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カテゴリ: 親族・相続法

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1.はじめに
親族の添え手による補助を受けて作成された自筆証書遺言が無効と判断された裁判例が東京地裁で出されていました(東京地裁平成30年1月18日判決・請求棄却・確定、金融法務事情2107号86頁)。

2.事案の概要
被相続人である女性Aに対して、本件訴訟の原告X1は長女、X2は二男、被告Yは長男であった。Aの主な財産は、東京都内の宅地および4階建ての建物であった(「本件不動産」)。

Aは平成22年8月に公正証書遺言を作成した(「平成22年遺言」)。その内容は、本件不動産はYに相続させ、その他の財産はX1、X2およびYに均等に相続させるというものであった。

つぎにAは、平成24年12月に自筆証書遺言を作成した(「平成24年遺言」)。この内容は、すべての財産をX1、X2およびYに均等に相続させるというものであった。平成24年遺言の作成当時、Aは自書能力を失っており、平成24年遺言は親族がAの手に手を添えて書かれたものであり、その様子が動画として記録されていた。

平成27年6月にAが死亡した。Yは、平成22年遺言に基づいて本件不動産を自己名義に所有権移転登記を行った。

これに対して、X1およびX2が、本件24年遺言は有効であるとして、Yに対して本件不動産の所有権移転登記の更生手続きを求めたのが本件訴訟である。東京地裁はつぎのように判示してX1らの主張をしりぞけた。

3.判旨
『(ア) 運筆について他人の添え手による補助を受けてされた自筆証書遺言が民法968条1項にいう「自書」の要件を充たすためには、遺言者が証書作成時に自書能力を有し、かつ、上記補助が遺言者の手を用紙の正しい位置に導くにとどまるか、遺言者の手の動きが遺言者の望みに任されていて単に筆記を容易にするための支えを借りたにとどまるなど添え手をした他人の意思が運筆に介入した形跡のないことが筆跡の上で判定できることを要するものと解され(昭和62年第一小法廷判決参照)、本件の平成24年遺言の効力の判断においてもこれと別異に解すべき理由は見当たらない。
(略)

(イ) 自筆証書遺言の方法として、遺言者自身が遺言書の全文、日付及び氏名を自書することを要することとされているのは(民法968条1項)、筆跡によって本人が書いたものであることを判定でき、それ自体で遺言が遺言者の意思に出たものであることを保障することができるからにほかならず、自筆証書遺言は、他の方式の遺言と異なり証人や立会人の立会いを要しないなど、最も簡易な方式の遺言であるが、それだけに偽造、変造の危険が最も大きく、遺言者の真意に出たものであるか否かをめぐって紛争の生じやすい遺言方式であるといえるから、自筆証書遺言の本質的要件ともいうべき「自書」の要件については厳格な解釈を必要とするというべきである。「自書」を要件とするこのような法の趣旨に照らすと、前記アのような条件の下でのみ「自書」の要件を充たすものと解するのが相当である(昭和62年第一小法廷判決参照)。

(ウ) Xらは動画によって本件遺言書の作成過程が記録されている点を強調するが、動画によって遺言書の作成過程が記録されたとしても、当該動画に記録された情報は遺言書そのものとは別個の媒体による情報であり、遺言書のみによって本人が書いたものであることを判定し、それ自体で遺言が遺言者の真意に出たものであることを保障することができない以上、作成過程が動画に記録されていることをもって直ちに「自書」の要件を充たすものと解したり、当該遺言を自筆証書遺言又はこれに相当するものと解したりすることは、前記の法の趣旨に反するものといわざるを得ない。』

4.検討
民法の家族法の部分は遺言の方式について規定していますが、自筆証書遺言については、遺言者が全文、日付および氏名の自書と押印が必要としています(民法968条)。

この自筆証書遺言の「自書」の要件について、本件と同様に他人の添え手があった場合が争われ、本判決が指摘している最高裁昭和62年10月8日判決民集41巻7号1471頁は、本判決が説示するとおり、「他人の添え手による補助により作成された自筆証書遺言は、遺言者がその当時自書能力を有し、その補助が遺言者の手を用紙の正しい位置に導くにとどまるか、遺言者の手の動きが遺言者の望みどおりで単に筆記を容易にするための支えを借りるだけであって、このように添え手による他人の意思の介入がなかったことが筆跡の上で判定できる場合に限り「自書」(民法968条)の要件をみたす」としています。

民法が自筆証書遺言に「自書」を求めているのは、遺言が遺言者の真意に基づくものであることを明らかにする趣旨であるとされています。つまり、自書であれば、筆跡によって本人が書いたものであることが判定できるので、それ自体で遺言者の真意に基づくものであることを保障できる点にあるとされています(魚住庸夫『最高裁判所判例解説民事編昭和62年度』613頁)。

本判決はこのような判例の流れに従う妥当な判決であると思われます。

裁判所が自筆証書遺言の「自書」の要件をこのように厳格に解し、それを満たさない遺言を無効としているスタンスを考えると、本判決の事例のように、添え手による自筆証書遺言の様子を動画で撮影し記録としたり、あるいは遺言者が遺言の内容を読み上げたものを録音として記録したものなどは、それだけでは自筆証書遺言の代用とはならないものと思われます。

