いらすとやパソコン
内閣府の子供・若者育成支援担当部門が3月15日までパブコメ手続きを行っていた、「子供・若者育成支援推進大綱(案)」ネット依存症・ゲーム依存症などに関する部分がツイッターなどネット上で炎上していたので、私もパブコメ意見を作成し提出してみました。

・子供・若者育成支援推進大綱(案)に対する意見募集について|内閣府

ネット上でとくに注目されたのは、この「(3)子供・若者を取り巻く有害環境等への対応」「(ネット依存等への対応)」の部分(大綱案47頁)です。つまり、「ネット依存(オンラインゲームへの依存を含む)の傾向が見られる青少年に対しては、青少年教育施設等を活用した自然体験宿泊体験プログラムなどの取組を推進する」としている部分です。

内閣府子供若者育成支援大綱ゲーム依存ネット依存

私はつぎのようなパブコメ意見を提出しました。

●ネット依存症・ゲーム依存症、フィルタリング、Edutech・Child-Youth Techなどについて
「ネット依存等への対応」(47頁)について
「ネット依存症・ゲーム依存症の傾向がみられる青少年に対しては、青少年教育施設等を活用した自然体験や宿泊体験プログラムなどの取組を推進する」とのことであるが、依存症治療は20世紀以降、医学的に、依存症患者が自助会において自らの依存症の体験を話し合い共有することがコアな部分となっている。これはアルコール依存症・薬物依存症・ギャンブル依存症などの各依存症に共通の医学的・科学的な治療法である。

そのため、ネット依存症・ゲーム依存症に関してだけは、依存症患者を「青少年教育施設等を活用した自然体験や宿泊体験プログラム」を実施するという内閣府の本大綱(案)の方針は、医学的・科学的なものではないので取消・撤回を求める。

(かつてのナチス・ドイツは、国民・青少年を国家主義・全体主義的な思想に矯正・教化するために、自然や郊外でのスポーツやレジャー、キャンプなどを推進したが、「ネット依存症の傾向のみられる青少年に自然体験・宿泊体験などを推進する」というこの内閣府の方針には、国家主義・全体主義の傾向が感じられる。)

さらに、「ネット依存症・ゲーム依存症の傾向がみられる青少年」という表現には、政府の「ネットやゲームを長時間行うことは良くない」という古い道徳的価値判断・あるいは政治的・思想的な価値判断が含まれているのではないか。わが国は個人の尊重・国民の基本的人権の確立を国家の目的とする理念を掲げる近代民主主義国家であるから(憲法11条、97条)、国民・青少年が日々の生活においてどのような活動・行動をするか、どのような分野の活動を自分の趣味とするか、どのようなライフスタイルを選択するか等は国民・青少年の個人の自己決定権(憲法13条)に属する事柄であり、国・自治体が安易に特定の価値観を国民・青少年に押し付けることは近代民主主義および憲法の理念に反するので、そのような本大綱(案)の施策・方針は取消・撤回を求める。

(同様に、子供のゲーム時間を一日1時間に制限し自然体験などを奨励する、香川県の「香川県ネット・ゲーム依存症対策条例」(令和2年香川県条例第24号)も、非医学的・非科学的な内容であるだけでなく、子供およびその親の自己決定権等の基本的人権を侵害するものであるから、内閣府を含む国・関係機関は、香川県に対して、同条例を廃止するように助言・指導などの関与を行うべきである。)

加えて、「ネット依存症・ゲーム依存症の傾向がみられる青少年」という表現には、「ネットやゲームを長時間行うことは良くない」という意味が込められているようであるが、依存症とは医学的に医師等が診察をして診断・治療を行うものであり、また依存症とは社会的差別の原因となりやすい疾病・障害であり、さらに依存症は死亡リスクの極めて高い重篤な疾患・障害なのであるから、「依存症傾向のみられる」などのあいまいで大雑把な表現や分類を政府が行うことは厳にひかえるべきである。

