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とある会社の社員が、法律などをできるだけわかりやすく書いたブログです

カテゴリ: 保険業法

1.はじめに
2025年10月30日に、最高裁第一小法廷で人身傷害保険の死亡保険金の帰属に関する非常に興味深い判決が出されたので見てみたいと思います。
・最高裁判所第一小法廷令和7年10月30日判決|裁判所

2.事案の概要
(1)平成31年、AはY損害保険会社(三井住友海上)との間で本件人身傷害保険条項のある自動車保険契約を締結した。本件人身傷害保険にはつぎのような特約条項があった。

「保険金請求権者は、人身傷害事故によって損害を被った次のいずれかに該当する者とする。
(ア)被保険者。ただし、被保険者が死亡した場合はその法定相続人とする。(本件条項1))
(後略)」

(2)Aは、令和2年1月、上記保険契約の被保険車両を運転中に自損事故を起こし、これにより死亡した。Aの子らはいずれもAの相続について相続放棄をし、Aの母であるBがAの遺産を単独で相続した。Bは本件人身傷害保険に基づく死亡保険金請求権を相続により取得したとして、Yに対して本件人身傷害保険に基づく死亡保険金の支払いを求めて提訴した。Bは第一審継続中に死亡し、Bの子であるXが本件訴訟を承継した。

3.判旨
(Y社の上告棄却)
「本件人身傷害条項によれば、人身傷害保険金は人身傷害事故により生ずる損害に対して支払われるものとされ、本件条項1の柱書きは、保険金請求権者を「人身傷害事故により損害を被った」者とする旨を定めている。

…そして、損害を填補する性質の金員の支払等がされた場合は、当該金員の額を控除するなどして人身傷害保険金を支払うものとされている。これらの点からすれば、本件人身傷害条項において、人身傷害保険金は、人身傷害事故により損害を被った者に対し、その損害を填補することを目的として支払われるものとされているとみることができる。

…そして、本件人身傷害条項では、人身傷害事故により被保険者が死亡した場合においても、精神的損害につき被保険者「本人」等が受けた精神的苦痛による損害とする旨の文言があり、(略)死亡保険金により填補されるべき損害が、被保険者自身に生ずるものであることが前提にされているといえる。 以上のような本件条項1の文言、本件人身傷害条項の他の条項の文言や構造等に加え、保険契約者の通常の理解を踏まえると、本件条項1は、人身傷害事故により被保険者が死亡した場合を含め、被保険者に生じた損害を填補するための人身傷害保険金の請求権が、被保険者自身に発生する旨を定めているものと解すべきである。本件条項1のただし書は、死亡保険金の請求権について、被保険者の相続財産に属することを前提として、通常は法定相続人が相続によりこれを取得することになる旨を注意的に規定したものにすぎないというべきである。

したがって、死亡保険金の請求権は、被保険者の相続財産に属するものと解するのが相当である。」


4.分析
(1)損保の保険実務上は、人身傷害保険の死亡保険金の帰属につき、約款の解釈として法定相続人が原始取得する考え方(原始取得説)をとっている保険会社が多数のようである。一方、学説は、被相続人より相続により取得するという考え方(承継取得説)が多数となっているようである。

(2)承継取得説は、実損てん補型の傷害保険契約であるので、傷害疾病損害保険であり、被保険者死亡の場合の保険金請求権は法定相続人に相続により承継取得されるとする見解である(洲崎、山下友信、山下典孝など)。一方、原始取得説は、被保険者死亡の場合の保険金請求権は、法定相続人によって原始取得されるとする見解である(佐野、大塚など)。(後掲の坂本貴生論文35頁参照)

(3)損保の保険実務の多くが原始取得説を採用しているのは人身傷害保険の策定時当時、約款策定者は「取扱いの内容は、既存の無保険車傷害保険に準じる」としており、つまり、自動車保険において加害運転者(とその遺族)の補償をカバーしようという商品の趣旨から、被保険者が死亡した場合の保険金受取人を相続人としての固有財産として、そのことを保険会社が約款に規定したものと考えられている。(後掲の松本裕夫論文129頁以下参照)

