なか2656のblog

とある会社の社員が、法律などをできるだけわかりやすく書いたブログです

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1.老人ホームなどで施設職員が入居者に「誕生日おめでとうございます」と声を掛けることは許されない?
5月20日付でYahoo!ニュースに、「「誕生日おめでとうございます」は禁止? 過剰な「高齢者の個人情報保護」がもたらすデメリット|オトナンサー」という興味深い記事が掲載されていました。この記事によると、個人情報保護法を遵守する目的で、施設職員が入居者に「誕生日おめでとうございます」と声を掛けるのを禁じている高齢者住宅や高齢者施設があるとのことです。これはいわゆる「個人情報保護法の過剰反応」と呼ばれる問題ですが、これはなかなかまずい問題だなと思いました。

2.個人情報保護委員会・厚労省の個人情報保護法ガイドラインQA
この点、例えば個人情報保護委員会(PPC)の個人情報保護法ガイドラインQA1-35を見ると、「Q1-35 障害福祉サービス事業者等において個人情報を取り扱う際に、留意すべきことはありますか。 」というQに対して、「施設利用者の特性に応じて、個人情報の取扱いについて分かりやすい説明を行うことが望ましい」等の趣旨のAが解説されているだけで、別に福祉施設等に対して一律に利用者本人の氏名・生年月日などを声にだすことを禁止する等のことは記載されていません。

QA1-35
(PPCの個人情報保護法ガイドラインQA1-35より)

あるいは個人情報保護委員会・厚労省の「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」 に関するQ&A(事例集)」の各論3-10は、「外来患者を氏名で呼び出したり、病室における入院患者の氏名を掲示したりする場合の留意点は何ですか。(後略)」というQに対して、「患者から、他の患者に聞こえるような氏名による呼び出しをやめて欲しい旨の要望があった場合には、医療機関は、誠実に対応する必要がある」とのAを解説していますが、一律に氏名で呼び出すことは禁止などとはしていません。

3-10
(医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンスQA各論3-10より)

このように個人情報保護委員会や厚労省のQAを見てみると、やはり冒頭の記事にあった、施設職員が入居者に「誕生日おめでとうございます」と声を掛けるのを禁じている高齢者住宅や高齢者施設があるということは過剰な対応であり、望ましくないと思われます。

3.個人情報保護法の立法目的
なお、個人情報保護法の立法目的については日本の多数説的な見解は自己情報コントロール権としますが、その伝統的な見解は、その立法目的の核心部分は個人の思想・信条や内心などが保護されるべきものであると考えています。この考え方からは老人ホームなどの福祉施設や医療機関などで誕生日や氏名などを呼ぶことは一律禁止にすることは「個人情報保護法の過剰反応」であり的外れであると思われます。

あるいは、産業技術総合研究所主任研究員の高木浩光先生などは近年、個人情報保護法の立法目的はAIやコンピュータの「個人データによる人間の選別」の防止であるとの見解(つまり個人情報保護法が真に保護しようとしているのは「個人」であって、「氏名・住所・生年月日」などの個人情報ではない)を主張されておられますが、この見解にたてば、福祉施設や医療機関などで利用者本人の氏名や誕生日などを声に出すことを一律に禁止することなどは、これも完全に的外れになると思われます。

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1.はじめに
山口県阿武町の4630万円誤振込事件について、山口地裁で2月28日に電子計算機使用詐欺罪で懲役3年、執行猶予5年とする有罪判決が被告人に出されました(山口地裁令和5年2月28日判決)。この判決について、被告人代理人弁護士の山田大介先生が法律事務所サイトで判決文を公開されていたため読んでみました(「電子計算機使用詐欺被告事件(いわゆる4630万円誤送金事件)判決について」|山田大介法律事務所)。結論からいうと、私はこの判決に反対です。

■追記(2023年3月14日)
裁判所ウェブサイトに本判決が掲載されていました。
・山口地裁第3部 令和5年2月28日判決 令和4(わ)69 電子計算機使用詐欺被告事件|裁判所

■前回のブログ記事
・山口県阿武町の4630万円誤振込事件は電子計算機使用詐欺罪が成立するのか考えた

2.事実の概要
2022年4月8日、山口県阿武町は住民税非課税世帯等に対する臨時特別給付金として誤って4630万円を被告人XのA銀行の普通預金口座(X口座)に振り込んだ。Xはこの金銭をオンラインカジノサービスに利用しようとし、合計約4300万円を決済代行業者のB銀行口座等に振込んだ。

