なか2656のblog

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タグ:アメリカ合衆国憲法

アメリカ連邦議会占拠1
1.メルケル首相のツイッター社などへの「苦言」
1月11日のメディアの報道によると、ドイツのメルケル首相が、アメリカ連邦議会襲撃事件に関連し、ツイッター(Twitter)やFacebookなどのSNSがトランプ氏を永久追放としていることについて、「表現の自由はとても重要で、それを規制できるのは議会の立法だ。」としてツイッター(Twitter)社などの対応に「苦言」を呈したとのことです。これはとても考えさせる苦言です。

・トランプ氏追放は「問題」 独首相、ツイッターに苦言|時事ドットコム

一方、最近のニュースによると、グーグル・アップルだけでなく、アマゾンもクラウドサービスのAWSにおいて、トランプ氏支持者に支持されている保守系SNS「Parler(パーラー)」への締め出しを開始したそうです。さらに、ネット上の決済会社「Stripe(ストライプ)」によるトランプ派の締め出しも開始されたとのことです。事態はさながらGAFAなど巨大IT企業による"トランプ・パージ"の様相を呈しています。

・トランプ支持者集うSNS、Amazonがクラウド接続停止|日経新聞
・Stripe Stops Processing Payments for Trump Campaign Website|WSJ

もちろん、私はトランプ氏支持者達による米連邦議会襲撃というテロリズムを擁護するつもりはありません。しかし、メルケル首相の指摘があるように、問題はそう単純なものなのでしょうか?

2.表現の自由
王朝や独裁国家と異なり、民主主義国家では主権者たる国民が議会・国会の議員を通して自由闊達な議論を行えなければ国家の運営ができません。そして議員達がどのような言動をしたかをメディアなどが報道し表現することも、国民が議員や政党を支持あるいは批判する上で極めて重要です。つまり、表現の自由は、国民の自己実現にとって重要なだけでなく、民主主義にとっても非常に重要な自由(基本的人権)です。

3.憲法と民間企業
また、もともと憲法は、国家権力を縛り国民の権利(基本的人権)を守るための法(近代立憲主義の憲法)であり、ツイッター社やGAFAなどは国家の機関ではなく民間企業ですが、社会に影響を及ぼす法人・民間企業等についても、憲法の考え方・理念を民事法(日本では例えば民法90条)などの適用において間接的に及ぼすという考え方が広くとられています(間接適用説)。つまり、民間企業とはいえ、ツイッター社やGAFAなども憲法の射程外ではないのです。

*なお、トランプ氏のツイッター上のツイートと、それに対する他のユーザー・利用者のツイート(リプライ)は、いわゆる「パブリック・フォーラム」であるとして、トランプ氏が自身に批判的なユーザーの投稿をブロックする行為は違法・違憲であるとする判決が米連邦裁判所で複数出されています。

・トランプ大統領に対し三度目の「批判的なTwitterユーザーをブロックするのは違憲」との判決が下される|engadget

4.独仏と日米の憲法の構造の違い
ところで、憲法の構造・建付けからみると、独仏等の憲法が「闘う民主主義」を採用し「民主主義の敵には人権を認めない」との立場を取るのに対して、米日等の憲法はその立場はとっていません。米日などの憲法は、上でみたような、自由闊達な議論(表現)を重視する、伝統的な近代立憲主義の憲法です。憲法の構造からすれば、ドイツなどでは表現規制はやりやすく、米日ではやりにくいはずなのです。

アメリカ合衆国憲法修正1条
連邦議会は、国教を定めまたは自由な宗教活動を禁止する法律、言論または出版の自由を制限する法律、ならびに国民が平穏に集会する権利および苦痛の救済を求めて政府に請願する権利を制限する法律は、これを制定してはならない。

日本国憲法
第21条1項 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
2項 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

アメリカ合衆国憲法修正1条
(アメリカ合衆国憲法修正1条)

つまり、ドイツ等はナチズムの反省に立つ「ポスト近代憲法」であり、ドイツ基本法1章18条が、"民主主義に反する表現行為等の基本権(人権)を認めない"と明記した上で民衆扇動罪等の個別の立法がある建付けですが、日米等は表現を最大限尊重する伝統的な「近代憲法」である点が大きく違うのです。

ドイツ基本法
第18条(基本権の喪失)
意見表明の自由、とくに出版の自由(第5条1項)、教授の自由(第5条3項)、集会の自由(第8条)、結社の自由(第9条)、信書、郵便および電気通信の秘密(第10条)、所有権(第14条)または庇護権(第16条a)を、自由で民主的な基本秩序を攻撃するために濫用する者は、これらの基本権を喪失する。喪失とその程度は、連邦憲法裁判所によって宣言される。

ドイツ基本法18条
(ドイツ基本法1章18条)

