なか2656のblog

とある会社の社員が、法律などをできるだけわかりやすく書いたブログです

カテゴリ: 法務・コンプライアンス

tatemono_bank_money
1.はじめに
2023年4月5日付の週刊金曜日の「特別永住者証提示断った在日韓国人の口座開設を銀行拒否 「外国人差別」と救済申し立て」との記事がネット上で話題を呼んでいます。

・特別永住者証提示断った在日韓国人の口座開設を銀行拒否 「外国人差別」と救済申し立て|週間金曜日

この記事によると、2021年12月に韓国籍の在日3世の男性が、大阪市内のりそな銀行支店窓口で預金口座の口座開設を申し込んだ際に、本人確認のために運転免許証を提示したが特別永住者証明書を提示しなかったとして口座開設を拒否されたとのことです。男性は2023年3月に日弁連に対して、りそな銀行と金融庁に対してこれは「外国人差別」であるとして、差別的取扱をやめるよう警告することを求める人権救済申立を行ったとのことです。すなわち、犯罪収受移転法などによると外国人であっても運転免許証を提示した場合には特別永住者証明書の提示は不要なはずであり、それを求めるのは不当な差別だというのがこの男性の主張であるそうです。しかし、結論を先取りすると、りそな銀行支店窓口の対応は「外国人差別」ではありません。

2.マネロン・テロ資金供与対策の国際的な流れ
2001年のアメリカ同時多発テロなどの事件を受けて、マネーロンダリング対策・テロ資金供与対策などの機運が国際的に高まっています。そして2007年には銀行や保険会社など金融機関等にマネロン対策などのために顧客の本人確認や、疑わしい取引があった場合に当局に報告などを求める犯罪収受移転防止法が制定されました。さらに2018年には金融庁は「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン」などを制定しています。

そして、金融庁サイトの「金融機関におけるマネロン・テロ資金供与・拡散金融対策について」は金融機関の利用者に対してつぎのように説明しています。

「こうしたマネロン等対策の一環として、皆様が金融機関を利用する際に、従来よりも詳しい説明を求められたり、取引目的の確認、資産及び収入の状況等について従来は求められなかった資料の提出や質問への回答を求められたりする場合があります。
(略)
こうした確認は、年々複雑化・高度化するマネロン等の手口に対抗できるよう、金融機関が行っているマネロン等対策の一環です。利用者の皆様におかれましては、マネー・ローンダリングや、テロ資金供与等の防止のために、また、皆様の預金や資産を守るために必要な取り組みであることにつき、ご理解・ご協力をお願いいたします。」

マネロンの図
(金融庁「金融機関におけるマネロン・テロ資金供与・拡散金融対策について」より)

この金融庁の説明にあるように、銀行等は犯罪収受移転防止法などが定める規定に加え、マネロン対策・テロ資金供与対策などのために、顧客属性に応じた顧客管理を行うために、個社の判断でさらに厳格な社内ルールを定め、それを実践することが求められているのです。

3.犯罪収受移転防止法や裁判例
なお犯罪収受移転法は銀行等に取引時に本人確認を行うことを義務付け(法4条)、銀行等がそれを怠った場合には罰則が科されると規定しています(法26条)。そして、銀行等の口座開設などの取引にあたって、顧客が本人確認書類の提示などを拒んだ場合には、銀行等は銀行口座の開設などを拒否しても免責されると規定されています(法5条)。

さらに、ある銀行が外国人に対しては住宅ローンは永住資格のある外国人にしか認めないとの内規を持っていたところ、永住資格を持たない外国人が住宅ローンが自分に認められないのは不当な差別(憲法14条1項)であるとして提起された訴訟において、「金融機関の対応に合理性がある場合には、特定の類型の顧客に対して特定の取引を拒絶してもそれは不当な差別ではなく不法行為は成立しない」と判示した裁判例も存在します(東京高裁平成14年8月29日判決・金融商事判例1155号20頁・畑中龍太郎・神田秀樹など『銀行窓口の法務対策4500講Ⅰ』423頁)。

