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香川県ネット・ゲーム規制条例に関する訴訟の第3回目の口頭弁論が6月15日に高松地裁で行われたとのことです。

■関連記事
・香川県ネット・ゲーム依存症対策条例素案を法的に考えた-自己決定権・条例の限界・憲法94条・ゲーム規制条例

ところで、この第3回目の口頭弁論の毎日新聞の記事における、原告の住民側と被告の香川県との主張の争点に関する図がネット上で話題となっています。つまり、香川県側は何と、「幸福追求権は基本的人権ではない」と主張しているとのことです。
・ゲーム条例訴訟 「依存症は予防が必要」 原告主張に県反論 地裁口答弁論 /香川|毎日新聞

毎日新聞香川県ゲーム規制条例訴訟の図
(毎日新聞より)

この点、弁護士の足立昌聰先生(@MasatoshiAdachi)が、この訴訟の原告である、香川県の大学生のわたるさん(@n1U5E6Gw119ZjGI)経由で原告代理人の作花知志弁護士に照会したところ、わたるさんより「この毎日新聞の要約であってます。被告側第一準備書面82項に書いてあります。」との回答がTwitterであったとのことです。これには非常に驚いてしまいました。香川県や香川県側の弁護士は憲法13条の条文をみたことがないのでしょうか?

わたるさんのツイート
(わたる氏のTwitterより)
https://twitter.com/n1U5E6Gw119ZjGI/status/1405413264364687363


そもそも日本の憲法13条の条文はつぎのようになっています。

日本国憲法

第13条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
憲法13条の条文

この憲法13条の「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」「幸福追求権」です。

わが国の憲法は、14条以下に詳細な人権規定を置いていますが、これは歴史的に国家権力により侵害されることの多かった重要な権利・自由を列挙したものであって、すべての人権を網羅的に掲げるものではないとされています。

そして、社会の変化に伴い、人権として保護に値すると考えられるものは、「新しい人権」として憲法上保障される人権の一つであると考えられるようになっています。そしてこの「新しい人権」の根拠となる条文が憲法13条の幸福追求権です。

すなわち、幸福追求権とは、憲法に個別・具体的に列挙されていない「新しい人権」の根拠となる一般的かつ包括的な権利であり、この幸福追求権で基礎づけられる個々の「新しい人権」は、裁判上の救済を受けることができる具体的権利であると憲法の通説は解しています(芦部信喜・高橋和之補訂『憲法 第7版』120頁)

この憲法13条の幸福追求権により基礎づけられる「新しい人権」について、裁判例や学説が認める具体例は、プライバシー権や肖像権(東京地裁昭和39年9月28日判決・「宴のあと」事件、最高裁昭和44年12月24日・京都府学連事件など)、自らの家族のあり方や身じまい・身だしなみ等や自らの医療に関する自己決定権(最高裁平成12年2月29日・輸血拒否事件)などがあります。

また、個人の趣味・嗜好に関するものとしては、喫煙をする自由酒を造る自由を憲法13条の幸福追求権から認めた裁判例が存在します( 高松高裁昭和45年9月16日・監獄未決拘禁者喫煙訴訟、最高裁平成元年12月24日・どぶろく裁判事件)。

喫煙権やどぶろくなどのような酒を造る権利・自由すら幸福追求権(憲法13条)から裁判例・学説上、「新しい人権」として認められているのに、スマホやネット・ゲームをすることについて、「人権でない」という香川県側の弁護士の主張は法的に正しくないのではないでしょうか?

