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カテゴリ: 日本郵政

tatemono_yuubinkyoku
1.はじめに
最近、2007年10月の郵政民営化前の郵便局の郵便貯金のうち定期性の定額郵便貯金、定期郵便貯金、積立郵便貯金、住宅積立郵便貯金、教育積立郵便貯金等(以下、「定額郵便貯金等」)が満期(定額郵便貯金の場合10年)経過後から20年2か月経過すると権利消滅してしまうことが新聞報道などで大きく取り上げられています。

・【独自】「消えた郵便貯金」21年度に457億円消滅 復活承認は2億円だけ|朝日新聞

この点、郵政管理・支援機構(独立行政法人 郵便貯金 簡易生命保険管理・ 郵便局ネットワーク支援機構)サイトの令和2年10月1日付の「満期を経過した郵便貯金の払戻しに関するお知らせ」にはたしかにそのように説明されています。

お知らせ
(令和2年10月1日郵政管理・支援機構「満期を経過した郵便貯金の払戻しに関するお知らせ」より)

しかし、民間の一般銀行等にはこのように預金が消滅時効的に消えてしまうような制度はありません。(近年、休眠預金法の制定により、いわゆる休眠預金がNPO等に渡る制度ができましたが、この休眠預金になった場合でも、預金者は銀行等に申し出れば預金を引き出すことができます。)こんなすごい(ひどい)制度が郵便貯金にはあったのでしょうか?

2.郵便貯金法29条
そこでこの郵政管理・支援機構などの資料を元に少し調べてみると、郵政民営化後も有効である旧・郵便貯金法29条(改正前)が次のように規定していることが分かりました。

郵便貯金法

第29条(貯金及び保管証券に関する権利の消滅)(改正前) 十年間貯金の預入及び払もどし並びに証券の購入、保管、売却又は返付の請求がなく、且つ、利子の記入又は貯金若しくは保管証券の確認のためにする通帳、貯金証書又は証券保管証の提出がない場合において、逓信官署がその預金者に対し通帳、貯金証書若しくは証券保管証を提出し、又は貯金の処分をすべき旨を催告し、その催告を発した日から二箇月以内に、なお通帳、貯金証書若しくは証券保管証の提出又は貯金の処分の請求がないときは、その貯金及び保管証券に関する預金者の権利は、消滅し、保管証券は、国庫に帰属する。
つまり、定額郵便貯金等は、貯金の返還などの請求がなく通帳の記帳等がない場合、ゆうちょ銀行が貯金の処分等をすべき旨を催告し、その催告を発した日から二箇月以内に利用者の処分等がない場合は消滅し、国庫に帰属すると規定されているのです。

3.権利消滅規定の趣旨・目的は?
たしかに国会で審議された法律である郵便貯金法の29条に権利消滅の根拠規定があることは分かりましたが、しかしこの29条の権利消滅規定の趣旨・目的は何なのでしょうか?

そこで調べてみると、郵便貯金法令研究会『解説郵便貯金法』(ぎょうせい, 1982)155頁以下はつぎのように法29条の趣旨・目的を解説しています。

『本条の規定が設けられている趣旨は、長期間利用のない、いわゆる権利の上に眠っている郵便貯金について、一定の行為をすることを促すことによって権利関係が不明確になることを防止するとともに、催告してもなおかつ利用されない貯金を整理することによって事業の経済的、合理的な運用を図るものであるといえよう。貯金原簿管理庁からの催告を特に権利消滅の要件としているのは、この趣旨に基づくものであり、長期間利用のない貯金については預金者が失念している場合もあるので、中期を喚起し、権利行使を促すこととしているのである。』
(郵便貯金法令研究会『解説郵便貯金法』(ぎょうせい, 1982)155頁~156頁より)
すなわち、長期間利用のない郵便貯金について、①権利関係が不明確になることを防止することと、②催告してもなおかつ利用されない貯金を整理することによって事業の経済的、合理的な運用を図ること、の2点がこの29条の権利消滅規定の趣旨・目的であるようです。

