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カテゴリ: 民法・民事法等

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1.札幌高裁で同性婚を認めない民法等の規定に違憲判決が出される

同性婚を認めない民法や戸籍法の規定は憲法に違反するとして、北海道の同性カップル3組が国を訴えた訴訟の控訴審判決で、札幌高裁は本日(2024年3月14日)、民法等の規定は「違憲」との判決を出したとのことです。その上で、1人あたり100万円の賠償を求めた原告側の控訴は棄却したとのことです。

この札幌高裁判決が画期的な点は、「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。」との憲法24条1項に基づいて民法等の規定を違憲としたこと、そしてこれが同性婚に関するわが国初の高裁レベルの判決であることでしょう。

2.同性婚に関する憲法学説・民法学説

(1)憲法学から
憲法24条1項は、「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本とし」と規定し、「両性」「夫婦」との用語を用いていることから、同性婚が現行の憲法24条において認められるかどうかが問題となります。

日本国憲法

第13条
 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

第24条 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

憲法24条1項の「両性」「夫婦」の用語および、現行憲法制定当時の婚姻制度を前提にすれば、同条1項のいう「婚姻」が民法にいう「婚姻」すなわち男女の1対1の結合(一夫一婦制)であって戸籍法上の届出を行ったもの(法律婚)を指していることは、ひとまず明らかです。しかし問題は、それ以外の異性ないし同性間の結合が憲法上の「婚姻」に含まれるかどうかです。

この点、憲法学の多数説は、憲法24条が明治憲法下の前近代的な「家」制度とは決別した、近代的家族観を採用したとの理解を前提に、憲法上の「婚姻」を現行民法上の婚姻に限定する一方で、それ以外の結合は家族の形成・維持に関する自己決定権(憲法13条)によって保障されると考えています。つまり、憲法13条が家族の維持・形成に関わる自己決定を保障すると解される支配的見解を前提とすれば、憲法24条は憲法13条の特別規定であると解されています。

他方、憲法24条の規範内容は、「近代的家族観」を超えるものであり、同性婚も憲法上認められるとの少数説も存在します(渡辺康行・宍戸常寿・松本和彦・工藤達朗『憲法Ⅰ基本権』455頁)。

すなわち、戦前の明治憲法下の日本には、戸主と家族から構成される「家」制度が存在しました。日本人は必ず家に属し、戸主は家族の結婚などの身分行為に対する同意権、離籍・復籍拒絶権、居所指定権等の戸主権により家族を統制していました。また家の財産は長男子だけが相続するとされるとともに、妻の財産上の無能力を定める等、男女差別的な制度でありました。これに対して現行の日本国憲法24条は、GHQの草案に含まれていた家族保護規定を削除するという制定経緯を経たことにより、明治憲法下の「家」制度の否定を核心とする規定として理解されています。そのため憲法24条1項の「婚姻の自由」とは、「第三者の同意等を要せず」に「婚姻」が成立するという意味であると解されています(渡辺・宍戸・松本・工藤・前掲453頁)。

(2)民法学から
また、民法学においても、「憲法24条1項の「婚姻は両性の合意のみに基づいて成立し」との文言は、明治民法時代、婚姻が「家」制度の下にあったことをふまえ、これをなくし、女性の権利を確立することにあったのであり、同性愛が精神医学界において精神障害とされていた当時、同性婚は想定されていなかったが、現代においては同性カップルに婚姻を認めることは憲法には違反しないと考えられています(二宮周平『新注釈民法(17)』79頁)。

3.本日の札幌高裁判決

このような学説に対して、本日の札幌高裁判決は、日経新聞の記事「同性婚認めぬ規定「違憲」、初の控訴審判決 札幌高裁」によると、
「婚姻を「両性の合意」に基づくとした24条1項について、文言上は異性間の婚姻を定めた規定だが、個人の尊重の観点から「人と人との自由な結びつきとしての婚姻」を含み同性婚も保障していると解釈した。同条2項(個人の尊厳)と14条(法の下の平等)についても違憲と判断した。」