このように幸福追求権や「新しい人権」に関する裁判例や学説をみてみると、「幸福追求権は人権ではない」という、香川県および香川県側の弁護士の主張はさすがにちょっと法律論として無理があると思われます。

裁判における攻撃・防御のやり方、つまり裁判上の主張やそれに対する反論のやり方として、「「スマホやネット・ゲームをする権利は幸福追及権(憲法13条)から導き出される「新しい人権 」である余地があるとしても、いまだ憲法上保障される具体的な人権とはいえない」という主張・反論ならありだと思います。

しかし、「幸福追求権は基本的人権ではない」という主張はいろいろと端折りすぎであるというか、香川県のゲーム規制条例の代理人となっている弁護士の方は、本当に司法試験に合格しているのでしょうか?そのあたりからして心配になってきてしまいます。(あるいは「新しい人権」が憲法の教科書に載る前の、1960年代、70年代より前に司法試験に合格した弁護士の先生なのでしょうか・・・?)

(なお、西側の自由主義・民主主義諸国の「近代」は、18世紀のフランス革命やアメリカ独立戦争から始まったものですが、1776年のアメリカ独立宣言も国民の「生命、自由、および幸福の追求を含む不可侵の権利」を明記しており、日本の憲法もこの西側の近代立憲主義憲法の一つです。そのため、「幸福追求権は基本的人権ではない」という主張はやはりちょっと無理ではないでしょうか。)

そもそも、スマホやPCにより、ネット上に情報を発信し情報を受け取ることは、表現の自由(憲法21条1項)の保障の対象です。また、ゲームをする権利も上でみたように幸福追求権(13条)により保障される権利であると思われます。この点、日本も批准している「子どもの権利条約」(児童の権利条約)13条1項は、「あらゆる種類の情報及び考えを求め、受け及び伝える自由」として、表現の自由・情報の授受の自由を子どもは有していることを規定しています(荒牧重人『新基本法コンメンタール教育関係法』408頁)。

また子ども本人が、一日どのくらいスマホやゲームなどをするかどうか等は、これもライフスタイルに関する自己決定権(13条)に含まれるといえるのではないでしょうか。さらに、には子どもを教育したりしつけたりする権利としての自己決定権教育権があります(13条、26条)。香川県ゲーム条例はこれらの子どもおよび親の人権を侵害しているように思われます。

さらに、この「ゲームをする権利」「スマホやネットをする権利」や子供などの自己決定権に対して、例えば酒やタバコを未成年者に対して法律で禁止するなど、国などが子どもの心身の健全な成長のため必要最低限の制約を法律等で課すことは、「限定的なパターナリスティックな制約」(パターナリズム)として認められるものですが、香川県ゲーム規制条例のように「ゲームは1日1時間」との制限は、許容される必要最低限の限度を大きく超えており、やはり違法であると思われます(高橋和之『立憲主義と日本国憲法 第4版』122頁)。

(さらに最近のいわゆるヘイトスピーチに関する訴訟においては、裁判所はもともとは刑事手続きに関する憲法35条の「住居の不可侵」から、「住居における平穏な生活」の権利を導きだし、この権利に対する侵害を認めており、香川県ゲーム条例の公権力による家庭への介入は、この「住居の不可侵」(憲法35条)をも侵害しているのではないでしょうか(横浜地裁平成28年6月2日判決)。)

このように幸福追求権や「新しい人権」に関する裁判例や学説をみてみると、「幸福追求権は人権ではない」という、香川県および香川県側の弁護士の主張はさまざまな面で法的に正しくないといえます。

憲法や法律学、医学・科学、教育などに関する誤った知識や不正確な知識に基づいて、香川県の偉い人々がゲーム規制条例などの条例の制定や行政を行っていることは、国民・住民にとっては恐ろしいものがあります。香川県は、憲法・法令や医学・科学、教育などに関して正しい知識や理解に基づいて条例制定や行政を実施すべきです。

■参考文献
・芦部信喜・高橋和之補訂『憲法 第7版』120頁
・野中俊彦・中村睦男・高橋和之・高見勝利『憲法Ⅰ 第5版』270頁
・高橋和之『立憲主義と日本国憲法 第4版』122頁
・荒牧重人など『新基本法コンメンタール教育関係法』408頁