4.本事件へのあてはめ・まとめ
この点、本記事によると、りそな銀行は内規で、外国人の顧客の場合には特別永住者証明書や在留カードの提示を求めることとしていたそうであり、これは上でみた金融庁の「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン」・「金融機関におけるマネロン・テロ資金供与・拡散金融対策について」などの考え方にも合致しています。

また上でもみたように口座開設などの場面で顧客が本人確認書類の提示を拒んだ場合には銀行等は口座開設を拒むことが認められています(犯罪収受移転防止法5条)。加えて、これも上でみたとおり、銀行が内規に基づいて外国人に銀行取引を拒絶することは不当な差別ではなく不法行為とはならないとした裁判例も存在します。

したがって、本事件の男性は日弁連に金融庁やりそな銀行への警告を求める人権救済申立を行ったそうですが、マネロン対策等に関する世界的な動向や、法令、裁判例などに照らすと不当な差別ではありませんので、本件男性の人権救済の申立ては日弁連から退けられるか、あるいは仮に警告が日弁連からなされたとしても、金融庁やりそな銀行はそれを受け入れる義務はないと思われます。

■参考文献
・畑中龍太郎・神田秀樹など『銀行窓口の法務対策4500講Ⅰ』378頁、423頁
・日本生命保険生命保険研究会『生命保険の法務と実務 第4版』676頁、678頁
・金融機関におけるマネロン・テロ資金供与・拡散金融対策について|金融庁



[広告]




このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

kabunuushi_soukai
1.はじめに
コロナ対策のために、定時株主総会において株主に対して事前登録制や抽選制などの制限を設けることが違法でないとされた興味深い裁判例が出されていました(静岡地裁沼津支部決定令4.6.27(確定)、『資料版/商事法務』461号137頁)。

2.事案の概要
Y1会社(スルガ銀行株式会社)の代表取締役であるY2は、令和4年6月、株主ら(議決権のある株式を有する株主約2万9000名)に対して、定時株主総会(本件株主総会)を令和4年6月29日午前10時から静岡県沼津市の総合コンベンション施設の一室(本件会場)で開催することを通知した。その招集通知には、新型コロナの感染拡大防止の観点から、健康状態にかかわらず来場を希望する株主は事前登録をし、事前登録を希望する者が本件会場の座席数を超える場合には抽選を実施すること等が記載されていた。

これに対して、Y1会社の株主のXら(合計303名)は、株主には株主総会に出席し、議題や議案に関する説明を求め、もしくは意見を述べる機会または株主提案の趣旨説明をする機会を与えられる権利(総会参与権)があり、本件株主総会の事前登録制や抽選制はこの総会参与権を不当に奪うものであると主張した。

XらはY1に対して、主位的に①株主の総会参与権に基づく妨害排除請求権または会社法360条所定の違法行為差止請求権を争いがある権利関係として本件株主総会の開催禁止を求め、予備的に②Y1会社およびY2に対して上記妨害排除請求権を争いがある権利関係として、本件株主総会にXらが出席して株主権を行使することの妨害禁止を求める仮の地位を定める仮処分命令を申し立てたのが本件訴訟である。

3.裁判所の判断
裁判所はつぎのように判示してXらの訴えを退けた(確定)。

判旨
(1)Xらは、株主総会に出席し、議題や議案に関する説明を求めもしくは意見を述べる機会等が権利(総会参与権)として各株主に保障されているとして、総会参与権を確保するための妨害排除請求権として本件株主総会の差止請求権を有していると主張する。しかし、会場の規模や時間的制約等により出席株主数を無制限とすることはできず、総会参与権を有するとしても、希望すれば必ず株主総会に出席できる権利であると認めることはできない。各株主の総会参与権に基づく株主総会開催差止請求権を観念することは困難である。

(2)仮に、各株主の総会参与権に基づく差止請求権を観念する余地があるとしても、令和4年6月時点で、不特定多数の株主がY1会社の定時株主総会に全国から集まる際に、新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止という公益目的のために出席株主数を一定数に限定し、かつ、株主間の公平性を担保するために、事前登録の希望者が会場に設置する座席数を超える場合には事前登録者から抽選により出席者を選定するという事前登録制を採用することは、やむを得ないものであり、事前登録制の採用自体が合理性を欠くものであるとは認められない。