とのことです。これは、判決本文を読んでいないので断定的なことは言えませんが、「婚姻」について「個人の尊重」の観点から「人と人との自由な結びつきとしての婚姻」を含み同性婚も保障していると解釈し、憲法24条は同性婚も「婚姻」に含まれ保障されると判示していることから、憲法24条の「婚姻の自由」を、「個人の尊重」を掲げる憲法13条の特別規定と考える上でみた憲法学の多数説に似た考えを採用しつつ、端的に同性婚を認めない現行の民法等の規定は憲法24条1項違反としていることから、少数説的な結論を導き出しています。したがって、本日の札幌高裁判決は、同性婚に関する憲法学の多数説と少数説の折衷説といえるのかもしれません。

(なおそのため、本判決によれば、同性婚を認めるためには別に憲法24条1項の改正は不要であり、民法・戸籍法などの法律を改正すれば足ることになります。)

本判決に対しては国側は上告するものと思われ、最高裁がどのような判断を示すかが注目されます。

4.まとめ

このように本日の札幌高裁判決は、同性婚と憲法24条1項との関係において、民法学の学説の立場を踏襲し、また憲法学の学説については「個人の尊重」の考え方を重視して、多数説と少数説の折衷説的な考え方をとり、同性婚を認めていない現行の民法・戸籍法等の規定を違憲としている点が画期的であり注目されます。また、そのような踏み込んだ判決が高裁レベルで出されたことも非常に画期的であると思われます。国会や、法律学界において同性婚に関する議論が進むことが期待されます。

■追記(2024年3月14日21時)
「「結婚の自由をすべての人に」訴訟 訴訟進捗・資料のCALL4掲載情報お知らせ用」のTwitter(現X)アカウント(@CALL404169270)が、本札幌高裁判決の全文を公表しています。



判決文の次の部分は、たしかに憲法24条を憲法13条の特別規定とした上で、同性婚も憲法24条の「婚姻」の範囲に含まれると判示しています。

『その上で、性的指向及び同性間の婚姻の自由は、現在に至っては、憲法13条によっても、人格権の一内容を構成する可能性があり、十分に尊重されるべき重要な法的利益であると解されることは上記のとおりである憲法24条1項は、婚姻をするかどうか、いつ誰と婚姻するかについては、当事者間の自由かつ平等な意思決定に委ねられているべきであるという趣旨を明らかにしたものと解され、このような婚姻をするについての自由は、同項の規定に照らし、十分尊重に値するものと解することができる(再婚禁止期間制度訴訟大法廷判決参照)。そして憲法24条2項は、婚姻及び家族に関する事項についての立法に当たっては、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚すべきと定めている。

そうすると、性的指向及び同性間の婚姻の自由は、個人の尊重及びこれに係る重要な法的利益であるのだから、憲法24条1項は、人と人との間の自由な結びつきとしての婚姻をも定める趣旨を含み、両性つまり異性間の婚姻のみならず、同性間の婚姻についても、異性間の場合と同じ程度に保障していると考えるのが相当である。

判決文2

■追記(2024年3月19日)
衆議院法制局の橘幸信(@yukitachi729)様がつぎのようなツイートをされているのを見かけました。
橘先生ツイート
https://twitter.com/yukitachi729/status/1768431414922695150

そこで、千葉勝美先生(元最高裁裁判官)の『同性婚と司法』(岩波新書、2024年2月)130頁以下を読むと、確かに札幌高裁判決と非常に似ているように思えました。

すなわち、千葉先生の同書130頁以下は、憲法24条は戦前の「家」制度を否定し、現行憲法の個人の尊重の価値を宣言した13条、14条の特別規定であること、憲法学の「憲法の変遷」の考え方から「夫婦」「両性」の文言は「双方」に読み替えが可能であること等から、24条の保障は同性婚を含むものであり、それを認めない民法等は違憲としています。とくに今回の札幌高裁判決が憲法の変遷的な考え方について詳しく論じている点で、本判決は千葉先生説に非常に近いのではないかと思いました。改めて最高裁の判断が注目されます。

