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カテゴリ: 民法・民事訴訟法等

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1.はじめに
遺産分割の裁判において、被相続人を保険契約者兼被保険者、被相続人の妻を保険金受取人とする生命保険契約(定期保険特約付き終身保険およびがん保険)の死亡保険金について民法903条の類推適用による特別受益の持戻しを否定した裁判例(広島高決令和4・2・25(棄却・確定))が判例時報2536号(2023年1月1日号)59頁に掲載されていました。

2.事案の概要
(1)経緯など
抗告人Xは被相続人(訴外A)の母(80代)であり、相手方Yは被相続人の妻(50代)である。XはAの遺産の相続について遺産分割の調停を申し立て、当該遺産分割調停事件は審判に移行した。

本件の争点は、Aを保険契約者兼被保険者、Yを保険金受取人として締結していた定期保険特約付き終身保険(死亡保険金額2000万円、保険料月額1万2000円、本件保険1)およびがん保険(死亡保険金額100万円、保険料月額2000円、本件保険2)に基づく死亡保険金合計2100万円を民法903条の類推適用による特別受益に準じて持戻しの対象とすべきか否かであった。

本件で遺産分割の対象となった財産は預貯金等合計約459万円であるが、それ以外の遺産(預貯金等合計約313万円)については預金が引き出されるなどして現存していなかった。

(2)家族関係など
XはAとは長らく別居し生計も別にしており、夫(Aの父)の死亡後は同夫の自宅不動産をXと長女(Aの姉)が相続して同不動産にX、同長女および次女(Aの妹)の3人で暮らしていた。一方、Y(Aの妻)はAと約10年間同居した後結婚し、Aが死亡するまでの約20年間専業主婦であり、専らAの収入により生計を維持してきた。AとYは子がなく借家住まいであった。

(3)原審判の概要
原審判(広島家審令和3・12・17)は、保険死亡保険金の遺産総額に対する割合は大きいものの、AとYの婚姻期間および同居期間、AとYの生計の状況などを検討し、YとXとの間に不公平が民法903条の趣旨に照らして到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情があるとは認められないとして、本件死亡保険金について民法903条の類推適用による特別受益の持戻しを否定した。これに対してXが抗告。

3.広島高裁令和4年2月25日決定(棄却・確定)の判旨
被相続人を保険契約者及び被保険者とし、共同相続人の1人又は一部の者を保険金受取人とする保険契約に基づき保険金受取人とされた相続人が取得する死亡保険金請求権は、民法903条1項に規定する遺贈又は贈与に係る財産には当たらないが、保険金の額、この額の遺産の総額に対する比率、保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係、各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して、保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には、同条の類推適用により、特別受益に準じて持戻しの対象となると解される(平成16年最決参照)。

『これを本決定についてみると、まず、本件死亡保険金の合計額は2100万円であり、Aの相続開始時の遺産の評価額(772万3699円)の約2.7倍、本件遺産分割の対象財産(遺産目録記載の財産)の評価額(459万0665円)の約4.6倍に達しており、その遺産総額に対する割合は非常に大きいと言わざるを得ない。

しかしながら、まず、本件死亡保険金の額は、一般的な夫婦における夫を被保険者とする生命保険の額と比較して、さほど高額なものとはいえない。次に、前記の本件死亡保険金の額のほか、AとYは、婚姻期間約20年、婚姻前を含めた同居期間約30年の夫婦であり、その間、Yは一貫して専業主婦で、子がなく、Aの収入以外に収入を得る手段を得ていなかったことや、本件死亡保険金の大部分を占める本件保険1について、Yとの婚姻を機に死亡保険金の受取人がYに変更されるとともに死亡保険金の金額を減額変更し、Aの手取り月額20万円ないし40万円の給与収入から保険料として過大でない額(本件保険1及び本件保険2の合計で約1万4000円)を毎月払い込んでいったことからすると、本件死亡保険金は、Aの死後、妻であるYの生活を保障する趣旨のものであったと認められるところ、Yは現在54歳の借家住まいであり、本件死亡保険金による生活を保障すべき期間が相当長期間にわたることが見込まれる。これに対し、Xは、Aと長年別居し、生計を別にする母親であり、Aの父(Xの夫)の遺産であった不動産に長女及び二女と共に暮らしていることなどの事情を併せ考慮すると、本件において、前記特段の事情が存するとは認められない。