4.検討
株主は株主たる資格に基づいて株主総会に出席し、質問および意見を述べるような権利、すなわち総会参与権(総会参加権、広義の議決権)を有していると解されています(加美和照『新訂会社法 第10版』251頁)。

本判決は、このような総会参与権を認めつつも、新型コロナの感染拡大防止などの要請との比較衡量により、株主の総会参与権が制約を受けることがあり得るのであり、Xら株主の総会差止請求権は否定されることがあり得ると判示したものと解され、その結論は妥当であると思われます。

なお、令和2年4月に経産省と法務省が策定した「株主総会運営に係るQ&A」は、Q2で「会場に入場できる株主の人数を制限すること」も可能であるとし、Q3で「株主総会への出席について事前登録制を採用」することも可能であるとしており参考になります。

このブログ記事が面白かったらブックマークやシェアをお願いします!

■関連する記事
・新型コロナの緊急事態宣言をうけ、代表取締役が招集通知後に取締役会決議を経ずに株主総会の日時場所を変更したことが違法でないとされた裁判例-大阪地決令2.4.22

■参考文献
・前田庸『会社法入門 第12版』381頁
・加美和照『新訂会社法 第10版』251頁
・「スルガ銀行定時株主総会開催禁止等仮処分命令申立事件」『資料版/商事法務』461号137頁
・『銀行法務21』2022年10月号69頁
・経産省・法務省「株主総会運営に係るQ&A」(令和2年4月)



[広告]










このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

LINE
6月11日、ZホールディングスLINEの個人情報事件に関する有識者委員会(座長・宍戸常寿教授)第一次報告書の概要をサイトで公表しました。

・「グローバルなデータガバナンスに関する特別委員会」第一次報告受領について|Zホールディングス

この報告書の概要を大まかにみると、まず、「LINEの主要な個人情報は主に日本のサーバーに保管されている」とLINE社2013年、2015年、2018年の3回、日本の国・自治体関係者に説明していた点が報告書にありますが、これはやはり、非常に不適切だと思われます。

なおこの点、個人情報保護法40条は、個人情報保護委員会は事業者に対して報告を求め、また立入検査をすることができると規定していますが、この報告に虚偽があった場合や検査忌避があった場合などは罰則(両罰規定)が科されると規定されています(法85条)。

また、個人情報保護委員会だけでなく、総務省もLINE社に対して報告徴求などを実施していますが、電気通信事業法169条も虚偽の報告などに対して罰則規定を置いています。さらに金融庁もLINE社に報告徴求などを実施していますが、例えばQRコード決済などに関する資金決済法も、報告徴求に対する事業者の虚偽の報告などに対して罰則規定をおいています(法112条7号、8号)。

これらの罰則規定が今後、LINE社などに対して適用されるのか、大いに気になるところです。

また、LINE社の話を鵜呑みにしていた国・自治体側も、個人情報保護法制や、国の安全保障あるいは経済安全保障の観点から非常に問題があるのではないでしょうか。

LINE報告書01

この点、例えば行政機関個人情報保護法6条は、行政機関は「保有個人情報の漏えい、滅失又は毀損の防止その他の保有個人情報の適切な管理のために必要な措置を講じなければならない」と規定しています(安全確保措置)。

また、これも例えば総務省の「総務省の保有する個人情報等の適切な管理のための措置に関する訓令 」(総務省訓令第54号)38条は、業務委託について、適切な安全確保措置が実施できる事業者を書面などを求めて選定すること(1項)、目的外利用の禁止や秘密保持条項、再委託の制限、個人情報漏洩事故があった場合の対応などを盛り込んだ契約書による業務委託契約を締結すること(2項)、少なくとも年1回の委託先への実地検査を実施すること(3項)等などを規定しています。

しかし、LINEを情報提供サービスなどのために利用していた総務省や、各自治体は、LINE社としっかり業務委託契約書を締結し、年1回以上のLINE社への実地検査などを法令に基づいて実施していたのでしょうか?大いに疑問です。