(その後、決済代行業者は約4300万円を阿武町に返金し、阿武町は300万円を法的に回収した。さらに民事訴訟においてXは解決金350万円を阿武町に支払うことで和解が成立した。)

加えて阿武町がXを刑事告訴したのが本件訴訟である。裁判において検察側はXには電子計算機使用詐欺罪が成立すると主張したため、同罪の成立の有無が争点となった。

3.判決の要旨
『2 関係証拠によれば、阿武町職員が、令和4年4月8日に本件誤振込金をX口座に振り込んだ事実が認められるところ、最高裁第二小法廷平成8年4月26日判決(以下、「平成8年判例」という。)を前提とすると、この時点で、XとA銀行との間に本件誤振込金相当額の普通預金契約が成立し、XがA銀行に対し本件誤振込金相当額の預金債権を有していたものと認めることができる。

3 検察官は、このようなXとA銀行との権利関係を踏まえ、最高裁第二小法廷平成15年3月12日決定(以下、「平成15年判決」という。)を引用し、XにはA銀行に対し誤った振込みがあることを告知すべき義務(以下、これを単に「告知義務」という。)があり、Xはこれに違反して本件送金行為等に及んでいるのであるから、本件送金行為等は正当な権利行使ではない旨主張している。裁判所は、この検察官の主張は、…結論においては正当なものと考えた。以下、理由を述べる。

(1)Xに告知義務があるかについて
(略)しかし、平成15年判例は、誤って受取人口座に金銭が振り込まれた場合、これを知った被仕向銀行が、自行の口座入金手続に過誤がないかを調査し、さらに、仕向銀行及び仕向銀行を通じて振込依頼人に照会するなどした上、組戻しの手続を採るというのが銀行実務(以下、「調査等手続」という。)であることを前提として、誤って受取人口座に金銭が振り込まれた場合に、関係者間での無用な紛争の発生を防いだり、あるいは、被仕向銀行が振込依頼人と受取人との間の紛争等に巻き込まれないようにすることで振込送金制度の円滑な運用を維持するために、被仕向銀行に調査等手続を採る利益を認めるとともに、その利益を実質的なものとするために、受取人口座に誤った振込みがあったことを受取人が知った場合には、信義則に基づき受取人に被仕向銀行に対する告知義務を課することを内容としているものである。…そうすると、被仕向銀行が受取人口座に誤った振込みがあることを既に知っていたとしてもなお、受取人には被仕向銀行に対する告知義務があるというべきである。…このことは被仕向銀行の窓口で取引する場合であろうと、インターネットを通じて電子計算機に情報を入力して取引する場合であろうと変わりはない。(略)

(2)告知義務に違反しているXが本件送金行為等を行うことは許されるか。
(略)告知義務に違反している受取人が、被仕向銀行が調査等手続を完了するまでの間に、…権利行使することを許せば、…平成15年判例の趣旨を没却することになる。そうすると、…告知義務に違反している受取人が、誤って受取人口座に振り込まれた金銭分の預金について権利行使をすることは、信義則に基づき許されないというべきである。(略)

4 一方、本件送金行為等の際、Xがインターネットに接続した携帯電話機に、本件送金行為等に関する情報を入力している(以下、「本件各入力行為」という。)ことは明らかである。そして、本件各入力行為によって入力された情報は、Xが直接入力したX口座の情報等だけでなく、その前提として、本件送金行為等が正当な権利行使であるという情報も含まれると解される。そうすると、本件送金行為等が正当な権利行使でないにもかかわらず、本件送金行為等が正当な権利行為であるという情報をA銀行の電子計算機に与えているのであるから、本件各入力行為は、電子計算機使用詐欺罪の「虚偽の情報を与えた」に該当する。そして、虚偽の情報を与えた結果、Xが判示のとおりのオンラインカジノサービスを利用し得る地位を得ているのであるから、「財産上不法の利益を得た」にも該当する。
 以上のとおりであるから、判示各事実には、いずれも電子計算機使用詐欺罪が成立する。
(※下線、太字は筆者)

4.検討
本判決に反対

(1)本判決の概要
本判決はまず、誤振込の事案である最高裁第二小法廷平成8年4月26日判決(以下「平成8年判決」)が、誤振込があったとしても受取人には預金債権が有効に成立するとしていることをあげています。つぎに本判決は、これも誤振込の事案である最高裁第二小法廷平成15年3月12日決定(以下「平成15年決定」)が、銀行には誤振込があった場合の組戻し制度があり、そのための確認・照会の業務の必要性があるので、受取人には誤振込があったことを銀行に告知する信義則上の義務(告知義務)があるとしています。(ただし平成15年決定の事案は、誤振込を受けた受取人が銀行窓口の職員から金銭の払出しを受けた事案であり、つまり銀行員という人間をだました事案であり、詐欺罪(刑法246条)が成立した事案です。)