4.検討
(1)保険金請求権の固有権性
保険金受取人が保険契約者兼被保険者と別人である場合、その契約は第三者のためにする生命保険契約となり、保険金受取人はその契約の効果として当然に保険金請求権を取得します。この保険金請求権は、保険金受取人が「自己の固有の権利」として原始的に取得するものであり、保険金受取人が相続人であっても、当該保険金請求権は相続財産には属さないとするのが判例・通説です(大判昭和11・5・13、最判昭和40・2・2民集19巻1号1頁、山下友信・竹濱修・洲崎博史・山本哲生『有斐閣アルマ保険法 第4版』284頁)。

(2)保険金請求権と特別受益の持戻しに関する判例・学説
学説の多数説は、保険金受取人として死亡保険金請求権を得た相続人に対する特別受益の持戻しを肯定しています。これは、保険金受取人の指定変更ないし保険金請求権の取得は遺贈・贈与と同視できる実質的な財産の無償処分と認められるからとされています(山下・竹濱・洲崎・山本・前掲285頁)。

一方、最高裁はこの論点について、保険金請求権の固有権性を理由として、保険金請求権は特別受益の持戻しの対象に原則としてならないが、共同相続人に不公平が著しい特段の事情がある場合には、民法903条の類推適用により特別受益の持戻しが認められるとする立場を取っています。そしてこの共同相続人に不公平が著しい特段の事情がある場合につい同判決は、保険金の額、その額の遺産総額に対する比率、同居の有無、被相続人の介護等に対する貢献の度合いなどの保険金受取人である相続人および他の相続人と被相続人との関係、各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して判断されるべきとしています(最高裁平成16年10月29日決定、出口正義・福田弥夫・矢作健太郎・平澤宗夫『生命保険の法律相談』290頁)。

この平成16年の最高裁判決の後、民法903条の類推適用により特別受益の持戻しが認めた裁判例として①東京高決平成17・10・27、②名古屋高決平成18・3・27があり、一方、認められなかった裁判例としては③大阪家堺支審平成18・3・22などがあるようです。相続財産に対する死亡保険金の割合は、①は約99%、②は61%、③は約6%となっているようです(本判決に関する判例時報2536号59頁のコメントより)。

(3)本判決について
このように裁判例は、特別受益の持戻しが認められるか否かについて、「共同相続人に不公平が著しい特段の事情がある場合」の判断について、とくに保険金の額とその額の遺産相続に対する比率を重視しているように思われます。

しかし本判決は、その比率が約2.7倍ないし約4.6倍と非常に高いものであるものの、XとYの同居の有無、Xがまだ50代であること、専業主婦であり借家住まいであること等、各相続人の生活実態を詳しく検討し、「共同相続人に不公平が著しい特段の事情がある場合」には該当しないとして、特別受益の持戻しを否定しています。生命保険契約とくに定期保険特約付き終身保険の趣旨・目的が家庭の生計を支える者に万一があった場合の残された遺族の生活保障であることを考えると本判決は妥当であると思われます。死亡保険金は保険金受取人の固有の財産であるとの判例・通説の考え方にも合致するものといえます。

■参考文献
・『判例時報』2536号59頁
・山下友信『保険法(下)』341頁
・山下友信・竹濱修・洲崎博史・山本哲生『有斐閣アルマ保険法 第4版』284頁
・出口正義・福田弥夫・矢作健太郎・平澤宗夫『生命保険の法律相談』290頁



