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1.香川県ネット・ゲーム依存症対策(規制)条例素案
社会的に大きな批判を集めている、香川県議会の、県の子どもをネット・ゲーム依存症から守るためにネット・ゲームに大幅な規制を行おうとする、「香川県ネット・ゲーム依存症対策条例素案」が、1月23日よりパブリックコメントが開始されています。(2月6日まで)

・香川県ネット・ゲーム依存症対策条例(仮称)素案(pdf)|香川県サイト

2.公権力の家庭への介入?
この香川県議会ネット・ゲーム依存症対策条例案(以下「本条例案」とする)、ざっと読んだだけでもなかなかすごいものがあります。

香川県親01
(香川県サイトより)
本条例案は、幼児を育てる保護者(親など)に対して、時間をとって幼児の親への「安定した愛着」を育む義務や屋外で遊ばせる努力義務を課しています(本条例案6条2項)。

また、本条例案は、保護者が子ども対してスマホ等の利用にあたって、フィルタリンソフトなどを設定し、子どものスマホ利用を管理することを法的義務としています(本条例案6条3項)。

わが国が自由主義国家である以上、子どもを含む個人がプライベートな私的領域における時間・場所に何をするかについては、本人の判断の判断にゆだねられるべきものです。親などの保護者が家庭内において子どもにどのような指導や教育を行うかについても、保護者の家族に関する自己決定権にゆだねられるべきものです(自己決定権・憲法13条)。国や自治体が法律や条例で介入するべきものとは思われません。

発育の途中であり判断能力が十分でない子どもに対して、国などが例えば、飲酒・喫煙などを一定の範囲で規制する「パターナリスティックな制約」という子どもの自己決定権への介入を行うことはあります。しかし、香川県の本条例案のように、子どもの年齢や社会的属性などをまったく考慮せず一律に「ゲームは1日60分、スマホは午後9時まで」と規制するやり方は、規制が一律かつ広範囲すぎるものであり、パターナリスティックな制約では説明がつかない違法・不当なものと思われます。

3.国・病院・IT企業・学校の協力義務
また、本条例案11条の事業者の責務の条文をみると、ゲームソフト会社・プロバイダ・キャリア・携帯代理店などの事業者に対して、子どもがゲーム依存症にならないようにする責務規定であるとか、あるいは、「エロ」・「暴力」表現を自主規制しろという表現の自由(憲法21条1項)を規制する内容の条文も盛り込まれています。香川県議会やりたい放題です。

香川県11条
(香川県サイトより)

香川県はゲーム依存症について正確な情報に基づいて指導・啓発してやるから子ども・保護者・学校は従えとの上から目線的な考え方も目につきます。病院・医療機関・ゲーム会社・IT企業・プロバイダ等は県への「協力義務」をおうとも強調されています。さらに、県や市に協力する「県民の義務」などの文言もあちこちに散見されます。加えて、「香川県は国に対して、ゲーム依存症対策のための立法措置や指針の制定を求める」という趣旨の条文も存在します。

香川県は国民・住民主権の自由主義・民主主義の国ではなく、戦前の日本のような国家主権国家なのでしょうか?

4.ネット依存症・ゲーム依存症とは-国立久里浜病院のネット依存症治療部門
そもそも、ゲーム依存症・ネット依存症などは新しい疾病ですが、香川県は正確な情報を持ったうえで本条例案を制定しようとしているのでしょうか。

この点、わが国の依存症治療の先駆的な拠点の一つである、国立久里浜病院(久里浜医療センター)のネット依存・オンラインゲーム依存に対応するインターネット依存症治療部門 (TIAR)のウェブサイトによると、ネット依存について、

「インターネットに過度に没入してしまうあまり、コンピューターや携帯が使用できないと何らかの情緒的苛立ちを感じること、また実生活における人間関係を煩わしく感じたり、通常の対人関係や日常生活の心身状態に弊害が生じているにも関わらず、インターネットに精神的に嗜癖してしまう状態」との定義が紹介されています。

・インターネット依存症治療部門 (TIAR)|久里浜医療センター

そして、同サイトはネット依存症・ゲーム依存症の治療について、「インターネット嗜癖そのものには確立された治療法はありません。また、重症の嗜癖の場合には、背景に躁鬱病や発達障害といった精神疾患がある場合や、実生活において人間関係上や経済上深刻な問題を抱えており、そこからの逃避の場合もあります。」と解説しています。