また、本書160頁は、法29条が「逓信官署が…貯金の処分をすべき旨を催告し、その催告を発した日から二箇月以内に、権利が消滅」と規定していることから、この催告はいわゆる到達主義ではなく発信主義であると解説しつつも、「しかしながら本条の運用にあたっては、本条が設けられている趣旨にかんがみ慎重を期さなければならないといえよう。」と実務担当者に釘をさしています。

ところでわが国では1970年代から金融機関のIT化が推進され、従来は紙の契約書や帳簿等で管理されていた預金・貯金などの大量の契約の保全業務に大型コンピュータが導入されています。そのため、法29条の趣旨・目的のとくに2つめである「事業の経済的、合理的な運用」については、紙で契約の保全がなされていた時代ではない現代においては、その重要性は薄れているのではないでしょうか。

一般の民間金融機関には定期預金の権利消失制度などは存在せず、また多くの国民も郵政民営化前の定額郵便貯金等に権利消滅制度が存在することを知らないであろうことを考えると、国は郵便貯金法を改正する等して、多くの定額郵便貯金が権利者である国民ではなく国庫に帰属してしまう現状を何とかすべきではないかと思われます。現状のままでは、まるで国が「埋蔵金」欲しさに高齢の国民の金銭をかすめ取っているように思えます。

あるいは、冒頭の新聞記事などによると、貯金の権利者の転居などにより催告状などの8割が貯金者本人に届いていない、催告状が普通郵便であり受け取った本人がその重要性に気付かないなど、制度の運用にも多くの問題があるように思えます。国は『解説郵便貯金法』の「しかしながら本条の運用にあたっては、本条が設けられている趣旨にかんがみ慎重を期さなければならないといえよう。」との本法の立案担当者が書いた(と思われる)説明をも重視すべきではないでしょうか。

4.なぜ20年後に催告するのか?
ところで、上でも見たように、郵政民営化前に契約された定額郵便貯金等について満期から20年経過後に郵便局から催告がなされ、その2か月後に権利消滅がなされることに関して、催告から2か月後に権利が消滅することは郵便貯金法29条に基づくことは分かりました。しかし満期から20年後に(まるで利用者が忘れたころを見計らうように)催告がなされることについては根拠規定などはどうなっているのでしょうか?

この点については、総務省情報流通行政局郵政行政部貯金保険課と郵政管理・支援機構に電話にて問い合わせ、さらに衆議院サイトで調べる等したところ、つぎのようなことが分かりました。

まず、郵便貯金法は1947年に制定されてから何度も一部改正が行われているところ、1994年(平成6年)の「郵便貯金法の一部を改正する法律」(法律第七十二号(平六・六・二九))により一部改正が行われ、法29条などが次のように規定されています。

郵便貯金法

第二十九条(貯金に関する権利の消滅) 第四十条の二第一項の規定により貯金の預入又は一部払戻しの取扱いをしないこととされた通常郵便貯金について、その後十年間その貯金の全部払戻しの請求(同条第二項の規定により貯金の全部払戻しの請求とみなされるものを含む。)がない場合において、貯金原簿所管庁がその預金者に対し貯金の処分をすべき旨を催告し、その催告を発した日から二月以内になお貯金の処分の請求がないときは、その貯金に関する預金者の権利は、消滅する。

第四十条の二(十年間預入、払戻し等のない通常郵便貯金の取扱い) 十年間貯金の預入及び払戻しがなく、かつ、通帳の再交付に係る請求、印章の変更に係る届出その他省令で定める請求若しくは届出又は第二十二条の規定による通帳若しくは貯金番証書の提出がない通常郵便貯金については、第七条第一項第一号の規定にかかわらず、貯金の預入又は一部払戻しの取扱いをしない。