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1.はじめに
ネット上のウェブサイト(Googleの口コミ)への投稿記事を第三者が本人に「なりすまし」て行ったものであると認定し、当該ウェブサイトの管理・運営者(Google)への当該投稿記事の削除請求を認めた興味深い裁判例(大阪地裁令和2年9月18日判決)が、『判例時報』2505号(2022年3月1日号)69頁に掲載されていました。

2.事案の概要
被告Y(Google)は、Googleアカウントを有する者であれば誰でも自由に店舗、施設等についての感想や評価等の口コミを投稿できる機能(Googleの口コミ)を提供・運営している。アカウント名はアカウントを有する者(ユーザー)が自由に設定でき、本件サイトではアカウント名が口コミの投稿者として表示される。

原告Xは、本件整骨院に通院している患者であり、河野花子という名前の患者は本件記事が投稿された前後の時期においてXのみである。本件投稿は遅くとも平成30年12月13日になされた。その後、Xは、本件投稿を閲覧した近隣住民から、「本件整骨院の悪口を書き込んでいるのではないか」と言われ本件投稿を知った。Xは自宅を一歩でれば近所の住民から何を言われるかと恐れながら生活する状況に陥り精神的苦痛を受けた。

Xは平成31年2月8日に本件投稿記事についてYに対して発信者情報開示の仮処分命令申立てを行った(別件保全事件)。これに対して東京地裁は令和元年5月7日、発信者情報を仮に開示することを命じる仮処分決定を行った。しかしYは同年同月29日にXに対して「開示を命じられた発信者情報が確認できない」との回答を行った。これに対してXは別件保全事件を取り下げ、本件投稿記事の削除と損害賠償の請求をYに対して求めて提訴したのが本件訴訟である。

3.判旨
本判決は、つぎのように判示して、本件投稿記事の削除請求を認める一方で、損害賠償責任は認めなかった。

(1)争点1(人格権に基づく本件投稿記事の削除請求権が認められるか)
『氏名は、社会的にみれば、個人を他人から識別し特定する権利を有するものであるが、同時に、その個人からみれば、人が個人として尊重される基礎であり、その個人の人格の象徴であって、人格権の一内容を構成するものというべきであるから、人は、その氏名を他人に冒用されない権利を有するところ、かかる権利は、不法行為上、強固なものとして保護されると解される(最高裁判所昭和63年2月16日第三小法廷判決・民集42巻2号27頁参照)。』(略)

『以上によれば、Xは、他人に氏名を冒用されない権利を違法に侵害されたといえるから、利用規約により本件サイトに投稿された記事につき一定の削除権限を有するYに対し、人格権に基づき本件投稿記事の削除を請求できる。』

(2)争点2(Yは不法行為に基づく損害賠償責任を負うか)
『Yが、別件申立てにより、本件投稿記事の存在を認識し、Xが氏名を冒用されない権利を侵害されている可能性を認識しえたとしても、本件投稿記事がXのなりすましによるものであることをYにおいて最終的に判断し得る情報が提供されたとまでは言えないから、その時点でXが他人に氏名を冒用されて本件投稿記事が投稿されたことを認識できたとはいえない。』『Yが…本件投稿記事を削除する条理上の義務を負っていたと認めることはでき(ない)。』

4.検討
氏名を他人に冒用されない権利は人格権(憲法13条)の一つであり、この権利に基づいて侵害行為の排除請求権が認められると本判決が引用している最高裁昭和63年2月16日判決はしています。また最高裁平成18年1月20日判決は、侵害行為の差止請求も認めています。