■関連する記事
・香川県ネット・ゲーム依存症対策条例素案を法的に考えた-自己決定権・条例の限界・憲法94条・ゲーム規制条例
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鬼ごっこの子ども
1.はじめに
最近、政府・与党が「子ども庁」を新設するとの報道が注目されています。 いたずらに官庁を増設することは、権限や法律などの細分化を招き、縦割り行政をさらに悪化させ、結局、子供・若者などを含む国民が困るように思われます。

また、3月に内閣府は、「子供・若者育成支援推進大綱(案)」を公表し、パブコメ手続きを行いましたが、同大綱は「子どもはネットやスマホ、ゲームでなく自然体験を」「家族助け合いの推進」「道徳教育の推進」等など、極めて保守的な思想に基づいた内容であることが大いに気になりました。(私自身も保守的な人間ですが、この大綱は限度を超えているように思われます。)

・子供・若者育成支援推進大綱(案)に対する意見募集について|内閣府

仮にもし政府・与党が、この「子供・若者育成支援推進大綱(案)」にあるような保守的思想を、子供・若者を中心とした国民に普及・教育する目的で「子ども庁」を設置するのだとしたら、それは国民一人ひとりがどのような考え方や道徳観を持つか、どのような職業につくのか、どのような家族観やライフスタイルを選択するのか等を個人の自由な自己決定に委ねている近代自由主義・民主主義のわが国の国のあり方を揺るがす深刻な問題であると思われます(憲法11条、13条、97条)。

内閣府のパブコメに対して私が提出した意見の一部は次のとおりです。

■関連するブログ記事
・内閣府のゲーム依存・フィルタリング等に関する「子供・若者育成支援推進大綱(案)」パブコメに意見を書いてみた(1)

2.「子供・若者自身や家族が、互いに他の子供・若者や家族を支え合う」(19頁)について
これは2012年の自民党の憲法改正草案24条「家族はお互いに助け合わなければならない」(家族助け合い義務)と同様の考え方なのだろうか。「家族は助け合おう」という事柄は道徳的には正しいとしても、わが国は個人の尊重と基本的人権の確立を国の目的とする近代民主主義国家である(憲法13条、11条、97条)。自分がどのような家族を持つか、誰と家族を形成するか、誰と同居するか等などのライフスタイルに関する事柄は、国民の個人個人の自己決定権に委ねられるところである(憲法13条)。「家族は助け合わなければならない」という考え方・ライフスタイルを国・内閣府が国民に強制することは、憲法に反し、近代立憲民主主義の観点から許されない。

また、仮にもし国・内閣府が、この家族助け合い義務的な考え方により、国民の病人・ケガ人・高齢者等への医療・介護などに関する社会保障の国の責任を放棄したいと考えているのであれば、それは憲法25条(社会権)の規定に違反している。
したがって、本大綱(案)のこの部分は全面的な取消・削除を求める。

3.「道徳教育」(23頁など)について
わが国は個人の尊重と基本的人権の確立を国の目的とする近代民主主義国家である(憲法13条、11条、97条)。自分がどのような思想・信条を持つか、日本の伝統文化にどのように接するか、どのような政党を支持するか、地域社会や国政にどのようなスタンスで参加するか、ボランティア活動等にどのように参加するのか、オリンピック活動に参加するのか否か、どのような仕事・職業を選択するのか、どのようなライフスタイルを選択するのか等などは、国民の個人個人の自由な意思決定や自己決定権に委ねられるところである(憲法13条)。特定の思想や政党、価値観、ライフスタイル等を国・内閣府が国民に強制することは、憲法に反し、近代民主主義の観点から許されない。

