母親であり、Aの父(Xの夫)の遺産であった不動産に長女及び二女と共に暮らしていることなどの事情を併せ考慮すると、本件において、前記特段の事情が存するとは認められない。

4.検討
(1)保険金請求権の固有権性
保険金受取人が保険契約者兼被保険者と別人である場合、その契約は第三者のためにする生命保険契約となり、保険金受取人はその契約の効果として当然に保険金請求権を取得します。この保険金請求権は、保険金受取人が「自己の固有の権利」として原始的に取得するものであり、保険金受取人が相続人であっても、当該保険金請求権は相続財産には属さないとするのが判例・通説です(大判昭和11・5・13、最判昭和40・2・2民集19巻1号1頁、山下友信・竹濱修・洲崎博史・山本哲生『有斐閣アルマ保険法 第4版』284頁)。

(2)保険金請求権と特別受益の持戻しに関する判例・学説
学説の多数説は、保険金受取人として死亡保険金請求権を得た相続人に対する特別受益の持戻しを肯定しています。これは、保険金受取人の指定変更ないし保険金請求権の取得は遺贈・贈与と同視できる実質的な財産の無償処分と認められるからとされています(山下・竹濱・洲崎・山本・前掲285頁)。

一方、最高裁はこの論点について、保険金請求権の固有権性を理由として、保険金請求権は特別受益の持戻しの対象に原則としてならないが、共同相続人に不公平が著しい特段の事情がある場合には、民法903条の類推適用により特別受益の持戻しが認められるとする立場を取っています。そしてこの共同相続人に不公平が著しい特段の事情がある場合につい同判決は、保険金の額、その額の遺産総額に対する比率、同居の有無、被相続人の介護等に対する貢献の度合いなどの保険金受取人である相続人および他の相続人と被相続人との関係、各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して判断されるべきとしています(最高裁平成16年10月29日決定、出口正義・福田弥夫・矢作健太郎・平澤宗夫『生命保険の法律相談』290頁)。

この平成16年の最高裁判決の後、民法903条の類推適用により特別受益の持戻しが認めた裁判例として①東京高決平成17・10・27、②名古屋高決平成18・3・27があり、一方、認められなかった裁判例としては③大阪家堺支審平成18・3・22などがあるようです。相続財産に対する死亡保険金の割合は、①は約99%、②は61%、③は約6%となっているようです(本判決に関する判例時報2536号59頁のコメントより)。

(3)本判決について
このように裁判例は、特別受益の持戻しが認められるか否かについて、「共同相続人に不公平が著しい特段の事情がある場合」の判断について、とくに保険金の額とその額の遺産相続に対する比率を重視しているように思われます。

しかし本判決は、その比率が約2.7倍ないし約4.6倍と非常に高いものであるものの、XとYの同居の有無、Xがまだ50代であること、専業主婦であり借家住まいであること等、各相続人の生活実態を詳しく検討し、「共同相続人に不公平が著しい特段の事情がある場合」には該当しないとして、特別受益の持戻しを否定しています。生命保険契約とくに定期保険特約付き終身保険の趣旨・目的が家庭の生計を支える者に万一があった場合の残された遺族の生活保障であることを考えると本判決は妥当であると思われます。死亡保険金は保険金受取人の固有の財産であるとの判例・通説の考え方にも合致するものといえます。

■参考文献
・『判例時報』2536号59頁
・山下友信『保険法(下)』341頁
・山下友信・竹濱修・洲崎博史・山本哲生『有斐閣アルマ保険法 第4版』284頁
・出口正義・福田弥夫・矢作健太郎・平澤宗夫『生命保険の法律相談』290頁



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無題
1.はじめに
2023年1月号のジュリストに、自動車保険契約などのモラルリスク事案に関する遠山聡先生の判例評釈が掲載されていました。

2.事案の概要
平成26年9月18日、Y損害保険会社(被告)と訴外Aは、保険契約者を訴外B代表A、被保険者および死亡保険金以外の保険金の受取人をX(原告)とする団体保険契約(団体総合生活補償保険契約)を締結した。また、Xは平成27年7月16日にYとの間で、Xが所有する自家用軽貨物自動車(本件車両)につき、記名被保険者をX、人身傷害保険を無制限とする個人総合自動車保険契約を締結した。さらにXは同年同月22日、車両保険金額を30万円とする車両保険を追加して契約した。