つぎに、3月の朝日新聞等の報道を受けて、LINE社はプレスリリースを公表し、2021年6月までに韓国サーバーに保管されている画像・動画などの個人データを日本のサーバーに移動させる等と発表しました。

しかし、この点についても、さまざまな個人データの日本への移動が、LINE社のリリースに示されたスケジュールに対して遅延していることが明らかにされています。この点を、本報告書は「ユーザーファーストの意識が欠けている」と指摘しています。
LINE報告書02

この点は、新興のIT企業であるLINE社およびZホールディングスは、「ユーザー・顧客との約束を守ろうという意識」、ユーザー・顧客への説明責任や、>ガバナンスコンプライアンスの意識が企業として極めて低いのではないでしょうか。Yahoo!Japan社も、2004年の450万人分の個人情報漏洩を起こしたYahoo!BB個人情報漏洩事件など、3年から5年おきに不祥事を起こしている印象があります。

さらに、朝日新聞の峯村健司氏のスクープ報道のとおり、やはりLINE社の委託先の中国子会社の日本サーバーへのアクセスログ等は、中国等の開発者が具体的にどんな個人データにアクセスしたか等の記録が残っていないとのことです。アクセスログも保存されていても、1年間しか保存されていないとのことです。さらに中国等の開発者PC等は外部ネットに接続可能な状態であり、当該PC等の挙動のログなども残っていないと報告書は指摘しています。これはLINE社の安全管理措置が非常に不十分であったと言わざるを得ません。
LINE報告書03

加えて、報告書は、2016年ごろより、中国の国家情報法に関する議論が日本国内で高まっていたのに、LINE社がシステムの開発・保守などを中国で継続していた点も指摘しています。
LINE報告書04

この点も、わが国の国民約8600万人のアクティブ・ユーザーを持ち、国・自治体の情報発信業務や国民・市民からの相談業務、多数の日本企業の情報発信業務などを担っているLINE社は、日本の国民の個人情報保護や国・自治体や多くの企業の機密情報の保護に対する大きな責任を負っていること、日本の安全保障および経済安全保障に大きな責任を負っていることに対して、企業市民としてあまりにも無頓着だったのではないでしょうか。

なお、本報告書の概要をざっとみる限り、本事件で個人情報とともに問題となった、電気通信事業法4条憲法21条2項の定めるユーザーの「通信の秘密」に関しては、有識者委員会であまり議論がなされていないようですが、大丈夫なのでしょうか。

4月の総務省のLINE社に対する行政指導のプレスリリースも、個人情報に関しては問題視していますが、「通信の秘密」に関しては、まるでなかったかのようにしているわけですが。この点を、情報法の大御所である宍戸教授などの有識者委員会に大いに議論していただきたいと、一般の国民としては思っていたのですが。
LINE報告書03

また、本日のZ社のプレスリリースでは、有識者委員会の第一次報告書は概要のみが公表されており、報告書本文は公表されていないことも、やや不可思議な対応であると思われます。

■関連する記事
・LINEの個人情報・通信の秘密の中国・韓国への漏洩事故を個人情報保護法・電気通信事業法から考えた
・LINEの通信の秘密の問題に対して総務省が行政指導を実施
・LINEの個人情報の問題に対して個人情報保護委員会が行政指導を実施











このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

kabunuushi_soukai
1.はじめに
2020年(令和2年)4月に、国の新型コロナ緊急事態宣言をうけ、代表取締役が招集通知後に取締役会決議を経ずに株主総会の日時場所を変更したことが違法でないとされた興味深い裁判例が出されています(大阪地裁令和2年4月22日決定・積水ハウス株主総会事件)。

2.事案の概要
訴外A社(積水ハウス株式会社)は、住宅建設などを行う建設会社であり、会社法上の公開会社かつ大会社であり監査役設置会社である。YはA社の代表取締役であり、XはA社の取締役であり、A社の株式を6か月以上前から保有している。訴外Bは、A社の前代表取締役である。

XおよびBは、2020年2月14日付で、A社に対し、X、Bなど9名を取締役に選任するための提案権を行使した。同年3月5日、A社の取締役会は定時株主総会招集決議を行った(本件定時株主総会決議)。同年4月1日、A社は本件定時株主総会決議に基づき、定時株主総会(本件定時株主総会)の招集通知を同社のウェブサイトに公表し、同年4月6日、Yは株主に対して招集通知の書面を発送した。

