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このブログ記事の概要
本判決は、警察から民間企業への住民の個人情報を違法として高額な損害賠償を認定した画期的な判決である。しかし警察による住民・国民の個人情報の収集・保管などについてはほぼ自由に実施することを容認している点に問題が残っている。警察の保有する個人情報について、原告側からの削除請求を退けている点も問題である。警察や行政による国民・住民の個人情報の収集については国会による立法が必要であると思われる。

1.警察が電力会社に個人情報を提供したことを違法とした裁判例が岐阜地裁で出される
新聞報道などによると、岐阜県大垣市での風力発電施設建設をめぐり、県警大垣署に個人情報を収集され中部電力の子会社に提供されたのは違法として、住民4人が国家賠償などを求めた訴訟の判決が2022年2月21日、岐阜地裁で出されたとのことです。岐阜地裁は「プライバシー情報を積極的かつ意図的、継続的に提供した態様は悪質」として原告全員に計220万円を支払うよう県に命じたとのことです。警察が個人情報を第三者提供したことを違法とした判決はこれが初めてとのことで、画期的な判決です。

・警察が個人情報提供は「違法」 岐阜地裁判決「意図的で悪質」|朝日新聞

2.事案の概要
判決によると、2013年から2014年にかけて、大垣署警備課の警察官3人が4回にわたり、大垣市で風力発電施設を計画していた中部電力子会社シーテックの社員と署で情報交換したとのことです。風力発電の勉強会を開くなどしていた原告らの氏名や学歴、市民運動歴、病歴などの個人情報を提供していたとのことです。

3.判決の概要(岐阜地裁令和4年2月22日判決)
岐阜地裁判決はおおむねつぎのように判示しています。

(1)大垣署が第三者提供した原告の個人情報について
『風力発電事業に反対する活動や過去に関与した市民運動の情報は、思想信条に関連する情報であり、プライバシーに関する情報の中でも要保護性が高い』

(2)警察の情報収集について
『必要性はそれほど高いものではなかったが、原告らの活動が市民運動に発展した場合、抽象的には危険性はないとはいえない』として違法性を否定した。

(3)個人情報の削除請求について
原告側の国と県に対する個人情報の削除請求については、『対象となる情報の特定性を欠く』として退けた。

(4)大垣署がシーテック社に個人情報を提供したことの判断
判決は『目的や必要性、態様、情報の秘匿性』などの点で検討。原告らは風力発電の勉強会を行っていたにすぎず、『公共の安全や秩序の維持に危害が及ぶ危険性は生じていなかった』と述べ、提供する必要性はなく、態様も悪質だとして、国家賠償法上違法と判断し、原告全員に計220万円の損害賠償を認めた。

4.検討
(1)玉蟲由樹教授のコメント
朝日新聞の取材に対して日大の憲法の玉蟲由樹教授はつぎのようにコメントしておられます。
日本大学の玉蟲由樹教授(憲法学)の話
個人情報保護において、非常に重要な判決だ。警察の調査能力は大きく、ささいな情報でも、大量に集めることで個人の人格全体が把握できてしまう。第三者への情報提供を、憲法が保護する個人の自由の侵害だと認めたことは、警察が私企業に対し、意見交換を口実にむやみやたらと情報を提供する歯止めとなる。一方、収集の必要性を低いハードルで認めたことは課題だ。市民の行動を萎縮させる効果があるのに、法律の根拠や第三者の監視がないという構造的な問題に触れていない。警察による情報収集や提供を監視する、プライバシーに配慮した枠組みが必要だ。

(2)實原隆志教授のコメント
NHKの取材に対して福岡大学の實原隆志教授(憲法)はつぎのようにコメントしておられます。
・警察官が個人情報を企業に提供 プライバシー権の侵害で違法|NHK