その上で、本判決は平成15年決定の受取人の信義則上の告知義務を強調し、本件で争点となっている電子計算機使用詐欺罪(刑法246条の2)の条文が「虚偽の情報」を電子計算機に入力することが犯罪の構成要件であると規定しているところ、「本件各入力行為によって入力された情報は、Xが直接入力したX口座の情報等だけでなく、その前提として、本件送金行為等が正当な権利行使であるという情報も含まれると解される。」としています。

そして本判決は「本件送金行為等が正当な権利行使でないにもかかわらず、本件送金行為等が正当な権利行使であるという情報をA銀行の電子計算機に与え」たことは電子計算機使用詐欺罪の「虚偽の情報」を与えたことに該当するとして、同罪の成立を認めています。

(2)本判決の検討
しかし、電子計算機使用詐欺罪の条文上の構成要件は「虚偽の情報」を与えて財産上不法の利益を得る犯罪であるところ、この「虚偽の情報」とは架空入金などの事例のように、入金・振込の事実がまったく存在しない実態を伴わない情報のことを指すとされています(西田典之「コンピューターの不正利用と財産犯」『ジュリスト』885号16頁、西田典之・橋爪隆補訂『刑法各論 第7版』235頁)。

この点、本件では阿武町から4630万円の誤振込はなされているのですから、平成8年判決に照らすと、Xには4630万円の預金債権が有効に成立しています。つまりこれは架空入金・架空振込ではないのですから電子計算機使用詐欺の「虚偽の情報」を与えたことにはなりません。

そもそも本判決が引用する平成15年決定の事案は、上でもふれたように、誤振込を受けた受取人が銀行窓口で銀行員をだました事例であり、これは人間を「欺罔」し「錯誤」に陥れて「財産上不法の利益を得」ているので詐欺罪が成立した事例です。

しかし阿武町の本件は、インターネットバンキングで受取人のXは取引を行っており、人間をだましているわけではありません。つまり本判決は電子計算機使用詐欺を検討するにあたり、構成要件がまったく異なる一般の詐欺罪に関する平成15年決定を援用して検討を行っていることは、法令の解釈や判例の適用を誤っており間違っているといえます。そのため本件では電子計算機使用詐欺罪は成立しないと考えるべきです。

たしかに本件においては被告人のXの行為は道徳的にみて非常に悪い行為です。しかし民事裁判ではXは解決金を支払うことで和解が成立しています。罪刑法定主義(憲法31条)の観点からは、この上もしXに刑事罰を科すべきというのであれば、裁判所が刑法上、無理筋の強引な解釈をして有罪判決を下すのではなく、まずは国会で電子計算機使用詐欺罪について刑法を一部改正した上で処罰を行うべきと考えられます。(同様の裁判所の「先走り」的な行為は先般のCoinhive事件の高裁判決でもみられたところです。)

本件は被告人側が即日控訴したとのことであり、高裁あるいは最高裁の判断が注目されます。

■参考文献
・「電子計算機使用詐欺被告事件(いわゆる4630万円誤送金事件)判決について」|山田大介法律事務所
・西田典之・橋爪隆補訂『刑法各論 第7版』235頁
・西田典之「コンピューターの不正利用と財産犯」『ジュリスト』885号16頁
・鎮目征樹・西貝吉晃・北條孝佳・荒木泰貴・遠藤聡太・蔦大輔・津田麻紀子『情報刑法Ⅰ』254頁
・林幹人「誤振込みと詐欺罪の成否」『平成15年度重要判例解説』165頁
・園田寿「誤入金4630万円を使い込み それでも罪に問うのは極めて難しい」論座・朝日新聞2022年5月26日
・“4630万円誤振込事件”、「電子計算機使用詐欺」のままでは無罪|郷原信郎が斬る



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■追記(2023年4月4日)
Natsuko様(@Munekag)のTwitterの投稿によると、備前市がマイナンバーカードを取得した世帯のみに学校給食費を無償化する条例を制定した問題について、同市はその政策を撤回する方針とのことです。
【速報】備前市は給食費の無償化事業を今年度も行い、マイナンバーカード取得を要件とする施策を撤回しました!!よかった‼️明日記者会見らしいです。市民の声が届きました。
https://twitter.com/Munekag/status/1643133352881561600?t=x-IxeZcgycD2FEcAv660Hw&s=09