招集通知においては本件定時株主総会は、日時は2020年4月23日午後10時より、場所は大阪市のCホテル2階のホテル大宴会場と記載されていた。

同年4月7日、国は新型インフルエンザ等対策特別措置法(特措法)32条に基づき、新型コロナウイルス感染症に係る緊急事態宣言を発出し、同日、大阪府知事は、特措法24条9項に基づき府内の一定施設に対して、同年4月14日から同年5月6日までの休業等の要請を行った。

この緊急事態宣言を受けた大阪府知事の休業要請により、Cホテルのホテル大宴会場が利用不能となったため、Yは同年4月15日、本件定時株主総会の開催場所を大阪市のCホテルに隣接するDビルの35階フロアとし、開始時刻を30分遅らせて午前10時30分と変更し(本件変更)、「定時株主総会 開催場所・開始時刻変更等について」との情報を、A社ウェブサイトで公表した。

これに対してXは、Yの本件変更は、招集手続きに関する法令(会社法298条1項1号、4項、299条)に違反したYの違法行為であり、本件決定を前提に本件定時株主総会を開催することは、YのA社に対する善管注意義務違反であると主張し、差止請求権を被保全権利として、本件定時株主総会の開催禁止を求める仮処分命令を申し立てたのが本件訴訟である(同360条3項、1項)。

3.裁判所の決定の要旨
「会社法上、株主総会を招集するにあたり、取締役会で定めた会社法298条1項所定の事項を変更しようとする場合の要件や手続きにつき、明文の規定はない。(略)もっとも、(略)本件定時株主総会招集決議の権限の範囲は、本件定時株主総会招集決定の合理的解釈によって画定されるものというべきである。招集通知(略)の最初の頁には、新型コロナウイルス感染症への対応として、『本定時株主総会運営に変更が生じた場合には、以下のウェブサイトに掲載いたしますので、ご出席の際にはご確認ください。』という一文が明記され、参照先のURLが記載されていたのであるから、本件定時株主総会招集決定は、新型コロナウイルス感染症の動向いかんによっては定時株主総会の運営に変更があり得ることを前提としていたことは明らかであり、変更をおよそ許容しない趣旨と解することはできない。」

Y限りで株主総会の日時及び場所を変更することの可否等も、本件定時株主総会招集決議の解釈により決せられることになる。もとより、本件定時株主総会招集決議を執行するにあたり、株主の議決権行使が妨げられることとなるような恣意的な変更を許容する趣旨と解することはできないが、少なくとも本件のように、Yが、当初予定していたホテル大宴会場の使用が事実上不可能となったことに伴い、代替会場として、隣接する高層ビルの35階をフロアごと確保し、これに伴い、35階空きフロアへの移動時間を考慮して開始時刻を30分繰り下げる範囲で本件定時株主総会の開始時刻及び場所を変更するにとどまる本件変更は、本件定時株主総会決議の執行の域を逸脱するものとまではいえない。」

「Xは、Yが自己の保身等のために本件定時株主総会開催を強行しようとするものであるかのように主張する。(略)しかし、A社取締役会も、取締役候補者選任をめぐっては鋭く対立しているものの、緊急事態宣言前後を通じて、本件定時株主総会を開催する方向で異論なく準備を進めてきたと認められるのであり、それまでのYの認識と前提を全く異にする義務を肯定することは困難である。(略) よって、本件仮処分命令申立は、被保全権利の疎明を欠くものとして、理由がない。」

4.検討
(1)株主総会の日時・場所の変更について
監査役設置会社などの取締役会設置会社が株主総会を開催する場合には、株主総会の日時・場所など所定の事項を取締役会で決議し(会社法298条1項、4項)、株主総会の日の二週間前までに書面またはウェブサイト等で株主に通知しなければなりません(299条1項、2項、3項)。

しかし、会社法は株主総会の日時・場所などを変更する場合の要件や手続きなどの規定がないため、本事例のような場合に、株主総会の日時・場所などを変更できるのか、できるとしてどのような手続きをとるべきなのかが問題となります。