福岡大学の實原隆志教授のコメント
「憲法で保障されたプライバシーを、みだりに第三者に提供されない権利が原告のおかれたさまざまな状況を踏まえて審査された判決で、警察による情報提供を違法としたのは画期的な判決だ。警察も無制限な情報提供ができなくなるのではないか」
また、實原隆志先生(@t_jitsuhara)はTwitterでも本判決につき、つぎのようにコメントしておられます。
記事の方でコメントを掲載していただきました。「あんまり褒めるな」と言いつつ、褒めたコメントになっていますが、情報の収集・保存面での検討は不十分だと思います。また、公文書があるかわからないのに、削除を求める情報を特定せよというのも無理筋な要求だと思います。
實原先生ツイッター
(實原隆志先生(@t_jitsuhara)のTwitterより)
https://twitter.com/t_jitsuhara/status/1496012407873114114

(3)大垣警察市民監視違憲訴訟・原告弁護団の声明
さらに本件訴訟の原告弁護団(大垣警察市民監視違憲訴訟・原告弁護団)は2月21日付で声明を出しています。

・一審判決弁護団声明|大垣警察市民監視違憲訴訟・原告弁護団

第一審弁護団声明

同声明は、警察からシーテック社への個人情報の第三者提供について『警察は「公共の安全と秩序の維持」のために必要な活動であると主張していたが、判決はこの主張を退けて原告らのプライバシー侵害を認め、国民の権利を守る正当な判断を下した。』と本判決を評価しています。

しかし同声明は、『公安警察が個人情報を提供できたのは、目星を付けた特定の個人の情報を集め、保有し続けているからに他ならないが、この点について、判決が、収集・保有の必要性がないとはいえないと判断し違法性を認めなかった点は問題である。警察が個人情報を収集・保有する明確な法的根拠は存在しない。公安警察は警察法2条1項を根拠として主張しているが、同条項は、「公共の安全と秩序の維持」という行政事務を警察組織に委ねるという組織規範であって、権限規範ではない。国民は、法的な根拠なく、公安警察に個人情報を収集・保有されているのであり、プライバシーを侵害されているというべきである。』と指摘していますが、この指摘は正当であると思われます。

さらに同声明は、『判決は、原告らが切望している個人情報の抹消請求について、請求が特定されていないとして却下の判断をした。司法救済の道を閉ざすものであり重大な問題である。』と指摘していますが、この主張も正当であると思われます。

(4)検討
(a)プライバシー権侵害
玉蟲教授、實原教授が指摘されているように、本判決が警察の中部電力子会社へ風力発電に関する勉強会をしている住民の個人情報を提供したことをプライバシー権(憲法13条)の侵害であるとして一人約50万円の損害賠償を認定したことは画期的であると思われます。

個人情報の第三者提供については、大学が学内で行われた講演会の出席者の氏名・学籍番号・住所などのリストを本人同意なしに警察に提供したことについて、氏名・住所などの個人情報であっても、ある講演会に参加したという情報と組み合わさるなどすると、「他者にみだりに公開されたくないと思うことは自然なことであり、そのことへの期待は保護されるべき」とし、「このようなプライバシーに係る情報は、取扱い方によっては個人の人格的な権利利益を損なうおそれがあるものであるから慎重に取り扱う必要がある」として大学側に損害賠償責任を認めた著名な判決があります(最高裁平成15年9月12日判決・早稲田大学講演会名簿提供事件)。その後も個人情報とプライバシーに関する裁判所の考え方は、Yahoo!BB個人情報漏洩事件(大阪地裁平成18年3月19日判決)、ベネッセ個人情報漏洩事件(最高裁平成29年10月23日判決)に引き継がれています。

(b)高額な損害賠償
また、本判決は原告1人に約50万円と個人情報に関する事件としては異例の高額な損害賠償を認定していますが、これは警察から中部電力子会社に違法に提供された個人情報が、病歴や市民運動の活動歴などの要配慮個人情報(個人情報保護法2条3項)や本人の思想信条や内心の自由(憲法19条)に密接に関連する情報であることや、中部電力の風力発電の勉強会に参加していたという情報に関連するものであり、他者にみだりに公開されたくないとと思われる法的保護に値する情報のなかでも、本判決が指摘するように「プライバシーに関する情報の中でも要保護性が高い」、特に重要な情報であるからだと思われます。