ところで、人格権としての氏名を他人に冒用されない権利が侵害された場合に、どのような判断基準で削除請求権などを認めるかについては、裁判例は、①氏名を他人に冒用されない権利は強固な権利であるので、氏名を冒用されたことを直ちに認めて、侵害行為の排除等を認める考え方と、②プライバシーに関する事項や名誉棄損に関する事項などと同様に、比較衡量で判断する考え方(最高裁平成29年1月31日判決・判例時報2328号10頁)の二つに分かれるようです。そして本判決は①をとっています。

この点、民法の通説は、人格権を理由とする差止等について、「人格権は生命・身体とともにきわめて重大な保護法益であり、物権の場合と同様に排他性を有する権利である」として、例えば看板の撤去、図書販売の差止めなどの排除などを命じる救済が認められるとしています(潮見佳男『基本講義 債権各論Ⅱ不法行為法 第3版』216頁)。つまり民法の通説は①を採用しているようです。(なおこの差止などの請求権が表現の自由などと衝突する場合には、その調整が必要となりますが、保護法益がプライバシー権などの場合には、現在の判例・多数説はプライバシー権を軽視しすぎであると潮見教授は指摘しています(潮見・前掲)。)

なお、ネット上の「なりすまし」による投稿の問題は、Googleの口コミだけでなく、TwitterやFacebookなどのSNSや、食べログなどの飲食店の情報サイトや人材会社の転職サイトなどでも同様に発生し得る問題であると思われます。これらのSNSなどにおいても、「氏名を冒用」されるような投稿が行われた場合、裁判所に当該投稿の削除等が認められる可能性があるものと思われます。

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■参考文献
・『判例時報』2505号(2022年3月1日号)69頁
・潮見佳男『基本講義 債権各論Ⅱ不法行為法 第3版』216頁















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1.はじめに
親族の添え手による補助を受けて作成された自筆証書遺言が無効と判断された裁判例が東京地裁で出されていました(東京地裁平成30年1月18日判決・請求棄却・確定、金融法務事情2107号86頁)。

2.事案の概要
被相続人である女性Aに対して、本件訴訟の原告X1は長女、X2は二男、被告Yは長男であった。Aの主な財産は、東京都内の宅地および4階建ての建物であった(「本件不動産」)。

Aは平成22年8月に公正証書遺言を作成した(「平成22年遺言」)。その内容は、本件不動産はYに相続させ、その他の財産はX1、X2およびYに均等に相続させるというものであった。

つぎにAは、平成24年12月に自筆証書遺言を作成した(「平成24年遺言」)。この内容は、すべての財産をX1、X2およびYに均等に相続させるというものであった。平成24年遺言の作成当時、Aは自書能力を失っており、平成24年遺言は親族がAの手に手を添えて書かれたものであり、その様子が動画として記録されていた。

平成27年6月にAが死亡した。Yは、平成22年遺言に基づいて本件不動産を自己名義に所有権移転登記を行った。

これに対して、X1およびX2が、本件24年遺言は有効であるとして、Yに対して本件不動産の所有権移転登記の更生手続きを求めたのが本件訴訟である。東京地裁はつぎのように判示してX1らの主張をしりぞけた。

3.判旨
『(ア) 運筆について他人の添え手による補助を受けてされた自筆証書遺言が民法968条1項にいう「自書」の要件を充たすためには、遺言者が証書作成時に自書能力を有し、かつ、上記補助が遺言者の手を用紙の正しい位置に導くにとどまるか、遺言者の手の動きが遺言者の望みに任されていて単に筆記を容易にするための支えを借りたにとどまるなど添え手をした他人の意思が運筆に介入した形跡のないことが筆跡の上で判定できることを要するものと解され(昭和62年第一小法廷判決参照)、本件の平成24年遺言の効力の判断においてもこれと別異に解すべき理由は見当たらない。
(略)