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■参考文献
・渡辺康行・宍戸常寿・松本和彦・工藤達朗『憲法Ⅰ基本権』453頁、455頁
・二宮周平『新注釈民法(17)』79頁
・千葉勝美『同性婚と司法』130頁

■関連するブログ記事
・渋谷区、世田谷区でパートナーシップ証明条例等が成立

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1.声優の「声」は現行法下では保護されないのか?
最近の生成AIの発展に伴って、声優の声を再現できるAIボイスチェンジャーなどが販売されているそうです。このような時代の流れを受けて、本年6月には日本俳優連合が著作権法を改正して「声の肖像権」の確立などを国に求める声明を出しています。たしかに人間の「声」そのものは著作権法で保護されていませんが(ただし声優の声の演技は著作隣接権で保護される)、現行法下で声優等の「声」そのものは保護されていないのでしょうか?

日本俳優連合が“生成AI”に提言 「新たな法律の制定を強く望む」 声の肖像権確立など求める|ITmedeiaニュース

2.柿沼太一弁護士のご見解・「ピンク・レディ」事件
この点、「有名声優の「声」を生成AIで量産し、それを商用利用することは可能か?【CEDEC 2023】」GameBusiness.jpによると、本年8月に一般社団法人コンピュータエンターテインメント協会(CESA)が開催した講演会「CEDEC 2023」において、生成AIや著作権などに詳しい弁護士の柿沼太一先生(STORIA法律事務所)がつぎのように講演したとのことです。

「簡単に言うと、声優さんの声をAIに学習させてモデルを作るところまでは適法です。が、そのモデルから既存の声優さんの声を新たに生成し、ゲームに使うのはパブリシティ権侵害になると思います」
すなわち、同講演会において、パブリシティ権を認めた最高裁判決であるピンク・レディ事件(最高裁平成24年2月2日判決、芸能人ピンク・レディの写真を週刊誌が無断で使用した事件)について、判決の調査官解説(法曹時報 65(5) 151頁、TMI総合法律事務所『著作権の法律相談Ⅱ』312頁も同旨)は、パブリシティ権で保護される著名人の「肖像等」には「本人の人物認識情報、サイン、署名、、ペンネーム、芸名等を含む」と解説していると柿沼弁護士は指摘しておられます。つまり、声優や俳優などの「声」はパブリシティ権で現行法上も保護されるのです。

3.パブリシティ権
パブリシティ権とは判例で形成された権利です。芸能人やスポーツ選手などの氏名・肖像等の持つ顧客吸引力を排他的に利用する権利のことをパブリシティ権と呼びます(潮見佳男『基本講義 債権各論Ⅱ不法行為法 第3版』219頁)。そしてこのパブリシティ権の保護対象の「肖像等」には声優・俳優等の「声」も含まれるのです。

また、氏名・肖像等を無断で使用する行為がパブリシティ権を侵害するものとして不法行為として違法となるのは、①氏名・肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用し、②商品等の差別化を図る目的で氏名・肖像等を商品等に付し、③氏名・肖像等を商品等の広告として使用するなど、もっぱら氏名・肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合であると解されています(潮見・前掲219頁、ピンク・レディ事件)。

4.損害賠償請求・差止請求・死者のパブリシティ権
ところでこのパブリシティ権の法的性質については人格権の一つとする考え方と財産権の一つとする考え方に分かれていますが、ピンク・レディ事件において最高裁は人格権的な考え方を採用しています。そのため、声優などはパブリシティ権を根拠に損害賠償請求だけでなく、差止請求もすることができるといえます。一方、人格権ということは、相続などは発生しないので、死亡した声優・俳優についてパブリシティ権は主張できないことになると思われます(『新注釈民法(15)』547頁)。

5.まとめ
このように柿沼弁護士のご見解や、民法などの解説書などによると、現行法下においても声優・俳優などの「声」はパブリシティ権で保護されているといえます。そして3.でみた①~③の要件を満たす場合には、パブリシティ権を侵害された声優等は、侵害の主体に対して損害賠償請求や差止請求を行うことができることになります。そのため、現在すでに存在する声優の声を再現できるAIボイスチェンジャーなども、場合によっては違法となる可能性があります。