そして、同病院では、
ネット依存症・ゲーム依存症の患者に対して、

1.バトミントンや卓球などの運動、美術等、インターネットや機械を使用せず、みんなで行うゲーム
2.医師や看護師、栄養士、作業療法士等による睡眠、運動、栄養、依存、健康問題等についてのレクチャー
3.ネット依存を様々な角度から話し合う小ミーティング
4.希望者には、臨床心理士による対人関係に関する訓練

などの医療プログラムが提供されているそうです。

このように久里浜病院によると、ネット依存症・ゲーム依存症は、背景に躁鬱病や発達障害といった精神疾患がある場合や、実生活において人間関係上や経済上深刻な問題が背景となっている場合が多いのであり、同病院の治療は、スポーツで体を動かすトレーニングから、病気の授業、当事者のミーティング、心理的なカウンセリングなど多岐にわたっています。

それに対して、香川県の本条例案は、ネット・ゲーム依存症への対策として「子どもはゲーム60分、スマホは午後9時まで」と一律の禁止規定をおき、「屋外で遊ぶこと」を奨励するのみです。本条例案の目的・趣旨がネット・ゲーム依存症対策であるとしても、香川県議会がネット・ゲーム依存症に関する正しい知識・理解に基づいて条例案を作成しているとは思われません。

5.条例の限界-景表法・青少年ネット条例・憲法94条
1月27日付の「ねとらぼ」は、香川県の本条例案の作成者の一人である社民党系の高田よしのり議員の記事を掲載しています。

・香川のゲーム依存症対策条例、本当の狙いは「ガチャ規制」? 検討委員が「理解してもらえない。残念」とブログで語る|ねとらぼ

同記事によると、本条例案の真のねらい・目的は、スマホゲームのなかでもとくに「ガチャ規制」であるそうです。

しかし、本条例案には、「ガチャを規制する」などの文言は存在しません。とはいえ、かりに本当に本条例案の目的が「ガチャ規制」であるならば、すでに国がガチャ規制の条文を盛り込んでいる景品表示法と本条例案との関係が問題となります。

憲法は、「地方公共団体は、(略)法律の範囲内で条例を制定することができる。」(94条)と規定しており、この「法律の範囲内」の意味が問題となります。

この点について裁判所は、
『条例が国の法令に違反するかどうかは、両者の対象事項と規定文言を対比するのみでなく、それぞれの趣旨、目的、内容及び効果を比較し、両者の間に矛盾牴触があるかどうかによってこれを決しなければならない。

例えば、(略)両者が同一の目的に出たものであっても、国の法令が必ずしもその規定によつて全国的に一律に同一内容の規制を施す趣旨ではなく、それぞれの普通地方公共団体において、その地方の実情に応じて、別段の規制を施すことを容認する趣旨であると解されるときは、国の法令と条例との間にはなんらの矛盾牴触はな(い)』(徳島市公安条例事件・最高裁昭和50年9月10日判決)

と判断しています。

ここでガチャ規制に関する景表法2条・4条と同告示をみると、法規制の対象はあくまでもゲーム事業者であり、利用者・ユーザー側の子ども等は対象となっていません。これは、景表法はガチャを規制するにあたり、ゲーム会社など事業者側を規制すれば十分であり、利用者の子どもなど国民のゲーム時間など私的領域には踏み込むべきではないと考えたものと思われます。それに対して、香川県の本条例案は、ガチャ規制という目的のために、事業者への義務を課すと同時に利用者である子どもやその親にも私的領域に係る法的義務を課しており、これは「法律の範囲内」を超えるものであり、違憲・違法のおそれがあります(憲法94条)。

(なお、青少年ネット規制法も本条例案との関係で問題となると思われますが、青少年ネット規制法はネット上の有害な情報から子どもを守るために、主にフィルタリングを利用することを子ども等に奨励する法律であり、「ゲームは60分、スマホは午後9時まで」と子どもの権利利益を厳しく規制する本条例案は、この法律との関係でも「法律の範囲内」を踏み越えており、違法と考えられます。)

あるいは、私的領域のプライベートな時間・場所におけるネットやゲームという精神的活動や、親の子育ての在り方に自治体が規制を行うという本条例案は、県民の権利利益への規制というよりは、日本全体の全国民の基本的人権への公権力からの規制の在り方として検討が行われるべきです(憲法41条、芦部信喜『憲法[第6版]』371頁)。つまり、県議会で条例として審議するだけでは足りず、国会で慎重に審議を行い、必要であれば法律を作って対応すべきです。

香川県議会の本条例案の制定の動きは、非常に前のめりで軽率であるといえます。

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