(イ) 自筆証書遺言の方法として、遺言者自身が遺言書の全文、日付及び氏名を自書することを要することとされているのは(民法968条1項)、筆跡によって本人が書いたものであることを判定でき、それ自体で遺言が遺言者の意思に出たものであることを保障することができるからにほかならず、自筆証書遺言は、他の方式の遺言と異なり証人や立会人の立会いを要しないなど、最も簡易な方式の遺言であるが、それだけに偽造、変造の危険が最も大きく、遺言者の真意に出たものであるか否かをめぐって紛争の生じやすい遺言方式であるといえるから、自筆証書遺言の本質的要件ともいうべき「自書」の要件については厳格な解釈を必要とするというべきである。「自書」を要件とするこのような法の趣旨に照らすと、前記アのような条件の下でのみ「自書」の要件を充たすものと解するのが相当である(昭和62年第一小法廷判決参照)。

(ウ) Xらは動画によって本件遺言書の作成過程が記録されている点を強調するが、動画によって遺言書の作成過程が記録されたとしても、当該動画に記録された情報は遺言書そのものとは別個の媒体による情報であり、遺言書のみによって本人が書いたものであることを判定し、それ自体で遺言が遺言者の真意に出たものであることを保障することができない以上、作成過程が動画に記録されていることをもって直ちに「自書」の要件を充たすものと解したり、当該遺言を自筆証書遺言又はこれに相当するものと解したりすることは、前記の法の趣旨に反するものといわざるを得ない。』

4.検討
民法の家族法の部分は遺言の方式について規定していますが、自筆証書遺言については、遺言者が全文、日付および氏名の自書と押印が必要としています(民法968条)。

この自筆証書遺言の「自書」の要件について、本件と同様に他人の添え手があった場合が争われ、本判決が指摘している最高裁昭和62年10月8日判決民集41巻7号1471頁は、本判決が説示するとおり、「他人の添え手による補助により作成された自筆証書遺言は、遺言者がその当時自書能力を有し、その補助が遺言者の手を用紙の正しい位置に導くにとどまるか、遺言者の手の動きが遺言者の望みどおりで単に筆記を容易にするための支えを借りるだけであって、このように添え手による他人の意思の介入がなかったことが筆跡の上で判定できる場合に限り「自書」(民法968条)の要件をみたす」としています。

民法が自筆証書遺言に「自書」を求めているのは、遺言が遺言者の真意に基づくものであることを明らかにする趣旨であるとされています。つまり、自書であれば、筆跡によって本人が書いたものであることが判定できるので、それ自体で遺言者の真意に基づくものであることを保障できる点にあるとされています(魚住庸夫『最高裁判所判例解説民事編昭和62年度』613頁)。

本判決はこのような判例の流れに従う妥当な判決であると思われます。

裁判所が自筆証書遺言の「自書」の要件をこのように厳格に解し、それを満たさない遺言を無効としているスタンスを考えると、本判決の事例のように、添え手による自筆証書遺言の様子を動画で撮影し記録としたり、あるいは遺言者が遺言の内容を読み上げたものを録音として記録したものなどは、それだけでは自筆証書遺言の代用とはならないものと思われます。

なお、平成30年に成立した改正相続法は、その改正内容の一つに自筆証書遺言の方式の緩和を含んでいます(改正民法968条2項)。しかしこれは財産目録については自書ではないことを許容するにとどまり、自筆証書遺言の本文部分(「〇は△に相続させる」の部分)については依然として遺言者の自書を求めているので、上で見たような判例の自書に関する考え方は基本的には変わらないものと思われます。

■参考文献
・『金融法務事情』2107号86頁
・二宮周平『家族法 第4版』386頁
・中川善之助・加藤永一『新版注釈民法(28)』79頁
・金融取引法研究会『一問一答相続法改正と金融実務』114頁


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家族法 (新法学ライブラリー)

一問一答 相続法改正と金融実務

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1.はじめに
生命保険契約の災害死亡保険金の支払いをめぐる裁判において、事実の確認(調査)があった場合の保険金支払時期を明確化する保険約款の変更の効力が争点となり、当該保険約款の変更を有効とする興味深い裁判例が出されていました(東京地裁平成29年10月23日・請求一部認容・控訴後和解)。