(4)この点、本最高裁判決は、「以上のような本件条項1の文言、本件人身傷害条項の他の条項の文言や構造等に加え、保険契約者の通常の理解を踏まえると、本件条項1は、人身傷害事故により被保険者が死亡した場合を含め、被保険者に生じた損害を填補するための人身傷害保険金の請求権が、被保険者自身に発生する旨を定めているものと解すべきである。本件条項1のただし書は、死亡保険金の請求権について、被保険者の相続財産に属することを前提として、通常は法定相続人が相続によりこれを取得することになる旨を注意的に規定したものにすぎないというべきである。」と判示して、承継取得説に立つことを明らかにしている。

(5)損保の人身傷害保険に関する実務は原始取得説を採用している保険会社が多いとされており、本最高裁判決の影響は大きいと考えられる。生命保険会社においては、生命保険の死亡保険金請求権は保険金受取人の固有の財産であることが判例・通説(最決平成16.10.29)であるところ、これが今後、裁判例等において変更されないか引き続き注視することが必要であると考えられる。

■参考文献
・坂本貴生「人身傷害保険の被保険者死亡における保険金請求権の帰属」『共済と保険』2021年12月号32頁
・松本裕夫「人身傷害保険における現在の約款の問題と課題の一考察」『Kobe University Repository:Kernnel

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保険コンプライアンス・オフィサー2級の試験を受けてきました。

勉強としては、試験の2、3週間前から公式問題集の『保険コンプライアンス・オフィサー2級 問題解説集 2025年10月受験用』を2周して、直前は間違ったところを見直しました。まだ試験結果はわかってないですが、事前に勉強していれば受かる試験という印象です。

そういえば先の国会ではビッグモーター事件等に端を発する保険業法改正が行われ、つい最近も金融庁は保険監督指針改正のパブコメ結果を公表しましたが、それを念頭においていると思われる問題も出題されていたような気がします。

ところで試験会場は青山学院大学だったのですが、やはり綺麗なキャンパスでした…(アウェイ感)。

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■関連するブログ記事
・【備忘録】ビジネス実務法務検定1級の勉強法

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1.はじめに
生命保険契約について、保険契約者からの保険金受取人変更の意思表示が口頭であった場合、保険金受取人の変更は成立したといえるのかが争われ、これを否定した興味深い裁判例(東京地裁令和4年4月28日判決・令3(ワ)2186号、2022WLJPCA04288002)を見かけました。以下見てみたいと思います。
(なお本件訴訟では、保険金受取人変更の意思表示についてだけでなく、保険者への保険金受取人変更の対抗要件についても争点となっておりますが、本稿では割愛します。)


2.事案の概要
(1)生命保険契約の概要

B(昭和46年生)は、生命保険会社Yと平成22年3月1日付でつぎの内容の生命保険契約を締結した。
(ア)保険種類 5年ごと配当付更新型終身移行保険10年満期
(イ)保険契約者・被保険者 B
(ウ)保険金受取人 D(Bの母・補助参加人)
(エ)保険金額 1000万円
(オ)特約死亡保険金・給付金合計額 400万円
(カ)保険約款の規定
本件保険契約に関する保険約款には,「死亡保険金受取人の指定又は変更は,保険証券に表示を受けてからでなければ,被告に対抗することができない」旨が定められていた(5年ごと配当付更新型終身移行保険普通保険約款第34条3項。)。

(2)本件訴訟の概要
Bは、Y社との間で,平成22年3月1日付けで本件保険契約を締結した。なお,その際の手続は,営業職員のCが担当した。XとBは,平成27年3月頃から交際を開始し,同年12月4日に婚姻した。

Cは,本件保険契約の更新時期の約1年前となったため,平成31年3月上旬頃,Bに架電し,保険の更新や見直しに関する話をした。Bはこの電話の際,Cに対し,結婚して住所が変わった旨を伝えた。これを受け,Cは,保険金の受取人をDからXに変更するかどうか確認する等した。Bは,同年3月30日,Cに架電し,面談は同日であったかを確認した。Cが4月6日の予定である旨回答すると,亡Bは,保険の内容についてよく考えたいので4月6日の面談はキャンセルしたい旨述べて電話を切った。Cは,同年4月1日,Bに対し,保険契約の見直しに関して提案することを考えていた保険商品の保障設計書2通及び契約の更新に関する試算資料を送付した。Bは,同年4月26日,くも膜下出血により死亡した。