備前市
(以上、Natsuko様(@Munekag)のTwitterより)

・保育料など無償化「マイナカード取得が条件」撤回へ 岡山・備前市|毎日新聞

1.備前市が学校給食無償をマイナンバーカード取得世帯のみに
備前市が現在学校給食が無償であるところ、今後マイナンバーカードを取得した家庭のみに給食無償とする方針を明らかにし、ネット上で話題となっています。これに対して総務省は「自治体にそのようにするよう指示したことはない」とする一方で、河野太郎デジタル庁大臣は「そのような政策もありえる」と国会で回答しているようです。

・給食無償 マイナカード取得者のみ 備前市方針、保護者らに戸惑いも|山陽新聞
・給食費免除はマイナンバーカード取得世帯に限定 国会で賛否|NHK

このような国や自治体の政策の変更によるマイナンバーカードの事実上の強制をどのように考えるべきなのでしょうか。

2.なぜマイナンバー法16条の2はマイナンバーカードの取得を任意としているのか?
マイナンバー法16条の2第1項は、「機構(=地方公共団体情報システム機構)は、(略)住民基本台帳に記録されている者の申請に基づき、その者に係る個人番号カードを発行するものとする。」と規定しており、マイナンバーカード(個人番号カード)は国民本人が申請を行いそれに基づいて発行されると規定しており、マイナンバーカードの発行はあくまでも個人の任意であることを規定しています。

マイナンバー法
第16条の2 機構は、政令で定めるところにより、住民基本台帳に記録されている者の申請に基づき、その者に係る個人番号カードを発行するものとする。
(略)

マイナンバーカードはマイナンバーが記載されているだけでなく、ICチップ部分に公的個人認証サービスの電子証明書(署名用電子証明書と利用者署名用電子証明書)があり、この電子証明書によりe-TAXやマイナポータルや民間企業によるネットショッピング等による利用ができるようになっています。またICチップの空き領域は、行政機関や自治体が図書館利用カードや公共施設予約などに利用できることとなっています。

マイナンバーカードの図
総務省「個人番号カードの普及・利活用について」3頁より)

この点、元内閣官房社会保障改革担当室参事官補佐でマイナンバー法の立案担当者の水町雅子先生の『逐条解説マイナンバー法』258頁以下は、このようにマイナンバーカードはメリットとして、その普及を目指して利便性の向上のために多目的カード化のさまざまな政策が検討されている一方で、「カードや番号が幅広く多目的化すると、万一、カードや番号が悪用された場合に、さまざまな情報を名寄せ盗用される危険性があるなど、プライバシー権を始めとする個人の権利利益の侵害のおそれが高い。」というデメリットがあると解説しています。

そのため同書は、「個人にとっては、(略)自らが個人番号カードを持つのか持たないのか選択し、また個人番号カードの機能について選び取るという意識が必要」であると解説しています。 この点は、日本が中国などとは異なり、自由な民主主義国家であることに照らせば(憲法前文第1段落、1条)、国や自治体が強制するのではなく、国民個人が自由意思により判断することは当然のことと思われます。

そして同書は、「また政府が政策判断するに当たっては、国民利便性の向上、個人番号カードの可能性のみを検討するのではなく、多目的化を脅威と感じる国民の素朴な感情を受け、国民が個人番号カードを選択するかどうか、どの機能を選択するかどうか、自身で十分な情報を得た後に選び取れるような周知が必要である」と解説しています。

つまり、マイナンバーカードは国民一人一人が自らが個人番号カードを持つのか持たないのか選択し、また個人番号カードの機能について選び取るものであり、そのためにマイナンバー法16条の2はマイナンバーカードの発行を任意としているのであって、政府や自治体は、「政策判断するに当たっては、国民利便性の向上、個人番号カードの可能性のみを検討するのではなく、多目的化を脅威と感じる国民の感情を受け、国民が個人番号カードを選択するかどうか、どの機能を選択するかどうか、自身で十分な情報を得た後に選び取れるよう」にする必要があるのです。

したがって、備前市がマイナンバーカードの取得を住民に事実上強制し普及を促すために、学校給食費無償はマイナンバーカードを取得した世帯だけに限るとの政策は、マイナンバー法16条の2がマイナンバーカードの取得は任意であると規定している趣旨・目的に反しています。

(同様に、国はマイナンバーカードの取得を国民に事実上強制するために、紙の健康保険証を廃止し健康保険証をマイナンバーカード化する政策を推進していますが、これもマイナンバー法16条の2に違反しているものと言えます。)