この点、学説・裁判例は、招集通知を通知後に株主総会の日時・場所を変更することも、正当な理由があり、かつ変更について株主に対する適切な周知方法がとられていれば、そのような変更は許されるとしています(広島地裁高松支部昭和36年3月20日判決)。

ただし、理由なく変更が行われた場合には、決議不存在事由になりうるとする裁判例も存在し(大阪高裁昭和58年6月14日判決)、開始時間を長時間遅らせることは決議取消事由となるとする裁判例も存在します(水戸地裁下妻支部昭和35年9月30日判決、江頭憲治郎『株式会社法 第7版』327頁)。

本判決の決定は、上の広島地裁高松支部の判決と異なり、招集通知送付後に取締役会決議を経ずに代表取締役限りで株主総会の日時・場所を変更することは、「本件定時株主総会招集決定決議の合理的解釈により決せられる」と判示しており、この点に意義のある裁判例です。

そして本裁判の決定は、招集通知に「本定時株主総会運営に変更が生じた場合には、以下のウェブサイトに掲載いたしますので、ご出席の際にはご確認ください」と明記されていることから、新型コロナの動向によっては定時株主総会の運営に変更がありうることを前提として取締役会決議がなされたことは明らかであり、変更を許容しない趣旨とは言えないとしています。この点は、招集通知からうかがわれる本件株主総会決議の内容として合理的な解釈であるといえるので、妥当なものであると思われます。

(2)取締役会決議を経ないで株主総会の日時・場所を変更することの可否
本裁判の決定は、取締役会決議を経ないで株主総会の日時・場所を変更することの可否について、「代表取締役限りで本件変更をすることの可否は、本件定時株主総会収集決議の解釈による」、そしてその解釈にあたっては、「株主の議決権行使が妨げられるような恣意的な変更は許されない」としています。

そのうえで、本裁判の決定は、①Cホテルのホテル大宴会場が事実上使用不可能となったこと、②代替会場として、隣接するDビルの35階フロアを確保したこと、③Dビルの35階フロアへの移動時間を考慮して開始時刻を30分遅らせて午前10時30分からとしたこと、の3点から、本件変更は本件定時株主総会招集決議の解釈の限度内にとどまると判示しています。これは妥当な判断であると考えられます。

(3)Yの善管注意義務違反の有無
Xは、Yが自己保身のために本件定時株主総会の開催を強行しており、それは取締役の善管注意義務(会社法330条、民法644条)の違反に該当すると主張しています。

これについて本裁判の決定は、「本件定時株主総会招集決議の趣旨は、流会等の措置を講じることではなく、新型コロナの動向に照らし、Yが本件変更を前提として本件定時総会を開催することにある」として、その趣旨に沿って開催のために事務を行う以上は、Yに善管注意義務は認められないと判示しています。上でみたように本件変更は妥当であると考えられますので、それを実現するためのYの行為は善管注意義務違反にならないとの判断は妥当であると思われます。

(4)その他、新型コロナと株主総会について
法務省は、新型コロナに関連して、定款で定めた時期に定時株主総会を開催できない場合には、その状況が解消された後、合理的な期間内に定時株主総会を開催すれば足りるとしています。また、定款に定めた基準日から3か月以内に定時株主総会を開催できない場合は、新たに議決権行使のための基準日を定め、当該基準日の2週間前までに当該基準日および基準日株主が行使することができる権利の内容を公告した上で、定款に定めた基準日から3か月以上を経過した日に株主総会を開催することができるとしています(法務省「定時株主総会の開催について」2020年4月2日更新)。

また、新型コロナの動向により、招集通知送付後に予定していた株主総会の会場が使用できなくなった場合は、予定していた株主総会の会場のできるだけ近隣の施設や社内などを利用し、代替会場の手配を行い、開催場所・時間の変更を行うべきとされています。旧会場からの移動のために、開催時間の繰り下げや、株主を案内するためのスタッフの用意などが必要になります。そして株主総会の変更を会社のウェブサイト等で株主に周知する必要があります(須磨美月「総会準備と当日の運営」『新型コロナウイルス影響下の法務対応』44頁、52頁)。