■追記(2024年1月6日)
この問題に関連して、声優などの「声」も人格権の一つとして憲法13条により保護されるとのつぎの興味深い論文に接しました。

・荒岡草馬・篠田詩織・藤村明子・成原慧「声の人格権に関する検討」『情報ネットワーク・ローレビュー』22号24頁(2023年)


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■参考文献
・法曹時報 65(5) 151頁
・TMI総合法律事務所『著作権の法律相談Ⅱ』312頁
・『新注釈民法(15)』547頁
・潮見佳男『基本講義 債権各論Ⅱ不法行為法 第3版』219頁

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OIG (9)

1.はじめに
判例時報2564号(2023年10月11日号)に、ネット上の電子掲示板「5ちゃんねる」の書き込みがVtuberとして活動する者(いわゆる「中の人」)を侮辱し、その人格的利益を侵害するものとして、当該投稿に係る発信者情報の開示が認められた興味深い裁判例(大阪地裁令和4年8月31日判決・確定)が掲載されていました。

2.事案の概要
原告Xは、動画配信サイトYouTubeにおいて動画配信活動を行っていたが、その際に自身の氏名(本名)を明らかにせず、「A」の名称を用い、またX自身の容姿を用いずに架空のキャラクターのアバターを使用して動画を投稿したり、Twitter(現X)にツイートを投稿するなどしていた。

これに対してネット上の電子掲示板「5ちゃんねる」の「【バーチャルYouTuer】A…」というスレッドにおいて、「仕方ねえよバカ女なんだから 母親がいないせいで精神が未熟なんだろ」などの書き込みが行われた(以下「本件投稿」)。これに対してXは、本件投稿はAの名称を用いて活動する自身の名誉感情を侵害するものであるとして、5ちゃんねるを運営する被告Yに対して、発信者情報の開示を大阪地裁に請求したものが本件訴訟である。

3.判決の判旨
上記…によれば、「A」としての言動に対する侮辱の矛先が、表面的には「A」に向けられたものであったとしても、Xは、「A」の名称を用いて、アバターの表象をいわば衣装のようにまとって動画配信などの活動を行っているといえること、本件投稿は「A」の名義で活動する者に向けられたものであると認められることからすれば、本件投稿による侮辱により名誉感情を侵害されたのはXであり、上記…のとおり、当該侮辱は社会通念上許される限度を超えるものであると認められるから、これにより、Xの人格的利益が侵害されたというべきである。そして、法4条1項1号の「権利」には、民法709条所定の法律上保護される利益も含まれるから、特定電気通信を用いて本件投稿が流通したことにより、Xの権利が侵害されたことは明らかである。』
このように判示して、裁判所は発信者情報の開示請求を認めた。
4.検討
(1)名誉棄損・名誉感情の侵害
名誉とは、人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価であると解されています。この社会的評価を低下させる行為がインターネット上で行われた場合には、報道・出版などマスメディアによる表現行為の場合と同様に、名誉棄損として不法行為が成立する可能性があります(民法709条、710条、723条、2ちゃんねる動物病院事件・東京地裁平成14年6月26日判決など、TMI総合法律事務所『IT・インターネットの法律相談』62頁)。

(2)Vtuberへの名誉棄損など
Vtuber(バーチャルYouTuber)とは、一般的に、アバターを使用してYouTubeなどの動画配信サイトにおける動画配信活動などを行う者と理解されています。

Vtuberについては、①「あくまで生身の人間がキャラクター・アバターの表象をまとって動画配信を行う」パーソン型と、②「キャラクターこそがVtuberの本体であり、生身の人間がその背後にいてキャラクターを操作しているわけではない(いわゆる「中の人」はいない)」キャラクター型の2つの中間に様々なVtuberが存在するとされ、パーソン型のVtuberについては、名誉棄損、誹謗中傷、ハラスメントなどが行われた場合には、その「中の人」が自らの人格権を行使して法的保護を受けることは可能とされています(原田伸一朗「バーチャルYouTuberの肖像権」『情報通信学会誌』39巻1号54頁)。