Y社はDからの保険金請求を受けて、同人に対し、合計1400万円の死亡保険金を据置払いで支払った。これに対して、Xが、本件保険契約の保険金受取人はBにより自分に変更されていると主張して、Y社に対して死亡保険金1400万円および遅延損害金の支払いを求めて提訴したのが本件訴訟である。

3.判旨
(請求棄却)
2 BがXに対して本件保険契約の死亡保険金の受取人をXに変更するとの意思表示をしたか否かについて
(1)旧商法附則2条は,同法の施行日(平成22年4月1日)前に締結された保険契約については保険法(平成20年法律第56号)附則3条から6条までの規定により同法の規定が適用される場合を除いてなお従前の例によると定めており,本件保険契約についても原則として旧商法が適用される。  そして,旧商法の適用下においては,保険金受取人の変更は,保険契約者から新たな保険金受取人に対する意思表示のみによって効力を生じるものと解される(最高裁判所昭和62年10月29日第一小法廷判決・民集41巻7号1527頁参照)。

(2)この点について,Xは,BはXに対してXと婚姻する前の平成30年7月22日に「俺はY社に入っていて,受取人は母にしているんだけど,結婚したら受取人をXに変更するからね。」旨述べ,また,婚姻後の平成31年3月20日頃に「結婚したから保険料の支払金額の関係で契約の見直しと受取人の変更をするから。保険のおばさんにうちに来てもらうけど,いい?」,「受取人をXに変えるけど,万が一俺が死んだら,母にも渡してね。そうしてくれないと,化けて出るからね。」旨述べて,本件保険契約の死亡保険金の受取人を原告に変更するとの意思表示をした旨主張し,X本人がこれに沿う供述及び陳述をする。

 この点,Bが上記主張にかかる発言をした旨の原告の供述及び陳述を裏付ける的確な証拠はないが,この点を措き,仮にBが上記主張にかかる発言をしていたとしても,本件においては,以下のとおり,それによって直ちにBがXに対して本件保険契約の死亡保険金の受取人を原告に変更するとの意思表示をしていたものと認めることはできない。

 すなわち,まず,上記主張にかかるBの発言には(かえって,上記主張にかかるBの発言の内容からすれば,Bは単に「結婚したら受取人をXに変更するつもりである」又は「今度Y社の担当者に来てもらって保険の見直しと受取人の変更の手続をする予定である」旨の今後の意向ないし予定をXに語ったに過ぎないものと解するのが自然である。)。

また,後記3(2)のとおり,Cが,Bに対して保険金の受取人を変更するかどうか尋ねた際に,保険金の受取人は直ちには変更せずに保険の見直しの際に考える旨回答していた旨証言ないし陳述していることからも,Bが当時本件保険契約の保険金の受取人をXに変更するとの確定的な意思を有していたかには疑問がある。これらの事情からすれば,Bが上記主張にかかる発言をしたことをもって,直ちにその時点でBがXに対して保険金受取人変更の意思表示を行っていたものとは認められない。
(略)

 以上によれば,原告の請求は理由がないからこれを棄却する。

4.検討
(1)保険金受取人変更の意思表示

保険金受取人の変更について、現行の保険法43条は、保険事故が発生するまでは、原則として保険金受取人の変更を認め(同43条1項)、その方法として遺言(同44条)によるほかは、保険会社(保険者)に対する意思表示によると規定しています(同43条2項)。

一方、保険法制定前の平成20年改正前商法では、原則として保険金受取人を変更することはできないものの(改正前商法675条1項)、特約によって保険契約者に保険金受取人を変更する権利を留保することができるとされ(同条1項但書)、実務において保険約款上、保険金受取人の変更権を留保していることが一般的であり、本件の保険約款も同様となっていました。そして保険会社の二重払いのリスク回避のために、改正前商法は、保険契約者の保険会社に対する通知が保険金受取人変更の保険会社に対する対抗要件となると規定していました(同677条1項)。

その上で、保険契約者の保険金受取人変更の意思表示について最高裁は、保険契約者の一方的な意思表示で足りるとし、その意思表示の相手方は保険者、新旧保険金受取人のいずれでもよいとしています(最判昭和62・10・29民集41巻7号1527頁)。