3.個人情報と本人の同意
また、マイナンバー法はマイナンバーに関しては同法9条で個人情報の利用目的を税・社会保障・災害対策の3つに関連するもののみに限定列挙して法定しています。

一方、マイナンバーカードのICチップ部分の電子証明書や空き領域を利用して取扱われる個人情報は同法9条などには利用目的を法定されていないので、これらの個人情報については個別の国民の本人の同意によって、目的外利用や第三者提供などが有効なものとなります(個人情報保護法18条1項、27条1項)。

この意味でも、マイナンバーカードの取得は国民個人の任意による同意に基づきなされるべきであり、国や自治体が事実上の強制でマイナンバーカードを取得させることは、マイナンバー法の一般法である個人情報保護法18条、27条などとの関係でも妥当ではありません。

4.まとめ
このように、マイナンバーカードは国民が自らが個人番号カードを持つのか持たないのか選択しするものであり、そのためにマイナンバー法16条の2はマイナンバーカードの発行を任意としているのであり、政府や自治体は、「政策判断するに当たっては、国民利便性の向上、個人番号カードの可能性のみを検討するのではなく、多目的化を脅威と感じる国民の感情を受け、国民が個人番号カードを選択するかどうか、自身で十分な情報を得た後に選び取れるよう」にする必要があります。また備前市などの自治体や国が、国民にマイナンバーカードを事実上強制することは、個人情報保護法18条、27条の本人同意を没却するものでありこれも問題です。

したがって、備前市や国が国民・住民にマイナンバーカードを事実上強制するような政策を行うことは、マイナンバー法16条の2や個人情報保護法18条、27条などに反して違法なものといえます。

■追記・憲法26条2項・14条1項について(2023年2月24日)
憲法26条2項後段は「義務教育は、これを無償とする。」と規定しています。この「無償」を「教育に必要な部分」まで含むと解すると、給食費もこれに含まれることになります。

日本国憲法
第26条 すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
 すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。

第14条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

本件では備前市は教育費の無償の判断にマイナンバーカードを使って世帯の所得調査を行う等のことをしているわけではないので、マイナンバーカード取得の有無で学校給食費の無償の有無を判断することは憲法26条2項との関係でも違法ということになります。

また、備前市がマイナンバーカードを取得している世帯の児童にしか給食費無償を適用せず、マイナンバーカードを取得していない世帯の児童の給食費を有償とすることは、あらゆる差別を禁止する法の下の平等(憲法14条1項)と教育の機会均等を定める憲法26条1項に抵触しており違法なものと思われます。

※この憲法26条、14条の部分については、専修大学名誉教授の石村修先生(憲法学)にご教示をいただきました。石村先生誠にありがとうございました。

■追記(2023年3月18日)
47NEWSの「マイナカードないと給食費有料、市の方針に「違法性の疑い」指摘 岡山・備前市、人口超える反対署名」に、名古屋大大学院法学研究科の稲葉一将教授(行政法)のつぎのようなコメントが掲載されていました。

「条例案の『特に必要がある』か否かの法的基準は、給食費などの場合、教育基本法にのっとったものでなければならない。信条で差別してはならず、子どもの教育条件は同じようにするのが行政の責任だ。また、全国で無償化が広がる中であえて(条例案で定めた)有償が原則ならば、例外を認めることが教育の機会均等のために必要だという理由でなければ法的基準から逸脱する」

「学校給食の無償化は本来教育制度の中で行うべきもので、仮にマイナカード取得が無償化の目的達成のために必要な手段ならば、そのように説明すべきだ。しかし実際の目的はデジタル化の推進。目的である無償化と手段であるカード取得に対応関係がなければ、行政法上、問題になる。また、自治体が公金を支出して行う無償事業の対象者を恣意的に扱うことは、平等原則の観点から許されない。無償化する対象者を区別する場合には正当な理由が必要だが、給食無償化にはカードを使わなければならない理由はない。違法性が疑われ、住民監査請求などを起こされる可能性もある」

「自治体は国の出先機関ではない。住民の期待に応えるためには国から距離を置き、政策に問題点がないか確認しなければならないが、備前市はむしろ国のカード普及政策を国よりも一歩先んじて進めようとしていないか。その背景には地方財政の問題がある。自治体は国の政策の方針に沿って予算を勝ち取る競争に敏感にならざるを得ず、自治体間の財政調整と均衡を理念とする地方交付税法の趣旨も曲げられている」