 前項に規定する通常郵便貯金について、通帳の再交付に係る請求、印章の変更に係る届出その他省令で定める請求又は届出があつたときは、貯金の全部払戻しの請求があつたものとみなして、省令で定めるところにより貯金を払い渡す。

第五十七条(十年が経過した定額郵便貯金) 定額郵便貯金は、預入の日から起算して十年が経過したときは、通常郵便貯金となる。
(以下略)
すなわち、①まず法57条1項で定額郵便貯金は預入(=満期)の日から10年経過すると通常郵便貯金となり(「案内」が送付される)、②つぎに法40条の2第1項により10年間貯金の払戻しや通帳の再交付等のない通常郵便貯金は「貯金の預入又は一部払戻しの取扱いをしない」貯金となる(いわゆる「睡眠貯金」)(「お知らせ」が送付される)。このようにして10年+10年で合計20年となった後に、③ゆうちょ銀行から催告がなされ「催告書」が送付され、法29条に基づいてその後2か月後に郵便貯金の権利消滅が成立してしまうということのようです。

20年2か月のイメージ図

このように、定額郵便貯金等が満期後20年2か月後に権利消滅してしまう2か月の部分だけでなく、20年の部分についても郵便貯金法に根拠規定があることが分かりました。ご教示くださった総務省の貯金保険課および郵政管理・支援機構のご担当者の方々どうもありがとうございました。

(なおこの件は、ゆうちょ銀行のコールセンターにも電話で質問してみたのですが、ゆうちょ銀行の回答は、「2か月で消滅の部分は郵便貯金法29条に根拠規定があるが、20年の部分に関しては法的な根拠規定は存在せず、当社が独自の判断で20年の期間としている」との驚くべき内容でした。日本郵政グループは2019年に発覚した郵便局・かんぽ生命による組織ぐるみの不正な生命保険の乗換で大きな社会的非難を受け、社内のコンプライアンスとガバナンスを再建中のはずですが、本当に大丈夫なのでしょうか?)

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■関連するブログ記事
・かんぽ生命・日本郵便の不正な乗換契約・「乗換潜脱」を保険業法的に考える
・かんぽ生命・日本郵便の3000件の個人情報漏洩事故



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tatemono_yuubinkyoku

1.はじめに
日本郵政グループのかんぽ生命保険は6月27日に、サンプル調査により顧客に不利益となる不正な生命保険の乗換契約が過去5年間に約2万3900件発覚したと発表しました。

・保障の見直し時等におけるお客さま本位の業務運営のさらなる向上について|かんぽ生命

かんぽ不祥事図
(かんぽ生命プレスリリースより)

続いて、7月上旬には、かんぽ生命および保険代理店業務を行っている日本郵便(郵便局)において、これも乗換契約について営業職員の手当やノルマのアップのために顧客に新契約・旧契約双方の保険料を不正に二重払いさせていた事例が2016年4月から約2万2000件発覚しました(日本郵政グループ内では「乗換潜脱」と呼ばれる)。

これを受けてかんぽ生命および日本郵便は7月10日に謝罪の記者会見を行い、顧客に不利益が生じた保険契約は少なくとも約10万件を超える等と説明しました。

・契約乗換に係る今後の取り組みについて|かんぽ生命
・かんぽ生命、ノルマ偏重を見直しへ 植平社長が謝罪|日経新聞

2.不正な乗換契約に対する法規制
保険業法は、営業職員等による保険募集における禁止行為の一つとして不正な乗換契約を規制しています(保険業法300条1項4号)。

保険業法300条1項4号
「保険契約者又は被保険者に対して、不利益となるべき事実を告げずに、既に成立している保険契約を消滅させて新たな保険契約の申込みをさせ、又は新たな保険契約の申込みをさせて既に成立している保険契約を消滅させる行為」

