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1.はじめに
腰痛などで通算500日以上入院した患者による医療保険の入院給付金請求という典型的なモラルリスク事案に関する判決が出されていました。裁判所は患者側の請求を棄却しています(鹿児島地裁平成29年9月19日判決・請求棄却・確定、判例タイムズ1456号236頁)。

2.事案の概要
Xは平成17年10月に、損害保険会社Y(損保ジャパン日本興亜)との間で、ケガ・疾病による入院・手術などを保障する医療保険である、「新・長期医療保険」(Dr.ジャパン)の保険契約を締結した。入院給付金日額は1万円であった。

本件保険契約の約款上、入院給付金の支払事由としての「入院」とは、医師による治療が必要な場合であって、かつ、自宅等での治療が困難なため病院または診療所に入り、常に医師の管理下において治療に専念することをいうと規定されていた。

Xは平成23年2月ごろより腰痛を訴え整形外科病院に16日間入院をしたことを皮切りに、腰痛による入院や、不安感を訴え精神科病院への入院などを平成27年までに合計9回繰り返し、その入院日数は合計500日を超えた。

これらの入院に基づいてXがYに対して約462万円の入院給付金の支払いを請求したところ、Yが拒んだためXが提起したのが本件訴訟である。

3.判旨
本件保険契約における入院給付金の支払事由としての「入院」に該当するか否かの判断は、契約上の要件の該当性の判断であり、前提事実(略)のとおりの本件保険契約における「入院」の定義(医師による治療が必要であり、かつ自宅等での治療が困難なため、病院又は診療所に入り、常に医師の管理下において治療に専念すること)からしても、単に当該入院が医師の判断によるということにとどまらず、同判断に客観的な合理性があるか、すなわち、患者の症状等に照らし、病院に入り常に医師の管理下において治療に専念しなければならないほどの医師による治療の必要性や自宅等での治療の困難性が客観的に認められるかという観点から判断されるべきものと解される。
 なお、担当医師による判断の具体的な内容やその医学的な根拠は、上記の「入院」該当性の判断に際して一つの重要な事情とはなるものの、通常、医師の判断によらない入院を想定できないことからしても、医師による判断の存在という外形的な事情のみからは、直ちに「入院」該当性が推認されるとまではいえないというべきである。』

『ア 本件入院1
 入院時の検査所見は、入院の必要性を基礎付けるものであるとはいえず(略)、入院日である平成23年2月1日において、Xは、腰を押さえながらも独歩は可能だったのであり、翌2日にも喫煙のため独歩で移動し、同月11日にはほぼ終日外出し、その後も頻繁に外出・外泊していることからすれば、Xの症状が自宅等での治療が困難であるほどの重いものであったとはいえない。(略)これらのXの症状やその後の治療内容等に照らせば、本件入院1においては、(略)客観的な契約上の要件である「入院」該当性の根拠とすることはできないというべきである。』

このように判示し、本判決はXのすべての入院は医療保険契約上の「入院」に該当しないとしてXの請求を退けています。

4.検討
医療保険、入院特約などにおける入院給付金の支払い要件の一つである「入院」の該当性について、実務書は、医師の判断とあわせて、「保険制度の基本である収支相当の原則および給付反対給付均等の原則からみて、その支払要件を合理的・画一的・公平に規制する必要があり、それに合致した保険事故に対してのみ給付されるのが当然の前提とされていること、入院当時の一般的な医学上の水準によるべき」と解説しています(長谷川仁彦など『生命・傷害疾病保険法の基礎知識』249頁)。

裁判例も、「本件保険特約が設けられている趣旨およびその内容に鑑みると、本件入院要件の有無の判断は、通常は医師の判断を尊重して決定されるであろうが、いかなる場合においても、一旦なされた医師の判断を無条件に尊重して決定されなければならないというものではなく、(略)客観的、合理的に行われるべきである。このように解することは、保険契約が有する射幸性による弊害を防止し、保険契約者一般の公平を守るという点に照らしても妥当である。」と判示するものがあります(札幌高裁平成13年6月13日判決・生命保険判例集13巻499頁)。

本判決はこのような保険会社の実務・裁判例に沿う考え方をとった妥当な判決であると思われます。

なお、最近の本判決に類似した事案として、ケガを理由とする不必要な通院給付金請求というモラルリスク事案が争われたつぎの裁判例が存在します(東京地裁平成29年4月24日判決)。

・総合格闘技選手の練習によるケガは傷害共済の「不慮の事故」に該当するか?(東京地裁平成29・4・24)-モラルリスク・不必要な通院

生命・傷害疾病保険法の基礎知識