■参考文献
・尾形祥「株主総会の開催場所の変更等を理由とする違法行為差止めの可否」TKCローライブラリー新・判例解説 商法136
・江頭憲治郎『株式会社法 第7版』327頁
・須磨美月「総会準備と当日の運営」『新型コロナウイルス影響下の法務対応』44頁、52頁
・東京弁護士会会社法部編『新・株主総会ガイドライン 第2版』6頁
・法務省「定時株主総会の開催について」2021年1月29日更新
・経産省・法務省「株主総会運営に係るQ&A」2020年4月2日
・経産省「「ハイブリッド型バーチャル株主総会の実施ガイド(別冊)実施事例集」を策定しました」2021年2月3日













このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

phone_kotei_denwa
携帯電話大手のNTTドコモとKDDIが、解約の手続きを説明する自社のウェブサイトを検索サイトで表示されないように、HTMLタグに「noindex」を埋め込む等の設定していたことが総務省の審議会で報告されたと、2月27日のNHKなどが報道しています。

・ドコモとKDDI 解約手続きの自社HP 検索サイトで非表示の設定に|NHK
・ドコモとKDDI、解約ページに「検索回避タグ」。総務省会合で指摘、削除|すまほん!!

これだけでも十分に酷い話ですが、この問題に関連して、ネット上では、聴覚障害者などの方々の、「携帯電話・スマホやクレジットカードなどの解約をする際に、事業者側から「電話でないと解約に応じられない」という対応を受けることが多い」という意見が少なからず寄せられています。

法律論としては、民法上は契約の解約(解除)は当事者の一方から相手方への一方的な意思表示を行っただけで効果が発生します(民法540条1項)。

民法540条1項
契約又は法律の規定により当事者の一方が解除権を有するときは、その解除は、相手方に対する意思表示によってする。

この条文に、「その解除は、相手方に対する意思表示によってする」とのみあるように、解約(解除)は、相手方(=事業者など)に対する意思表示(=解約したいという意思)を伝えればよく、それは口頭でも書面でも民法上は問題ありません。事業者の担当者と交渉してその者に承諾してもらう必要もありません。

ただし、現実には、口頭のみ・電話のみでは後日トラブルとなったときに「言った言わない」の水かけ論となってしまうことを防止するために、証拠として解約(解除)の意思を「解約届」など書面の形で事業者がもらうように約款や利用規約などが制定されているのが一般的であると思われます。

しかし逆にいえば、そのような書面による取扱いはあくまでも後日の紛争防止という意味で許容されるにとどまります。そのため、例えば携帯電話会社などが自社の営業成績の数字を守りたいという理由で、聴覚障害者の方などに対して、「解約には当社所定の解約届を書いてもらう必要があるが、その前提として、本人からの電話でなければその手続きは受け付けられない」等と解約手続きを拒否することは違法であり許されないことになります。

この点、例えばNTTドコモのxiサービスの約款をみると、つぎのように第15条に利用者・契約者の契約の解約(解除)について規定されているようです。
ドコモ約款
(NTTドコモサイトより)

つまり、ドコモxiサービス約款15条1項は、「契約者はドコモの携帯契約の解約(解除)をするときは、「所属xiサービス取扱所」(おそらくNTTドコモの本社・支社やドコモショップ等)に「当社所定の書面」で「通知」せよ」となっています。ところで、同4項をみると、「同1項の場合で、電気通信事業法施行規則に定める「初期契約解除」または「確認措置」による解除による取扱いは「当社が別に定めるところによる」となっています。そしてその下の「(注3)」は、「本条第4項に規定する当社が別に定めるところは、当社のインターネットホームページに定めるところによります。」と規定しています。

ここで、この「当社が別に定めるところ」というものが不明確なので、NTTドコモのウェブサイトの契約の解約のページをみます。
ドコモ解約手続き

すると、「ドコモショップでお手続きできます」という表示となっており、ドコモショップに電話や来店などすることとなっていますが、結局、「当社が別に定めるところ」が明示されていません。