2.事案の概要
(1)保険契約・免責条項など
Aは平成6年7月にY生命保険会社(メットライフ生命保険)との間で生命保険契約を締結した。当該保険契約は、主契約として普通死亡保険金5000万円と、災害死亡給付特約による災害死亡保険金5000万円を保障するものであった。

災害死亡給付特約による災害死亡保険金は、不慮の事故による傷害を直接の原因として死亡したことを支払事由としており、免責条項として、被保険者の故意または重大な過失を免責とする条項を規定していた。

また、Y社は、本件普通保険約款において、保険金支払の際の事実の確認(調査)があった場合の保険金支払時期について、従来は「事実の確認その他の事由のため特に日時を要する場合のほかは、必要書類が会社の日本における主たる店舗に到達してから5日以内に支払う」旨を規定していた。

ところでY社は、平成22年の保険法施行にあわせて、既契約の保険約款条項の変更特約を付加する旨の通知をAを含む保険契約者に発送していた(本件変更特約)。本件変更特約は、保険金支払の際に事実の確認があった場合で、「医療機関または医師に対する照会のうち、書面の方法に限定される照会」のときの保険金支払時期は、必要書類がY社に到達した日の翌日から60日と規定していた。

(2)事故の状況など
A(事故当時61歳)は、10階建てマンションの8階のフロアに居住していたが、平成27年11月23日の午前9時頃、同マンション8階から吹き抜け部分の中2階に転落し死亡した。本件フロアの玄関ドア前ポーチ部分の北側の専有部分には、高さ1.12メートル程度のコンクリート製の壁の上部に1メートル四方の空洞部分があり、Aは本件空洞部分にラティス(フェンス)と突っ張り棒を設置していたところ、管理人が発見した際には、このラティスが壁に立てかけられており、本件専有部分に脚立が置かれていたことから、Aは本件空洞部分において、脚立を用いてラティスを外す等の作業を行う最中に転落したものと考えられた。

本件保険契約における保険金受取人のXら(Aの子供ら)は、Y社に対して保険金請求を行ったところ、Y社は普通死亡保険金5000万円は支払ったものの、災害死亡保険金については、本件転落事故はAの重過失によるものであるとして免責を主張し、災害死亡保険金の支払を拒む等したためXらが提訴したのが本件訴訟である。

3.判旨
(1)本件転落事故はAの重過失であるといえるか
本判決は、『当時のAの年齢や身体能力等を考慮しても、危険性が著しく高いとまではいえ(ない)』などと判示して、Aの重過失を否定し、Y社の免責の主張を退けています。

(2)本件変更特約による普通保険約款の変更は有効といえるか
『Yは、Aに対し、本件変更特約とその内容の具体的説明及び異議を述べることができることとその連絡先を記載した文書を送付し、ホームページ上にも文書を掲載した。Aは、遅くとも、平成22年1月25日までに、それらの文書を受領したが、その後、異議を述べずに、Yに対する保険料の支払を続けた。

 前提事実(略)のとおり、本件変更特約は、本件約款では単に「事実の確認その他の事由のため特に日時を要する場合」となっていた要件について、事実確認のために必要となる調査事由及び調査先の対応ごとに具体的に災害死亡保険金の支払期限を定めたものである。保険金の支払に際し、適切な調査の上、支払事由の有無の確認が必要とされるのは当然であるところ、調査事由及び調査先の対応ごとに具体的な支払期限を定め、明確化することは、契約者であるAにとっても利益があるといえる。

 上記のとおり、Aが本件変更約款付加についての異議を述べず、保険料の支払を続けていることに加え、本件変更特約新設の目的、本件変更特約の内容からして、変更の必要性、相当性が認められること及び適切な方法により周知が図られていることからすれば、YとAとの間には、本件変更特約により災害死亡保険金の支払期限を変更することについて、黙示の合意があったものと認めるのが相当である。』