本判決はこの考え方に沿うものといえます。なお本事件に類似してVtuberへの誹謗中傷について「中の人」の人格的利益の侵害を認めた先例となる裁判例として、東京地裁令和3年4月26日判決などがあるようです(中崎尚「本人(中の人)とアバターの関係性」Web3時代に向けたメタバース等の利活用に関する研究会(総務省サイト))。

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■参考文献
・判例時報2564号(2023年10月11日号)24頁
・TMI総合法律事務所『IT・インターネットの法律相談』62頁
・原田伸一朗「バーチャルYouTuberの肖像権」『情報通信学会誌』39巻1号1頁
・中崎尚「本人(中の人)とアバターの関係性」Web3時代に向けたメタバース等の利活用に関する研究会|総務省

■関連する記事
・名誉棄損的なTwitter(現X)のツイートに「いいね」したことに不法行為責任が認められた裁判例-東京高判令4.10.20
・ネット上の「なりすまし」によるGoogleの口コミへの投稿について本人の人格権に基づく削除請求が認められた裁判例-大阪地判令2.9.18

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1.はじめに
名誉棄損的なTwitterのツイートを「いいね」する行為に初めて不法行為責任が認められた興味深い裁判例(東京高裁令和4年10月20日判決)が判例タイムズ1511号(2023年10月号)138頁に掲載されていたので読んでみました。

2.事案の概要
ツイッター(現「X」)に2018年にユーザーBから控訴人X(伊藤詩織氏)を侮辱する内容の複数のツイートが投稿され、被控訴人Y(杉田水脈氏)がこれらのツイートに対して「いいね」を押した。(合計25件。)それに対してXがYに対して名誉棄損による損害賠償を求めたのが本件訴訟である。第一審(東京地裁令和4年3月25日)はXの請求を棄却したのでXが控訴。

3.高裁判決の判旨(請求認容・上告中)
人の名誉感情を侵害する行為は、それが社会通念上許される限度を超える侮辱行為であると認められる場合には、その人の人格的利益を侵害するものとして不法行為が成立すると解するのが相当である。


『「いいね」を押す行為は、その行為をした者が当該対象ツイートに関する好意的・肯定的な感情を示したものと一般的に理解されているとしても、前記…のとおり、ツイッターにおける「いいね」ボタンは、押すか押さないかの二者択一とされているから、仮に「いいね」が押されたとしても、対象ツイートのどの部分に好意的・肯定的な評価をしているかが当然に明確になるというものではない。また、「いいね」を押すことは、ブックマークとして使用する場合もあるなど、対象ツイートに対する好意的・肯定的な評価をするため以外の目的で使用することがあることも認められる。
 そうすると、当該「いいね」を押す行為が、対象ツイートに対して好意的・肯定的な感情を示したものと認めることができるかを判断するためには、対象ツイートの記載内容等から、「いいね」を押すことによって対象ツイートのどの部分に好意的・肯定的な評価をしていると理解することができるかを検討する必要があるし、また、「いいね」を押した者と対象ツイートで取り上げられた者との関係や「いいね」が押されるまでの経緯も検討する必要がある。


『以上で検討したとおり、本件対象ツイートは、いずれも、XやXを擁護するツイートをした「B」を揶揄、中傷し、あるいはXらの人格を貶めるものである。そしてYは、インターネットで放送された番組やBBC放送の番組の中で、更には自身のブログやツイッターに投稿したツイートで、本件性被害に関し、Xを揶揄したり、Xには落ち度があるか、Xは嘘の主張をしていると批判したり、…していたところ、Yツイート1及び2を契機に本件対象ツイートがされるや、「いいね」を押した(本件各押下行為)ものである。また、Yは、本件対象ツイートのほかにも、Xや「B」を批判、中傷する多数のツイートについて「いいね」を押している一方で、Yに批判的なツイートについては「いいね」を押していなかった。
 これらの事実に照らせば、本件各押下行為は、Xや「B」を侮辱する内容の本件対象ツイートに好意的・肯定的な感情を示すために行われたものであることが優に認められる。同時に、Xに対する揶揄や批判等を繰り返してきたYがXらを侮辱する内容の本件対象ツイートに賛意を示すことは、Xの名誉感情を侵害するものと認めることができる。』