この点、ある自治体が弁護士会照会に対して漫然と住民の前科の情報を回答・提供したことが争われた前科照会事件(最高裁昭和56年4月14日判決)は被害者の住民に対して25万円の損害賠償を認めており、また女性のスリーサイズなどの個人情報が漏洩したTBC個人情報漏洩事件(東京地裁平成19年2月8日判決)では裁判所は被害者1人3万5千円の損害賠償を認めており、裁判所は漏洩や提供された個人情報がセンシティブな情報であるか、どの程度法的保護に値する情報であるか、また被害の様態などを考慮して損害額を認定していると思われます。

(c)警察の住民の個人情報の収集の根拠法令の問題について
本裁判の原告弁護団の声明が指摘するとおり、本事件においては、警察が電力会社子会社に住民の個人情報の第三者提供が可能であったのは、「目星を付けた特定の個人の情報を集め、保有し続けているから」ですが、この点について、本判決が「収集・保有の必要性がないとはいえない」と判断し違法性を認めなかった点は問題が残ります。

テロなど治安上の危険や暴力団などの組織犯罪などに対して警察当局が情報収集活動を行うべきことは当然ですが、今回問題となったのは風力発電に関する勉強会をしていただけの住民です。これでは社会問題に興味・関心を持ち自分であるいは複数で勉強や情報収集しているあらゆる国民・住民を警察が調査し情報収集することを裁判所が容認するということになってしまいますが、その結論が妥当とは思えません。

また本判決は『必要性はそれほど高いものではなかったが、原告らの活動が市民運動に発展した場合、抽象的には危険性はないとはいえない』と判示していますが、1995年の阪神淡路大震災以降、国民・住民が社会問題や環境問題などに関するボランティア、NPOやNGOなどの市民活動や市民運動をする動きは広まりをみせています。学校でもボランティア活動に関する授業が実施されるなど、政府もこれを奨励しているのであり、「市民運動に発展した場合、抽象的には危険性はないとはいえない」との本判決の裁判官の考え方は1960年代、70年代の極左過激派の活動と普通の市民活動・市民運動などとの区別がついていないのではないかと疑問が残ります。

さらに本事件の原告団の声明によると、警察側は本事件の住民の個人情報の収集や保存などについて「警察法2条1項を根拠として主張」し、裁判所もそれを容認したようです。

たしかに警察法2条1項は「公共の安全と秩序の維持」に関する行政活動を警察は行うと定めていますが、警察法は組織法に過ぎず、警察がどのような捜査などを行うことができるのか、その捜査を行う場合の基準などを定めた権限法ではありません。

そのため、警察法2条1項を根拠に警察が住民の個人情報を自由に情報収集できるとする本判決のこの部分は、強制分法定主義(刑事訴訟法197条1項ただし書き)や罪刑法定主義(憲法31条、39条)に抵触する違法・違憲なものであるおそれがあるのではないでしょうか。

この点については、警察のNシステムに関しても、2009年の裁判例(東京高裁平成21年1月29日判決)は、「わが国においては警察法2条1項の規定により任意の捜査は許容されており、公道上の何人でも確認し得る車両データを収集・利用することは適法」としています。

しかし日本と同じ西側世界のドイツ連邦憲法裁判所は2008年、ドイツ版の警察のNシステムについて情報自己決定権(ドイツ基本法1条1項、2条1項、日本の自己情報コントロール権(憲法13条)に相当する)を根拠に違憲との判断をしています(ドイツ連邦憲法裁判所第一法廷判決2008年3月11日・BVerfGE 120.378[407.427])。

また、警察が内規に基づいて実施していたGPS捜査について、最高裁はGPS捜査が継続的・網羅的に被疑者の個人情報やプライバシーに関する事柄を収集する性質の捜査であることから、個別の令状を取得して実施することも罪刑法定主義の観点から違法であり、国会の立法が必要であると判示しています(最高裁平成29年3月15日判決)。