■追記(2023年3月23日)
報道によると本日、備前市でマイナンバー関連の条例が可決したようです。
・備前市議会 マイナンバーカード関連条例すべて可決|NHKニュース

このNHKの記事によると、吉村武司・備前市長は「個人情報の漏えいなどまったく危惧はなく、何の問題もないと考えている」と主張しているそうですが、マイナンバーカードの任意性(マイナンバー法16条の2)や平等原則(憲法14条1項、26条1項)、個人の自己決定権(憲法13条)などは無視なのでしょうか?ずいぶん横暴な気がします。

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■関連する記事
・マイナンバー訴訟最高裁判決を読んでみたー最高裁第一小法廷令和5年3月9日判決
・マイナポータル利用規約と河野太郎・デジタル庁大臣の主張がひどい件(追記あり)
・デジタル庁「教育データ利活用ロードマップ」は個人情報保護法・憲法的に大丈夫なのか?
・スーパーシティ構想・デジタル田園都市構想はマイナンバー法・個人情報保護法や憲法から大丈夫なのか?



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マイナンバーカード
1.はじめに
マイナンバーカードに保険証を一体化すると政府が方針を打ち出すなど、最近、マイナンバー制度が話題ですが、今度はマイナポータルの利用規約の免責条項の部分がひどいとネット上で炎上ぎみとなっています。つまり、マイナポータル利用規約の免責条項が、何かあっても「国は一切の責任を負わない」と規定していることがひどいと話題になっているところ、本日(2022年10月29日)のネット記事(「情報流出しても責任負わず? マイナポータル「免責事項」に疑義続出 河野デジタル相の回答は?」ITmediaニュース)によると、河野太郎・デジタル庁大臣は「一般的な(IT企業のサービスの)利用規約と変わらない」と反論しているとのことです。そこで私もマイナポータルの利用規約を読んでみました。

2.マイナポータル利用規約3条と23条1項
すると、マイナポータル利用規約3条と23条1項はたしかに「国は一切の責任を負わない」との趣旨の規定していますが、これはいくらなんでも無理筋と思われます。

マイナ1
(マイナポータル利用規約3条)

マイナ2
(マイナポータル利用規約23条1項)

・マイナポータル利用規約|デジタル庁

3.定型約款
たしかに民間企業などの契約書や約款などの作成の実務においては、民法の一般原則として、「契約自由の原則」があるために、労働基準法などの強行法規に抵触しない限り、約款や契約書などは当事者が原則自由に作成し、それに基づいて契約などを締結することができます。このマイナポータル利用規約も約款の一つといえます。

しかし、近年改正された民法は定型約款の規定を新設して約款の取扱いを明確化しています(民法548条の2以下)。そして同548条の2第2項は消費者契約法10条に似た条文ですが、「相手方の権利を制限し、又は相手方の義務を加重する条項であって、その定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念に照らして第一条第二項(=信義則)に規定する基本原則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるものについては無効」と規定しています。

つまり、約款が有効であっても、その個別の約款条項が相手方の権利を制限し、又は相手方の義務を加重する条項であり、取引上の社会通念に照らして信義則に反して相手方の利益を一方的に害するような約款条項は無効なのです。そのため「何があっても一切の責任は負わない」という趣旨のこのマイナポータル利用規約3条、23条1項は法的に無効と評価される可能性が高く、無理筋といえます。

4.マイナンバー法・個人情報保護法
また、マイナンバー(個人番号)は行政が保有する国民個人の個人データを名寄せ・突合できる”究極のマスター・キー”ですので、マイナンバー法は国の責務として「国は…個人番号その他の特定個人情報の取扱いの適正を確保するために必要な措置を講」じなければならないと法的義務を規定しています(マイナンバー法4条1項)。

マイナンバー法(行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律)
(国の責務)
第4条 国は、前条に定める基本理念(以下「基本理念」という。)にのっとり、個人番号その他の特定個人情報の取扱いの適正を確保するために必要な措置を講ずるとともに、個人番号及び法人番号の利用を促進するための施策を実施するものとする。
(略)

5.ベネッセ個人情報漏洩事件
この点、マイナンバー法の一般法にあたる個人情報保護法は民間企業や行政機関等に個人データの滅失、棄損や漏洩などを防止するための安全管理措置を講じなければならないと法的義務を課しています(法23条)。

そして、2014年に発覚したベネッセ個人情報漏洩事件において被害者がベネッセに損害賠償請求を行った民事裁判では、最高裁はベネッセ側の安全管理措置が不十分であったことを認定し、審理を高裁に差戻し、大阪高裁はベネッセ側の損害賠償責任を認めています(最高裁平成29年10月23日判決)。