このように本判決は判示し、災害死亡保険金の支払時期は、必要書類がY社に到達した翌日から起算して60日を経過する日と認定しています。

4.検討
(1)保険金支払の期限
保険金の支払期限について、平成22年に施行された保険法は第52条で、「保険給付を行う期限を定めた場合であっても、当該期限が、保険事故、保険者が免責される事由その他の保険給付を行うために確認をすることが生命保険契約上必要とされる事項の確認をするための相当の期間を経過する日後の日であるときは、当該期間を経過する日をもって保険給付を行う期限とする。」と規定しています。

この規定を受けて、生命保険各社は、本判決が述べるように、「約款の明確化」のために、「事実確認のために必要となる調査事由及び調査先の対応ごとに具体的に災害死亡保険金の支払期限を定め」ています。

(2)約款の変更
2020年4月から施行予定の改正民法(債権法)は定型約款の条文を新設しました(第548条の2~第548条の4)。そして同548条の4は、事業者は①定型約款の変更が相手方の一般の利益に適合するとき、②定型約款の変更が、契約をした目的に反せず、かつ変更の必要性、相当性、合理性があるとき、のいずれかに該当する場合は、相手方との個別の合意なしに、変更後の定型約款の条項について合意があったものとみなすことができると規定しています。

(定型約款の変更)
第548条の4
定型約款準備者は、次に掲げる場合には、定型約款の変更をすることにより、変更後の定型約款の条項について合意があったものとみなし、個別に相手方と合意をすることなく契約の内容を変更することができる。
一 定型約款の変更が、相手方の一般の利益に適合するとき。
二 定型約款の変更が、契約をした目的に反せず、かつ、変更の必要性、変更後の内容の相当性、この条の規定により定型約款の変更をすることがある旨の定めの有無及びその内容その他の変更に係る事情に照らして合理的なものであるとき。

本判決は改正民法施行前のものですが、「保険金の支払に際し、適切な調査の上、支払事由の有無の確認が必要とされるのは当然であるところ、調査事由及び調査先の対応ごとに具体的な支払期限を定め、明確化することは、契約者であるAにとっても利益があるといえる。」と判示し、本件保険約款変更は①の類型に該当するとし、保険会社側があらかじめ約款変更の内容を通知する書面を保険契約者に送付していたこと、当該書面によれば保険契約者側は異議を述べることができたこと、一方、Aは異議を述べず保険料を支払い続けたこと、などの各事項を認定し、本件保険約款の変更は有効であると認定しています。

このように、本判決は保険会社にとって実務上参考になるだけでなく、商取引において普通約款を用いて事業を行っている民間企業の今後の約款変更に参考になるものと思われます。

■関連するブログ記事
・改正民法(債権法)における「定型約款」条項と生命保険の普通保険約款(追記有り)

■参考文献
・『判例タイムズ』1454号227頁
・山下友信『保険法(上)』184頁
・筒井健夫・村松秀樹『一問一答 民法(債権法)改正』241頁
・法曹信和会『改正民法(債権法)の要点解説』108頁
・嶋寺基『最新保険事情』57頁

保険法(上)

一問一答 民法(債権関係)改正 (一問一答シリーズ)

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1.はじめに
1月26日付の毎日新聞に、子どもがインフルエンザに罹患した場合に、その親である労働者に対して会社が休業を命じることがあるが、ある社会保険労務士によると、この場合「ノーワーク・ノーペイの原則」に基づき賃金はゼロとなるとの記事が掲載されていました。
・「子供がインフル」ママパートに“休業命令”はあり?|毎日新聞

ネット上では「これはひどい」との声が大きくあがっていましたが、この場合、賃金はどうなるのでしょうか?