日本に関していえば、戦前の日本は、体制翼賛制度のもと国家による言論弾圧、表現統制・思想統制などが広く行われ、軍部の暴走を止めることができなかったとの反省から、最大限、表現の自由を認める現行憲法ができあがったとされています。

5.まとめ
このようにそれぞれの憲法の建付けやその歴史的経緯を振り返ると、「闘う民主主義」をとるドイツのメルケル首相すら警鐘を鳴らすネット上の民間企業による表現規制を、アメリカ(や日本)が安易に許してよいのだろうかとの疑問が湧きます。

仮に許すとしても、それは民主主義国家における主権者たる国民の、議会での議論を経た上での立法を根拠として行われるべきではないのか?ツイッター社やGAFA等のIT系民間企業に任せてよい問題なのか?とのメルケル首相の主張は極めて正論であるように思われます。

表現の自由とは、民主主義国家における主権者の我われ国民の重要な権利です。民間企業の経営陣の営利的・恣意的な判断や、民間会社の利用規約などに委ねてしまった場合、その濫用によって、国民・市民の表現の自由が不当に阻害されたとき、その民主制に対する打撃は重大なものとなってしまうおそれがあるからです。これは少し大きくいえば、GAFAに対する、国家のネット上の「主権」あるいは「安全保障」に関する問題といえるかもしれません。

■関連するブログ記事
・アメリカ連邦議会にトランプ氏支持者の暴徒が侵入-大統領の罷免・弾劾

■参考文献
・辻村みよ子『比較憲法 新版』120頁、125頁
・樋口陽一・小林節『「憲法改正」の真実』90頁











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アメリカ連邦議会占拠1
(ロイターより)

2020年1月7日の各メディアの報道によると、1月6日にアメリカの連邦議会で昨年11月の大統領選の結果を認証する議事が行われていたところ、議事堂周辺に集まったトランプ大統領支持者の一部が暴徒化し、警備を破り建物内に侵入し、一時連邦議会は暴徒に占拠されたとのことです。これには驚いてしまいました。これは控えめに言っても、大統領選に敗れたトランプ氏とその支持者達による、クーデターか反乱の未遂のように思われます。

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(ロイターより)

これに先立ち、トランプ大統領は、「我々は負けを認めない。連邦議会に集まろう。」などと支持者に呼び掛けていたとのことです。

・トランプ支持者が議会占拠、銃撃で1人死亡 バイデン氏「反乱」と非難|ロイター

CNNによると、バージニア州は州兵を首都ワシントンに展開。この日の夜には、連邦議会の暴徒は排除されたようです。

その後、NHKなどの報道によると、ペンス副大統領らトランプ政権の閣僚達は、アメリカ合衆国憲法修正25条に基づく「大統領の職務遂行の不能」の手続きによりトランプ氏を罷免する手続きの検討に入ったとのことです。

・米連邦議会の混乱 オバマ前大統領がトランプ大統領を強く非難|NHK

アメリカ合衆国憲法修正25条
第4 項1号
副大統領、および行政各部の長または連邦議会が法律で定める他の機関の長のいずれか の過半数が、上院の臨時議長および下院議長に対し、大統領がその職務上の権限および義務を遂行できな い旨を書面で通告したときは、副大統領は、直ちに臨時大統領として、大統領職の権限および義務を遂行 するものとする。

同25条4項1号は、政権の閣僚の過半数が大統領が職務遂行の不能の状態にあると判断したときは、副大統領が連邦議会の上院および下院の議長に対して書面で通告することにより、大統領を罷免し、副大統領が大統領の職務を代行することができると規定しています。

具体的な事実はまだ明らかになっていませんが、もし本当にトランプ氏が大統領としての権力を保持し続けようとの目的で支持者達を扇動し、連邦議会に突入させ占拠したのだとしたら、これはクーデターや、反乱としかいいようがありません。「大統領が職務遂行の不能」の状態にあったと言わざるを得ないのではないでしょうか。

なお、同じくアメリカ合衆国憲法2章(大統領の権限)の4条は、大統領などの弾劾の手続きを定めており、大統領などは、反逆罪などで弾劾裁判で有罪判決を受けた場合は罷免されると規定しています。(弾劾裁判については第3条第3節。)

アメリカ合衆国憲法第2節
第4 条[弾劾]
大統領、副大統領および合衆国のすべての文官は、反逆罪、収賄罪その他の重大な罪または軽罪につき 弾劾の訴追を受け、有罪の判決を受けたときは、その職を解かれる。

合衆国憲法修正25条、あるいは合衆国憲法第2節第4条のいずれの手続きをとるにせよ、このままいくと、トランプ氏は大統領の職位を罷免されるということになりそうです。

■関連するブログ記事
・独・メルケル首相のツイッター社等のトランプ氏追放への「苦言」を考える-憲法の構造



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憲法 第七版

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