したがって、この「道徳教育」の政策・考え方については憲法の理念に適合するように全面的な見直しを求める。

4.「被害防止等のための教育・啓発」(28頁)について
青少年が社会で生活するなかで各種の被害にあわないために、あるいはわが国の主権者として生活するために、憲法・民法・刑法などの法律の基礎を中学・高校の段階で教えるべきではないか。また、IT社会・デジタル社会がますます進展するなか、加害者にも被害者にもさせないために、青少年に個人情報保護法制や情報セキュリティの基礎を学校で教育すべきではないか。さらに青少年が実社会で生活してゆくための必須の知識として、健康保険・公的年金の仕組み・生命保険・損害保険・預金・投資信託・iDeCo・NISA・ライフプランニングなどお金やファイナンシャル・プランニング(FP)に関する基礎を学校で教育すべきではないか。

5.「テレワークの推進」(19頁)について
「家族で過ごす時間や子供と向き合う時間の確保」などのためにテレワーク等を推進するとあるところ、内閣府の大臣や官僚の方々は、テレワークで親が家にいさえすれば仕事と家事を同時にできるとお考えなのであろうか。子供の世話などの家事をやる時間は親は仕事はできないし、逆もまたしかりである。テレワークで親の一日24時間の時間が増えるわけではない。もう少し地に足のついた現実的な思考での政策の企画立案を求める。

6.「労働者の権利保護」(28頁)について
労働法等の法令の知識を青少年に教えるだけでなく、都道府県労働局・労働基準監督署・ハローワークなどの関係機関の労働者保護のための法的権限強化や相互連携の強化などが必要なのではないか。とくにパワハラ・セクハラなどは個別紛争解決法に基づき、使用者側と労働者側との和解的解決を図るスキームとなっているが、和解ではなく、労働局・労基署等がパワハラ・セクハラの加害者・使用者に対して行政処分・行政指導などを行い、積極的に青少年などの被害者従業員を救済し、職場のパワハラ・セクハラを撲滅できるように、立法的手当を含めた対応を行うべきではないか。

7.「困難を有する子供・若者やその家族の支援」(16頁、17頁)および「障害等のある子供・若者の支援」(32頁)について
(1)憲法26条1項は「すべて国民は、等しく教育を受ける権利を有する」と定め、教育基本法4条1項は「すべて国民は、ひとしく、その能力に応じた教育を受ける機会を与えられなければならず、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によって、教育上差別されない。」と規定されており、障害者などが差別を受けずに「自分も他の生徒達と同じベースで同じ教育を受ける権利」を憲法26条、14条、教育基本法4条上有していることは近年の裁判例で認められている(神戸地裁平成4年3月13日判決・市立尼崎高校事件、徳島地裁平成17年6月7日判決、奈良地裁平成21年6月26日判決、東京地裁平成18年1月25日判決)。

したがって、障害者等が自分も他の生徒と同じ一般の学校・学級で同じ教育を受けることを望んだにもかかわらず、国・自治体・学校などがそれを拒むことは、憲法26条、14条、教育基本法4条などに抵触する違法・違憲なものであるとの認識であるが、この認識で間違いがないことを確認したい。

(2)障害者の子ども・若者に対して、「障害者権利条約の理念に基づき、特別支援学級などの施策を推進する」とのことであるが、障害者の差別禁止、社会への完全かつ効果的な参加及び包容などの障害者権利条約の理念やインクルーシブ教育の理念に立つのなら、特別支援学級などに障害者を隔離するのではなく、障害者を一般の学校に統合して教育を行う政策を推進すべきではないか。

8.「子供・若者育成支援におけるAI 等のデジタル技術やデータの活用(Child-Youth Tech:チャイルド・ユース・テック)を推進」(20頁)について
文科省は小中学生の成績などの教育データを国が収集し、AIなどにより分析して利用するEduTechの「公正に個別最適化された学び」「教育の個別化」の方針を示しているが、成績や内申書などは生徒の個人情報・データであり、また内心の自由(憲法19条)にも関連するプライバシー権(13条)に属する情報である。思想・信条や社会的差別の原因となる情報も多く含まれると考えられ、そのような個人情報の収集や利用には、個人情報保護法制などに準拠した慎重な運営が必要になる。