Yの個人総合自動車保険普通保険約款には、①保険契約者、被保険者または保険金を受け取るべき者が、Yに保険金を支払わせる目的で損害または傷害を発生させ、または発生させようとしたこと、②被保険者または保険金を受け取るべき者が保険金の請求について詐欺を行い、または行おうとしたこと等を、Yにおいて保険契約を解除しうる重大事由としていた。また、本件団体保険契約の普通保険約款には、被保険者の故意または重大な過失により生じた損害についてはYは保険金を支払わない旨の規定があった。

平成27年7月24日、Xは、本件車両がAが所有しXが居住する建物に接触し、本件車両および本件建物が損傷したとして、Yに対して保険金請求を行った(本件先行事故)。

また平成27年8月30日、X運転の本件車両が対向車線を走行中であった普通自動車と正面衝突する交通事故により、Xは頚椎症性脊髄炎、右膝骸骨骨折などと診断され入院したとしてYに保険金請求を行った(本件事故)。

平成28年10月7日、YはXに対して、Xに重大事由があるとして本件普通保険約款に基づいて本件保険契約を解除する旨の意思表示を行い、保険金の支払いを拒んだ。これに対してXが訴訟を提起したのが本件訴訟である。

原審の広島地裁令和2年10月8日判決(金判1618号28頁)は、Yの主張を認めXの請求を退けた。これに対してXが控訴。

3.本件高裁判決の判旨
控訴棄却(確定)
(1)Xが主張する先行事故に至る経緯や様態に関するXの供述ないし陳述は信用することができず、他に先行事故が発生したことを認めるに足る証拠はないこと、本件保険契約が締結された時期と先行事故の時期が近接していること等は、不自然という他ない。「以上認定の事情を総合すると、Xは、本件先行事故が発生していないにもかかわらず、これが発生したかのように装って、Yに対し…本件先行事故に係る保険金の支払を請求したというべきであり、これは、重大事由(被保険者が保険金の請求について詐欺を行い、又は行おうとしたこと)に当たるというほかない。
 したがって、Yは本件保険契約を重大事由により有効に解除したといえる(。)」

(2)「本件事故は、Xが幹線道路に準じ、自動車の進行方向には2車線が設けられ、見通しのよい直線道路において、自車を対向車線上に進出させて対向車と衝突させたものであるところ、そのような危険な運転をした事情に関するXの弁解が不自然であること、警察官は事故様態から飲酒運転を疑ったものの、Xの呼気からのアルコールも検知されていないこと、そのほかにも、保険金目的でなければ上記のような危険な運転をする理由がうかがわれないこと、Xの経済事情等に照らし、Xの故意によって発生したものと推認するのが相当である。」

「また、…Xは、本件事故の直前、時速40~54㎞で、減速することなく、約2~3秒という長い時間、補助席足元の床に落ちていたライターを拾おうと、全く前を見ず、右手で握ったハンドルの動きについて全く意に介さないまま、身体を大きく左に傾けたというのであって、ほとんど故意に等しい注意欠如の状態であったといえ、その過失の態様及び程度に照らせば、Xには、本件事故の発生につき、重大な過失があったというべきである。」

「したがって、本件事故によるXの損害は、被保険者であるXの故意又は重大な過失によって生じたものといえるから、Yは、Xに対し、本件保険契約および本件団体保険契約に基づく保険金の支払義務を免れるものというべきである。」

4.検討
(1)本判決は、原審と同様に、本件先行事故および本件事故が不自然であること等からYの重大事由解除および重過失免責を認めています。

(2)保険法30条2号は、被保険者が当該損害保険契約に基づく保険給付について詐欺を行い、または行おうとしたことを保険者の重大事由解除の要件の一つとしています。Yの普通保険約款の規定もこれに従うものです。この規定は、保険者と保険契約者等との信頼関係破綻を理由に保険者による保険契約の解除を認めるものです(山下友信『保険法(下)』515頁、萩本修『一問一答保険法』97頁)。

また、重過失の意義については裁判例および学説において対立があるところですが、本判決は、「ほとんど故意に近い著しい注意の欠如した状態」とし、近時の下級審判決と同様の見解を採用しています(東京高裁平成19年12月26日判決・判タ1269号273頁、大阪高裁平成元年12月26日金判839号18頁など)。

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■参考文献
・遠山聡「保険契約の重大事由解除と故意・重過失免責」『ジュリスト』1579号(2023年1月号)130頁
・『金融・商事判例』1618号21頁
・山下友信『保険法(下)』515頁
・萩本修『一問一答保険法』97頁



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