つまり、現在の保険契約を中途で解約させて新しい保険契約に加入させる乗換契約(乗換募集)は、顧客である保険契約者等にとって生活の変化等に応じて保障内容を見直すことができるメリットがある一方で、新しい保険契約に加入することによる予定利率の低下(保険料の上昇)や、被保険者の年齢が上がることによる保険料の増加、被保険者の健康状態によっては新しい保険契約に加入できないおそれなどの大きなデメリットが存在します。

そのため、保険業法は、これらのデメリットすなわち「不利益となるべき事実」を営業職員等が保険契約者等に十分に説明することを求めているのです。

この営業職員等が説明すべき「不利益となるべき事実」に関しては、金融庁のガイドラインである監督指針が例示していますが、そのなかには「被保険者の健康状態の悪化等のため新たな保険契約を締結できないこととなる場合があること」が含まれています(監督指針Ⅱ-4-2-2(7))。

そして営業職員等は、保険契約者等に「不利益となるべき事実」を説明し、顧客が不利益となる事実を理解したことを十分確認しなければならないとされており(監督指針Ⅱ-4-2-2(7))、民間生命保険各社の実務は、契約申込の際に交付する注意喚起情報に不利益となる事実を記載し、証拠として顧客から確認印をいただくことが通常です。

そしてこの保険業法300条1項4号に違反した場合、営業職員等は保険募集人の資格の取消などの行政処分を受ける可能性があります(保険業法307条1項3号)。

この点、6月27日付のかんぽ生命等のプレスリリース「保障の見直し時等におけるお客さま本位の業務運営のさらなる向上について」においては、

「この契約乗換により新しい契約にご加入いただく際は、「新旧比較表」を活用して既契 約と新規契約の保障内容や保険料額、予定利率などを比較説明するとともに、「ご留意事 項」、「注意喚起情報」などの書面により、解約等にともなう不利益事項についてもお客 さまに丁寧にご説明し、十分にご理解いただいた上で、お申し込みいただくこととして おります。」


と説明され、一見、「不利益となるべき事実」がしっかりと営業職員等から説明されていたようにみえます。しかし、民間の一般生命保険会社各社が実務取扱いで行っている確認印の取り付けの記述がないことは、かんぽ生命および代理店の日本郵便の営業職員の実務取扱いにおいては、「新旧比較表」、「ご留意事項」、「注意喚起情報」などの書面を漫然と顧客に手渡しているだけなのではないかとの疑問が生じます。

3.乗換契約の保険料の二重払い(「乗換潜脱」)
つぎに7月上旬には、かんぽ生命および日本郵便において、これも乗換契約について顧客に6か月間、新契約・旧契約双方の保険料を不正に二重払いさせていた事例が2016年4月から約2万2000件発覚しました(「乗換潜脱」)。

この不正な取り扱いは、営業職員の営業手当アップやノルマ達成のために行われたものであって、営業職員は顧客に対して、「新契約の申込後6か月間は、旧契約を解約できない」と虚偽の説明を行っていたそうです(「かんぽ保険料、二重払い2.2万件 手当金や営業実績目当て 解約時期遅らせる 不適切販売問題」西日本新聞2019年7月8日付)。

この点、保険業法は営業職員等の保険募集上の禁止行為の一つとして、虚偽説明の禁止を規定しています(保険業法300条1項1号前段)。すなわち、営業職員等が、「保険契約者又は被保険者に対して、虚偽のことを告げる行為」が禁止されています。

この保険業法300条1項1号違反の者に対しては、1年以下の懲役もしくは100万円以下の罰金が科されます(保険業法317条の2第7号)。また、当該違反者は、保険募集人の登録の取消などの行政処分が科されます。さらに、この違反は不祥事件に該当するので、かんぽ生命および日本郵便は総務省および金融庁に対して不祥事件報告書を会社が事実を知ったときから30日以内に提出しなければなりません(保険業法127条)。

4.意向把握義務
現在の一部改正された保険業法は平成28年4月から施行されました。そして、この改正は、金融庁「保険商品・サービスの提供等の在り方に関するワーキング・グループ」での議論を踏まえて作成された報告書「新しい保険商品・サービス及び募集ルールのあり方について」をベースとしています。