また、2018年にアマゾン(Amazon)の採用選考に関するAIが女性差別を行っていたことが発覚したように、EduTechに関するAIやプログラムに社会的差別などの不具合が発生しないような取り組みが必要となる。

さらに、憲法26条1項は「すべて国民は…等しく教育を受ける権利を有する」と定め、教育基本法4条1項は「すべて国民は、ひとしく、その能力に応じた教育を受ける機会を与えられなければならず、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によって、教育上差別されない。」と規定されており、障害者などが「自分も他の生徒達と同じベースで同じ教育を受ける権利」を憲法26条、教育基本法4条上有していることは近年の裁判例で認められている(神戸地裁平成4年3月13日判決・市立尼崎高校事件、徳島地裁平成17年6月7日判決、奈良地裁平成21年6月26日判決、東京地裁平成18年1月25日判決)。

したがって、国・文科省がAI 等のデジタル技術やデータの活用による「公正に個別最適化された学び」「教育の個別化」政策において、障害者や成績がよくない生徒が自分も他の生徒と同じ一般の学校・学級で同じ教育を受けることを望んだにもかかわらず、国・文科省・自治体・学校などがそれを拒むことは、憲法26条、教育基本法4条などに抵触する違法・違憲なものであるとの認識であるが、この認識で間違いがないか確認したい。

9.「障害等のある子供・若者の支援」(32頁)、「ニート・ひきこもり・不登校の子供・若者の支援等」(31頁)について
日本の民間企業には、就職または転職の際に「履歴書・職務経歴書上のブランク」が存在する人間についてはそれだけで採用しないという人事・労務上の慣行がある。学校を卒業し企業に就職したものの、うつ病などの精神疾患に罹患した人間などが病院・就労移行支援施設などに通院・通所して病気から回復し、障害者雇用で再就職活動をする際に、この「履歴書・職務経歴書上のブランク」という壁が、障害者雇用で再就職をめざす精神障害者等の再就職を大きく阻んでいる。このことは、ニート・ひきこもり・不登校の子供・若者においても同様である。

したがって、障害等のある青少年、ニート・ひきこもり・不登校の青少年の就職・再就職を促進する観点から、「履歴書・職務経歴書上のブランクがある人間は採用しない」という慣行を止めるように、内閣府・厚労省などの国は民間企業などに助言・指導あるいは立法措置(職業安定法の改正など)を行うべきである。

■関連するブログ記事
・内閣府のゲーム依存・フィルタリング等に関する「子供・若者育成支援推進大綱(案)」パブコメに意見を書いてみた(1)
・香川県ネット・ゲーム依存症対策条例素案を法的に考えた-自己決定権・条例の限界・憲法94条・ゲーム規制条例
・漫画の海賊版サイトのブロッキングに関する福井弁護士の論考を読んでー通信の秘密
・自民党憲法改正草案を読んでみた(憲法前文~憲法24条まで)
・自民党憲法改正草案を読んでみた(憲法25条~憲法102条まで)

■参考文献
・堀口悟郎「AIと教育制度」『AIと憲法』(山本龍彦)255頁
・芦部信喜『憲法 第7版』283頁
・高木浩光「個人情報保護から個人データ保護へ ―民間部門と公的部門の規定統合に向けた検討(2)」『情報法制研究』2号91頁
・植木淳「障害のある生徒の教育を受ける権利」『憲法判例百選Ⅱ 第6版』304頁
・樋口陽一・小林節『「憲法改正」の真実』137頁













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いらすとやパソコン
内閣府の子供・若者育成支援担当部門が3月15日までパブコメ手続きを行っていた、「子供・若者育成支援推進大綱(案)」ネット依存症・ゲーム依存症などに関する部分がツイッターなどネット上で炎上していたので、私もパブコメ意見を作成し提出してみました。