2.会社は労働者に休務を命じることができるのか
そもそも、会社(使用者)は労働者に休務を命じることができるのでしょうか。この点、会社は労働契約の範囲内であれば、どのような指示をするのかは、公序良俗に反しない限り自由にできると解されています。そのため、仕事にかえて自宅で待機するよう指示することも有効です(東京南部法律事務所『新・労働契約Q&A』352頁)。

会社(使用者)は労働者・職場に対して安全配慮義務や職場環境調整義務を負っているので、インフルエンザにかかった子どもの家庭の親などの労働者に休務を命じることは、合理性があるといえるので、その指示は有効であると考えられます。

3.休業手当
つぎに労働者が会社から休務(休業)を命じられた場合、その賃金はどのようになるのでしょうか。雇用契約は契約の一種ですが、契約・債権の総則規定を置いている民法のなかの、第536条2項はつぎのように規定しています。

民法

第536条 (略)
2 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を失わない。(後略)


つまり、債権者=会社の責めに帰すべき事由によって、債務者=労働者が債務(労働を提供する債務)をすることができなくなったときは、債務者=労働者は反対給付を受ける権利(賃金を受ける権利=休業手当)を失わないのです。

すなわち、民法536条2項によれば、会社の責めに帰すべき事由により労働者が休業を命じられた場合は、労働者は賃金を受ける権利を失わないので、労働者は100%の賃金を受け取ることができることになります。

ところで、雇用分野に関しては、民法に規定があるだけでなく、労働基準法や労働契約法などが制定されています。本事例のような休業手当に関して労働基準法はつぎのように規定しています。

労働基準法

(休業手当)
第26条 使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。

(罰則)
第120条 次の各号の一に該当する者は、三十万円以下の罰金に処する。
一 (略)第二十三条から第二十七条まで、(略)の規定に違反した者
(後略)


つまり、労働基準法は、会社がその責に帰すべき事由により労働者に休業を命じた場合、60%の賃金を支払えと規定しています。しかも、これに違反した場合は会社に罰則が科せられます。

民法536条2項が規定する「責に帰すべき事由」が原則として「故意・過失」であるのに対して、労働基準法26条の「責に帰すべき事由」はより広く、「経営上の障害」も含まれると解されています(菅野和夫『労働法 第11版補正版』439頁、ノース・ウエスト航空事件・最高裁昭和62年7月17日)。

4.いすゞ事件
このように、休業手当が支払われる場合には民法は賃金の100%、労働基準法は60%と規定しているわけですが、会社はどちらの規定に基づくべきなのでしょうか。

この点が争点となった、いすゞ事件(東京地裁平成24年4月16日)は、休業に対して60%の休業手当が支払われた有期雇用契約の従業員が100%が正当であるとして残りの40%の支払いを求めた訴訟ですが、裁判所は従業員側の主張を認め、残りの40%の支払いを命じる判決を出しています。これは、原告が有期雇用であったため、期間内の賃金支払いの期待が高いことが考慮されたものと解説されています(東京南部法律事務所・前掲149頁)。

5.まとめ
このように見てみると、会社がインフルエンザのおそれから職場を守るためという経営目的上の理由、すなわち会社の責めに帰すべき事由を理由として、従業員に休務を命じる場合には会社は休業手当を支払わなければなりません。そしてその金額は、有期雇用契約の従業員の場合は100%とする裁判例が存在します。少なくとも、60%の休業手当を支払わない場合、罰則規定がありますので、会社は労基署や労働局などから行政処分を受けるリスクがあります。

あるいは、毎日新聞の本事例の記事のような、「ノーワーク・ノーペイの原則に基づいて給料はゼロ円」という結論はあり得ないことになります。

■参考文献
・東京南部法律事務所『新・労働契約Q&A』149頁、352頁
・菅野和夫『労働法 第11版補正版』439頁

労働法 第11版補正版 (法律学講座双書)

新・労働契約Q&A 会社であなたをまもる10章

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