『本件各押下行為は社会通念上許される限度を超える侮辱行為に当たるか否かについて
  本件各押下行為は、合計25回と多数回に及んでいる。また、このことに加え、Yは、本件各押下行為をするまでにもXに対する揶揄や批判等を繰り返していたことなどに照らせば、Yは、単なる故意にとどまらず、Xの名誉感情を害する意図をもって、本件各押下行為を行ったものと認められる。すなわち、一般的には、「いいね」を押す行為は、その行為をした者が当該対象ツイートに関して好意的・肯定的な感情を示すものにとどまるとしても、Yは、上記…のようなXらを侮辱する内容の本件対象ツイートを利用して、積極的にXの名誉感情を害する意図の下に本件各押下行為を行ったものというべきである。
 さらに、本件各押下行為は、約11万人ものフォロワーを擁するYのツイッターで行われたものである上、Yは国会議員であり、その発言等には一般人とは容易に比較し得ない影響力があるところ、このことは本件各押下行為についても同様と認められる。
 これらの事情に照らすと、本件各押下行為は、社会通念上許される限度を超える侮辱行為であることを認めることができるから、Xの名誉感情を違法に侵害するものとして、Xに対する不法行為を構成する。

東京高裁はこのように判示して、Yに対して慰謝料55万円の損害賠償責任を認めた。
4.検討
(1)名誉棄損
名誉とは、人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価であると解されています。この社会的評価を低下させる行為がインターネット上で行われた場合には、報道・出版などマスメディアによる表現行為の場合と同様に、名誉棄損として不法行為が成立する可能性があります(民法709条、710条、2ちゃんねる動物病院事件・東京地裁平成14年6月26日判決など、TMI総合法律事務所『IT・インターネットの法律相談』62頁)。

(2)ツイッターにおける名誉棄損
このインターネット上の名誉棄損の考え方はツイッターにおいても同様であり、また名誉棄損など違法性のあるツイートをリツイートする行為が名誉棄損による不法行為に該当するとした裁判例も現れています(東京地裁令和3年11月30日判決など)。本判決はツイッターの「いいね」も名誉棄損による不法行為に該当する場合があることを認めた初めての裁判例であると思われます。

(3)本判決について
第一審判決はBのツイート内容やYの「いいね」についてのみ限定的な解釈を行って請求棄却の判断を下していますが、本判決はツイート内容や「いいね」の様態だけでなく、YのXに対する他のインターネット放送やBBC放送の番組上での言動や、Yの社会的地位・社会的影響力なども総合考慮して名誉棄損による不法行為責任を認めていることが注目されます。

すなわち、本判決は「そうすると、当該「いいね」を押す行為が、対象ツイートに対して好意的・肯定的な感情を示したものと認めることができるかを判断するためには、対象ツイートの記載内容等から、「いいね」を押すことによって対象ツイートのどの部分に好意的・肯定的な評価をしていると理解することができるかを検討する必要があるし、また、「いいね」を押した者と対象ツイートで取り上げられた者との関係や「いいね」が押されるまでの経緯も検討する必要がある。」と判断枠組みを示しています。

(4)まとめ
このように、本判決は元となったツイートの内容や、「いいね」の回数等だけでなく、「いいね」をした者の他の媒体での言動、社会的地位や社会的影響力、フォロワー数などを総合的に判断して不法行為が成立するか否かを検討しています。

そのため、同じツイッターの「いいね」であっても、一般人に比べて、いわゆる「粘着的」にある人物や団体を批判する言動を行っている人物や、あるいは社会的地位や影響力の高い人物(国会議員、政治家、芸能人、インフルエンサーなど)の「いいね」は場合によっては名誉棄損による不法行為が成立する可能性が高まるかもしれないと思われます。