本件は、保険法施行前に締結された保険契約が問題となっているため、保険法でなく平成20年改正前商法が適用される事案です(保険法附則2条)。

(2)保険金受取人変更の意思表示に関する裁判例・学説の変遷-保険契約者の意思の尊重vs法的安定性
上の昭和62年の最高裁判決およびそれを支持する学説は、「できる限り保険契約者の真の意思を尊重すべきである」という価値判断が背景にあります。

一方、昭和62年の最高裁判決後、このような保険契約者の意思の尊重を重視した変更の柔軟な認定に疑問が学説において提起されるようになります。すなわち、債権譲渡の確定日付による対抗要件のような意思表示の有無・前後を明確にする仕組みが商法にはないことから、保険金受取人変更が競合する場合、差押債権者等の第三者が発生した場合に法律関係が不安定となるため、保険金受取人変更を柔軟に認める方向に反対し、保険金受取人変更の意思表示の相手方は保険者に限るべきであるとする学説があらわれました。

また、同様に、法的安定性を重視する観点から、保険金受取人変更の意思表示であるといえるためには明確な基準によるべきであるとして、保険金受取人変更の意思表示はただの意思表示では足らず、「確定的な意思表示」が必要であるとする学説も現れました(長谷川仁彦「保険金受取人の変更の意思表示と効力の発生」『中西正明先生喜寿・保険法改正の論点』251頁)。

この点、裁判例においても昭和62年の最高裁判決後、保険契約者の意思の尊重でなく、法的安定性を重視して、保険金受取人変更の意思表示に「確定的な意思表示」を求めるものが現れるようになり、そのような方向が主流となっています(東京高判平成10・3・25判タ968号129頁、東京地判平成9・9・30判タ968号130頁など)。

そして、平成20年の保険法は、上でみたように、保険契約者の保険金受取人変更の意思表示の相手方を保険者と規定しており、昭和62年の最高裁判決の考え方は立法的に破棄されたものといえます。

(3)本件訴訟の判決について
本件は、平成20年改正前商法が適用される事案ですが、Bの発言について、「そもそも本件保険契約の具体的な内容がほとんど表れておらず,その発言の内容に照らしても,Bがかかる発言によって確定的にその保険金の受取人をXに変更する意思表示をしたと認めるのは困難であるといわざるを得ない」「今後の意向ないし予定をXに語ったに過ぎない」と認定して、保険金受取人変更を否定しています。

これは、上でみた昭和62年の最高裁判決以降の、保険金受取人変更の意思表示に「確定的な意思表示」を求める学説・裁判例の流れに沿うものであり、妥当なものであると思われます。

■参考文献
・山下友信『保険法(下)』307頁
・得津晶「保険金受取人変更の意思表示と対抗要件」保険事例研究会レポート323号6頁

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tatemono_yuubinkyoku (2)
1.はじめに
朝日新聞などの報道によると、郵便局(日本郵便)が「お客さま感謝デー」と銘打ったイベントなどで、ゆうちょ銀行の保有する顧客の個人データを顧客の同意なしにかんぽ生命の保険営業に流用していたことがわかったとのことです。かんぽ生命は9月20日、保険業法違反の恐れがあるとして金融庁に報告。日本郵便は同日、全国の郵便局に対し、銀行データを使ったイベントは企画中のものも含めてすぐに中止するよう指示を出したとのことです。日本郵便は、「銀行システムで貯金残高や年齢が条件に合う顧客を検索・リスト化し、一時払い終身保険などを売るために来局を促す」等の行為をしていたとのことです。(「ゆうちょ顧客データ、かんぽ営業に不正流用 郵便局で保険業法違反か」朝日新聞2024年9月21日付)。このブログ記事では、この事件を保険業法の観点からみてみたいと思います。

2.非公開金融情報保護措置
郵便局(日本郵便)は、ゆうちょ銀行から銀行業の一部の委託を受けている銀行等代理店です。その銀行等代理店は、保険募集を行う際には、銀行の業務において取扱う顧客に関する情報(個人情報)の利用について、事前に書面その他の適切な方法により、当該顧客の同意を得なければならないとされており、そのための措置は非公開金融情報保護措置と呼ばれています(保険業法施行規則212条2項1号、212条の2第2項1号)。