同報告書は、「国民が自身のニーズに合った保険を選択し、それぞれが備えるべきリスクに的確に対応することができるためには、保険会社・保険募集人が顧客のニーズを的確に把握し、そのニーズに合った保険商品を勧めるとともに、その保険商品の内容等を適切に説明し顧客が内容について理解・納得をした上で当該保険に加入することが望ましい。」としています。

つまり、従来からの保険会社や営業職員などによる顧客への保険の押し売り販売ではなく、保険に加入しようとしている顧客の意思やニーズを主役とした保険商品の販売という基本的な方針が掲げられているのです。この方針に基づいて、平成28年の保険業法改正においては、営業職員等が顧客に初めてアクセスした段階から、営業職員に顧客のニーズなどを把握させる意向把握義務などが新設されました(保険業法294条の2)。

ひるがえってかんぽ生命・日本郵便の今回の不祥事をみると、乗換契約はゼロからの新規契約に比べて楽だからその分野で営業ノルマ達成や募集手当アップを図るという営業職員側の都合により、既存契約を持つ顧客の意向などどうでもよいと、強引に転換契約が繰り返されたように思われます。これは押し付け営業ではなく顧客のニーズを主役としようとする平成28年の保険業法改正の趣旨に明らかに反しています。

挙句に営業職員の手当の出方がよいからと乗換契約をさせられた顧客に対して6か月分も二重で保険料を支払わせる行為などは、金銭を扱う金融機関としてはあってはならないモラルハザードです。

とくに、強引に顧客に乗換契約をさせたのに新契約の引受審査で健康上の理由で新契約が謝絶となってしまうというケースは、顧客あるいはその遺族に万が一の際の保障を提供することを社会的使命とする生命保険会社としては最悪の、あってはならない不祥事です。そのようなケースが少なくとも1万8千件も発生していることには、正直怒りを感じます。2万2千件も「無保険状態」を発生させていたことも同様です。

このような不自然な数字を前に、かんぽ生命の引受審査部門・保険金支払査定部門や事務企画部門は、経営陣に疑問の声などを上げることはできなかったのでしょうか。かんぽ生命や日本郵便などの社内には内部告発制度(公益通報者保護制度)などは存在しないのでしょうか。

かんぽ生命および日本郵便の経営陣や募集管理統括部門、法務・コンプライアンス部門、内部監査部門は、今一度、平成28年の保険業法改正の趣旨を一から勉強すべきなのではないでしょうか。

5.保険会社の体制整備義務・保険代理店の体制整備義務
(1)保険会社の体制整備義務
上でみたように、保険業法は300条、307条などにおいて、主に営業職員等が保険募集上行ってはならない行為を禁止規範として規定しています。しかしそれだけでなく、同法は100条の2において、保険会社が保険募集において遵守すべき規範を規定しています。これが保険会社全体の体制整備義務(業務運営に関する措置)です。

この保険会社の体制義務は、主に、つぎの3点を確保するための措置です。
①業務に係る重要事項の顧客への説明
②業務に関して取得した顧客に関する情報の適正な取扱
③業務を第三者に委託する場合における当該業務の的確な遂行

そして保険業法施行規則53条の7などがより詳細な規定を置いていますが、今回のかんぽ生命の事件では、情報提供義務に関する体制整備義務につき詳細を規定した監督指針Ⅱ-4-2-2(2)⑩、および、意向把握義務に関する体制整備義務につき詳細を規定した監督指針Ⅱ-4-2-2(3)④のそれぞれが問題となると思われます。

また、「業務を第三者に委託する場合における当該業務の的確な遂行」については、保険業法施行規則53条の11が詳細な規定を置いていますが、そのなかには、「当該業務の委託を受けた者における当該業務の実施状況を、定期的に又は必要に応じて確認すること等により、受託者が当該業務を的確に遂行しているかを検証し、必要に応じて改善させる等、受託者に対する必要かつ適切な監督等を行うための措置」が含まれています(施行規則53条の11第2号)。