なお、平成30年に成立した改正相続法は、その改正内容の一つに自筆証書遺言の方式の緩和を含んでいます(改正民法968条2項)。しかしこれは財産目録については自書ではないことを許容するにとどまり、自筆証書遺言の本文部分(「〇は△に相続させる」の部分)については依然として遺言者の自書を求めているので、上で見たような判例の自書に関する考え方は基本的には変わらないものと思われます。

■参考文献
・『金融法務事情』2107号86頁
・二宮周平『家族法 第4版』386頁
・中川善之助・加藤永一『新版注釈民法(28)』79頁
・金融取引法研究会『一問一答相続法改正と金融実務』114頁


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1.自筆証書遺言の保管申請
(1)保管の申請
遺言をする者(遺言者)は、遺言者の住所地もしくは本籍地または遺言者が所有する不動産の所在地を所轄する法務局に対して遺言の保管の申請を行うことができます(遺言書保管制度)。

この遺言書保管制度による保管の対象となるのは自筆証書遺言に限られます(遺言書保管法1条)。また、遺言書の保管の申請は、遺言者が所轄の法務局に自ら出頭して行う必要があり、その際には法務局の遺言書保管官(法務事務官)は、申請人が本人であることの確認を行います(同4条6項、5条)。

(2)遺言書の保管
保管の申請を受けた法務局(遺言書保管官)は、遺言書の原本を法務局の施設内で保管します(同6条1項)。また、法務局は、つぎの事項を記録した「遺言書保管ファイル」により遺言書の情報を管理します。

①遺言書の画像情報
②遺言書に記載されている作成の年月日
③遺言者の氏名、生年月日、住所および本籍(外国人の場合は国籍)
④遺言書に受遺者・遺言執行者の記載があるときは、その氏名・名称、住所
⑤遺言書の保管を開始した年月日
⑥遺言書が保管されている法務局の名称および保管番号

2.保管された自筆証書遺言についての相続人による確認など
(1)遺言書情報証明書
遺言者の死亡後、相続人はどの法務局(遺言書保管官)に対しても「遺言書保管ファイル」に記録されている事項を証明した書面(「遺言書情報証明書」)の交付を申請し、遺言の画像情報などを確認することができます。この遺言書情報証明書には、つぎの事項が記録されています(遺言書保管法9条1項、7条2項)。

①遺言書の画像情報
②遺言書に記載されている作成年月日、遺言者の氏名・生年月日・住所および本籍(外国人は国籍)
③受遺者や遺言執行者がいる場合にはその氏名・名称および住所
④遺言書の保管を開始した年月日
⑤遺言書が保管されている法務局の名称および保管番号

なお、相続人はどの法務局においても遺言書情報証明書を取得することができるため、最寄りの法務局で証明書を取得することができます。

(2)自筆証書遺言の原本の閲覧
相続人は、遺言者の死亡後、遺言者が作成した自筆証書遺言を現に保管する法務局に対しては、当該遺言の原本の閲覧を請求できます(遺言保管法9条3項)。

(3)他の相続人への通知
上の遺言書情報証明書の交付や自筆証書遺言の原本の閲覧が行われた場合、法務局から他の相続人に対して、当該自筆証書遺言を保管している旨の通知が行われます(遺言保管法9条5項)。

(4)自筆証書遺言の原本の取り扱い
相続人は、遺言者の作成した自筆証書遺言の原本の返還を受けることはできません。これは、複数の相続人からの返還の申し出が競合した場合、対応が困難なことや、特定の相続人が遺言書原本の返還を受けた後にこれを隠匿するおそれがある等のためです。また、相続人による遺言書情報証明書の請求や自筆証書遺言の原本の閲覧は、遺言者が死亡した場合に限って行うことができます。

3.法務局に保管された自筆証書遺言の検認の要否
(1)現行の制度
現行民法は、遺言者が自筆証書遺言を作成しており相続の開始があった場合には、当該遺言書は、家庭裁判所による検認を経る必要があります(民法1004条1項)。これは遺言書の偽造や変造を防ぐためです。

(2)遺言書保管制度による自筆証書遺言
一方、遺言書保管制度を利用した自筆証書遺言においては、法務局(遺言者保管官)が家庭裁判所の検認手続きと同様の機能を果たすため、家庭裁判所による検認は不要となります(遺言書保管法11条)。

(3)金融実務への影響
現行制度においては、金融機関が預金の払い戻しや保険金支払い等を行うにあたっては、自筆証書遺言が検認を経ているかチェックする必要があります。しかし、遺言書保管制度を利用した自筆証書遺言に関し、相続人から預金の払い出しなどを行うにあたっては、相続人が所持しているのは遺言書情報証明書だけであり、その提示を受けて払戻しなどを判断することになります。検認を経ていることのチェックは不要となります。

■参考文献
・『一問一答相続法改正と金融実務』126頁
・『金融機関のための相続法改正Q&A』30頁

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