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■参考文献
判例タイムズ1511号(2023年10月号)138頁
TMI総合法律事務所『IT・インターネットの法律相談』62頁

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money_hokensyouken
1.はじめに
遺産分割の裁判において、被相続人を保険契約者兼被保険者、被相続人の妻を保険金受取人とする生命保険契約(定期保険特約付き終身保険およびがん保険)の死亡保険金について民法903条の類推適用による特別受益の持戻しを否定した裁判例(広島高決令和4・2・25(棄却・確定))が判例時報2536号(2023年1月1日号)59頁に掲載されていました。

2.事案の概要
(1)経緯など
抗告人Xは被相続人(訴外A)の母(80代)であり、相手方Yは被相続人の妻(50代)である。XはAの遺産の相続について遺産分割の調停を申し立て、当該遺産分割調停事件は審判に移行した。

本件の争点は、Aを保険契約者兼被保険者、Yを保険金受取人として締結していた定期保険特約付き終身保険(死亡保険金額2000万円、保険料月額1万2000円、本件保険1)およびがん保険(死亡保険金額100万円、保険料月額2000円、本件保険2)に基づく死亡保険金合計2100万円を民法903条の類推適用による特別受益に準じて持戻しの対象とすべきか否かであった。

本件で遺産分割の対象となった財産は預貯金等合計約459万円であるが、それ以外の遺産(預貯金等合計約313万円)については預金が引き出されるなどして現存していなかった。

(2)家族関係など
XはAとは長らく別居し生計も別にしており、夫(Aの父)の死亡後は同夫の自宅不動産をXと長女(Aの姉)が相続して同不動産にX、同長女および次女(Aの妹)の3人で暮らしていた。一方、Y(Aの妻)はAと約10年間同居した後結婚し、Aが死亡するまでの約20年間専業主婦であり、専らAの収入により生計を維持してきた。AとYは子がなく借家住まいであった。

(3)原審判の概要
原審判(広島家審令和3・12・17)は、保険死亡保険金の遺産総額に対する割合は大きいものの、AとYの婚姻期間および同居期間、AとYの生計の状況などを検討し、YとXとの間に不公平が民法903条の趣旨に照らして到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情があるとは認められないとして、本件死亡保険金について民法903条の類推適用による特別受益の持戻しを否定した。これに対してXが抗告。

3.広島高裁令和4年2月25日決定(棄却・確定)の判旨
被相続人を保険契約者及び被保険者とし、共同相続人の1人又は一部の者を保険金受取人とする保険契約に基づき保険金受取人とされた相続人が取得する死亡保険金請求権は、民法903条1項に規定する遺贈又は贈与に係る財産には当たらないが、保険金の額、この額の遺産の総額に対する比率、保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係、各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して、保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には、同条の類推適用により、特別受益に準じて持戻しの対象となると解される(平成16年最決参照)。

『これを本決定についてみると、まず、本件死亡保険金の合計額は2100万円であり、Aの相続開始時の遺産の評価額(772万3699円)の約2.7倍、本件遺産分割の対象財産(遺産目録記載の財産)の評価額(459万0665円)の約4.6倍に達しており、その遺産総額に対する割合は非常に大きいと言わざるを得ない。

しかしながら、まず、本件死亡保険金の額は、一般的な夫婦における夫を被保険者とする生命保険の額と比較して、さほど高額なものとはいえない。次に、前記の本件死亡保険金の額のほか、AとYは、婚姻期間約20年、婚姻前を含めた同居期間約30年の夫婦であり、その間、Yは一貫して専業主婦で、子がなく、Aの収入以外に収入を得る手段を得ていなかったことや、本件死亡保険金の大部分を占める本件保険1について、Yとの婚姻を機に死亡保険金の受取人がYに変更されるとともに死亡保険金の金額を減額変更し、Aの手取り月額20万円ないし40万円の給与収入から保険料として過大でない額(本件保険1及び本件保険2の合計で約1万4000円)を毎月払い込んでいったことからすると、本件死亡保険金は、Aの死後、妻であるYの生活を保障する趣旨のものであったと認められるところ、Yは現在54歳の借家住まいであり、本件死亡保険金による生活を保障すべき期間が相当長期間にわたることが見込まれる。これに対し、Xは、Aと長年別居し、生計を別にする母親であり、Aの父(Xの夫)の遺産であった不動産に長女及び二女と共に暮らしていることなどの事情を併せ考慮すると、本件において、前記特段の事情が存するとは認められない。