(2)保険代理店の体制整備義務
大型乗合代理店の出現などにより、平成28年の保険業法改正において、保険代理店に対しても保険会社と同様の体制整備義務が課せられました(保険業法294条の3)。この保険代理店の体制整備義務は上の①から③までは同様です。

(3)不祥事の規模
この点、今回のかんぽ生命および日本郵便の不祥事においては、不正な乗換契約が過去5年間に約2万3900件発覚し、乗換契約で保険料を不正に二重払いさせていた事例が2016年4月から約2万2000件発覚し、顧客に不利益を与えた契約が約10万件にのぼるというのです。

不正な乗換契約を年ベースにすると、1年間におよそ5000件の新契約が不正な乗換契約により水増しされていたことになります。

1年におよそ5000件の乗換契約に関する不祥事が一つの生命保険会社とその傘下の代理店で発生してきたということは、大変な異常事態です。

かんぽ生命のディスクロージャー資料によると、同社の1年間の新契約の件数の合計は約173万件(18年3月期)であり、およそ1000件に2件の新契約が不正であったことになります。

また、顧客に不利益を与えた契約が約10万件とのことですが、これもディスクロージャー資料によると、かんぽ生命の保有契約件数は約2900万件とのことであり、かんぽ生命の全保有契約のうち、およそ1000件に3件の不正があったことになります。

近年の生命保険業界における不祥事を振り返ると、平成17年頃に大きな社会問題となった、「保険金の不払い問題」においては、明治安田生命が保険金支払において保険約款の「詐欺無効」条項を濫用し、1053件の不正な保険金不払を行ったとして金融庁から業務停止命令・業務改善命令の発出を受けています。過去の保険業界の不祥事の規模と比較しても、かんぽ生命および日本郵便の今回の不祥事は大規模であり悪質です。

このように、全国2万5千か所の日本郵便の郵便局では、少なくとも過去5年以上にわたり顧客への意向把握義務が尽くされておらず、情報提供義務も果たされておらず、本社部門による全国の郵便局の監督は不十分であり、日本郵便の保険代理店の体制整備義務は尽くされていませんでした。

そして、日本郵便に保険募集を委託しているかんぽ生命は、日本郵便の全国の郵便局を監督し、必要に応じて臨検するなどの措置を講じておらず、かんぽ生命も保険会社の体制整備義務を尽くしていません。

今回の日本郵政の不祥事は、上でみた「保険金の不払い問題」を上回る大規模・悪質な不祥事であるように思われます。金融庁および総務省からかんぽ生命・日本郵便に対して、業務停止命令・業務改善命令(保険業法132条)などの厳しい処分が発出されるのではないかと予想されます。

■追記
7月30日の日経新聞などの報道によると、かんぽ生命は顧客に不利益を与えた過去5年間の保険契約の件数を約10万件から18万3千件に修正したとのことです。

・かんぽ、不適切契約の疑い18.3万件に倍増 過去5年分|日経新聞

うえでもふれたとおり、10万件、18万件の不正という数字は、食品や自動車などのメーカー業界のものとしてはままあると思われますが、保険業界、金融業界の不祥事としては空前の、最悪レベルの事故であると思われます。かんぽ生命、日本郵便、日本郵政の経営陣の経営責任が厳しく追及されることは必至です。

あるいは、金融庁および総務省は、従来より郵政民営化により日本郵政グループにおける銀行・保険の業務範囲を徐々に「規制緩和」しつつありましたが、今回発覚したこの不祥事により、その流れは逆転するかもしれません。

■参考文献
・中原健夫・山本啓太・関秀忠・岡本大毅『保険業務のコンプライアンス  第3版』156頁、160頁
・錦野裕宗・稲田行祐『三訂版 保険業法の読み方』65頁







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