そもそも、本大綱(案)は全体を通して、子ども・若者・青少年に対して、繰り返し「理系に強い人材が欲しい、IT・ネット・プログラミング等に強い人材が欲しい」と求めているにもかかわらず、青少年がコンピュータやスマートフォン、インターネット・ゲーム等に日々親しみ、それらのITやネットに関する専門知識・ノウハウを自分のものとすることに対して内閣府が本大綱(案)で否定的評価を行うことは支離滅裂であり、矛盾している。

したがって、この「ネット依存等への対応」は全面的に取消・撤回を求める。

「子供・若者の成長のための社会環境の整備」(18頁)について
子供・若者をネットやSNSの犯罪被害から守るためとして、フィルタリングやペアレントコントロールなどを推進するとされているところ、青少年をネット上の犯罪被害・消費者被害から守ることはもちろん重要ではあるものの、憲法21条は「表現の自由」(1項)、「通信の秘密」「検閲の禁止」(2項)を定め、電気通信事業法4条なども「通信の秘密」を定めているところである。また、憲法22条、29条は「営業の自由」を定めている。さらに、日本も批准する子どもの権利条約は、青少年に表現の自由と表現や情報を受ける権利があることを明示している(13条1項)。加えて、青少年がどのようなサイトを見るか、どのような漫画・ゲームなどを読んだり遊んだりするかなどの自己の私的な領域については自分で決める権利(自己決定権)を有している(憲法13条)。国・自治体にパターナリズムに基づく規制が一定レベルで許容されるとしても、それは青少年の生命・身体への現実的危険がある場合など制限的な場合にとどまる。同時に、自分の子供をどのようにしつけ、育てるか、どのような家庭を形成するかについては親の自己決定権(憲法13条)に属する事柄であり、これも安易に国・自治体が介入する事柄ではない。

したがって、フィルタリング、ペアレントコントロール、海賊版対策のためのサイトブロッキング、アクセス警告方式などの各施策は、「表現の自由」「通信の秘密」「検閲の禁止」、そして事業者の「営業の自由」や「営利的表現の自由」などの憲法や各法律の規定する自由権・人権の憲法上の基本理念を十分に配慮し、慎重にも慎重な対応が求められる。児童ポルノ事案などにように具体的・現実的に青少年の生命・身体・人格に危害がおよぶことを防止する場合は規制が許容されるとしても、「政府与党からみて、このようなネット・漫画・ゲーム・アニメ等の表現内容は好ましくない」等の漠然あるいは不明確な理由により、ネットへのフィルタリング、ペアレントコントロール、サイトブロッキング、アクセス警告方式などの各政策が安易に実施されることは許されない。

 そのため、「子供・若者をネットやSNSの犯罪被害から守るためとして、フィルタリングやペアレントコントロールなどを推進」とする本大綱(案)の本部分については、憲法や電気通信事業法などの関係法令に即して、慎重にも慎重な取り組みを求める。これはネット以外のリアル社会における漫画・ゲーム・アニメなどに対しても同様である。

(なお、ネット上の漫画等の海賊版対策として、総務省の監督・指示のもとに、民間ウイルス対策企業等がフィルタリング・サイトブロッキングなどの手法で海賊版対策を行う施策が検討・推進されているが、出版社などの著作権法上の経済的利益を守るために、国民の知る権利や表現の自由(憲法21条1項)、通信の秘密(同2項)などの国民の精神的人権を大きく侵害する施策を実施することは違法・違憲である(安心ネットづくり促進協議会「法的問題検討サブワーキング報告書」20頁、知的財産戦略本部「インターネット上の海賊版対策における検討会議」(2018年)、曽我部真裕・森秀弥・栗田昌裕「情報法概説 第2版」56頁)。にもかかわらず、国が国会審議や立法手当も経ずに海賊版対策の政策を推進することは、法律に基づく行政の原則・法治主義や民主主義の観点から大いに問題である。総務省の当該施策は中止を求める。)

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・ネット上のマンガ海賊版サイト対策としてのアクセス警告方式を考える-通信の秘密
・『週刊東洋経済』2021年3月6日号の改正個人情報保護法の解説記事を読んでみた



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