4.検討
(1)保険金請求権の固有権性
保険金受取人が保険契約者兼被保険者と別人である場合、その契約は第三者のためにする生命保険契約となり、保険金受取人はその契約の効果として当然に保険金請求権を取得します。この保険金請求権は、保険金受取人が「自己の固有の権利」として原始的に取得するものであり、保険金受取人が相続人であっても、当該保険金請求権は相続財産には属さないとするのが判例・通説です(大判昭和11・5・13、最判昭和40・2・2民集19巻1号1頁、山下友信・竹濱修・洲崎博史・山本哲生『有斐閣アルマ保険法 第4版』284頁)。

(2)保険金請求権と特別受益の持戻しに関する判例・学説
学説の多数説は、保険金受取人として死亡保険金請求権を得た相続人に対する特別受益の持戻しを肯定しています。これは、保険金受取人の指定変更ないし保険金請求権の取得は遺贈・贈与と同視できる実質的な財産の無償処分と認められるからとされています(山下・竹濱・洲崎・山本・前掲285頁)。

一方、最高裁はこの論点について、保険金請求権の固有権性を理由として、保険金請求権は特別受益の持戻しの対象に原則としてならないが、共同相続人に不公平が著しい特段の事情がある場合には、民法903条の類推適用により特別受益の持戻しが認められるとする立場を取っています。そしてこの共同相続人に不公平が著しい特段の事情がある場合につい同判決は、保険金の額、その額の遺産総額に対する比率、同居の有無、被相続人の介護等に対する貢献の度合いなどの保険金受取人である相続人および他の相続人と被相続人との関係、各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して判断されるべきとしています(最高裁平成16年10月29日決定、出口正義・福田弥夫・矢作健太郎・平澤宗夫『生命保険の法律相談』290頁)。

この平成16年の最高裁判決の後、民法903条の類推適用により特別受益の持戻しが認めた裁判例として①東京高決平成17・10・27、②名古屋高決平成18・3・27があり、一方、認められなかった裁判例としては③大阪家堺支審平成18・3・22などがあるようです。相続財産に対する死亡保険金の割合は、①は約99%、②は61%、③は約6%となっているようです(本判決に関する判例時報2536号59頁のコメントより)。

(3)本判決について
このように裁判例は、特別受益の持戻しが認められるか否かについて、「共同相続人に不公平が著しい特段の事情がある場合」の判断について、とくに保険金の額とその額の遺産相続に対する比率を重視しているように思われます。

しかし本判決は、その比率が約2.7倍ないし約4.6倍と非常に高いものであるものの、XとYの同居の有無、Xがまだ50代であること、専業主婦であり借家住まいであること等、各相続人の生活実態を詳しく検討し、「共同相続人に不公平が著しい特段の事情がある場合」には該当しないとして、特別受益の持戻しを否定しています。生命保険契約とくに定期保険特約付き終身保険の趣旨・目的が家庭の生計を支える者に万一があった場合の残された遺族の生活保障であることを考えると本判決は妥当であると思われます。死亡保険金は保険金受取人の固有の財産であるとの判例・通説の考え方にも合致するものといえます。

■参考文献
・『判例時報』2536号59頁
・山下友信『保険法(下)』341頁
・山下友信・竹濱修・洲崎博史・山本哲生『有斐閣アルマ保険法 第4版』284頁
・出口正義・福田弥夫・矢作健太郎・平澤宗夫『生命保険の法律相談』290頁



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