さらに警察や民間企業による防犯カメラ・商用カメラの利用について、2021年8月の市民講演会で慶応大学の山本龍彦教授(憲法・情報法)は、『警察による防犯カメラの利用は根拠法の立法が必要である。民間企業によるカメラ利用は、防犯やマーケティングなど利用目的が複数存在するので一律の法規制は難しいが、少なくとも国会の枠組み立法は必要であろう』と述べておられます。そして2022年1月からは、個人情報保護委員会において「犯罪予防や安全確保のためのカメラ画像利用に関する有識者検討会」が開催されています。(EUでは2021年4月に警察の防犯カメラ利用を禁止などとするAI規制法案が公表され、2022年後半に成立する予定です。)
・第1回犯罪予防や安全確保のためのカメラ画像利用に関する有識者検討会|個人情報保護委員会

このように考えると、警察による国民・住民の個人情報の収集・保存などに関しては、警察法2条1項と警察の内部規則ではなく、通信傍受法などのように国会による根拠法の立法が必要なのではないでしょうか。そうでなければ強制処分法定主義や「法律による行政の原則」「法律による行政の民主的コントロールの原則」を守り、国民の人権保障を貫徹することができません。

(d)個人情報の削除請求について
本判決は原告からの国と県警に対する自身の個人情報の削除請求に対して「対象となる情報の特定性を欠く」という理由で退けています。

そこで岐阜県の個人情報保護条例をみると、全国の自治体の個人情報保護条例と同様に、実施機関(行政機関や部局など)は、個人情報取扱事務登録簿(個人情報ファイル)を作成しなくてはならないと規定されており(12条1項)、保有する個人情報の項目、利用目的などを記載しなければならないと規定されています(12条2項)。しかし、「犯罪の予防、鎮圧又は捜査、公訴の維持、刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に関する個人情報取扱事務」についてはこの個人情報取扱事務登録簿(個人情報ファイル)の規定の適用の対象外となってしまっています(12条3項2号)。

つまり、本事件で原告らが自らの個人情報の削除などを請求する際に「対象となる情報の特定性を欠く」状況であったのは、岐阜県の個人情報保護条例がそのような規定となっていたからであって、少なくとも原告らの責任ではありません。にもかかわらず本判決が「対象となる情報の特定性を欠く」として原告らの個人情報の削除請求を退けたことには疑問が残ります。

個人情報保護法制の一般法にあたる個人情報保護法においては、2022年4月から施行される改正法において、利用停止・消去・第三者への提供の停止の要件が緩和され、個人情報漏洩が発生した場合(法22条の2)についても、本人は個人情報の利用停止・消去などを事業者に請求することが可能となります(30条)。

本判決は警察から中部電力子会社への個人情報の提供は違法であると判断したのですからこれは漏洩であり、改正個人情報保護法30条の趣旨をも考慮して、本判決でも原告らの個人情報の削除を容認すべきだったのではないかと思われます。

5.まとめ
本判決は、警察から民間企業への住民の個人情報を違法として高額な損害賠償を認定した画期的な判決です。しかし警察による住民・国民の個人情報の収集・保管などについてはほぼ自由に実施することを容認している点に問題が残っています。また個人情報の削除請求を退けた点も問題です。警察や行政による国民・住民の個人情報の収集については国会による立法が必要であると思われます。

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■参考文献
・芦部信喜『憲法 第7版』123頁
・渡辺康行・宍戸常寿・松本和彦・工藤達朗『憲法Ⅰ基本権』120頁
・岡村久道『個人情報保護法 第3版』32頁、515頁、518頁
・佐脇紀代志『一問一答令和2年改正個人情報保護法』83頁
・田口守一『刑事訴訟法 第4版補正版』42頁、96頁
・小山剛「なぜ「情報自己決定権」か」『日本国憲法の継承と発展』320頁
・石村修「コンピュータ基本権-オンライン監視事件」『ドイツの憲法判例Ⅳ』50頁
・藤原静雄「西ドイツの国勢調査判決における「情報の自己決定権」」一橋論叢94巻5号138頁
・影島広泰「本人による開示請求、利用停止・消去請求への対応」『ビジネス法務』2020年8月号34頁