・子供・若者育成支援推進大綱(案)に対する意見募集について|内閣府

ネット上でとくに注目されたのは、この「(3)子供・若者を取り巻く有害環境等への対応」「(ネット依存等への対応)」の部分(大綱案47頁)です。つまり、「ネット依存(オンラインゲームへの依存を含む)の傾向が見られる青少年に対しては、青少年教育施設等を活用した自然体験宿泊体験プログラムなどの取組を推進する」としている部分です。

内閣府子供若者育成支援大綱ゲーム依存ネット依存

私はつぎのようなパブコメ意見を提出しました。

●ネット依存症・ゲーム依存症、フィルタリング、Edutech・Child-Youth Techなどについて
「ネット依存等への対応」(47頁)について
「ネット依存症・ゲーム依存症の傾向がみられる青少年に対しては、青少年教育施設等を活用した自然体験や宿泊体験プログラムなどの取組を推進する」とのことであるが、依存症治療は20世紀以降、医学的に、依存症患者が自助会において自らの依存症の体験を話し合い共有することがコアな部分となっている。これはアルコール依存症・薬物依存症・ギャンブル依存症などの各依存症に共通の医学的・科学的な治療法である。

そのため、ネット依存症・ゲーム依存症に関してだけは、依存症患者を「青少年教育施設等を活用した自然体験や宿泊体験プログラム」を実施するという内閣府の本大綱(案)の方針は、医学的・科学的なものではないので取消・撤回を求める。

(かつてのナチス・ドイツは、国民・青少年を国家主義・全体主義的な思想に矯正・教化するために、自然や郊外でのスポーツやレジャー、キャンプなどを推進したが、「ネット依存症の傾向のみられる青少年に自然体験・宿泊体験などを推進する」というこの内閣府の方針には、国家主義・全体主義の傾向が感じられる。)

さらに、「ネット依存症・ゲーム依存症の傾向がみられる青少年」という表現には、政府の「ネットやゲームを長時間行うことは良くない」という古い道徳的価値判断・あるいは政治的・思想的な価値判断が含まれているのではないか。わが国は個人の尊重・国民の基本的人権の確立を国家の目的とする理念を掲げる近代民主主義国家であるから(憲法11条、97条)、国民・青少年が日々の生活においてどのような活動・行動をするか、どのような分野の活動を自分の趣味とするか、どのようなライフスタイルを選択するか等は国民・青少年の個人の自己決定権(憲法13条)に属する事柄であり、国・自治体が安易に特定の価値観を国民・青少年に押し付けることは近代民主主義および憲法の理念に反するので、そのような本大綱(案)の施策・方針は取消・撤回を求める。

(同様に、子供のゲーム時間を一日1時間に制限し自然体験などを奨励する、香川県の「香川県ネット・ゲーム依存症対策条例」(令和2年香川県条例第24号)も、非医学的・非科学的な内容であるだけでなく、子供およびその親の自己決定権等の基本的人権を侵害するものであるから、内閣府を含む国・関係機関は、香川県に対して、同条例を廃止するように助言・指導などの関与を行うべきである。)

加えて、「ネット依存症・ゲーム依存症の傾向がみられる青少年」という表現には、「ネットやゲームを長時間行うことは良くない」という意味が込められているようであるが、依存症とは医学的に医師等が診察をして診断・治療を行うものであり、また依存症とは社会的差別の原因となりやすい疾病・障害であり、さらに依存症は死亡リスクの極めて高い重篤な疾患・障害なのであるから、「依存症傾向のみられる」などのあいまいで大雑把な表現や分類を政府が行うことは厳にひかえるべきである。

そもそも、本大綱(案)は全体を通して、子ども・若者・青少年に対して、繰り返し「理系に強い人材が欲しい、IT・ネット・プログラミング等に強い人材が欲しい」と求めているにもかかわらず、青少年がコンピュータやスマートフォン、インターネット・ゲーム等に日々親しみ、それらのITやネットに関する専門知識・ノウハウを自分のものとすることに対して内閣府が本大綱(案)で否定的評価を行うことは支離滅裂であり、矛盾している。