とはいえ、このようにNTTドコモの約款やウェブサイトをみる限り、「たとえ聴覚障害者であっても、解約は本人からの電話でないと受け付けられない」「代理は駄目」という実務を根拠づける条文や規定は存在しないようです。

明確な法的根拠がないのに「聴覚障害者等であっても本人からの電話でないと解約を受け付けられない」というのは法的におかしな話ですし、また、解約の手続きをするドコモショップなどで、万が一、某PCデポなどのような悪質な解約の「お引き留め」実務が行われていたらさらに問題と思われます。

なお、平成29年の改正で、民法に定型約款の条文が追加されました。電気、ガス、水道などの定型的で大量の事務取引における契約の内容として利用されるのが約款(定型約款)ですが、電気通信契約における約款はその典型例です。その新設された条文の一つの、民法548条の3第1項はつぎのように規定しています。
民法548条の3
定型取引を行い、又は行おうとする定型約款準備者は、定型取引合意の前又は定型取引合意の後相当の期間内に相手方から請求があった場合には、遅滞なく、相当な方法でその定型約款の内容を示さなければならない。ただし、定型約款準備者が既に相手方に対して定型約款を記載した書面を交付し、又はこれを記録した電磁的記録を提供していたときは、この限りでない。

つまり、事業者・企業側(定型約款準備者)は、利用者・顧客に対して、取引合意の時(契約締結時)までに、契約に関わる約款・利用規約など(定型約款)を書面で交付するか、または自社ウェブサイトなどで電子的に約款等を公表しておかなければならない。遅くとも、契約締結時から相当に期間内に利用者・顧客から請求があった場合には約款・利用規約などを開示しなければらなないと規定されています。

そのため、ネットが一般的となった今日では、NTTドコモなどの携帯電話会社などは、原則としてあらかじめ利用者・顧客に自社ウェブサイト上において、約款・利用規約などを公表しておくことが民法上、求められるのであり、約款・利用規約などの内容が不明確であるなどの状態は望ましいものとはいえないと思われます。

また、同時に民法548条の2第2項は、消費者契約法10条と同様に、約款条項の内容は、利用者・顧客の「権利を制限し、又は相手方の義務を加重する条項であって、その定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念に照らして第一条第二項に規定する基本原則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるものについては、合意をしなかったものとみなす」と規定しており、社会通念や信義則に照らして利用者・顧客の権利・利益を不当に制限する等の条項は無効であるとも規定しています。

したがって、「聴覚障害者等であっても本人からの電話でないと解約を受け付けられない」などの取扱は、かりに事業者側の約款などにそのような根拠規定があったとしても、民法の定型約款の各規定に照らして、やはり違法・不当であると思われます。

いうまでもなく、憲法14条1項はあらゆる差別を禁止しており、平成28年に制定された障害者差別解消法は、事業者・企業に対して、障害者に対する不当な差別的取扱いの禁止と、障害者から社会的障壁の除去の要請があった場合にそれに対応する努力義務を定めています。

また、電気通信事業法も、電気通信業の「公共性」を定め、電気通信業務の提供について、「不当な差別的取扱い」を禁止し(6条)、電気通信役務の契約約款について「特定の者に対し不当な差別的取扱いをするもの」を禁止(19条など)しています。

そのため、総務省などは、携帯電話会社などに対して、聴覚障害者の方々からの携帯契約の解約について、「電話による申出でないので受け付けない」などの違法・不当な取扱いを止めるよう、助言・指導などを行うべきではないでしょうか。(また、NTTドコモに対しては、携帯契約の解約に関する約款やホームページの記載が不明確であるので明確化・平明化を行うよう助言・指導などを行うべきではないでしょうか。)

なお、同様の「電話でないと解約できない」という問題は、携帯電話だけでなく、クレジットカードなど金融業界や、ネット通販などさまざまな業界・分野でも未だに発生しているようです。金融庁や消費者庁、経産省などによる消費者保護、障害者保護、高齢者保護などの横断的な取り組みが必要なように思われます。



民法(全)(第2版)

憲法 第七版

ニッポンの個人情報 「個人を特定する情報が個人情報である」と信じているすべての方へ

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

↑このページのトップヘ