保険業法施行規則
第212条
 生命保険募集人である銀行等又はその役員若しくは使用人が前項各号に掲げる保険契約の締結の代理又は媒介を行うときは、当該銀行等は、次に掲げる要件を満たさなければならない。
 銀行等が、顧客に関する情報の利用について、次に掲げる措置を講じていること。
 その業務(保険募集に係るものを除く。)において取り扱う顧客に関する非公開金融情報(その役員又は使用人が職務上知り得た顧客の預金、為替取引又は資金の借入れに関する情報その他の顧客の金融取引又は資産に関する公表されていない情報(第五十三条の九に規定する情報及び第五十三条の十に規定する特別の非公開情報を除く。)をいう。次条第二項第一号、第二百十二条の四第二項第一号、第二百十二条の五第二項第一号及び第二百三十四条第一項第十八号において同じ。)が、事前に書面その他の適切な方法により当該顧客の同意を得ることなく保険募集に係る業務(顧客が次項に規定する銀行等生命保険募集制限先に該当するかどうかを確認する業務を除く。)に利用されないことを確保するための措置
「非公開金融情報」とは、銀行等が職務上知り得た顧客の預金、為替取引または資金の借入に関する情報その他の顧客の金融取引または資産に関する公開されていない情報と規定されています(ただし、氏名・住所・電話番号・性別・生年月日・職業の属性情報は除く。保険業法施行規則212条2項1号イ)。

この点、冒頭の新聞記事によると、郵便局は、「銀行システムで貯金残高や年齢が条件に合う顧客を検索・リスト化し、一時払い終身保険などを売るために来局を促す」ためにイベント等を開催していたとのことであり、貯金残高などの情報は非公開金融情報に該当します。

つぎに、非公開金融情報保護措置とは、保険募集に係る業務において銀行等の非公開金融情報が事前の顧客の同意なしに利用されることを防止するための措置であるところ、どのような業務が「保険募集に係る業務」に該当するのかが問題となりますが、金融庁のパブリックコメント回答は、「もっぱら保険募集のために一定金額以上の預金を有する者の選定を行う準備作業」、「もっぱら保険募集のために顧客のリストを作成する行為等」も「保険募集に係る業務」に該当するとして、事前の顧客の同意が必要としています(中原健夫・山本啓太・関秀忠・岡本大毅『保険業務のコンプライアンス 第4版』273頁)。

この点、冒頭の新聞記事によると、「日本郵便は…顧客が来局したあとに同意を得れば問題ないと認識していた」とあります。

しかし日本郵便が行っていたのは、「銀行システムで貯金残高や年齢が条件に合う顧客を検索・リスト化し、一時払い終身保険などを売るために来局を促す」ものであったのですから、これは金融庁のパブコメ回答の「もっぱら保険募集のために一定金額以上の預金を有する者の選定を行う準備作業」や「もっぱら保険募集のために顧客のリストを作成する行為等」類似の行為であり、「保険募集に係る業務」に該当するといえるので事前に顧客の同意を得ていなければ、非公開金融情報保護措置違反になると考えられます(保険業法施行規則212条2項1号、212条の2第2項1号の違反)。

3.まとめ
このように郵便局・日本郵便が「お客さま感謝デー」と銘打ったイベントなどで、ゆうちょ銀行の保有する顧客の個人データを事前の顧客の同意なしにかんぽ生命の保険営業に流用していたことは、非公開金融情報保護措置違反であり、保険業法に抵触すると考えられます。日本郵便、かんぽ生命は2019年には組織ぐるみの大規模な生命保険の乗換契約の不正により大きな社会的批判を浴びましたが、コンプライアンス軽視の社内風土は改善されていないようです。

今回の不祥事も、金融庁に報告書を提出し、新聞報道などがなされる状況になっても、日本郵便やかんぽ生命のウェブサイトをみてもプレスリリースが出されていないことも、日本郵政グループの透明性の低さや、内向きな姿勢を感じます。