したがって、この「ネット依存等への対応」は全面的に取消・撤回を求める。

「子供・若者の成長のための社会環境の整備」(18頁)について
子供・若者をネットやSNSの犯罪被害から守るためとして、フィルタリングやペアレントコントロールなどを推進するとされているところ、青少年をネット上の犯罪被害・消費者被害から守ることはもちろん重要ではあるものの、憲法21条は「表現の自由」(1項)、「通信の秘密」「検閲の禁止」(2項)を定め、電気通信事業法4条なども「通信の秘密」を定めているところである。また、憲法22条、29条は「営業の自由」を定めている。さらに、日本も批准する子どもの権利条約は、青少年に表現の自由と表現や情報を受ける権利があることを明示している(13条1項)。加えて、青少年がどのようなサイトを見るか、どのような漫画・ゲームなどを読んだり遊んだりするかなどの自己の私的な領域については自分で決める権利(自己決定権)を有している(憲法13条)。国・自治体にパターナリズムに基づく規制が一定レベルで許容されるとしても、それは青少年の生命・身体への現実的危険がある場合など制限的な場合にとどまる。同時に、自分の子供をどのようにしつけ、育てるか、どのような家庭を形成するかについては親の自己決定権(憲法13条)に属する事柄であり、これも安易に国・自治体が介入する事柄ではない。

したがって、フィルタリング、ペアレントコントロール、海賊版対策のためのサイトブロッキング、アクセス警告方式などの各施策は、「表現の自由」「通信の秘密」「検閲の禁止」、そして事業者の「営業の自由」や「営利的表現の自由」などの憲法や各法律の規定する自由権・人権の憲法上の基本理念を十分に配慮し、慎重にも慎重な対応が求められる。児童ポルノ事案などにように具体的・現実的に青少年の生命・身体・人格に危害がおよぶことを防止する場合は規制が許容されるとしても、「政府与党からみて、このようなネット・漫画・ゲーム・アニメ等の表現内容は好ましくない」等の漠然あるいは不明確な理由により、ネットへのフィルタリング、ペアレントコントロール、サイトブロッキング、アクセス警告方式などの各政策が安易に実施されることは許されない。

 そのため、「子供・若者をネットやSNSの犯罪被害から守るためとして、フィルタリングやペアレントコントロールなどを推進」とする本大綱(案)の本部分については、憲法や電気通信事業法などの関係法令に即して、慎重にも慎重な取り組みを求める。これはネット以外のリアル社会における漫画・ゲーム・アニメなどに対しても同様である。

(なお、ネット上の漫画等の海賊版対策として、総務省の監督・指示のもとに、民間ウイルス対策企業等がフィルタリング・サイトブロッキングなどの手法で海賊版対策を行う施策が検討・推進されているが、出版社などの著作権法上の経済的利益を守るために、国民の知る権利や表現の自由(憲法21条1項)、通信の秘密(同2項)などの国民の精神的人権を大きく侵害する施策を実施することは違法・違憲である(安心ネットづくり促進協議会「法的問題検討サブワーキング報告書」20頁、知的財産戦略本部「インターネット上の海賊版対策における検討会議」(2018年)、曽我部真裕・森秀弥・栗田昌裕「情報法概説 第2版」56頁)。にもかかわらず、国が国会審議や立法手当も経ずに海賊版対策の政策を推進することは、法律に基づく行政の原則・法治主義や民主主義の観点から大いに問題である。総務省の当該施策は中止を求める。)

■関連するブログ記事
・香川県ネット・ゲーム依存症対策条例素案を法的に考えた-自己決定権・条例の限界・憲法94条・ゲーム規制条例
・漫画の海賊版サイトのブロッキングに関する福井弁護士の論考を読んでー通信の秘密
・ネット上のマンガ海賊版サイト対策としてのアクセス警告方式を考える-通信の秘密
・『週刊東洋経済』2021年3月6日号の改正個人情報保護法の解説記事を読んでみた



情報法概説 第2版

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