つまり、企業や行政機関等が安全管理措置などを怠った場合、損害賠償責任が発生することがあると最高裁は認めています。したがって、この判例からも、「何があっても一切の責任をデジタル庁は負わない」というこのマイナポータル利用規約3条、23条1項の免責条項はちょっと無理筋すぎます。

6.国家賠償法
なお、万が一マイナンバー制度で個人情報漏洩事故などが発生した場合には、被害者の国民はデジタル庁や国を相手取って国家賠償法に基づく損害賠償請求の訴訟を提起することになると思われます。

国家賠償法1条1項は「国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。」と規定しています。そのため万一国賠訴訟になった場合には、「一切の責任を負わない」というマイナポータル利用規約3条、23条はあまり意味がないように思われます。行政と民間企業の違いを河野大臣やデジタル庁の官僚たちが理解できているのか疑問です。

国家賠償法
第1条 国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。
(略)

7.まとめ
このブログではこれまで何回かデジタル庁に関して取り上げてきていますが、河野太郎大臣やデジタル庁の官僚の方々は、法律面があまり強くない方々ばかりなのでしょうか。国民の一人としては大いに心配になります。

個人情報保護法制の趣旨・目的は「個人情報の利活用」の面だけでなく「個人の権利利益の保護」と「個人の人格尊重」(個人情報保護法1条、3条)の面があるわけですので、デジタル庁の役職員の方々は、デジタル行政の企画立案や運営にあたっては、個人の個人情報やプライバシー権(憲法13条)の保護への十分な配慮もお願いしたいものです。

■追記(2022年11月24日)
本日の朝日新聞が本件を取り上げていますが、マイナンバー法の立案担当者の弁護士の水町雅子先生の「一般的に利用規約は、免責の範囲を広くとる記述に偏りやすい。規約への同意の有効性にも問題が残る。ただ、マイナポータルは、嫌なら使わなければいいという民間のサービスとは違う。よりわかりやすい説明が求められる。」とのコメントが掲載されています。

・マイナポータル、国は免責 「一切負わない」規約に批判も|朝日新聞

■追記(2022年11月30日)
神奈川新聞によると、河野太郎大臣はマイナポータル利用規約の免責規定の改定を行う方針を記者会見で公表したとのことです。

・マイナポータル規約 河野デジタル相が「修正指示」|神奈川新聞

■追記(2022年12月29日)
朝日新聞などによると、批判を受けて、デジタル庁はマイナポータルの利用規約を見直すことを表明したとのことです。

・マイナポータル「一切免責」改定 デジタル庁、規約へ「無責任」批判受け|朝日新聞

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■関連する記事
・保険証の廃止によるマイナンバーカードの事実上の強制を考えたーマイナンバー法16条の2(追記あり)
・デジタル庁「教育データ利活用ロードマップ」は個人情報保護法・憲法的に大丈夫なのか?
・スーパーシティ構想・デジタル田園都市構想はマイナンバー法・個人情報保護法や憲法から大丈夫なのか?
・デジタル庁のプライバシーポリシーが個人情報保護法的にいろいろとひどい件(追記あり)



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2022年10月13日に河野太郎・デジタル庁大臣が紙の保険証を廃止しマイナンバーカード(個人番号カード)に一本化する方針を示したことをが大きな賛否を呼んでいます。

マイナンバー(個人番号)は税・社会保障・災害対応の3つに利用目的が法定されており、それ以外に利用することは違法となります(法9条)。一方、マイナンバーカードは法9条にとらわれずに身分証明書に利用ができるほか、マイナンバーカードのICチップには①公的個人認証のための電子証明書と②空き領域があります。

マイナンバーカードの3つの利用箇所
総務省サイト「個人番号カードの普及・利活用について」3頁)

①公的個人認証のための電子証明書は、e-TAX、マイナポータルの他、総務大臣が認定した民間事業者の利用も想定されています。具体例としては、金融機関のインターネットバンキング、インターネットショッピングなどです。

また、②ICチップの空き領域は、国の機関は総務大臣の定めるところにより、市町村等は条例で定めるところにより利用できるとされており、具体例としては、印鑑証明書、住民票の写し等のコンビニ交付、証明書自動交付、図書館利用カード、公共施設予約、地域の買い物ポイントなどが想定されています。