■参考文献
・中原健夫・山本啓太・関秀忠・岡本大毅『保険業務のコンプライアンス 第4版』271頁、273頁

■追記(2024年9月27日)
日本郵政の増田寬也社長は9月27日、この不祥事について記者会見で謝罪したとのことです。また、日本郵政は本事件についてプレスリリースをようやく公表しました。
・非公開金融情報の不適切な利用について|日本郵政
・郵便局のゆうちょ情報流用で郵政社長「おわび」来月上旬に再発防止策|朝日新聞

また、9月27日の総務省の記者会見で、松本・総務大臣は本事件について、つぎのようにコメントしています。
ご承知のとおり、金融の仕組み、かつて40年ほど前は、保険も証券も銀行も全部分かれているときがありましたが、金融ビッグバンである程度フィナンシャルグループという形も認められるようになった中でありますが、顧客情報管理も含めてファイアウォールなど制度が組み立てられていますので、グループが連携して活動することは大事ですが、今申しましたように、顧客情報の管理も含めて法律、ルールは守っていただかなければいけないので、コンプライアンスの徹底を改めてお願いしたいと思います。

松本大臣コメント


■関連するブログ記事
・かんぽ生命・日本郵便の不正な乗換契約・「乗換潜脱」を保険業法的に考える


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kojinjouhou_rouei_businessman
1.損保4社で合計250万件の顧客の個人情報の漏えい
損害保険大手4社の保険契約者の個人情報が代理店を通じて他社に漏れていた問題で、漏洩した個人情報が4社で計約250万件に上ることを損保4社が金融庁に報告し公表しました。損害保険ジャパンが約99万1千件、東京海上日動火災保険が約96万件、三井住友海上火災保険が約33万6千件、あいおいニッセイ同和損害保険が約21万7千件だった。保険契約者の氏名、住所や電話番号、証券番号などが漏えいしていたとのことです。

情報漏れの経路は、主に二つであり、一つは、自動車ディーラーなどの保険代理店から他社に契約者情報がメールで共有されたケースで、全体の9割超にあたる約226万5千件に上った。関わったディーラーなどは延べ約1200社。

もう一つは、保険代理店に出向した損保社員が、他社の契約者情報を、出向元の損保に持ち出すケース。全体の1割弱に当たる約23万8千件で、情報を取られた代理店は延べ119店だったとのことです。損保各社は「個人情報の漏えいにあたるとの認識をしていなかった」等と釈明しているそうです(「損保4社、250万件漏洩 他社に氏名や電話番号 代理店通じ「共有」黙認」朝日新聞2024年8月31日付記事より)。

■損保各社のプレスリリース
・保険代理店との間で発生した保険契約情報の不適切な管理に関する対応状況|損保ジャパン
・情報漏えい事案にかかる金融庁への報告について|東京海上日動
・保険代理店ならびに当社出向者による情報漏えい事案の調査結果について|三井住友海上
・保険契約情報の不適切な管理に伴うお客さまへの通知文書の発送開始について|あいおいニッセイ同和損保

2.個人情報保護法から考える
上の一つ目のケースを考えると、保険代理店が他社保険代理店に保険契約者の個人情報をメールで「共有」することは、他者保険代理店がグループ会社などでない限りは個情法の「共有」(個情法27条5項3号)には該当せず、本人の同意のない違法な目的外利用(18条1項)、違法な第三者提供(27条1項)であると考えられます。また個人情報の提供を受けて受け取った側の保険代理店は、個人情報の適正取得の義務違反です(20条1項)。

また二つ目のケースは、保険代理店に出向した損保社員が、他社の契約者情報を、出向元の損保に持ち出すことは、当該保険代理店については安全管理措置違反(23条、24条)が成立し、また当該保険代理店に委託を行っている損保会社は委託先の監督違反(25条)が成立すると考えられます。さらにその個人情報を受け取った損保会社は個人情報の適正取得の義務違反となると考えられます(20条1項)。加えて、保険代理店から個人情報の持ち出しを行った損保社員は、個人情報等データベース不正提供罪が成立する余地があるのではないでしょうか(179条)。