さらに上述の総務省の資料9頁によると、政府与党は学歴・職歴なども②のICチップの空き容量に収集することを検討しているようです。(注:2021年に成立したデジタル関連法のなかのマイナンバー法改正では、医師・看護師などの国家資格を国がマイナンバーで一元管理するための法改正なども実施された。)

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(2021年のデジタル社会形成法案の概要。個人情報保護委員会サイトより)

このように「国民の利便性向上」という名目のために、マイナンバーカードは今後もますます多目的化・ワンカード化が推進されるものと思われます。

この点、マイナンバー法の立案担当者である弁護士の水町雅子先生は著書でつぎのように解説しておられます。

カードや番号が幅広く多目的化すると、万一、カードや番号が悪用された場合に、さまざまな情報を名寄せ、盗用される危険性があるなど、プライバシー権を始めとする個人の権利利益を侵害するおそれが高い。

個人番号カードの取得は義務制ではない。(=マイナンバー法16条の2)…個人にとっては…自らが個人番号カードを持つのか持たないのか選択し、また個人番号カードの機能について選び取るという意識が必要であると考える。また政府が政策判断をするにあたっては、国民の利便性の向上、個人番号カードの可能性のみを検討するのではなく、多目的化を脅威と感じる国民の感情を受け、国民が個人番号カードを選択するかどうか、どの機能を選択するかどうか、自身で十分な情報を得た後に選び取れるような周知が必要であると考える。
(水町雅子『逐条解説マイナンバー法』257頁~258頁より)

このようにマイナンバー法の立案担当者である水町先生は、「政府が政策判断をするにあたっては、国民の利便性の向上、個人番号カードの可能性のみを検討するのではなく、多目的化を脅威と感じる国民の感情を受け、国民が個人番号カードを選択するかどうか、どの機能を選択するかどうか、自身で十分な情報を得た後に選び取れるような周知が必要である」と解説しておられますが、今般の「マイナ保険証」による"マイナンバーカードの事実上の強制"を打ち出した河野大臣、岸田首相などの政府与党の方針は、マイナンバー法の定めるマイナンバーカード制度の趣旨・目的に大きく反すると考えられます。

日本は自由な民主主義国家であり(憲法前文、1条)、国家主義・全体主義の中国やロシアなどとは違うのですから、河野大臣、岸田首相や政府与党は今からでもマイナンバーカードの国民への強制という国家主義・全体主義的な政策を撤回すべきです。

■追記
なお、上でもふれたとおり、マイナンバー(個人番号)はマイナンバー法9条が限定列挙する税・社会保障・災害対策の3つの目的のために法9条を根拠として行政機関等が強制的に個人のマイナンバーを含む個人情報を利用することが可能となっている一方で、マイナンバーカードに紐付いた個人情報については法9条に縛られず行政機関や民間企業等が自由に個人の個人情報を利用可能となっているため、当該個人がマイナンバーカードを取得し利用すること、マイナンバーカードを利用するとしてどのような機能を利用するかについて、当該個人の本人の任意の判断(本人の同意)が必須となっています。マイナンバー法16条の2第1項、同17条1項が、マイナンバーカードの取得を国民個人の申請に基づく任意のものと明記しているのはその趣旨ともいえます。
マイナンバー法(行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律)

(個人番号カードの発行等)
第16条の2 機構は、政令で定めるところにより、住民基本台帳に記録されている者の申請に基づき、その者に係る個人番号カードを発行するものとする。
(略)

(個人番号カードの交付等)
第17条 市町村長は、政令で定めるところにより、当該市町村が備える住民基本台帳に記録されている者に対し、前条第一項の申請により、その者に係る個人番号カードを交付するものとする。この場合において、当該市町村長は、その者が本人であることを確認するための措置として政令で定める措置をとらなければならない。
(略)

このマイナンバー法16条の2第1項、17条1項の規定や趣旨からも、河野大臣、岸田首相の保険証のマイナンバーカードへの一体化による国民へのマイナンバーカードの事実上の強制は違法であるといえます。

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■参考文献
・水町雅子『逐条解説マイナンバー法』257頁~258頁
・黒田充『あれからどうなった?マイナンバーとマイナンバーカード』163頁、199頁
・総務省サイト「個人番号カードの普及・利活用について」

■関連する記事
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・スーパーシティ構想・デジタル田園都市構想はマイナンバー法・個人情報保護法や憲法から大丈夫なのか?-デジタル・ファシズム
・デジタル庁「教育データ利活用ロードマップ」は個人情報保護法・憲法的に大丈夫なのか?
・マイナンバー制度はプライバシー権の侵害にあたらないとされた裁判例を考えた(仙台高判令3・5・27)



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