3.保険業法・ガイドライン・監督指針から考える
(1)保険業法・保険業法施行規則
保険業法100条の2は、「保険会社は…顧客に関する情報の適正な取扱い…その他の健全かつ適切な運営を確保するための措置を講じなければならない」と規定しています。そしてこれを受けて保険業法施行規則53条の8は、「保険会社は、その取り扱う個人である顧客に関する情報の安全管理、従業者の監督及び当該情報の取扱いを委託する場合にはその委託先の監督について、当該情報の漏えい、滅失又は毀損の防止を図るために必要かつ適切な措置を講じなければならない。」と規定しています。そのため、損保各社は保険業法100条の2および施行規則53条の8に抵触していることになります。

保険業法
(業務運営に関する措置)
第100条の2
保険会社は、その業務に関し、この法律又は他の法律に別段の定めがあるものを除くほか、内閣府令で定めるところにより、その業務に係る重要な事項の顧客への説明、その業務に関して取得した顧客に関する情報の適正な取扱い、その業務を第三者に委託する場合における当該業務の的確な遂行その他の健全かつ適切な運営を確保するための措置を講じなければならない。

保険業法施行規則
第53条の8
保険会社は、その取り扱う個人である顧客に関する情報の安全管理、従業者の監督及び当該情報の取扱いを委託する場合にはその委託先の監督について、当該情報の漏えい、滅失又は毀損の防止を図るために必要かつ適切な措置を講じなければならない。
(2)金融分野個人情報保護ガイドライン
また、金融庁の「金融分野における個人情報保護に関するガイドライン」の第10条は、損保会社を含む金融機関は、「その取扱いを委託された個人データの安全管理が図られるよう、法第25条に従い、委託を受けた者に対する必要かつ適切な監督を行わなければならない。」(1項)と規定し、委託先を「定期的に監査を行う等により、定期的又は随時に当該委託契約に定める安全管理措置等の遵守状況を確認し、当該安全管理措置を見直さなければならない」(3項2号)等と規定しています。損保各社はこのガイドラインに抵触していることになります。

(3)保険監督指針
さらに、金融庁の「保険会社向けの総合的な監督指針」の「II -4-5 顧客等に関する情報管理態勢」は顧客の個人情報保護について規定しています。監督指針は、「顧客に関する情報は、保険契約取引の基礎をなすものであり、その適切な管理が確保されることが極めて重要である。」(II -4-5-1)とした上で、「経営陣は、顧客等に関する情報管理の適切性を確保する必要性及び重要性を認識し、適切性を確保するための組織体制の確立(部門間における適切な牽制の確保を含む。)、社内規程の策定等、内部管理態勢の整備を図っているか。」(II -4-5-2(1)①)、「顧客等に関する情報の取扱いについて、具体的な取扱基準を定めた上で、研修等により役職員に周知徹底しているか。特に、当該情報の他者への伝達については、コンプライアンス(顧客に対する守秘義務、説明責任)及びレピュテーションの観点から検討を行った上で取扱基準を定めているか。」(II -4-5-2(1)②)などの規定を置いています。損保各社は監督指針のこれらの規定にも抵触していることになります。

4.まとめ
このようにざっと見ただけでも、今回の個人情報漏えい事故においては損保各社および保険代理店は、個人情報保護法、保険業法、ガイドライン、監督指針などの各規定に違反・抵触していることになります。

損保各社は「個人情報の漏えいにあたるとの認識をしていなかった」等と釈明しているそうですが、「顧客に関する情報は、保険契約取引の基礎をなすものであり、その適切な管理が確保されることが極めて重要である。」(監督指針II -4-5-1)との精神はどこに行ってしまったのでしょうか。"損保各社や保険代理店の利益だけが重要である、保険契約者等の顧客のことはどうでもよい"とのコンプライアンスのかけらもない意識が透けて見えます。

先般の損保のビッグモーター事件を受けて、金融庁は保険代理店への規制を強化する方向で保険業法の見直しを検討している最中です。この点、金融庁は今回の事件を受けて、個人情報保護を強化する方向で保険業法等を見直していただきたいと考えます。また、個人情報保護委員会は2025年に向けて個人情報保護法の改正を検討中ですが、事業者への課徴金制度や団体訴訟制度の導入などは待ったなしの状況であると思われます。

■追記
生命保険業界でも同様の問題が報道されています。
・日本生命、契約者情報漏洩18万件 生命保険にも拡大|日経新聞

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